【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百四十二話 異変

影時間――巌戸台

 

 世界の滅びが預言された日。少年と少女たちは奈落の塔で戦っていた。

 宙より来たる女神の権能によって、世界は死に包まれ滅びを迎える。

 全ては人々がそれを求めたから、滅びという結末を望まなくとも、“死”について考えてしまった事で、女神は呼び声に応える形でこの惑星へと降臨する事になった。

 けれど、戦っている彼らはその結末を変えようと思った。

 確かに人は死について考える。定命を持って生まれたのだ。その生の終わりについて考えても不思議ではない。

 だが、降臨しようとしている女神は自身と“死”が同一のものであると考え、そのため自分が呼ばれていると思い地球へと向かってきている。

 誰が悪いわけでもない。単に価値観の相違からくる勘違いが起こした不幸な事故。

 その結果が地球という惑星に生きる生命らの終焉というのは悪夢としか言い様がないが、巌戸台分寮の屋上で子どもたちの戦いの結末を見届けようと巨大な月の浮かぶ空を見上げていた桐条はポツリと呟いた。

 

「……何に代えても守りたかった娘とその友人らに頼るしかない。肝心な時に役立たずな己の情けなさに消えてしまいたくなるな」

「まぁ、先代が始めた事とは言え、おめぇさんも手を貸していたんだ。確かにこりゃあ本来なら桐条だけで始末つけるのが筋だろう」

 

 簡易補整器の指輪を付ける事で影時間に適応し、桐条らと共に屋上からタルタロスを見つめていた鵜飼が桐条に視線を向ける。

 湊とチドリの保護者として色々と関わってきたが、鵜飼自身は桐条グループに怨みなどない。

 湊の遺体が病院から盗まれた時には怒りもしたが、自身も真っ当な人生を歩んできたとは口が裂けても言えない身として、大企業の総帥として組織を引っ張ってきた男が清廉潔白でなくとも当然だと思っている。

 無論、世界の滅びの原因を作った事に関しては、どうして自分たちで始末をつけれないような事態を引き起こしたと文句を言いたくはあるが、貧乏くじを引いているのは戦っている子どもたちだ。

 戦いに行く前に子どもたちの顔を見て、彼らがしっかりと自分の意思で戦う覚悟を決めているのはすぐ分かった。

 本人たちが納得している以上、保護者だからとネチネチ文句をつければ彼らの決意を貶す事になってしまう。

 故に、鵜飼は桐条の罪を認めつつも、自分たちの想像を超えて成長した子どもの喜ぶべきだと相手を励ました。

 

「けど、坊主らはしっかり覚悟を決めて戦いに出た。世界のためなんかじゃねぇ。自分らの一番守りてぇもんを守るために戦いに行ったんだ。おめぇはあれが死にに行くやつの面に見えたか?」

「いえ。最後まで諦めるつもりはないと、そんな決意を感じるいい表情でした」

「だろ? なら、最後まで信じてやんな。あいつらなら大丈夫だってな」

 

 戦いに向かった時の七歌たちの表情は、晴れやかでいて強い意志を感じる笑顔だった。

 絶対に勝つ。未来を奪わせはしない。大切なものを守り抜く。そんな彼女たちの決意がしっかりと伝わってくる表情だ。

 世界の滅びを知らされた十二月は、誰も彼もが思い詰めた表情をしていた。

 その時期の事を知っているからこそ、保護者たちは戦いへ赴く子どもの姿に大きな成長を感じる事が出来たのだ。

 彼らならきっと大丈夫。確かな根拠などないが、自分の子どもだから信じられる。そう思った。

 桐条と鵜飼の会話を傍で聞いていた桜と英恵も、時折街の上空で弾ける戦いの光を見つめながら言葉を交わす。

 

「……どうして人は滅びを求めてしまったのでしょうか。わたし自身、母を亡くした時やみー君が死んでしまった時には悲しみのあまり死んでしまいたいという気持ちを感じてしまいました。でも、それは……世界の滅びを求めた訳じゃない。ただ、叶うならばもう一度死んだ者に会いたかっただけなんです」

「分かります。私も同じ痛みを知り、そしてそのせいで娘を蔑ろにしてしまった過去がありますから。もう一度会いたい。本当に、ただそれだけだった。でも、神という存在は人間のそういった感情を理解してはくれなかったのでしょう」

 

 薄らと空に浮かんでいる雲と同じ高さで赤い炎が弾ける。

 そして、薙ぎ払うように蛍火色の光が放たれたかと思えば、広範囲に向けて雷が迸っていた。

 今、あそこで湊が戦っている。事前に作戦は聞いているので、変更がなければ相手は彼のクローンである結城理と幾月の娘である幾月玖美奈だろう。

 全てのアルカナシャドウを倒した翌日、彼らと会った七歌たちがその目的を聞いていた。

 敵の目的は、今ある世界を壊して新たな理を持つ世界を造る事だという。

 しかし、桐条が目覚めてから裏切った幾月について調べを進め、彼の妻が交通事故で亡くなっている事を突き止めた。

 それにより、相手の目的が死んだ者と再び一緒に暮らせる世界を造ることだと分かった。

 同じ痛みを知るが故に、幾月が世界の滅びを求めてしまった気持ちを理解出来る英恵は、結局のところは人にそんな夢を見させてしまう神の存在が悪いのだと苦笑する。

 

「私たちの人間の尺度でいえば願うことは罪じゃないと思います。でも、神という超常の存在が、現実にそう出来る可能性を見せてしまった。実際に出来るかどうかは分かりませんが、人々はその先に何かがあると思ってしまった。それが全ての原因でしょうね」

「それは……ある意味人間の欲深さが招いた事態という事になるんじゃ?」

「そうとも言えますが、そうした心を持つに到ったのもニュクスが力を与えたからでしょう?」

 

 人間に限らず、地球の生物がここまで多様性を持って進化したのは、ニュクスが自身の欠片であるシャドウを地球の原生生物たちに与えたからだ。

 おかげで人類が生まれるに至ったし、個々で異なる複雑な心を得るほどに成長することも出来た。

 ただ、人がこんな風に複雑な心を得るよう進化した大本の原因でもあるため、今回の滅びは人をそんな風に作ったニュクスの自作自演のようにも思えてしまう。

 湊も同じような事を考えていたため、英恵の話を聞いた桜は本当に悪いのはどちらなのかと心の中で考えながら遠く離れた空の戦いを見続けた。

 すると、海のある方角で一際強い極光が空を照らしたかと思えば、次の瞬間、ペルソナどころか適性すら持たぬ桜たちでも感じ取れる巨大な気配の出現を感知した。

 特別課外活動部の臨時顧問になっている栗原が、気配の現れた方向を見つめて目を細める。

 他の建物などもあってよくは見えないが、どうやら海上で巨大なペルソナが戦っているらしい。

 

「湊だけじゃなく敵もこうまで強大な力を持っていたとはね。確かに、あれは他の子じゃ相手しきれない」

「有里君は勝てますか?」

 

 エルゴ研時代、シャドウの対となるペルソナの存在を予想していた栗原は、湊と再会してから密かに研究を続けていた事で、この場にいる誰よりもペルソナに関する知識を持っている。

 そんな彼女でもここまで離れていてもはっきり感じ取れる気配を持つ敵の力には驚かされた。

 ストレガには全長三十メートルの巨大ペルソナを持つ少女がいると聞いていたが、海の方から感じる気配はそれより遙かに大きい。

 戦いの中で時々飛び跳ねているのか、建物の影から青い炎を纏った頭部や羽根がチラチラと見える。

 それと戦う龍を人型にしたようなペルソナの姿も時々確認出来るため、どうやら揃って馬鹿げたサイズのペルソナを召喚しているらしい。

 蛇神という規格外の力を持つ青年の事をよく知っていたため、敵まで同等の力を持っている事には流石に驚いた。

 ただ、他の者よりペルソナに関する知識を持っている栗原が驚いたからこそ、美紀が不安そうに湊が勝てるかを尋ねれば、英恵のサポートとして来ていた斎川菊乃が代わりに答えた。

 

「理論上、あの方を超える力を持つペルソナ使いはいません。というのもあの方の持つ黄昏の羽根は非常に特殊で、使用したエネルギーを使用した量以上に増幅させることで力の上限が実質存在しないのです」

「でも、相手も有里君と同等のペルソナを使ってきているんですよね?」

「いや、湊は街中に自我持ちらを展開して、さらに戦いの余波が街に行かないように蛇神の骨も出しているみたいだ。ペルソナは同時に呼び出してるとエネルギー消費が増える。それでも維持出来てるならとりあえず心配はいらないよ」

 

 菊乃に続けて栗原が湊が有利なのは変わらないと断言する。

 相手が強いことは認めよう。他の者たちならこの馬鹿げた気配のペルソナを出された時点で詰んでいたに違いない。

 それでも、今戦っているのは湊だ。相手も規格外なようだが、湊はそれ以上の化け物である。

 仮に不利になろうと湊は街中に展開している自我持ちらを消し、その分浮いたリソースを目の前の敵に割けばいい。

 そうせずとも戦えている以上、湊にはまだまだ余裕がある。

 栗原が笑顔でそれを伝えれば、美紀はホッと息を吐いて安堵の表情を浮かべた。

 ここにいる者たちは誰も戦っていないが、その分、戦いがどうなっているのか気になるし、子どもや友人の無事を信じていても不安になるのも分かる。

 そのため、栗原も努めて美紀を安心させるように話したが、正直にいえば栗原も時間に関しては不安に思っていた。

 ニュクスの降臨は影時間に起こる。これは確定事項。

 であれば、当然戦いは全て影時間内に終わらせなければならないはず。

 影時間で機械が止まっているため、正確な時刻は把握出来ていないが、栗原としては想定よりも時間が掛かっているように感じていた。

 もし、決着がつかずに時間が来れば、七歌たちはろくに対応出来ぬままニュクスの降臨を許すことになるだろう。

 そんな事になれば、その時点で世界の滅びは確定する。

 湊は戦力に余裕があるので、あえてまだ決着をつけていないだけかもしれないが、もしかするとタルタロスにいる者たちの戦いが長引いているのかもしれない。

 自我持ちらが街中にいるため戦力の追加投入は可能だが、時間だけはどうあっても伸ばせない。

 栗原が残り時間に焦りつつ心の中で必死に七歌たちを応援していれば、そのタイミングで予想外の事が起きた。

 最初にその異変に気付いたのは周囲の警戒をしていた渡瀬だった。

 

「ん? 何故か街中に人の姿があります。数は多くありませんが、どうやら象徴化が解けて混乱しているようです」

「なんだって!?」

 

 渡瀬の言葉を聞いて他の者たちも屋上の縁に近付き、下の様子を見てみる。

 すると、彼が言った通りにどう見ても一般人でしかない者たちの姿がいくつも見えた。

 

「え、なんだよこれ? 電気消えてるし、何がどうなって?」

「なんだあれ!? なんかデカい塔があるぞ!?」

 

 時刻は深夜零時。そんな時間に出歩いているため、子どもではないようだがせいぜい二十歳を超えた程度の年齢に見える若者が遠くに見えるタルタロスを見て動揺している。

 他にも街中の明かりが消えている事や携帯の電源が入らず、状況も飲み込めないままどこに助けを求めてれば良いかパニックになる者も出ている。

 ペルソナ使いでも初めて影時間を体験した時は混乱してしまう。なんの力も持たない一般人なら余計に不安を感じてしまうだろう。

 混乱する市民らの姿を見て表情を険しくしていた桐条は対応について悩む。

 

「どうやらニュクスの影響が強まっているらしい。姿も見せていないというのに、一般人の適性を影時間適応レベルまで強化したようだ」

「我々は動くべきですか?」

 

 指示があれば鎮圧するがと渡瀬が確認を取る。

 相手は一般人だけに、混乱していると何をし始めるか分からない。

 その場で蹲って現実逃避を始めるくらいなら構わないが、下手に走り回って活性化した野良シャドウに遭遇しても困る。

 そうなるくらいなら、意識を奪って安全な場所に寝かせておいた方がむしろ良い。

 この場にいてそれが出来るのは鵜飼と渡瀬、それと主を守るため護衛術を修めている菊乃だけ。

 三人でどれだけの人数を保護出来るか分からないが、動くなら少しでも速い方がいい。

 そうして、皆の視線が桐条に集まれば、彼は悩んだ末に首を横に振った。

 

「いや、何もしないでいい。むしろ、動くべきじゃない。この状況は彼も読んでいた。であれば、彼が街中に配置した自我持ちのペルソナたちが最悪の事態は避けてくれる」

「けど、街中がこの様なら手が回り切らんだろう?」

「それでもです。我々が事態沈静に動けばストレガが焚き付けたニュクス教と衝突する事になる。この状況で人同士の争いが起きる方が危険です」

 

 ニュクス教の者たちにすれば、初めて見る影時間の景色は求めていた滅びがついに始まったのだと理解するに十分な説得力がある。

 彼らは今回の滅びは自分たちが望んだ事で起きたと思っているに違いない。

 そんな彼らからすれば、騒いでいる者たちを鎮圧する人間は敵に見えるだろう。

 実際、桐条や鵜飼から見れば悪戯に人々の不安を煽り続けたニュクス教は邪魔な存在だ。

 全員をどこかの倉庫に閉じ込めて、時間が来るまで大人しくしておいて欲しいとすら思っている。

 だからこそ、反対に桐条は自分たちは動くべきではないと宣言した。

 今も理と戦い続けている湊もこの状況は読んでおり、その時に備えて自我持ちのペルソナを配置する以外にも手は打っているという。

 であれば、自分たちは彼の邪魔をしないよう、動くにしても慎重であらねばならない。

 ここで人同士の争いに発展すれば湊のも策も通じなくなる。

 彼ばかりに頼るのは申し訳ないが、誰よりもニュクスを理解しているのが湊だ。

 桐条たちに出来るのは湊の邪魔をしないこと、そして、湊がどう動くかを把握してからそれに追従する事である。

 困っている人間、助けを求める人間を見ていながら、それを見て見ぬフリをするのは辛い。

 それでも桐条は待機を選んだ。人々を助け続けた青年であれば、そういった者たちもしっかりと助けるはずだと信じて。

 そうして、徐々に混乱が広がり、道路にいた者たちだけでなく、民家やマンションから出てきた者たちも何が起きているんだと混乱を見せていた時、

 

《こちら、有里湊。繰り返す。こちら、有里湊。状況が把握出来ず混乱している者たちに告げる。この声が聞こえているなら今は黙って俺の話を聞け》

 

 寮の屋上にいる桐条たちだけじゃない。街中の人間の頭の中に未だ戦闘中であるはずの青年の声が響いた。

 

 

 


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