【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百三十七話 厄介な敵

影時間――タルタロス

 

 黒い召喚器を頭に当てて引き金を引いた幾月は、黒いオルフェウスを呼び出す。

 かつて湊が呼び出したペルソナと同じ外見、されどまるで属性が反転したかのようにその姿は禍々しい赤と黒の配色。

 そんな呼び出されたペルソナ“アルケー・オルフェウス”は、竪琴を弾き鳴らし広範囲に電撃を放った。

 

「既に君たちも知っているのだろう? 無気力症がシャドウに心を食われた状態ではない事を」

 

 黒い笑みを浮かべて幾月は美鶴とゆかりに問いかける。

 幾月が桐条グループにいた時には、無気力症はシャドウに心を食われた状態だとされていた。

 無気力症の回復には心を食べたシャドウを倒し、奪われた心を取り戻す必要がある。

 そのために特別課外活動部の者たちは研鑽を積み、タルタロスや街中に現れたシャドウを積極的に倒していたのだ。

 しかし、無気力症になる本当の原因は心の一部であるシャドウが抜け出てしまう事。

 人が死と向き合う事を放棄し、生に対して無頓着になったときに内から聞こえるシャドウの声に身を委ねる事で、シャドウはコントロールを外れて抜け出す。

 湊はそれに対し、生きることから逃げ出した臆病者の末路と評したが、彼や彼と共にいたチドリやラビリスと行動を共にするようになって桐条側にも無気力症の真の原因は伝えられた。

 幾月は湊が桐条側の人間と行動を共にしている事で、きっとそういった話も伝わっているのだろうと予測して問いかけた訳だが、アルテミシアの放った吹雪で電撃を防ぐ美鶴は鋭い視線で敵を睨みながら言葉を返す。

 

「知っていればどうした。原因が本人の心の弱さにあるとしても、元を辿ればグループが影時間を生み出した事に起因する事象である事に変わりはない」

 

 電撃を防がれても幾月は薄い笑みを浮かべたまま、アルケー・オルフェウスに命令して今度は巨大な炎弾を放ちながら続ける。

 

「ふふっ、助けたければ助ければいいさ。全てを知っていて九年間ボランティアに明け暮れていた有里湊という存在もいるんだ。グループから金銭を受け取って小遣い稼ぎにもなる君たちなら旨みもあるだろう」

「原因を作った一人でもあるアンタが偉そうに語るな!」

 

 火炎属性とは相性の悪いアルテミシアを退げ、ゆかりのイシスが前に出て風をぶつけて炎弾を散らす。

 幾月の言葉から、湊が無駄な事に時間を割いていたという蔑みが感じられ、さらにお金のために戦っていたのだろうとゆかりたちを俗物的だと嘲笑する意図も感じられた。

 アルカナシャドウが出現した当初、夏頃までは自分たちが小遣い稼ぎで戦っていた部分もあるので完全には否定しない。

 しかし、湊の事は別だ。自分たちは親が事件に関わっていたため、そういった意味では巻き込まれてもしょうがないと思える。

 だが、彼は適性という才能を持っていたにせよ、本当にただ巻き込まれただけなのだ。

 それによって人生を狂わされたにもかかわらず、彼はこれ以上の悲劇が生まれないようにと戦い続けた。

 その崇高な想いを、誰にも認められず褒められることのない功績を侮辱するなど、二人の少女には到底容認出来る事ではなかった。

 瞳の奥に戦意を燃やす二人は視線を交差させ、すぐに互いの意図を察してタイミングを合わせる。

 

『ペルソナ!!』

 

 再び呼び出したペルソナが同時にスキルを発動し、自分たちを中心に渦巻く風に数多の氷槍が飲み込まれて加速してゆく。

 敵に向けて放った魔法を合わせても、その攻撃は敵へ向けている時点で狙いが読まれてしまう。

 幾月はペルソナやシャドウの研究をする中でそのスキルについても詳しく調べてある。

 いくら美鶴とゆかりのペルソナが進化したと言っても、固有スキルを持っているでもなければ、幾月は使えるスキルに当たりをつけて対処法を把握しているに違いない。

 実際、火炎と電撃を使えるアルケー・オルフェウスは、それらの弱点を持つ美鶴とゆかりに合わせて攻撃を切り替え、二人が攻めきれない状況を作っている。

 特別課外活動部として戦い続けてきた美鶴たちに対し、幾月は本職が研究者であるため戦闘経験は少ないはず。

 二対一という有利な状況、さらに戦闘経験でも勝っているのに、持っている情報量の差だけでここまで戦いをコントロールされてしまっている。

 であれば、それらを崩すには相手の持っていない情報。スキルを放つ自分たちにすら結果の分からない方法で攻撃するしかない。

 

「オルフェウス、アギダインだ!」

 

 幾月も渦巻く風の中で加速を続ける氷槍の危険性に気付いたらしく、威力の減衰を狙った迎撃すべく美鶴たちに向かって炎を放つ。

 だが、その炎が届く前に少女たちを中心に渦巻いていた風が消え、風のレーンに乗って加速を続けていた氷槍は、二人の周囲に向けて無秩序に飛び出してゆく。

 一部はアギダインに焼かれて溶けるものもあったが、逃げ場などないとばかりにばら撒かれた氷槍は、慌ててオルフェウスの後ろに避難した幾月の許にも届き、スーツの肩やズボンが一部破けてそこから血を流していた。

 

「ぐっ、おのれ……」

 

 対して、アギダインで狙われた美鶴たちは、分厚い氷の壁で炎を防いで無事な姿を敵に晒す。

 二人は同時にスキルを使って合わせていたが、最後まで氷槍の加速とコントロールを受け持っていたイシスに対し、アルテミシアは一定量の氷槍を追加した後は自由になっていた。

 自分たちを中心に風の渦を作っている以上、敵から攻撃を受けても移動して逃げる事は出来ない。

 ただ、敵が一人であれば、攻撃はその方向からしかこない訳で、自由になっていたアルテミシアは風の渦の内側に氷壁を作ってしっかりと攻撃に備えていた。

 

「戦闘経験の差が出たな。私たちも有里のペルソナたちから発想を得て、スキルの可能性くらい模索している」

「ていうか、こっちが敵を殺さないからって油断してたでしょ。そのリスクを捨てきれなくても、ある程度そのリスクを管理して攻撃する事だって出来るっつの」

 

 相手がスキルやペルソナのタイプから攻撃を読んでくるなら、そのデータにないスキルの使い方をするまで。

 また、確かにゆかりたちは致命傷になるような攻撃は避けているが、相手を殺してしまうリスクのある攻撃を出来る限り安全に使う技量はある。

 敵味方が入り乱れる乱戦ならともかく、敵が一人であればそのコントロールもそれほど難しくはない。

 あまり自分たちを舐めるな。瞳にそんな意志を込めて敵を睨めば、肩の傷を押さえながら忌々しそうに二人を見ていた幾月が不意に嗤った。

 

「ふふふ、あははははっ! いやぁ、すごいすごい。確かにそういったスキルの使い方のデータは無かったよ。玖美奈たちは個人で敵を屠れていたし、ストレガはそれほど戦っていなかったからね。戦闘データは君たちほど集まらなかったんだ」

 

 言いながら幾月は上着の内ポケットに手を伸ばし、そこから小さな瓶を取り出すと中に入っていた煌めく粉を傷口に振りかけてゆく。

 すると、出来たばかりの傷口に触れた粉が輝きだし、その光が消えると傷口が完全に塞がっていた。

 まるでペルソナの回復魔法のような効果。仮に先ほどの粉が薬であったとしても普通の薬ではないだろう。

 ただ、タルタロスの探索を一年してきた美鶴たちも、幾月が使った粉の正体に心当たりがあった。

 

「なるほど、メディカルパウダーか。そちらのメンバーには回復役がいないと思っていたが、しっかりと備えはしてあったという訳だな」

「勿論さ。玖美奈と結城君なら回復魔法も使えるが、他の者にそういった力はない。けど、そちらに回復する力があると分かっている以上、こちらも治療の用意くらいしておくとも。幸いな事にタルタロスではこういった魔法のアイテムが手に入るからね。しっかりと量も準備させてもらった」

 

 幾月が使用したのはタルタロスで手に入るメディカルパウダーという名の回復アイテムだ。

 一般人に使っても効果はないが、ペルソナ使いであれば患部にかけても服用しても効果がある。

 恐らくはペルソナやシャドウの力が結晶化した物の粉末なのだろう。

 そういった物は湊が詳しく研究しているので、詳細を知りたければEP社の研究員に尋ねれば教えてもらえるはず。

 もっとも、今はそんな事を気にしている余裕はない。

 事前にチドリからストレガメンバーのペルソナ能力の情報を得て、敵側に回復役はいないと思って短期決戦を予想していた。

 他の者たちもそれは同様で、最初から玖美奈と理を押さえる役割で確定していた湊を除き、全員が誰と戦う事になっても短期決戦で勝負を決めて仲間と合流するつもりでいた。

 だが、考えてみれば当然だが敵もしっかりと回復手段を用意して戦いに臨んでいた。

 量は揃えてあると言っていたが、それはどれほどなのか。

 ゆかりや七歌の使う回復魔法は戦闘に使うスキルと同じようにエネルギーを消費する。

 幾月が使ったメディカルパウダーなどより効果は高いものの、それは治療を受けた者が戦線に復帰する代わりに、治療した側の継戦能力が落ちていくということ。

 その点で言えば、量に限度はあれどアイテム消費だけで済む敵側の方が気軽に治療出来るだろう。

 無論、美鶴たちも少しはそういったアイテムを個々で持っているが、自分たちを倒せばそれで十分な敵と違って美鶴たちはニュクスとの戦いも控えている。

 ここで全てを使い切る事は出来ないという考えがどうしても頭を過ぎり、それが枷となって無意識に戦い方が消極的になっていく。

 そんな美鶴たちの変化を見た幾月は、少女たちの葛藤がどういったものであるかを自然に理解し、相手に見えない角度で小さく口元を歪めた。

 

***

 

 結城理と幾月玖美奈は共に自身が持つ最強のペルソナを使って湊と対峙していた。

 愚者“酒呑童子”、刑死者“ノート”。

 以前、湊に敗れた時にも使っていたペルソナだったが、理の背後にいる酒呑童子は肩の辺りに以前は無かった車輪のような物が浮いていた。

 そして、玖美奈の背後にいるノートも、以前には無かった黒い翼を羽ばたかせてセイヴァーを追いかける。

 

「逃げるな、僕と戦えっ!!」

 

 背を向けて飛んでいるセイヴァーと湊に向けて、酒呑童子が炎を纏った刀を振るって炎の斬撃を飛ばす。

 玖美奈はそれに合わせて翼から黒い影で出来た羽根を、土砂降りの雨の如く逃げ場無く降らせて湊を追い込もうとする。

 けれど、攻撃が迫った瞬間に湊たちは反転し、極光の盾を展開して防ぎながら移動を続ける。

 何度も攻撃していた理と玖美奈は、またあの虹の盾に防がれたと苦い表情をする。

 ペルソナやシャドウの持つスキルの中にも防御スキルはいくつかあるが、基本的にそれは展開したスキル自体に反射耐性があって、特定の攻撃をそのまま返すといった効果だ。

 だというのに、セイヴァーの展開する盾は攻撃を反射する力はないものの、物理と魔法どちらもスキルもまとめて防ぐ事が出来ている。

 あんなスキルは知らない。エルゴ研時代に数多のペルソナとそのスキルを研究していた幾月ですら知らない力だ。

 であれば、あれは再現性のない固有スキルなのだろう。

 固有スキルはペルソナのモデルになった神話や伝承の存在に関する力であったり、召喚者の精神に強く影響を受けた力である事が多い。

 前者であればその力のモデルになった伝承などから対策することも出来る。

 後者であれば持ち主の精神状態の影響を受けて弱体化を狙えば良い。

 しかし、固有スキルの対処法を知っている理と玖美奈は、そういった本来であれば取れる対策を一切取ることが出来ていない。

 理由は簡単だ。セイヴァーのスキルがどれも固有スキルだったためである。

 固有スキルが一つであればそれを警戒し、他の通常スキルは教科書通りの対処法でやり過ごせばいい。

 二つであれば使用頻度や使用するタイミングを記憶して、出してくるスキルを誘導して上手く対処すればどうにかなるだろう。

 だが、セイヴァーの固有スキルはこれまで見ただけでも四つ以上あるのだ。

 全ての攻撃を防ぐ虹の盾、武器や兵器を取り込み造り替える力、翼を構成するパーツを小刀のような状態で遠隔武器として飛ばす力、その遠隔武器を使ったゲートでの空間転移能力。

 それに加えて造り替えた武器から放たれる属性不明の蛍火色の光。

 生身で喰らってもダメージはないが、ペルソナやシャドウに当たれば掠っただけでも存在が大きく揺らいでしまうのだ。

 自分たちの攻撃は盾に防がれ、逆に敵からの攻撃は防ぐ事が出来ない。

 そんな状況がいつまでも続くせいで理も玖美奈も内心では大きく苛立っていた。

 

「なんなんだ、お前は! 戦うつもりがないなら僕たちの邪魔をするな!」

「なんでお前たちの事情にこっちが合せる必要があるんだ? やりたい事があるなら好きに動けば良い。こちらに不都合が出るのであれば邪魔はさせて貰うがな」

 

 炎を纏っていた刀に光が集まると、それを振った途端に光刃が出てセイヴァーの虹の盾に向けて振り下ろされる。

 斬撃系最強スキルのブレイブザッパーを受け止めた盾は、バチバチと激しくエネルギーを弾けさせて拮抗する。

 ただ、酒呑童子はメイン武装である刀でスキルを放っている関係上動けないが、片手の甲から虹の盾を展開しているだけのセイヴァーは、もう片方の手や翼を変化させた遠隔武器でも攻撃する事が出来る。

 敵もそれを理解して玖美奈がカバー出来る位置に待機しているが、湊はそれを見て小さく笑ってマフラーを変化させたコートからセイヴァーが以前使っていた白銀の銃を取り出し構えた。

 攻撃してくるのはペルソナ。そういった先入観からセイヴァーの動きに注意していた理と玖美奈の反応が一瞬遅れる。

 そして、銃を構えた湊が引き金を引けば、そこからはセイヴァーの力と同じ蛍火色の光が放たれた。

 

「くそっ」

 

 その光に触れるのは危険。そう判断して理は攻撃を中断して、すぐにその場から飛び退いた。

 確かにペルソナの使うスキルは持ち主の心の力。

 ただ、それはエネルギーとして使っているだけであって、それを炎や氷にする変換器はペルソナ側が持っているもののはず。

 それを、湊は自分の力をペルソナと同じように一人で変換して撃ち返してきた。

 もしや、ペルソナが造り替えた武器はそういった変換器としての力を備えるのか。

 敵の攻撃に対して考えをまとめようとするも、湊が再び引き金を引いて蛍火色の光で理と玖美奈を落そうとしてくる。

 防御すら許されない未知の属性スキル。それに対処出来ない限り自分たちに勝利はない。

 不利な立場を自覚しながら、理と玖美奈はどうにか突破口がないかと思考を続け、港区の上空で自分たちの計画を単独で破壊し得る存在と戦い続けた。

 

 

 


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