【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

431 / 504
第四百三十一話 子は何を思う

夜――月光館学園前

 

 影時間になる前に学園前の駅に到着した七歌たちは、警戒した状態で影時間になるのを待っていた。

 もし、タルタロスになる前に学校前にいて、敵がエントランスで待ち構えていれば、咄嗟の攻撃に反応しきれない恐れがある。

 それならば、少しの時間をロスするだけで奇襲を回避出来る方が良いに決まっている。

 幸いな事に人もいないので武器を用意しつつ、その時を待っていれば、静かに世界が緑色に塗り潰されてゆく。

 音を立てて出現する奈落の塔。これまで以上に巨大で明るく見える天上の月。

 タルタロスが現われても敵が出てこないのなら、僅かに離れて待っている意味もない。

 そう思って視線を交わした七歌たちが走り始めれば、ドンッ、と腹の底に響くような激しい音が鳴ったと錯覚するほど強烈な気配を遠くに感じた。

 全員が一様に驚いた表情をして、仲間たちと視線を交わした後に気配の主であろう青年の事を考えて苦笑する。

 

「フフッ、いや、敵を釣るとは聞いてたけど八雲君ってば流石にやり過ぎじゃないかな?」

「あー、これ探知能力持ってないオレっちでも分かるぞ。あいつ、今ムーンライトブリッジにいるだろ?」

 

 七歌と順平が言葉を交わしている間も、馬鹿みたいに巨大な気配はムーンライトブリッジの方から放たれている。

 探知能力を持っている風花もチドリも、湊がまだペルソナを召喚していない事は分かっている。

 しかし、これまでの経験から仮に他の者たちがペルソナを召喚しても、これほど大きな反応は出せないことも分かっていた。

 なので、今自分たちが感じているのは、彼が普段を抑えている力をただ解放しただけ。

 死に近付けば、死を体験すれば、ペルソナ使いたちはその能力が跳ね上がる。

 湊はこれまで何度も死んでファルロスの力を使って蘇生されてきたが、そのファルロスをチドリに移して自身が一度完全に死んだ事により、鬼の一族が真に目指していた“完全なるモノ”に到ったのだろう。

 死んだという事実を覆し、ニュクスという死の力を受け付けず、死を超越した存在として彼はその本当の力を今解放した。

 敵もあれをそのままにはしておけないと判断したのだろう。事前に話していた予想通りに、タルタロスの上層から二つの気配がムーンライトブリッジに向かって離れて行く。

 

「よし。有里は上手く敵を引きつけてくれたようだ。空の心配はいらない。我々は我々の役目を果たすぞ!」

『了解っ!』

 

 美鶴の言葉に全員で応じながら、駅前の階段を駆け下りて校門に向かって走る。

 飛行能力を持った理と玖美奈を湊が押さえてくれれば、七歌たちはストレガや幾月の相手に集中出来る。

 ただでさえ幾月とストレガは七歌たちを殺そうとしてくると言うのに、上層に向かう道中にはアルカナシャドウ級の力を持つシャドウもいるのだ。

 そんな状態でさらに地理的なアドバンテージを持った者の相手までしていられない。

 一人で二人の敵を押さえるのは大変だろうが、自分たちも自分たちのすべき事を果たして見せる。

 校門を潜ってエントランスに向かって走り、敵の気配がないと風花とチドリが断言した事で他の者たちは速度を落とさずに進む。

 塔の中に入れば湊の戦いの様子はほとんど分からなくなってしまうため、どうか無事でと祈りながら七歌たちは転送装置で上層に転移した。

 

――ムーンライトブリッジ

 

 七歌たちを寮で見送った湊は、少ししてからセイヴァーの空間転移でムーンライトブリッジに来ていた。

 橋を支える柱の一つの上に乗って、ただ静かに風を感じながら街を眺める。

 海の上にあるこの場所は静かだが、街の方ではどうにもざわつきを感じる。

 ほとんどはタカヤたちに唆されたニュクス教の者たちだと思われるが、他にもテレビ局などマスコミの人間やニュクス教の言葉に不安を覚えて起きている者もいるのだろう。

 ニュクスが降臨すれば彼らも影時間を体験することになるので、出来れば家に引き籠もっていろと思わなくもない。

 ただ、言ったところで話を聞くようなら、そこまで簡単にニュクス教の話を信じたりはしないだろう。

 どうせ一般人の許へシャドウが行くことはほとんどない。もし、襲われそうになれば、その時は街中に待機している自我持ちのペルソナたちが敵の排除に向かう。

 一般人の事は自我持ちたちとEP社に任せ、自分は自分のすべき仕事をちゃんと済ませようと湊は静かに集中する。

 影時間への高い適性を持っている湊はそれがいつ来るのかが分かる。

 もし、敵が七歌たちへ何かを仕掛けるとすれば影時間になった瞬間だ。

 今日で全てが最後だとしても、自身の死を偽装してまで七歌たちを排除するチャンスを作った男が敵にいる。

 であれば、今日のために黄昏の羽根を積んで、遠隔操作を受け付けるようにした兵器などで罠を用意しているかもしれない。

 

「…………だから、俺がお前の計画を破壊しよう」

 

 体内にある七枚の黄昏の羽根が結合した“七熾天”に力を送り、湊は零時になる前に影時間を展開して敵のタイミングを外してやる。

 そのままタルタロス内を索敵、いくつかの設置型の爆弾を見つけたので、シャドウと同じ機械の操作能力を使って次々に破壊してゆく。

 先にタルタロスの中で準備していた相手からしてみれば、不意打ちを仕掛ける直前にカウンターで不意打ちを喰らったようなものだ。

 罠の爆弾を破壊したところで離れた場所にいる敵に、それらのダメージが行くことがないのは分かっている。

 けれど、自分たちが用意していた罠が効かないと知った以上、相手も無傷な七歌らを戦闘で排除しなければならない苦く思っているはず。

 相手は特殊な状態である程度気配を誤魔化したりも出来るようだが、他の探知型と違って湊の能力は細かな設定が面倒な分それらを無視できる。

 故に、外の時間が影時間になったことを確認して自分が展開していた影時間を解除すると、湊は抑えていた気配を解放しながら幾月を意識して敵全員に声を送りつける。

 

「……タルタロスを消す攻撃を撃たずにいてやる意味を理解しろ。散々逃げ隠れして来たんだ。最後くらい向き合え」

 

 湊の破壊の力を司る蛇神“无窮”の攻撃を使えば、タルタロスを物理的に消滅させる事が可能なのは分かっている。

 一晩あれば復活してしまうものの、今日それをすれば幾月たちは世界の行く末を知る事なく人生を終えることになるのだ。

 ニュクスの降臨はタルタロスの座標を基準にして起こるため、タルタロスを消したくらいではニュクスとの対決を避ける事は出来ないが、七歌たちの安全を確保出来るのであれば十分だと言える。

 しかし、湊はそれをせず言ってしまえば敵を野放しにしている訳だ。

 以前、美紀を殺されかけた時にストレガ相手にペルソナを使わなかった時とは違い。今回は相手への精神的ダメージや何かのデータ集めをする必要がある訳ではない。

 であれば、どうして湊は味方を危険に晒すと分かって打てる手を打たないのか。

 それは、七歌たちにもそれぞれ自分の手で晴らしたい因縁があると知っているからだった。

 湊が発する気配を感知し、尚且つ先ほどの煽る言葉に反応して、タルタロス上層から二つの反応が飛び出してくる。

 一つは歌舞伎の獅子のような見た目をした鬼を連れる結城理、もう一つは黒いドレスを着た灰色の肌をした女性型ペルソナを連れた幾月玖美奈だ。

 思考を読んでいる訳ではないが、敵である二人からは怒りと憎しみ、そして、何故だか自分に対する妬みの感情を感じる事が出来る。

 どうして自分を憎んでいる相手が羨むような感情を抱いているのかは分からない。

 けれど、相手が自分を敵として認識し、殺す気でいる以上は戦う以外に道はないのだろう。

 静かにセイヴァーを呼び出すと、湊は足場にしていた柱からゆっくりと飛び上がって空中で止まる。

 戦うつもりではいるようだが、これまでのようにいきなり攻撃してくるつもりはないのか、理と玖美奈は警戒しながらも橋と長さと同じだけの距離を開けて空中で停止した。

 湊も殺さずに済むのならその方が良いと考えていたため、短い時間だろうと言葉を交わす意志を相手が見せた事に内心で喜ぶ。

 今も射殺さんとばかりの視線を向けてくる理たちを見つめ、湊が黙って待っていれば苦々しげな表情を浮かべた玖美奈の方から話しかけてきた。

 

「どういうつもり? 敵ならば殺す。貴方はそういった人間のはずでしょう?」

「……お前らの敵意が俺に向いているのであれば、対処はしても問答無用に殺したりはしない。昔からそういったスタンスでやってきた」

「散々私たちの邪魔をしておいて、何を訳の分からない事を言ってるのよ!」

 

 玖美奈たちからすれば、父親の研究を邪魔した上に、同じ学校に通うという小さな願いまで潰された形だ。

 湊が月光館学園に戻ってこなければ、桐条グループの暗部を知る少女を連れていなければ、自分たちは目の前の存在が人の理から外れた存在になる前に処分出来た。

 そんな散々邪魔してきた人間が、別にお前らの事など大して気にしていないという態度を見せれば、誰だってふざけるなと怒鳴りたくなるだろう。

 まだ相手は攻撃を開始するつもりはないようだが、力はあっても精神的に未熟な理を制御するはずの玖美奈が先に手を出してきそうな状態は拙い。

 今すぐに戦闘が開始しても対処は可能だが、ゆっくりと言葉が交わせる最後のチャンスならばと湊は理に伝えたかった事を伝えておく事にした。

 

「……結城理、百鬼八雲の名前が欲しいならそれはお前が名乗れば良い。お前の持つ百鬼八雲としての記憶が自身の存在証明に必要なのであれば、お前が持っている物なのだから自分の物だと思ってくれて構わない。そも、最初から俺の許可なんて必要ない。俺たちは異なる十年を生きた別の人間なんだからな」

「何だよ、それ。自分には必要ないとでも、その名前に拘っている僕をくだらないとでも言うつもりかっ」

 

 自分が拘っていた物を簡単に手放そうとする湊に、理は馬鹿にしているのかと食ってかかる。

 玖美奈と同じように今すぐにでも攻撃を仕掛けてきそうな様子だが、相手も湊が何を考えているのか理解出来ず困惑しているのだろう。

 まだ話が出来るのならと湊は相手の誤解を解けるかは分からないが、とりあえず自分の考えだけは伝えておくため口を開いた。

 

「……何を大切に思うかは人それぞれだ。百鬼八雲として生きた時間があるからこそ俺はここにいる。それは否定しないし無かった事にするつもりもない。だが、過去は過去だ。俺は過去のために未来を犠牲にしようとは思わない」

 

 湊は過去を引き摺ってここまで進んで来た。だが、あくまで見ているのは未来だ。

 アイギスが、チドリが、他の者たちが光の当たる温かな世界で生きていけるように、湊は自分が出来ることは何でもやるつもりでいる。

 本当なら敵味方関係なく誰も傷ついて欲しくない。どうにか衝突せずにお互いの願いを叶える方法はないのか。

 そうやって別の解決策を模索する時間があれば、湊だってそのために力を貸すだろう。

 しかし、理と玖美奈は幾月の願いのために、過去のために未来を犠牲しようと既に心を決めてしまっている。

 玖美奈は先ほど湊に訳が分からないと言ってきたが、そう言いたいのは湊も同じだ。

 己と大事している二人は、大切な者のために力を貸す以上の戦う理由を持っているのか。それがその大切な者の未来を閉ざすことだと本当に分かっているのか。

 相手が何かを言う前に湊はその真意を探るべく問いをぶつけた。

 

「お前たちは何のために戦うんだ? ニュクスが降臨しようと幾月の願いは叶わない。あれは命を喰らうだけだ。世界の理は変わらない。死者の声を聞きたいのなら自分も同じ世界に行くしかないんだ」

「貴方がそれを言うの? 死の理から外れた存在が偉そうに。貴方が蘇ったように、母さんをこの世界に蘇らす事だって可能なはずなのよ。ニュクスが、死を司る神が降臨すれば死の定義は変わるのだからっ!」

 

 玖美奈たちからすれば、死んでも、殺しても、こうやって元通りに蘇って現われる湊がいるのだから、ニュクスによって死の定義が理ごと書き換えられれば母である幾月茜の復活は可能だと考えている。

 以前、湊は自分が滅びの対抗手段として惑星に呼び出された存在だと語っていたが、それが真実ならば惑星など大いなる存在の力を使えば個人の死を書き換える事は可能となる。

 仮に嘘だったとしても、完全に死後の世界へと旅立っても戻って来られたならば、幾月茜の魂だってこちらに呼び戻せるに違いない。

 故に、いくら湊が何を言おうと、幾月たちの願いは湊自身の存在によって可能性を否定されないはずだった。

 だが、そこで玖美奈の言葉を受けた湊が少しばかり怪訝な表情を浮かべ、すぐに何かに思い至ったのか頷いてから口を開く。

 

「……あぁ、そうか。何故ニュクスの持つ権能の性質が分からないのか疑問に思っていたが、お前たちはそもそも“死”について誤った解釈を持っていたのか。そうだな。普通の人間は死という現象を理解していないんだ。そこで勘違いを起こしても無理はないか」

「また、さも自分は全て分かっていますと言わんばかりの上から目線の発言ね。なら、私たちが何を勘違いしてるのか言ってみなさいよ」

「そうだな。分かり易く言うとすれば、そも死は存在の終わりじゃない。現実世界で言えば肉体が活動を停止した事を指すんだろうが、魂は情報を持ったままあちら側の世界に行き。そこで一部を記憶の海に落として、残りは分解されて世界に解けて消えていくんだ。魂のコミューンに辿り着ければ、記憶の海に残ったお前の母親だった魂に触れる事は出来る。だが、それはあくまで世界の記憶だ。そこからお前の母親を一つの個として蘇らせる事は出来ない」

 

 湊はどうして幾月たちがニュクスの降臨に拘るのか不思議に思っていた。

 あれが地球に来たところで惑星から命が消えるだけで、その先には何もないし、当然彼らの思っていたような結果を見る前に本人たちの命が消えてしまう。

 分かっていても諦めきれないのであれば、それはそれでしょうがないと納得する事も出来たけれど、相手の口調や様子から本気で自分たちが間違っていないと考えている様子だった。

 何か自分が知らない情報を相手が持っていて、それを使えばニュクスの力を望んだ形で使う事が出来るのかとも考えた。

 古来より、人々の願いの結晶として万能の願望器“聖杯”の存在が信じられてきた。

 もしかすれば、ニュクスを願い人々の心を使って“聖杯”のような願望器を作る気でいるのかとも考えていたのだが、玖美奈の言葉でようやく湊も相手が根本的な勘違いを犯している事に気付く。

 幾月や玖美奈に限らず、この世界で生きている者のほとんどは死ねば魂があの世に行くと思っている。この世での存在が終わってしまい。あちらで魂のまま存在し続けると。

 だから、誰かの復活を願う者は、その魂をこちらに呼び戻そうと考える。

 しかし、死を概念として理解し、尚且つ実際にあちら側の世界に行ってきた湊だからこそ、死んだ後も魂やその存在の状態変化は続くことを知っていた。

 あの世に渡った魂は、一部の情報を記憶の海やアカシックレコードと呼ばれる場所に保管され、後はただ霧散して世界の一部になって消えて行くのを待つだけだ。

 湊のようにあの世に行って、完全に消える前の魂と会うことは出来るし。記憶の海に保管した情報から一時的に存在を再現する事も出来るだろう。

 どちらのパターンになるかは魂の大きさや意志の強さによって異なるものの、仮にどちらであったとしても、それが叶うのは死後の世界に行けばの話である。

 いくら世界の理を書き換えようとしても、既に別の物に変化してしまった魂から故人を蘇らせる事は出来ない。

 湊がその事実を突きつければ、玖美奈はこれまで以上に目を見開いて驚愕した様子を見せた。

 

「なっ、そんな事、貴方のいう事が事実である証拠なんてどこにもないっ。現に貴方は蘇ってきたじゃないっ!」

「俺の魂はニュクスの因子が別の神と入れ替わり融合してしまっている。ニュクスが回収出来るのは自分の一部を分け与えた生物だけだ。何より、あっちは時間の概念が曖昧だと言っても、こちらの世界でも一月そこらしか経ってないんだ。十年以上前に死んだ相手とは条件が違う」

 

 玖美奈たちも命を懸けて願いを叶えようとしている以上、敵に何を言われようと簡単には信じないというのは分かる。

 幾月はこのために十年以上彼なりの戦いを続けてきたのだ。その子どもである彼女たちが湊の言葉を受け入れる事は、そんな父親の戦いを否定する事になる。

 自分は絶対に惑わされないと頭を振った玖美奈は、これ以上の問答は不要だとばかりに鋭い視線を湊へ向けると、一瞬だけ理と視線を交わしてから攻撃スキルを放って来た。

 

「ノート、ガルダインッ!!」

「酒呑童子、アギダイン!!」

 

 それぞれの放ったスキルは途中で合わさり、巨大な炎の津波になって湊に迫る。

 死の線を切って霧散させることは可能だが、今いる場所はまだ街にもタルタロスにも近すぎる。

 そう考えた湊は月の輝く上空へと視線を向けて飛び立ち、湊の移動に気付いた理と玖美奈も彼を追って空を駆けた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。