【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百二十九話 仲間たちとの散歩

夜――巌戸台分寮

 

 七歌たちが全員揃ってコロマルの散歩で寮を空けた頃、四階の作戦室に機械仕掛けの小箱を手に持った湊が立っていた。

 寮の扉は全て施錠されており、建物自体を守るための警備システムもあるので、機械操作の力を使ったところで何かしらの力が使われた形跡は残ってしまう。

 けれど、今の湊は姿だけでなく自身の放つ音や匂いまで消す“ハデスの隠れ兜”を装備しており、さらにこの場所へはセイヴァーの転移を使ってきたので、侵入したことを桐条グループに感知されていなかった。

 作戦室の中を見渡した湊は小箱を持ったまま周りを見渡し、特に気になるものもなかったことで部屋の奥へと進み始める。

 彼の持っている携帯電話にはアイギスから、コロマルの散歩で寮を空ける。用事があれば長鳴神社に行くのでそちらで合流してください、という連絡が来ていたが今はそれを無視する。

 湊なら他の者たちが寝静まっている間や学校に行っている間に寮に来ることも出来たが、時の空回り事件への備えを終えたのが昨日の事なので、直近のタイミングでチャンスが出来たならそこで訪れるのは何もおかしくはない。

 後々の事を考えて痕跡を残さぬよう腕に熱を持たぬ実体の黒い炎を纏い。扉のハンドルを掴んで下ろしながら、元々は理事長の書斎という扱いだった部屋へと入ってゆく。

 幾月が死を偽装して離脱した後、この部屋は臨時顧問になった栗原や七歌に美鶴に風花など、チームのブレインを担う者たちがシャドウの情報や過去の研究データを参照するための資料室として使われている。

 未来の真田たちの言葉を信じるのであれば、彼らの世界ではこの部屋に湊が遺した回復アイテムと手紙が入った箱が置かれていたという。

 一応、言われた通りに設定した時間に開くようにしておいたものの、影時間が消えて失った七歌たちの記憶が戻らず、彼らが日常に戻った事で時の空回り事件が起きなければ、この行動は単にハイテクな機能を備えたゴミ箱を寮に放置していくことになる。

 何もなければそのまま回収しておくよう栗原に伝え、彼女も記憶を失ったままになる可能性を考慮し、影時間の適性を持っていないEP社の社員数名にも同様の指示を出した。

 地震などが来ても動かぬよう最低限の配慮をした設置作業を済まし、顔を上げると資料室の壁に飾られたクリスマスの集合写真に目を向ける。

 

(……他の奴らは飾っていないようだな)

 

 瞬間的に個人の私室に探知をかけて、同じような写真が置かれていないか探る。

 アルバムに収納しているのであれば、普段から見るものでもないからとある程度はスルー出来るものの、机や壁に自分が映っている写真があれば、湊はそれを回収ないし破棄する予定でいた。

 幸いな事にそういった物を置いている者はいなかったので、湊は壁に飾られた写真をマフラーに入れて回収しておく。

 認識にフィルターが掛かってくれれば、写真を見たところで湊が映っていても意識する事はないだろう。

 けれど、そういった永続的な効果があるものではなく、一度切っ掛けを得れば完全に記憶を取り戻してしまうとなれば、今回収した写真のような記憶を取り戻す切っ掛けになり得る物は残しておく訳にはいかない。

 七歌たちは影時間に関わることで得たものを経験や思い出として取り込み、辛いこともあったが最後にはハッピーエンドと言えるものになったと納得する事だろう。

 しかし、湊は一般人として生きる上で、そういった思い出自体が不要だと考えていた。

 影時間などなかった。ポートアイランド・インパクトはあくまで実験に失敗によって起こった事故に過ぎない。

 ラビリスとアイギスは桐条グループ系の施設出身の姉妹で、チドリは同じく桐条グループ系の別施設から鵜飼桜たちに引き取られた子どもでしかない。

 真田兄妹や荒垣と同じで、偶然にも施設出身者が集まっただけなのだと、そう思ってくれれば湊にとっては最善の結果だった。

 写真を回収した湊は他に自分に関するものが無いかを軽く調べ、何もないことが分かるとセイヴァーを呼び出して転移する。

 寮からは少し離れ、街灯があるというのに人気もなく薄暗い路地には、街中の案内をしていた時と同じコートに身を包みながらも、中に別の服を着ているエリザベスが静かに佇んでいた。

 転移で発生する蛍火色の光でほんの一瞬だけ暗い路地が照らされれば、湊が戻ってきた事に気付いたエリザベスが柔らかな笑みで彼を迎える。

 

「用事は無事済ますことが出来ましたか?」

「……あぁ、これで三月に事件が起きても回復手段に困ることはほぼないだろう」

「少々、過保護のようにも思えますが」

「記憶が連続しているなら良いけどな。そうでないならブランクもあるし、戦力面の強化は出来なくても治療面の援助ぐらいはしてもいいだろう」

 

 自分が死んだ後も困らないようにと、他の者たちに迷惑を掛けないために終活をする人間はいる。

 そこにある程度の思いやりを持って、少しでも生活の足しになればと財産なりを残し援助しようとする者もいる。

 だが、湊がしている事、彼女たちのために遺そうとしている物はあまりに過剰だ。

 終わらない三月、時の空回り事件は湊の死を切っ掛けとして起きるが、それはあくまで切っ掛けでしかなく、原因は全て湊の死後も現代を生き続ける者たちにある。

 彼女たちが事件に巻き込まれると知った以上、何もせずにいるという訳にもいかないのだろうが、いくら二ヶ月ほどのブランクが出来るにしても彼女たちも命懸けで戦って来た経験を持つ。

 そんな相手に貴重な回復アイテムを大量に残すのは、エリザベスから見れば過保護以外のなにものでもなかった。

 

「恐らく、その試練は彼女たち自身が八雲様との決別を受け入れる事で為されるのでしょう。旧き時代に神と袂を分ち、人の世が始まったように、彼女たちも神の残滓たる貴方との別れを受け入れる必要がある。そこに貴方の遺した物があれば決意を鈍らせるのでは?」

「……かもしれないな。けど、逆にそれしか遺ってないことで、もういないんだと実感を持ってくれる可能性もある。大量に用意したが使えば減る。残る数を数えていれば終わりも意識するだろうさ」

 

 箱いっぱいに用意しておいたが、その箱だって天田や風花でも両手を使えば抱えられるようなサイズでしかない。

 宝玉輪時代は掌に乗るサイズではあるが、かさばることもあって百個も用意出来ていない。

 渡そうと思えばそれくらいは持っているものの、怪我をしてもどう治せるからと捨て身戦法を取られても困る。

 なので、大量にはあるものの計画的に使う必要がある量を、湊はしっかりと見極めて箱のサイズを決めて置いてきたのであった。

 湊の死を受け入れることが未来での事件解決の手段だと思っていたエリザベスは、そんな遠回しに自覚させる方法もあるのかと感心したように頷いている。

 まぁ、湊のそれも思った通りの効果を発揮するかは不明なのだが、無制限に手助けする事が目的ではないと分かって貰えたなら十分だ。

 いつまでも寒い冬空の下にいる必要はないので、そろそろエリザベスを送って行こうとポロニアンモールに向かって歩き出す。

 本来ならば湊の持っている鍵でどこにでも扉を開くことが可能なのだが、依頼人であるエリザベスが帰りは設置されている扉のみ使用を許可すると告げてきたので、わざわざ歩いて商業施設を目指す必要があった。

 昨日は学校を案内した後、エリザベスが湊の部屋を見たいと言い出し、到着後にお手引きを頂きたいと頼まれた事で無断外泊をさせるはめになった。

 日を跨いでからも何やかんやと現実世界の案内の続きを頼まれ、エリザベスはほぼ丸二日もベルベットルームを空けていた事になる。

 彼女の姉であるマーガレット辺りが色々と五月蝿く言ってきそうだと、少しばかり憂鬱な気持ちになりながら、湊はベルベットルームへ向かうべくエリザベスを連れて夜の街を歩いた。

 

――長鳴神社

 

 コロマルの散歩として全員でのんびり歩きながら神社を訪れたメンバーたちは、誰もいない境内を軽く散策し、貸し切り状態の公園部分で各々好きな遊具を使って童心に帰っていた。

 順平は綾時と一緒にブランコでどちらが遠くへ飛べるかと、遊具の管理会社が聞けば危ないから止めろと言いたくなる遊びを天田の前で披露する。

 

「ほーら、こうやって全力で立ち漕ぎしてー! とうっ!!」

 

 子どもの頃にやっていた立ち漕ぎよりも、体重と筋力が増した今の方が何倍も勢いがつく。

 それが楽しくて初期位置から八〇度くらいの角度まで漕いで勢いをつけた順平は、タイミングを計って全力で飛び立って行く。

 幅跳びのようなポーズで空中に飛び出した順平は、本人が思っていたよりも遙かに遠くへと飛んでいき、そして、そのまま五メートル以上離れた場所にあった砂場へと勢いよく着地した。

 ドゴンッ、と重い音を響かせながら砂を巻き上げ両足で着地した順平。他の者たちも大きな音がしたことでそちらに視線を向ければ、着地した中腰のまま止まっていた順平が両手を挙げて身体を起こす。

 僅かに足が震えているように見えなくもないが、完璧な着地を決めた順平に天田が素直に賞賛の拍手を送る。

 

「すごいです! ブランコでここまで飛んだ人なんて初めて見ました!」

「へへっ、これぞ大人の力ってやつよ! あ、でも、マジで危ないからな。天田の筋力だと砂場まで届かないから止めた方がいいぞ」

 

 天田の事を心配して真似するのはやめておけと告げた順平だが、先ほどの大ジャンプが思っていた以上の距離と勢いを見せた事で、砂場があってそこに着地出来て良かったと心の底から安堵している。

 もし、そこに砂場がなければ着地に失敗して地面を転がっていた確信がある。

 だからこそ、砂場まで届かないなら勢いは抑えておいた方が良いと天田にアドバイスしていた。

 天田本人も順平ほど遠くへ飛べるとは思っていないようで、順平が飛んだ事で空いたブランコに乗り、自分ならどこまでなら安全かを見極めながら勢いをつけていく。

 そんな男子たちのやり取りをジャングルジムの上に座りながら見ていた七歌は、真冬の乾燥した空気にもかかわらず星が見えない東京の空に僅かな寂しさを覚えつつ近くにいたアイギスに声をかけた。

 

「アイギス、八雲君に連絡ついた?」

「お仕事中との事です」

「そっか。決戦前に皆でゆっくり出来る時間だったから、出来れば一緒に過したかったんだけど。そういう事ならしょうがないね」

 

 湊の言った仕事というのはエリザベスの依頼を指しているのだが、他の者たちはそれに気付くことなくここへ向かう途中に買ったホットの飲み物を飲みながらのんびり過す。

 七歌が買ったのはハチミツとしょうが入りのホットレモン。身体の芯から温かくなるような、優しい甘さが寒さで強張った身体を解してくれる。

 

「ふぅー……寒い中で温かい飲み物飲むのってなんか贅沢だよね」

「あ、分かる。コタツで食べるアイス的な感じでしょ?」

「私、寒がりだから貼るカイロも貼ってそうしちゃう事あります。なんか普通に食べるより濃厚な気がするんですよね」

 

 七歌と同じように温かい飲み物を飲むゆかりと風花が、よく分かると頷きながら笑う。

 シチュエーション補整や身体が求めているから美味しく感じるという説が有力だが、彼女のたちにとって細かい事はどうでもよく、そういった体験は普段以上に食べ物を美味しく感じる幸せな時間だと共感し合う。

 同じように空を眺めていた美鶴は、コタツに入った経験がほとんどない事で共感しづらいようだが、百円ちょっとのペットボトルの紅茶を美味しく感じたことで、仲間と同じ体験を共有出来ている事を知って笑みを溢す。

 

「私はあまりコロマルの散歩に付き合ってやれなかったが、夜の散歩は親しい友人たちと過す非日常のようで不思議な楽しさがあるな」

「ははっ、非日常って言うたら影時間もそうやけどね。美鶴さんが言いたい意味は何となく分かるわ」

「……そうね。戦いが終われば、こういった事を非日常って言えるようになる訳だし」

 

 自分たちは学生どころか大人たちだって経験しないような非日常を経験している。

 けれど、美鶴が言っている非日常とは、文字通りに日常的な体験ではないものを指しているのであって、超常の存在との邂逅を指している訳ではない。

 ブランコで遊んでいる順平たちや、コロマルとボールを使って遊んでいる真田と荒垣たちの方を見ながら、今のこの時間が日常の延長線上にある非日常なのだと確認する。

 影時間が消えれば美鶴たちは卒業と次の進路に向けての準備に動き出し、七歌たちは七歌たちで自分たちの目指す将来に向けて受験勉強を始める。

 四月以降はこんな穏やかな非日常は中々過ごせなくなる事もあって、戦いの前だと言うのに全員が楽しさと一緒に言い様のない寂しさを感じていた。

 その気持ちを感じているのは自分だけじゃない。不思議とその確信を持って、女性陣が何となく空を眺めていれば、神社の上空で突然蛍火色の光が弾けて一人の青年が現われた。

 一時間ほど前に仕事中だとメールがあったので、合流する事は出来ないのだろうと思っていただけに、仕事の方は大丈夫なのだろうかと気になってしまう。

 ジャングルジムに登っていた女性陣たちは地上に降りて、十メートル以上の高さから平然と着地した青年に声をかける。

 

「八雲さん、お仕事の方は大丈夫なのですか?」

「……ああ、さっきまで受けていた物は終わらせてきたからな」

 

 EP社は湊とソフィアが二人で代表を務めながら、さらに幹部たちにも仕事の指示をさせているはずなのだが、こんな時間まで仕事をする必要があるほど忙しいのかと集まった者たちは心配する。

 彼に聞けば必要な事だからなと何でもないようい答えるに違いないが、自分たちがのんびりと夜の散歩をして遊んでいた事もあり、頑張って仕事をしていた彼に対して後ろめたさのようなものを感じてしまう。

 しかし、それを口に出せばくだらないと言われることも分かっているので、お疲れさまと労いつつ近付いた七歌は、彼の服から彼とは異なる匂いが香った事に首を傾げた。

 

「あれ? ねぇ、八雲君。仕事って一人でしてた?」

「……いや、事務仕事でも一人でする事は珍しいが、今日は相手のいる仕事だったぞ」

「あ、そうなんだ。なんか八雲君のコートから女性物の香水か化粧品っぽい匂いがしたからさ」

 

 七歌がその事を指摘した途端に、女性陣が湊に近付いてコートの周りで鼻を利かせて匂いを嗅ぐ。

 いくら見目麗しい女子たちが揃っていると言っても、数人が一斉に集まって匂いを嗅いでくれば遠慮願いたくなる。

 スンスンと匂いを嗅いでいる女子たちを呆れたように見ていれば、何だかんだと彼の学外の知り合いと面識のあるラビリスが、彼と最も関わりのある相手の物ではないと否定した。

 

「ソフィアさんとかシャロン先生の使ってるのとは違った匂いやわ」

「ですが、不思議と知っている香りな気がします。八雲さん、仕事のお相手はわたしたちの知り合いの方ですか?」

 

 ラビリスの証言で第一候補たちの可能性は消えたが、それほど知り合いのいないアイギスも何故か知っている香りだという気がした事で、湊に自分も知っている相手かと素直に聞いてみた。

 聞かれた湊にすれば、どうして仕事の事をお前たちに教えなければいけないんだという気持ちだが、別に知られたところで問題もないことで正直に答えた。

 

「……まぁ、エリザベスだが」

「え、仕事って言って二人で遊んでたの?」

「そういえば、今日学校で、昨日の放課後にすごい美人がうちの学生と一緒に校内を回ってたって聞いたんだけど」

 

 仕事で会っていたのがまさかの相手だったことで、七歌とゆかりが驚きながらもどういう事だと視線で追及してくる。

 別に話す義理も必要もないのだが、ここで黙っていれば機嫌を損ねて面倒臭くなるだろう。

 そう思った湊はベルベットルームの住人たちにも色々あるのだと伝える。

 

「……ベルベットルームからの正式な依頼だ。最後に街の案内を頼みたい、と。あいつらも迷っている。迷っているからこそ、契約者との関わりを通じて自分が何者であるかという疑問の答えを探しているんだ」

「エリザベスさん、その依頼で答えを見つけられたのですか?」

「いいや。ただ、見識は広がったと満足してくれていた」

 

 昨日、学校の屋上でエリザベスは湊の辿り着いた“命のこたえ”を理解出来ないと言っていた。

 その後にEP社の私室に移動し、肌を重ねた後にベッドの中で真面目な話もしたが、大切な物を失う恐怖の先にそういった感情もあるのは何となく分かった気がすると彼女は話していた。

 あれだけの強さを持っていても、彼女の持つ心は人間のそれとほとんど変わりがない。

 価値観や感じ方の違いはあれど、喜怒哀楽に執着心などもしっかりと持っている。

 であれば、エリザベスが湊と同じような“想い”を持つ未来もあるかもしれない。

 湊がその命のこたえに辿り着いたのは偶然で、恐らくは一人一人その答えは違っているように思う。

 だからこそ、もしエリザベスが真の意味で湊の出したこたえを理解出来なかったとしても、それは考え方が違っているだけなので別におかしい事ではない。

 湊の辿り着いた命のこたえを理解出来ないことで、エリザベスは僅かに落ち込んでいる様子だったが、しっかりと個々の違いを説明すれば相手も納得した様子で見識が広がった事を喜んでいた。

 女性陣にそうやって話していれば、影時間が終われば湊と七歌はベルベットルームの住人たちとも会うことがなくなるのだろうと、他の者たちよりも別れが多い事を察し少しだけ申し訳なさそうな表情になる。

 彼女たちの表情の意味を湊も七歌も理解したが、最初から一年と言われていたのだと七歌は笑って答えた。

 

「最初から期限は聞いてたから大丈夫だよ。ベルベットルームは一年の旅路に付き合ってくれるだけって話だったから。てか、それを言うなら私よりも長く関わってた八雲君の方が別れ辛いと思うし」

「……別に契約者は契約終了後もベルベットルームに入れるぞ?」

「え、そうなの?」

「ああ。担当から外れて個人的な付き合いになるから、親しくなっていなければ二度と会うこともないかもしれないが」

 

 直通の扉の鍵を持っている湊は勿論、七歌だって扉さえ見つければ持っている鍵で開く事が出来る。

 なので、扉を見つけるという条件を満たしさえすれば、元契約者は鍵を使って部屋に辿り着けるのだが、そこから先は客人と担当というビジネスの付き合いではなくプライベートな物になる。

 湊のように契約を果たし終えたその日に男女の関係になるくらい親しければ、もしかすると相手を現実世界に呼んで、色々と裏の技術を使い戸籍を作って籍を入れるという事も出来るかもしれない。

 まぁ、七歌とテオドアは常連と店のバイト君くらいの距離感のようなので、湊とエリザベスのようなドツボに嵌まりそうな関係にはなり得ないだろうが、契約後も話し相手になるくらいの信頼は築けている。

 他の者たちは色々と気を遣って心配してくれたようだが、その心配が杞憂だったと分かって皆安堵の表情を浮かべた。

 

「やれやれ、杞憂で済んだなら何よりだ。出会った切っ掛けが影時間だろうと、親しくなったなら関係ない。別れずに済むならその方が良いに決まっている」

「有里君は十年近い付き合いがあるって言ってたもんね。流石に簡単には割り切れないだろうから、大丈夫って事なら本当に良かったね」

 

 別に会えなくても困ることはないだろうが、会えない訳じゃないという事が分かっているだけで気が楽なのは確かだ。

 美鶴とゆかりが笑顔で良かったと安心する様子を見ながら、ボール遊びを楽しんだコロマルと真田たちが戻ってくれば、時計で時間を確認したラビリスが他の者たちに声をかけた。

 

「さーて、ほんならコロマルさんも十分遊んだみたいやし。そろそろ寮に戻ろか」

「……用事が済んだなら俺は会社に戻ろう。別に送って行かなくても大丈夫なんだろ?」

「んー、時間も遅いし。あの瞬間移動で運べるんやったらそれでもええかな」

 

 七歌たちは寮に帰るだけだが、ラビリスとチドリとコロマルは電車で移動する距離くらいには離れたラビリスのマンションに帰る必要がある。

 普段は美鶴が呼んでくれた桐条グループの人間に車で送って貰っているが、影時間の探索がある日ならともかく、ただ遊んできただけで桐条グループの人に送って貰うのは申し訳ない。

 故に、運んで貰えるならお願いしたいと伝えれば、湊の頭上に現われたセイヴァーが光の短剣のような物を翼から飛ばし、集まった全員をそれで囲うとすぐに光に包まれその場から転移した。

 一度目の転移では全員で寮の屋上へと移動し、ラビリスたちが寮生らに別れを告げると今度はマンションのバルコニーに転移する。

 ラビリスたちが自分たちの現在地をしっかりと理解した段階で、湊は会社に戻ると告げて二人と一匹の前から転移で消える。

 途中から参加して貰った相手に、最後は運び屋のような事を頼んだのは少し申し訳なく思うが、戦いの前に全員で集まって穏やかな時間を過ごせたのは嬉しかった。

 沢山遊べて満足げなコロマルの足をラビリスとチドリで洗ってから拭いてやり、自身らもお風呂に入るためお湯を溜めて入浴の準備をしてから明日の学校の用意を済ませる。

 泣いても笑っても残り一日。明後日にはこの世界の運命が決まる。

 それをしっかりと分かっている少女たちは、疲れを残さぬよう温かいお風呂に入ると、寝る準備を整えてすぐにベッドで休むのだった。

 


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