【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百二十六話 移動中の雑談

午後――港区

 

 七歌たちが全員で無事に生きて勝つと宣言しているニュクスとの決戦において、湊が最初から自身の生存を考慮していない事に気付いていたであろうベルベットルームの住人たち。

 彼らにとって重要なのは契約者が無事に契約を果たすことであり、その果てに破滅しようが元の暮らしに戻れなくなろうが、究極的にはどうでも良かったりする。

 勿論、彼らも人と同じように心を持っているので、ゲストとホストではなく親しい友人となれば相手のその後の人生に幸多からん事をと祈りもするだろう。

 歴代の契約者の中でも最長に近い期間関わった青年は、彼らにとってそう思えるだけの相手になったのか。

 部屋の主であるイゴールは直接それを口にしたりはしないだろう。

 だが、最後の依頼として現実世界の案内を頼んだエリザベスは、普段着ている制服とは真逆の赤いダッフルコートに身を包み、チラチラと雪の降るオフィス街で湊の隣を歩きながら彼とのこれまでの思い出を振り返っていた。

 

「あんなにも小さくひ弱だった少年が、神に挑み得るまでの強さを手に入れた事を思うと、何やら感慨深いものがあります」

「別に直接殴り合う訳じゃない。俺の自我を消した完全体の阿眞根になれば知らないが、そうでないなら挑んだところで勝負にならないだろう」

 

 お昼時を少し過ぎた時間であるためか、湊とエリザベス以外にこのオフィス街を歩いている者はほとんどいない。

 もっとも、世間では今も無気力症の拡大が進んでおり、無気力症になることを恐れてか外出を控える人間が増えた。

 例年であれば多少雪がちらついていようと、ここまで人がいないという事はなかったに違いない。

 遅めの昼食に繰り出すサラリーマンであったり、朝から出ていたパートタイマーの終業時間に被っていたり、本来ならもっと人がいたはずなのだ。

 この光景も影時間を終わらせれば元通りになるのだろうかと、元通りになった光景を見ることが敵わない青年がぼんやりと考えながらエリザベスに言葉を返せば、身長差の関係でやや下から見上げる形になっていたエリザベスが無言で湊を見つめていた。

 雪のように白い肌に、薄暗い空の下でも輝いて見える銀髪、そして精巧な人形かと思ってしまうほど現実離れして造形の整っている顔。

 そんな相手が黙って見つめてくれば、一般人なら見惚れるよりも先に不気味に思って引いてしまうに違いない。

 けれど、湊は良くも悪くも作ったように顔の整った美人という存在に慣れており、どうして相手が黙って見てきているのかという方に関心を持った。

 エリザベスは湊を見つめながらもちゃんと並んで歩いてくれている。

 そのため、怒って不機嫌になっているという可能性は低そうだが、元から何を考えているのか分かりづらい相手であるため、ここで唐突にお腹が空いたと言ってきてもおかしくはない。

 

「……急に黙ってどうした?」

「いえ、勝負ならないという認識でおられる事を少々意外に思ったものですから」

「相手は地球上の生物全てに自身の力を分け与えた神だぞ。人が拳を突き出す程度の事でも、相手の規格で同じ事をすれば地球上で国一つが消し飛ぶことだってあり得る。俺は相性の関係でニュクスを殺し得るだけで正面から戦って勝てるとは思っていない」

 

 エリザベスが自分をどんな人間だと思っているのか、今更になって湊は色々と気になってくる。

 彼女が出した依頼は湊と縁の深い場所への案内という事で、湊は適当に仕事場や学校などへ連れて行こうと思っていた。

 ただし、何故だかその移動は徒歩か公共の交通機関(タクシーを除く)という縛りが付けられているので、湊としては面倒に思いつつもこうしてEP社の方から月光館学園を目指して歩いているのだ。

 今の湊にとって活動拠点はEP社で、自分にとって一番縁のある場所も自然とそこになる。

 しかし、エリザベスの感覚でいくとEP社は縁の深い場所から外れるらしく、学校ならば問題ないという事なので学校に行って適当に時間を潰して依頼完了にならないかなと僅かに期待していたりする。

 そも、車でも二十分か三十分かかるような距離でも、二人が本気で走れば五分と掛からず着くに違いない。

 それをしないのはエリザベスが移動中の会話も案内に含まれると告げてきたからだ。

 湊にすれば今歩いている場所には何の思い入れもなく、単にEP社と学校を直線で結んだ距離に一番近くなるルートとして選んだだけだ。

 そんな場所を歩いているだけで何が案内になるのかは分からず、元から饒舌に話をするタイプでもないため会話も多くはない。

 こんな事で本当に依頼条件を満たせているのかと疑問に思った青年は、学校へと向かう足は止めずに相手へ率直に尋ねた。

 

「……エリザベス、ただ歩いて学校に向かっているだけだが、これで外の世界を案内している事になるのか?」

「そうですね。ツアーガイドとしての能力を評価するならば落第点でしょう。周辺で営業する商店の情報やこの地域に関する蘊蓄など、事前に知識を仕入れていれば話す話題には事欠かないはずです。ですが、八雲様は会話に関して基本的に受け身。依頼をサボタージュされるおつもりですか?」

「そもそも、依頼を受けると思っていなかったし、おかげで知識なんぞ仕入れていないからな。サボるつもりはないが案内人としての高い能力を求められても困る」

 

 湊は一緒に歩いているだけで案内らしい事はしていない。

 現実世界に不慣れなエリザベスでも、海の方へと進んで行けば月光館学園が見えてくるので、湊の案内がなくとも月光館学園に向かうことは出来る。

 となると、湊はちゃんと依頼をこなしているとは言えないのだが、ツアーガイドとしては落第点と評したエリザベスはとくに不満そうにはしていない。

 むしろ、この何でもないただの移動時間に交わす何気ない会話が楽しいのだと微笑を浮かべてきた。

 

「私はこの世界の人間ではありません。知識としてはそれなりに知っていますが、圧倒的に経験というものが不足しています。そんな私にとっては八雲様が“何でもない”と感じるような時間も、新鮮な発見と驚きに満ちた素晴らしい体験なのです」

 

 湊にすれば何もしていないと思えるような時間でも、エリザベスにとっては知らない土地でのちょっとした旅行のようなもの。

 確かに、湊が全力でもてなしてスカイダイビングやらスキーやらに連れて行ってくれるのも楽しそうだが、エリザベスからすれば何気ない日常の方がこの世界に関する新しい発見が多い。

 だからこそ、今の自分にとってはこの何でもない時間が貴重な体験なのだと彼女は笑った。

 

「本来の状態を考えれば、今のこの状態は“日常”には含まれないのでしょう。ですが、これもまた世界の見せる一面だと思えば、影時間が終わった後の世界と見比べる楽しみがあります。出来ればその時の案内も八雲様に依頼したいのですが」

「……影時間が消える頃には契約は全て終わってるはずだ。契約を果たし終えた後もベルベットルームには立ち寄れるのか?」

「契約は私共のサポートを受けるために必要なだけですので、辿り着けるのであれば立ち寄るのは問題ありません。勿論、その時には契約を通じた関係ではないため、個人的なやり取りという事になります」

 

 そう話すエリザベスはどこか妖艶な空気を纏って薄く口元を歪めつつ、瞳だけは一切笑わず湊をジッと見つめてくる。

 彼女は時々意味ありげな表情を湊に向けてくるが、それが“そういう意図”を持ったアピールなのか、それとも単に青年をからかっているだけなのか分かりづらい部分がある。

 これまでの付き合いと普段の態度から考えれば、恐らくは嫌われていないだろうと思えるものの、それが契約者に接する仕事用の態度である可能性も否定出来ない。

 湊としてはそれなりに親しみを持っており、契約を果たし終えてもプライベートでの付き合いを続けていきたいと思う程度には慕ってもいる。

 相手も同じように考えているのなら、それは素直に嬉しいのだが、彼らにとって都合のいいそんな未来は訪れない。

 一切目の笑っていない微笑を向けてくるエリザベスの方を向いた湊は、抱いた淡い妄想を頭の中から消して淡々と告げる。

 

「……最後の戦いで俺は死ぬ。悪いが案内してやる事は出来ない」

「ですが、再び戻ってくる可能性がない訳ではないと仰っていたはずです」

「ああ、可能性だけはある。しかし、それはゼロじゃないだけだ。現実的な確率を考えればゼロと変わらない」

 

 玲たちのいた時の狭間で出会った未来のメティスの話を信じるのなら、あちらの世界では記憶を失って大幅に能力に制限がかかった状態の湊がいるらしい。

 単なる記憶障害で一時的に記憶を失っているのか、別の力によって記憶そのものが消去されているのか。

 後者であればその人物は湊本人ではなく、結城理のような湊の姿をした別人という可能性もある。

 使っているペルソナがタナトスで、メティス曰くワイルドの能力は使えないのではなく使わないだけらしいが、負担の少ないタナトスすらも基本的には使わないほどの弱体化が起こった原因が気になる。

 ここにいる湊も一時的にペルソナ能力を失っていた事はあるが、それは自分の中にいる蛇神の力も利用するようになった事で、力の引き出し方が変化したためだった。

 力の持つ正負の性質よって引き出せる時期に制限が付いても、湊が余計に力を消費すれば時期から外れた性質のペルソナも呼び出せはした。

 その余計に力を消費するというのも、あくまで力の消費が増える程度のものであり、湊が衰弱するなど身体に大きな負担が来るような事はない。

 だというのに、ペルソナを使うだけでそんな事が起きるというのであれば、恐らくそれはペルソナ及びワイルドの能力そのものが身体に馴染んでいないという事だと思われた。

 湊の持つ力は他のペルソナ使いらと異なり、本来はニュクスの力だった部分をベアトリーチェに置き換えている。

 他の者たちの力に不具合が起きていないのに、未来の湊だけ能力に不具合が起きているというのは、そういった部分の違いが影響している可能性もあった。

 

「……やはり現実的じゃないな。考えるだけ無駄だろう」

 

 エリザベスの言葉で自分が再びこの世界に戻ってくる場合の想像をしてみたが、そんな事が起きる可能性はほぼゼロで、オマケに今持っている情報からでは分からない事も多い。

 そんな事を真面目に考えるくらいなら、学校に着く前にどこかで昼ご飯を食べるか考えた方が建設的に思える。

 隣を歩いている女性は、考えるだけ無駄という湊の言葉に少しムスッとしてしまったが、こことあちらでは影時間の有無以上に環境が異なり、いくら考えても答えの分からない事もあるだろう。

 話を逸らすようで少し気が引けるものの、無駄な話を続けている内に店などが何もないエリアに行ってしまっては、健啖家である彼女を満足させるような昼食はとれなくなる、

 そうして、いくつかの思惑を乗せて湊は隣にいる女性に声をかけた。

 

「さて、もう少しすると飲食店なども減ってくる。昼を食べてから学校に行くなら、そろそろどの店に入るか気にした方がいい」

「そういう事でしたら、どこかオススメのお店はありますか?」

 

 案内を依頼したエリザベスはその理由についてまだ話そうとせず、青年の振ってきた話題に素直に返事をしてオススメの店などについて尋ねる。

 学校に着いてしまえば依頼した理由を話さない訳にはいかず、さらに命のこたえに辿り着いているであろう湊の内面についても踏み込んで尋ねる必要が出てくる。

 それが分かっているからこそ、エリザベスはもう少しだけ猶予を求めて湊に案内されるまま目的の飲食店に向かって移動するのだった。

 

 


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