【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

419 / 504
第四百十九話 未来の約束

1月19日(火)

夜――巌戸台分寮・作戦室

 

 一月も下旬にさし掛かり、約束の日まで残るは十日ほど。

 ニュクスが降臨するのはタルタロスの頂上という事で、七歌たちは実戦で鍛えながら探索階層を上げていくことを繰り返すようになっていた。

 泣いても笑っても一月末には全ての決着がついてしまうのだ。

 やり直しが利かない以上、その時になってもっと鍛えておけば良かったなどと後悔したくはない。

 全員が同じ想いを持っているからこそ、本来は外部協力員だったチドリたちも頻繁に巌戸台分寮を訪れるようになり、今日も探索に向けての作戦会議に参加していた。

 とはいえ、日夜シャドウという異形の化け物と戦っていようと、彼女たちは湊のような戦闘のプロではなく学生だ。

 夕食も食べ終わって特にやる事もなかったから作戦室に集合したが、影時間前に学校へ到着するためのモノレールの時間までは時間がある。

 本格的なブリーフィングはもう少し後で行なうので、作戦室に集まっても終始真面目に陣形やら敵の考察を続けている訳ではなかった。

 そして今日もいくつかのグループに分かれて会話をしつつ、それでも仲間たちで同じ時間を過していれば、ニュクスに勝利した後の未来に目を向けるという話題で七歌が何やら思い付いたように声をあげた。

 

「あ、そういえば勝った後の話だけどさ。打ち上げとかってどうする?」

「いや、打ち上げって……いくら何でも気緩みすぎじゃない?」

 

 確かに七歌はゆかりたちとニュクスを倒した後の未来の話をしていた。

 何をしたい、かにをしたい。屋久島と京都を除けばろくに遠出も出来なかったので旅行も良いかもしれないなどと、取り戻した日常の過ごし方について語っていた。

 未来の楽しいことについて話していれば、それは戦いに勝つためのモチベーションアップに繋がる。

 しかし、それも度が過ぎると浮ついているように感じられてしまうため、ゆかりがそういうのは勝ってから話した方が良いのではと引き締めようとした。

 言われた七歌は少しだけ不思議そうな顔をして、紅茶のカップに手を伸ばすといやいやと首を振ってゆかりの言葉に反論する。

 

「別にそこまで詳しく予定組もうって話じゃないんだよ。そりゃ、勝ったら翌日に打ち上げするからプレゼント交換の準備しとけよって話なら浮かれ過ぎだと思うけどね」

「あぁ、単純にするかしないかってだけなのね。なら、私は個人的に賛成。当日は多分くたくたで何も出来ないと思うし。全部これで終わりですって区切りを付けるのも重要だよね」

「ふむ、そういう事なら私も賛成だ。前回は色々と台無しになってしまったからな。今度こそちゃんと節目としたい」

 

 七歌とゆかりの会話に美鶴も参加して打ち上げを行なう事に賛成票を入れる。

 十二体のアルカナシャドウを倒した翌日に行なった慰労会はそれなりに楽しかったが、その後に立て続けに起こったトラブルのせいで余計に疲れてしまった。

 影時間が消えていない上に、幾月の裏切り発覚とストレガからの襲撃が行なわれ、七歌たちは死にかけて桐条武治は凶弾に倒れてしばらく意識が戻らなかった。

 そんな風に、慰労会を行なう前より疲れてしまったせいで、今回もまた同じようなパターンになるのではという思いもなくはない。

 だが、ニュクスについて詳しい湊と綾時だけでなく、敵側も同じ日を約束の日としているので一月末日が最終決戦なのはほぼ間違いなかった。

 

「前回、わたしたちは参加していなかったので、今度はしっかりと参加したいと思います」

「せやな。ここでやるんならコロマルさんも参加出来るし。自分たちで作ったり、何か買ってきたりしてホームパーティー形式でやる感じがええかな」

「ふふっ、今度こそ全員で祝って締めたいね」

 

 前回参加出来なかったアイギスたち二人は、背中を預けて戦った仲間たちと共に打ち上げパーティーをするなら是非参加したいと告げる。

 ラビリスはテニス部や総合芸術部の方で何度かそういった催しにも参加しており、仲間とのそういった時間を過す事の楽しさと大切さを知っている。

 別にこのメンバーで二度と集まらない訳ではないが、美鶴と真田と荒垣が卒業すれば会う機会は減り、さらに翌年には天田以外の全員が月光館学園を去ってしまう。

 そうなるとそれぞれの進学先や就職先の兼ね合いもあって、夏や冬の長期休暇に一度食事をしに集まるくらいしか出来なくなると思われた。

 勿論、それはそれぞれが自分の将来に向けてしっかりと歩み出した証拠でもある。

 全員が卒業していくタイミングで中等部に上がる天田だけは、自分だけ取り残されていく疎外感を感じるかもしれないが、本人も仲間たちの新天地での活躍は応援すべき事だと認識出来ている。

 何より、命を懸けて共に戦った仲間との縁などそう簡単に切れる物ではない。

 偶然の再会であったり、共に大きなトラブルに巻き込まれたり、何かしらの形で再び出会えるという不思議な予感があるのだ。

 それについては話していた女子たち全員が感じているため、単なる気のせいという形で終わってしまうことはないはず。

 ただ、それはそれとして、これまでの影時間の戦いを労う形で一区切りつけるのは大賛成。

 女子たちが内容はともかく開催日くらいは決めようかと話していたとき、綾時と天田と一緒に話をしていた順平が楽しそうな話題なら混ぜてくれと声を掛けた。

 

「お、なになに? 皆で“ニュクス討伐成功、大勝利!~特別課外活動部よ永遠なれ~”的なお疲れさま打ち上げの話してんの?」

「男子の会費は一人一万円でーす」

「おっと、学生の打ち上げにも婚活パーティー並みの女尊男卑の波がきてるなぁ。言っとくけどオレら君たちとお財布事情変わらないからね? 有里ならポンと百万くらい出すだろうけど、オレたちがそのノリで出せんのは三千円くらいが限界だから」

 

 楽しい打ち上げの話になると思えば、現実の厳しさを突きつけるようにお金の話を振られて順平は何とも言えぬ表情を浮かべる。

 この寮で打ち上げをするのならば会場代は掛からないが、料理やちょっとしたレクリエーションの小道具を用意するにはどうしてもお金がかかる。

 そんな事は順平も勿論理解しているので、全員一律で参加費を集めると言われれば素直に払う気はあった。

 しかし、会費がかかると告げた七歌の雰囲気からすると、女子たちは払わずに済ますのだろう。

 最後の戦いに向けてタルタロスの探索に出ているため、最近は普通のバイトを行えていない年頃の高校生に女子たちの分まで費用負担するのは厳しい。

 故に順平はこの場にいない彼がスポンサーになってくれるはずだと話題を逸らす作戦に出た。

 

「てか、有里に言えばまたお土産やら何やらで準備してくれると思うぞ? 会場の飾り付けとかは勿論やるけど、どうせなら有里が集めた美味いもんの方が良いだろ?」

「むー、確かに八雲君の手料理やオススメの逸品は心惹かれるものがある」

「有里君、仕事の関係で色んなお店とパイプ作ってるからねぇ。どの国の料理でも準備出来そうだよね」

 

 順平の言葉に本気で悩む七歌に、ゆかりも一理あると頷く。

 打ち上げは単にこれまでの戦いを労うことだけが目的ではない。

 無論、戦いを終えてお互いの健闘を称え合うのも理由の一つだが、これまでの戦いやそれに割いていた時間に溜めた鬱憤を晴らすため、全力で楽しんでストレスを解消するという意味もある。

 そこで重要になってくるのがパーティーで並ぶ料理であり、七歌たちの中で豪華で美味しいパーティー料理を準備出来る人間は非常に限られていた。

 まず、パーティーに相応しい料理を作れる人間で言えば、該当するのは湊と荒垣しかいない。

 ラビリスや七歌もそれなりの料理の腕を持っているものの、彼女たちのレパートリーを家庭料理に偏っている。

 その点、プロから料理を学んだ湊たちは、パーティー料理の作り方も分かっているのだ。

 次に、自分で作れないなら注文すれば良いということになるが、宅配ピザならともかく命懸けの戦いの戦勝記念パーティーに相応しいオードブルなどを手配出来るのは湊と美鶴しかいない。

 七歌たちが話していた打ち上げはただの打ち上げではない。十年前の悲劇から今日まで犠牲になった者たち全てに捧げる勝利の宴になるのだ。

 そんな宴に出てくる料理が近所のスーパーのお総菜コーナーで注文した料理では、流石にメンバーたちのテンションも下がってしまうだろう。

 それこそ、この寮にシェフを呼んで目の前で作って貰っても良いくらいなのだ。

 そんなレベルの料理を準備させるコネクションを持っているのは、桐条家ご令嬢の美鶴とEP社の代表をやっている湊しかいない。

 寮で作るのか、それとも注文して用意して貰うのか。

 どちらを選んでも自分に負担が掛かることはないと思っている順平だったが、そこで楽しい打ち上げの予定決めに綾時が待ったをかけた。

 

「あ、言い忘れていたけど、多分勝っても打ち上げは出来ないよ。皆、影時間の記憶を忘れてしまうからね」

『……え?』

 

 せっかく勝った後の話をして盛り上がっていたのに、綾時がさらっとその予定は多分無理だと告げたことで今まで雑談していた他の者も一斉に綾時に視線を向けた。

 急に全員の視線が向けられて綾時も驚いた様子を見せる。

 しかし、すぐに元の笑顔を見せると、話がよく分かっていない様子の他の者たちに事情を伝えた。

 

「以前、僕とアイギスが戦った日に語った事を覚えているかな。宣告者であるデスを倒せば、ペルソナ使いである君たちでも影時間の記憶を失うって話なんだけど」

「それについては覚えている。だが、ニュクスを倒した時も同じようにお互いの事を忘れてしまうのか?」

 

 改めて以前話した事を覚えているかと綾時が聞けば、美鶴がそれは覚えていると返しつつ、補足説明を求めて質問し返した。

 綾時が以前この作戦室で皆に話したのは、デスを殺せばペルソナ使いたちでさえ影時間の記憶を失ってしまうという話だった。

 起きてしまった事はなかったことに出来ないが、影時間という“現象”がこの世から消えれば、存在しない“現象”の記憶があるのはおかしいと記憶に補整が入る。

 結果、この世界に生きる者たちの記憶から影時間の知識と思い出が全て忘れ去られるのだ。

 影時間に戦って来た七歌たちからすれば理不尽な事だが、これは“世界の理”なので綾時にもどうすることも出来ない。

 ただ、瞳の奥に不安そうな光を宿している美鶴に視線を向け、綾時はちゃんと説明するよと微笑んでニュクスとの戦いの後に起こるであろう事について話す。

 

「結論から言えば、ニュクスを倒せば君たちの記憶からも影時間に関わるものが消える。全員その事を忘れて日常に戻されるんだ」

「……それはどのタイミングで起きるの?」

「影時間が消えてすぐに効果が現れ始める。恐らく僕も例外じゃない。一日と持たずに全員影時間の事を忘れて“ただの学生”になるだろうね」

 

 強張った表情で尋ねるチドリに綾時は静かに答える。

 自分の記憶が勝手に弄られるのだ。誰だって不快に感じ、不安を覚えることだろう。

 ただ、彼女が気にするのはそこではない。失う記憶が影時間の記憶ではなく、影時間に関わる記憶である事が問題なのだ。

 チドリと同じ事を考えていたのだろう。綾時から記憶の改竄のタイミングを聞いてアイギスも質問をぶつけてくる。

 

「八雲さんに関する記憶はどうなるんですか?」

「残念ながら忘れてしまうと思う。勿論、彼自身の事は覚えておける。彼を見れば名前だって思い出せるだろう。けど、アイギスたちが気にしている思い出に関しては諦めて貰うしかない」

 

 ストレガの襲撃を受けた後の美紀の様子を思い出せば綾時の言っていることも理解出来る。

 確かに美紀は湊の事をクラスメイトとして認識していたし、学校で何回かは話した事があるという認識を持っていた。

 それならば完全に相手のことを忘れてしまう事態は避けられるかもしれない。

 ただ、アイギスたちが気にしているのはそこではない。

 いくら相手の事を知識として覚えていようと、思い出を失った事で美紀は湊と疎遠になっていた。

 その事が頭にある彼女たちが最も危惧しているのは、自分から、そして彼から再び家族を奪う事になってしまうのではないかという問題だ。

 この世界でただ一人記憶の改竄を受けない彼と九年間一緒にいた少女は、理不尽を受け入れろと宣う少年に食ってかかった。

 

「そんな、そんな簡単に諦められる訳ないでしょ! 家族との記憶なのよ!?」

「……分かってるさ。でも、どうしようもない。僕たちに出来るのはどうにかして思い出す可能性に賭ける事くらいなんだ」

 

 声を荒げるチドリの気持ちは綾時にも分かる。何せ、二人はほぼ同時期に彼と交流を持つようになり、それから一緒に過すようになったのだから。

 少女は現実世界で、少年は精神世界で、思い出を重ねてきた場所に違いはあれど積み重ねてきた時間に差はない。

 けれど、いくら憤ったところで結果は同じだ。この世界で生きている以上、世界の理からは逃れられない。

 泣きそうな顔で神頼みしかないと告げた綾時を見て、チドリも相手の心情を察したのかそれ以上は何も言わず俯いてしまう。

 決戦まで残り二週間ほどのこのタイミングで、考えもしなかった勝利のデメリットを知り一同を暗い沈黙が包む。

 湊本人にこの事を伝えれば、彼はきっと知っていたと答えるに違いない。

 常人であれば、世界を救おうと、この惑星の命が存続しようと、これまで生きてきた社会とコミュニティーから自分が弾き出されるのなら意味がないと戦いを放棄する。

 だが、湊は自分のような存在が、チドリやアイギスの生きる温かな世界にいるのは間違っていると考えている。

 そのため、起きてしまえば誰も傷つくことなく終わる記憶の改竄を、彼だけは実に都合が良いと受け入れる気でいたのだった。

 少女たちも馬鹿ではないので、湊がそんな風に考えて生きている事くらいは薄々察している。

 それでも受け入れられないから打開策を探している訳で、そうして誰も何も言えないまま数分が経った時、深く溜息を吐いて真田が全員に向かって口を開いた。

 

「可能性がゼロじゃないならそれに賭ければいい。行なわれるのは記憶の抹消じゃない。上書きする形で正しい記憶を忘れてしまうだけだ。なら、美紀のように再び思い出すことだってきっと出来る」

 

 腕を組んで真剣に話す真田の言葉に、それを聞いていた者たちはハッとした表情を浮かべ顔を上げた。

 そう。記憶補整の力は完璧ではない。八雲の魔眼というイレギュラーな手段を使ったが、美紀が適性を取り戻さないまま影時間に関する記憶を取り戻した事をこの場にいる者たちは知っていた。

 記憶を取り戻すまで期間が開いているが、美紀の様子を見ると特に問題なく思い出せていると思われる。

 しっかりと成功例が存在するなら可能性に賭ける価値はあるだろう。

 真田の言葉で再び動き出した仲間たちは、瞳の奥にやる気の炎を見せながらその時に向けての話し合いを始めた。

 

「なら、期限でも決めておくか。その日までに思い出して、当日どっかに集合すりゃ打ち上げも出来るだろ」

「あ、どうせなら分かり易いタイミングが良いですよね」

「それなら先輩たちの卒業式なんてどうよ? そしたら、打ち上げと先輩たちの送別会をまとめて出来るだろ」

 

 荒垣の意見に賛同するように天田と順平が意見を出す。

 どうして打ち上げと送別会をまとめるのかは分からないが、戦いが終わってすぐに記憶が改竄される以上、何もしなければ打ち上げはなかった事になる。

 それを避けるために敢えて順平は同じ日に設定したのだろう。

 他の者たちから反対意見が出ぬまま、今度はゆかりらが中心になってどこに集まるかという話題に移る。

 

「この寮に集まるとかじゃ思い出してなくても偶然集まっちゃうとかありそうだよね」

「私たちが思い出してなくて、チドリたちだけ思い出してたら、すんごい気まずい事になりそうだしね」

「フム、そういう事ならもっと別な場所にするとしよう。個人的には自分たちが守った街を見渡せるような場所が良いが」

 

 どうせなら自分たちがこの世界を守ったんだと実感出来るような場所がいい。

 美鶴がそう言えば、他の者たちも該当する場所について考え、卒業式当日の状況を踏まえてここなら良さそうだとラビリスが提案した。

 

「それなら、やっぱ学校の屋上がええんちゃうかな?」

「そうですね。では、卒業式が終わってから屋上に集合しましょう」

「……八雲にもそうメールしとくわ。電話しても出られるか分からないし」

 

 記憶を失う事になっても、それは一時的なものであり絶対に思い出してみせる。

 この約束はその決意を青年に伝える意味もあった。

 綾時が記憶の件を告げた時には全員が暗い表情をしていたが、今の彼らにそんな影は見られない。

 絶対に勝って、再び仲間と集まってみせる。もしも忘れたままでも、他の仲間が思い出させてくれる。

 そんな風に確認し合うと、今回決まった約束の内容をチドリがメールで湊に送り、それが済んでから今日の探索に向けたブリーフィングを始めるのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。