【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百十六話 小さな影響

1月9日(土)

午後――月光館学園

 

 無気力症の拡大に伴って世間ではカルト宗教の話題も広まっている。

 街中の至るところに宣伝も兼ねた終末を預言するビラが貼られ、“NYX教”なる者たちが朝から晩まで同志を募っているのをよく目撃する。

 電柱や信号機だけでなく駅の壁やホームの床、さらにはビルの壁や道路にまでビラを貼っているため、警察も見つけたら注意しているようだが信者も増えて手が回りきっていないらしい。

 コロマルの実家である長鳴神社の境内や遊具にも貼ろうとしている馬鹿を見つけた時には、湊は思わず紫水晶色に変化した瞳で見つめて寒中水泳を楽しんで来るといいと言ってしまった。

 湊の言葉を聞いた者たちは全速力でその場を立ち去り、言われた通りに寒中水泳をしたようで、後で高熱で意識が朦朧とした状態でEP社の病院に運ばれてきた。

 彼らは今も大人しく入院しているため、事態が治まるまで世間様に迷惑を掛けるような馬鹿な真似はしないだろう。

 だが、数人を間接的に更正させたところで、無気力症の拡大が止まらない以上は信者の拡大も止まる事はない。

 世界規模で広まる未知の病気に、これまで遭遇した事のない未知の状況。

 街中だけではなく、国中で皆が言いようのない不安を感じている。

 NYX教はその不安をさらに煽りつつも、どうしてこのような状況になっているかの説明を行い。さらに状況が進めばどうなるか、そして最終的に世界が行き着く結末の話もしているらしい。

 世間で騒がれている不安な状態から解放されたがっている者、“現在”に絶望しながらも心のどこかで未来を求めている者、ただ仲間を欲している者からすれば、NYX教の活動は自分たちの願いを叶えてくれるものと言える。

 また、中には自分よりも大切な人たちの事を思って、分からないなりに行動を起こそうとした結果、話題になりつつあるNYX教に辿り着いて一縷の望みに賭けようとする者もいる。

 そういった者たちをターゲットにして、ニュクスを呼ぶ声を増やそうとしているタカヤたちは、実によく人間の弱い部分を知っているなと湊すら感心させられるほどであった。

 

「あの、有里先輩。お時間少しよろしいですか?」

 

 そして、そんなNYX教の手は学校まで伸びてきており、単なる義務感から学校へ来ていた湊の許へ後輩の女生徒が近付いて来た。

 授業は既に終わっており、後はもう帰るだけという状態だ。

 土曜日は午前中授業なので途中でお昼ご飯を食べてから帰る者もいるようだが、湊はそのままEP社の方へ戻るので学校に残っておく理由はない。

 手に持っているチラシから相手が何を言いたいのかも分かっているので、興味はないとそのまま帰っても良いのだが、相手のために出来る事を考えすぎた結果宗教に取り憑かれた人間は非常に厄介だ。

 ここで湊が相手との会話を拒否すれば、物陰から見ているプリンス・ミナトの会員たちが抜け駆けしたように見える女生徒と“お話”しようとするに違いない。

 結成当初は単なるファンクラブでしかなく、規模も真田のファンクラブである『真田王国』に負けているレベルでしかなかったが、プリンス・ミナトも今や全国に会員を持つ大所帯。

 湊が成長して今の姿になってからは、ごく一部の人間が湊を神のように崇めるようになり、ファンクラブであると同時に一種の宗教のようなものと言える。

 そんな会員たちにとっては信仰対象である神を、最近になって名前を聞くようになったカルト宗教という邪教へ入信させようとするなど、湊信者たちからすれば開戦待ったなしの挑発と受け取るだろう。

 しかし、青年の目の前にいる女生徒からは悪意を感じない。

 相手は世界の終わりを本気で信じていて、だからこそ湊に生きていて貰おうとNYX教への入信を勧めるつもりのようだ。

 であるならば、湊は相手が他の者たちから責められる事がないよう、上手く躱して話を終わらせる事を目指して言葉を交わす。

 

「……なんだ。宗教なら間に合ってるぞ」

「やっぱり有里先輩の耳にも入っていたんですね。なら、尚更話を聞いて欲しいんです。今の世界の状況を考えると、このまま行けば今月末にも世界は終わってしまいます。正確に言えばこの状況を作った方たちがいるんですけど、事態が動き出した以上はもう止められません。でも、世界はただ滅びる訳じゃなくて、今の状態から大きく様相を変化させると言った方が正しいみたいなんです」

 

 どういった形でタカヤたちが世界の終わりを伝えているのかと思えば、意外な事に世界を滅びに導いたのは自分たちであると宣言しているらしい。

 けれど、彼らはただ意味もなく世界を終わらせようとしている訳ではなく、社会を支配している力を持った悪とそれに従い他者を貶め自分が得する事しか考えていない害虫がのさばる現状をリセットし、正しき者たちが正当に評価され正当な報酬を受けられる世界に造り替えようとしているのだとか。

 およそ十年の付き合いがある湊としては、教祖であるタカヤたちが本気でそんな事を考えているとは思わない。

 彼らは制御剤の副作用で純粋に残り寿命が少ない。

 だからこそ、今この瞬間を生きていて、ニュクスの降臨は人生の締めとして自分と世界を同時に終わらせようとしているだけだ。

 もし本当に力を持った悪とそれに従う害虫たちを駆除する気があるのならば、彼らは裏の顔を持っている湊を殺しに来るはずだ。

 湊は悪を狩るために裏の世界に入ったが、その悪の基準は自分で決めたものでしかなかった。

 自分のエゴで悪を狩り続け、力を持ってからはその悪たちと同じように組織を使って自分たちの目的を進めてきた。

 知り合いだからと情が移るタイプでもなし。タカヤたちは自身の生を実感するため、力を持った湊と戦ってその命を奪いたがっていたのに未だ殺しに来てはいない。

 であれば、やはり女生徒が話した内容はあくまで信者向けに考えた耳触りの良い方便だろう。

 部分的には真実である事もあって、嘘の中に真実を混ぜる詐欺の手口の基本は出来ている。

 ただ、他人を騙す事に関しては湊もそれなりに経験があり、一対一の状態ならどれだけ人間不信な相手だろうと自分に心酔させる事だって出来た。

 本気で自分の事を考えてくれているならば、自分の言葉はしっかりと相手の耳に届く。頭で理解されなくても音として聞こえているなら十分だと湊は洗脳の解除を開始した。

 

「なるほど、だが分からないな。それなら世界が変わればお前の勧めようとしている宗教の信者も終わるはずだ」

「いいえ。この世界の滅びはNYX教の人たちが始めたものなんです。世界を滅ぼすような存在と繋がりがある人たちが、その影響から外れる手段を持っていてもおかしくはありません」

「自然災害は人工的に引き起こす事が出来る。夏から秋にかけて猛威を奮う台風も小さな切っ掛けさえ作れば、後は自然に大きくなって街や国を襲わせる事が可能だ。だが、それらは街に到達する頃には制御出来なくなる。その滅びを齎す存在も呼ぶ事は出来ても規模は制御出来ないんじゃないか?」

 

 世界全体を滅ぼす存在と一部の地域に被害を齎す自然災害を同列に考える事は難しい。

 しかし、人間では抗う事が難しい相手という点では共通しており、さらに湊が言ったようにそういった物を人の手で作り出す事は可能なのだ。

 女生徒は台風を人工的に生み出す事が出来ると知らなかったのか、少しだけ驚いた顔をすると顎に手を当てて考え込む。

 恐らく彼女は日本人ならよく知っている暴風雨の光景を思い出し、あれを作り出してコントロールするなど出来るはずないと考えているはずだ。

 限られた範囲にのみ被害を出す災害もコントロール出来ないというのに、世界中を巻き込む滅びをどうやってコントロールするというのか。

 相手の中に僅かでも疑念が浮かべば後は簡単に落とせると湊は言葉を続けた。

 

「それでNYX教はどうやって自分たちは助かると言っていたんだ? 滅びまで残り三週間。そこから社会構造が変わるのであれば、それぞれに準備が必要なのは間違いない。もし幹部たちが変わった世界を支配するんじゃなければ、お前たちにも必要な準備について伝えているはずだが?」

「そ、それはまだ……聞いていません。でも、滅びは間違いなく迫っていて、普通の人ではそれに抗う事なんて!」

「……どうでもいい」

 

 一般人の話などされたところで意味がないし興味もない。

 湊の言葉で女生徒は再び驚いた顔になり、しかし、相手を見れば確かな存在を持って立っていて、そこに普通の人では持てない確固たる自信を見たことで、本当に彼には関係のない話なのではと心の揺らぎが大きくなる。

 

「先輩は、怖くないんですか? だって、滅びが迫っているんですよ? 学校の皆も、家族や友達も、皆いなくなるかもしれないんですよ?」

「……そうはならない。これまで俺は大勢の人間を救ってきた。なら、今回も求める者がいるなら救ってみせよう。だから、お前は何も心配しなくて良い。ただ俺を信じていろ」

 

 言いながら湊は女生徒の頭に手を置いて安心させるようにポンポンと叩く。

 途端に女生徒は目に涙を溜めて顔を歪ませ、そのまま湊の胸に飛び込むように抱きついて泣き始めた。

 ずっと怖かったのだろう。世間はこんな状態で、カルト宗教の話が広まり出して、不安に押し潰されそうになりながらも、どうにか大切な人たちを守りたかったに違いない。

 彼女は今回騙されてしまったが、その優しさは本物で、自分がどうにかしようと思って行動した勇気も間違いなく本物だ。

 なら、湊がすべきは彼女の意志を引き継ぎ、その恐怖を少しでも解消してやる事だ。

 もう大丈夫。何も心配はいらない。これまで大勢の人間を救ってきた湊だからこそ、その言葉には確かな信頼を寄せる事が出来た。

 しばらく湊の胸で泣いていた女生徒は、顔を離すと陰が薄れどこかスッキリとした顔つきになっていた。

 助けようとした相手に逆に助けられた事が恥ずかしいのか顔は赤いが、最初に話しかけてきた時の切羽詰まった感じはもうないので、これなら大丈夫だろうと湊はその場で左手を挙げて指を鳴らした。

 

「――――親衛隊、ここに」

「彼女の世話を頼む。泣いた後だから顔を洗いに行かせてやってくれ」

「かしこまりました」

 

 湊が指を鳴らすだけで周囲に隠れていたプリンス・ミナトの会員たち六名が現われる。

 話していた女生徒は会員たちが隠れていると知らなかったようでビクリと肩を揺らす。

 だが、三人は窓際で雑談をしながら湊たちの様子を確認していたし、一人は柱の影に隠れて待機していた。残る二人は湊の指を鳴らす音が聞こえて走ってきただけだが、それでも完全に気配を絶っていた者は一人もいないので、それに気付かなかったのは単純に女生徒の視野が狭くなっていた事が原因だろう。

 視野が狭くなっているからカルト宗教に騙されるのか、カルト宗教に騙されてから視野が狭くなっていたのか。

 どちらでも結果は一緒なので深く考えたりはしないが、今回の事で女生徒はNYX教を辞めて日常に戻る事にするはず。

 彼女の他に湊へ入信を勧める剛の者は現われておらず、そういった意味ではプリンス・ミナトのおかげで学内におけるNYX教の広まりは防げていると言えるだろう。

 プリンス・ミナトの会員たちは宗教やらを勧められても、学校に行けば神に会えるから必要ないと返すらしい。

 実際、一度死んだはずなのに蘇生して戻ってきているのだ。どこぞの救世主の伝承にあるように『復活』を現実に成し遂げた以上、いるかも不明な神などより余程神と見なす事が出来るのも事実。

 湊自身は神として振る舞う事はないものの、プリンス・ミナトの会員たちに神として扱うなとは言えない。

 女生徒の話に出てきたように世間はかなり不安に包まれ、どことなく暗い雰囲気になってしまっている。

 そんな状態でもプリンス・ミナト会員たちが元気に活動しているのは、湊が世間の状態を欠片も気にしないでいるからだ。

 曰く、湊が大丈夫と言えば大丈夫らしい。

 確かに湊はその滅びを回避するために動いているし、そういった未来があると知っている以上は諦めるつもりもない。

 けれど、ニュクスとの戦いに向けて力を磨き続けている七歌たちと違って、独りになった青年は自分がどう動くべきか分からないでいた。

 

(……あと三週間か)

 

 正解はあると分かっている。それだけは救いだが湊にはその答えが分からない。

 当日に全てが解決するのならそこまで焦る必要はないが、もしも一週間は準備に時間が掛かるという事ならかなりギリギリになってくる。

 まだ時間はあるが、それほど残っているとは言えない。

 並行してEP社の準備や無気力症患者の対処、さらにタカヤたちカルト宗教の信者らの処理もある。

 深く溜息を吐いた湊はその場を後にすると、出来る事から始めるべくEP社関連の施設からNYX教信者の排除とビラの撤去を指示するのだった。

 

 

 


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