【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百八十一話 覗きから一夜明けて

11月20日(金)

朝――旅館

 

 ついに今日で修学旅行も最終日。朝食を食べてから旅館を出れば、観光バスに大きな荷物を置いて、その後は夕方まで自由行動だ。

 まだまだ神社巡りをしたいと言うなら電車やバスに乗って回るもよし。

 自分は舞妓さんを探すんだと浪漫を追い求めるなら、恐らく無駄だろうが京都の町を駆け回るのも良いだろう。

 今日日、高校の修学旅行で国内かよと文句を言っていた生徒たちも、今では時間が足りないぞと事前に組んでいた予定の再調整に忙しそうに騒いでいる。

 海外は海外で良いところも沢山あるのだろうが、行ってみれば近所の山だって意外と楽しめるようなもので、多くの生徒がそれなりに京都への修学旅行を楽しんでいたらしい。

 だが、皆がどうやって残る旅行の時間を楽しもうかと話している中、四人の男子が何故か旅館ロビーの長椅子に座って項垂れていた。

 

「先輩……昨日の事で女子たちが目を合せてくれないっす……」

「……耐えろ。俺なんて身内がいたんだぞ」

 

 長椅子で項垂れていたのは特別課外活動部の男子メンバーたちだった。

 ほとんど自滅と言っていいのだが、昨日の不幸な事故によって彼らは特別課外活動部の女子やチドリに美紀というメンバーたちに無視されていた。

 気付けば男湯の熱い湯の中にいたので夢だったのではと考えたが、影時間の内にタオル一枚で部屋に戻ることになり、着替えてから改めて露天に荷物を取りに行った以上は全て現実にあった事なのだろう。

 それを理解したために朝に食堂で会った際、揃って謝罪しようとしたのだが彼女たちは欠片も順平たちに視線を向けなかった。

 最初は冗談だと思ったのだが、風花や美紀といった人の悪口を言わないような心優しい者でさえも完全無視を決め込む始末。

 唯一あった反応と言えば、思わず真田が「これではまるで以前の美鶴扱いじゃないか」と美鶴が湊に無視されていた時のようだと呟き、彼らの方を一切見ないまま目の前を通り過ぎた美鶴がヒールで彼らのつま先を踏みつけた事くらいだ。

 そんな事でも反応には違いないので、とりあえず声は聞こえているらしいと痛がりつつ四人が安堵していれば、ビッフェスタイルで料理を取りに来た湊が彼らに背中を向けたまま、

 

「踏まれて喜ぶなよ。気持ち悪い」

 

 と言ってきた事で温厚な綾時も揃って相手に掴みかかろうとする一幕もあった。

 残念ながら彼に触れる前にプリンス・ミナトの精鋭たちが四人を拘束し、湊が料理を取って席に戻るまで解放されなかったせいで、彼らは余計に疲労を感じることになった訳だが、帰るまでこのままでは流石に精神的にキツいものがある。

 中でも実の妹に覗き魔と認識され、アルテミシアに氷漬けにされる直前まで軽蔑の眼差しを向けられていた真田は未だに夢であって欲しいと願っているくらいだ。

 どうして自分たちだけがこんな目に、そう考えて落ち込んでいると目の前の通路をゆかりたちが通り過ぎていく。

 

「うーん、お土産買うなら祇園商店街の方が良いかなぁ。買い忘れても最悪京都タワーにも色々あるけどさ」

「祇園商店街? あ、舞妓さんに会えるかもって書いてますね」

「……ああ、湊が色々言ってた舞妓ね」

 

 今日はクラス単位でいる必要がないので、ゆかりは風花とチドリと共に観光ガイドの本を見ている。

 三人が一緒にいくなら美紀たちも行動を共にしそうなものだが、謝るためについて行くのも危険な気がする。

 そう思っていると珍しい事に七歌と美鶴が湊を連れて歩いていた。

 

「で、そこの二階で舞妓風の着付けと化粧もして貰えるみたいなんですよね」

「流石に時間が掛かりすぎるんじゃないか? 観光した後、化粧を落として着替え直す必要もあるんだろう?」

「だから、着物は買い取って、化粧不要の八雲君の髪型だけやって貰えばいいかと」

「……前提がおかしいだろ」

 

 七歌たちは実際に舞妓のコスプレをする話をしているようだが、どういう訳か湊が生贄に捧げられそうになっている。

 彼の美貌は仕草と表情だけで男女問わず溜息を漏らす色気があるので、ちゃんと着付ければ化粧がなくとも問題はなさそうだ。

 ただ、七歌の言葉通りにするとなれば、湊は一人だけ舞妓風の格好で新幹線に乗ることになってしまう。

 自分たちは面倒を嫌ってコスプレを回避し、男である湊だけに着替えをさせるのはどうなのか。

 そんな事を考えていれば、椅子に座っている四人を発見した七歌が手を挙げて話しかけてきた。

 

「よう、覗き四兄弟! まーた現役JKの生足みて鼻息荒くしてんのか?」

「してねーわ! つか、そもそも生足自体みてねーよ!」

「きゃー、三男ケベ郎が怒ったー。こわーい、たすけて八雲くーん」

 

 覗きの話が広まると自分たちの立場が危うくなるので、慌てて順平が否定すると七歌はわざとらしい口調で湊の影に隠れる。

 その際、しっかりと彼に抱きついて身体を密着させるのを忘れないところに強かさを感じるが、彼女は周囲のファンクラブ会員らの怨嗟の視線を無視して真田、荒垣、順平、綾時の順に指さしていく。

 

「長男チラ見のケベ介、次男ムッツリのケベ太、三男足フェチのケベ郎、四男ソフトタッチのケベ定。四人揃って覗き四兄弟!」

「待て、七歌。四男だけ実際に触っているぞ」

「あぁ、じゃあ軽犯罪四人衆で」

「……痴漢は軽犯罪法じゃなくて迷惑防止条例だ。まぁ、昨夜の事ならその呼び名でもいいが」

 

 美鶴も湊も意外と天然なので、ツッコミの入れ方も独特だ。

 他の者ならもっとキレのあるツッコミを入れるのだろうが、二人が冷静に指摘した事で周りは犯罪の区分にも色々とあるのかと少しだけ賢くなった。

 勿論、細かな区分は地方ごとに変わったりもするのだが、ここで重要なのは湊が“昨夜の事”という非常に気になる単語を口にした事だ。

 周囲の注目を集めつつ七歌が口にしていた話題と合わせれば、まるで四人が昨日の夜に覗き行為に走ったようにも受け取れてしまう。

 まぁ、実際にそれに近いことをしでかしたのだから言い訳も出来ないが、周りにいた男子は美鶴もいるのにある意味すごいぞと尊敬の眼差しを送り、逆に女子たちは“折角イケメンだったのに”と残念そうにヒソヒソ小声で話している。

 このままでは学校中に自分たちの痴態を知られる事になる。そう判断した荒垣が話題を変えるように話しかけた。

 

「九頭龍、お前から話しかけてきたって事は、俺たちの話を聞いてくれるって期待してもいいのか?」

「え、なんで? 折角、両手に花で旅行楽しんでるのに相手する訳ないじゃん」

 

 話しかけてもらえた事で希望が湧いたと思えば、単に煽るために声をかけただけだった。

 七歌本人は湊と美鶴の関係が改善されたことで、二人をセットで楽しめると喜んでいただけなので、勝手に期待されても困るんだよねとその視線は冷たいままだ。

 確かに勝手に期待したのは荒垣たちであるが、そういう事ならむしろ声をかけてこなくて良かったのにと内心で毒づきたくなる。

 しかし、そういう事を口にしてしまえば、また今朝の食堂での事のように美鶴にヒールで足を踏まれるかもしれない。

 あの時は話が聞こえていると分かって安堵したが、実際はかなり痛くて靴下の下で内出血していた。

 なので、触らぬ神に祟りなし。寮に帰るまで大人しくしていようと四人は場を離れようとした。

 

「あ、真田先輩。真田から伝言です」

 

 しかし、席を立って離れて行こうとする真田に湊が声をかけた。

 彼から伝言を聞くとは思っていなかったので、意外だと思いつつも真田は足を止める。

 視界にすら入れて貰えない状況なので、妹の言葉が人伝いだろうと聞けるのは嬉しい。

 けれど、状況を考えると決別の言葉である可能性も十分に考えられるので、辛い内容ならば聞きたくないなと微妙な表情で返事を返した。

 

「……なんだ? きつい内容なら御免だぞ」

「……どのレベルからきついと感じるのか分かりませんが、両親へのお土産は自分が買うので家に届けに来なくていいとのことです」

「ぐっ……」

 

 精神的に弱っている状態で、更なるダメージを嫌がった真田が保険をかければ、思いの外地味にダメージを負う内容が返ってきた。

 湊も自分で言っていたがどの程度ならきついと思うかなど個人差がある。仮に湊が自分の主観でレベルを設定すれば、他人ならその場で命を絶つようなレベルからが“きつい”のスタートになってしまう。

 勿論、今回はそのようなレベルに達していない内容でしかなかったのだが、妹に理由を付けて家に来ようとするなと遠回しに拒否されれば、真田はその場で地面に膝をつきそうによろめいた。

 すかさず順平と綾時が両脇から支えてやり、どうにか転倒を防ぐと綾時が湊に真剣な表情で話しかけた。

 

「湊、君なら逆転の一手を打てるんじゃないの?」

「……かもしれないが、俺にはお前らを助ける理由がない」

「僕たちはどうすればいいか分からないくらい困っているんだ。どうか助けて欲しい」

 

 本当にどうすれば良いか分からない。不安そうな表情で綾時は友達に助けを求めた。

 他の者たちは女性経験の不足、というより経験がゼロだからこその思考停止だが、綾時は女性だけでなくこの世界での対人コミュニケーションの経験不足が原因だ。

 仮に高校一年の頃から過していれば、湊を基にした基礎スペックの高さで何かしらの解決手段を思い付いた事だろう。

 しかし、今の彼にそんな事は出来ない。生の人との触れ合いや繋がりを感じたくて人としての姿を得た綾時は、こんな事で彼女たちとの繋がりが断たれるのは避けたいと湊がくれるであろう逆転の一手に懸けた。

 それが愚かな人間を散々見逃してくれていた鬼を起こすことになるとも知らずに。

 

「……あの場にはチドリもアイギスもいた訳だ。それでも俺はお前らに助かる道を作った。胸の内から溢れ出しそうになる感情を飲み込み。罰を受けた全員を五体満足で安全な場所にも移動させた。これ以上を望むのであれば、俺は強欲な獣を狩らなくちゃならない」

 

 そう話す青年の瞳は金色から蒼色に変化し、その場一帯の空気が張り詰め気温が急激に奪われていく。

 昨夜から湊に助けを求めていた者たちも、突然の湊の変化によって自分たちがどれほど馬鹿げた頼み事をしていたか理解したらしい。

 彼が激怒するのもある意味当然だ。何せ、自分の大切な少女の裸を見ようと画策した者らを何のメリットもなく助けさせられたのだから。

 最初に頼みを聞いたのは綾時が彼の唯一認める友人だったからだろう。

 弱者救済の装置ではなく、彼はただ友達が困っているから助けたのだ。

 けれど、そうしながらも湊はチドリやアイギスの裸を見ようとした者たちへの怒りを当たり前のように抱いており、美鶴に氷漬けにされた事で罰は受けたんだと己を納得させていた。

 そんな彼の想いを、厚意を無碍にするような恥知らずな頼みを再びされたとなれば、湊もただ感情のままに敵を排除しようと思ってしまう。

 湊の上半身が左右に揺れるようにブレたと思えば、綾時と順平は視界が閉ざされ足が地面を離れる。

 二人は正面から顔を掴まれ、それぞれ片手で持ち上げられていた。

 

「……目があるから見たいと思ってしまうのか、生殖能力があるから不埒な考えを抱くのか。お前らはどちらだと思う?」

「ご、ごめん。本当に申し訳なかった! 二度と、二度と彼女たちにそんな前はしないと約束するからっ」

「オレたちが悪かった! 土下座でも何でもするから、もう一度だけ、もう一度だけ挽回するチャンスをくれぇ!!」

 

 顔を掴んでいる湊の手を、両手を使って剥がそうとしながら足をばたつかせて逃れようとする二人。

 だが、湊の手は錆び付いて固まった機械のように欠片も動く気配がなく、締め付けられている訳でもないのに抵抗している二人は徐々に元気を失ってゆく。

 仲間二人が墜とされれば次は自分たちに違いない。そう考えて腰が引けている真田たちに視線を向けて湊が口を開く。

 

「お前らには何も期待していない。なら、挽回する必要もないと思わないか? 真田だって高校生にもなって妹の裸を見ようとする下衆など身内に必要ないと思っているぞ?」

「ち、違う! 誤解だ! 俺とシンジはこの二人に星がよく見えるからと誘われただけで!」

「本人たちに聞いてみろ! 深夜の方が町の明かりも減ってるつって誘ってきたんだ!」

 

 全くの偶然ではあったが順平たちが言っていたように、あの時間は町の明かりも暗くなってきていたため冬の星空が見えていた。

 熱い温泉に浸かりながらも、顔は冬の張り詰めた冷たい空気に触れていたことで逆上せる心配がなく、つい長湯しようと思ってしまった事で逃げるタイミングを失ったのだ。

 自分たちが迂闊だった事は認めるが、少なくとも最初からそんなつもりだった訳ではない。

 妹の裸見たさに覗きに走ったと思われては堪らないので、そんな風に真田が弁明すれば、湊は掴んでいた手を離して綾時と順平をその場に捨てる。

 

「いだっ」

「ぐぇっ」

 

 足から着地できずに尻餅をついてしまうも、二人は何とか首の皮一枚で繋がったと助かった事実を喜び、慈悲をくれた青年を感謝の気持ちから拝み倒す。

 傍から見ていれば、覗き魔が見逃して貰えた事に喜んでいるだけの間抜けな絵面なので、こんなやつらが同じ学校の生徒だと思うと情けなくなってくる。

 少し離れた場所では耳まで真っ赤になった美紀が両手で顔を覆って小さくなっており、それを傍にいるゆかりやチドリが宥めているので、真田が再び美紀と話せる日は遠のいたかもしれない。

 ただ、いくら人助けばかりしている青年でも、その裏で自分の感情を殺してでも助けていたというのは七歌たちにしてみれば意外な事実だった。

 例え犯人がどんなクソ野郎でも日本の警官がちゃんと殺さず身柄を確保するように、彼も誰に命令された訳でもないのに感情を無視してでも目的を優先していたらしい。

 仕事屋時代の彼を見ていれば、そういった面もすんなりと納得できたのだろうが、住む世界が違うからとチドリたちにも見せていなかったのだから、七歌たちが知る機会などあるはずがないのだが、知ったからには日常ではもう少し力を抜いても大丈夫だと言ってやりたい。

 莫迦たちに背中を向け、瞳の色が金色に戻ったタイミングで七歌は話しかける。

 

「八雲君、りらーっくす! もっと力抜いて生きないと疲れちゃうよ?」

「……全てが終わればそうしよう」

「せっかくの旅行だよ?」

「綾時と伊織は一日目の夜に他の男子らと共に覗きに挑み。他の者たちが捕まった事で、二日目は大人しくしていたんだ。まぁ、覗きに行ったのは他にも何人かいたがな。とりあえず、信用出来ない人間ばかりの状況で気を抜いてはいられない。主に他所様への迷惑を防ぐために」

『……お疲れさまです』

 

 まさか自分たちの知らないところで青年が覗き魔の制圧に奔走していたとは知らず、その場にいた大勢の女子たちが彼に頭を下げた。

 仮にその事実を二日目の朝に知っていれば、二日目の夜以降は露天で羽を伸ばすことは出来なかっただろう。

 自分たちの心と体の平穏が、同じ生徒である一人の青年と教員らの努力によって守られていた。

 その事実を理解した女子たちは、彼や先生たちをもっと敬って接する事にしようと心に決めるのだった。

 そうして、男子たちにとっては何とも居心地の悪い空気を残しつつも、月光館学園の生徒たちは修学旅行最終日を満喫するため町へと繰り出して行った。

 

 


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