【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三十七話 初めての課外活動

5月7日(土)

朝――駅前

 

 2005年のゴールデンウィークも残り二日となった土曜日。岳羽ゆかりは美術工芸部のメンバーで課外活動をすると言う事で、駅前に向かっていた。

 寮生は自分だけなため、自身の私服を見せる事も、他の者の私服を見るのも初めてという事で、薄いピンクの色の付いたリップを塗るなど少しばかりお洒落をしてきたが、悲しい事に見せるのは同性ばかり。

 唯一の異性である有里湊は、平気で女性の頭を掴んだり首を絞めたりする男――と言っても相手は佐久間ばかりで、される原因は佐久間にあるのだが――なので、気の利いた台詞を言えるとは思えない。

 よって、過度な期待はせずに、単純に皆と遊びに行く事を楽しもうと考えながら、待ち合わせ場所に到着した。

 約束の時間の十五分前、集合場所には落ち着いた雰囲気の私服を着た美紀と風花が待っていた。相手はゆかりがやってきた事に気付いたようで、軽く手を振り挨拶をしてくる。

 

「あ、ゆかりちゃんおはよう」

「ゆかりさん、おはようございます」

「うん。二人ともおはよう」

 

 この一ヶ月で親睦を深めたこともあり、以前、眞宵堂でお互いを名前で呼び合うことになった美紀とチドリだけでなく、女子同士は皆が名前で呼び合うようになっていた。

 もっとも、休み時間も仲良くお喋りする関係かと言えば、チドリは今まで通りの反応なのだが、同性で話す相手がいない湊よりはマシだと言える。

 当人とチドリは気にしていないが、湊が男子に馴染めていないことを風花は密かに気にしており、どうすれば良いかとゆかりと美紀にも相談した事もある。

 だが、湊が馴染めていない理由ははっきりとしている。それは、湊が他人に興味を一切持っていないためだ。

 いくらまわりが協力しても、当人が歩み寄りか受け入れるなりしなければ意味がない。何かクラス単位で動く行事でもあれば切っ掛けになるのではないか、という結論に行きつき、有効な解決策も出ぬまま今に至る。

 そうして、三人が他の者が集まるまで談笑していると、遠くの方から大きな声をあげながら駆け寄ってくる者がいた。

 

「みんなー! おっはよー!」

 

 満面の笑みを浮かべながら手をぶんぶんと振って走ってきた者の名は、佐久間文子。今年の三月に大学を卒業したばかりだが、れっきとした社会人であり大人である。

 そして、今日の引率役でもあるはずだが、公共の場で大声を出して人目を引いている時点でアウトだろうと、ゆかりらは表情を引き攣らせていた。

 

「あっははー! 先生、ちゃんと最後じゃないもんね。約束の十分前に着いてるし、大人の余裕ありまくりだよ!」

 

 両手でピースをしながら「ブイブイ!」と口で言って誇らしげにしているが、佐久間の今日の服装は膝丈の水色のワンピースに七分袖の白のカーディガンを羽織っているだけであり。似合ってはいるのだが普通の若者にしか見えず、胸のボリュームという一点を除けば大人らしさは欠片もなかった。

 しかし、本人は立派な大人だと思っているようで、ブランド物の可愛らしいピンクの腕時計を見ながら、まだ到着していない者への不満を漏らす。

 

「うーん、駄目だなぁ有里君。女の子を待たすなんて減点だよー」

「……来たばっかりで偉そうに」

「あやや!? なんと、いつからそこに?」

 

 急に後ろから声がして佐久間が振り返ってみれば、そこには湊とチドリがハンバーガーショップのドリンクの容器を持って立っていた。

 ゆかりは風花たちから説明を受けていたが、湊とチドリはゆかりが来る前に到着し、約束まで時間があったため近くの店へ飲み物を買いに行っていたのだ。

 それを知らずに好き勝手言っていた者へ冷たい視線を向けると、湊はマフラーの内側をごそごそと触り、中に手を入れていることを誤魔化しながら人数分の切符を取り出した。

 

「切符は既に買ってある。しかし、一名は頭の調子が悪く今日は不参加のようなので、部員のみに配ろうと思う」

「せ、先生も部員だもんね!」

「……教師は顧問でしょ。部員じゃないわ」

 

 佐久間の言葉にチドリが冷めた態度で返すと、佐久間は切符を配る湊の背に立ったままおぶさるように纏わりつき、「吉野さんのいじわるー」と泣き言を言っている。

 どうして言葉を返す相手ではなく、湊に纏わりついているのかは不明だが、1-Dの人間には既に日常の光景である。

 故に、改札へと向かう湊に続いてゆかりたちも、やや引き攣った表情で笑みを浮かべつつ移動を始めた。

 

***

 

 結局、佐久間は湊にペコペコと頭を下げる事で切符を譲ってもらう事が出来た。

 本来ならば尊敬されるべき立場の人間が、生徒に簡単に頭を下げて良いのかという疑問は残るが、佐久間はその特殊な性格とキャラクターからあまり気にされていない。

 そうして、切符に書かれた座席に向かうと、三人掛けの椅子を回転させ全員が向かい合うように座り、発車時刻丁度になってから電車が発車した。

 初めは都会の街並みだった窓の外の景色も、少しすればすぐに田舎の景色ばかりになる。

 特急電車での遠出が初めてなのか、窓側に座っていた風花は、景色が変わるたびに「わぁ……」と感嘆の声を漏らしていた。

 その様子を見て、隣に座っていたゆかりは可愛らしいなと思わず笑みをこぼした。

 

「ふふっ、風花ってなんか子どもみたい。こういう電車って初めて?」

「え? あ、うん。普段は家の車だから、新幹線にも乗った事ないの」

 

 子どもみたいと言われたことで、照れて頬を軽く染めながら、風花は窓から手を離して振り返り答える。

 ゆかりはそれに頷いて返しつつ、今度は自身の正面に座る湊と風花の正面に座るチドリに話題を振った。

 

「そうなんだ。有里君たちは? 切符先に買っててくれたけど、席取ったりとかも慣れてるの?」

「……湊はね。私はあんまり外に出ないから、やったことない」

「へぇ、色々知ってるんだね。私も自分ではしたことないなぁ。いっつもお母さんとか、親戚の人がやってたから」

「ふふっ、私たちの歳では自分でやる方が珍しいですから、気にする必要はないですよ」

 

 苦笑するゆかりに隣に座っていた美紀が笑ってフォローをいれる。その言葉に他の女子も頷いているので、やはり湊だけが特殊なのだと改めて思ってしまう。

 ゆかりの前に座っている湊は、今はイヤホンをつけて音楽を聞きながら本を読んでいる。

 湊から見て左に座っている佐久間は、乗り物に乗ると寝てしまうタイプなのか、肘置きをどけて湊の膝を枕にしているが、湊はその頬の上に本の角を当てて読んでいるので、駅に着いたときには顔に跡が残っているだろう。

 構って貰いたがりの教師と、あしらいつつも相手をさせられている生徒。これでお互いの行動が逆ならば、生徒が教師に恋をしたといった感じになるのになと、ゆかりは二人のよく分からない関係性に苦笑を漏らした。

 

「ふふっ、有里君。起きたときに跡がついてたら可哀想だから、もう少し本の当たる角度変えてあげな」

「……わざわざ他人の顔を見るとは思えない」

「あの、有里君はそうでもないようですけど、佐久間先生って一般的に見たらかなり美人の部類に入るんですよ? それにスタイルも良いですし、周囲の目を考えるとやめておいた方が」

 

 ゆかりだけでなく美紀にも指摘され、湊は本をどけると仰向けで寝ている佐久間の顔を怪訝そうに見つめた。

 時折、手で顔の角度を変えて見ているので、美紀の言った“かなり美人”というのを確かめているのだろう。

 湊に顎や頬に触れられても、佐久間はすやすやと寝息を立てていて起きる気配は一切ない。

 そうして、しばらく観察を続けていたが、結局、理解できなかったのか、湊は首をかしげると相手の顔にハンカチを被せて自身も腕を組んで眠り始めた。

 そのハンカチが眩しくないようにという気遣いなら評価するが、きっと顔を見ないための工夫なのだろう。チドリ以外の女子は「あはは……」と乾いた笑いを漏らすと、二人を起こさないよう小さな声で談笑を続けた。

 

午前――桐条ラボ

 

 湊たちが電車で移動している頃、巌戸台の湾岸部近郊に建てられた桐条の研究機関、通称“ラボ”の一室で桐条武治の娘、桐条 美鶴(きりじょう みつる)は先日の適性検査の結果を眺めていた。

 赤みがかった緩い縦ロールの髪をゆらして、眉を寄せながら難しい表情で改めて適性の数値に目をやる。

 

「私の……倍以上の適性を……」

「そう。この二人は君よりも高い数値を叩きだした。これはいつペルソナに目覚めてもおかしくないレベルだよ」

 

 机を挿んで正面に座っていた男、黒いタートルネックの上から白衣を羽織った幾月が、口元を楽しそうに吊り上げながら静かにコーヒーに口を付ける。

 桐条はこの書類を娘に見せる気はなかったが、遅かれ早かれ仲間が必要になると思っていた幾月が、適性のある者を美鶴自身にスカウトさせるため、わざわざペルソナの鍛錬の合間を縫って呼び出したのだ。

 幾月の予想では、これを見た美鶴は休み明けすぐにでもスカウトに行ってくると言い出すと思っていた。

 だが、大人びてはいても美鶴はまだ中学二年生。今はペルソナに目覚めた自分だけが頼りだと、そう父から言われていた美鶴にとって、自身の立場を脅かす存在の出現に心が揺れていた。

 しばし黙って書類に目を落としていると、それから五分ほど経ってから美鶴が顔をあげる。

 

「この二人は影時間を体験しているのですか?」

「それは分からない。特記事項に書かれている通り、二人は極道の家の子どもなんだ。いくら桐条の雇った人間でも、そう簡単に調査出来ないのが実情でね。だから、そういった物とは無関係の学内で桐条君に調査してもらいたいんだ」

「目立つだけあって、二人の噂は私の耳にも届いています。悪評の方が多い様に思えましたが、実際は根も葉もない噂がほとんどでした」

 

 二人は面倒くさがりということもあり、目立った行動以前にそもそも学校内ではあまり活動を見せないが、容姿や服装に目立つ特徴を持っている。

 また、佐久間が湊を学内で見つける度に、大きな声で名前を呼んで手を振っているので、他の学年の者にも『黒マフラーの男子=有里』という認識が出来上がっていた。

 佐久間が名前を呼んでも、湊は見向きもせず去っていくところまでが一連の流れだが、同じ廊下で出会ったときには抱き付かれていることもある。

 湊は苛々しているようだが、周囲の男子はそれを羨むように見ており。若い女性教師が特定の男子に構っているため、湊が佐久間と遊びで付き合っているなどという噂も流れていた。

 現在、生徒会副会長を務めている美鶴も、己の実家が運営している学校でそのような事実があれば厳重に対処すべきだろうと思い。自分の足で情報を集めて、全てがデマだとつきとめた。

 無論、誤解を招くような佐久間の行動は問題になるが、少なくとも湊は表面的には服装の違反しかしていない。

 その事を思い出しながら伝えると、聞いた幾月は学校から届いた調査書を手にしながら苦笑する。

 

「ま、そうみたいだね。服装の違反はしてるけど、授業ではノートも取ってるし、テストも有里君は満点ばかりで、吉野君はたまに一、二問のミスをするだけだ。流石は学年トップ陣と言ったところだね」

「はい。それに部も立ち上げ、誠意的に活動に取り組んでいるようです。今年はコンクールへの応募は考えていないようですが、部員それぞれの好みや向いている物を探すために一年を使い。来年からは実際に応募してみて、三年で集大成として入選・入賞を狙うそうです」

「部員のことをしっかりと考えているし、とても楽しそうだね。僕も学生時代にこんな部活があれば是非とも入部させてもらいたかったよ」

 

 アハハと明るく笑う幾月を見て、先ほどまで顔を強張らせていた美鶴の表情から固さが抜ける。

 自分で調べた情報、学校側が調べた情報、それらは単に学内の目立っている生徒を調査するためのものでしかなかった。

 だが、研究員たちが安心して見ていられるほど、安定してペルソナを使役している自分を遥かに超えた素質。チドリは美鶴の約二倍、湊はそのチドリの三倍以上という俄かには信じ難いデータが出たため、急遽、候補者の調査報告書に流用された。

 小学校を卒業して間もない後輩を巻き込むことに罪悪感はある。また、父の目がその二人に移ってしまう怖さもある。

 それでも、シャドウと戦っていくには戦力が欲しい。つい先日にも研究員を通じて、研究用のシャドウとの戦闘訓練を始めるように父から言われている。

 今にして思えば、あれは新たに見つかった候補者がペルソナに目覚めたときには、お前が戦い方を教えてやれという意味が籠められていたのではないだろうか。

 実際のところ、桐条武治の真意は分からないが、このタイミングで父が訓練するよう言って来た事には意味がある。

 そう考えて、美鶴は幾月の頼みを承諾することにした。

 

「分かりました。すぐにとはいかないでしょうが、時期を見て接触し、話を聞いてもらってみます」

「たぶん、全てを正直に話したところで、普通の人は信じてくれないだろう。正気を疑われ、酷いことを言われるかもしれない」

「ええ、それも理解しています。一人ずつか、二人一緒にかは分かりませんが、まずは接触から始めてみます」

「ああ、よろしく頼むよ。でも、あまり無理はしなくていいからね。話を切り出すのは、普通に先輩後輩として親しくなってからでも良いんだから」

 

 幾月の言葉に頷いて返すと、美鶴は適性検査以外の湊とチドリに関する調査書を全てファイルに仕舞い。それを手にとって部屋を後にした。

 美鶴が出ていき扉が閉まると、机に残された適性検査の書類をファイルに片付けながら幾月が呟く。

 

「……随分と成長したものだな。今では被験体の娘ですら桐条君を上回るか。だが、桐条君に加え、これだけ高い適性を有した人間が一ヶ所に集まれば、感化され適性に目覚める者も出るはず」

 

 それは飛騨データから得られた情報。影時間の適性は、相手側にもある程度の素質があれば、適性を持った人間の近くに居る事で感化され急速に目覚めることがある。

 湊はその貴重なファーストサンプルであり、適性を目覚めさせたのはエルゴ研の研究主任であった岳羽詠一朗だ。

 その娘は未だ低い数値しか出せず、ペルソナはおろか適性すら得るに至っていないが、ゆかりの書類と写真を見ながら幾月は席を立った。

 

「他者に影響を与えるのは君の役目だぞ、造られた英雄様。玖美奈とイニティウム(始まり)の準備が整うまで、せいぜい、こちらの駒を増やすために頑張ってくれたまえ」

 

 部屋を出た幾月は、湊たちが接触している生徒が目覚める可能性が高いとして、その情報を集めるため学校側へさらなる調査を依頼するのだった。

 

午後――農園

 

「見て見て、有里くーん。先生、口の中で茎を結べたよー」

 

 そう言いながら、麦わら帽子を被った佐久間が口を開け舌を出して走ってくる。

 女子たちは教師のそんな姿に苦笑いしているが、湊は自分の目の前ではしゃいでいる相手をジッと見つめると、その舌の上に乗っていた、結び目の出来たサクランボの茎を手にとって袋に投げ捨てた。

 急に舌を指で触られ、尚且つ、自慢していた品を捨てられた佐久間は驚きつつも抗議する。

 

「あー! 五分くらい掛かってやっと出来たのにー!」

「五月蝿い。黙って食ってろ」

「ふーんだ。言われなくても食べるもんねー」

 

 拗ねながら湊に背を向けると、佐久間は小さなザルを持ってどこかへと駆けて行った。その後ろ姿を見て溜め息を吐きつつ、湊は振り返って後ろにいた他の者たちを写真に撮る。

 いま湊たちは、山梨県にある農園の温室でサクランボ狩りを楽しんでいた。

 本来ならゴールデンウィーク明けから始まるのだが、そこは湊と桔梗組のネットワークを駆使して、学校の部活動ならばと特別に前倒しで許可されたのである。

 

「そういえば、サクランボの茎を口の中で結べる人って、どうとかって何かあったよね」

「……キスが上手いとかってやつ?」

「き、キスって……そうなの? じゃあ、先生って……」

 

 サクランボを食べながら明るい調子で言っていたゆかりにチドリが答えると、聞いていた風花が顔を赤くして照れている。

 さらに、どういうつもりなのか、チラチラと湊と去って行った佐久間の方を交互に見ていたため。まわりの人間は、彼女が何を想像してそのような視線を送っているのかすぐに理解した。

 しかし、ここでそれについて言及すれば、風花は羞恥から泣きそうな顔になるに違いない。故に、武士の情けで、誰もあえて触れずにいる事にした。

 

「甘くて美味しいですね。でも、有里君は食べないんですか?」

「部の活動写真も残しておく必要があるから、他のやつが食べてるうちに撮影してる。ある程度の枚数が溜まったら勝手に食べるから気にしなくて良い」

「あ、そうなんですか。何か手伝う事はありますか?」

「……今は特に」

 

 静かに言いながら他の者の食べている姿を写真に収め、湊はデジタルカメラを腰につけたケースに仕舞う。

 口に入れようとしている瞬間などは、相手が女子であるため撮らないでおいたが、顧問である教師が写っている写真は、どれも教師が一番はしゃいでいるように見えた。

 これを学校側へ活動報告として見せて大丈夫なのかという不安はある。しかし、引率の教師が一枚も写っていないのでは不自然になるため、ある程度の厳選を行ってから提出することにしようと決めた。

 そうして、カメラを仕舞ってから、近くになっていた実に手を伸ばして摘むと、艶のある真っ赤な実を一つ口に含み咀嚼する。

 傍で湊が食べるのをジッと見ていた風花が、様子を眺め柔らかい笑みを浮かべて感想を尋ねた。

 

「美味しい?」

「……まぁまぁ。別に好き嫌いはないから」

「そうなんだ。有里君、ご飯もいっぱい食べてるし、好き嫌いがないと色々楽しめて良いよね」

 

 にっこりと笑って茎と種を捨てる袋を湊の前に置く。すると、湊は素直にそれを掴んで中に種を吐きだした。

 たまに変なところがあるため、ゆかりは湊が種を飲み込むのではと思っていたので、しっかりと吐きだしたことを確認して安堵する。

 

(まあ、流石にスイカの種ならいざ知らず、梅干しとかサクランボの種は食べないか)

 

 そうして、その後も注意して見ていても、毎回、しっかりと種を出していたので、ゆかりも安心してサクランボを食べ続けた。

 

***

 

 時間が来たため、お土産用のサクランボをパックに詰めてもらうと、一同はそれを持ってお昼を食べる場所へと向かっていた。

 途中でいなくなっていた佐久間は、あの後、すぐに戻ってきてラムネを飲みながら食べていたので、機嫌はすっかり戻っている。

 午後からは天気が崩れるという前日の予報通りに雨が降り出した。

 だが、移動は湊が予約していた大型タクシーに来てもらい、それで事前に調べていた店まで送らせたため、少し肌寒くはあったが誰も濡れずに済んでいる。

 

「六人、禁煙で」

「はい。では、奥の座敷へどうぞ」

 

 湊がやってきたのは、建物が木で出来た古くからありそうな店だった。

 暖簾をくぐり、店の戸を開けると中にいた和装の店員に案内され、湊たちは座敷へと移動すると、窓側から風花・チドリ・湊の順に座り。それぞれの向かいにはゆかり・美紀・佐久間が座る。

 窓の外には下の方に川が流れているのが見え、雨という悪天候ではあるが、明るく開放感があるように思えた。

 

「あの、ここは何屋さんなんですか?」

「和食がメイン。一応、午後は寒くなるって聞いてたから、山梨の名物でもあるし、ほうとうでも食べようかと思って来た」

 

 店員が持ってきた水とおしぼりを受け取り、それを各自に配りながら湊が店の説明をする。

 

「ほうとうって何? どんな料理?」

「かぼちゃとか野菜の入った味噌だしのうどんだよー。他にも名物料理はあるから、それは三人前くらい頼んで、あと何品か頼んで少しずつ食べようよ!」

 

 そして、ゆかりの質問には社会科担当で日本の地理や土地名産にも詳しい佐久間が答えた。メニューに載っている写真を見る限りではボリュームもありそうである。

 午前中にはサクランボを結構な量食べていたので、食べる量を調節できそうな佐久間の案に、女子たちは頷いた。

 女子たちの知らない料理は、湊と佐久間が基本的に全て答えられたため、滞りなく注文する品を決定すると、店員を呼んで料理を頼む。

 料理が来るまでの間、追加で頼んだ熱いお茶を飲みつつ待っていると、佐久間がジッと湊のことを見つめ続けていた。

 腕を組んで目を閉じている湊は無視しているが、本当にずっと見ているので、雑談をしていた女子たちも気になり、ゆかりが代表して佐久間に声をかける。

 

「あの、先生? どうして、ずっと有里君のことを見てるんですか?」

「うぇ? ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと気になっただけだから」

 

 普段の明るい表情と違い、いまの佐久間には生徒に心配をかけまいとする気遣いの色が見られた。

 新米教師としては破天荒ながら、生徒の事を考えて行動する情の厚い人物なので、こういった態度を取るとむしろ何かあるのを隠しているというのが分かってしまう。

 そして、佐久間がずっと眺めていたため、それは湊に関わることなのだろう。

 幼い頃より一緒にいる自分では気付けないことに、会って一ヶ月の佐久間が気付いたというのは、どうにも納得できないが、自分の感情よりも問題の把握が先だ。

 そう考え、チドリはいつもより真剣な表情をすると、佐久間に尋ねかけた。

 

「気になったって、何の事? 湊に何かあるの?」

「ううん。別に悪い事じゃないから、大丈夫だよ! ほら、先生は嘘つかないし!」

「五月蝿い、答えて」

「あう……」

 

 明るく振る舞いチドリを安心させるつもりが、表情を一切緩めないチドリにばっさりと切り捨てられてしまう。

 しょんぼりと肩を落としつつ、佐久間は生徒たちに順に視線を送る。

 だが、誰も助け船を出してはくれず、話しを聞きたそうに見ていることから、深く溜め息を吐いて姿勢を正し話す事にした。

 

「ハァ……えと、あのね。有里君の傍に小さな女の子が視えたりなんかしちゃったりして、ね?」

『……はい?』

「だ、だから、有里君の傍にいっつも綺麗な格好した小さな女の子がぁ……」

 

 言った直後に女子全員から「何を言っているんだコイツは?」という怪訝に思っていそうな視線を向けられ、佐久間は半分泣きそうな顔で改めて言い直した。

 

『…………』

 

 だが、風花と美紀から何やら憐れんだような目で見られ、ゆかりは口元を引き攣らせて佐久間から距離を取っている。

 生徒のそのような反応に耐えきれなくなり、おしぼりを顔に当てると、佐久間は急に泣き出した。

 

「う、うえーんっ、だから言いたくなかったのにぃ!」

 

 こんな態度を取られるのは、過去の経験から分かっていたため言いたくなかったのだ。

 佐久間が湊に構っているのには二つの理由があり、いま言った事がその内の一つであった。

 悪意のあるような存在ではないが、湊に少女の霊のようなものが憑いている。はっきりと視認出来るレベルのときもあれば、ぼやけたようにしか視えないときもあるが、数週間前からたびたび視えていた。

 特殊な家の出身という訳でもなく、自身に除霊する力も特にはないが、憑いている霊が湊に干渉しようとしたときは、湊の身に危険なことが起こると思っていたため、学校にいるときには湊をずっと気にしていたのである。

 そうして、いま間近で見る機会が改めて出来たので、その少女がどんな存在なのか見極めようとしていたときに声をかけられた。

 霊に憑かれているなど、本人に聞こえては気分を害するだろうというのも話したくなかった理由の一つなので、おしぼりを顔に当てつつ、湊の様子を窺うと真正面から視線がぶつかった。

 

「あ……」

 

 湊が本当に寝ているかどうかは簡単に判別できるが、ここに居る者で判別方法を知っているのはチドリとゆかりの二人だけ。

 そして、今回は目を閉じて眠っていたように見えたが、肌の色は普段通りの健康的なものだった。つまり、話に参加しないようにしていただけである。

 話が聞こえていたと気付いた佐久間は、身体を微かに震わせながら視線を外すことが出来ず、ただ相手の反応を待つしか無かった。

 そして、今まで黙っていた湊が普段と変わらぬ冷めた表情で口を開く。

 

「……髪は青で、髪型はチドリみたいな感じか?」

「え、あ、うん。知ってたの?」

「座敷童子だ。別に悪いやつじゃない。視えても気にしなくて良い」

 

 言い終わると湊はお茶を飲んでいるが、相手から拒絶の言葉をかけられると思っていただけに、霊の存在を認める発言をしてきたことで佐久間はキョトンと目を丸くする。

 ゆかりらも、まさか湊自身も認識していると答えるとは思っていなかったため、素直に驚きを隠せなかった。

 湊とチドリ以外が固まっている中、話を聞いていて、いち早く復活した美紀が気になったことを湊に尋ねる。

 

「あの、座敷童子って家とかに住み着いて幸せを運ぶっていう妖怪のですか?」

「別にそんなスキルはない。名前が同じだけだ」

「チドリさんは視た事は?」

「……私は湊と桜みたいに霊感はないから、普段は全くみえない」

 

 チドリから湊と桜にも霊感があると聞いたとき、佐久間は目を見開き直後に感動したように目を潤ませた。どうやら、自分以外にも同じ話題を共有できる人物に会えて嬉しいらしい。

 そして、素早く立ち上がりテーブルを挿んで向かいにいる湊の背後に回り込むと、おぶさるように絡みつく。

 

「わーい、有里君も一緒だー! ねえねえ、座敷童子ちゃんって昔から一緒にいるの? 先生もお話してみたーい」

「黙って座ってろ、店で暴れるな」

「呼んであげなよー。一緒にご飯食べようよ」

 

 はしゃぐ佐久間は料理が来るまで湊に絡み続け、食事が終わったあとも、しつこく座敷童子に会ってみたいと言い続けた。

 他の者は途中で慣れて流していたようだが、チドリだけは湊の瞳が蒼くなることを心配し、解散まで気が気でなかったのだった。

 

深夜――桔梗組本部

 

 課外活動という名の日帰り旅行から帰って来た後、影時間のシャドウ狩りから戻ってきた湊は、入浴を済ませ、黒の着流しを着て縁側で涼んでいた。

 他の者は既に就寝しており、足をだらりと垂らした湊は、麦茶の入ったグラスに口をつけて田舎の星空を眺める。

 

「……ザシキワラシ」

《なにか……用?》

 

 静かに正座をした状態で現れたザシキワラシは、湊の持っていたグラスを横から奪うと、こくりこくりと小さく喉を鳴らしながら中身を飲み干す。

 空となったグラスを盆の上に置くと、それにお茶を注ぎながら湊は尋ねた。

 

「ああ、お前、佐久間文子が視ていることに気付いてたのか?」

《たまに……私が動くと目で追ってた……かも》

「顕現してなくても視えるもんなんだな」

 

 言って、注ぎ直したお茶を今度は自分だけで飲む。

 湊は相手が自分のペルソナということで、呼び出していなくても存在を常に感じていたし。また、他のペルソナはそんなことはないが、ザシキワラシは半顕現状態とでもいうのか霊体のような状態で傍にいることもあった。

 霊体化が出来るかどうかは、ペルソナの自我の形成度が影響していると思っていたため、完全に独立した思考と記憶を所持しているザシキワラシならば、そのような事が出来ても不思議には思わない。

 だが、湊と同じレベルではっきりと霊を視認出来る桜から何か言われた事はなかった。

 厳密に言えば霊ではないので、そういう物なのだろうと思っていたが、どうやら実際は違っていたらしい。

 桜にはまだ聞いていないが、霊体化しているペルソナは力の強い者には視えてしまう。これは流石の湊も予想外であった。

 

「……これからは、あまり人前で出てはいけない。どこに視えるやつがいるか分からない」

《でも……お話……できない》

 

 悲しそうな顔で俯き、キュッと湊の着物の袖を掴むザシキワラシ。

 夜空を眺めていた湊は、ザシキワラシへと向き直ると、相手の頭に優しく手を乗せた。

 

「話したいときは、装備ペルソナをカグヤからお前にしてやる。そうすれば話せる」

《カグヤと……いつも話してた……?》

「いや、感情のようなものは読みとれても、本当に話せるはお前だけだ。四神やタナトスは読みとることすら難しい」

 

 苦笑しながら湊が頭を撫でてやると、ザシキワラシは気持ち良さそうに目を細める。

 カグヤを装備ペルソナにしているのは、探査・アナライズ・気配のステルスを普段から使用しているためだ。

 チドリもメーディアを使ってステルスをかけているが、チドリのステルスは同系統の能力持ちには見破られる可能性がある。

 その点、湊は同一系統が存在しないため、視認されない限りは探知能力から逃れることが可能であり、桐条の学校に通う上で湊はいつも警戒していたのだ。

 確かに、カグヤの能力は装備していなくてもある程度は使える。

 だが、話すためだけに精度を落ちることを無視して装備するというのは、チドリの安全を第一に考えているなら、決して許可できる物ではなかった筈だ。

 ペルソナチェンジは三秒もかからず行えると言っても、湊がそれを許可すると思っていなかったザシキワラシは、驚き大きく開いた瞳で湊を見ていた。

 

《本当に……いいの? あなたは……あの子が……大事》

「授業中とか、二人とも教室にいるときなら大丈夫だ。それに、学校でしかけてくれば、自分の娘が殺されることくらい桐条だって分かっているはず。ラボの人間にしても、唯一の手駒を失いたくはないだろ」

《あなたは……桐条が……嫌い?》

「桐条って括りは正しくないな。エルゴ研の生き残り、桐条武治、そして、そいつらを肯定する者は許せない。影時間解決の目途が立てば、生き残りは全員殺す。邪魔をするやつも同様に対処する」

 

 感情の昂りを表す蒼い瞳で言い切った湊を、ザシキワラシは僅かに悲しそうな表情で見つめていた。

 しかし、自身の仮面のそんな表情に気付かず、湊はグラスとお茶容れを載せた盆を持って立ち上がると、それらをキッチンに片付けて、自室に戻り眠りについた。

 ザシキワラシは湊の言いつけを守るよう、翌日から人のいる場所では霊体化した状態でも現れないようになり。授業中に装備されたときには、嬉しそうに二人だけの会話を楽しむ様になったのだった。

 

 


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