【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百六十七話 美鶴の帰還

夜――巌戸台分寮

 

 桐条グループの警備部から襲撃を受けた日の夜。

 学校から帰ってきた七歌たちは、昨夜のメンバーを集めて寮で待機していた。

 襲撃時に破壊された窓などは学校に行っていた間に修復されており、窓ガラスの破片などもハウスクリーニングで綺麗になっている。

 また、カーペットなどに付着していたはずの警備部の血も、和邇八尋が転移してから寮に戻ると消えていた事もあり、そんな事件が起きていたなど言われても信じられないほどだ。

 だが、事実として襲撃事件はあった。

 今日、七歌たちがメンバーを集めて待っているのは、その顛末を戻ってくる美鶴が話すと連絡があったためだ。

 一同は今朝の新聞で、“桐条グループの社員らが謎の大量死”という見出しが出るのではないかと心配していた。

 けれど、夕方のニュースも含めてそんな情報は出ておらず、途中で電話があった美鶴の声も疲れた様子ではあったが落ち着いていた。

 そこから考えるに湊は大量虐殺を行なわなかったのだろう。

 アイギスたち三人を狙われ、実際に拘束されもしたというのに、どうして彼が踏み留まったのかは分からない。

 それでも、最悪の事態だけは避けられた事は確かであり、美鶴も数日ぶりに戻ってくるということでメンバーたちの雰囲気は比較的穏やかだった。

 

「あ、帰ってきたみたい」

 

 寮の前に車が停車するのが見え、ゆかりが小さく呟く。

 少し経つと扉が開いて美鶴が姿を現わし、メンバーたちに怪我がないことが分かるとホッとした顔をしている。

 

「すまない。遅くなった」

「いえいえ、お帰りなさい。美鶴さん」

「ああ、ただいま」

 

 七歌がおかえりと彼女を迎えれば、美鶴は実家で母に同じ事を言われた事を思い出してクスリと笑う。

 美鶴の実家が桐条家の本邸である事は間違いないが、今の彼女にとってはここが自分の生活拠点であり、実家以上に馴染んでいることを自覚している。

 それだけに、七歌の一言でようやく帰ってきたという実感を得た美鶴は、ソファーの空いている場所に座ると姿勢を正して全員の顔を見回してから口を開いた。

 

「今回の件、すまなかった。私は結局グループを止める事が出来なかった。そのせいで君たちの身を危険に晒した」

 

 美鶴は今回の件に責任を感じていた。

 動いていたのは高寺側についた者たちで、彼女はむしろ七歌たちと同じ巻き込まれた側なのだが、創始者の一族として最低限の手綱は握っているべきだったと思っているらしい。

 しかし、美鶴とて別に遊んでいた訳ではない。父親が倒れて今も意識不明なのだ。

 学生でしかない彼女に出来る事などたかが知れているので、別に謝ってもらう必要はないと真田が返す。

 

「別にお前のせいじゃないだろう。警備部の人間も言っていたが、お前は報されていなかったようだしな」

「情報なんて自分でいくらでも調べられる。事実として、有里はグループの動きを読み切って、警備部がこちらに突入した直後に本邸を抑えてきた」

 

 民間とはいえ本職の軍人が数百名に、戦闘ヘリが三機、さらに大型機関銃を積んだジープなどまで用意されれば、予備戦力として警備部を残していた高寺も投降するしかなかった。

 仮に、巌戸台分寮を完璧に制圧し、メンバーたちを確保していればお互いに人質がいて交渉の余地もあったかもしれない。

 だが、高寺たちのそんな思いも空しく、本邸が制圧されてから数分後に実働部隊の者たちが怪我を負った状態で運ばれてきた。

 近代兵器に加えてペルソナまで出されており、戦える者を少数しか用意していなかった高寺たちは敗北と作戦の失敗を認めるしかなかった。

 自分にもそれだけの情報収集能力があれば今回のような事態にはならなかったと、美鶴が心の中で反省していれば、キッチン側のテーブルで頬杖を突いてつまらなそうな顔をしていたチドリが口を開いた。

 

「前置きとかは良いから結果から話してよ。こっちも暇じゃないの」

 

 チドリやラビリスは話を聞くためにここにいるが、終わればそれぞれの家に帰る必要がある。

 もしかすると、湊が桔梗組かマンションに帰っている可能性もあるので、話を聞き終わればすぐに帰るつもりだ。

 故に、報告は簡潔にと告げれば美鶴も分かったと結果を最初に伝えた。

 

「そうだな。結果から言えばグループも人的被害はなかった」

「あ、そうなんだ。和邇さんと交戦して怪我してた人もいっぱいいたから安心しました」

「だが、完全に無事だった訳じゃない。身体の部位欠損や一度殺された者もいる」

『……え?』

 

 風花がホッとした表情をした直後、美鶴が真剣な顔で吐いた言葉に全員が驚いた顔をする。

 一般的な意味で考えるなら、人的被害がなかったというのは、全員が本当に無事か怪我をしてても軽傷な状態である事をいう。

 けれど、もし美鶴の言った言葉が事実であれば、明らかに重傷であったり、死者まで出てしまっている事になる。

 その者達がグループにとっては何の価値もない人間で、いなくなっても仕事に影響がないからと人的被害無しと言っているのであれば、流石にそれは酷いのではと思わなくもない。

 ただ、美鶴はそういった意味で言った訳ではないようで、難しい表情で言葉を続けた。

 

「現われた有里は実働部隊に対し、結婚を控えた者の左手首より先を刻んだり、子どもが生まれる者の両腕を肩から切断したり、来年成人式の娘がいる者の目を灼いたりしたんだ。その後、自分は関係ないと言った分家をナイフの投擲で殺害。止めに入った私を庇って菊乃が斬りつけられ、さらに存在価値を否定して心を破壊された。最早誰も抵抗出来る状態ではなかったが、最後に全てを奪うと言って蛇神の一撃で遠く離れた本社ビルを破壊した」

「それ全然無事じゃないッスよ」

「むしろ、どんだけ被害デカいんだよ」

 

 どこを聞いても無事な部分が見当たらない。

 声に出した順平と荒垣以外のメンバーも、実際に殺されたのは少数かもしれないが、それ以上に今後生きていくのが難しくなった者がいることに複雑な表情を浮かべている。

 ただ、美鶴が欠片も心配した顔をしていないことだけが気になる。

 もしや、他に何かあるのか。彼女の言葉を待っていれば、一呼吸置いてからしっかりと顔を上げた美鶴が続けた。

 

「そう。確かにそうなったはずだったんだ。だが、彼が指を鳴らすと全てがなかったことになっていた。本人は離れた場所でお母様とお茶を飲んでいた」

「この寮も掃除しよ思たら割れた窓くらいしか被害なかったんよ。湊君というか和邇さんが何人も攻撃してそこら中に血が飛んでたはずやのに、おかしいなって話しててん」

「ああ。本人も言っていたが幻術を使ったらしい。認識の書き換えと幻で現実を侵食すると言っていたが、正直、我々の理解を超えていた。こちらにはそれが事実か確かめようもないしな」

 

 ラビリスが言った通り彼女たちは警備部がいなくなってから掃除をしようとした。

 カーペットや壁紙に血が飛び、酷いところでは床や壁が破壊されていた。

 夜が明ければ学校があるというのに、これは非常に大変だと思って戻れば、何故か寮内は窓が割れていた以外の被害が全て消えていた。

 七歌たちが捕まっていたのは確かで、警備部の人間もそれぞれ自由に動いていた。

 それを制圧する際に和邇はかなり荒っぽい戦いを見せていたのに、全てが幻術だったとすればどの段階からそうだったのかと全員が首を傾げる。

 

「八雲君の幻術って魔眼だけじゃないの?」

「幻術系のペルソナも持っとるよ」

「じゃあ、その二つを組み合わせて何でもありっぽくみせてるのか」

 

 湊とてその能力は万能ではない。周りからはそう見えていたとしても、それらは湊が意識してそう見えるように振る舞っているに過ぎない。

 幻術に関しても同様で、確かに魔眼単体でも十分すぎる力を有しているが、そこに実体を持った幻を作り出すミックスレイドを組み合わせて使用している。

 ただ、ラビリスたちは幻術系の力を持つ玉藻の前を知っているが、ミックスレイドの方は彼女たちの前で使っているところを見せていないので、それが玉藻の前だけの力だと認識している部分がある。

 湊はそうやって情報の一部を与えておきながら大部分の詳細は伏せているため、ラビリスやチドリなら湊の力を知っているという先入観を利用し、桐条側には不完全であったり誤った情報が伝わるようにもしていた。

 これに関しては特別課外活動部を味方として認識し、勝手に湊の能力を話す彼女たちも悪いのだが、彼は昔からチドリたちに限らず他者を信頼していないため、最初から情報が漏れることを前提としている裏話があったりする。

 ここにいる者たちはそんな彼側の事情を知らないため、ただでさえ強力な幻術系能力を複数持っている彼の力にただ感心していれば、脱線していた話を戻すようにアイギスが会話に参加してくる。

 

「それで、八雲さんは桐条グループに対して何と?」

「あぁ。だが、その前にお父様が倒れた際に遺言状の開封がなされるようになっていた話をしよう。お父様は自分が道半ばで倒れる可能性を考え、死亡した時やグループの指揮を執れなくなった際に遺言状を開封する事を事前に決めていたんだ」

 

 湊の要求について話すには、まず彼の正当性を説明しておかなければならない。

 単に大切な人が狙われたからという理由だけでなく、彼は高寺たちに何度も釘を刺して、忠告もしていたのだ。

 

「新代表の高寺さん以外は私とお母様、そして分家筋の人間が立ち会った。お母様や分家筋の者への分配は特に問題はなかった。だが、お父様は同族経営からの脱却に自分の死を利用しようとした。つまり、自分の持っていた株を全て売却するよう指示が書かれていたんだ」

「えっと、先輩のお父さんが持ってる株を売ったら何か問題あるんスか?」

 

 美鶴の話を聞いていた順平が首を傾げながら聞き返す。

 同じように話の意味を理解していない様子なのは、犬であるコロマルと、小学生の天田くらいなものだが、どうして高校生であるお前が分からないんだと七歌が呆れ気味に説明した。

 

「はぁ……あのね。株式会社ってのは、簡単に言えば株を一番多く持ってる人が一番力を持ってるの。創業者一族とか社員が持ってる株は一般公開してない部分で、だからこそ、他の人たちでは数を制限した公開株しか買えないんだよ。でも、ここでおじ様の持ってる未公開株を売れば、外部の人間が一番多く持てるようになるかもしれないって訳」

「え、それってつまり、桐条グループが乗っ取られるって事か?」

「あくまで可能性の話だけど、簡単に言えばね」

 

 未公開株が世に出れば株の保有率が変わるかもしれない。

 そうなれば、別の人間がトップに立ってしまい。今のように特別課外活動部の活動をグループから補助して貰えないかもしれない。

 高寺たちが今回の騒動を起こした理由の一部を理解したところで、美鶴は補足するように説明を入れる。

 

「まぁ、七歌の説明の通りだ。今回、敵対した者に分家筋の者たちも味方した訳だが、その理由は親族である自分たちの誰にも経営権を譲渡しない事への不満からだった。そして、高寺さんも外部の者に今グループが渡れば大変な事になるからと動いたらしい」

「影時間の事もまだ終わっていないんだ。高寺さんの懸念は正しいだろう」

 

 真田も以前会った高寺の事は覚えていたのか、相手がグループの事を考えて今回の騒動を起こしたこと自体は理解できると答えた。

 美鶴もその部分に関しては理解できるし、グループの人間の生活を守ろうとした彼自身にも好感を覚える。

 だが、話が厄介な方向に進んだのは、父の遺言状に続きがあったからなのだと話す。

 

「まぁな。しかし、お父様の遺言状には続きがあって、有里が同意した場合に限り、特別課外活動部の全権を彼に委譲すると書かれていたんだ」

「もしかして、その場に和邇さんっていました?」

「ああ。高寺さんが死者に委譲する事は出来ないから無効だろうと言った際、ご丁寧に“いいえ、坊ちゃまならここにいます”と自分の胸に手を置いて答えた。まぁ、事実本人だった訳で、彼は貰えるものは貰っておき、権利が移ったからには勝手に触るなと答えていた」

 

 あの場で和邇の正体に気付けたのは英恵くらいなものだろう。

 それでも湊に執着していた英恵がいた手前、高寺も内心では呆れつつも湊に委譲する事を認める形を取ったに違いない。

 しかし、その対応をしてしまったからこそ、高寺たちは自分たちを追い詰めることになった。

 

「でだ。その話もあったからこそ、高寺さんたちはかなり立場的に弱くなってしまっていた。お父様から絶対に手を出すなと言われていたアイギスたちを狙った事に加えて、彼の管理下に移ったものを奪おうとしたのだから」

 

 そう。遺言状の開封をする際、その内容が法的に認められる範囲内であれば後から物申す事を認めないと事前に取り決めていた。

 個人間で何かしらの取引を行なうのは自由だが、遺言状に書かれていた事はあの時点で承認されていた。

 だというのに、高寺たちはそれを破って特別課外活動部に手を出し、さらには湊が大切に想う少女たちまで捕らえようとしてしまった。

 湊にすれば散々釘を刺していたのに無視され、さらに約束まで反故にされた形である。これではもう実力行使で鎮圧するしかないだろう。

 知らなかったことは事実だろうが、知らなかったでは済まないことが世の中には多々ある。

 話を聞いた者たちはどことなく高寺たちに同情し、チドリがその後は話し合いで解決したのかと尋ねた。

 

「それで、八雲は何を要求したの?」

「その場にいる者たちの持つ未公開株と、売却するよう指示があった未公開株の譲渡。まぁ、書類上はちゃんと個人間で売買があった形にするようだがな。それと反省の意味も込めて高寺さんについた人間は全員頭を丸めるよう指示もあった」

「頭を丸めるって……子どもの悪戯じゃあるまいし」

 

 一応、その対象には女性も含まれるのだが、それでも以前の彼からは考えられないような軽い罰則だ。

 未公開株のほとんどを抑えたのは、グループその物を手中に収めるためだと予想されるが、EP社の経営もしている湊が相手ならグループの存続は問題ないだろう。

 EP社がバックに付けばいくら不安定な状態でも桐条グループに手を出す馬鹿は出ないはず。

 全体的に見ればグループにとってもプラスに終わっており、蛇神を完全に制御下においた彼を相手にこの結末ならば喜んでいいくらいだった。

 だが、自分たちのオイタで罰を受ける者はいたが、不幸になった者はいないと思える結末だというのに、何故だか美鶴の表情は優れない。

 それに気付いた七歌はどうしたのかと声を掛けた。

 

「美鶴さん、どうしたんですか? もしかして、まだ何か要求があったとか?」

「ん……まぁな。実は今回の件に菊乃も絡んでいたんだ。彼女は有里の死やお父様が倒れた事を受け、私が危険な戦場に出ないで済むように特別課外活動部を実質解体に追い込むつもりだったらしい。それは有里に潰された訳だが、彼女も高寺さんについた事実は変わらない」

 

 自分の大切な人が危険な場所に行こうとするなら、止めようと思うのは至って正常な感覚だろう。

 その際、他の人間を犠牲にする形になったのは良くないが、優先順位を考えれば他人を犠牲にしてでも目的を達成しようとする気持ちは理解できる。

 ただ、他人を犠牲にしようとしたからには、自分も同じように切り捨てられる覚悟はしておかなければならない。

 美鶴の表情から彼女が他の者とは違う要求を受けた事を察し、アイギスが静かな声のトーンで尋ねた。

 

「八雲さんは彼女に何を要求したのですか?」

「…………純潔だ」

『……は?』

 

 聞いた全員が美鶴の言葉を一瞬理解できずポカンと口を開けた。

 だが、言った本人も頬を僅かに染めて微妙な表情をしているため、上流階級的な高度なジョークという訳でもないらしい。

 ある意味でとんでもない要求ではあるのだが、彼女を作ろうと奮闘するも未だ交際経験すらない順平は、あれだけモテていてまだ女性の純潔を要求するとか正気かと驚きつつ美鶴に確認する。

 

「え、いや、それ先輩も有里もマジで言ってるんスか?」

「冗談で言う訳ないだろう。お母様もその場にいたが、加害者である桐条グループ側という事もあって、有里に文句を言える立場ではなく公私は分けろと一蹴された。おかげでお母様は今も有里に対して大層ご立腹な訳だが、問題は菊乃の方だ」

 

 よく母親の一人でもある英恵がいる場で言えたものだとメンバーらはある意味感心する。

 別に褒められた行為ではないし、どちらかと言えば馬鹿として突き抜けていると言えるくらいだ。

 ただ、既に菊乃に何かしらの影響が出ているなら、もしや要求してすぐにお持ち帰りしたのかとゆかりが前のめり気味に訊く。

 

「え、もしかして、すぐに連れて行かれたんですか?」

「いや、未公開株なども含め一週間の期限は伝えられたが、いつどこへ来いとも言われていない。ただ、その話し合いの場には複数の使用人たちがいたんだ。結婚適齢期の者もいた事もあってその部分だけメイドたちに話が広まり、菊乃は仕事仲間たちから自分と変われと募られ吊るし上げ状態らしい」

 

 未だ彼の毒牙に掛かってはいないらしい。

 馬鹿な要求をしたようだが、言っただけなら後から冗談だったと言って済ませる事も出来る。

 ただ、話を聞く限りでは湊の本当の狙いは組織の内部分裂にあるように思えてならない。

 主を守るために主を裏切って、結果的に彼女は湊の敵になった。

 ならば、その裏切り者に相応しい末路として、これまで仲間だと思っていた者たちから裏切り者と責めされれば良いと彼なら考えそうなものだ。

 この場にいる者たちは彼のそういった部分も知っているため、菊乃の純潔を要求したと聞いてやや目が吊り上がっていたラビリスが、普段通りの目に戻りつつ溜息を漏らす。

 

「はぁ……湊君、絶対にそれわざとやわ。別に貰えるなら貰うんかもしれんけど、八割方仲間割れするよう嫌がらせで言ったと思うわ」

「滑稽よね。裏切ったから裏切り者で正しいのに、本人は何で自分がって思っているんでしょうから」

 

 ラビリスは生き返っても湊は湊だったと呆れているようだが、チドリは自分も巻き込まれた事もあって裏切り者に相応しい罰だと小さく口元を歪めている。

 美鶴は相手が幼馴染みな事もあって複雑なようだが、彼をよく知る者たちも同じように菊乃を今の状況に追い込むことが目的だったと分かってどこか安心した顔をする。

 これで本当に菊乃の純潔を奪う事が目的であれば、責任を取って身請くらいはして欲しいところだ。

 住み込みで働く使用人というのは仕える屋敷から出る事がほとんどなく、出掛けたとしても買い出しに行くくらいな事もあって、出会いというものがほとんどない。

 パーティーの招待客といい仲になって退職する者も中にはいるが、菊乃は美鶴と同い年の未成年。

 世間から見れば幼いと言える歳なので、そんな娘を相手にしようとする者などほとんどおらず、いたとしても欲に染まった顔の中年や老人ばかり。

 菊乃本人がそういう年上趣味なら認めるが、そういう訳ではないと知っている美鶴にすれば、湊が菊乃を身請するといえば反対する気はなかった。

 

「まぁ、有里にそういうつもりがないなら良かった。お母様にも説明しておこう」

「可能性はゼロじゃないですけどね。菊乃さんも罪滅ぼしにって本気にしてるかもしれませんし」

「……本当に厄介な事だ」

 

 可能性はゼロではないと言ってしまえば、確かにそうなのだが、美鶴としてはこの件を“嫌がらせが目的だった”で終わらせたかった。

 恐らく英恵はママ友である桜に湊が菊乃に要求したものを伝えているだろうし、今も本気でどうすれば湊を更正させられるか考えているに違いない。

 しかし、美鶴が他の者も同じ考えだと告げれば、きっと 彼女は安心して再び湊に優しい母親として接することが出来るはず。

 湊が生き返ったと言っても、それが分かるまでずっと塞ぎ込んでいて、さらに夫が倒れた事で英恵も心身共に疲れている。

 美鶴もそれが分かっているので、少しでも英恵が安心できるよう話が終わってチドリたちが帰ると、三階の自室に戻ってから母へと電話を掛けるのだった。

 

 

 


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