【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百二十二話 備える者たち

9月27日(日)

影時間――七歌私室

 

 世界が緑色に塗り潰され、窓の外で大きな月が眩しく輝く夜。

 今日はタルタロスに向かわないからと七歌も部屋でゆっくりしていれば、ふと近くに人の気配を感じてそちらに視線を向ける。

 そこには人懐っこい笑みを浮かべた囚人服の少年が立っていた。

 

《やあ、こんばんは。久しぶりだね》

「こんばんは。って言ってもあんまり久しぶりの感じしないけどね」

《ははっ、そうかな? どうしてだろ?》

「うーん……分かんない。ま、会ってる時間の長さじゃなくて濃さが重要って事じゃない?」

 

 あの世界での事は七歌もファルロスも忘れている。

 もっとも、覚えていたとしても七歌はファルロスと綾時が同一人物だとは気付いていないので、雰囲気が似ている少年と一緒にいたという認識になるのだが、ファルロスが現われるのは毎回それなりに意味がある。

 ある時はアルカナシャドウの出現を予知し、またある時はアルカナシャドウが現われる兆候について助言しに来てくれた。

 彼が自分たち以上に影時間について知っているのは判明しており、彼がその知識を全て教えてくれれば特別課外活動部も方針を決めて動けるに違いない。

 ただ、ファルロスが自分の知っている事を全て教えないのには意味がある。

 教える事で七歌たちに何かデメリットがあるのか、それとも別の要因によって話す事が出来ないのか。

 七歌が以前聞いた限りであれば、敢えて伝えないようにしている事から、恐らくはファルロスが自分の意思でまだ教えるべきではないと判断していると思われる。

 そうなってくると、自分たちの戦いにはまだまだ先があり、備えるべきものが多そうだと心配になってくるのだが、短い時間でそんな思考を巡らせた七歌は今はこの友人との時間を楽しもうと机の引き出しを開けて個別包装されたクッキーを取り出し、それをファルロスに手渡した。

 

「はい、これ。せっかく来たんだしどうぞ」

《わぁ、ありがとう。もしかして、普段からお菓子を常備しているのかい?》

「うんにゃ、これは偶然。お菓子は置いてると食べちゃうからね。欲しい時に買うようにしているのさ。買いに行くのもちょっとした運動になるし」

《部活とタルタロスで運動は十分に思えるけどね》

 

 キャンディーくらいであれば常に少しくらいは置いているが、クッキーやポテトチップスなどのお菓子を常備するような習慣はない。

 七歌のお財布事情を考えれば余裕で箱買いする事も可能で、以前は動物の小さな模型が入った卵形のチョコの絶滅危惧種バージョンを二箱ほど買ったりもしたが、いくら運動していようと彼女も年頃の女の子。

 余計なお肉は付けたくないし、甘いものや油ものを食べすぎて肌が荒れるのも断固拒否の構えだ。

 そのため、食べるのならばその分だけ運動するように自分ルールを決めてあるし。なければそもそも食べられないからと、自分を誘惑してくる可能性を考慮して部屋にお菓子はなかった。

 運動と戦闘で十分にスタイルの良い少女が、さらに自己管理を徹底している姿勢にファルロスは思わず驚嘆したが、彼は見た目は子どもだが考えは大人なようで頑張る女性はそれだけで美しいと素直に賞賛した。

 言われた七歌も得意気にそうでしょと不敵に笑い。その場に笑い声が響けば、クッキーの包み紙をゴミ箱に捨てたファルロスが改まって口を開いた。

 

《さて、言わなくても分かってるかな? あと一週間で満月だ》

「うん。兆候からすると次は二体だよね?」

《恐らくはそうだね》

 

 七歌が言った兆候とは、アルカナシャドウが出現前に一定の範囲で人々の心を食べる性質を利用して、無気力症になった人間が発見された地域と人数から敵の出現場所と数を予測するというものだ。

 アルカナシャドウは後から現われる個体の方が強いため、よりエネルギーを必要とするのか被害者の数は増える傾向にある。

 しかし、それでも一体当たりの食事量には限度があるらしく、仮に二体で千人の被害者が出た翌月に八百人の被害者が出ていれば一体しか出ないと予測出来るのだ。

 これらの情報はそもそもファルロスが七歌に教えたのだが、彼女が上手くそれを活用出来ていると知ってファルロスもどこか嬉しそうにする。

 ただ、出現場所と敵の数が分かっていても油断は出来ない。

 何故なら今の七歌たちには同じ人間の敵が存在するからだ。

 

《前回は大変だったみたいだね。君の仲間の家族は無事だったみたいだけど、今回も大丈夫だといいね》

「うん。流石に適性も失った美紀がまた狙われるとは思わないけど、その前に寮にいた理事長が襲われたのもあって、桐条グループの方でも警戒はしてるみたい」

 

 先々月はリーダーであるタカヤが七歌たちの前に姿を現わし、湊が裏社会の人間だとバラす事で衝突するように誘導してきた。

 実はその裏ではストレガの別働隊が寮を襲撃しており、湊とぶつけたのは完全に時間稼ぎで、本命は特別課外活動部と桐条グループを繋いでいた理事長の殺害の方だったのだろう。

 七歌たちは七歌たちで最強の敵である湊と戦い敗れ、他の事を気にする余裕など欠片もなかったことで、翌日やってきた桐条武治に聞くまで幾月の死を知らなかった。

 普段は冷静である美鶴ですら味方が殺された事で動揺していたし。桐条グループ内では湊も敵の作戦に時間稼ぎとして荷担していたのではという意見も挙がっていたらしい。

 それまでは一部の者しか知らなかった、湊が過去に行なわれた桐条グループの違法実験の被験体の生き残りであるという情報が公開されれば、そのように考えてしまうのもある意味当然。

 彼は事実として桐条グループを憎んでいるし、幾月は人工ペルソナ使いを生み出すという非道な実験にも直接関わっていた。

 湊とストレガには幾月を殺すだけの理由があり、幾月も殺されるだけの事を十分してきた。

 だからこそ、幾月殺害はストレガと湊による共同作戦だと思われたのだが、その可能性はないとトップである桐条自ら湊が無関係である事を断言した。

 どうやら桐条は湊が特別課外活動部を裏で手助けしていることに気付いていたらしい。

 その思惑は不明のままだが、湊は特別課外活動部に一定の価値を見出していた。傍に幾月がいると分かっていても助けていたのだから、急に方針を変えるとは考えづらい。

 トップがそう言えば他の者は黙るしかなく、グループとしては湊とストレガは知り合いだが仲間ではないという認識でいた。

 そして、それが正しかったと証明されたのは次の満月での出来事だ。

 

《前は離れた場所だったから個別に対応を迫られたけど、次は一箇所だから大丈夫じゃないかな?》

「それはそれで背後から襲われる心配があるんだよね。ストレガの人数や能力も分かってないし」

 

 ストレガに妨害されたせいでアルカナシャドウを倒すことが出来ず、アルカナシャドウが満月にしか姿を現わさなかった事から、その次の満月には別々の場所に現われる敵と戦う事になった。

 一方は二ヶ月分の力を溜めた二体のアルカナシャドウ。もう一方は後で現われた分だけ強い一体のアルカナシャドウ。

 どちらも強敵だが前者の方が力を溜めている上に数が多いと厄介な敵だった。

 当初の予定では主戦力をそちらに投入し、残りのメンバーで一体の方を相手するつもりでいたが、ストレガの妨害を警戒して悩んでいるタイミングで湊が現われた。

 彼は新たな顧問に就任した栗原が仕事用のメールを送って呼ばれてきたらしいが、七歌たちの動きを聞いただけで二体いる方を担当すると告げて出て行ってしまった。

 七歌たちは無駄に戦力を割くことなく一方に集中出来たので良かったが、重要度の高い二体の方に現われると思っていたストレガは一体の方に現われ、結局、七歌たちは数名のメンバーをストレガの足止めに残すことになる。

 影時間の存続を願っている彼らが邪魔してくるのは分かるが、七歌たちは力を失うと分かっていても影時間を消したいと思っているので敵対しか道はない。

 だが、裏の世界で活動していただけあって、相手の弱所を突く事に関してはストレガたちの方が何枚も上手だった。

 アルカナシャドウ討伐を妨害するように見せかけておいて、実際には別働隊が仕事を終えるまでの囮と時間稼ぎとして彼らは現われていたのだ。

 桐条側としては幾月を殺した人物と同じ人物が動いていたと見ているが、湊と七歌がそれぞれの場所でアルカナシャドウと戦っている時、ストレガの別働隊は美紀を狙って真田家へ訪れていた。

 簡単に殺すことも出来ただろうに、わざわざすぐには死なない部位をナイフで刺し、特別課外活動部のメンバーらが助けられない事に絶望するように仕向けられていた。

 適性しか持たない美紀には回復魔法が効かず、あまりの出血量から病院へ辿り着く前に命を落とす状況。

 事実として七歌たちはストレガの思惑通りに何も出来ない無力感を味わい。さらに友達や家族を助けられない絶望感を覚えた。

 だが、相手も流石に湊の能力までは把握しきれていなかったのだろう。

 美紀の適性を奪う形で強制的に象徴化で時を止め、その間に外で手術の用意を全て済まし、象徴化を解くと同時に治療を行なうことで美紀は一命を取り留めた。

 

《いくら相手が襲ってきても、今回も君の従弟君がいれば大丈夫だろう?》

「まぁ、あのストレガを生身で相手出来てたくらいだし。そうかもしれないけどさ」

 

 湊とEP社の協力によって美紀を助けることは出来たが、彼女は適性を失った事で影時間に関する全ての記憶を失った。

 その中には湊と共に過ごしてきた日常の思い出も含まれており、どうやら彼の傍にいた事で適性が強化された者が影時間の記憶を失うと、彼の事もその中に含まれ忘れてしまうらしい。

 妹を助けるために助けてくれた恩人が割を食う羽目になったことで、真田は今も湊に対して申し訳なく思っているようだが、湊はそんな事はどうでもいいと言って翌日にストレガを殺しに行っている。

 どうやらチドリやラビリスの日常を壊そうとした相手を消そうと思ったようだが、彼らは本気で相手を殺そうとして戦っていた。

 湊に殺されかけた七歌たちは彼の本気を甘く見ていた。自分たちと戦った時は本当にただあしらっていただけで、最後の最後まで殺す気はなかったのだと、彼らの戦いを見ただけで理解出来てしまったのだ。

 しかし、その戦いがあったからこそ、桐条グループ内でも湊とストレガが仲間ではないとはっきり理解されたらしい。

 一方はペルソナを召喚せず馬鹿でかい鉄塊にしか見えないメイスで戦っていたが、湊とストレガの戦いの余波で都心の一部が更地なった事で、ペルソナ使い同士が殺し合えばどうなるかを桐条グループも理解した。

 あの惨状を実際に見てもまだ仲間の可能性を疑えるのならば、その人物は最初から湊を排除しようと考えているとしか思えない。グループ内にそんな人物がいなかったのはある意味幸運だった。

 

《まぁ、未来というのは何が起こるか分からない。だから、くれぐれも気をつけてね》

「うん。ファルロスも色々と気をつけてね。なんか悪巧みしてそうだし」

《まさか。僕はいつも君たちの安全を第一に考えているつもりだよ?》

 

 七歌も本気で言っている訳ではないが、友達と言えどファルロスは明確に何かを隠している部分もある。

 明らかに人ではないからと言って、今更友達を悪い存在だと疑うつもりは彼女にもない。

 ただ、ファルロスは本人が意図しない部分で何か悪い事に荷担させられている雰囲気があった。

 本人が自覚していてもどうしようもないのか、それとも自覚すら出来ていないのかは分からないが、友達に後悔して欲しくないからこそ七歌は彼にも注意しておくように言ってから別れた。

 消えていくファルロスは最後まで笑顔で手を振っていたが、次の満月まで一週間を切ったことで七歌はアルカナシャドウとストレガの対策のために少し遅くまで作戦を練っていた。

 

昼――天田私室

 

 本来は夏休みの期間中だけという縛りでこの寮へやって来た天田。

 しかし、寮にやって来てすぐに影時間の存在を知り、さらにペルソナにも目覚めた事で二学期が始まってからも巌戸台分寮に残っていた。

 そんな少年は休日の昼間だというのに部屋に籠もって、机の傍に飾られたフェザーマンのソフビ人形にぼんやりと視線を向けて考え事をしていた。

 

(本当に、僕のお母さんを殺したのは荒垣さんなのかな……)

 

 初めてタルタロスに行った日、天田は騎士系のシャドウを見て事故当時の記憶を思い出した。

 緑色の世界で暴れる黒い馬の化け物。周囲のものを壊して、物音に気付いて外に出た天田の母がいたすぐ傍の建物にぶつかり、天田の母は落ちてきた瓦礫に潰されて死んだ。

 色々と不幸な出来事が重なった末の事故だというのは天田も理解している。

 母に影時間の適性がなければ、シャドウが暴れたのが家の傍でなければ、物音が気になっても母が外に出ていなければ。

 本当にちょっとした事が少しずれているだけで、きっと少年の母は今も存命で彼はここにはいなかっただろう。

 だが、現実として事故は既に起きており、天田はストレガの言っていた事が事実であったと認識しつつある。

 あの時暴れていたのはシャドウではなく、荒垣のカストールが暴走したものだったと。

 

(なんで……なんでよりにもよって……お母さんの仇が仲間の一人なんだよっ)

 

 声に出して叫びたい気持ちをグッと堪えて、天田は強く握り込んだ拳を机に向けて振り下ろす。

 同級生より少しばかり精神年齢が高い天田は、あまり友達と遊んだりもせずどこか距離を置いて過ごしていた。

 けれど、この寮にやって来てからは共に戦う仲間として、学校の友達なんかよりももっと近い距離で他の者と関わり、その中にいることに居心地の良さを覚えていたのだ。

 高校三年生組の三人は小学生とどのように接して良いか分からないのか、順平やゆかりたちと比べてどこか天田を気遣うような部分もあったが、子どもが苦手な人もいると分かっていたので、天田も特に気にすることなく良い距離感の関係を築けていたと思っている。

 だが、先日のストレガが話していた事が事実であれば、彼らは年下との距離感を掴めていないのではなく、事故の被害者と加害者がいる事で真実がバレることを気にしていたのではないか。

 一度そう考えてしまうと事実とは違っていても、どうしても悪い方悪い方に想像して行ってしまい。天田は一時期憧れていた真田の事すら信じられなくなっていた。

 

(でも、有里先輩がカストールを持っていた時期もあったはず)

 

 あの事故がカストールの暴走で起きた事はほぼ確実だと思っている。

 ただ、湊という他人のペルソナを奪える裏社会の人間がいる事で、天田はその犯人が本当に荒垣だったのかと疑うだけの思考は残っていた。

 自分よりも先に特別課外活動部に入っていたゆかりたちから聞いた話では、湊は荒垣のカストールを使って荒垣になりすまし、何度か特別課外活動部のメンバーらの窮地を救っているらしい。

 どうして彼がカストールを持っていたのかまでは聞けていないが、湊が裏の仕事をしているのは今の天田より小さい頃からなので、真田たちが三人で活動していた時期には既に湊も戦っていたのだろう。

 だとすれば、荒垣が一時期ここを離れていたという話も、湊にカストールを奪われて戦う力を失っていたからと考える事も出来る。

 荒垣が正確にいつから部活を離れていたのかは分からない。

 ただ、間違って無関係の人間に刃を向けるつもりはないので、天田は詳しい情報を手に入れなければと椅子から立ち上がると誰か話を聞ける二年生組のメンバーが寮に残っていないか見に部屋を出て行った。

 


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