【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

316 / 504
第三百十六話 大蜘蛛

――時計塔・九階

 

 湊が自ら阿眞根になりかけるというデタラメな手段を使い。エネルギーを回復させながら敵を薙ぎ払い続ける事でようやく頂上へと続く階段までやって来た。

 途中、空中を移動する床に、複数の階層を貫通して跨いでいる柱型のギミックなどもあったが、それらをくだらないと断じた湊によって破壊されており、空中を移動するときには湊が影の腕で全員を掴んで空を飛ぶことでギミックならば受けたであろう制約を無視した。

 空中を移動している際に刈り取る者が襲ってきた時には、流石に他の者たちは動きようがないので焦っていたが、相手を睨んだ湊の頭上から出てきた星“フェニックス”が自動で迎撃し事なきをえた。

 フェニックスは自我持ちのペルソナではなく、そもそも身体が炎で構成されているため実体すらあるとは言いづらい。

 けれど、どういう訳か湊の意思すら無視して彼を守ろうとしている節があり、そこには美紀が込めた想い以上の何かが宿っているように見える。

 美紀の適性を抜き取った事で生まれたペルソナだが、影時間に活動可能なだけの低い適性を抜き取ったところで、どうしてペルソナが得られるのかという疑問もある。

 詳しい事は持ち主である湊しか分からないものの、今は状況を考えて誰も質問したりはしなかったが、他の者たちに見られていた青年が階段の傍にあった校舎に繋がる転送装置を起動したところで口を開いた。

 

「……山岸、ベルベットルームの住人たちも連れてこっちへ来い」

《え? えっと、エリザベスさんたちと私だけそっちへ行くの?》

「久慈川とマリーも一緒だ。校舎に残っている方が危険な可能性がある」

 

 戦闘は湊に任せていたものの、ここまで常に駆け足気味に来たことでメンバーたちが乱れた呼吸を整えていると、湊が何故だか校舎に残っている者たちを呼び寄せた。

 頂上にいるのは各ダンジョンの番人以上の力を持つと思われる機械仕掛けの大蜘蛛。そして、善が手放した神としての力のほとんどを所持しているクロノス。

 おそらく今度の戦闘は湊だけに任せておくことは出来ず、そんな者たちとの戦いの場に連れて来る方が危険だとしか思えない。

 風花も他の者たちと同じように考えているのだろう。湊が校舎に残っている方が危険かもしれないと言われても、どことなく納得しきれていない様子が声から伝わってきた。

 そこへさらに、風花の傍で同じくサポートを務めていたりせからも通信が飛んでくる。

 

《ねぇ、プロデューサー。どうして校舎に残ってた方が危ないかもしれないの?》

「単純に守る範囲の問題だ。塔の頂上程度なら蛇神の中で最も堅い頭骨で簡単に守れる」

《そんなに広範囲に被害が出るような危ない戦いになりそうなの?》

「……どの程度の規模になるか分からないから備えるんだ」

 

 あくまで備えるだけだと彼は返したが、最も戦い慣れている彼がそこまで言う事態が起こり得る可能性があるという事でもある。

 ここに来るまでの湊の戦いを見てきた者たちにすれば、まだ上があるのかとうんざりするのも無理はない。

 ただ、それでも湊が守ってくれるというのであれば、今回は素直に言うことを聞いておこうと風花たちも答えた。

 

《分かりました。マリーちゃんたちと合流してから行くから少し待っててください》

《私たちが行くまで皆は休んでて!》

 

 二人がそう言い終わると通信が切れて辺りに静寂が戻る。

 待っている間に少しでも回復しようとその場に座り込む者もいれば、水分や軽食でエネルギー補給する者もいた。

 だが、そんな中でしきりに頂上への階段に視線を向けている者がいたことで、気付いた鳴上が落ち着けと声をかけた。

 

「善、焦る気持ちは分かるけど落ち着け。戦いは俺たちの仕事なんだ。お前が一人で行っても玲は助けられないだろ?」

「あぁ……だが、玲が今も苦しんでいると考えるとどうしてもな」

 

 肉体的な面では玲が無事なことはほぼ確実だ。何せ、彼女を失えばこの世界は閉じてしまうのだから。

 善が心配しているのは彼女の心。己の死を思い出し、生きていた頃の暗い感情まで蘇った少女は、自分の心の内を吐き出した際に仲間にキツい言葉を吐いたことを後悔しているようだった。

 だが、それ以上に彼女は何の意味もなかった自分の人生に嘆き苦しんでいる。

 何もなかった人生、ただ自分が辛かっただけの人生、それでは自分が存在しようとしまいと同じこと。

 世界に己の存在を否定されたと思っている少女を救うことなど出来るのか。そう考えた花村が座ったまま善に尋ねた。

 

「つか、どうやって玲ちゃんを救うのか思い付いたのか?」

「自信はない。しかし、湊がくれた助言によって、玲が求めているものが分かった。私はそれを彼女に贈るだけだ」

 

 塔を上っている時にはどうすれば玲を救えるんだと悩んでいたと言うのに、今の善の瞳には決意とやる気が満ちていた。

 彼女の求めているものが分かった事での自信なのだろうが、こうも様子が変わるとその原因についても気になってくる。

 床に寝転がっていたクマが身体を起こすと、その分かった答えについて教えてくれと善に話しかける。

 

「玲チャンが欲しいものって何クマ? アイスだったらクマがいっぱいプレゼントしちゃるクマ。…………ヨースケのお金で」

「自分の金でやれよ!」

 

 何故バイトしているくせに自分がオヤツ代を持たなければならないのか。

 シレッと奢らせようとしてくるクマに、花村は絶対に奢らないからなとやや怒り気味に断言した。

 そんな二人の漫才のようなやり取りを傍で見ていた善は、彼らのやり取りに構わずクマの質問に律儀に答える。

 

「玲が求めたのは、自分が生きたという証。ただ生まれて死んだのではなく、この世界で生きていた痕跡を彼女は残したかったんだ」

「でも、今から元の世界に探しに行ったり出来ないよね?」

 

 善が玲の求めた物を答えれば、そういって雪子が真剣に尋ねた。

 彼女が生きていた証などこの狭間の世界にあるはずがない。ならば、元の世界に探しに行くしかないと考えた。

 しかし、今から探しに行ったとして、彼女が住んでいた場所や入院していたという病院を探すところからのスタートである。

 仮に上手く情報を手に入れられたとして、そこから彼女が納得出来るような生きた証を見つけて戻ってくる。

 普通に考えて時間が足りない。そんな事をしている間に玲の救出は終わるだろう。

 

「ああ。それは元の世界に戻った君たちでも出来ないだろう。この世界での記憶は元の世界に持ち帰ることが出来ないからな」

 

 雪子の言葉に善もその通りだと頷いて返す。

 玲の生きていた痕跡を見つけてくるなど、どちらの時代の人間に頼んだところで成功することはない。

 何故なら、元の世界に帰った時点で彼らはここで過ごした記憶を失うから。

 記憶を失えってしまえば、仮に玲に関する情報を手に入れても、それが何の情報か忘れているのでここへ戻って来るという発想にならないのだ。

 ただ、そんな善の話を聞いていた者たちは、自分たちでは玲の生きた証を探せないという部分ではないところに驚き、千枝や直斗がどういう事なのかと会話に加わってくる。

 

「えっ!? ちょ、いまサラッとすごい爆弾発言しなかったっ!?」

「ええ。元の世界に記憶が持ち帰れないというのはどういう事ですか?」

「そのままの意味だ。今ここは二つの時代に繋がっていて、湊たちの時代でもあり悠たちの時代でもある。ただ、君たちがこの世界から離れればここは消えて“なかった事”になる。そして、元の世界に戻った時点で記憶の整合性が取られるようになるんだ」

 

 言ってしまえば、存在が不確かなこの世界にいる間、ほとんどの者たちは同時に二つの時代に存在している事になっている。

 今はまだ曖昧な状態なので記憶を維持出来ているが、この世界が閉じて消えれば、この世界自体が“存在しなかった”という情報で上書きされ、元の時代に戻った者たちの記憶にも“存在しなかった世界の記憶など持っているはずがない”と補整が掛かるのだ。

 似たような現象を知っている真田と美鶴は、影時間の適性を持っていても関係ないかと少し残念そうにしながらも一応の納得を見せる。

 

「つまり、俺たちの世界で言えば影時間に迷いこんだ者と同じような感じか」

「こちらで数週間過ごそうと元の世界では時間の経過がほぼない。となれば、ここで過ごした記憶を消すしか整合性の取りようがないという事だな」

 

 この世界での事など公言するつもりはないし、誰かに話したところで影響があるとは思えない。

 しかし、世界の構造はよく言えば厳格であり、悪く言えばお役所仕事的な処理の仕方をされるようだ。

 惜しくても自分たちで記憶の処理に抗う事が出来ないのなら抗議しても意味がない。

 そうして、他の者たちも渋々ながら話を受け止めている中、荒垣が先ほどの話題に戻るがと玲を救う方法を改めて聞いた。

 

「んで、記憶を失う俺たちじゃ探せないってんならどうするんだ?」

「別に何もする必要はない。既に彼女はそれを持っている。私はそれを教えるだけだ」

 

 元の世界で探すことは出来ないが、善は最初からそんな方法で彼女を救おうとは思っていなかった。

 既に彼女は生きた証を持っている。この世界での出会いだけじゃない。病院で出会ったという少女たちとの関わりで既にそれは在った。

 善が何を伝えるつもりか分かっていない者たちは、首を傾げて善のことを不思議そうに見ているが、話が一段落したタイミングで転送装置が稼働して光の柱の中から風花たちが現われた。

 

「すみません、お待たせしました」

「皆、お疲れさま!」

「うわ、何ここ? ていうか、店長の雰囲気余計に怖くなってるし……」

 

 やってきた風花たちが挨拶してくれば、ダンジョンの中を不思議そうに見渡していたマリーが冷たい雰囲気の湊を見て複雑な表情を浮かべる。

 力の管理者の三人は会釈するだけで、後は他の者たちの背後に控えているが、全員が集まったなら頂上についてからの事を説明しようと湊が全員に視線を向けた。

 

「……頂上に着いてからの動きだが、お前らは基本的に一箇所に集まっておけ」

「え? 湊君最後まで一人で相手する気なん? てか、戦うんやったらエリザベスさんらに手伝ってもうた方が確実ちゃうん?」

「そいつらに期待するな。この期に及んで職務を理由に傍観者でいる人形に用はない」

 

 突き放すような冷たい言葉を吐いた湊の瞳は魔眼の蒼に僅かに銀色が混じっていた。

 彼はベルベットルームの住人らとは良い距離感で関わっていたはずだが、阿眞根になりかけている状態では精神への影響もあるのだろう。

 傍観者でいる事を指摘され心苦しそうに目を伏せたテオドアを除けば、姉二人は普段通りの薄い笑みで湊を見ていた。

 ならばと戦力としては期待出来ない者らに現場での動きについて湊は確認しておく事にした。

 

「エリザベス、自衛くらいはするんだろ?」

「必要があれば、といった感じでございます。まぁ、心配なさらずとも八雲様の攻撃の影響が出れば、自衛のついでに周りの方もお守りしますが」

「……そうか。なら、十分だ」

 

 エリザベスが他の者たちを戦いの余波から守ってくれるのであれば、湊は神を騙る存在の相手に集中することが出来る。

 保険として自我持ちたちを召喚しておき、彼女たちにもアイギスたちの防衛を命じておけば安心だろう。

 湊が準備を進めることで他の者たちも腰を上げて移動の準備をしている。

 そして、全員の準備が済んだところで一同は玲と敵の待つ頂上への階段を上った。

 

――時計塔・頂上

 

 階段をのぼり、ダンジョンを抜けた先の頂上。

 歯車で出来た床を歩き辺りを見渡せば、大きな時計盤と遠くまで音が響き渡るであろう巨大な釣り鐘があった。

 この世界にも風は存在しているようで、高所特有の強めの風が髪や制服を揺らしてゆく。

 平時であれば安全のための柵もない塔の頂上など御免被ると思っている者でも、今は視線の先に巨大な機械仕掛けの蜘蛛がいる事で高所であることなど思考に端に追いやる事だろう。

 

「……玲っ」

 

 自分たちがいる場所よりもさらに高い位置。塔の先端にいた大蜘蛛を見ていた善が、そのガラス製の体内に玲の姿を見つけて思わず彼女の名を呼ぶ。

 敵の尻の部分についたガラス製の容器の中で眠っている彼女は、こちらの声が聞こえていないのか一切の反応を示さない。

 おかげで寝ているのか死んでいるのかも分かりづらく、この世界が維持出来ているため生きていると分かっていても不安な気持ちにさせた。

 

「つか、流石にデカすぎだろ……」

 

 同じように敵のことを見ていた順平がポツリと漏らす。

 大型シャドウやF.O.Eと戦って来た事で大きな敵というものには慣れていたつもりだったが、視線の先で八本の脚をギシギシと鳴らしている敵は、控えめに言って大型シャドウ二体分以上の大きさをしていた。

 そんな者とこの狭く危険な場所で戦うなど正気の沙汰ではない。

 しかし、玲を取り戻すには今も自分たちを見下ろしている相手を倒すしかなかった。

 

「……どうでもいい。さっさと降りてこい」

 

 巨大な敵を前にして呑まれつつあった者たちは、首筋に刃を当てられているかのような悪寒を感じて声の主の方へ向き直る。

 青年が呟くだけでその場の温度が数度下がったような錯覚に陥ったが、今はその瞳に宿る底なしの敵意に竦みそうになる。

 今の彼は敵を殺す事しか考えていない。相手の大きさや強さなど一切関係ないとばかりに、今すぐ殺してやると瞳が雄弁に語っていた。

 その声に反応したのかどうかは分からないが、湊が降りてこいと言ってすぐに大蜘蛛は跳躍してメンバーらの正面で着地する。

 遠目からでは気付けなかったが、八本ある脚の内四本には分厚い金属の盾がついており、本体も金属で出来ている事から非常に攻撃が通りづらそうだ。

 とはいえ、敵が降りてきた事で湊の方も臨戦態勢に入っている。

 フォーメーションの確認や他の者たちがどう動くかの指示もない。

 まさか先ほど言っていたように一人で戦うつもりなのか。

 七歌たちがそう考えている間に大蜘蛛に動きがあり、相手は急に盾が横一列に並ぶように前脚を突き出していた。

 攻撃が始まる前から防御を固めるとは珍しいタイプ。シャドウやそれに類する者としては非常に知能が高いのではと思わされる。

 だが、次の瞬間、

 

「あぁぁぁぁああああっ!!」

 

 右腕を黒い鬼の巨腕に変え、青年が吠えながら一歩の踏み込みと共に敵に向け跳躍した。

 跳躍した湊はそのまま黒い腕で敵の盾を殴りつけ、数十倍の体格差の相手を時計盤まで吹き飛ばした。

 敵が防御を固めたのは、野生の勘か何かできっと湊が攻めてくると察知したに違いない。

 吹き飛びぶつかった時計盤を壊しながら瓦礫に半分埋もれている相手は、湊の攻撃をガードした盾がひしゃげて既に使い物にならなくなっている。

 人の身体の厚みほどもある金属をどうやれば素手で破壊出来るのか。

 攻撃した本人の腕が無事か心配になってくるが、視線の先で湊が麒麟を呼び出していた事で全員が広範囲攻撃を警戒する。

 ほとんど逃げ場のないここで広範囲攻撃を撃たれると、その余波だけで他の者たちは吹き飛び塔から落下するかもしれない。

 もっと言えば、そもそも大蜘蛛の中には未だ玲が眠ったままである。

 刈り取る者を蒸発させるほどの熱量を持ったスキルを放った事も過去にはあり、そのイメージが頭に残っていたのか善が止めるために駆け出そうとして茨木童子に首根っこを掴まれる。

 

「くぅっ……やめてくれ湊っ!! それでは玲まで消えてしまう!!」

 

 善が必死に呼びかけるも足下から黒い炎が噴き出している青年は、麒麟に目が眩むほどのエネルギーをチャージさせて攻撃の準備を進めている。

 下のフロアでみたタナトスよりは威力が低いのかもしれないが、傍から見れば十分に敵を屠るだけの威力があるように見える。

 麒麟の周囲では砕けた塔の破片が浮き上がり、既に彼らの周囲は高密度のエネルギーによって一種の異界と化しているのかもしれない。

 善だけでなくアイギスらも彼を止めに向かおうとするが、向かおうとする者たちは全員が自我持ちのペルソナらに捕まり向かう事が出来なかった。

 そうしている間にチャージが終了したのか、麒麟を包む眩い光は柱状になっている。

 放てば確実に大蜘蛛と共に玲も消え去る攻撃の準備を終えた湊は、マフラーから九尾切り丸を取り出すと、その刀身に淡い光の紋様を浮かび上がらせた状態で剣を光の柱に突き刺した。

 途端、麒麟を覆っていた光が九尾切り丸に吸収されていき、今度は九尾切り丸が時折電気を爆ぜさせながら光を纏っている。

 まさかペルソナのスキルを武器に喰わせるとは思わなかったので、これにはベルベットルームの住人らも目を見開いているが、光を纏った武器を手にしていた湊は片手でそれを持ったまま構えると、敵を睨み付けたまま音を置き去りにするような速度で剣を横薙ぎに振り切った。

 

《ギュラァァァァァァァッッ!?》

 

 横一閃に敵を切り裂くように伸びる雷の刀身。

 極限まで密度を高めた雷は、名刀を超えるほどの切れ味で残っていた盾ごと大蜘蛛を切り裂き消滅させた。

 囚われていた玲は敵の消滅と同時に解放され、床の上に降りてくると目を開いて何が起こったのかと困惑した表情を浮かべている。

 だが、そんな玲の様子とは対称的に、彼女が無事に敵から解放された事にメンバーたちは安堵の息を吐いていた。

 直前までは湊が敵ごと殺すのではと焦っていただけに、今はどうにか無事だった事に心底ホッとしていた。

 湊も光が治まった九尾切り丸をマフラーに仕舞っており、それを確認したメンバーらは今のうちに玲を保護しようと歩き出すのだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。