【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百十五話 玲を救う方法

――時計塔・八階

 

 通路を抜けた先の大部屋に入った途端、侵入者を排除しようと数多のシャドウらが群がってくる。

 凄絶な憤怒を宿した蒼い瞳でそれらを睨んだ青年は、右手に死神を、左手に審判のカードを呼び出して握り砕く。

 現われるは敵と定めた者を冥府へと堕とす死神、そして異形の者らを無へと還す翠玉の騎士。

 迸る黒い光の翼を開いたタナトスが一条の紫電を放てば、アベルが光を纏った剣を振るい紅刃を幾重にも飛ばす。

 紫電の射線上と周辺にしたシャドウらは、その熱量に灼かれながら消える。

 飛来した紅刃に触れたシャドウらは、その身を細切れにされながら消滅していった。

 二体の攻撃によって襲ってきたシャドウのほとんどが倒されたが、タナトスの攻撃の射線上から離れた場所に待避し、他のシャドウらを盾にすることで紅刃からも生き残った個体もいる。

 紫電の熱で濛々と立ち上る蒸気を抜けて現われた刈り取る者は、攻撃直後の二体のペルソナに向けて呪詛の籠もった凶弾を放つ。

 刈り取る者が放った呪詛の籠もった弾丸は、物理的な攻撃でありながらそれそのものが強力な呪いであり、純粋な破壊力と同時に喰らった者に呪詛のダメージを与える。

 生身で刈り取る者の弾丸に耐えられる者はまずいないが、ペルソナで受けた場合には召喚者に呪いが伝達し、良くて昏倒や恐慌状態に陥り、最悪だと精神を破壊され死に至る。

 湊の精神力の強さを考えれば、例え喰らったところで最悪のケースを想定する必要はまず無いだろうが、この後に神クラスの敵を相手にする以上消耗は避けるべき。

 ならば、ここで素直に敵の攻撃を受けてやる必要はないと、常人では視認不可能な速度で迫る凶弾を蛇神の影である黒炎の腕で焼き払った。

 

「――――仕留めるぞ」

《グルォオオオオオオオオオオオオオオオ!!》

 

 吠えたタナトスの周囲に浮いていた八基の棺が四基ずつの二手に分かれ、四枚の花弁が開いた花のように空中で待機する。

 タナトスの左右に分かれて待機していた花はその場で回転すると、中心に紫の光を集めながら時折電気を弾けさせた。

 二輪の花の中央にいるタナトスも続くように全身から放電を始めると、タナトスを中心にバチバチとけたたましい音を立てながら空間に力が満ちてゆく。

 攻撃のためのチャージ状態で既に目が眩むような光を放つそれらを前に、刈り取る者は両手の拳銃を頭上で交差させて極光を集めていた。

 コンセントレイトによる魔法の威力の底上げ。それと並行して万能属性スキルを撃てるように力を収束させている。

 最凶と呼ばれるシャドウの全力の一撃。まともにやり合えば防ぐことも相殺する事も難しいだろう。

 だが、相手がまともでないように、天空神の雷の力を己のペルソナに付与した青年も感情をエネルギーに変換してさらに力を高めた。

 

「おいおいおいおいっ!? 全員伏せろぉぉぉぉぉっ!!」

 

 遅れてやって来た他の者たちは、状況を一瞬で把握すると慌てて地面に倒れて対ショック姿勢を取る。

 ダンジョンという閉鎖空間でどれほどの規模の攻撃を放とうとしているのか。

 少しは加減をしろと花村は言いたくなったが、最早そんな言葉を口にしている時間は無い。

 女子たちはお互いに身を寄せ合って伏せ、男子たちは少しでも女子の盾になれる位置で衝撃に備える。

 そして、

 

「――――消えろぉぉぉぉっ!!」

《グルォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!》

 

 青年の咆吼と同時に死神たちが力を解放する。

 三条の紫電が集まり極大の一条の光線となって空間を灼きながら敵へと走る。

 対抗するように刈り取る者も強化されたメギドラオンを放ち、空間に歪みを生じさせながら敵へと迫る。

 両者の放った超密度の攻撃によってダンジョンが激しい揺れに襲われる。さらに進行方向の空間が歪んで像が歪になって見えるが、そんなものを気にしている間もなく二つの光が衝突した。

 ぶつかった途端、衝突したエリアを中心に壁や床が衝撃波で崩壊してゆく。

 もはや、その空間は太陽の如き光によって視認することは敵わず、対ショック姿勢を取っていた者らも床にしがみついていられないほどの暴風に煽られて元来た道へと吹き飛び転がされた。

 だが、ダンジョンや周りにどれだけの被害を出そうと、戦っている者たちはその場に残っていた。

 敵を前に退くなどあり得ない。退けば終わり、退くなど負けと同義であると、両者はただ敵を殺すために力を絞り出す。

 

「おぉぉおおおおおおおっ!!」

 

 青年は吠えながら前に出した左手を右手で支えながら己の死神へと力を送る。

 一撃の込める限界を超えているのか、反動によって力を送っている左腕に裂傷が走り、腕から血が流れ落ちる。

 それでも怯まず敵を見続ける青年の瞳が僅かに銀色になると、タナトスの放っていた紫電が黒く染まり敵のメギドラオンを飲み込んでゆく。

 黒き雷の龍が極光を飲み込み、術者である死神すらも飲み込めば、勢いのままに直進したそれはダンジョンの壁を喰らい尽くし塔の一画に風穴を開けた。

 外から吹き込む風が熱せられたダンジョン内の空気を流し、青年の束ねられた髪が風に揺れる。

 そうして、青年が敵が消滅した方向を見つめ、その瞳の色が戻りタナトスが消えてゆくと、痛みに顔を歪ませた者たちが立ち上がって戻ってくる。

 

「くっそぉ……いててて。つか、マジでなんだよさっき……の……は?」

「流石に建物の中であの規模でやり合ったらもた……ない……ぞ」

 

 花村と鳴上がお互いや仲間の状態を確認しながら戻ってくれば、青年の立っている部屋についた時、思わず唖然としてしまった。

 青年が立っている場所より後ろには壁や床が存在しているのだが、彼の正面、言って敵がいた方向には壁が一切無かったのだ。

 床や天井も荒く削られており、熱によって赤く融解している様には慣れたと思っていたが、今回は遠くに青空が見えている事で、ついに外壁まで貫通したのかと馬鹿げた威力に言葉を失う。

 死神同士の戦闘によってこれほどの被害が建物に出ているが、両者の攻撃が一時的に拮抗した事もあり、攻撃が衝突した地点から上下左右にはより深い破壊痕が見えた。

 湊のタナトスもそうだがそれと対峙した刈り取る者も並みの個体ではなかったのではないか。

 戦いの痕を見てそう思った者たちは、敵が本気で湊を殺しに来ていることを余計に実感した。

 

「……湊、君の力はあとどれだけ残っている?」

 

 部屋の奥から流れてくる風に乗った熱気にマントを揺らしながら善が尋ねる。

 現状、敵であるクロノスの放つ刺客は湊に集中している。

 それだけ相手から脅威と認識されており、逆に他の者だけなら問題なく対処出来ると思っているのだろう。

 相手が搦め手で他の者を狙い、湊がフォローに回ったところを狙ってこないのは、きっとその様な小細工をしたところで意味が無いと分かっているからだ。

 確かにメンバーの中には湊が何を犠牲にしても守ろうとする者がいる。

 彼女たちが狙われれば湊は防衛に回らざるを得ないが、その他の者が狙われたとしても彼が動く必要ない。

 そして、敵であるクロノスはそのメンバーを特定しきれていないのだろう。

 確実に狙われる可能性があるのはアイギスだが、そのアイギスはメンバーの中ではトップクラスの身体能力を持っている。

 さらに姉妹であるラビリスとメティスとの連携は、湊を一時的に抑え込む事が可能なレベル。

 湊の隙を狙うために相手を襲っても、これでは時間を稼がれその間に湊が到着するに違いない。

 現時点で神に変化しかけるほどの怒りを燃やしているというのに、アイギスまで狙われればその場で阿眞根になる可能性もある。

 現時点で最高戦力である刈り取る者を複数放って止められていないのだ。

 ここからさらに彼が力を解放すれば、クロノスが全ての権能を使おうと手がつけられなくなる。

 敵もそれを理解しているからこそ、このように強いシャドウを何体もぶつけて湊の力を徐々に削ぐことに専念していると善は考えた。

 時計塔を登りはじめてからの戦いで湊が消費したエネルギー量を計算すると、他のメンバー全員を合せた合計値の五倍以上。

 いくら湊が強くてもそろそろ限界が来ておかしくない。

 彼一人が先行している分、ここまで他の者たちを温存する事が出来ているが、ゼウスを取り込んでいる湊はクロノスに対する切り札だ。

 頂上に辿り着いてから機械仕掛けの大蜘蛛から玲を取り戻し、さらに黒幕であるクロノスを倒すとなれば、どうしても湊の力は残しておく必要がある。

 だからこそ、善は湊の適性値がどれだけ残っているか気にしたのだが、尋ねられた方は死神と節制のカードを砕いて再びミックスレイド“ヘルヘイム”で融解した床や壁を凍りつかせてゆく。

 見ている限りは疲れた様子もないが、本当にこのままでは湊の力が保たない。そう思ったチドリが彼を止めようとすれば、湊は先の通路の方を向いたまま口を開いた。

 

「……今の俺にエネルギーの枯渇はない。怒りや憎悪といった激しい感情。それらを生み出し続ける俺を炉心にして得た無尽蔵のエネルギーを使って願いを叶える存在が阿眞根だ」

「今の君はまだ阿眞根という存在になっていないだろう?」

「片足だけ境界を越えて感情をエネルギーに変換し、そのまま俺に戻ってしまえば俺のまま力を回復出来る」

 

 流石の湊も先ほどの刈り取る者との戦いのような規模で戦闘を続けていれば、この階層に辿り着くよりも早くにエネルギー切れを起こしていた。

 アイギスたちが心配するように、玲の事を心配しているにしても今の彼は完全なオーバーペース。

 だが、かつては様々な依頼を受けて裏の世界で生きていた者が、他の者たちでも分かる事を分からないはずがない。

 自分の技量や体力を過信して失敗すれば死ぬ世界。そこで生きてきた事で湊は自分がどれだけ戦えるか把握する癖がついている。

 だからこそ、自分にアナライズを掛けて残りのエネルギーなどを把握していた訳だが、敵の強さから温存してもいられないと判断し、湊は力を振るい続けても戦える方法を考えた。

 それが感情の昂ぶりによって阿眞根になりかける事を逆に利用したエネルギー変換術。

 敵がまだ見える範囲におらず、先に玲を敵の手から奪い返す必要があるからこそ、今の湊は感情の針が振り切れて阿眞根になることがない。

 ただ、強敵との戦闘中に少しだけ昂ぶったときに阿眞根になりかける事はあった。

 湊が狙ったのはその瞬間で、一時的に阿眞根の持っている“感情をエネルギーに変換する”機構が使えるようになるため、刈り取る者などとの戦闘時には湊は感情のリミッターを解除して阿眞根化しかけることを止めなかった。

 おかげで僅かな時間の阿眞根化で変換したエネルギーを取り込み、残りの階層での戦闘にも不安を覚えることなく進むことが出来る。

 話を聞いていた者たちはデタラメな永久機関に呆然としているようだが、先ほどの話が事実であればクロノスとの戦いまで湊がエネルギー切れになることはない。

 むしろ、玲さえ取り返せば、後は阿眞根に全て任せてしまってもいいくらいだ。

 湊がここまでペースを考えずに戦ってこられた理由を理解した善は、そういう事ならば己の半身との決戦も問題ないだろうと安堵する。

 床や壁が凍りついた事で進むことが出来るようになり、先頭にいた湊が再び歩き出すと他のメンバーも彼を追って進み出す。

 善もそれに続いて歩き出すが、頂上まであと少しになった事で改めて玲へ贈る言葉について考えはじめる。

 すると、すぐ近くにいた七歌が考え込んでいる善に気付いて声をかけてきた。

 

「ん? 善君どうしたの? 八雲君とクロノスの事で何か心配してる?」

「……いや、それは心配していない。ゼウスの力を持った彼がこの世界に来た時点で、私たちが消えることはきっと決まっていたんだろう」

「なら、何をそんな難しい顔で考えてるの?」

「……玲のことだ。どうすれば彼女の心を救えるのか。それを考えていた」

 

 最初にこの学校を作ったときも、記憶を取り戻したときも玲は自分の死に納得出来ず泣いていた。

 こう生きたかったと、他の者たちが“当たり前”と思っている平和な日常を生きたかったと、自分の内にあった羨み嫉む心をさらけ出して叫んでいた。

 彼女の言う“当たり前”の日常を知らぬ善は、どうして彼女がそうまでそれを求めたのか分からない。

 アイドルになりたかった。大金持ちになりたかった。そんな分かり易い望みであれば、ただの欲望からくる願いでしかないと無視するところだ。

 しかし、彼女の求めたものはそうではなかった。

 言ってしまえば特別さの欠片もない、つまらなくてくだらないもの。

 そんな物を求めていながら、自分の死を納得出来ないと言った彼女の心をどうすれば救う事が出来るのか。

 湊は彼女が本当に求めるものを、どうすれば彼女を救えるかを理解しているようだった。

 つまり、彼女の心を救える方法は存在するのだ。

 

「思えば、湊は玲にずっと優しかった。彼女が死んでいると最初から分かっていて、これから消える存在だと分かっていながら、それでも彼は玲にとても良くしてくれたんだ」

「うん。八雲君は弱い者の味方で、とっても優しいからね」

 

 無駄を嫌う彼なら意味が無いからと玲を存在しないものとして扱う可能性もあった。

 だが、実際に彼がとった態度はその真逆で、戦闘では他の者たちの役に立てないと悩んでいた彼女に“まんぷく亭”という役割を与えてくれた。

 あの時は小さくなった赤ん坊の状態で、成長した姿の湊とは記憶のリンクがないようだが、元の身体に戻ってからもまんぷく亭は続けられていた。

 食事など屋台や出し物からいくらでも得ることが出来たというのに、彼はそのまま彼女に与えられた役割を奪わずにいてくれたのだ。

 

「私と二人だった時の玲はあまり笑わなかった。楽しそうに、美味しそうに文化祭を回っていたが、どこかそれは私に気を遣っているようだった」

 

 お互いに記憶を失っており、周りにいる学生たちは与えられた役割以上の事は出来ない。

 そんな何も分からない状況にいたからこそ、玲は善を困らせないように努めて明るく振る舞っていたように思う。

 

「だが、君たちが来てから玲は変わった。怖がりは治らなかったが、自分も皆の役に立ちたいと考えるようになり、時には赤ん坊である湊を守ろうとする強さも見せた。そして、皆と一緒にいるときは本当に心から笑っているようだった」

「そうなんだ。私は最初から玲ちゃんは強い子だなって思ってたけど、善君から見ると短い期間で玲ちゃんも成長したって感じだったのかな?」

「む……いや、成長した訳ではないのかもしれない。元から玲はそういった人間で、私と二人だった時にはそうする余裕がなかっただけなのかもしれない」

 

 二人しかいないときの善はただこの子を守らなければと漠然と考え、しかし、どうすれば今の状況から抜け出せるのか分からず文化祭を一緒に回っていただけだった。

 様々なものに興味を持つタイプではなかったので、基本的に玲について行くばかりで、今考えると玲に相当な苦労をかけていたように思う。

 湊たちがやって来てから戦闘は彼らに任せており、玲を守るという役目もほとんど果たせていなかった。

 だからこそ、今になって善は気付くことが出来た。自分が玲を守っているつもりで、実際はあの怖がりな少女に自分が守られていたのだと。

 

「……ああ、そうか。自分が玲を守っているつもりだったが、本当は彼女が何も出来ない私にずっとついていてくれたのか」

「んー……それも違うんじゃない?」

「違う? 何故そう思うんだ?」

 

 善にしてみればこれまで自分は“玲を守る”と己に課すことで生きてきた。

 彼女のために、彼女を守るために自分は玲と一緒に生きると。

 それは無意識に死神として彼女の魂を運ばなければならないと使命を感じていたのかもしれないが、どちらにせよ善がこれまで人として存在を保っていられたのは玲が傍にいてくれたからだ。

 だからこそ、善は自分が彼女に助けられていたと思ったのだが、七歌にすれば人との関係はそんなに一方的なものではないらしい。

 

「確かに善君が玲ちゃんに助けられてた部分もあるかもしれないけど、玲ちゃんだって善君が一緒にいてくれて助けられたって思ってるかもしれないでしょ? お互いがお互いに感謝してる。二人を見てて私はそんな風に感じたけどね」

「だが、私は玲にそれほど多くの事はしていない。シャドウから守ったのだって君たちで……」

「でも、善君と玲ちゃんはまんぷく亭でご飯運んだりしてくれたよね? 出来る事に違いはあるけど、そういうのってお互い様だと思うよ」

 

 善は玲や七歌たちに一方的に助けられてきたと思っているようだが、七歌はそんな風には考えていなかった。

 ダンジョンの中で善のアイデアに助けられた事もあれば、善たちもダンジョン探索で疲れているだろうに、まんぷく亭の店員として戦闘でくたくたになっていた七歌たちの許へ食事を運んでくれた。

 本人たちは小さいことだと思っているかもしれないが、その小さな事にこれまで七歌たちは助けられてきたのだ。

 

「てか、私らがダンジョンで頑張ってたのって二人の影響でもあるんだよ?」

「私たちの影響?」

「うん。ペルソナを持ってない二人が頑張ってるのにさ。戦う力持ってる私たちが負けてられないじゃん?」

「それはお互い様だ。君たちが戦ってくれているから、せめて食事の用意はと働いていただけで…………そういう事、なのか?」

 

 そこで善はようやく少し理解出来たと視線を地面に落とした。

 人との繋がりというのは一方的なものではない。良いか悪いかは別にしても、お互いに何かしらの影響を与え合っている。

 この世界で出会った者たちは相手を好ましく思い合ったからこそ、恩には恩を返す形で動いてさらに深い繋がりが生まれたのだ。

 そして、それは玲も同じだ。彼女も皆から影響を受けたように、皆も彼女から影響を受けた。

 

「玲は自分の死に納得がいっていないのだと思っていた。だが、そうじゃないのか。彼女は言っていた。何も“無かった”ことが怖いと。それはつまり、生きた証が欲しかったのか?」

 

 死んだという結果を受け入れられないのだとばかり思っていた。

 だが、七歌に人との繋がりについて聞き、そうしてから玲の言葉を思い出すと玲が本当に欲しがっていた物の正体が見えてきた。

 この階層ももうすぐ終わる。そうすると次の階層を抜ければ頂上に着いてしまう。

 なら、聞くには今しかないと、善は顔を上げると前を向いて駆け足で先頭にいる湊の許に向かった。

 

「湊、教えてくれ! 玲は、玲が本当に欲しかった物は“自分が生きた証”なのか?」

 

 もしも、これが正解であるならば自分にも彼女を救うことが出来るかも知れない。

 そう思った善はどこか縋るような瞳で湊の背中を見つめた。

 他の者たちは急にどうしたんだと足を止めて二人を見る。

 すると、声をかけられた事で足を止めた湊が振り返り善と視線を合わせた。

 

「……最初から玲はそう言ってただろ。まぁ、生前の付き合いが狭かったせいで気付けなかったんだろうが、本人が自覚していないだけで彼女は既にそれを持っている」

「この世界で君たちと育んだ繋がりも証なんだな?」

「……自分を抜くな。お前も既にその一つだろ」

 

 湊に指摘された善はハッとした表情をして、どう返せばいいか分からず言葉に詰まる。

 周りはそんな善の反応に苦笑しているが、呆れたように善を見つめる湊の瞳からは善に対する怒りが感じられなくなっていた。

 それを不思議に思って皆の視線が湊と善を行き来していると、ハァ、と溜息を吐いて再び歩き出した湊が背中を向けながら言葉を続けた。

 

「……人として理解出来たなら生かしておいてやる。殺すのはお前から抜け出た神の力だけにしよう」

「君はそれで良いのか?」

「どっちにしろ彼女を送る者は必要だからな。玲が望めば殺すし、拒めば生かすが、生かされた時には役目を果たせ」

「……すまない。ありがとう」

 

 一度は殺されかけておいて変なものだが、善は湊が玲のために怒っていたのだと理解している。

 きっとこの世界で最も彼女の心を理解してくれたのが彼なのだろう。

 だからこそ、そんな彼が玲のために怒って自分を殺そうというのなら、罪を犯した者として裁かれるのが当然だと思っていた。

 だが、ここに来てようやく善も彼女が本当に欲しかったものに気付くことが出来た。

 人との繋がりを理解し、玲の心を救える可能性を見つける事が出来た事で、湊も善を神を騙る運び屋ではなく一人の人間として認めてくれたのだ。

 当然、彼女を苦しめた罪は消えず、その贖罪はしなければならない。

 ただ、それは彼女が無いと思っている生きた証を教える事で叶うかもしれない。

 既に自分が玲にしてやれる事などないと思っていた善の身体に力がみなぎる。

 他の者たちも湊が善を狙わなくなった事で安心したのか、ならば後は玲を助けて黒幕を倒すだけだと顔にやる気が満ちている。

 決意をあらたにした者たちは、絶対に玲を助けようと頷き合うと先を行く青年の後を追い掛けた。

 

 


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