【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百九十六話 赤ん坊との付き合い方

――稲羽郷土展・第一夜

 

 コロマルが拾ってきた棒と善のマントの切れ端を利用して作られた松明により、かがり火の炎を持って移動出来るようになった。

 とはいえ、お粗末な出来という事もあって炎は簡単に消えやすく、切れ端に火を移しているだけなので長時間持っておく事もできない。

 案の定、開くために聖なる炎とやらが必要な扉も通る事が出来たが、扉を潜って少しすると切れ端が燃え尽きて火が消えてしまった。

 炎が消えると潜った後でも扉は開かなくなるので、今回のダンジョンではダンジョン内に点在するかがり火の位置と炎が必要な扉の位置を考えて行動する必要があるだろう。

 だが、無事に一つ目の扉を潜る事が出来たメンバーたちは、今現在、不機嫌そうな赤ん坊の対応に頭を悩ませていた。

 

「おいおい、めっちゃガム噛みまくってるぞ」

 

 そう口にした花村の視線の先では、アイギスに後ろから抱えられるように抱っこされた八雲がいた。

 彼は現在ムスッとした顔でガムを噛んでおり、お腹のポケットから取り出して次々と追加するため、今では食事中のハムスターのように頬が膨らんだままガムを噛んでいた。

 赤ん坊に似つかわしくないこの行動は、危ないからダメだとかがり火への接近を禁止されたというのに、後で他の者たちがかがり火から炎を移した松明を持って歩いていた事が原因だ。

 どうして自分はダメで他の者はいいのか。炎の扱いで言えば炎の身体を持っているフェニックスを宿している八雲の方が優れている。

 しかし、他の者たちは相手が赤ん坊なので、“常識”という基準で他の赤ん坊と同じように扱った。

 その結果、誰一人として彼を納得させる事が出来ず、今現在、八雲は他の者を嘘つきと認定して敵視までしていた。

 シャドウに対する恐怖心が一切無い八雲は他の者よりも行動が速い。

 赤ん坊とは思えない身体能力に加え、湊が集めていた不思議な道具も使って敵を倒す事が出来る。

 筋力で言えばチーム最弱だろうが、戦力してならトップクラス。

 そんなアンバランスな力を持った赤ん坊は、他の者が対応について悩んでいると妙な表情になってからクシャミをした。

 

「はっくちゅんっ」

「ちょおっ!?」

 

 赤ん坊という事もあって彼は口を手で押さえたりはしなかった。

 だが、口の中で食べ物を噛んでいる状態でクシャミをすれば、当然クシャミの勢いで食べていた物は口から出てしまう。

 小さい口の中いっぱいに放り込まれていたガムは勢いよく彼の口から飛び出すと、そのまま正面の直線上にいたラビリスに向かって飛んでゆく。

 危険に気付いたラビリスはポニーテールを守るように頭を振って見せるが、咄嗟に出来たのはそこまでで跳んできたガムは彼女のスカートにベッタリと張り付いた。

 別に彼の噛んでいたガム自体は汚いとは思わない。しかし、粘着力のあるガムが衣類に付いてしまうと処理が大変だ。

 ポケットティッシュで掴んでガムを剥がしたラビリスは、ガムが付着した部分を確認して肩を落として溜息を吐いた。

 

「あー、アカンわぁ。後でちゃんと洗わんと……はぁ」

「すみません、姉さん。八雲さん、次からは口を押さえてクシャミをしましょうね?」

「いー!」

 

 子どもにマナーを教えるときには、小さい頃からちゃんと教える必要がある。

 幼い頃の習慣というのは大人になっても中々忘れず、逆にそういったまともな躾をろくに受けずに育つと、公共の場でも構わず大声で唾を飛ばしてクシャミをするような大人になってしまう。

 八雲にそんな非常識な大人になってほしくないアイギスがしっかりと言い聞かせようとするも、八雲は知らないよとばかりにアカンベをして返した。

 普段は聞き分けのいい賢い赤ん坊だというのに、どうしてそんな事をするのだろうとアイギスは困惑する。

 すると、傍でそんなやり取りを見ていた七歌が顎に手を当て考えながら声を掛けた。

 

「いや、八雲君って普段はちゃんと手で押さえてクシャミしてたよ? 菖蒲おば様も英恵おば様もそういったマナーはしっかり教える方だから」

「じゃあ、もしかして今のは……」

「うん。多分、わざとじゃないかな?」

 

 クシャミした八雲の鼻や口をセレブティッシュで拭いてやっていたアイギスは、八雲はわざと姉のスカートにガムを飛ばしたと聞いて驚く。

 賢いこの子がどうしてそんな事をしたのか分からなかったのだ。

 だが、他の者たちはすぐに先ほどの事が原因だと思い至ったため、年長者である美鶴が代表で彼を諫めた。

 

「八雲、確かに私たちの言い方が悪かった事は認める。だが、それは君の安全を考えての事だ。火はとても危険で、少し扱いを間違えただけでも大怪我してしまうんだぞ」

「んべー!」

「コラ、そんな事をしてはいけない。私たちは八雲が大切だから言っているんだ」

「やーの!」

 

 美鶴が八雲の事を叱ろうとしても、八雲は話なんて聞きたくないと再びアカンベと舌を出した。

 それでも諦めずに話を聞かせようとすれば、今度は身体を反転させアイギスに抱きつく形になってから自分の手で耳を塞いで相手の声を無視する。

 成長した彼からも分かる通り、八雲の性格はとても頑固だ。

 優しい事は分かるのだが、変なところで融通が利かないので、赤ん坊の時にこうなってしまうと誰もどうにも出来なくなってしまう。

 美鶴の母である英恵がいればしっかりと対応出来るのだろうかと周りが悩んでいれば、呆れた様子で見ていた真田が八雲たちに近付くなり、耳を塞いで話を聞こうとしない八雲の頭に拳骨を落とした。

 

「ちゃんと話を聞け!」

「みっ?!」

 

 相手が赤ん坊という事もあってかなり手加減したが、ボクサーの拳は硬くなっているため一般人のものよりも痛い。

 急に殴られた八雲は驚いた顔をした直後、目に涙を溜めて殴られた部位を押さえている。

 真田の事を怒りたいアイギスも、流石に目の前で八雲が泣き出しそうとなればそちらに掛かりきりにならざるを得ない。

 なので代わりに美鶴がキッと鋭い視線で真田を捉えると、ついに手を挙げた相手にかなりの剣幕で近付いた。

 

「明彦、何てことをするんだお前はっ」

「お前らが甘やかすからこうなるんだ。いいか。叱るべきときはしっかりと叱れ。いざという時は体罰も必要だと認識しろ」

「自分の言葉の不器用さを棚に上げて、暴力を正当化するな。八雲に今すぐ謝罪しろっ」

 

 赤ん坊は脳がまだ未発達で、理性より本能や感情を優先して行動する傾向にある。

 成長していけばそういった行動は減っていくが、一歳にも満たない状態だと動物に近い部分があった。

 それを考えると、上下関係を意識させてからと考えている真田の行動も間違いだとは言い切れない。

 最初にどちらが上かを教え、その指示に従わなければ酷い目に遭うと覚えさせれば、後は特に手を出さずとも自然と話を聞くようになる。

 ただ、児童虐待などに厳しくなっている現代においては、真田のような昔ながらの躾け方はあまり理解されない。

 真田の行動に一定の理解を示している男子たちも、流石に女性陣の前でそれはまずいだろうと苦い表情だ。

 メンバー内では年長者になる美鶴と真田が八雲の教育方針で言い争っていれば、痛みに耐えきれなくなった八雲が声をあげて泣き出した。

 

「――――――――――っ」

 

 瞬間、あまりの声量に全員が耳を押さえる。

 八雲を抱っこしてあやしていたアイギスは耳を押さえる事が出来ず表情を苦悶に歪ませるが、他の者たちは八雲の泣き声で身体がビリビリと衝撃を受けている事に気付く。

 音というのは空気の振動で伝わる物なので、人の声でも衝撃を与える事が出来ることは理解出来る。

 だが、その場にいる者たちが動けなくなるレベルの泣き声というのは流石に想定外だったため、分隊長を命じられている七歌たちは、ここでシャドウが現われたらまずいと焦り出す。

 

「ちょっと、流石にこれは想定外なんだけど。てか、いま敵に襲われたら対処出来ないっ」

「姉さん、兄さんと一緒に隅の壁際まで移動してください! 敵の来る方向を絞らないと守り切れませんっ」

 

 今の七歌たちは聖なる炎を持って潜った扉のさらに次の部屋にいる。

 そこは堀のある開けた部屋になっているため、今の場所では正面と背後の両側から敵がやって来る可能性があった。

 八雲の泣き声のせいでまともに戦いづらいというのに、さらに挟撃など受ければ全滅してしまう。

 メティスの指示を聞いたアイギスは頷いて返すと、抱っこしている八雲を上下に揺すりながら部屋の隅まで移動した。

 これでどうにか他の者たちは二人を守る配置に着く事が出来るようにはなったが、今現在も八雲は信じられない声量で泣き続けている。

 彼の声がジャミングになっているのか風花とりせからの通信も聞こえず、このままではどうしても敵の接近に気付くのが遅れる事になる。

 一刻も早く八雲に泣き止んで貰うにはどうすれば良いかとメンバーたちが考えていれば、手に鎖付きのハンドアックスを持っていたチドリが大声でアイギスに話しかけた。

 

「アイギス、おしゃぶりかほ乳瓶を咥えさせて!」

「は、はいっ」

 

 泣いている赤ん坊の口を押さえて無理矢理に黙らせる事など出来ない。そも、真田に殴られた痛みと驚きで泣いているのだから、そんな事をしては可哀想だろう。

 ただ、今の状態は敵に気付かれたり、味方がまともに戦えなかったりと非常に危険だ。

 そこでチドリは他の物で気を逸らしつつ、物理的に口を塞ぐ方法としておしゃぶりやほ乳瓶を挙げた。

 八雲のマフラーの中には色々な物が入っているので、そこと繋がっているアイギスのリストバンドなら希望の品を簡単に取り出せる。

 これで泣き止んでくれればいいのだがとほ乳瓶を取り出したアイギスは、泣いて口を開けている八雲にほ乳瓶の先を噛ませた。

 急に口に物を突っ込まれた八雲は僅かに警戒するも、それがほ乳瓶の先だと気付くとすぐに吸い付く。

 一生懸命に吸い込めば中から桃ジュースが出てくるので、涙をポロポロと溢しながら飲んでいた。

 

「はぁ、良かったです。チドリさん、ありがとうございました」

「別に良い。けど、そっちの馬鹿は反省して。こんな小さい身体でも保持してるエネルギー量は湊と変わらないんだから」

 

 赤ん坊の状態でもペルソナが呼び出せるという事は、一つ間違えれば街一つを灰燼と化す事もあり得るという事である。

 この閉じた世界でそんな力が発揮されれば全員が時空の狭間に投げ出されるかもしれない。

 相手をただの赤ん坊として叱りつけた真田は、チドリの指摘で自分の行動が爆弾を殴りつけたようなものだと理解して顔を青くしていた。

 

「わ、悪い。考えが足りていなかった……」

「謝るなら本人に謝って。もしウチで同じ事してたら東京湾に沈められてるわよ」

 

 チドリが言ったウチというのは桔梗組本部の事だ。八雲が赤ん坊の状態で桔梗組本部に行った事はないが、夏祭りなどで組員にも顔を覚えられているので、八雲が湊の関係者だと認識されている。

 一人娘の桜が八雲をとても可愛がっていた事もあわせて考えれば、他所の人間が八雲に手を挙げるというのは組への宣戦布告とも言える。

 真田本人にそんな認識は当然なかっただろうが、彼の妹の美紀も八雲を非常に溺愛していたので、湊との記憶を失った現在でも赤ん坊に手を挙げた兄を許す事はないだろう。

 ここが異世界で良かったなとチドリが釘を刺せば、真田は青い顔のまま頷いて、すぐにアイギスと八雲の許にいって頭を下げていた。

 

「悪い。そんなに強く殴ったつもりはなかったんだ。本当に悪かった」

「むー!」

 

 ほ乳瓶を一生懸命吸っていた八雲は、真田が謝りに来ると嫌そうな顔になり、右手でほ乳瓶を持ったまま左手で取り出したピコピコハンマーで真田の頭を叩いている。

 本来、そういった暴力的な行為をしたときは周りの者が諫めてやめさせているが、今回は先に手を出した真田が悪い。

 なので、真田本人も頭を下げたまま甘んじて殴られているし、泣き止んで一安心しているアイギスも一切止めようとしていない。

 ただ、高校生が赤ん坊に怒られ玩具で殴られているという残念な光景を見ていた天田が、ある事に気付いて慌て始めた。

 

「あ、あの、あれって玩具じゃなくてシャドウを殺してた破ン魔―じゃないですか?」

「ちょっ、マジじゃねーか!? アイちゃん、その武器はヤバいからやめさせろ! ハマの効果が発動したらマジで真田さんが死ぬぞ!」

 

 順平の声が聞こえるなり、今まで黙って殴られていた真田は地面を転がるように回避行動を取った。

 彼は既に十回以上殴られていたが、武器の特殊効果が発動すれば肉体のダメージなど無視して死亡する。

 よく無事だったなと全身に冷や汗を掻いて真田が八雲を見上げれば、本人はまだ殴り足りないとアイギスに近付くよう催促していた。

 もっとも、実際は破ン魔―の原型になったただの玩具なのだが、他の者たちはその事実に気付くまで、八雲が本気で真田を殺そうとしていたと勘違いし修羅場に陥っていたのだった。

 

***

 

 八雲が泣き止んでから一同が先へ進むと、聖なる炎が灯っていないかがり火の台をいくつも見かけた。

 近くに炎はなかったので、どうやら別の場所から持ってきて点火する必要があるらしい。

 元となる炎を探しつつ進むと今度はひょうたん型のF.O.Eを見つけたが、通信が回復した風花によると相手は一歩も動いていないとか。

 八雲が泣いたときにはフロアにいたシャドウたちが何故か消滅したので、一緒に消えないかと思ったらしいが、そこまで上手くはいかず敵は健在。

 しかし、動かないのであれば近付かなければいいだけだ。

 もしも急に動いて襲ってきたときの事を考え警戒しつつ、聖なる炎を探して移動する真田が途中で口を開いた。

 

「はぁ……結婚して子どもが一人か二人いる家庭を作る。そんなぼんやりとした将来の事を考える事もあったが、結婚してもしばらく子どもはいらないな。育てられる気がしない」

「そりゃ、お前がガキだからだろ。ガキにガキの世話は無理だ」

 

 普段はこんな話題に興味のない真田が急に話し始めたのは、先ほど八雲を叩いて泣かせてしまった事が原因だろう。

 これまで八雲は一度も泣いたりしていなかったので、赤ん坊の世話をしたことがない真田は聞いていたほど育児も難しくないんだなと認識していた。

 だがそれは大きな間違いで、躾と称して頭を叩けば八雲も普通の赤ん坊のように泣き出してしまった。

 泣き声のレベルは普通とは言い難かったが、そも、真田の拳が赤ん坊を殴るにしては強かった事も泣いた理由の一つである。

 彼がボクサーであったこと、八雲がシャドウ相手でも果敢に挑んでいく命知らずだったこと、いくつもの要因が重なって強く殴られた。

 八雲は我慢強いだけで痛みに鈍感な訳ではない。そのため、殴られた痛みと驚きで普通の赤ん坊のように泣き出した訳だが、事情を理解していない幼馴染みに荒垣が呆れた様子を見せると、真田はムッとした表情で反論した。

 

「なら、美鶴や九頭龍は大人だと?」

「大人の定義にもよるが、ここにいる男連中よりは大人だろ」

 

 言いながら荒垣は自分たちの周りを歩いている男子の姿を見渡す。

 真田ほどガキかと聞かれればそこまでではないと答えるが、比較的大人と言えそうな鳴上ですら女子に比べれば年相応でしかないと荒垣は思っている。

 この世界にいる女性陣は妊娠も出産もした事はないが、八雲を見る眼差しや接し方の端々に母性を感じるのだ。

 何があってもこの子は守る。絶対にこの子は助けなければならない。

 そんな、赤ん坊に対する深い愛情と強い決意を見せられれば、誰だって女性陣の方が大人だと言いたくもなった

 しかし、荒垣のその言葉に異議ありと話が聞こえていた花村が近付いてくる。

 

「いやいや、そいつは聞き捨てならないっす。普段から肉々言ってる里中に比べりゃ俺や相棒の方が断然大人でしょ。俺ら食べれるもんは作れますし」

「そういう意味じゃねぇよ。自炊できなくても親にはなれるしな」

 

 自分たちの方が料理だって出来ると得意気な花村は、どうやら本気で自分たちの方が千枝よりも大人だと思っているようだ。

 家事は出来た方が良いと思うが、料理が出来ないからと言って親になれない訳じゃない。

 そういった部分を分かっていない内は彼も大人とは言えないだろうと思いながら、荒垣はまだまだガキな男子たちの話を聞いて時折呆れつつ、ダンジョンの構造把握と聖なる炎探しに精をだすのだった。

 

 

 


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