【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百八十七話 質問タイム

――ヤソガミコウコウ・江戸前鮨“まんぷく亭”

 

 ダンジョンの第三階層に着いた後、それぞれのいた時代に二年のずれがあると分かった事で、一同は区切りもよく情報整理も必要だろうと校舎に戻ってきた。

 探索に出ていたメンバーは疲れていることもあり、先に風呂に入って身体を清めてくると、今日は湊が“まんぷく亭”を営業すると聞き全員が店の前に集合する。

 しかし、いざ店の前にやって来てみると何やら暖簾が変わっており、そこには“江戸前鮨”の文字が増えている。

 おそらく定食屋から寿司屋に変えたのだろうが、彼の寿司を食べたことがないメンバーからすると本当に寿司など握れるのかという不安がある。

 従業員である善、玲、あいか、クマ、コロマルはこれまで同様先に入って準備しており、クマか誰かが準備中の札を変えに来るまでは誰も入れない。

 彼の寿司を食べたことがあるゆかりや順平は素直に楽しみにしつつ、未体験のメンバーが寿司という高級品を楽しみにしつつも不安を募らせていれば、少ししてからようやくクマが出てきて札を“商い中”に変えた。

 

「皆、おまたせしたクマー。今日は師匠がお寿司屋さんにしたから、メニューは改めてご確認くださいクマ!」

 

 ようやく食べられると聞いてお腹を空かせたメンバーたちが中に入ってみれば、そこは以前のまんぷく亭とは全く異なる内装になっていた。

 以前の倍ほども広くなった店内のど真ん中に置かれた専用の“0字”型レーン。

 レーンの内側にはしっかりと髪を結い上げた青年が立っており、今も彼は慣れた様子で寿司を握っている。

 本格派の寿司屋かと思いきや、学生たちにも優しい“回転寿司”形式だったことで一般庶民な者たちは安堵の息を吐くが、逆に回転寿司など初体験な美鶴は寿司の皿がレーンに乗って回っている事に困惑している。

 しかし、このままでは誰も食事が出来ないので、レーンを囲むように設置されたカウンター席とテーブル席へ玲たちが案内すれば、男子は全員がカウンター席へ、女子たちはテーブル席へと分かれて席に着いた。

 客は席に着けば玲とあいかがテーブル席におしぼりとお茶を配り、カウンター席はクマと善がお茶を配りコロマルがおしぼりのバスケットを背中に乗せて配る。

 そうして配り終えれば、従業員たちも厨房に一番近いテーブル席に座り、自分たちのお茶や醤油皿を準備すると客よりも先に食べ始めた。

 

「むっほほー! くるくる回るお寿司なのにお高級な味がするクマ!」

「善、次は穴子とホタテとウニがいい!」

「……ああ、流れてくるまで待て」

 

 クマや玲の食べっぷりには一切の遠慮がない。メンバーの中でも随一の常識人であるあいかも食べている事から、彼女たちの食事については事前に許可が出ていたのだろう。

 そういう事ならば気にするだけ無駄かと思考を切り替え、七歌が美鶴に回転寿司のシステムを伝えている間に他の者も食べ始める。

 

「うっほー! 前にも一回食ったことあるけど、やっぱ有里の寿司うめぇ!」

「なっ、おい順平! そのウニは俺がいま取ろうとしたやつだぞ!」

「へへっ、早い者勝ちッスよ! 勝負は席順を選ぶ時点で始まってるってね!」

 

 いきなり大トロを食べるという邪道にもほどがある食べ方をした順平は、続けて鯛やウニなど高級なネタばかりを食べてゆく。

 目の前でウニを奪われた事で真田が激怒するも、そんなのは知らないと順平が流れてくる寿司を次々と奪っていけば、全然寿司が流れてこない事でキレそうになった真田が立ち上がり掛けた。

 けれど、真田が腰を浮かせ掛けたタイミングでコトリ、と音をさせてウニの載った皿が彼の前に置かれる。

 なんだと思って顔を上げれば、呆れ顔の湊が立っており静かに口を開いてきた。

 

「……なんのために俺がいると思ってるんだ。流れてないネタがあれば注文すれば握る。小さいことで騒ぐな」

「む、ならフグはあるか?」

「ある。一皿でいいのか?」

「いや、三皿で頼む! それとイカとイクラもだ!」

 

 普通の寿司屋でも回転寿司でも注文して握って貰うなど当たり前のサービスだ。

 ここでも当然それは可能であり、現にチドリなどはほぼ最初から湊に注文して握らせている。

 他の者もそうした方法で好きなネタが食べられると分かると、順に注文していき湊も即座に対応してみせる。

 メモも取らずに頼まれたものを覚えておき、手早くそれらを握りながら次の注文を受けて次々と皿を出してゆく姿はまさに職人。

 多芸だとは思っていたが、美食家の美鶴も思わず顔を綻ばす寿司が握れるとは驚きだと八十神高校側のメンバーたちが見ていれば、ある程度注文が落ち着いてきた段階で湊が全員に向かって話しかけた。

 

「さて、自分たちが別々の時間から来たと認識した事で、こちらもいくつか話せる事が増えた。それぞれの陣営に対する質問も含め、知りたい事や訊きたい事があればこの時間に尋ねるといい」

 

 この世界についての理解度で言えば、月光館学園のメンバーも八十神高校側のメンバーも大差ない。

 湊から時間軸のずれについて聞いていたメティスと綾時も、別にアナライズが使える訳ではないので、時間軸のずれを除けば知っている事は他の者と変わらない。

 となれば、その質問は自然と湊やベルベットルームの住人に集中すると思われたが、他の者が質問する前に茶碗蒸しを食べていたマリーが湊に話しかけた。

 

「ねぇ、店長が私のこと知らないってホント?」

「……ああ、マリーたちから見れば俺は過去の人間だ。記憶の表層を読んでそちらの俺を演じてはいたが、実際にはほとんどのやつが初対面だ」

「そう、なんだ……。まぁ、ご飯くれるし。住むとこくれるならいいけどさ」

 

 相手が自分の事を知らないと言われた彼女は少しショックを受けた顔をする。

 二〇〇九年の湊が来たことは別に彼が悪い訳ではないし、彼も全体の事を考えて知り合いのフリをしていて、実際にそのおかげで両陣営の挨拶は円滑に進んだので責めることは出来ない。

 マリーもその事は分かっているようで、未来の彼との違いがほとんど感じられないことから赦すことにしたらしい。

 再び茶碗蒸しを食べ始めた彼女の前に湊がエンガワを置き、黙って彼女がそれを受け取った事で二人の話は終わったようだ。

 ならば次は自分たちが彼に質問をしようと、全員が箸を動かして食事を続けながら訊く内容を考える。

 無論、ここで美鶴が訊いても湊がストレートに返事をするとは思えないので、その辺りは他の女子が代わりに訊くようにはするつもりだが、湊を挟んでテーブル席とカウンター席でお互いに視線を交わして誰から質問していくかを相談した結果鳴上からという事になった。

 自分からかと決まれば鳴上は流れてきたウナギを取りつつ、熱いお茶を一口飲んでから湊に尋ねる。

 

「有里、さっきマリーとの会話にも出てきた記憶を読むっていうのはどういう事なんだ?」

「そのままの意味だ。他人の心を読む力の延長にあって、俺は相手の記憶を実感を伴って読むことが出来る」

「実感を伴う?」

「当時の感情や五感で感じ取ったものも含めてという意味だ。簡単に言うなら完全な形で追体験出来るんだ。本人が忘れている事でもな」

 

 以前は自動で周囲の者の心を読んでしまっていたが、今では能力のオンオフが利くようになっているのでその心配はない。

 湊だって最低限のプライバシーは尊重する。女性ならば男子には知られたくない事だって沢山あるだろう。

 故に、青年はわざわざ他人の記憶など知りたくないため、常に考えている事を読まれてしまうと危惧したらしい完二や千枝に力は制御できていることを伝えた。

 すると、今まで人一倍早いペースで寿司を食べていたクマが、急に真面目な顔になって湊に話しかけてくる。

 

「な、なら、師匠はクマの事とかも分かるクマ? クマはセンセイやヨースケと会う前の記憶がほとんどないクマよ。なしてテレビの中にいたのか、クマは一体何者なのか、分かるなら教えて欲しいクマ」

 

 この場には現在記憶を失っている者が四人いる。

 鳴上たちと出会う前の記憶がほとんどないクマ、二〇一一年の湊と出会って以降の記憶しかないマリー、この世界に来るまでの記憶を失っている善と玲。

 メティスたちの話によれば未来の湊も記憶喪失になっているらしいが、ここにいる湊は反対に他人の失った記憶すら読むことが出来る。

 その力を使えば自分の事も分かるのではと思ったクマが縋るような視線で見てくれば、湊はエリザベスにノドグロを渡しつつ答えた。

 

「……まず、お前に記憶がないのはそれ以前が存在しないからだ。記憶は自我の発露と共に発生するからな」

「ほえ? じゃあ、クマはどっから来たクマ?」

「どこからも来てない。お前はテレビの世界で生まれたシャドウだ。偶然にも自我を得たようだが、自我を持ったペルソナやシャドウはお前以外にも確認されている」

 

 現にここにも綾時とメティスという二体のシャドウがいる。

 それぞれ、ニュクスの息子でありシャドウから一歩進んだ宣告者と、ペルソナ使いのシャドウとして分かれながら固有の自我を確立した特別な存在である。

 一方のクマはというと二人のような特別な背景はなく、偶然にも自我を得たというレアなシャドウでしかない。

 青年がそれを淡々と告げるとクマはショックを受けているようで、流れてくるサーモンやエビの寿司を静かにパクついている。

 

「ねぇ、私は? 私も記憶ないんだけど。店長と会ってからは大丈夫だけど、その前の記憶がなくて……」

 

 そんな風にクマがショックを受けていると、今度はマリーが自分の事を教えて欲しいと聞いてきた。

 クマの過去を理解出来たのなら自分の事も分かるはず。真剣に湊を見つめてくるマリーの目には、湊に対する信頼のようなものが感じられた。

 ならば自分もそれに応えようと湊は彼女の記憶を探り、さらにアナライズを掛けながら鯛と大葉の巻き寿司をマーガレットに渡す。

 

「……マリーは何かから分かれた存在だな。繋がりが切れているせいで遡れないが、お前もクマと同様に人間じゃない。ただ、シャドウよりは上位の存在というか、かなり弱いが神気を感じるし神か何かだろ」

 

 湊の読心能力を応用した記憶の解析は、あくまで本人の中に残っている記憶を情報として吸い上げてゆくものだ。

 脳にダメージを負って回路が切断されていても、脳の中に情報が残っているのであれば取り出すことが出来る。

 ただ、逆を言えば本人の中にない情報は読めない訳で、マリーの記憶は未来の湊と出会う少し前の状態から始まっており、それ以前の情報は存在しなかった。

 つまりは彼女もそこからスタートした存在という事になるが、湊は彼女の身体などからペルソナやシャドウに近いがそれよりも上位の存在の残滓を感じ取った。

 今のマリーの身体は完全に人間のそれであるが、読み取った情報から推測すれば彼女が何かしらの神と繋がりがある事は分かる。

 故にマリーも神性を失った神か何かだろうと湊が告げれば、厚焼き卵を食べていた直斗が驚いた表情で聞き返してきた。

 

「待ってください。平然と言っていましたが、神とは実在するものなんですか?」

「宗教的な神とは異なるが、怪異や精霊のような存在としてならいるぞ。現に俺や七歌はその血を引いているし、ベアトリーチェだって神と呼べる存在だ」

 

 どういった経緯でそんな者たちが生まれるに至ったかなど分からない。

 しかし、一般的に神と呼ばれるものは実在してこの世界にもいた。

 七歌や湊の身体に宿る不思議な力はその名残であり、全く別の系譜ではあるがベアトリーチェも神の一柱だ。

 同じペルソナ使いの中でも特殊な力を持った二人を見てきたからこそ、直斗もそれらが普通の力ではないと理解しており、神をペルソナやシャドウの上位存在として認識したようだった。

 

「はーちゃん! わたしの事も教えて!」

 

 クマとマリーの事が分かったのであれば、当然自分たちの事も分かるだろうと玲が期待した目で見てきた。

 教えて欲しいと頼まれた湊は彼女を見返してしばし考え込む。

 玲と善について湊が分かっている事はいくつかあるが、それをここで伝えてしまうと世界の核となっている玲の影響で何が起きるか分からない。

 オマケに玲の過去については分かることの方が少ないので、ここは安全策を採らせて貰おうと湊は分かっている事があるのは伏せながら言葉を返した。

 

「……君と善の記憶はダンジョンの奥にある宝を手に入れることで戻る。それまではお前たちの中から抜けていて読めない」

「そうなんだぁ……。じゃあ、なんでこの世界にいたのかも分からないね」

「ああ、役に立てなくてすまない」

 

 自分たちの事が分かると期待していただけに、玲は明らかに落ち込んだ様子でいた。

 期待していた少女を騙すことになった青年は申し訳なくも思ったが、この世界から脱出出来るようになるまでは世界を維持して貰わなければ困る。

 玲本人が世界の核となることを希望したとは思えないが、それまでは彼女に事の真相を話すのは避けようと青年が密かに決めていれば、湊がマグロの食べ比べセットをアイギスに渡したタイミングで雪子が質問してきた。

 

「ねぇ、この世界ってどっちの時代のものなの?」

「……別にどっちという事もない。この世界は心の海に浮かぶ島みたいなものだ。そこに時間の概念はない」

 

 自分たちと七歌たちのいた時代が異なるのであれば、今いるここはどちらの世界なのだと気になるのは当然だ。

 雪子の質問を聞いて数名のメンバーが確かに気になると湊を見れば、スズキと炙りサンマをメティスに渡しながら湊はシレッと他の者に取っては耳慣れぬ言葉を交えて答えた。

 話を聞いていたベルベットルームの住人らは、確かにそうだとばかりに頷きつつ寿司に舌鼓を打っている。

 けれど、他の者ではどこに頷けばいいのか分からないので、荒垣がコハダとサヨリを受け取りながら改めて質問を重ねる。

 

「有里、俺たちにも分かるように説明してくれ。そも、心の海ってのは何だ?」

「心の海は集合無意識、人間に限らず生き物の精神の繋がる場所です。時代によっては根源であったり、アカシックレコードと呼んだりもするようですが、死んだ者の心も記録されているので魂のコミューンと呼ばれることもありますね」

 

 心の海には様々な呼び名がある。どれもが正しく、しかし、明確な正解がある訳でもないので好きな呼び方をすればいい。

 そこには既に死んだ者たちの魂の記録があり、今も生きている者たちの魂とも繋がっていた。

 だからこそ、それこそが死者が辿り着く天国であると考えた者もいるのだが、湊やベルベットルームの住人らの見解は少々異なり、心の海は数多の情報が混在する次元規模のサーバのようなものだと思っていた。

 次元規模でみれば地球が誕生し、そこで流れる一、二年の時間など一瞬にも見たぬ出来事に違いない。

 となれば、その一瞬の中で生きる情報の一つでしかない人間からは全容など把握できるはずもなく、それこそ過去から未来まで全てが繋がっているようにしか見えないため、湊たちが今いるここがどちらの時代に属するかと聞かれれば両方に繋がっているとしか答えようがなかった。

 

「心の海には時間の概念がほとんどない。だから、どちらの時代とも言いづらいんだ」

「まぁ、現に二つの時代を繋いじゃってる訳だしな。信じるしかねーか」

 

 湊の説明を聞いても分からない事は出てくるが、心の海とやらが不思議な空間で、時間の概念も曖昧になるから異なる時代と繋がっていられる事は分かった。

 これを使えば時間旅行も出来そうだなと続けて花村が冗談交じりに言えば、テーブル席で食べていたエリザベスがその言葉に頷いた。

 

「はい。確かに心の海を経由出来れば過去に行くことも可能でございます」

「え、それマジで言ってんすか?」

「ええ。マジもマジ、大マジでございます」

 

 意外なところで時間旅行が可能であると教えられた事で、花村や順平は瞬時に悪知恵を働かせ始める。

 もしも、記憶を持ったまま過去へ移動出来るのなら、数字を選ぶタイプの宝くじや競馬などの結果をメモしておくだけで億万長者になれる。

 株の変動などとは言わぬ辺りが高校生らしいが、既に億単位の金を持っている湊にすれば、そんな事のために危険な時間移動をするのかという感想だった。

 無論、そんな事を言えば金持ちだから言えるんだと騒がれるので、湊は黙って寿司を握り続ける。

 その間に他の者たちはそれぞれの時代について話しており、湊たちに訊きたい事は一区切りついたらしい。

 また分からない事がそればその都度聞いてくるだろうが、食事時にあまり難しい事を考えてばかりというのもよろしくない。

 自然と一同の会話はただの雑談になっていき、その間も飛んでくる注文を受けながら湊はひたすらに寿司を握り続けたのだった。

 

 


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