――ヤソガミコウコウ
実習棟の空き教室を片付け、男女それぞれの拠点を作り終えると一同は再び教室棟に集まった。
休憩がてら模擬店で買ってきたもので食事を取り、食べ終えると七歌がベルベットルームに用事があるからと三階にあがってくれば、力の管理者の姉弟もテントの前で待機しており、全員で内装の変わったベルベットルームに入ってゆく。
外からは小さなテントにしか見えなかったが、中に入ってみるとおかしな歯車などが浮いた壁や天井の見えない謎の空間が広がっている。
もっとも、ベルベットルームだった場所には床が存在し、宙に浮いた状態で存在する床から落ちればどうなるか分からないので、部屋に入ってきた者たちは十分注意しながら部屋の中を見渡した。
「さて、七歌様は何やら用件があるとの事でしたが、今回は一体どのような用向きでお越しになられたのでしょうか?」
「あ、うん。えっとね。なんか、こっちに来てからエウリュディケ以外のペルソナが使えなくてさ。他のペルソナが消えたのか、それともワイルドの能力が消えたのか分かるかなって」
愚者“エウリュディケ”は七歌が最初に目覚めたペルソナで、疾風属性を得意とした女性型の存在である。
ワイルドの力を得てからも七歌の成長に合せて強くなっているため、彼女は今でもエウリュディケだけは変わらず使い続けているが、この世界に来てみれば彼女は他のペルソナを失っていた。
それを聞いた他の者たちは、彼女のペルソナが消失している事に驚いているようだが、エリザベスたちは普段通りの様子でテーブルへと向かい。調べてみるので七歌にソファーに腰掛けてくれと言ってきた。
「なるほど。では、あまり得意ではございませんが少し調べてみましょう。椅子にお掛けください」
「うん。よろしくお願いします」
丁寧に言って七歌がソファーに座る際、ついでだからと美鶴やゆかりも座って一緒に話を聞く。
他の者たちはテーブルを囲むように立っている中、メンバーたちに注目されていたエリザベスはタロットカードのデッキを取り出すなり、何度かシャッフルして裏向けたままテーブルに並べた。
彼女を見ている者からすれば、こんな占いで何が分かるのだろうかという感じだが、カードを広げたエリザベスが一枚選ぶように言ってきたため七歌は素直に適当に選んだカードをエリザベスに渡した。
七歌が引いたカードに描かれていたのは、XVI“塔”のカード。塔はタロットの中でも珍しい正位置、逆位置ともにマイナスな意味合いを持つアルカナだ。
そんなものを引いたという事は、自分たちに今以上に何かよくない事が起きるのだろうかと不安に思うも、エリザベスは顎に手を当てて考え込みながら口を開いてきた。
「“塔”のカードですか……」
「えと、やっぱり何か悪い事が起きたりするの?」
「いいえ。これはお客人の未来を占っている訳ではございません。そういった事は姉上や八雲様が得意とされていますので、興味があるのであれば是非そちらへ」
占い自体に興味のないエリザベスは、カードの配置や意味などは知っているが、先に挙げた二人のように過去や未来を占う力は持っていない。
実際のところ、占いは一般的にはオカルトとして認識されているが、海外では専門に学ぶ学校や機関があるほど体系化している学問の一つである。
起きた事象や現在の状況から情報を精査し、過去に起きた似た事例などから原因や今後の進展を予想するなど、歴史学・統計学・心理学等々いくつもの分野を駆使して答えを導き出してゆくため、非科学的どこかむしろ科学的根拠に基づいている場合も多い。
とはいえ、数多いる占い師たちが全員その様な者かと言えば答えはノーで、口から出任せのペテン師もいれば、湊のように本当にオカルトな力を使っている呪術師のような者もいるので、相手の力を見極める事が出来ないのであれば、ニュースの星座占いなどで良い結果があるときにでも信じていればいいのが占いの良い点だ。
ただ、それはそれとして、今エリザベスが引いたカードにも何らかの意味があるはずなので、占いではないのなら、それはどういった意味があるのかと七歌が聞けば、エリザベスは引いたカードを元に戻してデッキをシャッフルしながら口を開いた。
「さて、今引いていただいたカードについてですが、注目すべきは“塔”が出た事ではなく、七歌様が“愚者”のカードを引かなかった事が重要でございます。“愚者”は数字のゼロ。“始まり”と“無限の可能性”を意味するアルカナ。その意味の通り、七歌様は多数のペルソナを自在に使いこなしていらっしゃる。私共はその能力を“ワイルド”と呼んでおります」
多数のペルソナを扱える能力を“ワイルド”と呼んでいるが、その能力を持つ者にも自分のアルカナというものが存在する。
美鶴が“女帝”であるように、ゆかりが“恋愛”であるように、七歌もワイルドの力を持ちながら“愚者”のアルカナを司っているのだ。
けれど、今引いたカードはその“愚者”ではなく別のカード。力を失っている訳ではないが、元々の能力から変質しているようだとエリザベスは話す。
「ですが、この場所の影響でしょうか。本来のワイルドの力は形を変えているご様子。他の方のように七歌様の“エウリュディケ”をここでは外すことは出来ないようです」
「七歌がペルソナを付け替えれないとなると、いくら吉野たちがいると言っても戦力的に不安が残るな」
七歌に最初に目覚めたエウリュディケが外せない。それは他の者と同じように固有ペルソナ使いになった事と同義だ。
チドリたちが一緒にいるので戦力的には充実しているし、偵察してきた不思議な国のアナタに出てくるシャドウならば補い合って進めるだろうが、F.O.Eのように強力なシャドウが出てくれば、状況に応じてどうしても様々な対応を求められてくる。
このままずっと七歌のワイルドが元通りにならなければ、チームとしての戦い方も一部見直す必要があるなと美鶴が難しい表情を浮かべると、正面にいたエリザベスはそうとも限らないと首を横に振った。
「いいえ、ワイルドの力は失われた訳ではございません。このような現象が起こるとは……まさしく、“無限の可能性”と言ったところでしょうか」
「その、結局どういう事なんですか?」
「エウリュディケを外すことは出来ませんが、それとは別にもう一体、他のペルソナを付けられるようなのです。そして、そちらのペルソナならば以前のように自由に付け替えられるようですね」
どうにもエリザベスは勿体ぶったような言い方をするため、単刀直入に言ってくれとゆかりが頼む。
すると、相手は分かったと頷いて、エウリュディケは確かに変更できないが、それとは別に新たなペルソナを自由に付け替えられるようになった事を説明してくれた。
「同時に二体って事ですか?」
「ええ。ただし、付け替え可能なペルソナは本来の力を発揮できず、あくまで補助的な役割と捉えて頂いた方がよろしいかと」
今度の説明ならば分かったと全員が納得したように頷く。
なにせ、彼女たちには二体どころか十体以上のペルソナを同時に召喚出来る知り合いがいるのだから。
「なるほど、エウリュディケは固定のようだが、ペルソナをメインとサブに分けることで七歌も有里のように複数のペルソナが扱えるようになったのか」
「ほあー、私も常に進化してるって事なのかぁ。こりゃ、八雲君みたいに全ペルソナ一斉召喚も夢じゃないかもしれませんな」
サブペルソナの出力は落ちるものの、七歌が新たに得た能力では同時にペルソナを装備することで、二体分のスキルを扱えるだけでなく耐性と弱点も得るらしい。
疾風属性に耐性のあるエウリュディケと同時に、疾風属性に耐性を持つサブを付ければ疾風無効に、逆に疾風属性が弱点のサブを付ければ等倍になるなど、耐性と弱点については色々と考えていく必要もあるが、以前とほぼ同じ戦い方が出来て能力の幅が広がった事は確かだ。
あくまでそれらはこの世界でのみ有効な変化だとエリザベスは話すが、七歌にしてみれば湊のように複数のペルソナを同時に扱えるなど大歓迎な変化である。
よって、この世界で同時召喚に慣れて元の世界でも頑張って再現できるようになろうと考えていれば、エリザベスの後ろに立っていたテオドアが若干の誤解があることを指摘した。
「七歌様。一つ勘違いされているようですが、七歌様の能力は二体のペルソナを同時に装備できるようになっただけです」
「へ? だから、こう気合いで同時召喚いくぜって事じゃないの?」
「いえ、二体とも装備したままですが、召喚出来るのはどちらか一体だけです」
この世界で七歌が可能になったのは、二体同時装備であって二体同時召喚ではない。
同時に装備出来るのならば召喚も可能なのだろうと七歌は考えたようだが、その部分から勘違いしていると気付いたテオドアは湊の召喚時の状態について説明する。
「そも、同時召喚可能な八雲様も装備しているのは一体だけです。後は力を籠めて具現化しているだけで、八雲様には耐性も弱点も付与されません」
「じゃあ、むしろそっちの方が全体の弱点とか気にしないで良い分強いんじゃないの?」
「一概には言えません。七歌様のように相互に弱点を補うことは出来ませんし、召喚しているペルソナが受けたダメージは全てフィードバックされますので」
同時召喚が可能な湊でも二体同時装備は出来ない。どんなスキルを喰らっても平然としているときもあるが、それは単に痛みを無視しているだけであったり、攻撃の合間ごとに装備ペルソナを変えているのだ。
彼の同時召喚はあくまで遠隔操作する子機を複数飛ばしているようなもので、召喚している以上はそのペルソナが喰らったダメージは全て湊に還ってくる。
ペルソナという一体でも近代兵器を凌駕し得る異能を、個人でありながら小隊ほど動かせるのは脅威だが、当然数が増えれば召喚コストも増加していき召喚者の負担も増える。
その点、七歌の変化した能力は負担はそのままに、自分の長所を伸ばすか弱点を補う事が出来るのでリスクは皆無と言えた。
「加えて申し上げておきますと、自我持ち以外のペルソナを同時召喚したときには、どちらもマニュアル操作となりますので、二体とも普段の挙動を目指せば一般人では脳が処理しきれません」
将棋やチェスのように交代に動かすのならばまだしも、同時進行で別々の場所にいるものを動かすなど余程器用でなければ出来ない。
二体のコントロールは左右の手で別々の文字を書くなんてものではなく、左右の手の指それぞれで別の文字を書き、さらにどちらかの手は鏡文字を書くようなものだ。
テレビで放送している隠し芸大会などで実際にやっている者もいるため、絶対に無理という訳ではないものの、かなりの訓練が必要なことは間違いない。
さらにそんなレベルの事を状況の変化しやすい戦闘中に行なうなど、ハッキリ言って人の脳で処理しきれるものではなかった。
彼は男女の脳の優れた部分を併せ持ち、尚且つ探知型の適性もあるからこそ実戦でも使っているが、自我持ちでないペルソナを何体も同時に出して使っている事は稀だ。
一体を防御用に出し、もう一体で敵と戦うという風に使い分けることはあれ、流石の彼も複数のペルソナを複雑にコントロールすることは難しいのだろう。
それを聞いて七歌も実戦に向かないのならしょうがないと納得すれば、新たにタロットをテーブルに広げていたエリザベスが美鶴の正面のカードを捲った。
「“愚者”……なるほど、珍しいこともあるものですね」
「む、まさか私もワイルドに目覚めたとは言わないだろうな?」
「目覚めた訳ではございません。ですが、桐条美鶴様以外の方にも“愚者の加護”が与えられております。どうやら皆様もサブペルソナが付け替えられるようになっているみたいですね」
なんとこの世界では七歌以外の者まで準ワイルドとも言える能力を手に入れている。
俄には信じがたい話だが、それが本当であれば自分たちの力も増した事になるので、他の者たちは半信半疑ながらその事実を喜んだ。
けれど、この世界に来ただけでそんな変化が起こるなどおかしい。テーブルに広げたカードを片付けていたエリザベスは、この事態の原因が分からず僅かに首を傾げた。
「ですが、何故このようなイレギュラーが? 愚者の力が強まったような……まるでワイルドがもう一方おられるような……」
「それはきっと八雲さんであります。八雲さんと言えばワイルド、ワイルドと言えば八雲さんですので」
「え、マジで有里君ってこんな訳の分からないとこに向かってきてるの?」
ワイルドがもう一人いれば共鳴して力が増すなど聞いたことがない。
しかし、もしそういう理由であれば、元祖ワイルドとも言える青年がここに向かっているからだろうとアイギスは自信満々に口にした。
本当にそうであればこんなに心強いことはない。そう思ってゆかりも期待に目を輝かせ、本当に彼がここに向かっているのかとエリザベスを見れば、期待の眼差しを受けた女性はそれはあり得ないと首を横に振った。
「ああ、いえ、残念ながらそれはないかと。あの方は確かにワイルドをお持ちですが、その本来のアルカナは“世界”ですので」
「それってどう違うの?」
「そうですね……。今回の件で説明するのならば、“愚者”である七歌様の能力も何らかの影響を受けて変化しております。逆にその影響を与えた側も同じく“愚者”と思われ、七歌様の力の影響を受けて同様の変化をしていると思われます」
メンバーたちは話の流れから、てっきりワイルド能力者は全員が愚者のアルカナだと思っていた。
だが、彼はそこから外れているようで、愚者の時期もあったけれどとエリザベスは説明しつつ、愚者と世界のアルカナという違いから来る能力の差を語る。
「ですが、“世界”である八雲様はそういった影響を受け付けません。彼の能力に変化があるとすれば、それは彼の内側で完結して変化が起きているのであって、外的要因の影響を受けて変化する訳ではないのです」
愚者は能力自体に干渉を受けることもあるが、世界の能力は外からの干渉は受け付けない。
安定を考えれば後者の方がいいが、前者は今回のように自分たちの利になる変化も存在する。
どちらが良いかはやはり意見も分かれるものの、心の力であるはずのペルソナで外的要因の影響を受けないと聞くと、彼が他の者を必要としていないように感じてしまう。
彼もコミュニティは持っているはずだというのに、どうしてそんな状態になっているのかは分からない。
ただ、今ここにいない人物の話をしていてもしょうがないので、七歌たちは頭を切り換えてサブペルソナの召喚方を聞くことにした。
「んで、サブペルソナはどうやって手に入れればいいの?」
「七歌様であれば可能性の芽から入手する事も出来ますが、サブペルソナを召喚される際にはこの“白紙のカード”をお持ちください。迷宮内やシャドウを倒した際に入手できると思いますので、こちらに持ってきて頂ければカードにペルソナの力を宿らせましょう」
言いながらエリザベスが手にしているのは絵柄の描かれていないタロットカードだった。
それはここに来る前の戦闘で美鶴が拾った物と同一であり、そういった使い方が出来るのなら積極的に集めていくことにしようと全員が前向きになる。
サブペルソナの装備やペルソナの使い分けについても、ワイルドの先輩である七歌が指導する事に決まった。
さらに、風花がベルベットルームからでも通信が可能と判明した事で、彼女の護衛をベルベットルームの住人に任せると探索には全員が参加することとなった。
――不思議な国のアナタ
メインペルソナとサブペルソナの使い分けのため、最初に呼び出したサブペルソナは七歌が装備した。
ワイルドでペルソナチェンジに慣れていた彼女にすれば、同時に二つの存在を感じるのは不思議だったようだが、召喚時には心の中に思い浮かべた方に意識を向けるだけで済んだので、ペルソナチェンジよりも使い分けの方が楽に思えた。
メインとサブを使い分ける彼女を見ていた者にすれば、普段のペルソナチェンジとどう違うんだという感じだったが、いざ自分がサブペルソナを装備すると違いをすぐに実感できた。
「なるほど、七歌や有里は普段からこんな感覚で複数のペルソナを所持しているのか」
「まぁ、普段はもっと多いんでちょっと違いますけどね。八雲君はさらに沢山持ってますし」
「私としては二体でもかなりギリギリだが、サブのおかげで弱点を消せるのは非常に助かる」
慣れている事もあって七歌はすぐに使い分けられているが、他の者はどうしても今まで通りの戦い方で対応しがちになる。
そこでもたついて敵の攻撃を受けるとマズいので、七歌は慣れるまでは各自のメインペルソナの弱点の耐性を持ったサブを装備させる事に決めていた。
不慣れでも十分に戦えているので今は問題ないが、F.O.Eのような強い敵と戦うことになればサブの力が必要になるかもしれない。
なら、どうあっても慣れて貰う必要が出てくるので、敵が弱いこのダンジョンで弱点を気にせずサブペルソナとの使い分けを学んで貰おうと考えたのだ。
「いいなぁ。善、わたしたちもペルソナ欲しかったね?」
「そうだな。だが、ペルソナがなくとも君の事は守ってみせる」
「……善」
他の者たちが新たな力を得て喜んでいる姿を見ていると、ペルソナを所持していない玲は羨ましいなと残念そうな顔をした。
サブペルソナのシステムであれば、彼女たちでもペルソナを使えるのではと思われたが、エリザベスたちが言うにはサブペルソナもペルソナには違いないため、力を宿して扱う下地が必要なのだとか。
残念ながら玲と善はその下地が存在しないのでサブペルソナを持つことは出来ず、当分は他の者の援護を担当しつつ自分にもペルソナが目覚める事を祈ることしか出来ない。
だが、他の者のように強い力はなくとも、絶対に君を守ってみせると善が真顔で伝えれば、玲は頬を染めて嬉しそうにアメリカンドッグを頬張った。
それを見ていた他の者たちは、二人の周りにキラキラとピンク色の光が見えるような気がして、つい見ていられず視線を逸らす。
「二人だけの空間なんて展開しちゃって。あーあ、オレっちも彼女欲しいなー」
「順平さんってやっぱりモテないんですか?」
「ちょ、やっぱりってなんだやっぱりって!」
天田の容赦ない言葉に順平が思わず反論する。
周りに強い敵がいないからこそ出来る事だが、弱い敵は存在するので、順平は疾風耐性を持つ法王“アンズー”を呼び出すとガルを放ち敵を倒してから天田に再び話しかけた。
「いいかい、天田少年。オレっちの渋めな魅力ってのは、もう少し大人な女性にしか伝わりづらいものなのよ。確かに今は真田さんや有里みたいな分かり易いイケメンがモテてるが、二十歳になった頃には立場逆転してるぜ?」
言いながら順平は決め顔で顎に手を当ててポーズを取る。
話しかけられた天田や何を言っているんだこいつはという顔をしている真田と荒垣は話を聞いているようだが、残念なことに女性陣は話が聞こえながらも全員があえてスルーを決め込んでいた。
何せ、話している順平は五代やシャロンに聞いた話を忘れているようだが、今現在の湊がまさに二十歳頃の姿なのだ。
大怪我を負った際に自分の肉体を成長させることで自然治癒させた当時、湊は中学二年生だったが影時間や夢を通じた力の管理者たちとの鍛錬によって、他の者より少しばかり長い一日を過ごしていた。
そのおかげで実際の肉体年齢は高校一年生くらいだった訳だが、彼はそこからさらに三、四年ほど肉体を成長させて現在の姿になっている。
よって、湊の姿は二十歳頃の姿となる訳だが、一般的な二十歳よりも彼の方が人生経験も豊富なので大人の色気も纏っている。
そんな相手に三、四年後の順平が勝てるとは到底思えないので、女性陣は心の中で「起きたまま寝言とは器用だな」と思いながら先を進んでいた。
しかし、彼の話題が出たとなれば黙っていられない少女もおり、他の女性陣が揃ってスルーする中、アイギスは遠くにいるシャドウをライフルで撃ち抜いてから順平に話しかけた。
「お言葉ですが、八雲さんのファンクラブには幅広い年齢の会員がおられます。下は二歳から上は八十九歳までと会長の雪広先輩が仰っていましたので、二十歳になったときも格差は現状維持かと」
「いや、マジかよ。つか、プリンスミナトって年齢制限ねーのかよ!?」
別に会員費を取っている訳でも無いので、プリンスミナトは名前、年齢、性別、メールアドレスさえ登録すれば誰でもなれる。
カードタイプの会員証が欲しければ送料込みの発行手数料と住所などの登録も必要だが、そうでなければ彼を讃える者ならば、老若男女問わずどんな者であっても自由に会員になることが許されているのだ。
ファンクラブの詳しい実態を知らなかった順平はあまりの年齢層の幅に驚き、二人の空間から戻ってきた玲もより謎の深まる青年の話に興味を持つ。
「はーちゃんってお友達いっぱいいるの?」
「いいえ。お友達ではなく八雲さんを崇め奉る臣民の方々が沢山おられるのです」
「すごーい! どこかの国の王子様みたいだねー!」
「はい。八雲さんは非常に大勢の方から皇子と呼ばれているであります」
共にとても純粋なことで話が合うようだが、笑顔で会話している間にさらに玲の中で湊のイメージが更新されてゆく。
今回で言えば、自由に食べ物を出すことが出来るのは、きっと皇子としての財力によるものなのだろうと玲は納得したらしい。
そして、彼がここに助けに向かっているのは、自分の民を守る王族として義務だからと尊敬の念を抱いたようで、玲がさらに湊の話を聞きたそうにすれば、先頭を歩いていた七歌が前方に不思議なものを発見したことで足を止めた。
「お、皆ちょっとストップ。風花、私らの先にいる相手のアナライズお願い」
《了解です。ちょっと待っててください》
足を止めた七歌たちの視線の先にいたのは、やけにツルツルとした見た目のピンクのウサギだった。
全身がゴムやシリコンで出来ていそうで、他のシャドウと比べると危険は感じないが用心に越したことはない。
風花が相手の情報を探っている間に、足を止めて遠目から観察していた美鶴や真田も敵に対する意見を交わす。
「何だ。あのピンク色のウサギは?」
「二足歩行しているし新種のシャドウじゃないか?」
「でも、なんや普通のシャドウより可愛らしい感じするわ」
これまで見てきたシャドウはどこかグロテスクであったり、もしくは明らかな敵意を纏っていた。
けれど、視線の先にいるウサギはキョロキョロと周りを見ているだけで、他のシャドウのように害を為してくるイメージが湧かない。
故に、ラビリスも仮にシャドウだろうと他のより可愛らしいと言えば、新しいアメリカンドッグを食べていた玲がご機嫌な様子でウサギを眺める。
「ねえ、善。ウサギだよ! かわいいねー!」
「ウサギのミートパイにしてやるであります」
「ええっ!? ダメだよアイちゃん! ウサギはともだちだから撃っちゃダメー!」
敵かどうか分からないのであれば撃ってみればいい。そう言いながら両掌を合せて、その手に対物ライフルであるバレットM82A1を取り出したアイギスが銃口をウサギに向けた。
可愛いウサギを撃とうとするアイギスを玲が必死に止めるが、仮にアイギスの放つ弾丸が当たればウサギは木っ端微塵に吹き飛ぶだろう。
ミートパイにするまでもなく銃の威力だけでミンチになるのだ。
流石にそんなスプラッタはゴメンだと天田やラビリスも彼女を止め、そうこうしているうちに風花からアナライズの結果が返ってきた。
《すみません、調べてみたけどよく分からなくて。シャドウやF.O.Eとも違うようで、だけど敵意は持ってないみたいです。むしろ、皆さんを気にして待っているみたいで》
「ふむ、待っているとは私たちについてこいとでも言うのか?」
「面白いじゃないか。あれが敵の手の者であっても、親玉のところに案内してくれるのなら都合が良い」
拳を逆の掌にぶつけて不敵に笑う真田に美鶴は嘆息して首を横に振る。
こんな状況で怪しい存在が現われたのだ。善と玲というペルソナを持たない者もいるというのに、彼の行動や考えには慎重さが欠けている。
美紀の一件があって少しは落ち着きを持ったかと思ったが、戦いやスリルを楽しむ悪癖はまだ完全には抜けていないようだった。
「はぁ……だが、確かに現状他に手掛かりがある訳でもない。敵の誘いだとしても追うのも一つの手だな。七歌はどう思う?」
「んー、現われたからには意味があるんでしょうし。アリス的にもウサギは追うのが正解な気がします」
「そうか。なら、慎重に追跡しよう」
複数の階層に分かれた広い迷宮がどこまで続いているのかも分からない。
メンバーたちはサブペルソナという新たな力を手に入れたが、ダンジョンにはF.O.Eという強力な敵も存在する。
だが、それでも前に進んで迷宮とこの世界の謎を解かねばならないため、七歌たちは気を引き締めてウサギを追うことに決めた。
何やら言い合いをしている真田と荒垣はどちらが先に捕まえるか競争するようだが、子どもっぽい言い合いを続ける二人を置いて、七歌と美鶴は他のメンバーと共にウサギの追跡を開始した。