影時間――辰巳ポートアイランド
栗原の依頼によって現われた湊のおかげで、アイギスを除くメンバーで行動出来るようになった七歌たちは、すぐにポロニアンモールのある辰巳ポートアイランドへ向かっていた。
目的地までの距離を考えれば七歌たちの方が先に着く。人数も十分に揃っているので、余程の事がない限りは自分たちの方が先に倒せるのではないかと見ている。
七歌たちは湊が素面の状態で全力を出しているところをまだ見たことがない。
前回の満月の日に戦ったときは、相手はほとんど足を止めていたし、ペルソナだって七歌たちがペルソナを出した際に迎撃目的でしか使っていなかった。
また、アルカナシャドウ討伐に失敗した尻拭いのためか、一般シャドウたちを狩り続けていたときは鬼気迫る様子で戦ってはいたものの、精神が変調していて冷静とは言い難く本来の実力が分からない。
先日の超巨大シャドウとの戦いは、天田や順平が言っていたように怪獣大戦としか思えない規模で参考にならず、やはり湊の本来の戦い方や実力を知ることは出来なかった。
鬼として戦うのか、それとも裏の仕事で培った技術で戦うのか。勝てないと理解しながらも、長年、鬼の強さに憧れていた七歌は自分の役目は分かっているけれどと本音を溢す。
「正直、向こうの戦い方を見たい気持ちもあったんですけどね」
「ああ。君が着いてゆくなら好きにしろと言っていたのを聞いて、吉野たちと共にアイギスが彼を追っていくとき、私も彼がどのように戦うのか見たいと思ったさ」
不気味なほど巨大な月に照らされた夜道を駆けながら、美鶴は気持ちは分かるぞと七歌に笑いかける。
今でこそヒーホーが無事に持ち主の許に戻っていたと分かったが、それまで七歌と美鶴はヒーホーの戦い方を参考に鍛練を積んでいた。
七歌にはワイルドの能力があったので、ペルソナを変えれば全ての属性を扱うことが出来たが、それぞれのスキルの使い方の練度を上げることや、一つの属性を極めようとする事は無駄ではない。
氷結属性に関しては共に戦うことで、ヒーホーがその可能性を示してくれていたのだ。
強くなると決めれば模倣から始まり、その中で自分たちのスキルコントロールの得手不得手を把握して、自分たちの長所を活かすか弱点を補うかを考える事が出来た。
おかげで彼女たちはヒーホーが消える前よりも柔軟な発想でスキルを扱えるようになったが、ヒーホーの召喚者である湊ならば、さらに高度なペルソナ戦闘を行えると思われる。
彼は七歌と同じワイルドの能力者だ。オマケにワイルド能力者でも彼以外には扱えない複数同士召喚という離れ業まで可能ときている。
そんな彼の戦い方をみれば、すごすぎて真似できないという事もあるだろうが、自分の戦いに取り入れられる部分もきっとあるに違いない。
遙かな実力者の戦闘は見ているだけで学べるものが多い。それ故、今後のためにも誰かが彼の戦いを見ておいた方が良いとは思ったが、こちらも人数を確保出来ただけで安心できるほどではなかったと同行しなかった理由を美鶴は話す。
「確かに彼の戦い方は気になったが、アルカナシャドウは新たに現われるものの方が強くなる。流石に二ヶ月間も力を蓄えたあちらには及ばぬだろうが、一体と言えど決して油断は出来ない」
反応の規模からポロニアンモールの敵が一体なのは確実だ。風花だけでなくチドリも同じように一体と認識しており、さらに湊も自分は二体の方へ行くと言っていた。
ならば、これから七歌たちが向かう先にいるのは一体のアルカナシャドウに違いない。
二ヶ月間も人の心を食べた湾岸部の敵には及ばずとも、これまで現われたアルカナシャドウより強力なのは確実。
そんな敵と戦うなら戦力は多いほどいい。なにせ、湊の裏社会での顔を知っている者たちの妨害も待っているだろうから。
「彼と面識があるのならやつらも実力を知っているはず。となれば、人数が多くても実力で劣る我々を狙って」
「どうやら早速のようだ。俺とシンジが足止めする。九頭龍たちは先を急げ」
美鶴が話している途中で真田が呆れたように呟く。
ポロニアンモールまであと少し。遠くにその建物が見えているというのに、海沿いの道を進んで視線を正面に向ければストレガが既に待ち構えていた。
相手の人数は三人。タカヤ、ジン、そして大型ペルソナの使い手であるスミレ。
ストレガと面識のあった荒垣はスミレの事も多少は知っているが、真田たちにすれば以前一緒にいたマリアとは別の少女がメンバーにいたのかという驚きの方が強い。
だが、相手の実力は分からなくても、敵の足止めをして残りのメンバーがシャドウを倒さなければならない事に変わりはない。
少しの距離を開けて対峙し、どのタイミングで七歌たちを先に行かせようかと真田が考えていれば、立ち止まったメンバーたちを見て薄い笑みを浮かべたタカヤが口を開いた。
「先へ行きたいのならどうぞ。何名かは残っていただきますが、我々の相手をしていただければ残りの方はシャドウの許へ向かって貰って構いません」
「お前たちはシャドウを倒されると困るんじゃないのか?」
「ええ、確かに。ですが、大型シャドウはまだ何体か残っています。来月か、さらに次か。そのどこかで止めれば良いのですから、今日はそちらの戦力を削らせていただこうかと」
この人数を相手にすれば流石にタカヤたちも捌ききる事は出来ない。
ならば、アルカナシャドウは刑死者までいるのだから、今回は目的を絞って足止めに残った者たちを処理した方が確実である。
余裕すら感じさせる様子でそう話すタカヤの言葉を聞いた者たちは、やはり人の殺すことに慣れている者たちだけあって、確実性を重視した慎重さを持つ面倒な相手だと警戒を強めた。
だが、通してくれるというのならば七歌たちにとっても好都合ではある。相手の人数が三人なので、真田と荒垣の他に一人か二人残れば大丈夫なはず。
そう考えて七歌が誰に残って貰うべきかと考えようとしたとき、自身の身長よりも長い武器を手にした少年が一歩前に出た。
「僕も真田先輩たちと一緒に残ります。三人いればお互いをかばい合えますから」
「相手は裏社会の住人だよ。大丈夫?」
「はい。余裕とは言えませんけど、あいつらより強い人を知ってるんで」
心配して七歌が声をかければ、天田はプレッシャーは感じていないと笑う。
一月前に天田は裏社会の住人と交戦し敗北した。自分より遙かに強いと思っていた仲間たちでも相手にならず、特別課外活動部の敗北と言っていいほどの惨敗を喫したのだ。
確かに敵の戦い方は正々堂々とは言えないものであったが、ルールなど存在しない武器を持った戦いで卑怯もなにもない。
時間が経ったから今だからこそ、天田は自分たちが弱くて負けたという事実を認めるだけの冷静さを持てていた。
無論、このままリベンジもせずにいられるほど大人ではないが、だからこそ湊に劣る実力しか持たない敵ならば、どうにか普段通りの精神状態で戦うだけの余裕はあった。
「三人とも、どっちが先に応援に駆けつけるか競争だからね!」
試合や喧嘩で対人戦に慣れた二人に加え、そんな天田も残るのなら相手を倒せずとも足止めは出来るはず。七歌たちも急いでシャドウを倒してから戻ってくるので、ここに残ると決めた男たちに激励を送って先へ進んだ。
――湾岸部
七歌たちが走って現場へ向かっている頃、湊たちも目的地に近い場所まで辿り着いていた。
ポケットに手を入れたまま歩く湊は、エルゴ研脱走後にストレガたちと再会したのはこの辺りだったなと少し懐かしい気持ちになる。
他の者たちはここがそんな思い出の地であることなど知らないため、何故自分が転入したのに学校へ来ないのだとアイギスが不満を伝えていた。
「八雲さん、聞いていますか? あなたの籍はまだ学校に残っており、学生の本分として登校の義務があるのであります」
「……それで?」
「今ならわたしと“放課後デート”というものも可能でお得です」
「……なるほど」
何がお得なのかは分からないが、アイギスは自信満々に学校へ通うことでのメリットを語ってくる。
授業を聞いて勉強すれば将来役に立つ、学校で得た友達は一生の財産になる、そういった具体性のない青臭い言葉ではなく、アイギスは自分と放課後に遊べることだけを告げてきた。
別に放課後でなくとも湊が誘えば彼女は来るだろうが、彼女が口にした“放課後デート”なる単語は中々に魅力的な響きを持っている。
学校で彼女が放課後デートの相手を募集すれば、男子生徒は勿論、女子やもしかすれば教師まで立候補してくる可能性もあるのだ。
そんな相手が自分はあなたとしかデートするつもりはありませんと言ってくれば、如何に堅物の男でも少しはぐらりときて心惹かれるものだ。
だが、彼女の話に関心を持っていない青年は言葉を聞き流しており、他の男子たちが血涙を流して羨むデートの誘いを受けなかった。
「別に学校なんてどこのだっていい。それより今は仕事が忙しいんだ。進めてる研究も複数あるし、勝手に籍を残してようと通う気はない」
湊の言葉を聞いたアイギスは不満そうにムスッとした顔になる。
しかし、いくら彼女が不満そうにしても、湊本人は既に退学したつもりでいたのだ。
学校から事情を聞かれた桜が勝手に保留にしていただけで、青年は学校を止めることに対して欠片も未練がない。
以前、ずっと学校に通いたいと思っていたラビリスにすれば、あんなにも楽しくて得る物の多い場所を簡単に離れられる神経が分からないが、彼の興味や執着する対象がとても極端だと分かっているチドリは呆れつつも話題をシャドウの方へ修正してゆく。
「それより、大丈夫なの? この先にいるアルカナシャドウは二ヶ月分の力を持ってるんでしょ?」
風花と一緒に索敵した事でチドリのこの先にいる敵の強さは理解している。
一体の強さは死神に劣るものの、重なる二つの反応の合計値ならば良い勝負をしているように思う。
そんな敵と洞窟のような狭い場所で戦うなど無謀でしかない。
敵の攻撃から逃げるにも、反対に敵に攻撃するにも気を遣う必要があるのだ。
アルカナシャドウが二ヶ月も人の心を食べ続けるとどうなるのかという貴重なサンプルではあるが、それを倒す必要があるとなればチドリも心配せずにはいられなかった。
話しているうちに洞窟の入口にも到着し、先ほどのチドリの言葉を受けて湊がどう反応するかを他の者が待てば、ジッと入口を見ていた湊が視線を上にずらして山を指さした。。
「……極論を言えば爆薬を使って山を崩し、天井の岩で圧殺すれば一般人でも倒せる」
「けど、ここって旧陸軍の基地やった場所やろ? 貴重な遺跡やん」
「興味ないな。ただのカビ臭い洞窟だろ」
いくら強かろうが相手は別に不死性を持った化け物ではない。
重力や空気の抵抗など敵も地球の物理法則に従っているのだから、シャドウでもどうにもならない自然災害規模の力をぶつければ一般人でも勝てる可能性はある。
幸いなことに敵がいるのは下りの傾斜がある洞窟の最深部。ならば、上の山を崩してしまえば逃げることも出来ず、シャドウたちは揃って岩の下敷きになるに違いない。
他の者からすれば大変貴重な遺跡と呼べる場所であろうと、彼にとってはカビ臭いだけの洞窟に過ぎないようで、他の者が彼の言葉に呆れている間に湊が先頭になって入ってゆく。
「まぁ、少し調べはしたんだ。ここは基地と言っても防衛のための施設じゃない。薬や兵器の生産に修理や開発を行なっていた場所だ」
「技術部門だったという事ですか?」
「まぁそうだな。そういった工場を兼ねた基地は都市周辺にいくつもあった。だが、ここは立地からも分かるように回りから見えづらい場所にある。つまり、敵に知られたくないものを作っていたんだ」
海に近い場所ではあるが入口は山に囲まれたように奥まっており、内部を掘って基地は作られているので上空からも気付かれない。
戦艦などならば作るために必要な設備の時点で作られる戦艦のサイズが分かるため、自分たちの作る兵器を知られないよう硬い山肌を掘って基地を作ったに違いない。
話を聞いていたアイギスも、自分たちの新兵器の情報が漏れないことのメリットは理解出来たが、ここで何を作っていたかは想像がつかない。
カビ臭い洞窟を進み、白骨化した遺体などを横目に見ながら奥へと進む途中、この施設について調べたなら知っているに違いないとアイギスは青年に尋ねた。
「戦時中に敵に知られないようにしていた意味は分かりますが、その知られたくないものとは?」
「戦闘車輌の新型。いや、改良型と言った方が正しいか。資料が正しければ、ここでは三式中戦車チヌの改良型が作られていたらしい」
三式中戦車チヌとは第二次世界大戦後期に開発された旧日本軍の戦車の名だ。
敵の戦力に対抗するため、早期に開発と量産を目指して作られた経緯があるが、話している湊は既に旧世代となった兵器に興味がないのか簡単に説明して言葉を切った。
けれど、アイギスは自分が元は人型戦車だったからか関心を持ち、何やら興味深そうにうんうんと頷いて見せている。
「三式ですか。七式のわたしや五式の姉さんの先輩でありますね」
「……俺の名前は人型戦略兵装二式だが?」
「八雲さんは八なのでわたしの次です。チドリさんは千なのでもっと後です」
確かにアイギスたち対シャドウ兵装シリーズも、最初は戦闘車輌という事で戦車の形をしていた。
しかし、シャドウを倒すにはペルソナが必要と分かり、四式から人型へと方向転換し、ラビリスたち五式から黄昏の羽根を積むようになった経緯がある。
その事を思えば開発元が異なっていても、戦闘車輌である三式中戦車もアイギスたちの先輩にあたるのかもしれない。
だが、彼女たちのように兵器としての名前を持っている湊にすれば、開発元が区別しやすいようにナンバリングしているだけで、ここに置かれている三式中戦車改とアイギスたちとは何の関係もないと考えていた。
それは名前に数字が入っているだけで話題に出されたチドリも同じようで、ただでさえ蒸し暑いというのに空気が澱んでいることで余計に不快そうにしながら、こんな場所に保管されていた戦車の話をしてきたのには理由があるんだろうと青年に聞いた。
「数字なんて別にいいけど、それじゃあ今回のシャドウがここにいるのって」
「ああ、完成品かどうか分からないが、多分乗っ取られてるだろうな」
薄暗い洞窟を進み続けると正面に鉄製の大きな扉が見えてきた。
そこを抜ければ実際に様々な作業をしていた場所に出られるに違いない。
だが、ここに置かれていた戦車が乗っ取られている可能性が高いと聞いたことにより、先頭を行く湊以外のメンバーは少し距離を開けて様子を見る。
湊ならばどんな相手にも対応出来るが、他の者は流石に戦車相手に余裕の立ち回りが可能という訳ではない。
よって、先に湊が入っても戦闘音が聞こえなかった事で中を覗いてみれば、まるで舞台のせりのようにリフトで下から上がってきたシャドウが現われていた。
「なっ、こんな大きな戦車やなんて……」
「はい。通常の戦車の二倍から三倍はありそうです」
対シャドウ兵器としてインストールされていた兵器の知識を参考に、ラビリスとアイギスは現われたシャドウの大きさが戦車としては規格外だと指摘する。
元となった三式中戦車はかなり大きめに言って、全長六メートル、幅三メートル、高さ三メートルにしかならないのだ。
正確な数値で言えばそれよりも小さいというのに、現われたシャドウはそれらの数値が倍以上になった巨体をしている。
元の戦車が大きかったのか、それとも二ヶ月分溜めた力でここまで膨れあがったのか。ただ見ただけでは理由は分からないにしろ、湊たちはこのシャドウをここで倒さなければならない。
想像以上に大きな相手を見てアイギスたちが怯んでいれば、先に部屋に入って敵を見つめていた湊がマフラーから大剣を取り出した。
「……ああ、一つ言い忘れていたが、俺はこういった戦車が嫌いなんだ。EP社と戦争していたときに、生身の俺に何度も砲弾を喰らわせてきたせいでな」
言い終わると同時、湊は大剣を片手で持ったまま走り出す。
その場にいれば延長線上にチドリたちがいたため、湊は反時計回りに移動しつつシャドウとの距離を詰める。
武器を持った人間を認識したシャドウも接近しつつある湊に狙いを定め、砲身を回転させると爆音を立てながら砲弾を放った。
一発、二発、三発。そんな機能など本来ないというのに、戦車型のシャドウは敵を屠らんと連続で砲弾を撃ってゆく。
シャドウの撃った砲弾は湊へと近付いてゆくが、走り続けている湊の方が砲弾よりも速く、既に彼が通り過ぎ去った場所に着弾して爆発と炎を生んだ。
「それじゃあ死んでやれないなぁっ!」
どこを狙っているんだと獰猛に口元を歪め、敵の周りを走って徐々に近付いていた湊が切り返し一気に距離を詰める。
シャドウにすれば横移動していた相手が突然正面から突っ込んできたようなものであり、入口のところで見ていたチドリたちも何故そんな行動に出たのかが分からない。
案の定、湊に狙いをつけた敵が再び砲弾を放ち、それは真っ直ぐ湊に向かって飛んでゆく。
三十メートルも離れていない場所ならば、撃ってから砲弾が当たるまで二秒も掛からない。
炎の尾を引きながら砲弾が青年へと向かってゆく光景がスローモーションのように映り、少女たちが声をあげようとしたとき、敵に向かって進んでいた青年は砲弾が向かってくると同時に僅かに身を屈め、走りながら大剣を後ろに振って爆発を起こし加速した。
元々人間としては驚異的な速度で走っていながら、屈んで避けた砲弾を切って背後に起こした爆風を利用して加速した湊は、そのまま敵の下に潜り込み、敵の腹を切りつけながら走り抜けてゆく。
通常の戦車ならばこんなことは出来ないが、シャドウと融合したせいか相手は四つのキャタピラで四足歩行の動物のような形になっており、それぞれの足を立てているせいで身体の下ががら空きになっていた。
湊が切りつけた場所からは金属同士がぶつかったことで火花が出ていたが、いくら頑丈な身体でも自分以上の硬度を持つ剣で切られればダメージを負う。
砲弾を避けられたこと、さらに切られてダメージを受けたこと、それらが重なって激昂したのかシャドウは激しく身体を震わせると砲台部分が分離して二体になった。
「……なるほど、三式中戦車は九〇式75mm砲を乗せたような構造だったな」
元となった戦車は別の兵器だった野砲を砲台として採用し、それを走るための車輌部分に乗せたような構造をしていた。
実際は戦車として運用するために改造もしてそのままではないが、走れなくなっても撃つことは出来るし、撃てなくなっても走ることは出来る等、砲台と車輌は別々に運用することは可能であった。
目の前の敵は一体でありながら二体分の反応を出していたため、その理由をようやく理解した湊は、シャドウ同士で合体することも出来るのかと感心しつつ、怒りからキャタピラとは思えぬ速度で走ってくる戦車“チャリオッツ”と空を飛びながら狙ってくる正義“ジャスティス”の位置を把握しながら走り続ける。
追ってくるチャリオッツが湊の行動の選択肢を奪い、空から狙ってきている砲撃で逃げるルートを絞る。
合体していただけあって上手いチームワークを発揮しているが、湊も湊で戦車とは戦い慣れている。
後ろからチャリオッツが猛スピードを追い上げてくれば、湊はその場で振り返って敵の左前のキャタピラに向かって剣を投げた。
「……間抜けが」
猛スピードで走っていた状態で硬い大剣を踏んでしまうと、チャリオッツは左前のキャタピラだけ空回りを起こし、そのままスリップしてあらぬ方向へと行ってしまう。
その先には基地の壁が存在したことで、猛スピードのまま相手は壁に突っ込んでいったが、追って来ていた者をやり過ごした湊は、投げた剣を拾うと敵が動揺している間に今度はジャスティスを狙って投げつけた。
ヒュン、と甲高い風斬り音をさせながら飛んだ大剣は、動揺しながら撃とうとしていた敵の持っている砲身に真っ直ぐ入り込む。
直後、撃とうとした砲弾と剣がぶつかったのか爆発を起こし、砲身を持っていたジャスティスを黒煙で完全に飲み込んでいった。
「基本的なステータスは上がっても知能は変わらずか」
使っていた大剣を投げてしまった事で、壁にぶつかっていたチャリオッツの方へ向かいだした湊は新たな大剣をマフラーから取り出す。
入口から動かず観戦していたラビリスはその剣を見て驚愕し、対シャドウ兵装用の武器を人間が扱えるのかと不安を覚えた。
そう。彼が新たに取り出した武器は、加速器が搭載された五式シリーズ用の多変機構付きの大剣だったのだ。
大剣を取り出した湊は身体の横で刃を寝かせた状態で構えるなり、武器の加速器を利用して一気に速度に乗ってチャリオッツの身体に向けて刃を振るった。
「チッ……九尾切り丸ほどの強度はないか」
ガキンッ、と音をさせて敵にぶつかった刃が弾かれ、湊は面倒臭そうに己の持つ武器を見つめる。
稀少なレアメタルを惜しげもなく使って製作されたオーパーツたる九尾切り丸と異なり、五式シリーズ用の武器は姉妹機と戦うことを前提にした強度はあるが、実験場所だった戦闘用チャンバーの壁や床を破壊出来ないレベルには治まっている。
おかげで敵にダメージを通すのも手間だと苛立った様子の湊は、振り始めの瞬間にだけ加速器を起動し、何度も何度も何度も何度も武器を振り続けた。
自分よりも遙かに巨大な敵を戦うというのに、弾かれる剣を振るって意味があるのかと見ている者たちは考える。
しかし、剣を振って弾かれるという一連の流れを湊が繰り返してゆくと、徐々に弾かれた勢いを利用して再び剣を振るうようになっていき、動作の無駄が排除されて加速を続ける。
敵の身体を切りつける度に火花が散ることもあって、加速を続けて目で追いきれなくなった湊の剣は小さな嵐のようになっていた。
「何だ、この程度か。自慢の鎧も大したことないなぁ!」
そして、ついに青年の剣がチャリオッツの鋼鉄の鎧を突破し始める。
壁にぶつかってダウンしていたチャリオッツの脇腹を斬り続けていれば、あまりに斬られすぎて一部が真っ赤になるほど熱を持ち、そこを斬ればシャドウの本体にもダメージが通ってゆく。
これまで受けていなかったダメージを喰らったことでチャリオッツも目覚めたようだが、身体を起こして逃げようにも怒濤のように攻撃を浴びせられているせいで動くことが出来ない。
敵も弱い訳ではないのだ。むしろ、攻略の糸口を掴めなければ、持ち前のタフネスもあって苦戦は必至になる相手と言える。
けれど、数多の敵と戦い続けてきた経験を持つ彼が相手では、少々珍しい程度の能力はすぐに攻略されてしまい。今のように一方的な展開が待っているのだ。
斬られ続けた箇所からチャリオッツが黒い靄を漏らしはじめ、彼の戦いを見ていた者たちは終わりが近いことを悟る。
だが、チドリたちはこの場にまだもう一体シャドウが残っていることを忘れていた。
「っ、八雲! 危ない!」
九尾切り丸を砲身に投げ入れられた事で暴発し、そのまま部屋の隅に不時着していたジャスティスがいつの間にか起き上がっていた。
内部で爆発したせいで砲身は裂けてしまっているが、砲弾自体は自分の力で作れるのか、敵はフラフラと飛び上がると蹌踉けながらも湊に向けて砲弾を放った。
チャリオッツをその場から逃がさぬため、高速の連撃を繰り出していた湊はすぐに対応する事が出来ない。
チドリの叫びも空しく、そのまま彼の背に砲弾が吸い込まれてゆく
「……いや、見えてるぞ」
と思いきや湊は剣の加速器を利用して一気にその場を離脱した。
攻撃を喰らうはずの湊がその場からいなくなれば、当然、砲弾は直進した先にあるものに着弾する。
そう、狙いを外したジャスティスの一撃は、これまで湊の攻撃を受けて脆くなっていたチャリオッツの脇腹に直撃し、再びチャリオッツをダウンさせてしまう。
もし仮にシャドウにも心というものが存在するとすれば、相棒に攻撃されたチャリオッツも、相棒を攻撃することになったジャスティスも、どちらも心中は大荒れで動揺している事だろう。
連携を取れなくなった二体に未来などない。攻撃を避けるために離脱した湊は触手状にした影を伸ばして落ちていた九尾切り丸を回収すると、そのまま九尾切り丸を掴んでいる触手を蠍の尻尾のように使ってジャスティスを何度も突き刺した。
同じ鉄を使ってはいても、土台の車輌部分ほど強固には作られていない砲台は簡単に破損してゆく。
一方をそんな風に攻撃している間に、湊は再びチャリオッツの方へ戻ると全身から蒼い光を放出して今日最速の一撃を敵に振り下ろす。
E.X.O.を起動して放たれた一撃は敵に致命的なダメージを与え、九尾切り丸で貫かれたジャスティスと同じタイミングで消えてゆくのだった。