【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

241 / 504
第二百四十一話 顔合わせ

8月6日(木)

午後――桔梗組

 

 夏休みに入って初めての満月の日、湊は美紀だけでなくラビリスやコロマルも連れて桔梗組にやって来ていた。

 今のところ巌戸台周辺にしかシャドウは確認されていないので、影時間の適性しか持っていない美紀を保護するのであれば、隣の市にある桔梗組でペルソナ使いに守られている方が安全だろう。

 とはいえ、今は夏休み真っ最中。美紀と一緒にラビリスとコロマルを連れて湊が現われれば、家人の桜にしてみれば子どもが友達を連れて帰省してきたような感覚であった。

 お昼を食べてから女子三人は夏休みの宿題を一緒に進め、湊だけはパソコンと向き合って仕事をしていたが、三時頃になると桜が休憩がてらオヤツしましょうと冷えたスイカを持ってきた。

 

「切り方はどうする? 大きく食べたい人もいれば小さく何個も食べる人もいると思って、こうやって切らずに玉のまま持ってきたんだけど」

「ほわぁ、めっちゃ大きなスイカやね。これ桜さんが作りはったん?」

「いいえ。近所の農家さんが毎年くださるの」

 

 桔梗組の敷地内には桜が趣味でやっている家庭菜園がある。本格的に農業をしている訳ではなく、トマトやキュウリを作っているくらいだが、チドリも手伝っているので家族が食べるには十分な量が作られていたりする。

 ラビリスも株を分けてもらってバルコニーのプランターでトマト栽培しているため、スイカまで作っているならすごいなと思った訳だが、流石にこんな立派なものは作れないと桜は苦笑し、バスケットボールより一回り大きなスイカの切り方についてラビリスが意見を出した。

 

「あ、ウチあれやってみたい。スイカ割りってやつ」

「確かに夏らしいイベントではありますが、叩き割る訳ですから食べづらいと思いますよ?」

「……別に余れば湊が食べるだけだし、ブルーシートもあるからやりたければやれば?」

 

 ラビリスにとって夏は今年で二回目。封印凍結から復活したのは三年前の秋だったので、高校に入ってからしか夏は体験していないのだ。

 よって、彼女はまだ夏のイベントをあまり体験しておらず、こういった機会でもなければ出来ないからとスイカ割りをしたがった。

 それを聞いた彼女の友人たちは、経験のある美紀が楽しくはあるが食べづらさという問題点があることを指摘し、この家で暮らしているチドリが面倒は湊に押しつけブルーシートを敷いてやってみればいいと答えた。

 チドリの発言に湊は白けた表情になるも、子供たちに切り分けてあげるつもりだった桜が苦笑しながらブルーシートを取りに向かったことで、急遽スイカ割り大会の開催が決定した。

 桜が戻ってくるまでの間、ラビリスはスイカを撫でて楽しそうに待っており、縁側で伏せ状態で休んでいたコロマルも興味を示している。

 すると、三分ほど経ってから桜がブルーシートと木刀、それと目隠し用の手拭いを持ってきたことで、受け取ったラビリスはすぐにブルーシートを広げて準備を完了させた。

 ブルーシートの上にスイカを置く際、湊がこれを使えと八百屋にもある転がり防止用の輪っかを出してきたけれど、他の者にすればどうしてそんな用途が限定的な物を持っているんだと疑問が湧く。

 しかし、輪っかを置いたことでスイカが逃げなくなるので、スイカ割り初体験のラビリスも楽しめるだろうと他の者は何も言わなかった。

 

「では、ラビリスさんは目隠しを付けてください」

「うん、いいで!」

「……その場でグルグルと十回くらいまわったらスタートしていいわよ」

 

 タンクトップに七分丈のパンツという夏らしい格好をしたラビリスは、庭にサンダルで降りるとスイカから五メートルほど離れチドリたちに言われた通りに目隠しをして十回まわった。

 十回まわった程度で彼女は目を回したりはしないが、それでも最初はスイカに対して正面から向き合っていたというのに、やや斜めにずれた状態で歩き始めてしまう。

 ここからは周りの人間が協力して彼女を誘導するのだが、他の者が口を開くよりも先に外道が言葉を発した。

 

「……逆だ。百八十度まわれ」

「ほえ? そんなずれとる?」

 

 湊に言われて少女は素直に百八十度回転する。それではスイカに背を向けることになり、もっと言えば彼女の向かう先には鵜飼の育てている盆栽しかない。

 青年の狙いに気付いたチドリはあくどい表情で口の端を吊り上げ、逆にそれは拙いのではと思った美紀が焦ったようにラビリスの向きを修正する。

 

「あ、ラビリスさんダメです。そっちは反対で盆栽があります」

「え、どういう事? 湊君が言ってたんてこっち向きやろ?」

「は、はい。まぁ、それが盆栽の方向だったといいますか……」

「……湊君、あとで話があるわ」

 

 楽しくスイカ割りをしようとしている人間に何を割らせようとしているのか。今は目隠しを外せないので、終わったら待っていろよと普段より低いトーンで告げてラビリスは向きを修正する。

 美紀がもっと右だと言えば、チドリがそのまま後三メートルと声をかける。

 一歩一歩の歩みは遅くとも、仲間の協力によって彼女が着実にスイカまで近付けば、あともう少しというタイミングで湊が声をあげた。

 

「そのまま正面に振り下ろせ」

「うりゃー!!」

 

 頭上まで振り上げられた木刀は、気合いと共に一気に振り下ろされる。

 上手く割ろうとは思わない。ただ、当たってくれればそれでいい。

 そんな思いで振り下ろされた木刀は、スイカの五十センチ手前の地面を強く叩き、木刀を伝って返ってきた衝撃が少女の手を強く痺れさせた。

 返ってきた衝撃にラビリスは「うぐー」と唸りしばらく止まっていたが、少しすると復活したのか目隠しを取って状況を把握するなり湊を睨んだ。

 

「あーもう! 全然、まだ届いてないやないの! 誰や振り下ろせ言うたんは!」

「……犬、ダメだろ」

「アンタや! てか、コロマルさんは人の言葉話せへんから!」

 

 急に責任転嫁されたコロマルは驚いた顔で湊を見た。けれど、そんな訳あるかとラビリスは木刀を槍投げのように投擲し、湊が片手で軽くキャッチしたことで選手交代する。

 怒りながら戻ってきたラビリスはサンダルを履いている湊に目隠しをし、立ち上がった瞬間に背中を蹴っ飛ばして送り出す。

 一般人がそんな事をされればすぐに転倒してしまうが、青年は蹴られたときは蹌踉けかけたけれどすぐに普通に歩き出し、スタスタとラビリスのスタートポジションに到着した。

 

「ちゃんと十回まわりーや」

 

 人の思い出作りを潰したのだから同じルールで自分も仕返しをしようとラビリスは考える。

 言われた青年は大人しく従って十回まわったが、ラビリスと違ってしっかりスイカの正面をキープしており、どんな指示をすれば嘘だとバレづらいだろうかと思案する。

 彼に対してはチドリも悪戯の仕掛けるはずなので、問題は優しくて真面目な美紀だけとなり、ラビリスは先手を打って美紀の肩を叩いて呼ぶと口に人差し指を当て「静かに」とジェスチャーで報せた。

 直前のこともあって理解してくれた美紀は頷いて返し、さぁ、これで復讐の準備は整ったとラビリスはチドリとアイコンタクトをしてから指示を飛ばす。

 

「湊君、もうちょい右や。十二度くらい右にずれてー」

 

 彼女の指示を聞けば湊はスイカの横を素通りして地面を叩くことになる。

 距離が足りないよりも、すぐ傍を素通りしている方が格好悪く見えるので、そういった方向で彼を誘導してやろうと思えば、湊は突きの構えを取って駆け出し、他の者が驚いている目の前で目隠ししたままスイカを貫いた。

 割るでも砕くでもなく、木刀がスイカを貫通している絵面はかなりシュールだ。

 技術的なことを言えば、刃物と違って太くて丸い木刀の最も尖っている部分を高速で突き出して、切れ味として不足している部分を補ったのだろうが、たかがスイカ割りでそんな高度な技を見せてどうするというのが正直な感想だろう。

 あまりの驚きにしばし呆けていたラビリスは、誰の指示も聞かずに的確にスイカに到達したのはどういう理由だと、一仕事終えて目隠しを外していた青年に問いかけた。

 

「湊君、なんでスイカの場所分かったん?」

「……最初に距離と方向を頭に叩き込んでいたからな。仮にそうしてなくてもペルソナの力で周囲の状況は視える。まぁ、どっかの馬鹿は人を無関係の方向に誘導しようとしていたみたいだが」

 

 フッと鼻で笑った湊はそのまま木刀を引き抜くと果汁を払って美紀に手渡した。どうやらまだ出来るから次にやればいいという事らしい。

 そも、湊は一時期完全に両目を覆った状態で生活していたのだ。物までの距離は片目での生活だからこそ逆に敏感に感じ取るようになっているし、最初にスイカの位置を頭に叩き込んでからの作業など文字通り目を瞑っていても出来る。

 この場でその事を知っているのは、両目を覆っていた時期があると知っているチドリくらいだが、分かっていたとしても狡いとは思うようで、戻ってきて仕事を再開した湊は放置し、他の者たちは貫通痕の残ったスイカを割ろうと張り切って臨んだ。

 

影時間――巌戸台分寮

 

 ついに満月の日がやってきた。新たに増えたメンバーではアイギス、天田、荒垣がアルカナシャドウとの初戦闘ということでこれまでの戦いを事前に伝えていたが、やはり天田に関しては準備不足が否めず、今回は後方でのサポートメインでの起用となる。

 本人はその事を不服そうにしていたけれど、少しの油断で簡単に死んでしまうのだ。一人が死ねば他の者にも影響を及ぼし、それだけでラインが崩れて全滅もあり得る。

 それをしっかりと話せば渋々ながら理解してくれたため、一同は巌戸台周辺の地図が表示されたモニターを見つめ美鶴から目的地の説明を受ける。

 

「今回、山岸が敵の反応を感じたのは巌戸台の北、湾岸部と呼ばれる場所だ。この辺りは国の手があまり入らず放置されているが、資料によると旧陸軍の基地や実験施設と思われる遺跡がある」

「放置された軍の施設って、もし兵器が残ってたらシャドウに乗っ取られてるかもってことッスか?」

「ああ。保存状態も不明なのでなんとも言えないが、仮に使える状態にされていればこれまでより危険と言えるだろう」

 

 不安そうな顔で順平が尋ねれば、美鶴も普段より深刻そうな顔をして頷く。

 無気力症の被害者数から考えれば、今回のアルカナシャドウの数は二体。風花によれば反応は一つしか感じないらしいが、一カ所に固まっている可能性もあるため、詳細は現地で改めて見ないと分からないらしい。

 旧陸軍の兵器の威力は分からないが、それらを一体ないし二体のシャドウが使ってくるなら、七歌たちもかなり防御をメインに考えた布陣で挑むことになる。

 施設内の地図があれば良かったのだが、敵の出現ポイントは被害者の多い地域という数キロ範囲でしか絞れないので、今回も敵が現われて初めて施設にいると分かっただけで地図を手に入れる時間はなかった。

 施設内部の詳細も分からず、敵が旧式とはいえ近代兵器を所持している可能性が挙がり、メンバーたちは普段よりも緊張した様子を見せるが、そんな子供たちの不安を感じ取った幾月が微笑みを浮かべて口を開いた。

 

「地理的な話をすればあの辺りは大戦中に戦闘が行なわれた場所じゃない。まぁ、空爆くらいはあったかもしれないけど、敵が攻めてきたときの最後の砦って訳じゃないからね。施設の中じゃ実用性を重視してそう複雑な構造にはなっていないと思うよ」

 

 これが疎開した者たちが隠れるための大型防空壕であったら大変だが、そういった用途で作られた場所ではないため、今は使えずとも電気や水道もある比較的近代的な造りになっていると思われた。

 それだけで迷う心配等は軽減し、幾月の心遣いを感じたメンバーたちも少しは余裕を持てるようになったようで、リーダーの七歌が強い瞳で他の者を見渡して号令をかける。

 

「よっし! それじゃあ皆行こうか。向こうについたら風花が中を調べて、それを基に作戦の詳細を決めるってことで!」

「了解しました。レッツラゴーであります」

「アイちゃん、それどこで覚えたのよ……」

 

 ビシッと敬礼して答えたアイギスに、その言葉はもはや死語だぞと順平が教える。

 彼女の言語インターフェースを開発した者の中にオヤジが混じっていたからこその言動なのかもしれないが、アイギスと順平のやり取りに他の者は笑ってしまい。最初の頃のガチガチ感が嘘のようにリラックスして現場へと向かっていった。

 

 ***

 

 寮を離れて随分と歩くと目的地に近付いて来た。傍には雑草の生い茂った斜面と切り立った崖があり、さらに少し視線をずらすと空に輝く大きな満月に照らされて赤い海が広がっているのが見える。

 その様はこの世のものとは思えないけれど、全てとは言わないがこの世界では透明な水はほぼ血のような色になるらしく、最初は薄気味悪く思っていたゆかりと風花もいい顔はしないが以前ほどは気にしていないらしい。

 他よりも雑草の少ない砂利道を進み。そうしてようやく拓けた場所に出たと思って正面に視線を向けると、大きな鉄の扉の前に立っている者たちがいた。

 今は影時間だ。この時間に普通の人間がいるはずがない。いや、仮に迷い込んだならいてもおかしくはないが、混乱した様子もなく平然と立っているなどあり得なかった。

 先頭を歩いていた順平は思わず足を止め、他の者たちも順平と並ぶようにその場で足を止めて扉の前にいる者たちと対峙する。

 相手の人数は三人。一人は上半身裸の男、一人はアタッシュケースを持った眼鏡の男、そして一人はいつか湊と一緒にいた金髪の少女だった。

 彼らは一体ここで何をしているのか。そんな疑問を持った美鶴が口を開こうとすれば、それよりも先に半裸の男が話しかけてきた。

 

「どうもこんばんは。はじめまして、と言うべきですかね」

 

 顔色の悪さもあって男が薄い笑みを浮かべてくると不気味に感じる。

 しかし、相手がちゃんとコミュニケーションを取ろうとしてきたのならば、こちらもそれに応じない訳にはいかないだろう。

 明らかに警戒している真田や順平を手で制して、一歩前に出ると美鶴が言葉を返した。

 

「君たちは一体誰だ。ここで何をしている?」

「私の名はタカヤ。こちらはジンとマリアです。一応、ストレガという名でも呼ばれていますが、一体誰かと聞かれれば、桐条の実験で無理矢理にペルソナを覚醒させられた者と答えた方が分かり易いですか?」

 

 その言葉に一同は動揺する。中でも美鶴は目を見開き言葉を失っており、彼女の様子が尋常ではないことから何かしらの事情を知っていると察する事が出来る。

 だが、今はペルソナ使いとばらしてきた者の相手をしなければならないため、いつでも対処出来るようナックルを装着した拳を握り締めながら真田が美鶴の前に立つ。

 すると、そんな真田たちの警戒した様子を楽しそうに見ていたタカヤが、もう一つの質問にも答えてやると口を開いた。

 

「ここで何をしているという質問にも答えましょう。実はあなた方の活動はずっと見ていました。そして、今日はこれまで楽しませていただいた礼に挨拶をしに来たのです」

「ただ挨拶をしに来たのか? それとも、その扉の奥にいる存在を倒す手伝いでもしに来たのか?」

 

 タカヤたちの背後にある大きな鉄の扉。今日の敵はその奥にいることが分かっている。

 もしも邪魔をしてくるのなら、その前にお前たちを倒すぞと鋭い視線で睨んでくる真田に、タカヤはなんとも予想通りの反応だと少し小馬鹿にした様子で返した。

 

「残念ながらその逆です。我々は影時間が消えることを望んでいない。影時間の消滅はペルソナの消失を招く恐れがあるのです。無理矢理に目覚めさせられたとしても、自分の力には変わりありませんからね。失うことを拒むのは当然でしょう?」

「なら、お前らは俺たちと戦うという事だな」

「なに焦っとんねん。話は最後まで聞けや」

 

 ボクシングの構えを取った真田に対し、ジンがはやるなと言いつつ自分も何やらボール状の物を取り出した。

 ここにいるメンバーはボクシングをしている真田、フェンシングをしている美鶴、喧嘩慣れしている荒垣、そして武術を習っていた七歌を除き、他は全員が対人戦に慣れていない。

 ロボット三原則に縛られていたはずのアイギスは不明だが、既に人間になっている以上は問題なく戦えると思われるが、対人戦闘になったときの事を考えて七歌は様子をみる。

 ジンに言われて真田も動かなかったことで、まだ話をする余裕があると判断したのか、ジッとメンバーらを観察していたタカヤは再び美鶴に話しかけた。

 

「桐条グループのご令嬢であるあなたはどう思いますか? こうやって“被害者”が力を奪わないでくれと言っているのに、そんな事は知らないと再び“自分たち”のエゴを押しつけるのですか?」

「っ、それは……」

 

 当時のことに美鶴は関係なかった。実験を止められる立場にはいなかったし、自分の知らないところで実験が行なわれていたと知ったのも全てが終わってからだ。

 だが、彼女は自分も同じ桐条で罪があると考えている。そんな彼女にすれば加害者である自分たちの意見を被害者に押しつける事は出来ない。

 そんな彼女の弱みを突いたタカヤの厭らしい考えを看破していた荒垣は、美鶴を下がらせると相手を睨みながら質問に質問で返す。

 

「テメェらこそどうなんだ。今もシャドウの被害者は増えてる。大型シャドウを放っておけば被害は増える一方だ。それでも構わねぇってのか?」

「それを我々に言うのは筋違いでしょう。シャドウが現われるようになったのも、今なお被害者が増え続けているのも、全てそこにいるご令嬢らの父親たちのせいなのですから」

 

 自分たちは力を失いたくないだけ。被害が増えようと桐条グループの実験が原因なのだから責められる謂われはない。

 そう告げたタカヤは“父親たち”と口にしたとき、美鶴とゆかりを見ていた。

 二人の父親は実験に参加していた。タカヤたち人工ペルソナ使いの研究は死んだ岳羽詠一朗は無関係だが、今のこの状況を作り出した元凶には間違いない。

 相手がどれだけメンバーらの素性を知っているのかは不明だが、影時間に関わることに対してかなりの情報を持っている事は確かだ。

 そうして、再びメンバーらが警戒して武器を手にしようとしたとき、話は変わるが、と急にタカヤは真田に話しかけた。

 

「ああ、それよりあなたはここにいて良いのですか?」

「……何の話だ」

 

 ここにいて良いのかと聞かれても、アルカナシャドウは彼らの背後にある扉の先にいるのだから目的地はここでしかない。

 まぁ、早く奥に行って倒さなければならないという意味ならば分かるが、それなら扉の前を開けろとしか言えないため、そういった話ではないのだろう。

 そして、真田が分かり易く簡潔に話せと言えば、タカヤは顎に手を当てて目を細めながら薄く笑った。

 

「なるほど、どうやら知らないのですね。妹さんが今どこにいるのかも」

「お前、美紀に何かしたのかっ!!」

 

 妹の存在を知られている事も驚きだが、それよりも妹に何かしたのかと頭に血が昇った真田は掴みかかりに行こうとする。

 だが、その瞬間、今までぽけーっと立っていただけのマリアがナイフを持ち、真田や七歌を上回る俊敏さでタカヤたちの前に出たことで、真田も思わず足を止めて一定の距離を維持しながら敵を睨み付ける。

 今の彼女の瞳には野生の獣のような鋭さがあり、近付けば切るという無言の圧力がある。

 仮にジンとタカヤだけだったならすぐに戦闘に突入していただろうが、身体能力に関しては元シャドウ兵器の姉妹を除きトップランクのマリアがいたことで、真田や特別課外活動部のメンバーも簡単には手が出せなくなった。

 おかげでもう少し話をする猶予が出来たので、考え無しに突っ込もうとしてきた真田に呆れた顔をしたジンが言葉を返した。

 

「アホか、わしらは何もしとらんわ。ただ、ある男によって連れてかれとるって話や」

「そのご様子だと妹さんが影時間の適性を持っていることも知らなかったようですね」

 

 真田がペルソナに目覚めた以上、妹の美紀も高い適性があっておかしくない。

 全生徒の適性値を見ることが出来た美鶴は知っていたはずだが、美鶴も桐条グループも“ペルソナに目覚める”だけの数値があるかを見ていたので、ペルソナに目覚めずとも影時間の適性を得る可能性がある生徒の把握を怠っていた。

 だが、そんなグループの人間でも気付いていなかった情報を、どうしてストレガたちが知っているのかと疑問を持ったとき、タカヤは酷く愉しそうな顔で美紀の居場所を口にした。

 

「まぁ良いでしょう。今、あなたの妹さんは桔梗組という極道の屋敷にいます。妹さんをそこへ連れて行ったのは裏の世界で死神と怖れられた存在。たった一人で二万人以上殺し、間接的な被害を含めれば十万人以上殺した裏界最凶の殺人者。こちらでは仮面舞踏会の小狼と呼ばれていますが、またの名を有里湊とっ」

 

 最後まで言い切る直前、その場に一発の銃声が響いた。

 放たれた銃弾はタカヤとジンの間を通り、鉄の扉に当たって、カンッ、と寂しげな音を鳴らす。

 突然のことにその場の全員が一人の少女を見るが、拳銃を手にした金髪碧眼の少女は普段からは考えられないほど冷たい瞳でタカヤを見つめている。

 

「あの方を殺人者と呼ぶことは赦しません」

「……なるほど、事情を知っている者もいたのですね。ですが、それなら話は早い」

 

 相手側にも事情を知っている者がいるのなら真偽を問うまでもない。

 そんな風に笑ったタカヤが片手を上げれば、その時、その場に影が落ち、すぐに空から巨大なペルソナが降ってきて突風を巻き起こした。

 

 

「くっ」

「きゃあっ」

 

 くすんだ赤髪に黒い肌、全長三十メートルを超す巨大な体躯、蛇の尾のような足を持ち、その背中からは蛇を編んで出来たような異形の翼が生えている。

 そんな訳の分からぬ急に現われた敵の発生させた風のせいで七歌たちは動けない。

 その間にタカヤたちはペルソナに乗って空に向かうが、去る前にジンが持っていたボール型の手榴弾を落として鉄の扉をひしゃげさせていった。

 

「ははっ、せいぜい頑張って取り戻すといい。あの純粋なる殺人鬼と対峙出来るのなら!」

 

 影時間の空にタカヤの声が響く。飛び上がった大型のペルソナは街の方へと消えていき、そのまま見えない角度に入ったようで肉眼では行方が分からなくなった。

 まさかの伏兵登場によってタカヤたちの去って行った方角を見つめていた七歌は、風花に相手の行方を調べるよう指示すると、動けるようになってすぐに扉の状態を確認した。

 手榴弾は野球ボールほどのサイズながら中々の威力をしており、扉を歪ませてしまっている。

 もっと威力が高ければ扉は倒れていたかもしれないし、威力が低ければ表面を焦がして終わりだっただろう。

 歪んだせいで開かなくなったことを思えば、相手は威力を計算していたのかもしれない。同じように扉を調べていた美鶴も悔しそうな顔をしていた。

 

「クッ、扉が歪んで開かないっ」

「ペルソナで無理矢理壊せないんですか?」

「その場合、入り口付近の崩落の危険性があります。重機を使って慎重に撤去することを推奨します」

 

 美鶴に尋ねたのは槍を持った天田だ。彼はペルソナのスキルなら扉を破壊出来ると思っていた。

 超常の存在であるペルソナのスキルを使えば、確かに彼の言う通り巨大な鉄の扉を破壊する事も可能かもしれない。

 だが、その場合、扉の周りまで衝撃が伝わってしまい。入り口自体が壊れるかもしれないとアイギスが止めた。

 この向こうに倒すべき敵がいるというのに、影時間が明けて業者を手配しなければ手が出せない。完全にストレガの掌で踊らされたと他の者も悔しがっていれば、ここで何も出来ることがないと分かった瞬間真田が叫んだ。

 

「シャドウなんて後回しでいい。美鶴、今すぐに車を用意してくれ! 美紀が!」

 

 そう。何も出来ないならここにいる意味は無い。

 それよりも、三十メートル超す巨大ペルソナを擁したストレガをして最凶と言わしめた男、自分たちの知らない顔を持った有里湊という青年の許へ行かねばならない。

 桐条グループには黄昏の羽根を積んだ車が何台かあるため、すぐにそれを手配するよう頼み、真田は車が来られる場所まで急いで戻るぞと駆け出した。

 

――巌戸台分寮

 

《そういう訳で理事長、全員が乗れるサイズの車を回させてください》

「ああ、分かった。色々と驚きの連続だが、そういう事ならシャドウは後回しでいい。どうか気をつけてくれ」

《はい。では、失礼します》

 

 美鶴たちの持っている通信機からでは桐条グループまで連絡する事が出来ない。

 それ故、寮に残っている幾月に中継して貰い。美鶴たちのいる場所まで大型車をすぐに手配した。

 彼女たちのいる場所を考えると七分ほどで到着するはず。そこから桔梗組まではかなり飛ばしても二十分はかかると思うが、ついに彼と特別課外活動部のメンバーたちが邂逅するかと思うと幾月の口元には笑みが浮かんだ。

 あれが裏の世界で人殺しをしていると聞いたときには驚いたものだが、ポートアイランドインパクトからどうにか立て直したエルゴ研の生き残りを殺したのだ。それくらいはやっていても不思議ではない。

 だが、表の顔である有里湊を知る者たちと会ったとき、お互いにどういった反応をするのか興味を抱いていると、

 

「話は終わったかァ?」

 

 開いていた作戦室の扉に寄りかかり、わざわざ手の甲を使ってノックしながら一人の青年が声をかけてきた。

 ダボダボのパーカーにカーゴパンツ、服装だけで言えば少し前のヒップホッパーのようだが、相手の腰には召喚器とカットラスが下げられ、ニヤリと笑って部屋の中に入ってくるとモニターなどの装置を興味深そうに眺めている。

 

「君は……」

「ははっ、ンだしけたその面は。九年ぶりの再会なンだ。もっと喜ンだって良いンだぜ?」

 

 突然現われた招かれざる客に幾月は動揺し後退る。

 逃げたところでその後ろには壁と窓くらいしかないが、研究所以来だなと愉しそうに笑ったカズキはカットラスを抜いて幾月に向けた。

 

「うちのリーダーから直々に命令されてなァ。積もる話もあンだろうが、とりあえず死ンでくれや」

 

 一瞬で距離を詰め、振るわれるカットラス。

 切られた幾月の身体から鮮血が舞い。作戦室の壁と床を汚した。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。