【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百四十話 青年たちの夏休み

8月1日(土)

昼――ポートアイランド駅前

 

 ギラつく太陽の日差しが厳しい昼過ぎ、順平は映画館から出てくると眩しそうに目を細めた。

 今日は一人で映画を観に来たのだが、天田が言っていた通り自分の知っている戦隊モノよりも内容もアクションも随分と進化していた。

 これは本当に年内邦画ランキングでトップに立つかもしれないなと思いながら、この後はどうしようかと花壇の横にあるベンチに腰をかける。

 

「……はぁ」

 

 映画の内容は良かった。一人残ったシムルグの戦闘シーンなど、思わず前のめりになってしまったほどだ。

 終わり方もハッピーエンドだったので気持ちよく観ることが出来たのだが、溜息を吐いた順平が今考えているのは特別課外活動部での事が原因だった。

 つい先日、風花たちが栗原から貰ってきた適性測定器。それを使ってメンバーの適性を測ってみたところ、最も弱いのは目覚めたばかりの天田で適性値は“18300sp(約レベル36)”。

 目覚めたばかりでこれは非常に高いようだが、シャドウの活動が活発になってきていることと関係しているのか、最近は後から目覚めた人間も昔と比べて高い適性になっているらしい。

 そして、続いて後方支援の風花の“21000sp(レベル42)”、順平の“21900sp(約レベル44)”、 復帰したばかりの荒垣の“23200sp(約レベル46)”、ゆかりの“24100sp(約レベル48)”、美鶴の“24400sp(約レベル49)”、真田の“25600sp(約レベル51)”、アイギスの“27000sp(レベル54)”、七歌の“31400sp(約レベル61)”となっていた。

 レベルの部分に関してはあくまでペルソナが未進化状態であればの話で、進化するのであれば適性は爆発的に増加し、そのときには“50000sp”なら“レベル50”といった感じで“1000sp”につきレベルが一つという計算になる。

 以前と比べれば随分と強くなった物だと美鶴や真田は楽しそうに話していたが、そのとき順平は酷い劣等感を覚えていた。

 ずっと一緒に戦っていた。前線で必死に戦って活躍もしているつもりだった。

 なのに、成長を数値として見れば、順平は復帰したばかりの荒垣にも劣る最下位であった。

 まだ下には天田と風花がいると言われようと、新人と後方支援を前線組と比較する方がおかしい。

 一時期支援に回っていた美鶴にゆかりは追いついているし、怪我で抜けていたらしい真田もワイルド持ちの七歌と対シャドウ兵器のアイギスに次ぐ強さだ。

 これでは前線で活躍していると思っていた自分はお荷物ではないかと、仲間たちから離れ一人になってから落ち込むのも無理はなかった。

 

「……はぁ」

「……さっきから鬱陶しいんだけど?」

「へ?」

 

 再び深い溜息を吐くと斜め後方から声が聞こえてきて、不意を突かれた順平が振り返れば赤い髪の少女がベンチに座り絵を描いていた。

 今日は薄い水色を基調とした落ち着いた色のワンピース姿だが、どうしても真っ赤な髪は目立ってしまう。

 しかし、目付きが悪いことに目を瞑れば美少女に分類され、高校に入ってからは女性らしく成長しスタイルも良いので、そういった意味でも周囲の目を惹く存在だ。

 そんな良くも悪くも目立つ相手を見落とし気付かないほど悩んでいたのか。うじうじとしている自分に順平は思わず嗤ってしまい、横目でそれを見ていたらしい少女が冷めた表情で口を開いた。

 

「うざい……臭い……どっか行って」

「いや、臭くはねえだろ。オレっち、シトラスミントの香りよ?」

「頭になんか湧いてるんじゃないの?」

 

 シトラスミントが良い香りかどうかは好みによるが、悪い香りという訳ではない。

 けれど、とりあえず順平からはそんな爽やかな香りはせず、見た目からして汗臭いから近付くなと視線でチドリが返せば、普段ならおとぼけなツッコミを返すはずの順平が力なく笑って視線を正面に戻した。

 

「はぁーあ。ま、こんな暗いとそりゃ鬱陶しいわな」

「……なに、悩み相談でもしたいの?」

「お、聞いてくれんの?」

 

 如何にも悩みがありますという雰囲気を出されれば、話を聞いて欲しいアピールとしか思えない。

 本当は聞きたくないが、知り合いというだけでこうやって絡んでこられるのは鬱陶しいので、話したければ話せばいいとチドリが無言で絵の続きを描き始めれば、順平は聞いてやるという意味に取ったらしく言いづらそうにしながら話し始める。

 

「あー、まぁ、勝手に話すわ。えっと、あくまでゲームの話なんだけどさ。一緒にやってるやつの中じゃ遅く始めたんだけど、敵を倒したりで結構活躍してたわけよ。何年も先に始めてた先輩にも負けないくらい強敵も倒してたんだ」

 

 アルカナシャドウやフロアボスの活躍を思えば、順平は決して他の者たちに劣ってはいない。

 むしろ、順平は攻撃の要であり、エースとしていなければならない存在だ。

 

「けど、実際にレベルで比べてみっとオレっち弱々でさ。しばらく離れてた人にも負けてるし、一番の新参と後方支援を除くと最弱だったんだよな。今までレベル表示なんかしてこなかったから知らなくて、最近になって知って結構ショックだったつーか」

 

 倒してきた敵の数や強さで言えば負けていない。だが、己の強さを表わす適正値では絶対的に他の者に劣っている。

 ワイルド持ちの七歌や先輩たちには負けていたとしても、前衛で直接敵と戦ってきた分、ゆかりよりも上だと心のどこかで思っていた。

 それが蓋を開けてみればゆかりは美鶴に迫るほどで、順平はむしろ差を開けられている立場であった。

 男だから、女だから、そんな理由で相手を下に見ていた訳ではない。ただ、男としてのちっぽけなプライドで女子を守るなら自分の方が強くなければと無意識に考えていたのだ。

 レベルという形で自分たちの強さを表わしたことで、自分が仲間の中では弱く、さらにこんなにも劣等感を抱きやすいと知ったのもショックだった。

 仲間が強いなんて良いことじゃないか。そう思いたいが自分が弱いという事の方が気になるため、こんな気持ちを抱いてしまう自分も含めて絶賛悩み中だと順平が言い終われば、黙って話を聞いていたチドリは呆れたように溜息を溢しながらも言葉を返した。

 

「たかがゲームでそこまで落ち込める感覚が分からないけど、活躍出来てるなら別に気にする必要ないでしょ。レベルなんて分かり易い指標の一つであって、重要なのは実績とステータスでしょうし」

「い、いや、そりゃそうだけどさ」

「レベルが低ければやることが変わるの? 他の人はあなたの実力を信用して一緒にやってたんでしょ。なら、ここでうじうじするよりレベリングでもして差を縮める努力でもしてなさいよ」

 

 あまりにもバッサリとした言い方に順平もしばしポカンとする。

 けれど、確かに相手の言う通りだった。ここまで順平が仲間と一緒に戦って実績を残してきた事実は変わらない。

 数字に惑わされていたが、それを言うなら討伐数で順平は他の者に勝っている。

 何より、仲間たちは「お前は足手纏いだ」などと言ったことはなかった。

 

「そっか。そうだな。話聞いてくれてサンキュ!」

 

 ここでうじうじしてても何も解決しない。男ならしゃんとしろと言われて順平は目が覚めた。

 偶然会っただけだというのに相談に乗ってくれた少女に順平は礼を言うと、ベンチから立ち上がって晴れやかな表情で背伸びをしてから、そういえばと少女に再び声をかけた。

 

「つか、そういや、チドリンは一人で何してんの? わざわざ暑い中で絵なんか描いてさ」

「気持ち悪いから名前で呼ばないで。何してたってあなたに関係ないでしょ」

「いいじゃん、教えてくれよー」

「警察呼ぶわよ。十秒以内に視界から消えて」

 

 クラスが違うのであまり話す機会はないが、中学校時代からの知り合いではあるため、順平が仲良くしようぜと話しかけるもチドリは真顔で携帯を取りだした。

 この少女はやると言ったら本気でやる。それを雰囲気で感じ取った順平はスプリンターばりの走りでその場を後にした。

 

「……はぁ、見えないけどいるんでしょ?」

 

 人混みの中に消えてゆく順平の背中を見送った少女は、再び絵の続きを描き始めるとぽそりと呟いた。

 それは周りの人間には聞こえない程度の声だったが、誰も座っていなかった少女の隣に、突然帽子のような物を持った青年が姿を現す。

 

「よく分かったな」

「とっくに時間を過ぎてるもの」

 

 時計は既に一時十二分を指している。少女はここに一時で待ち合わせをしていたので、その時間になっても現われず、さらに連絡もないとくれば隠れているとしか思えなかったという訳だ。

 まぁ、偶然出会った順平が急に悩み相談など始めたので、青年は空気を読んで姿を晒さなかっただけだが、見事に見抜いた少女に青年は小さく笑い。帽子をマフラーに仕舞ってから立ち上がると、画材道具をまとめ終えた少女に手を差し出して立ち上がらせた。

 

「じゃあ、行こうか」

「行くってどこに?」

「チドリが行きたい場所でいい。なければこっちで決めるが」

「……じゃあ、靴が見たい」

 

 最近、湊は久慈川りせと柴田さやかのフェスの準備を進めたり、こちらに戻ってきたアイギスの相手をしてばかりでチドリとはほとんど会っていなかった。

 今日はその埋め合わせのようなもので、純粋に久しぶりに二人だけで出掛けることになっていたため、何の用事かと聞かれた際も答えずに順平を追い払ったという訳だ。

 別に湊が桔梗組まで迎えに行くことも出来たし、移動時間を考えるとその方が良かったのだが、駅前に待ち合わせで良いと少女が強く推してきたという裏話もあったりする。

 そんな経緯を経て無事に合流出来た二人は、少女のリクエストである靴を見に街中へと向かってゆくのだった。

 

 

深夜――アジト

 

 影時間も終わり日付も変わった頃、複数あるアジトの中でも最も建物の状態の良い廃屋の中で、ストレガのメンバーたちはそれぞれの時間を過ごしていた。

 電気は配線をいじって使えるようにしてあり、ジンは仕事の依頼を確認しつつパソコンと睨めっこ。カズキは自分の得物であるカットラスの刃を研ぎ、メノウは先月の収支の計算をしている。

 そして、メンバーの中では年少組であるマリアとスミレは並んで寝転びながらテレビを眺め、リーダーであるタカヤは銃の手入れをしながらおもむろに口を開いた。

 

「……そろそろ満月になりますね」

 

 愛銃を布で磨いていた彼は別に天体観測が趣味という訳ではない。

 月や星空が綺麗だと感じるくらいの感性はあるけれど、彼が満月を気にするのは単純にここ最近になって月に一度やってくる来客を待っての事だった。

 研究所時代からの付き合いであるメノウやカズキは相手が何を言いたいのか理解し、カレンダーを眺めながらおよそ一週間後だなと相槌を打つ。

 

「そうだね。また大型シャドウが出てくるはずだけど、そうなると桐条側のペルソナ使いも出てくるだろうね」

「影時間を消すために戦ってるンだったか? はっ、テメェの持ってる力の一つを平気で捨てようなンて、恵まれたやつらは考える事が違うなァ」

 

 ストレガのメンバーは湊から黄昏の羽根を貰ったマリアを除き、全員が今も制御剤を服用して寿命を縮めている。

 別に好きで飲んでいる訳ではなく、そうしなければ己のペルソナに取り殺されてしまうというだけの話だ。

 長年飲み続けて身体が蝕まれていることは理解している。というよりも、既に自覚出来るほどに身体にダメージが蓄積しているため、精神的に幼いマリアには伝えていないが、メンバーたちは二、三年の内に自分が死ぬだろうと気付いていた。

 残り時間が少ないからこそ、ストレガは今という瞬間を生きることに命を燃やす。

 桐条グループによって無理矢理に目覚めさせられた能力だろうと自分の力だ。それを使ってある者は他の者の生の感情を観察し、ある者は生き残りを賭けて遊び、そうやって自分なりに命と向き合って生きている事を実感している。

 だというのに、桐条側のペルソナ使いは影時間を消そうとしている。自分たちの生きる目的の一つを奪おうとしている訳だ。

 そんな事は認められないとカズキが獰猛に口の端を吊り上げれば、タカヤは自分たちの敵となる者たちを思って嘲笑を浮かべた。

 

「言われたことをただ信じてやってきた者に、そこまでの考えなどありませんよ。何より、あの者たちがいなくても湊がいる時点で大型シャドウは討伐されます」

 

 湊がシャドウ狩りをしているのはストレガも知っている。というより、彼が留学している間は依頼を受けて代行していたくらいだ。

 どうして湊がシャドウを狩り続けているのか理由も聞いているが、一般人の被害を減らすという理由はあくまで他の者に話すとき用の理由だろう。

 実際はチドリたちが平和な世界で安心して暮らせるようにであり、それ故、湊が独自に調べて影時間を終わらせようとしている事もタカヤは分かっていた。

 

「ですが、私たちもただ見ている訳にはいきません。十二体のシャドウを倒したところで影時間が消えないとしてもね」

 

 言ってさらにタカヤは浮かべていた薄い笑みを深めて銃を仕舞う。

 特別課外活動部は十二体のシャドウを倒して終わりだと考えているようだが、タカヤはその先の存在をある筋からの情報で知っていた。

 全てのアルカナシャドウが倒された程度では影時間は終わらない。むしろ、全てのアルカナシャドウが倒されてようやく終焉が始まる。

 他のメンバーにその事は詳しく話していないが、情報の裏が取れていないため話さなかったとでも言えば問題ないはず。

 そんな事を考えて予備の弾丸の整理もしていれば、パソコンから顔を上げたジンがタカヤはどう動くつもりなのか尋ねてきた。

 

「ほんなら、タカヤはどないするつもりなんや?」

「そうですね……。人数から言ってあちらの戦力も整ったようですし、そろそろ第二幕へと進めましょう。不要な者は舞台から降りていただき、相応しい人物に舞台に上がって頂きます」

 

 現在のストレガは六人。数の上では荒垣も復帰して九人になった特別課外活動部に負けている。

 しかし、こちらにはスミレという巨大なペルソナを宿した特異な存在もおり、彼女のテュポーン一体で普通のペルソナ使い数人を相手出来るので戦力はほぼイーブンだろう。

 

「そういう訳で次の満月ではあちらと接触します。ミナトにも我々が会うことは伝えておくので心配は無用です」

「ふーん。けど、相応しい人物ってもしかしなくてもミナト君のことだよね? ボク、絶対にミナト君と敵対したくないんだけど」

 

 現状、湊は表立っては動いていない。桐条側に気を遣っているという感じはせず、ただ単純に桐条側に干渉されたくないから裏で動いている感じだ。

 ただ、その湊を舞台に上げてストレガ、特別課外活動部、仮面舞踏会がそれぞれ動くようになれば、状況によってはストレガと仮面舞踏会が衝突することもあるだろう。

 戦う事を見越して事前に敵について調べておこうとは考えるものの、問題なのは仮面舞踏会の主戦力と言えるメンバーが不明な事だ。

 主戦力を除けば裏界で最大規模を誇っていた“久遠の安寧”を傘下に収めているので、その時点で相手側には一国とやり合えるだけの潤沢な軍備と資金があると言える。

 ただ、影時間に動ける者に限定すると話は変わってくるため、影時間での衝突を念頭に置いた作戦立案に向けては、一体どれだけのペルソナ使いが所属しているのだろうかというのが最大の焦点となった。

 もっとも、“あの”湊と自分たちが戦う場面を想像しただけで顔を青くしたメノウは、実際に戦いになれば自分は遠くから情報支援するだけだからと消極的な姿勢を見せた。

 

「フフッ、別に構いませんよ。まぁ、どうしてあちらとの関わりを避けているのか不明ですが、どうせ知り合いなんです。いっそバラして自由に動いた方が彼も楽でしょう?」

 

 本人が現状でも気にせず動いているというのに、タカヤは言葉の上では湊のことを考えているようで、実際は状況を引っかき回すことを楽しんでいる節がある。

 もし、湊が本気でストレガを敵と認識すれば、ここにいる六人全員が無事に生き延びることは不可能だろう。

 そもそも、彼に懐いているマリアが湊と敵対することはあり得ず、そのときは彼女だけ湊の方へ行ってしまいそうだが、そうなれば他のメンバーと違って普通に生きられる彼女を保護して貰えるのでストレガにとって損はない。

 むしろ自分たちが死んだ後の少女の行く末を案じていたメノウにとっては、是非お願いしますと礼を言いたいくらいだ。

 そして、マリアを除いた他のメンバーはタカヤとカズキは湊との殺し合いを昔から望んでおり、第一研出身でカズキと同じように戦闘狂に弄られているスミレも湊との戦いを楽しむだろう。

 問題はアナライズが使えるジンと、アナライズに加えて索敵も行えるメノウだ。

 二人は湊に助けられた恩があるだけでなく、彼の強さをハッキリと感じ取っているので、本気の彼と対峙した瞬間に殺される未来を理解している。

 よりにもよって、重要な後方支援の二人が戦う前から心を折られているという訳だ。

 青年が留学から帰ってきたときにタカヤとカズキは二人だけで湊に負けており、あれから二人も強くはなっているものの、青年の成長速度も読めないので、再びバックアップもなく戦えば同じ結末を迎える可能性は非常に高かった。

 彼を舞台に上げると言った本人もそれを理解しているはずだが、理解した上で楽しんでいるようで笑いながら立ち上がった。

 

「さて、では少し連絡してきます」

「タカヤ、必要以上にミナト君のこと煽んないでよ?」

「勿論です。当日は我々が向かうので、ミナトは実家でゆっくりしておいてくださいと伝えますよ」

 

 それだけ言うと彼は部屋を出て行った。

 後に残ったメノウやジンなどストレガ内での常識人組は、どうしてわざわざ彼に実家にいろと伝えるのだろうかと思い。嫌な予感しかしなかった。

 

――EP社

 

 夜も更けて世間が寝静まっている頃、SSランク以上のIDという実質湊とソフィアのカードを使わなければ入ることの出来ない区画の一室で、湊は煙管を咥えながらパソコンの前に座り仕事をしていた。

 風呂上がりなのか髪は下ろしており、痛々しい傷跡の残る上半身には衣服を身に着けていないが、その首にはチョーカーにネックレスなど多数の装飾品がつけられている。

 ペルソナの宿るタロットカードを入れておくホルダーは別だが、後は全て青年の知り合いの少女たちとお揃いの物ばかり。

 複数の女子とお揃いを着けているなら、逆に特別感が薄れてしまう気もするけれど、女子たちは自分だってお揃いの品を持っていると互いに張り合っているため、青年の前でそういった話題が出ることはない。

 おかげで彼は自由に仕事や研究に勤しむことが出来るのだが、湊がキーボードを叩いていると机の上に置いていた携帯が光り、ディスプレイには青年の知り合いの名が表示されていた。

 時刻は既に深夜の三時を回っており、こんな迷惑な時間にかけてくる非常識なやつの相手などする必要は無いかと考える。

 だが、相手から連絡があることは珍しく、前に連絡が来たときには荒垣が制御剤を欲しがっているという話だったので、今回もそれなりに重要な話があるのかもしれない。

 面倒だなと思いつつも、そういった可能性があるのなら出ない訳にはいかないので、短く嘆息するとキーボードを片手で叩きながら渋々電話に出た。

 

「……時間を考えろ。お前と違ってこっちは学生であり社会人だ」

《どうもすみません。社会経験がないため一般常識には疎いのです》

 

 湊が嫌味を言いながら電話に出れば、それを利用してタカヤも笑いながら返してくる。

 言葉では謝っているものの、そこには一切の反省も遠慮も見られず、裏の仕事をしているせいで本当に一般常識が欠如しているのだなと諦め、話が長引くと面倒だからと湊の方から切り出した。

 

「それで何の用だ?」

《はい。実は次の満月に桐条側のペルソナ使いと接触しようと思っていまして、今回はそのご報告のために連絡しました》

 

 これまでストレガは特別課外活動部に対し偵察に留めて接触は控えてきた。

 別に会う理由がなかったというのもあるのかもしれないが、今回は相手と直接会ってみるようなので相手の事情も変わったのだろうと湊は推測する。

 

「あいつらと接触するからどうした。そんなのは勝手にすればいいだろ」

《まぁそうですが、それにあたってミナトには次の満月の戦いへの参加を遠慮して頂きたいのです。色々と話し合うこともありますので、貴方はどうかご実家の方でチドリらとお過ごしください》

 

 湊にすれば両者が接触しても構わないので勝手に会えばいいと返す。

 けれど、タカヤは会っている間に邪魔をして欲しくないので、その間はチドリの暮らす桔梗組本部にでもいてくれと頼んできた。

 チドリらの安全のため実家の場所など教えておらず、どうしてそこでチドリのいる実家が話に出てくるのだろうかと湊は気になる。

 ただ、そういった違和感しか覚えない普段とは異なる対応のおかげで、相手が自分に実家にいて欲しいんだと気付いた湊は、チドリらに何かあるといけないので当日はタカヤの望み通りにしてやろうと考えた。

 

「……わかった。そのときは実家にいてやる。だが、チドリに何かあれば命はないと思え」

《ええ、分かっておりますとも。では、用件はそれだけなので失礼します》

 

 流石のタカヤも真っ正面から湊に喧嘩を売るような事はしない。

 そんな事をすれば裏界最大組織を単独で撃破した力が全て自分に向くのだ。

 もはや、戦いを楽しむどころの問題ではなく、何秒間生き延びれるかという己の死が確定したチキンレースでしかない。

 今を生きるを信条にしているタカヤも別に死にたい訳ではないので、青年の忠告をしっかりと受け止めると話はそれだけだと電話を切った。

 通話を終えた湊は携帯を再び机に置くと仕事を再開するが、その丁度のタイミングで部屋の扉が開き、バスローブ姿のソフィアが現われて不思議そうに湊を見ながら近付いてくる。

 

「いま、どなたかとお話されていましたか?」

「……知り合いから電話があった。だが、仕事には関係ないから気にするな」

 

 一人しかいないはずなのに話し声が聞こえたことで不思議に思っていたようだが、電話をしていたと分かるとソフィアは納得した顔で頷いた。

 話し声の理由が分かった彼女は、そのまま進路を壁際に置かれた小さな冷蔵庫に変更する。到着すると中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、コクコクと小さく喉を鳴らして飲みながら湊の許にやってきた。

 

「湊様も飲まれますか?」

「いや、煙管で水分補給は出来てる」

 

 言いながら湊は咥えていた煙管を片手で持ち、器用にペン回しのような事をしてみせる。

 それを眺めていたソフィアは上手い物だと感心したようだが、入浴前の激しい運動とお風呂でも汗を掻いたことで失った水分を補給するべくペットボトルの水を飲みきった。

 空になったペットボトルは湊が受け取って潰してからゴミ箱に放り込み、綺麗な放物線を描いてゴミ箱に入る様を見届けたソフィアは、両手が空いたことで座っている湊に後ろから抱きつくような形で首に腕回して甘えた声で話しかけた。

 

「急ぎの仕事はないのですから、湊様も今はゆっくりと休まれてはどうですか?」

「確かに急ぎの仕事ではないが、いつも余裕がある訳じゃない。早めに済ませるに越したことはないだろ」

 

 後ろから回されたソフィアの腕に触れつつ、湊は普段から余裕を持っておくために空き時間に仕事をしているんだと説明する。

 次の満月は一週間後に控えており、何やらストレガの方も動きを見せるらしい。

 そうなるとそれぞれの組織がどのように動くのか予測が難しくなるため、そちらでトラブルの対応に追われることになろうが、仕事に穴を開けずに済むよう今から備えているという訳だ。

 だが、その事を理解していながらソフィアは敢えて湊に休むべきだと進言する。

 

「湊様、今日はもうお休みになった方がよろしいかと。今やるよりも一休みしてからの方が仕事もはかどります」

「……自分が寝たいだけだろうに」

 

 湊の身体を気遣って言っているように見えて、実際は自分が疲れているのでもう寝たいだけ。

 ソフィアの言葉をそのように取った湊は、小さく溜息を吐いてからパソコンを待機モードにして席を立ち、椅子の後ろにいたソフィアをお姫様抱っこで抱き上げてから寝室へと向かう。

 抱き上げられた少女は嬉しそうに湊の首に腕を回し、彼の首に自分の唇を触れさせているが、青年は相手の行動など全く気にせず部屋を出て、すぐ近くの寝室の中へと入る。

 ここはSSランク以上のIDを持つ者しか入れない区画だが、実際はソフィアが日本に来たときに生活するスペースで、ここに滞在しているときは二人は頻繁に肌を重ねている。

 以前は運動音痴だったソフィアも、湊の相手をするには体力が必要だからと地道な筋トレや体力トレーニングをするようになり、遺伝子操作をしていることもあって今では並みの人間より動けるほどに成長した。

 だが、そうやって体力がついてくると、好きな事に傾倒しやすい彼女は湊との行為に余計に嵌まってしまい。せっかく風呂で身体を綺麗にしたというのに、もう一度やろうとゆっくり下ろされたままベッドに彼を誘った

 

「湊様、まだご満足出来ていないのでしょう? わたくしも休憩したことで回復いたしましたし、どうかお好きなようになさってください」

「……いや、今日はもうやめとけ」

 

 誘われた湊はそれに乗るかと思いきや、蒼い瞳で相手を見ながら少女の頭の辺りで指を一閃してから隣に寝転んだ。

 

「もう、そういった鎮め方は情緒がありませんわ」

「盛った女が情緒を語るな」

 

 彼が指を一閃するまでは身体の火照りと疼きを感じていたというのに、その欲求を魔眼で殺されたことでソフィアは素面に戻ってしまう。

 別にもう一度身体や気分をそういった状態に持っていけば同じように出来るが、急に素面に戻ったことで不満そうにしている彼女は、寝転んだ湊の太い腕を枕にしながら同じように寝転がると、彼の傷跡に指先で触れながら話しかける。

 

「もうすぐ満月ですわね。準備は進んでおりますか?」

「最初から準備はそう必要ない。ただ、ストレガの方で動きがあった。俺まで巻き込んで何かするつもりらしい」

 

 あのタカヤが裏で糸を引こうとしているのだ。どうせろくでもない事に違いない。

 しかし、完全に無視していると後で厄介なことになりそうなので、湊としては警戒しながら変化してゆく状況に対処してゆくしかない。

 ただでさえ忙しい時期だというのに余計な手間をかけさせられ、とても面倒臭そうにその事を話す湊の顔を見たソフィアは、思わず可愛いと感じてしまい青年の頬に優しく口づけを落とすと、彼の頭を豊かな胸に抱き寄せて優しく撫でながら言葉をかける。

 

「湊様、どうかお気を付けくださいませ。貴方も死なない訳ではないのですから」

 

 内臓が吹き飛ぶほどの大怪我からでも蘇生可能だとは言え、湊だって頭を吹き飛ばされたり生命力が枯渇すれば死ぬ。

 本人も頭ではそれを理解しているのだろうが、有事の際は自分のことを後回しにしてしまう傾向があるため、無駄だとは分かっていても少女は青年に改めて自分を大切にするよう伝えたのだ。

 そのまま少女が青年の頭を撫で続ければ少しして彼の寝息を聞こえ、やはり何だかんだ言っても疲れているのだなと少女は困った顔を浮かべながら自分も眠りについた。

 

 

 


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