【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百三十七話 繋がる記憶

影時間――タルタロス

 

 天田は七歌たちを追って来てしまった事で、予定にない影時間とタルタロスの出現を体験してしまった。

 いくら適性者候補と言えど彼は小学生であるし、三年生組だけが知っている事情により活動への参加には否定的な考えを持っている。

 けれど、混乱している子どもを連れて影時間に彷徨く事は危険なため、悩んだ末にメンバーたちはタルタロスのエントランスまで付いてくるように言って、階段近くの拓けた場所にやってきた。

 中に入ったとき、初めて訪れたアイギスも含め天田たちは不思議そうに眺めていたが、アルカナシャドウのようなイレギュラーな存在以外がやって来る事はほぼないため、少年の安全が確保出来たことで美鶴が彼の方を向いて口を開いた。

 

「天田、いくら我々が夜中に外へ行こうとしていても、小学生の君がそれを追って外に出ていい理由にはならない事は分かるな?」

「どうしても気になって……すみません」

 

 いくら歳不相応に落ち着いていても、相手はまだまだ子どもだ。自分よりも年上な先輩たちが夜中に揃って出掛けていけば、一体どこへ行くのだろうかと気になっても無理はない。

 まぁ、追ってくる際に部屋から携帯や財布と定期券を持ってくる冷静さは可愛げがないし、そのせいで電車移動した彼らを追えてしまったのだから、美鶴たちにすればもっと普通の子どもでいてくれればと言ったところだろう。

 けれど、怒られて反省した様子を見せていた天田は、当然学校が変形してしまったことがとても気になるようで、やや怯え気味に俯いていた顔を上げて疑問を率直にぶつけた。

 

「あの、学校はどうなっちゃったんですか?」

「それにはまずこの時間の説明が必要になる。少し長くなるがとりあえず聞いてくれ」

 

 こうなった以上は夢だから忘れろでは済まない。相手が信じるかどうかは分からないが、危険だからこそちゃんと事情を説明すると言って美鶴は影時間やシャドウの事を話した。

 最初は疑い気味な顔をしていた天田も、七歌が実際にペルソナを召喚してみせれば信じる気になったようで、まだ完全には飲み込めていない様子ながら大まかには理解したと頷く。

 

「皆さんはそんな化け物と戦うために集められた人たちだったんですね。なんかヒーローみたいですごいです」

「ま、人に言えないって事とかも併せて考えるとマジでヒーロー活動だよな。誰にも話せず、誰にも褒められない。だけど、この街の平和はオレたちが守ってみせる……ってな」

 

 特別な力に目覚めた者たちが集まって日夜化け物と戦い続ける。そうして影ながら街の平和を守っているという設定に惹かれたのか天田の瞳に尊敬の色が混じる。

 その調子に合わせて順平がそれっぽく自分たちの活動のキャッチコピーを考えると、天田の瞳は完全にヒーローを見つめる少年の物になっていた。

 危ないことから子どもの天田を離そうと思っていた三年生組にすれば、順平の言葉と行動は余計なことでしかない。

 子どもに尊敬の眼差しを向けられ「へへへ」と得意気に笑っている順平の脇腹を真田が殴れば、痛みで蹲っている馬鹿を置いて真剣な様子で七歌が釘を刺した。

 

「天田君も私たちと同じ力に目覚める可能性はある。ま、影時間も体験してるし、ほぼ確定と言っても良いとは思うけど、異能が使えることと戦える事は別だよ。私たちも何度も死にかけてるしね」

「七歌の言う通りだ。実際、シャドウとの戦いで一人仲間が命を落としている。彼、いや、彼女は野良ペルソナという特殊な存在だったが、自分が消える最期の瞬間に強力な敵を道連れにして私たちを救ってくれたんだ」

 

 特撮ヒーローのように自分たちのピンチに都合良く新兵器が完成し、それを使って一発逆転という訳にはいかない。

 一緒に戦っていようと仲間のピンチを助けられる保証はなく、既に自分たちは仲間を一人失ってもいるのだ。

 天田にその事をしっかりと伝え、危険と隣り合わせでヒーローへの憧れだけでは務まらないことを教えれば、続けて真田も真剣な表情のまま彼の方を向いて話しかけた。

 

「天田、お前何か運動はしてるのか?」

「あ、はい。一応、小学校のクラブでは週に一回サッカーをしてます」

「そうか。なら、普通のやつよりは体力もあるのかもしれない。だが、その特技では戦えないな。小学生の蹴りなど余程良いところに決まらない限り人間でも耐えられる」

 

 初等科では中等部や高等部と違って部活はなく、クラブ活動が週に一回あるだけだ。

 個人で習い事をする分なら話も違ってくるが、週に一回のサッカークラブでは運動していない者よりは体力があるくらいだろう。

 加えて、やっているのがサッカーではいくらキックが強くなっていようと戦闘に転用出来ない。

 湊のように全身のバネと身体のしなりを利用して威力を高めでもしなければ、小学生の蹴りがシャドウという化け物に通じる事はないのだ。

 よって、真田が今の天田には武器と呼べるものがないとハッキリ告げれば、指摘されて天田は落ち込み視線を俯かせてしまう。

 

「まぁ、何にせよ今日は装備もないし君を活動に参加させる事はない。譲歩しても護衛付きでの見学くらいだ」

 

 そんな天田を見かねた美鶴はしょうがないなと妥協案を出し、彼に自分たちの活動を実際に見ることを許可した。

 

――タルタロス65F

 

 アルカナシャドウを倒す度にタルタロスは登れる階層が解放されてゆく。

 タルタロスとアルカナシャドウがどう関係しているのかは不明だが、全くの無関係ではないことだけは確かで、七歌たちも満月から数日経って調子が回復してくると積極的に登ることにしていた。

 そして、実際にはもっと上の階層まで探索を進められているのだが、今回は天田の見学ということもあって先日開いたばかりのエリアの最下層で戦っている。

 正面の通路から黒い蛇が空中を泳ぐように接近してくる。敵の名は恋愛“情欲の蛇”。

 敵を睨み付けた七歌は薙刀を片手で持って、反対の手で召喚器を頭に当てるとすぐに引き金を引く。

 

「お願いゲンブ、ブフーラ!」

 

 バリンッ、と七歌の頭の中でガラスの割れる音が響く。そしてすぐに頭上で水色の欠片が回転すれば、その中央から黒い亀と亀に絡みつく蛇が現われた。

 七歌が呼び出したペルソナの名は節制“ゲンブ”。日本でも有名な四方を守る四神の一柱であるが、ゲンブは顔前で氷の槍を生成すると情欲の蛇に向かって撃ち出した。

 スキルの形状変化に着目して練習していたことにより、鋭さを高めた氷槍は通常のブフーラよりも高速で射出され、そのまま敵の胴体に突き刺さると敵は黒い靄となり消えてゆく。

 ゆかりと美鶴に守られながら遠くでそれを見ていた天田は、己の知る普段の様子と全く別の顔で戦う先輩たちを見て驚き思わず呟いていた。

 

「これが七歌さんたちの戦い……」

 

 拳銃自殺というペルソナの召喚方法にも驚愕したが、ペルソナを使わずに拳や武器で化け物と渡り合えている事も衝撃だ。

 ライオン型のバイクのような見た目をした戦車“マッハフォート”が突進してくれば、順平が横っ飛びで回避しつつすれ違い様に小さく斬りつける。

 ダメージでバランスを崩して減速した敵に、今度は真田が駆け寄って頭部を側面から殴り飛ばし転倒させた。

 倒れている敵が起き上がるまでは絶好の攻撃チャンス。

 七歌が号令をかけて仕留めに向かおうとすれば、パンッ、と勢いよく合掌してから掌を離したアイギスの手に狙撃銃ブレイザーR93 LRS2が現われ、他の者がどこから出したんだと驚いている間に構えて敵の眉間を撃ち抜いていた。

 そして、敵の消滅を確認したアイギスは、使った銃を両掌で挟むと消してしまい。合掌した掌を離すと狙撃銃を持つ前に持っていたキャリコM950が再び現われる。

 一緒に戦っていた者だけでなく、離れた場所からジッと見ていたゆかりや美鶴でも彼女の高速武装変更の謎は分からず、敵が一時的にいなくなったことで戻ってきたタイミングで七歌が尋ねた。

 

「アイギス、武器が銃なのは良いんだけど。さっきからどうやって武器チェンジしてるの? もしかして、そういうペルソナ能力?」

「いえ、これはあの方の武器を借りているだけであります」

 

 言いながらアイギスは自分の両手首に付けた黒いリストバンドを他の者に見せた。

 不思議な光沢のある素材で出来ており、ゆかりや美鶴などは湊の持っているマフラーに似た素材だなと思ったりもしていたが、そんな事を考えている間にアイギスの説明は続く。

 

「この中に多数の装備やアイテムが入っており、わたしはこう言った物が欲しいと考えながら取り出しているだけです。収納されている物が分からないので、実際に何が出るかは分かりませんが、今のところは求めている効果を発揮出来る装備が取り出せています」

 

 説明しながらアイギスはキャリコを仕舞うと、今度は手の中にナイフを出現させて見せた。

 持っている武器の収納から次の装備を出すまでにかかる時間は三秒未満。

 流石に一瞬での換装とはいかないけれど、どちらにせよ驚異的な速度ではあるため、銃火器を主武装としている彼女ならば弾倉を交換するより武器を変えた方が速いのは確かだ。

 それを聞いた者たちは再びキャリコを手にする彼女を見ながら呆れ顔になり、“あの方”とやらの持つ謎技術に美鶴などは頭を押さえる。

 

「正確な装備の把握が出来ないとはいえ、何でも入っているとすれば補給の心配が消えるな」

「確かにな。アイギス、それは食糧とかも入っているのか?」

「勝手に人の物を取るのはいけない事であります。わたしは武装の貸し出しの許可は頂いていますが、その他の物品については聞いておりません。よって、中に食糧があろうと取り出さないであります」

 

 リストバンドを渡した本人はそんな事は気にしないだろう。

 国宝すら収納されている伸縮自在な自分のマフラーを、わざわざ一部切り取って彼女に与えたのだ。

 取り出し口は増えたが繋がっている空間は共通であるため、アイギスが物の価値を知らずに使い潰してしまうことも考えられる。

 そんなリスクを負ってでも彼女に渡して取り出し方を教えたと言うことは、アイギスなら中身を自由に使って構わないという事だった。

 けれど、彼女はそんな風に拡大解釈はせず、中に武器が入っているから好きに使うといいという言葉を律儀に守っている。

 話を聞いた仲間たちは自分たちのピンチよりも、彼女はあの方との約束を優先させそうだなと思ってゲンナリしたが、気を取り直した順平がそういえばと作戦室で話していた七歌の特殊能力についてアイギスに感想を求めた。

 

「ってか、どうよアイギス。七歌っちの戦いっぷりに驚いただろ?」

「確かに他の方よりも体運び等が洗練されている印象を受けました。風花さんの指示に合わせて戦い方を変えている点も高評価であります」

「いやいや、そこじゃなくてさ。ほら、色んなペルソナ使ってたんだぜ?」

「そうですね。沢山使いこなせることは非常に便利だと思います」

 

 うんうん、と頷いているアイギスは確かに七歌の実力を評価していた。他の者よりも戦いに慣れており、自分や仲間の戦力を把握しながら戦闘中も指示を出せていた。

 新参のアイギスに関しては武器が銃であること以外は分かっていなかったので、遠距離型のゆかりにするような指示の出し方になっていたが、武装が換装出来ると分かったなら今後はもっと的確に指示を出せるようになるだろう。

 そうして、風花のサポートに合わせたペルソナの運用も含め、メンバー内ではトップクラスの実力だと思うと感想を述べれば、他の者がワイルドを初めて見たときの反応と違っていたことで、どうして驚かないのとゆかりが尋ねた。

 

「あー、アイギスさ。七歌が色んなペルソナ使えるの見ても驚かないの?」

「全く驚かなかった訳ではありません。ですが、ワイルドは稀少ではあっても七歌さんしか持っていない訳ではないので、わたしも初めて見たときほどの衝撃はありませんでした」

 

 驚かなかった理由を聞かされ、今度はメンバーたちが逆に驚かされる。

 これまで桐条グループではワイルドは七歌しか確認されていない事になっている。

 実際、順平やゆかりも七歌にペルソナチェンジのイメージを聞き、頑張って発現させようとしてみたが出来なかった。

 よって、ワイルドは七歌だけが持つ特殊な才能と認識していたことで、アイギスが他にもワイルド能力者を知っていると聞けば驚かずにはいられない。

 だが、メンバー内で唯一人、他にもワイルド能力者を知っている美鶴としては、もしかして“あの方”は彼なのかと心の中で不安に思いつついくつか確認を取る。

 

「待て、アイギス。君はグループの方でワイルドの情報を得ていたのか?」

「いいえ。エルゴ研時代のデータを保持していますが、ワイルドに関する記述は一つとしてありません」

「なら、何故知ってるんだ?」

「あの方もワイルドの能力者だからです。もっとも、十年前に既に力に目覚めていたことも併せれば、能力の質には大きな差があると思われます」

 

 十年前に目覚めていたワイルド能力者。そして、メンバー最強の七歌を超えるペルソナの力。

 尾行者を的確に狙って暗示をかけたことや、ロボットを人間にする技術に、時空間を超えた武器の転送を可能にする装備も含め、本当に相手は何者なんだという感情が全員の胸の奥で膨らみ続ける。

 別に全て相手が自力で手に入れた能力ではないのだが、日本の就労人口の三パーセントを担っている大企業の桐条グループですら分かっていない情報や謎の技術を所持している時点で、とんでもない化け物であることは確実だった。

 

「アイギス、あの方とやらは本当に女性なんだな?」

「はい、とてもお綺麗で会えば驚くかと。ですが、男性のことは生理的に受け付けないようなので、接触禁止であります」

 

 超がつく美少女であるアイギスが認める美貌。その時点で能力とは関係なく会ってみたいと思うが、順平が興味を持った直後に野郎はダメだと言われて肩を落とす。

 そんな順平を見て他の者たちは思わず笑い出すが、改めて相手の性別を確認した美鶴だけは、湊クラスの実力を持ったワイルドが他に存在するのかと考え、もしや前回の満月に出会った透き通るような金髪の少女かと予想した。

 それは間違いのようで正しくもあったが、一同が小休止を取っていると突然風花から通信が入ってくる。

 

《新たなシャドウ出現、順平君の後ろにある通路から来ます!》

 

 通信を聞いた瞬間、全員の表情が引き締められ戦闘モードに入る。

 それを眺めていた天田は本当にプロみたいだと思いながら、通路からやってくる敵の姿を見た。

 

「――――え?」

 

 敵の姿を見たとき天田は言いしれぬ悪寒を感じた。

 あの日、あの場所で、自分は似た存在を見ていると。

 

「あああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 やってくる敵の名は、皇帝“征服の騎士”。黒い馬に跨がる黒鎧の騎士であった。

 そんな敵の姿を見た直後、天田は突然叫び声を上げた。

 あの日の事は夢だと思っていた。否、誰も信じないから夢だと思い込もうと自分を誤魔化してきた。

 だが、夢だと、見間違いだと思っていた者は現実に存在したのだ。

 他の者たちが天田の異変に驚いている間に、本人は叫ぶのを止めるとキッと敵を憎しみの瞳で睨み、駆け出してゆく。

 その際、ゆかりが足に着けた召喚器を抜き取り、他の者たちが止める暇もなく敵の正面に立った天田は額に当てた召喚器の引き金を引いていた。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 腹の底から響いてくるような、変声期前の少年には似つかわしくない雄叫びをあげる。

 そして、バリンッ、と頭の中で音がすると水色の欠片が舞い始め、彼の頭上で心の化身が具現化した。

 丸鋸のような刃が縦に身体を覆った異形のペルソナ、正義“ネメシス”。

 その名は“義憤”を意味し、神の怒りと罰を司るニュクスの娘である。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 現われたペルソナにさらに力を送り込み、天田は敵に向けてハマを放った。

 殺到する御札と地面に現われた光の魔法陣によって動きを封じられた敵は、最後には全身が弾けるように黒い靄になって消滅していった。

 敵の弱点が偶然にも光であったから上手く決まったが、呼び出したペルソナが消えると同時にその場に座り込んだ少年を追って来た者たちが叱責する。

 

「天田、お前は一体何を考えているんだ! あれほど危険だと言っていたというのに!」

「はぁ、はぁ……あの、すみません。でも、どうしてあいつを見たら抑えられなくて……」

 

 彼のことを心配して声を荒げた美鶴に、天田は初召喚の疲れから肩で息をしながら申し訳なさそうに謝罪した。

 しかし、先ほどの行動には何やら理由があったようで、訳があるなら話してみろと真田に促されぽそりと先ほどの行動について語り始める。

 

「二年前、僕の母さんが事故で死んだんです。でも、僕はあのときの事を覚えてる。母さんは事故で死んだんじゃない。この影時間に、黒い馬の化け物が暴れてそいつに殺されたんですっ」

「じゃあ、さっきのシャドウがお母さんの(かたき)なの?」

「……分かりません。でも、僕は母さんを殺したあのシャドウが赦せない。だから、お願いします。僕も戦わせてください! もう誰も、母さんみたいな目に遭って欲しくないんです!」

 

 七歌に聞かれても天田は分からないと首を振る。それはそうだろう。同じ見た目のシャドウは多数存在するのだ。

 これまで七歌たちも騎士系のシャドウは倒してきたし、その中に実際に天田の母親を殺した個体がいた可能性もある。

 だが、どれが本当に母親を殺した個体かは関係ない。もう誰もシャドウに殺されないよう、そのために自分は戦いたいと天田は仲間に入れてくれと頼んだ。

 それをきいた他の者たちはアイギスを除いて一様に複雑な表情を浮かべる。彼の事情は分かったし、戦うための力を持ったことで資格があることは認める。

 ただ、やはり子どもを戦わせるのはどうだろうかとしばし悩んだ末、組織の決定権をある程度任された美鶴がしょうがないと嘆息してから言葉を返した。

 

「……目覚めてしまった以上、本人に戦う意思があるなら止められない。だが、組織に所属するなら先ほどのような独断専行は無しだ。指示にはしっかりと従って貰う」

「はい。よろしくお願いします!」

 

 とんだ驚きの連続だったがこれで天田の参加は正式に認められた。

 それに安心して笑みを浮かべていた天田に、七歌が勝手な事をした罰だと言って拳骨を落としてから一同は脱出装置を目指し、本気で痛くて涙目になっている少年を含めたメンバーたちは帰還していった。

 

7月26日(日)

昼――巌戸台商店街

 

 影時間が明けた日の昼、真田は荒垣に大事な話があると言って呼び出していた。

 相手は急になんだと訝しんでいたが、はがくれで昼を食べてから店の外を歩きながら真田は昨夜のことを全て話した。

 天田が寮で暮らすようになったこと、影時間に関わることを知ったこと、そして母親の事故の記憶があったことでシャドウを憎みペルソナに目覚めたことを。

 途中までは黙って話を聞いていた荒垣は、尾行くらい気をつけろと不注意で子どもを巻き込んだことを責めたが、ペルソナを呼び出してシャドウを倒した経緯を聞くと再び黙り込んだ。

 そして、全てを話し終えたことで、真田は今日その話を伝えた本当の理由を切り出した。

 

「シンジ、戻ってこい。お前が後悔し続けている事は知っている。だが、だからこそお前は戻ってくるべきだ」

 

 これまで何度も聞いてきた戻ってこいという言葉。しかし、今回のそれは重みが違う。

 本当に悔いているのならば、贖罪のためにも共に戦って天田を守らなければならない。

 今まで真田は荒垣のせいではないと庇う言葉を言い続けていたが、事情が変わったことで罪を犯したと思っているなら自分で償えと言っているのだ。

 言われた本人は幼馴染みに言われるまでもなく分かっている。今が償うチャンスということも。

 けれど、それは自分が救われたいと思っているだけではないかという葛藤があり、本当に天田のことを考えているのかと悩むこと数分。深く溜息を吐いてから荒垣は顔をあげた。

 

「……わかった。だが、その前に俺は寄るところがある。夜には行くから部屋の換気でもしといてくれ」

「そうか。他の者にも伝えておく。逃げるなよ、シンジ」

「うるせえ。さっさと帰れ」

 

 彼が戻ってくると分かった真田は悪戯っぽく笑って逃げるなよ言い残していった。

 それは幼馴染みなりの心遣いだったが、当然、真田よりも気を遣える荒垣も気付いていた。

 そうして、嬉しそうに帰って行く真田の背中を見送った荒垣は、携帯を取り出すとある人物に電話をかけた。

 自分の罪と向き合う時が来たのだ。少年に断罪されるまでは自分が彼を守らなければならない。

 そのために必要な力を取り戻すため、荒垣が相手の応答を待っていると三コール目で電話が繋がった。

 

「……有里、事情が変わった。ペルソナを返してくれ」

《……天田が特別課外活動部に入ったんですね。まぁ良いですよ。三百万持ってきてください。それでお返しします》

 

 相手がこちら側の事情を察していることに今更驚きはしない。彼には能力の眼があるのだ。範囲は分からないが街中の事は大体見られると思っていい。

 しかし、後半の言葉を聞いたところで荒垣は噴き出し、なんの冗談だと抗議する。

 

「おま、あり得ねえだろ! 元々俺の物だぞ!」

《貸し金庫って知ってます? 預かって貰うにもお金が掛かるんですよ。なので、これは正当な対価です》

「……そんなに持ってねぇよ」

《なら、貧乏人と話すことはありません。桐条グループに頭でも下げてキャッシュで借りてから来てください》

 

 電話を切ろうとしてくる相手の背後から、「有里君、衣装チェックしてー」という女性の声が聞こえてくる。

 そういえばアイドルと一緒に何かしていたんだったなと思い出すが、そんな仕事場で平然と法外な貸し金庫代を要求してくる神経が分からない。

 このままでは自分はペルソナの守りもなく生身で戦う事になるため、どうにかしてでも返して貰おうと頭を捻った。

 

「待て、まだ切るな。金以外に何か方法ないのか?」

《無いですね。大概の物は手に入るので》

 

 聞いてこのブルジョワめと近くの電柱を殴りつける。殴った拳はジンジンと痛むが、それでも殴らずにはいられなかったのだ。

 このままでは本当に美鶴に頭を下げて金を借りることになってしまう。事情を話せば相手が湊ということもあって、美鶴は簡単にお金を用意してしまうだろう。

 どうして彼女がそんなにも湊のことを気にしているのかは分からないが、箱入りのお嬢様がアウトローな青年に無自覚な恋心を抱いていると推測している荒垣は、金銭のやり取りが発生すればその関係は恋愛には繋がらないだろうとして別の策を考える。

 

「頭金を払っての分割は可能か?」

《ローンや奨学金じゃあるまいし、キャッシュ一括に決まっているでしょう。払い終わる前に戦いで死ぬ可能性もある以上、一括以外は認めません》

 

 言われ、確かにそうだが知り合いが死んだときの事を考慮し、淡々と冷静に話すなと文句を言いたくなる。

 彼と交渉するための情報は何かないか。脳をフル稼働させ、そういえば気になっていた事があった事を思い出す。

 もし、彼女が嘘を吐いていたならという前提の話になるが、桐条側に情報が渡ることを拒んで嘘を吐いたなら意味も分かる。

 ふぅ、と落ち着くために一呼吸置いてから、荒垣は自分の推測から立てたとある考えを彼にぶつけた。

 

「有里、ついこの前、あの寮に一人メンバーが加わった事は知ってるか?」

《……ええ、女子が一人ですよね》

「ああ。けどな、そいつと会ったばっかりの頃に興味深いことを言ってたんだ。自分のペルソナはある人が持ってるってな」

 

 これが卑怯だという事は分かっている。しかし、最低でも交渉出来るだけの状態に持って行くには脅すしかない。

 荒垣は自分が力を取り戻すにはこれしかないのだと割り切ってさらに続けた。

 

「なぁ、俺のペルソナを抜き取ったお前の力と似てるとは思わねえか?」

《似てるもなにも彼女のペルソナを持ってたのは俺ですよ。アイギスとは十年前から知り合いですから》

「って、ストレートに認めんのかよ」

《別に絶対に隠し通さないといけない事ではありませんし。というか、こっちを脅すのなら俺は天田に全部伝えるだけですよ。お前の母親を殺したのはこの男で、こいつらはそれを黙って傍で見ていたって》

 

 あまりにもあっさりと認めた事で荒垣は拍子抜けしてしまう。

 本人に隠し通す気が無いのであれば、なんの脅しにもならない。

 むしろ、カウンターで喰らったダメージの方が大きく、被害が自分だけでなく美鶴や真田にまで及ぶと認識したことで荒垣は何も言えなくなった。

 そうして、荒垣が万策尽きて黙り込んでいると、電話の向こうが騒がしくなり何やら忙しくなってきたようで、仕事の方に集中したい湊から面倒そうな声が届く。

 

《脇が甘いんですよ。まぁ、付き纏われても面倒なのでペルソナは返してあげますよ。タロットカードを送るので、それを先輩が握り砕いてください。他の方が砕くと俺に戻ってくるので気をつけてください》

「あ? お、おお。悪いな」

《では、忙しいので失礼します》

 

 急に無償で返してくれると言われて荒垣は驚いた。しかし、返して貰えるのならこの際何でもいい。

 気分屋な青年が相手だったことで、あまり気にせず礼を言った彼は、電話を切ると今生活しているアパートに荷造りをしに戻った。

 そして、その日のうちに巌戸台分寮に移った彼は、いつカードが送られて来るのだろうかと気にして過ごし、十時過ぎに『一階男子トイレの個室』とだけ書かれたメールを受け取りトイレに向かうと、洋式便器の中に沈んでいたカードを発見し悲しみに包まれた。

 確かに他の者にバレないかもしれないが、誰にも気付かれずにそんな場所に置いていく事が可能なら部屋に置いて行けたはず。

 これが金を払い渋った代償かと思いながら、荒垣はピンクのゴム手袋をはめて便器に沈んだ“ただのカード”を握りつぶし、何も起こらず失意に沈んで部屋に戻ると本物のカードを発見したことで、自分の苦悩はなんだったんだと多大な心労を負ったのだった。

 


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