【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

232 / 504
第二百三十二話 屋久島旅行

7月20日(月)

午後――屋久島

 

 期末テストも終わって連休に入ると、七歌たち特別課外活動部のメンバーは普段の活動の労いも兼ねた屋久島旅行に来ていた。

 新幹線と電車で鹿児島まで行き、そこからはフェリーに乗ってゆったりと屋久島を目指す。

 今回の旅行には事前に誘われていた荒垣も同行しており、船の中を探検するという順平や船の上で筋トレを始める幼馴染みを止めたりと一人忙しそうにしている。

 そんな男子三人のやり取りを見ながら談笑していた女子たちは、そろそろ島が見えてくるという船内アナウンスを聞くと外に出て、遠くに見えてきた自然豊かな島と青い海にゆかりが感動の声を漏らした。

 

「うわー、ようやく見えてきたね!」

「海の色がすごく綺麗ですね。それに東京よりとっても暑いし」

「風花、まだ脱いじゃダメだよ。他のお客さんもいるんだからね」

「ぬ、脱がないよぅ!」

 

 暑くてもここでは脱いじゃダメだよと七歌が言えば、風花は顔を真っ赤にして脱ぎませんと言った。

 女性陣四人の中で一番初心で純粋そうな見た目に反して、最も経験豊富なのが風花なのだ。

 両者同意の上なので案件ではないが、それもこれも全て一人のクズのせいであり、七歌たちも彼女が彼としてきた具体的な内容までは聞いていない。

 しかし、いくらなんでも自分たちの通う学び舎で致していたり、友人同士の女子三人を集めて相手にしているとは思わないだろう。

 青年の保護者であり母親代わりである二人の女性には既に伝わっていて、その件について再三の説教と注意を受けていても改めていないことから、精神疾患であることを大目に見てもギルティなのは確実。

 近いうちに青年は母親たちからかなりキツメのお仕置きを受けることになるだろうが、それはそれとして男子たちも島が見えてきたことに気付いて甲板に出ると、柵から身を乗り出すようにして興奮した様子の順平が叫んだ。

 

「おほー! みえてきたー! すっげぇ、ついにきたぜ! YA・KU・SHI・MAー!!」

 

 やけに屋久島の発音が変だが本人は気にしていない。携帯を取り出して写真を撮りまくっているが、携帯のカメラの望遠機能は大したことがないので、もっと近付かねばハッキリとした写真は撮れないだろう。

 そんな順平に遅れて出てきた三年生男子二人は、先ほどの順平の言葉が聞こえていた荒垣が呆れ顔を浮かべていた。

 

「なんで屋久島の発音が妙に片言なんだよ……」

「浮かれているからだろ。俺も南の島の熱気にあてられ身体を動かしたくなってきた」

「おう、いいぜ。お前ら二人だけこっから泳いでいけよ」

「ふむ、それは中々楽しそうだな」

 

 皮肉を言ってもトレーニング馬鹿には通じない。海と島を眺めながら真田がストレッチを始めたことで、まさか本当に泳いでいく気かと驚いた荒垣が止める一幕もあり、女子たちは楽しく、男子たちは荒垣が様々な苦労を負いながら屋久島へと上陸した。

 

***

 

 フェリーが港に到着すると、既に迎えの車が来ていて乗り込んだ一同は桐条別邸に向かった。

 見えてきた屋敷は本家ほどではないが、周囲から浮いているくらいには豪華なもので、車を降りてから屋敷の中を歩いている間中ずっと庶民なメンバーはぽかんとしている。

 

「世界の豪邸訪問って感じでマジすげー……」

「あそこに飾られてる壺も何千万もするのかなぁ?」

「んにゃ、あれは一五〇万そこそこでしょ。てか、そんな何千万もするのをこんな玄関通路に飾ってたら嫌味でしかないし」

 

 割ってしまったらどうしようとビクビクしている風花に対し、そこまで高級品じゃないと七歌が教えてやる。

 彼女も美鶴ほど世間ずれはしていないが、育ちは十分に上級階級なので審美眼も確かで壺の価値を見事に言い当てた。

 もっとも、一五〇万円であっても高級品には違いないので、順平と風花に真田と荒垣を加えたメンバーが廊下は慎重に歩こうと固く心に決めていた。

 そんなメンバーたちの珍しく緊張した様子が面白いのか美鶴もクスクスと笑っていると、正面の扉が開いて眼帯をつけた男性が一人歩いてきた。

 相手の姿を視界に捉えると美鶴も少々緊張した様子を見せたが、他の者たちが動くよりも早く七歌が勝手に口を開いてきた。

 

「はじめましての人に紹介しましょう。この強面の御仁が美鶴さんのパパさんです! やぁやぁ、お久しぶりですな。旅行中はお世話になります!」

「う、うむ。美鶴も、他の者たちも、束の間の休暇だがゆっくりしていくといい」

 

 急に七歌が笑顔でフレンドリーに挨拶したことで、桐条は肩をびくりとさせて挨拶を返した。

 桐条グループのトップにここまで親しげに接することが出来る者など、彼の妻である英恵を除けば七歌くらいのものだろう。

 本来ならば一瞥するくらいでほぼ素通りする予定が、完全にペースを乱されたことで他の者たちにも挨拶することになり、七歌に倣ってメンバーらも「お世話になります」と頭を下げれば桐条は頷いて去って行った。

 そんな父の珍しい姿を見た美鶴は自由な後輩に苦笑していたが、七歌がどうしたのかと尋ねれば何でもないと返し、屋敷のエントランスに到着したところで他の者たちに部屋の説明をした。

 

「部屋は沢山あるから個人で用意してある。ただ、部活行事という体を取っているので、男子は西側、女子は東側でフロアが異なっている。ホテルのように部屋番号で内線が繋がるようになっているが、何かあれば使用人に連絡して聞いてくれた方が早いだろう」

 

 どんな時間であっても主人とその客人に最高のおもてなしが出来るよう、桐条家の使用人たちは当直を決めて二四時間体制で対応出来るようにしていた。

 故に、何かあれば自分より屋敷について詳しい使用人に尋ねてくれと告げ、風呂や食堂にトイレの場所など最低限の施設案内を終えると部屋に移動しようという話になった。

 だが、解散する前に既に泳ぐ気満々だった順平が、荷物も置いていないというのに「行こうぜ!」とすぐに遊びに誘った。

 

「じゃあ、さっそく海に行くとしますか!」

「え、ちょっといきなり? 流石に着替えとか少し時間掛かるよ?」

「んじゃ、男だけ先に行っとくぜ! 一秒も無駄にできないからな! 真田さん、荒垣先輩、着替えてソッコーでビーチ集合っす!」

 

 言うだけいうと順平は部屋の場所を聞いて鍵を受け取るなり走って行った。

 捨て台詞で「一番乗りだ!」とも言っていたことで真田も勝負と思ったらしく後に続いたが、そんな二人を見送った他の者たちはガキっぽい男子に苦笑し、荒垣に三〇分くらいはかかるから待っていてくれと言付けて別れた。

 分かったと返事をしてから自分も部屋に向かう荒垣は、旅行の間はずっと自分が馬鹿二人のお守りをするのかと肩を落とすのだった。

 

――ビーチ

 

 真夏の眩しい太陽、日の光が反射し輝く白い砂浜、どこまでも広がり透き通るような青い海、着替えて浮き輪やビーチボールを持ってやってきた順平は素晴らしい光景に感動していた。

 

「くぅぅぅ、サイッコーのバカンスだぜ!」

「あまりはしゃぎ過ぎて水分補給を怠るなよ。脱水症状にでもなったら休暇も台無しだからな」

「……そう言うならお前も荷物持てよ。クーラーボックスにくだらねぇプロテイン飲料まで入れやがって」

 

 遅れてやってきた真田は泳ぐのにいい環境だとストレッチを始めるが、飲み物の入ったクーラーボックスを肩に掛けて持ってきた荒垣は重いんだよと幼馴染みに文句をいう。

 空いているパラソルの下に荷物を置き、真田に倣って準備運動を始める荒垣は黒地に白で南国の草花が描かれた落ち着いたデザインの水着を着用している。

 対して、真田は肌が白いからか上はTシャツを着て、下はピチピチのブーメランという目のやり場に困る水着だ。

 順平はというとトレードマークのキャップを後ろ向きに被り、朱色を基調とした夏らしい派手な水着で何やらソワソワしている。

 他の男子二人はどうしたんだと訝しんでいるが、その理由も数分後に理解出来た。

 

「うわぁ、すっごいキレー!」

 

 ピンクのビキニに下はデニム、普段付けているチョーカーは外しているが代わりにサングラスを頭の上にかけてきたゆかりは、ビーチに来るなり男子同様美しい景色に感動の声を漏らす。

 

「おっと、ゆかり選手! 想像より結構強気なデザインですな! やはり部活で絞れているという自信が大胆さに繋がっているんでしょうか!」

 

 しかし、そんなやってきたばかりの彼女を見た順平は、手をマイクを持っているような形にすると急に実況の真似事をし始めた。

 言われたゆかりはすごく嫌そうな顔してからゴミを見るような目で順平を見ているが、そんな視線を送られている当人は続いて現われた風花の方を見ていて気付かない。

 

「やっぱり暑いけど風が気持ちいいね。あ、荷物はそこですか?」

「続いて現われたのは風花選手! つか、え……それなんも入れてないよな? ほえー、風花ってめっちゃ着痩せするタイプ?」

 

 彼が驚くのも無理はない。風花は小柄でスタイルもパッとしないようにみえていたのだが、脱いでみるとゆかりに負けないくらいスタイルが良かったのだ。

 実際のサイズはゆかりの方が上だが、小柄であることを考えると風花の方が大きく見えるくらいである。

 それ故、順平の実況を聞いた他二人の男子も風花の方を思わず見るが、突然男子たちから無遠慮な視線で見られたことで風花は胸元を両手で隠すとゆかりの後ろに隠れてしまった。

 上級生二人はそこでハッとして自己嫌悪しているのか気まずそうな顔をする。

 

「おっと、ここで大本命の登……場……だ…………」

 

 だが、次にやってきた者を見たときには思わず目を奪われ、順平ですらも途中で言葉を紡げなくなっていた。

 透き通るような白い肌、すらりと伸びる長い手足にくびれた腰、清純さを感じさせる白いホルターネックに赤いハイビスカス型のアクセサリーを付け、腰にはパレオを巻くことで落ち着いた大人の色気も醸し出している。

 これが本当に自分たちと同じ高校生なのか。完璧なプロポーションと圧倒的な質量で主張してくる双丘に目を奪われ、順平だけでなく真田と荒垣もやってきた美鶴から視線を逸らせず。遅れてきたことを謝罪して彼女が微笑んだときにはドキリと心臓が跳ねた。

 

「すまない、遅くなった」

「い、いやぁ、ぜんぜん待ってないッスよ! 女性を待つのも男の甲斐性のうちってね!」

「フフッ、そうか。七歌ももう降りてくるのであと少し待ってやってくれ」

 

 緊張して声が上擦りながらもちゃんと言葉を返せたのは、彼が普段からお調子者で喋り慣れているからだろう。

 これが真田や荒垣ならば女性慣れしていない事もあって、言葉に詰まって何も返せていなかったはずだ。

 なははーとだらしのない顔で笑う順平と、仲間の女性的な部分を意識して気まずくなった男二人が視線を逸らし、男たちの様子に気付かぬまま美鶴は美しい海を眺めている。

 それを客観的に見ていたゆかりと風花は、湊のおかげで少しは男に慣れていた事もあり、男が三人とも童貞だと理解するとともにその無防備さから世間知らずなお嬢様を自分たちが守ってやらねばならないと考えていた。

 どうやって野獣たちからお嬢様を守るかについては、作戦の立案等が得意な人材がいるので到着を待てば良い。ゆかりと風花がアイコンタクトでそう思っていると、オレンジの水着に麦わら帽子と大きな浮き輪を装備した少女が坂を駆け下りてきた。

 

「よう、待たせたな!」

「おおっと、トリを務める七歌選手の登場だ! 弾けるパッション溢れる水着と普段は隠されたラインのコラボレーション! ゆかりっちに続いて七歌っちも大胆なデザインでオレ的にチョーグッジョブって感じだぜ!」

「へへっ、そういう男三人は芋臭いな! 一緒にバカンスを楽しむなら八雲君みたいなイケメンが良かったぜ!」

 

 登場するなり太陽のような輝く笑顔で毒を吐く七歌。瞬間、男たちは心に大ダメージを負ったのか砂浜に膝をついていた。

 上級生二人は湊と比較され下に見られたことが屈辱で、順平は小物で精一杯のオシャレをしようと素体のイケメンにすら勝てないのだなと残酷な現実に打ちひしがれ、心の中でチクショーと叫びながら砂浜を殴りつける。

 そんな奇行を見せている男たちを無視して脱いだ帽子をパラソルのところに置いた七歌は、グッグッと準備運動をしつつ他の女性陣に声を掛ける。

 

「んじゃ、とりあえず泳ぎますか。シュノーケル持ってきたから軽く潜ったりも出来るよ。シュノーケリングしたいなら私ダイビングのライセンス持ってるから案内するし言ってね」

「え、そうなんだ。初耳だけどそれなら後で機材借りて本格的なスキューバダイビングもしてみたいかも」

 

 桐条家ほど派手に名前を知られてはいないが、七歌も生まれは由緒正しい家柄なので上流階級の暮らしはしていた。

 おかげで両親と南の島にダイビングをしに行く事もあり、せっかくなら色々なところで潜れるようにと資格も取っておいたのだ。

 実際のところダイビングには運転免許のような国家認定資格はなく、潜りたければ禁止区域でもない限りは個人の責任において自由に潜ることは出来る。

 ただ、レジャーとして楽しむ際にはダイビングショップやスクールから資格の提示を求められ、持っていないのなら参加を認められないと断られてしまうのである。

 今回の場合は既に資格を持っている七歌が教える他、幸いなことに桐条家の使用人の中にはインストラクターを務められる者もいるので、その者達に指導を受けつつ楽しむことになるだろう。

 

「ボンベなどの機材は屋敷にある。あまり沖に出ても危険だから今回はボートはやめておくが、桟橋の辺りから潜ってもいいかもしれないな」

「本当ですか! 沖縄ではシュノーケリングだけだったから、本格的なダイビングなんて初めてです。七歌ちゃん、そのときはよろしくお願いします」

「おう、任された! んじゃ、とりかえず最初は何も考えずに海ではしゃごう!」

 

 持ってきていた携帯で屋敷に機材の準備とインストラクターを頼み、七歌たちはそれまで遊んでいようと海に向かって駆け出してゆく。

 立ち直った順平達も一緒に海へと飛び込んでいけば、メンバーたちは日頃の戦いの疲れを癒やすべく夏の海を満喫するのであった。

 

 

夜――桐条別邸

 

 屋久島の海を満喫した一同は食事を終えて休んでいると、話すことがあるからと集まるように言われリビングにやってきた。

 他の者たちが来たときには既に部屋には桐条と美鶴と幾月がおり、女中に飲み物の用意を頼むとメンバーらもソファーにかけてゆく。

 そのまま少し待てば飲み物が到着し、それを各人の前に置いてから女中らが部屋を出て行けば、これまで沈黙を守っていた桐条が顔を上げて口を開いた。

 

「まず初めに君たちには礼を言わせて欲しい。これまでの戦いと多大なる協力に感謝を」

 

 日本の就労人口の二パーセントを担っている桐条グループのトップ。そんな人物からの言葉に、慣れない者たちは緊張もあって恐縮してしまう。

 ただ、自分たちのこれまでの頑張りが大人から認められたことも実感出来たので、順平などは戸惑いつつもどこか嬉しそうにしていた。

 子供たちに礼を言った桐条はそれぞれの顔を見渡し、それから本題である十年前の出来事について語り始めた。

 

「美鶴からも大体は聞いていると思うが、全ての始まりは父・鴻悦がシャドウの力を利用し、あるものを造ろうとした事にある。私の父が造ろうとしていたものは“時を操る神器”と呼ばれるものだ。シャドウの時空間に干渉する力を利用し、自らが数多の時の流れを掌握する時の支配者になろうとしていたのだ」

 

 シャドウたちの持っている不思議な力は七歌たちも聞いている。幾月から説明も受けていたことで、やつらが自分のまわりにだけ影時間の性質を持ったフィールドを展開出来ることなども知っていた。

 しかし、そういった力を利用したとして、どのような事までが実現可能になるのかいまいちイメージが湧かず、当時の資料などが残っていて分かっているなら教えて欲しいと風花が質問した。

 

「時の支配者って例えばどんな事が出来るんですか?」

「あくまで仮説に過ぎないが事象の観測と干渉が出来るらしい。それが事実であるならば、己の不利益になることを事前に知ることも出来れば、障害となる者の両親が出会うのを邪魔することも出来る」

「すげー、ってことはマジでタイムマシンってことか」

 

 想像以上のスケールに驚く順平に、他の者たちも確かにそうだなと同調する。

 もし権力を持った者がそんな力を利用することが出来れば、力を手に入れた者は文字通りに敵無しだろう。

 お前が生まれてこないようにしてやると言えば従うしかなくなり、秘密裏に動こうにも過去と未来を見て自分の行動は筒抜けになってしまうのだ。

 実現していれば誰も逆らえなかったので、本当に研究が失敗して良かったなと安堵の息を吐いていると、桐条がリモコンを操作してプロジェクターとスクリーンを用意し始めた。

 これから一体何が始まるのかと思っていれば、桐条は映像を流す準備をしながら言葉を続けた。

 

「当初はそのための研究だったが、晩年の父は深い虚無感のようなものを抱いていたようで、主導する父の影響から研究自体がおかしな方向へと進んでいった。相手はグループのトップだ。何より未知の存在に対して皆が手探りで探っていたことで気付くのが遅れた」

 

 桐条が話を止めるとスクリーンに荒い映像が映し出される。

 ボロボロの建物の中でところどころに瓦礫が転がり、さらに黒煙と炎も一緒に映り込んでいる画面の中には一人の男性がいて、音声が飛び飛びになりながらも男性が話し始めた。

 事故は当時の桐条家当主のせいでおかしな方向へ変わっていった。自分は成功に目が眩んで研究に荷担した。影時間を終わらせるには飛び散ったシャドウを倒す必要がある等々、映像は乱れつつも内容は全て聞き取ることが出来た。

 最後に男性が爆発に呑まれていったことで、見ていた者たちは気まずげに視線を落としたが、子供たちのそんな様子に構わず桐条は今見た映像が何であるかを語りだす。

 

「これは当時の事故の様子を残した唯一の映像だ。彼の名は岳羽詠一朗、父に見出され研究の主任を務めていた男だ」

「え、岳羽って、まさかゆかりの……」

 

 男性の名を聞いて七歌が言葉を漏らせば他の者たちも一斉にゆかりを見た。

 すると、ゆかりは動揺しているのか直前の桐条の言葉も聞こえていなかった様子で、今見たばかりの映像で理解したことをそのまま口にする。

 

「ま、待ってよ。それじゃあ、全部本当にお父さんのせいだって言うの?」

「それは違う岳羽。君のお父様一人の責任ではない」

「何が違うって言うんですか! お父さんのせいで事故が起きて、沢山の人が被害に遭って! それで……有里君のご両親だって結局はお父さんが殺したようなもんじゃない!」

 

 事故を起こしたのが自分の父親だと知ってショックを受ける彼女に、美鶴はゆかりの父親だけのせいではないと説明する。

 だが、映像の中で本人も言っていたではないかと声を荒げ、ゆかりは席を立つとそのまま部屋を飛び出して行ってしまった。

 出て行くゆかりに向かって美鶴が「待て、岳羽っ!!」と声を掛けるも効果はなく、そのまま姿が見えなくなったことで部屋の中に気まずい沈黙が降りる。

 それはそうだろう。事故を起こした者たちの尻拭いという形で行なってきた戦いが、実は自分の父親のせいで、さらに同級生のご両親の死に繋がっていたのだから、今の彼女の心の中を思えば誰も口を開くことは出来ない。

 けれど、このままではいけないと思い、友達のために真実が知りたいと風花が桐条に向かって尋ねた。

 

「あの、本当にゆかりちゃんのお父さんが十年前の事故を起こしたんですか?」

「詠一朗が関与していた事は確かだ。だが、美鶴の言った通り彼も荷担していただけであり、あの事故の責任は彼個人ではなく我々桐条グループにある」

 

 聞いて責任の所在はその辺りが妥当だろうなと納得する。

 そも、桐条グループのトップが主導して研究を行なっていたのだ。いくら研究主任だろうと雇われている身に過ぎず、上の許可や指示がなければ勝手な研究は行えない。

 ただ、いくら頭ではそうやって理解出来ても、彼女にとっては事故の当事者が問題なのだと美鶴が桐条に説明した。

 

「岳羽は、有里湊と一時期交際していました。そして、今もまだ彼の事を想っています。それだけに、彼から両親を奪った事故の原因が自分の父親だと知って、どうしていいか分からなくなってしまったのでしょう」

「……そうか」

 

 そういった事情であれば何も言えないと桐条も思わず黙ってしまう。

 他の者もゆかりを慰めるだけの言葉は持っていないので、七歌がしょうがないと迎えを言い出すまで誰一人何も話せずただその場に残っていた。

 

***

 

 部屋を飛び出したゆかりはそのまま屋敷の外に出て海まで来ていた。

 信じていた父に裏切られたことで頭の中はグチャグチャになり、父のせいで自分の愛する人が孤独になったと知って胸が強く痛んだ。

 どうすれば良いのかも、何をすれば良いのかも分からず、ポケットに入れていた携帯を取り出すと、今はただ謝らねばとゆかりは電話をかけた。

 夜の闇のせいもあるのだろうが昼間はあんなに綺麗だった景色が今は酷く寂しく映る。視界は涙で歪み、嗚咽でまともに話せる状態ではないのだが、数回コール音が鳴ったところでプツッと繋がりその瞬間ゆかりは泣きながら謝罪の言葉を口にしていた。

 

「ゴメン、ゴメンね、有里君っ」

《……急にどうした?》

「十年前の事故、お父さんのせいだった。ずっと信じてたけど、だけど、本当にお父さんのせいでっ」

 

 急にゆかりが泣きながら謝ってきたことで電話の向こうにいる湊も困惑する。

 言っていることが無茶苦茶で、とりあえず父親のしたことで謝罪したがっていることは分かるが、どういった経緯でそういう事になったのか分からないと混乱するばかりだ。

 

「謝っても許されてる事じゃないのは分かってる。でも、ゴメン有里君。私のお父さんが君のご両親を殺したのっ」

 

 しかし、ゆかりは相手のことを考えているほど心に余裕がないため、ただ心のまま彼に対して謝罪を口にし続ける。

 ズボンが汚れることも気にせず浜辺に座り込み、肩を落として携帯を持っていない方の手で泣きながら砂を強く握り締めて。

 すると、携帯を通話状態にしたまま湊はしばらく黙り込み、ゆかりが言葉を吐き出しきるのを待って、それからようやく静かな声で言葉を返してきた。

 

《……話の流れはよく分からないが、十年前の事故の原因がおじさんだった事は知ってたぞ》

「……え? あの、それ、どういう意味? 私は十年前の映像で、お父さんが自分の責任だって言ってるの見たんだけど……」

《ああ、あれか。それなら俺も知ってる。というかマスターデータは俺が持ってるからな》

 

 一瞬相手の言っている事が理解出来ずゆかりはキョトンとする。

 自分が先ほど見たのは事故当時もテレビで流されていない極秘映像のはずだ。彼がそれを見る機会などないだろうと思ったのだが、マスターデータを持っていると聞いてゆかりは急激に自分が冷静になるのを感じながら純粋な疑問を口にした。

 

「なんでそんなの持ってるの?」

《研究所を離れるときに研究員がくれたんだ。だから、桐条に残ってるのはコピーデータの方になる。ああ、お前にデータのことを伝えなかったのは影時間との関わりがなかったからだぞ》

 

 知っていたなら教えろよという理不尽な怒りが湧き上がってくるも、そういう理由ならしょうがないかとすぐに納得もする。

 自分よりも彼の方が桐条グループとの関わりも深いのだ。こういうこともあるのだろうと考えながら、ゆかりは服に付いた砂を払い落としながら立ち上がった。

 

「じゃあ、有里君は自分の両親を殺した人間の娘だって知ってて私と一緒にいたの?」

《まぁそうなるな。ただ、事故についてはおじさんの責任でもあるってだけだ。おじさんが俺の両親を殺した訳じゃない》

「でも、お父さんが研究なんかしてなければご両親は生きてたかもしれないんだよ?」

《そういった可能性の話をすれば、ポートアイランドインパクトとは関係ない事故で死んでいたかもしれないだろ。考えるだけ無駄だ》

 

 ゆかり個人は父親のしたことで彼の両親が死んだと思っていて責任も感じている。

 だが、その被害者本人が別に気にしなくて良いと、責任を感じている加害者家族より軽く考えているから話がややこしかった。

 幼い子供から両親を奪ったのだ。一生掛けても償いきれる物ではないと考えるのが普通だろう。そう思ってゆかりがさらに申し訳なさそうにしていれば、

 

「でも、やっぱり……」

《面倒臭い。お前は俺から離れたいのか一緒にいたいのかどっちなんだ?》

 

 青年がバッサリと言葉を切り捨て、そんな事はどうでもいいから自分はどうしたいのか言えと言ってきた。

 急にそんな事を言われてもゆかりとしては父のした事による罪悪感があるので、やはり彼とは距離を置くべきだと考えてしまう。

 しかし、それとは別に岳羽ゆかりという少女個人としての気持ちを考えると、迷うことなく一緒にいたいというのが本心だった。

 お互いの立場と己のエゴ、どちらで考えても正解であり間違いでもあるように思える。

 もしもゆかりが被害者側であったなら、後ろめたさもないので素直に自分の気持ちで考えることも出来たのだが、残念なことに二人の関係はゆかりが加害者側で湊が被害者側と変わることはない。

 正解がないようにすら思える難しい質問に悩み続けること数分、ようやく自分の心に折り合いを付けて答えを決めることが出来たゆかりは正直な気持ちを口にした。

 

「そんなの…………一緒に居たいに決まってるじゃん……」

《ならそれでいいだろ。せっかくの旅行中にくだらないことで悩むな。もう影時間になるから切るからな》

 

 少女が必死に考えて答えを出したというのに、湊はそれだけいうと本当に電話を切ってしまった。

 これでは父のことで悩んでいた自分が馬鹿みたいではないかと思えてくるが、湊のあっさりとした反応が本当は自分を気遣ってだと気付いていた少女は、通話を終えて閉じた携帯をギュッと握り締めると後ろ手を組んで夜空を見上げる。

 

「あーあ、本当に、まったく……」

 

 父のことも、彼の両親のことも完全には納得出来ていない。だが、呆れたように呟くゆかりの顔にはスッキリとした笑顔が浮かんでいた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。