【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百二十八話 七夕から一夜明けて

7月8日(水)

放課後――ラボ

 

「以上の結果から街中に出現した大型シャドウは、満月に現われるものとは別個体だと思われます」

「なるほど、では白河通りに現われた二体が正規の大型シャドウという訳か。他にも大型シャドウが確認された以上、今後は満月の方をアルカナシャドウと呼称すべきかな」

 

 研究所の会議室で話していた幾月はインスタントコーヒーに口を付けながら話を聞き、手元にある報告書にも目を通していた。

 そこに書かれているのは美鶴が確認した街中の大型シャドウの特徴。

 これまで出会ってきたシャドウは各アルカナごとに仮面に違いがあり、それに照らして考えれば街中の大型シャドウは皇帝と戦車だったのだ。

 白河通りの二体は法王と恋愛、ならば次に現われるのは戦車、正義、隠者という順になる。

 戦車の方は満月の大型シャドウの可能性も残っているが、既に皇帝の大型シャドウは倒している以上、街中の大型シャドウが二体とも満月の大型シャドウという可能性は低かった。

 一夜に四体の大型シャドウが現われ、それらを全て倒せたことは間違いなく幸運といえるものの、内二体は影時間を終わらせる鍵である満月に現われる存在ではなく、さらに仲間が一人錯乱状態になったなどのトラブルもあった。

 それらを含めて考えると完全に手放しに喜べる結果とは言い難いねと幾月は苦笑する。

 

「しかし、色々と謎の残る一夜になってしまったね。街を覆うほど巨大なペルソナ、それを解析しようとして錯乱した山岸君、二体の大型シャドウを単独で撃退する少女、その少女を連れ去った黒い人影ときたか」

「七歌がいうには少女は人ではない別の何からしいです。私には人に見えましたが、それは姿だけで中身はこの世界にいてはいけないモノだとか」

 

 言いながら美鶴は半信半疑であることを表わすように目を僅かに伏せる。

 美鶴はアナライズを使えるが能力はあまり強くない。対して、七歌はアナライズは使えないが龍の血によってこの世に在らざるモノを視る事が出来る。それが何かは分からないがこの世の存在ではない事だけは理解出来るのだ。

 その能力によって七歌は対峙した少女を人の姿を借りて現われた化生と看破した訳だが、シャドウやペルソナならともかく、他の幽霊や妖怪など昔から語られているような神話的、オカルト的な存在に肯定的ではない美鶴は信じ切れていないようだ。

 とはいえ、現状は不思議な少女の事だけでなく、上空に現われた超級のペルソナについても詳しく分かっていない。

 唯一上空に現われたペルソナについて何か分かっている可能性があるのは風花だが、彼女は影時間に意識を失ってから病院に運ばれ入院しているため、相手の意識が戻って話を聞かないと分からないだろうと美鶴が考えれば、その事について伝え忘れていたと幾月が口を開いた。

 

「ああ、そういえば先ほど病院から連絡があってね。山岸君は無事に意識を取り戻し、退院して桐条グループの車で寮まで送ったそうだ」

「そうですか。何事もなくて良かったです」

「本当にね。君たちにはいつも大変な事を任せてしまっているが、我々もどうにか安全性を上げられないかと研究してはいるんだが結果は思わしくない」

 

 申し訳なさそうにする幾月に美鶴は気にしないでくれと首を横に振る。

 彼女はラボにも時々足を運んでいるため、ここでどれだけ研究員が頑張って開発と解明を進めているかも分かっている。

 不眠不休という訳ではないが、それでも徹夜をしてでも新しい敵のデータを短時間でまとめ、いち早く活用出来るようにと特別課外活動部に届けてくれているのだ。

 作戦中は風花の能力で解析して弱点や敵の技などを把握し、前線の者たちが情報を頼りに戦って倒していても、そういったまとまったデータは作戦中以外の敵の分析などに役立つ。

 全てを完璧には覚えていなくても、苦戦した強敵の弱点や行動パターンを頭に入れているだけでおおいに変わってくる

 それを実感しているからこそ美鶴はラボの人間たちを労い。おかげで助かっていると伝えた。

 

「敵のデータベース化は非常に助かっています。そういった意味ではサポートは十分と言えるかと。問題はむしろ前線の戦力ですね。荒垣が戻ってくれれば戦力的にも助かるのですが、まだ彼は戻る気はないようです」

「それは残念だ。まぁ、こちらでも新戦力を探してはみるが、あまり期待出来ない以上君たちの負担を少しでも減らす方向で考えていくしかないね」

 

 満月の日など荒垣が密かにシャドウと戦ってくれている事は幾月も聞いている。

 どうして同じ目的なのに単独行動を取っているかは不明だが、そこは彼なりのケジメなのだろうと美鶴たちは考えていた。

 そのため真田ですら強くは戻ってこいと言えていないものの、幾月は子どもたちの負担を減らすための良いアイデアが浮かんだようで、彼にもそれを伝えてみようと悪戯っぽく笑った。

 

――喫茶店“フェルメール”

 

 美鶴と幾月が話しているのと同じ頃、学校が終わってから少し話したいとラビリスが誘った事でチドリはフェルメールを訪れていた。

 湊は仕事があるからと今日は学校も休んでいたので、現在ここにいるのは少女二人と店主の五代だけである。

 そも、ここは狭い路地のかなり奥まった場所にあるため、お客は偶然奥まで迷い込みでもしないと殆ど来ないのだ。

 店を開いている本人はそれをどう思っているか分からない。それでも、とても大切な話をしようと思っている少女たちは、他の者に聞かれる心配のないこの場所をとても気に入っていた。

 

「途中でシャビが自分を出せって無理矢理に変わってもうて、ウチもシャビの中からみてた形やけど、それでも昨日のはこれまでと桁が違ってたのは分かったわ」

「蛇神の顕現は桔梗組にいた私でも感知出来たわ。嫌な感じがしたからアナライズまではかけてないけど、港区の方角を見たら上空にオーロラみたいなのが出てて何があったんだろうって思ってた」

 

 蛇神の顕現はそれこそ天災レベルの現象だ。湊が自分の意思で蛇骨を一部具現化する程度なら影響はないが、蛇骨の状態でも蛇神が出てしまえば特殊な力場が発生して他に影響を及ぼす。

 以前、湊の修練場としてコピーされたトーキョーで力の管理者たちが戦ったが、そのときには力場だけで三姉弟たちのペルソナの攻撃は威力を削がれていた。蛇骨の強度は上級スキルでも突破が難しいレベルのため、遙か上空にいられれば他の者は打つ手無しというのが実際のところだ。

 そんな蛇神がかなり具現化した状態で昨夜は港区上空に現われた訳だが、隣の六徳市にある桔梗組からは蛇神自体は見えずともさらに上空にオーロラが出ているのが見えたという。

 何かあったのかとペルソナで探ろうとしかけ、しかし、何やら嫌な気配がしたことでチドリは風花のようにはならずに済んだが、そんな遠くからでも見えたのかとラビリスは紅茶に口を付けながら驚いた様子だ。

 

「桔梗組からでも見えるて、どんだけ広い範囲に影響でとるんやろ。まぁ、重力波くらいやって被害はほぼなかってんけどさ」

「それでも一人病院行きになったわよ。まぁ、本人は後遺症もなかったようだし、蛇神にアナライズをかけちゃダメって戒めにもなったのは不幸中の幸いね」

 

 今日学校を休んでいた風花にお見舞いメールを送れば、午後になって検査を終えて携帯を手にすることができる状態なった風花から、影時間のことを知っているチドリたちに昨夜上空に現われた謎のペルソナにアナライズをかけた事が原因だと真実を伝えてきた。

 その話は同じく休んでいた湊にもメールの転送で伝えておいたのだが、原因となった蛇神を呼び出してしまった本人は、精神汚染の可能性が頭から抜けている方が不用心だと素っ気なく返してきた。

 その点について、同じ力を持っているチドリも同意見ではあった。同系統の力を持っている人間なら回線を通じてハッキングも可能だと伝えており、実際にチドリが風花の力をハッキングしても見せたのだから。

 しかし、それでも少しくらいは心配する素振りを見せたらどうだと言えば、今の自分にそういったものを求められても困るとだけ返して連絡は途切れた。

 確かに湊は影時間の戦いが本格化することを見越し、記憶と感情の結びつきを解除することで仕事屋だったときの状態まで精神が戻っている。

 瞳も中等部に入学した頃の冷たさになっているため、部活メンバーの負傷を聞いても心は揺れないのかもしれない。

 ただ、それでチドリやラビリスが納得出来るかと言えばそうではなく、中学生と遊んでる時間があるなら抱いた女のフォローくらいしろと甲斐性のない青年を糾弾していた。

 

「はぁ……ってか、昨日の湊君はこうなんか完全に女の子になっとったんよ。中身が違うのは分かったけど、身体もホンマに女の子になっとってん」

「それは狐の幻術じゃなくて? あれでも普通は気付かないレベルなんだけど」

 

 少女たちも玉藻御前には会ったことがあり、その能力の高さも知っている。一般人ではまず見破ることが出来ず、アナライズを持っている者でもかなりの集中をしてようやく分かるのだ。

 しかも、それは以前の若藻の姿の状態の話であり、力を取り戻して進化した玉藻御前の幻術は現実を上書きする物理的な干渉力を有している。

 鈴鹿御前とのミックスレイドである夢幻回廊には劣るが、それでも街一つは平気で造り出せるのだから、生体ボディになってからも幻惑機能を持っているラビリスだろうと見抜けるものではないとチドリは判断した。

 だが、それを言われたラビリスは難しい顔をしながらワッフルを頬張り、口の中の物をしっかりと飲み込むと言葉を返す。

 

「んー、というか湊君やないとペルソナ出せんくない? 蛇神は封印が解けて出てまうんやろうけど、他は湊君の精神から分かれたものやし。中身が違っとったら力も使えんと思うわ」

 

 そう、一番の問題点はそこだ。ペルソナは当人の心が具現化したものなのだが、蛇神が顕現している間は湊ではなく神に人格が切り替わっていた。

 これでは神の精神に宿る存在は呼び出せても、湊の精神と結び付いているペルソナは呼び出せない。

 そう指摘すればチドリもそれもそうかと悩みだし、紅茶をゆっくり飲みつつどういう状況だったのだろうかと考え始めた。

 すると、少女たちに紅茶のおかわりを用意しつつ、グラス磨きに精を出していた店主の男性が苦笑しながら優しく声をかけた。

 

「そういうのは小狼君に尋ねるしかないんじゃないかな? その神様ってのが前に言ってた阿眞根と同一かどうかも分からないし、同一なら既にコミュニケーションを取れるレベルなのかってのも確認しておかなくちゃいけないだろ?」

「それはそうだけど……」

「最近の湊君はあんま教えてくれんからなぁ」

 

 聞かないと分からないというのは分かっている。けれど、聞いたところで答えてくれるかは別の問題だ。

 湊は昔から本当に大切なことは自分の内に仕舞って話さない。それは他の者を気遣っていたり、悪戯に混乱させないためではあるが、おかげで実際にその事態が起きれば青年だけが冷静に対処するという状況に陥る。

 今回の神との入れ替わりに関しても同様の事が言えるのではないかと考え、少女たちが訊くのを躊躇うのも無理はない。

 とはいえ、五代の言うことは正論なので、また直接会ったときにでも尋ねることにし、二人はかつて湊のおかげでかなり儲けた男に無料でお茶とお菓子を提供させてオヤツを楽しんでから帰って行った。

 

夜――巌戸台分寮・作戦室

 

 風花が戻ってきている事を確認すると、他のメンバーたちは大丈夫かと心配して声をかけた。

 本人はもう大丈夫と普段通りの柔らかい笑顔を見せたが、彼女がまだ本調子かは分からないので数日の間はタルタロス探索はお休みという事で決定した。

 しかし、昨日のことを改めて話し合う必要があったので、そのミーティングには全員が参加するため現在四階の作戦室に幾月を含めたメンバーが揃って話をしていた。

 

「という訳でやはり街中の大型シャドウは満月に現われるものとは別個体だった。今回の事を踏まえて、今後は満月に現われる大型シャドウをアルカナシャドウと呼称し、その他の大型シャドウはそのまま大型シャドウと呼ぶことにする」

「んじゃ、後は六体ってことッスね。まぁ、折り返しにはちげーねぇし。今回は大きな怪我もなかったんだから結果オーライっしょ」

「ああ、本当に皆よくやってくれたよ。色々と謎の残る夜となったが本命はしっかり倒せたんだからね」

 

 美鶴から連絡事項を聞いた順平は残念がる様子もなく快活に笑ってみせる。

 もしも街中の大型シャドウがアルカナシャドウだったなら、残り四体というかなり余裕のある状態になっていたが、別にそうでなくてもアルカナシャドウをしっかりと倒せた結果は変わらない。

 その事を幾月も褒めて彼らの成果を讃えれば、全員で一頻り笑いあってから改めて美鶴が話を切り出した。

 

「それで話は変わるんだが、山岸、君はあのとき何があったか覚えているか?」

「えっと、あの大きなペルソナをアナライズしたときの事ですよね?」

「ああ。急に錯乱状態なったことで慌てて七歌が君の意識を落としたんだが、具体的にどうしたのかが分からなくてな」

 

 アナライズをかけた直後、風花は頭を押さえて叫びながら地面を転げ回った。あまりに突然のことで七歌以外は動けなかったが、彼女の咄嗟にとった行動のおかげか一晩入院してきた風花は特に体調が悪そうにも見えず普段通りの様子だ。

 なら、あのときに何があってそんな状態になったかを教えて貰おうと美鶴が尋ねれば、風花は自分に何があったのかを静かに語り出した。

 

「あのとき、私はあのペルソナがどういった存在なのかを探ろうとしたんです。半透明な胴体に触れるような感じで知覚を近づけていって、身体に触れたと思ったら意識が別の場所に飛ばされていました」

 

 感知系の能力を持っていない者にすれば探り方のイメージの時点で不思議なものだろう。だが、強度に違いはあれど同じ力を持っている美鶴だけは、能力の知覚で触れただけ意識が別の場所に飛ばされたという現象が気になるようでさらに話に聞き入る。

 

「そこは黒い濁流が激しく流れていて、私はただ呑み込まれるだけでどうすることも出来ませんでした。そして、そのときにそこがあのペルソナの精神と呼べば良いのか、内部であり黒い濁流が全て人の負の感情だと気付いたんです」

「負の感情というと嫉妬や怒りとかか?」

「いえ、もっと暗い殺意や憎悪といった感情でした。何千、何万という人の負の意思の集合体。それがあのペルソナの正体です」

 

 ギュッと膝の上で手を握っていた風花は僅かに怯えた様子を見せながらも全てを話し終えた。

 あれだけの巨大なペルソナであれば、それが大勢の人間の精神が集まって出来たものだと聞いてもある意味納得出来る。

 むしろ、街を覆うほどのペルソナを個人が宿している方が恐ろしいくらいだ。

 よって、風花の話もかなり信憑性があったのだが、ペルソナについて専門的な知識をそれほど持っていない真田は、集合体のペルソナなどあり得るのかと半信半疑な様子で聞き返す。

 

「ちょっと待て。ペルソナは個人の心の結晶みたいなものだろ。それがどうやって集まり一つになるんだ?」

「分かりません。ですが、あれだけの負の感情がペルソナという身体を得ても破壊行動に移らなかったということは、それを制御しているブレーンが存在するのかもしれません」

「桐条君たちが出会った少女がそうなのかな? まぁ、詳しい事は分からないが今後また現われたときに警戒することにしよう。力を振るわれれば街なんてひとたまりもないからね」

 

 尋ねられても風花とてペルソナの全てを知っている訳ではない。ただ、自分が中に取り込まれかけたからこそ、負の力を根源としていながら暴れていないのは誰かが制御しているからではという考えに至った。

 その考えはその考えで、何万人もの人間の強い負の感情を抑え込んでいる化け物がいる事になるのだが、分からないことが多過ぎるからこそ強くは注目されなかった。

 そうして昨夜の顛末について情報共有もなされ、一同は用意していたお茶とお菓子を食べていると、何かを思い出したらしいゆかりが尋ねづらそうにしながら美鶴に話しかけた。

 

「あの、桐条先輩、いい機会だから少し訊きたいんですけどいいですか?」

「ああ、私で答えられる事なら答えよう。一体何が聞きたいんだ?」

 

 影時間関連の情報は知っておいた方が活動時に役立つことも多い。だからこそ、美鶴も優しい顔で何でも聞いてくれと答えたのだが、ゆかりが口にした問いはそんな彼女の想像とは少々違う内容だった。

 質問の許可を貰えたことで安堵の息を吐いたゆかりは、そのまま顔をしっかりと上げて視線を合わせると、自分の中でゆっくり確かめつつ以前から聞きたかったことを口にした。

 

「その、勧誘されたときにも少し聞いたんですけど、影時間とかタルタロスがいつ見つかったのかってことなんです。十年前の事故もなんか関係してるみたいですし、丁度半分まで倒せたこの機会に教えてもらおうと思って」

「フム、どこから話したものか。まず、シャドウには不思議な力があるという話は前にもしたな? グループでの研究によればそれは時間や空間にも干渉し得るらしい」

「実際、ラボにいる研究個体のシャドウは、自分の体表面に影時間と同じ性質のフィールドを展開していてね。そのおかげで影時間外でも身体を保っていられるんだ」

 

 想定とは少々違っていたがゆかりの問いは自分が答えられる内容だった。それを表わすように美鶴が相手に理解しやすいよう言葉を選んで話せば、彼女の言葉を補足するように幾月も説明したことで、これまで詳しい事までは知らなかったメンバーたちも真剣に耳を傾ける。

 

「そして、十四年前、偶然にもシャドウの存在を知った私の祖父が研究に着手した。大量のシャドウを集め、その力を利用して何かを作ろうとしていたと聞いている」

「じゃあ、私のお父さんが桐条グループでしていた仕事っていうのも……」

「ああ、君のお父様も研究に携わっていたようだ」

 

 今度の言葉にはゆかりは大きなショックを受けたようで黙り込んでしまう。

 まさか自分の父親まで怪しげな研究に手を貸していたとは思わなかったようだが、ここで大きく取り乱したりしないのは、彼女もどこかで薄々感じとっていたからかもしれない。

 桐条グループが所有する人工島、家族にほとんど明かされなかった研究内容、そして事故から十年越しに力に目覚めて認識した影時間。これらは全てが繋がっていると考えた方が自然で辻褄も合うと。

 そんな風にゆかりがショックを受けていれば、手にしていた紅茶のカップを皿の上に置いてから、幾月がより詳しく説明を続けた。

 

「けど、当時はまだ影時間もシャドウも出現周期は存在しなかった。それが出来てしまったのはまさに十年前の爆発事故が原因なんだ。実験が途中で中断した結果あの事故が起きて、その際、集められたシャドウは街の方へと飛び散ってしまってね。アルカナシャドウはそのときのシャドウという訳さ」

 

 そう、あの事故のあった日、建物が崩れるほど大きな爆発に紛れて数体のシャドウが街の方へと飛んでいってしまった。それが満月のたびに現われるアルカナシャドウの正体だ。

 全員が一斉に来ない理由は不明のままだが、もしかすると爆発に巻き込まれた際に怪我をして癒えるのを待っていたのかもしれない。

 そんな事も付け加えて幾月が話せば、これまでの話を聞いていた順平が信じられないと驚きの表情を浮かべて口を開いた。

 

「じゃあ、影時間もタルタロスも桐条グループのせいで生まれたってことッスか?」

「タルタロスはそうだが影時間は元から存在していたものではある。事故以前から偶発的に発生してはいたんだ。ただ、それが毎夜零時に現われる事になったのは、事故を起こした桐条グループの責任と言えるだろうね」

 

 美鶴がこれまで“桐条の罪”という言葉を口にしていた本当の理由を知ったゆかりは、複雑な気持ちが顔にも表れるように暗い表情を浮かべていた。

 それは自分の父親が死んだ事故の原因となる研究に荷担していた事も理由なのだが、美鶴は彼女が騙されていたことにショックを受けているのだと思い込み、命懸けで力を貸してくれていた仲間を裏切ることになって申し訳ないと心からの謝罪を口にして頭を下げた。

 

「すまない。目先のことに囚われてばかりで説明を怠ってしまっていた。こういった事はまず最初に話すべきだというのに」

「いえ、そんな、結局やることは一緒ですし。私もお父さんのことがある以上は無関係じゃないんで」

「それでもだ。本当にすまなかった」

 

 説明を怠っていた理由の一つには、真実を話せば協力して貰えないという気持ちがあったのは事実だ。

 だが、協力して貰う以上は全てを話すのが礼儀だという気持ちも同時に存在した。

 彼女が非情に徹しきれる人物だったなら真実を覆い隠し、戦う者たちがやる気になるような理由を提示していただろう。

 それが出来ない辺りまだまだ未熟で彼女の真面目な性格をよく表わしており。天下の桐条グループの社長令嬢でありながら深く頭を下げる姿を見たメンバーたちは、桐条グループはともかく“桐条美鶴”という個人は今回のことで信用出来ると思うことが出来た。

 そんな風に子どもたちが改めて絆を深めている姿を見ていた幾月は、雨降って地固まるかなと心の中で考えつつ、もっと知りたいのなら知る方法が丁度あると寮に来る前に考えていた事をメンバーに伝える。

 

「まぁ、もっと詳しい話を知りたいなら当時の事を知っている人物に直接尋ねるのが一番さ。君たち期末テスト明けは連休だろ? そのとき、多忙な御当主が丁度屋久島で休暇を取られる予定でね。これまでの慰労も兼ねてそこにお邪魔させてもらえることになったんだ」

「え、マジっすか!? うっはー、タダで南の島に旅行とかサイッコーだぜ!」

 

 暗く真面目な雰囲気から一転、二週間後に控えた学期末テストという試練を超えればご褒美があると提示されたことで順平だけでなく全員の顔が明るくなる。

 テンションの上がった順平は青い海と白い砂浜が自分を呼んでいると大はしゃぎだが、ちゃんとテスト勉強もするんだぞと教師として窘めつつ幾月は真田にちょっとした用事を頼むのを忘れない。

 

「ああ、そうそう。真田君の方から荒垣君にも伝えて貰えるかな? 彼にも聞いて貰った方がいいと思うからね。どうしても予定が合わないなら残念だが、彼の分のチケットも実は予約済みなんだ」

「ええ、分かりました。日にちもあるし伝えておきます」

「どうもありがとう。さて諸君、敵も残るはあと半分だ。学校の勉強もしながらというのは大変だろうが、旅行で英気を養いつつ頑張ってくれたまへ」

 

 残るアルカナシャドウは六体。ようやく折り返し地点に立った訳だが敵は今後も強くなってゆく。

 そんな戦士たちが戦いの疲れを癒やすために企画された旅行は、彼らのやる気を引き出す上で効果覿面だったようで、今から楽しみだと先ほどまでの暗さが嘘のように部屋には笑い声が響いていた。

 

 

 


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