【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百二十四話 新たな情報

6月23日(火)

午前――EP社レッスンルーム

 

 壁側の一面が鏡張りになったレッスンルームにステップの靴音が響く。

 音の出所は鏡の前にいる少女。ポップな字体でカラフルなアルファベットと星の描かれた白いTシャツに、ピンク色のダンス用ハーフパンツスウェットを着た久慈川りせだ。

 軽快な音楽に合わせて一つ一つの動作を丁寧に確かめながら踊っていたりせは、通しでの振り付け確認も兼ねた練習を終えると音楽を止め、壁際に置いていたタオルとスポーツドリンクを取って椅子に座る。

 ダンスで熱くなった身体には常温のスポーツドリンクすら爽快に感じ、汗で失った水分と塩分を補給しつつ疲労回復に効果的な成分も摂取しながらホッと一息吐いた少女は、同じく壁際に置かれた椅子のところで書類を眺めていた青年に声を掛けた。

 

「……ねぇ、なんでわざわざここで仕事してんの?」

「一人だとサボるだろ。だから、スポンサーとして目を光らせているんだ」

 

 言われてりせはこいつは本当に失礼だなとジトっと責める目で睨む。

 今やっているのはあくまで自主練。柴田と違って歌やダンスの基本的なレベルが低い彼女は、湊がEP社側で用意している各レッスンに加えて個人でも練習していた。

 無論、所属している彼女の事務所でもレッスンは受けられるのだが、中堅プロダクションと世界有数の複合企業では設備が段違いで、さらに言えば事務所では予約しなければレッスンルームを使うことも出来ないという理由もあり、フェスまで自由に利用を許されているEP社を訪れていたりする。

 レッスンルーム以外にもトレーニングルームやプールに大浴場にマッサージ等々、デビューしたてのアイドルでは普通は受けられない好待遇。さらに渡されたIDカードを利用すれば、しっかりと栄養管理された美味しい食事を敷地内のレストランで無料で食べられる。

 いっそ、EP社で芸能プロダクションを立ち上げ、そこに移籍させてくれないかなと思いたくなる現在の環境は、少しでも早く新曲をものにしたいと考えているりせにとってこれ以上ない場所なのだ。

 しかし、仕事上の信頼関係を築くためにプロデューサーと呼ぶことにした相手は、ちょくちょく彼女の進捗状況を確かめにレッスンルーム等へ訪れている。

 トレーナーに聞くこともあれば自分の目で見て確認することもあり、お金を出すだけにそんなに気になるのかなと思わなくもないが、りせとしてはいまいち自分を信用されていないようで彼の態度は気分が悪い。

 もっと言えば、人のことを言っておきながら本人も本業である学校をサボってここにいる訳で、世間的にはむしろ有名進学私立の模範的な学生としてのイメージが強いだけに、今のような状況は人のことを言える立場ではないだろうというのが本音だ。

 尊敬するトップアイドルである柴田に対しては敬語を使うというのに、ファーストコンタクトが最低だったことで欠片も敬う気のないりせは、青年がどんな仕事をしているのかなと隣から書類を覗き込みながら一つ尋ねた。

 

「プロデューサーって学生でしょ。学校行かなくていいの?」

「定期考査でも全国模試でも満点だからな。特待生である俺は好成績さえ取ってればある程度は自由登校が認められている」

「それってお前は成績がいいから勝手に頑張れって学校が言ってるってこと?」

「逆だ。結果は残すから干渉するなと俺が拒絶してる」

 

 中間・期末の試験だけでなく、日本中の学生が受ける全国模試でも満点を取っているなら、彼は大学の志望校判定で間違いなくAを取ることだろう。

 一般のテストを受けずとも大概のところは推薦で受かりそうなものだが、どちらにせよ現状を見ると学校は彼にこれ以上は教えることがないように見える。

 それによって話を聞いたりせは学校側から放置されているのかなと心配したが、実際は真逆で彼の方が上から邪魔するなと学校に命令している立場だった。

 都会の有名進学私立でそれが許されるなど普通とは思えない。けれど、りせは実力で他の者に認めさせる姿を素直に強いと思った。

 自分ももっと人気になれば事務所の方針に引っ張られず、好きな仕事や挑戦したい仕事をさせて貰えるようになるはず。今は年齢もあってか“りせちー”というロリ系のキャラで売る方針になっているけれど、自分も柴田のように歌と女優業という二足の草鞋でいく正統派になりたい。

 そう思ってりせが今回の仕事は絶対に成功させなければと決意を新たにしていれば、少女が外部の人間が見てはいけない仕事の書類を見ようとしている事に気付いた湊が、りせの顔を片手で掴んでタコ口にしながら先ほどのダンスで気になった点を指摘してきた。

 

「……それより、間奏のときにふらついてたぞ。あそこはジッとしてサビ、大サビと動きを大きくしていく際に重要な部分だろ」

「うぐっ……わ、分かってます! まだ覚えきれてないから、どうしても考えながらで反応が遅れるの」

 

 タコ口という変顔にされ、さらに真っ当な指摘を受けたことでりせは顔を赤くしてそっぽを向く。

 指摘されるまでもなく本人も気づいてはいたのだ。しかし、まだまだ新曲の振り付けも覚えきれていないことで、ピタッと止まるべきパートでもこうだったかなと考えていてふらついてしまった。

 原因が自分の予習不足に他ならないと分かっているため、りせは午後にあるトレーナーとのダンスレッスンには同じミスは繰り返さないんだからと湊に宣言しておいた。

 指摘した本人は少女の宣言を軽く流しているが、彼の態度は普段からこんなものなので、そろそろ慣れつつあるりせもわざわざ突っかかったりせず、休憩がてらの雑談を続けようとスポーツドリンクを飲みながら純粋な疑問を口にした。

 

「てか、ずっと仕事してたくせにどうやって見てたの?」

「……別に書類を見てても視界には収まってるからな。余分な動きがあれば分かる」

 

 今りせが練習しているのはソロの新曲だ。彼女が湊経由で貰うと決まっているのはソロ三曲と柴田とのデュエット一曲の計四曲。その内既に貰った最初の一曲は披露出来る及第点まで突貫で仕上げたが、二曲目は歌番組等での披露がまだ先なので時間をかけての練習となっている。

 そのためりせも一曲目ほど急いで覚えようとしていなかったのだが、残念なことにここにいる青年は歌う本人も覚えきれていない曲を完璧に振り付けまで覚えていたようで、無駄な動きがあれば一発で分かるし見ていて気づいた事もあると嘆息した。

 

「……というかお前、身体硬くないか?」

「か、かたくないもん! ほら見て、バレエとか体操とかしてなかったのにこんなに足も開く!」

 

 指摘されたりせは驚いた顔をすると耳を赤くしながら必死に反論する。

 身体の硬さはダンスする上で非常にマイナスな要素。それだけに自分はそうじゃないと椅子から立ちあがって限界まで横に開脚してみせて見たのだが、湊は黙ってそれを眺めているとおもむろに立ち上がってりせの前に立つなり、彼女の右足に水平蹴りを放って強制的に限界を超えさせた。

 

「――――っ!?」

 

 彼女は既に限界まで開脚していた。むしろ、相手の言葉を否定するため見栄を張って少し痛いくらいまで頑張って足を広げていたのだ。

 そんな状態で第三者の蹴りにより強制的に限界以上まで開脚させられれば、当然悶絶するほどの痛みに少女は襲われる。

 声なき声をあげ、後ろに倒れながら口をパクパクと開閉し、最後には目に涙を溜めながら背中から床にぶつかる。

 突然のことに何が起こったのか理解出来ていなかったが、倒れたタイミングで痛みを認識出来るようになり、倒れて打った背中の痛みよりも激しく襲い来る股関節の痛みに、少女は人の目など知らぬと見た目も気にせず倒れたまま股間に手を当て押さえながら叫んだ。

 

「さ、裂けたっ。股が裂けたぁ!」

「裂けてない。裂けてたら血が出る」

「鬼、悪魔、血も涙もない外道!」

 

 蹴られた際に股関節の辺りでブチッという音がしたような気がして、りせは股間を押さえていた手を見てみるが血は出ていなかった。

 とはいえ、出血がなくとも未だに激しい痛みは治まっていないので、起き上がって床の上にアヒル座りになると少女は自分を見下している青年を非難する。

 

「……ダンスより先に身体を柔らかくする方が先みたいだな」

 

 子どもの言うことだ。湊は別に何を言われても気にはしない。

 けれど、今のりせの身体の硬さでは続けてる内に疲労を溜めて怪我をする恐れがあった。

 故に、柔軟な身体を手に入れるための肉体改造も並行して行なう事に決め、湊は座ったままのりせに近付くと相手を床の上に倒そうとする。

 

「ちょっ、変態! 触んないでよ!」

「関節外されたくなきゃ黙ってろ」

 

 それが真っ当かどうかは不明だが、直前に酷い仕打ちを受けたりせは必死に抵抗した。痛みで足に力は入らないけれど、それでもこのままでは自分の身体が持たなくなると思ったから。

 しかし、年齢と性別、さらに言えば相手の動きをコントロールする技術で負けていたりせは、容易く青年に組み敷かれ、全身を余すとこなく揉まれて痛みを伴う肉体改造を受けさせられることになった。

 

放課後――はがくれ

 

 入り口の扉を開けた瞬間、やってきた者の鼻に食欲をそそる香りが届く。

 魚介系の出汁で作ったこの店自慢のとんこつスープに、サイドメニューの餃子、さらに奥ではカッカッとリズミカルに中華鍋を振るって炒飯を炒める店員の姿が確認出来、ラーメンだけのつもりが炒飯も美味しそうだと席に座る前から客を悩ませた。

 

「お客さん、二名ですか? 空いてる席にどうぞ!」

 

 客の来店に気づいた店員が笑顔で着席を促してくる。それに頷いて返した制服姿の男子は、初夏にロングコートを着ている季節感のない男子と共にカウンター席に座るとメニューを指しながら口を開いた。

 

「さて、前の礼だ。好きなのを頼め」

「特製定食でいい」

「そうか。なら俺も同じのを貰おう。すみません、特製定食二つ」

 

 特製ラーメンと餃子とライスのセット、それがこの店の特製定食だ。

 注文を受けた店員は「あいよ、特製定食二丁!」と他の店員に伝えてどんぶりを用意し始めた。

 カウンターに座っているとどんな手順で作っているのかが分かって中々面白いが、二人で来ておきながら黙ってラーメンの製作工程を見ているのもつまらない。

 セルフサービスの水をコップに注いで自分と荒垣の前に置けば、真田はそれを手に取って口をつけてから話しかけた。

 

「今日、幾月さんが寮に来ることになってる。なんでも大型シャドウの件で進展があったらしい」

「……そうか。んで、それを俺に伝えてどうする?」

「分かってるだろ。食い終わったら寮に来い。一緒に戦えって訳じゃないんだ。情報ならお前も聞いておいて損はない」

 

 予想はしていたがやはりかと荒垣は嘆息する。

 これまで隣に座る幼馴染みはことある毎に戻ってこいとしつこかったが、少し知恵を付けたのか今回はとりあえず寮に来いと言ってきた。

 荒垣自身も影時間やシャドウについて興味がない訳ではないため、イレギュラーシャドウの中でも力を持っている大型シャドウの情報は聞いておいて損はない。

 今日は先日の路地裏での情報料としてはがくれを奢ってくれるという話だけに、奢って貰って“はい、さよなら”と帰るのも人としてどうかと思うため、まぁ、それくらいならいいかと荒垣も妥協することにした。

 

「……泊まりはしねえぞ。話を聞いたら帰る」

「ああ、情報共有が目的だからな。お前の部屋はそのままだが別に構わん」

 

 泊まるというのなら部屋の掃除もあるので、遅くに来る幾月がやってくるまでに全てを終らせておかなければならない。

 今日はそこまでする気分でもなかったのか、荒垣がミーティングに参加するだけで十分だと真田は笑った。

 二人がそんな風に話している内に料理も完成したようで、カウンター越しに店員が料理の盛られた器を渡してくる。

 受け取ったそれらを自分たちの前に置いた二人は、割り箸を取ると同じタイミングで手を合わせて「いただきます」と呟いてから食事をするのだった。

 

夜――巌戸台分寮・作戦室

 

 真田が荒垣を連れて寮に戻ると美鶴は少し安心した顔で彼を迎え、以前からの知り合いであるゆかりと風花は意外そうな顔で挨拶し、七歌と順平は先日の事で礼を言った。

 別に荒垣は戻った訳ではなく、大型シャドウについての情報を共有するために話を聞きにきただけなのだが、ゆかりを除く後輩たちにすれば彼は大型シャドウのときに現われるお助けキャラなので、一緒に作戦会議をするという認識程度で特に他には何も言わなかった。

 荒垣本人としても自分が彼らを助けたのは七歌が街に来たときだけなので、仲間のピンチに颯爽と現われる戦隊モノのブラックポジションとして扱われても困るため、彼らの変なところでドライな踏み込まない感性には助けられた。

 もっとも、ここにいるのはペルソナの素養を持つ者たちということだが、彼らの家族関連のプロフィールには暗い部分があるため、踏み込まないというのは自分たちが他者に踏み込まれたくないという気持ちの裏返しなのかもしれない。

 とはいえ、離脱している荒垣を含めた全メンバーが集まったため、美鶴の携帯にあと少しで寮に到着するという幾月からの連絡が来たタイミングで、後は幾月が来ればいつでも始められるようお茶の用意などをすると全員が作戦室に移動した。

 

「やあ、遅れてゴメンよ。荒垣君も久しぶりだね。来てくれて嬉しいよ」

「……うっす」

 

 ここを離れて以来会っていなかったため、元気な姿を見れて嬉しいとやってきた幾月は笑顔を向ける。

 そんな顔で見られた荒垣は出て行った身だけあって若干気まずそうに会釈し、両者の再会を美鶴と真田はしんみりとした表情で眺めていたが、今日は話すことがあって集まったんだと幾月が何やら楽しそうにしていたことでミーティングが始まった。

 

「さて、今日集まって貰ったのは連絡していたように大型シャドウについて分かった事があったからなんだ。前回の戦いで真田君たちが気づいたように大型シャドウは満月に来る。これはほぼ確定と思っていいだろう。月の満ち欠けはシャドウたちにも影響があるからね。やつらが満月に現われるのもそういった理由が関係していると見られている」

 

 満月にはシャドウは凶暴化し、逆に新月にはシャドウは大人しくなる。桐条の方でもそれらは研究データとしてはっきりと出ている。

 大型シャドウも特殊な存在ではあるがシャドウなので月の満ち欠けによる性質は変わらない。

 だからこそ、一ヶ月の間でもっとも凶暴化する満月に現われて暴れているのだろうと見られているが、今回はその話ではないんだと幾月は話を続けた。

 

「そして、次が新たに分かった情報だ。君たちも知っての通りシャドウはペルソナのように魔術師から刑死者のアルカナに分類される。刈り取る者という例外もあるがその一種を除いて他は全てその条件に当てはまるんだ」

 

 ペルソナと違って魔術師からのスタートだがシャドウにもアルカナが存在する。それぞれのアルカナにはどういった性能に優れているかなどの特徴があるので、相手のアルカナが分かるだけでも作戦をたてるときには有効だ。

 

「そこでラボの研究者たちは、これまで現われた大型シャドウをどのアルカナに属するか調べたんだ。すると、面白いことに真田君を追って現われたのが魔術師、モノレールのやつが女教皇、先日の二体が女帝と皇帝だったのさ」

 

 順平は二体目から、風花は三体目と四体目からなので詳しい事は知らないが、それでも未だに一体もアルカナが被っていない事は理解出来た。

 ただ、それを言われたところで“シャドウは敵”という程度でしか認識していない順平は、相手について新しい情報を聞かされても何がすごいのか分からない。

 

「あー、相手のアルカナが判明したのは分かったッスけど、それが何かあるんスか? 別にアルカナ同士に弱点みたいな優劣ってないですよね?」

「シャドウのアルカナは魔術師から刑死者の十二個。それで現われる大型シャドウがアルカナ順ってことは次の敵は法王で、残る敵はアルカナ的に八体だけってことじゃないかな?」

 

 ソファーの背もたれに背中を預けてだらりと座っていた順平に、風花はこういった事だと思うと優しく説明する。

 すると順平もアルカナと現われるシャドウの種類の関係を理解出来たらしく、遅れて「すごいじゃないですか」と驚いた顔を見せた。

 そんな素直なリアクションに満足したのか幾月もウンウンと頷き、他の者にも分かりやすく説明してくれた風花を褒めながら話を続ける。

 

「その通り! いやぁ、山岸君は飲み込みが早いね。彼女の言った通りでアルカナが判明した事で今後現われる大型シャドウは八体だけとの予測が立てられたんだ。満月の度に大変な思いをする事に変わりはないが、それでも限りがあると分かったのは朗報だろう?」

「前回のように一度に現われるのは二体が限度だとすれば、最短で十月、最長でも来年二月という事ですか。卒業前に終わるのならありがたいですね」

「フッ、それなら二月までもつれ込んだときには、最後の大型シャドウとの戦いを卒業記念マッチと名付けることにしよう」

 

 敵の残数から計算して残る戦いの期間を美鶴が口にすれば、真田も合わせて軽口を叩く。

 人は終わりも分からずに作業をさせられれば途中でモチベーションが低下してしまうが、終わりが分かっているとそこまで頑張ろうと思うことが出来る。

 真田たちの軽口もそういった部分から余裕が出ての発言だが、これまでの話を黙って聞いていた荒垣が気になることがあると口を開いた。

 

「一つ聞いていいか。その大型シャドウを全部倒したとして何かあるのか? 俺としては力を持ったシャドウを倒した程度で影時間が終わるとは思えねえ。お前らの言う“大型シャドウ”の条件から外れた大型シャドウだって存在するしな」

 

 そう話す荒垣の脳裏に浮かぶのはタルタロスで見た刈り取る者、そして去年美鶴と真田を追い詰めた悪魔のような見た目の変異種だ。

 どちらも普通のシャドウより数倍大きく、単純に力と身体の大きさを指して“大型シャドウ”と呼称しているなら条件に当てはまっている。

 しかし、そんなやつを見たことがない七歌は、どんな敵なんですかと美鶴に尋ねた。

 

「大型シャドウの条件から外れた大型シャドウってなんですか?」

「君たちが参加する前の話だ。シャドウ反応を見つけた私と明彦が現場に急行すると、刈り取る者に匹敵する力を持ったシャドウがいたんだ。こちらを追い詰めるように動き、本当にシャドウなのか疑わしい知能の高さだった」

「え、そんなやつと二人で戦って勝ったんですか?」

「いや、近くにいて戦闘音を聞きつけた荒垣が来てくれてな。負傷した明彦を連れて必死に逃げ延びたという訳だ」

 

 倒した訳ではなくなんとか逃げ延びただけ。ペルソナ使いとしての先輩である美鶴たちで勝てなかったシャドウが存在する事実が二年生たちに大きな衝撃を与える。

 敵に襲われ失血で気絶していた真田など、あのときの事を思い出すと悔しさに震えるが、確かにあのときの敵は大型シャドウと呼ぶに相応しい相手であった。

 そんな風に当時を覚えている二人から何も反論がなかったことで、荒垣は彼らが自分と同じように敵を大型シャドウと判断していると捉えて話し続ける。

 

「あのときはタルタロスで見つけたアイテムがなければアキは死んでた。お前らの呼ぶ大型シャドウの他に、刈り取る者もそうだが一定数のイレギュラー大型シャドウとでも呼べるやつが存在する。俺としてはイレギュラー大型シャドウの方が満月に来るやつより強いと思ってるが、そいつらが残ってても大丈夫なのか?」

 

 出現時期も何もかもが不明の存在。刈り取る者はタルタロスに長時間いれば会える。

 だが、悪魔のような見た目をした方は完全なイレギュラーであり、機動力も含めて他のシャドウを圧倒している。

 そんなやつらが残っていて平和になるなど到底思えないので、大型シャドウを倒して終わりという件に懐疑的な荒垣が幾月からの返答を待っていると、顎に手を当てて考え込んでいた七歌が思い付いた事を呟いた。

 

「んー、ほぼ出会ってないだけで大型シャドウは元から存在していて、満月に現われる大型シャドウは特殊なんじゃないですか? こう、何か役割がある的な」

「確かに興味深い話だ。刈り取る者のように大型シャドウというものは最初から存在していて、我々が大型シャドウと呼んでいる存在は真にイレギュラーなシャドウなのかもしれないね」

 

 通常のシャドウと大型シャドウの違いはまだ完全にわかっていない。それ故、幾月は荒垣の問いに完全には答えることが出来なかった。

 しかし、七歌の言ったことはあながち間違いではないのかもしれない。むしろ、その通りなのではと思える部分もあったことで幾月は彼女の言葉のメモを取っていた。

 他の者たちの話を聞きつつそんな姿を眺めていた順平は、自分の正面に置かれた紅茶のカップに手を伸ばして口元に運ぶと、分からないなりに考えていて浮かんだ謎についてポロッと溢した。

 

「つか、シャドウってなんで存在するんスかね。どっから来たのかも分かんねーし。もしかして宇宙からの侵略者とか?」

「確かにそういった可能性もあるね。だが、残念なことにシャドウがどこから現われたのかも、どういった目的で存在するのかも未だ不明なんだ」

 

 シャドウは影時間にのみ存在する化け物で、どういう訳だか人の心を食べてしまう。桐条グループでもそんな風にしか分かっていないので、先ほどの荒垣の問い同様に幾月ははっきり答えられない事を詫びつつ分かっている事を話す。

 

「シャドウは人を襲って心を食べてしまう。だが、それが生物のようにエネルギー摂取のためなのか、ただ敵として人を襲うことが目的なのかも分からなくてね。力を付けて繁殖するのなら随分と偏食だし面倒な生態といえるが、やつらが種としてどんな存在理由を持っているのかは今後の研究に期待するしかない」

 

 彼らの目的が分かれば研究は一気に進むだろうが、如何せん危険が伴うため直接捕まえて調べる事も難しく、影時間に対応させた研究機材を用意するのも大変だ。

 ラボを今の規模にするにもかなりの費用が掛かっており、それでも調べられていないのが現状である。

 

「とはいえ、大型シャドウの到来は待ってくれないからね。他の者では対抗することも出来ない以上、申し訳ないが君たちに頑張って貰うしかない。タルタロスの謎の究明もあるし。そちらも併せてよろしく頼むよ」

 

 ただ、それでも研究ばかりに意識を割いてはいられない。強くなる大型シャドウとの戦いで子どもたちのリスクを少しでも減らせるよう装備やアイテムの開発も進めなくてはならないし、病院と協力して無気力症患者の保護と治療もやる必要がある。

 やることが沢山あるからこそ進行は遅いが、それでも一歩ずつ着実に進まなければならないため、幾月は子どもたちにタルタロスの謎解明を任せつつ、共に頑張っていこうと改めて協力をお願いした。

 それに対し、言われなくてもやる気だった者たちは黙って頷いて返し、大人からここまで言って貰えることに感動した者は嬉しそうな笑顔を見せた事で、チームを離れている荒垣には彼らがどこか遠く感じられたのだった。

 

 


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