【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百二十二話 計画通り

昼休み――2年廊下

 

 職員室を出た佐久間は購買部で飲み物だけを買うと2-Eの教室の方までやってきた。

 今回の騒動に関して青年がどのように動くのかを聞いておくためではあるが、佐久間としては放っておけば勝手に青年が解決するのではとも思っている。

 最初に熱愛記事を掲載したのはスポーツ新聞大手の“帝都スポーツ”。ここの新聞の話は半分くらい冗談として聞いておけというのが読者の常識だ。

 けれど、今回はこれまでスキャンダルのなかったトップアイドルと多方面から注目を集めている青年というビッグカップルの話題であったことで、世間も大きく食いついてここまでの騒ぎになっている。

 今回の騒動に関して教師は半数が信じて、半数がまた誤解されたんだろうなと思っている。

 信じているのは男性に多く、誤解されたと思っているのは女性が多いのは彼の日頃の行い故だろうか。

 何にせよ彼から改めて詳しい話を聞いてから今後の対応についても尋ねる。それが今すべきことだと思って佐久間が教室の前までやって来ると、目的の青年が廊下に出てきて後輩らしい女生徒三名と話をしていた。

 

「先輩、その……私……先輩とサーヤちゃんの事は応援します。でも、踏ん切りが着くまで先輩のことは好きなままでいても良いですか?」

 

 そう言って先頭にいるボブカットの女生徒はポロポロと涙を溢しながら彼を見上げている。

 後ろにいる二人はただの付き添いのようだが、好きな人の幸せを願って身を引こうとしている“良い女”な友人の雄姿を見届け、全てが終わってから支えてやろうと思っているに違いない。

 これが昼休みでなければ素晴らしい友情だと思えるのだが、残念ながら場所が教室の前という事もあって大勢から見られており、これでは答え方によって青年に悪い評判がついて回りそうですらある。

 自分も彼に構って貰おうと普段から色々画策しているだけに、傍目から見ると彼も随分と苦労しているんだなと思ったりもしたが、黙って話を聞いていた青年はポケットに手を入れるとブランド物のハンカチを取り出し、それで正面に立つ少女の涙を優しく拭きながら答えた。

 

「……君の心遣いは嬉しい。だが、熱愛報道はデマだ。俺は誰とも付き合っていないし、しばらくは忙しいので恋人を作る予定もない。なので応える事は出来ないが君の心は君の自由にするといい」

 

 言い終わると青年はハンカチを女生徒に渡してあやすようにポンポンと頭に手を置いた。

 ハンカチは返さなくていいとも言っており、思わぬプレゼントを貰った女生徒は噂がデマだったことに対する嬉しさもあって再び涙を流している。

 彼のそんな優しく紳士的な対応と少女の反応を見ていた野次馬の中には、自分もそんな風にされたいと羨ましそうな顔をしている者もいた。

 だが、自ら行動を起こすほどの勇気はないのだろう。嬉し涙を流しながら友人らに支えられて自分たちのクラスに帰って行く少女をみて、大勢の女子がよく頑張ったねと温かい眼差しを向けていたことを佐久間は見逃さなかった。

 

「モテモテだね、有里君」

 

 去って行った子と比べ二年生は随分とチキンな少女が多いのだなと思いつつ、佐久間は手を挙げて挨拶しながら青年に近付く。

 相手は告白まがいの事をされている時点で佐久間の来訪に気づいていたようだが、勇気を振り絞った少女の告白中にわざわざ話を遮ってまで来訪者への応対をするはずもない。

 そうして、いつからか再び濁るようになってしまった感情の読めない金色の瞳を向け、青年は一切の遊びがない言葉で佐久間を迎えた。

 

「……用件は?」

「おっと、人との交流には無駄に思えがちな雑談も必要なんだよ?」

 

 これでは中等部一年生の頃に戻ったようだ。随分と人間らしさを取り戻したと思っていたのに、彼は二年生になったばかりの頃に現在の状態になっていた。

 他者を寄せ付けない空気、目の前の人間に一切の関心を示していない冷たい瞳、それでいて人助けだけは現在も続けている。

 在り方そのものが酷く歪で、佐久間としてもどういった人生を歩んでくればこうなるのか知りたいくらいであった。

 とはいえ、それはそれとして彼女も今日は用件があってここへ来ている。昼休みの時間も有限であるため、重要なことだけは聞いておかねばと仕切り直して用件を切り出した。

 

「ま、いいけどさ。用件は例の熱愛報道に関してでね。学校側として改めて真偽を尋ねつつ、今後動く予定があるならそれも聞いておこうと思って」

「……俺と柴田さんは付き合ってない。あれは仕事の後に時間があったから夕食を一緒に食べただけだ」

「だよね、だよね。あ、一応私はそれを聞いてたから、噂が少しでも逸れればと思って別の情報を流したりもしてたんだよ」

 

 湊の話が広まらないよう頑張ったんだよと胸を張る佐久間。けれど、青年としては彼女が代わりに流した別の情報に対して不安しかないらしく、僅かに呆れた空気を纏いながら聞き返す。

 

「別の情報とは?」

「ふふーん。それはねぇ……二人が年末特番の撮影後に付き合うことになったから、当時付き合っていた彼女と別れたって話だよ!」

 

 聞かれた佐久間は腰に手を当て豊満な胸を張るように背を僅かに反らすと、ババンッ、と効果音を付けたくなるほど自信満々に告げた。

 時系列で言えば年末特番の撮影、当時付き合っていた彼女と破局、年末特番の放送、となるので撮影後に付き合うことになったなら話としては通る。

 むしろ、それがあって別れてから年末特番で二人がお姫様抱っこしているシーンを見て、別れることになった彼女はどう思ったのかと同情してしまいたくなるだろう。

 よって、学内で言えば別れた彼女のことを知っている者も多数いるため、話を反らすならある意味で効果的だと思える佐久間の作戦ではあったが、そのようなデマを流された方は堪ったものではなく、自信満々に胸を張っていた佐久間を後ろから強襲する影が現われた。

 影は高速で背後から近付き、その手に持った丸めて筒状にしたノートで佐久間の後頭部をひっ叩く。

 

「いったーい!」

「やっぱアンタが犯人か! おかげでこっちは捨てられた女扱いで励ましのメールが何通も届いてんだからね!」

 

 後ろから殴られた佐久間が後頭部を押さえながら振り返れば、そこにいたのはすぐ隣のクラスにいたゆかりだった。

 彼女は佐久間が流したデマのせいで迷惑を被っているらしく大変ご立腹である。

 そんな怒りながらゆかりが見せてきた携帯の画面には、確かに「今度ケーキ奢るよ」や「あの時は根掘り葉掘り聞いてゴメン!」というタイトルのメールが何通も届いていた。

 確かにありもしないデマでこんな風に友人たちから可哀想な子として扱われれば哀しいだろう。

 本当に違うと言っても強がらなくて良いとすら言われてしまいそうで、本人はやるべき事があるから恋愛はそれからだと別れたつもりでも、周囲の目はずっと“男をトップアイドルに奪われた女”というフィルターを通すことになる。

 健全かどうかは置いておくが、それでもこれまで過ごしてきた普通の学園生活がくだらないデマによって崩壊した。その責任はどう取るんだと目の据わったゆかりがジッと佐久間を睨めば、本人は叩かれたところが痛いのと言って湊に抱きついていた。

 

「痛いよ有里くーん。こんな凶暴な子とは別れて正解だよぉ」

「やかましいわ! オーバーエイジ枠のくせに生徒に色目使うなっての」

「わぁ、岳羽さんってば口が悪い。岳羽さんが鳥海先生のこと年増って呼んでたって言っておくからね」

 

 一回りの年の差をオーバーエイジ枠と称したゆかりだが、それは佐久間より年上の鳥海たちのこともオバサンと呼んでいるようなものだ。

 ニヤリと笑ってそのことを指摘した佐久間は、抱き付きから彼の左手を取っての腕組みにポジションシフトしながら、お前の担任に言いつけるぞと彼女を脅した。

 そんな風に一人の青年のことで教師と生徒がやり合っていれば、状況をただ眺めていた青年の許に新たな少女が近付き声を掛けた。

 

「けーど、八雲君さぁ。いまサーヤのファンから殺害予告まで出てるらしいじゃん。学校の場所もバレてるし対策しないと危ないと思うよ?」

 

 やってきたのはゆかりと同じくF組の教室から出てきた七歌。彼女は噂を信じていないタイプのようだが、それでも湊にアイドルのファンから殺害予告が出ている事は知っていた事で彼の身を案じた。

 その心配の内何パーセントかは、彼を殺しにきた者を青年自身が返討ちにして半殺しにしまう事を考えてのものだ。

 人を片手で数メートル放り投げられる者が簡単に殺されたりはしない。隙を突いて襲いかかったつもりでも、彼なら見てから反応出来るだけでなく、相手が駅に到着した時点で気づいていそうだった。

 とはいえ、彼も普段は目立つ学生として生活しているので、明らかに常人離れした身体能力を使って暴漢に対処したりはすまい。

 そう思って七歌が対策をするつもりがあるかを尋ねれば、

 

「……もう少ししたらマスコミにも対応する予定だ。それまでは学校側も警察と連携して最低限の対処だけでいい」

 

 短く彼はそれだけ答えて購買に行ってくると去って行った。

 本人がそう言うのであれば学校は他の生徒に被害がいかないよう目を光らせ、後はマスコミや交際をよく思わない過激派のファンが校内に入らないよう気をつけるだけだ。

 穏便に済ませることが出来るかは不明であるが、時期を選んでいる様子もあったため対応する準備を進めているに違いない。

 そうして一応の納得を見せた者たちは自分たちの教室に戻り、彼がどのような対応をするのか待つ事にした。

 

6月21日(日)

夜――都内ホテル・控え室

 

 熱愛報道がされた週末、都内有名ホテルの一室に湊はいた。その近くには柴田さやかと久慈川りせもおり、そわそわしているりせとは対照的に渦中の二人は落ち着いた様子で紅茶を飲んでいる。

 どうして無関係な自分が不安になっていて、本人たちはここまで落ち着いてお茶を楽しめるのか不思議でならない。

 そう思ったりせは湊がテーブルの上のクッキーに手を伸ばしたタイミングで尋ねた。

 

「あ、あの、プロデューサーもサーヤさんも本当に大丈夫なんですか?」

 

 りせがプロデューサーと呼んだのは湊の事だ。彼が二人の野外フェスをプロデュースするからこその呼び名だが、周りからすると同年代の青年に対して役職名で呼ぶ姿はおかしく映る。

 とはいえ、本人たちはそれで良いらしくクッキーを口に運んだ湊は不思議そうに首を傾げ、その隣に座っていた柴田も焦るりせに対して何がそんなに心配なのと苦笑を浮かべる。

 

「もう報道されちゃったし、今から焦っても変わらないからね」

「で、でも、やっぱりトップアイドルが恋愛でスクープ撮られるのは……」

「あー、そこはね。けど、何かあっても仕事は有里君が回してくれるから大丈夫だよ。事務所にもそれは言ってあるし」

 

 トップアイドルのスキャンダルは今も日本中で騒がれている。相手が一大ブームを起こした皇子ということもあって、悔しいけどお似合いだと祝福する者から、裏切った相手を絶対に許さないとCDや限定グッズを燃やした画像をネット上に上げる過激なファンの存在も確認されている。

 そんな中でも余裕を持っていられるのは土壇場になると肝が据わる度胸を持っている事に加え、現在のスポンサーが離れても十分な収入を得られるよう仕事を振ってくれる新たなスポンサーを手に入れたからだ。

 会ってから過ごした期間は短いが、芸能界という黒く汚い部分もある世界で生きてきただけあって柴田の人を見る目は鍛えられている。それによると青年は十分に信用出来ると判断されたらしく、トップアイドルがそういうならとりせも渋々ながら納得を見せた。

 その後、しばらくは会話らしい会話もないまま時間も進み、書類を眺めている湊と新譜を聞いて口ずさんでいる柴田を見て、りせが二人ともすごい胆力だと呆れを通り越して尊敬の念を抱き始めた頃、扉がノックされてスーツ姿の男性が入ってきた。

 

「有里さん、お時間です!」

「……はい」

 

 男が呼びに来たことで返事をした湊は書類を片付けてから立ち上がり、ネクタイが少し曲がっている事に気付いた柴田が直してやると彼だけが部屋を出て行く。

 目の前でネクタイを直す光景を見ていたりせとしては、報道は本当だったんじゃないかと少し疑ったが、彼が呼ばれたなら自分たちの出番もすぐに来るだろうと、いつでも出られる準備をして呼ばれるのを待った。

 

 ***

 

 呼ばれた湊は案内の男の後ろ進んでホールを目指してゆく。今日はそこでマスコミ相手に記者会見をする予定であり、湊が指定したように全国放送のキー局では生中継してくれるはずだった。

 そういった理由もあって湊も今日はカジュアルながらネクタイを締めるファッションを選んだが、記者たちの前に出る前にネクタイを直して貰えたのはラッキーと言えるだろう。

 ピシッとしたフォーマルな格好で要人の相手をすることもあるが、彼は基本的には面倒臭がりで自分のことに無頓着である。

 その点、人に見られることを職業にしている柴田は彼と対照的な人物であるといえ、二人が揃うと仕事に関して真面目という点で結び付き、その他に関しては年上の柴田が湊を気に掛けることもあって相性は良かった。

 

「では、ここを出たら会場になります。既に記者たちは集まっていますので奥の席までお進みください」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 廊下を進んで扉の前までやってくると男が笑顔で説明をしてくる。扉は直接部屋に繋がっていて、舞台袖のようなものはないからいきなりカメラのフラッシュがたかれることになる。

 慣れていてもフラッシュの光はキツいものがあるので、十分に注意して中に入りましょうと男が言えば、湊も改めて自分の服装を見直してから頷いて準備が出来た事を伝えた。

 それを確認した男も頷くと、扉に手をかけてゆっくりと開いていく。開き始めた時点でシャッター音が響いていたが、男が扉を開けきって湊を誘導してくれたので、部屋に一歩入った湊は入り口で記者に向かって一礼すると自分の席まで進み、再び一礼してから椅子に座った。

 椅子からは会場中を見渡すことが出来、会場には自分たちの所属を表わす腕章とパスケースを身に付けたマスコミたちが百人以上いた。

 中には以前会ったことのある記者もいたが、ここで個人的な話をすることは出来ないので、湊は会場を一通り見渡すと机に置かれていたマイクを手に取って電源を入れた。

 

「どうもこんばんは。本日はお集まりいただきありがとうございます。今日は色々と話す予定ですが、まず最初に世間をお騒がせしたことを謝罪します。自分の通う学校にも、柴田さんの事務所にも迷惑をかけましたし、自分や彼女のファンでいてくださる方にも不安な思いや不快な思いをさせたと思います。誠に申し訳ありませんでした」

 

 言って湊は立ち上がってしっかりと頭を下げる。まだまだ若い男子高校生の精一杯の誠実さが見て取れるが、マスコミとしてはこれから彼が何を語るのかという点に注目している。

 大きな発表があるということなので、もしかすると正式に交際を認めたり、湊がまだ結婚出来る年齢ではないためとりあえずという形で婚約を発表するのではとも言われており、どのマスコミも言葉を聞き逃さぬよう神経を集中させてゆく。

 すると、頭をあげた青年はその場に立ったまま会場中に視線を送ると、マスコミが密かに期待していたサプライズを伝えてきた。

 

「そして、本日は私の方からある発表をするため記者会見をすると伝えていましたが、ある方をこちらにお招きしています。皆さんが私だけでいいと思うのであればこのまま進めます。ですが、彼女もこの会見に参加していいと思われる方がいれば拍手をお願いします」

 

 ある女性をここに呼びたい。青年がそういうからには今日の会見の内容から察するに登場するのは彼女なのだろう。

 登場した時点で不自然に左寄りに座っているとは思っていたが、後から参加者が増えるのなら納得のポジションである。

 彼の言葉を聞いて会場中が色めき立ち、これは面白くなってきたと参加を認めるように拍手をすれば、記者たちの思いは分かったと青年が頷いた。

 

「拍手多数ということで、ありがとうございます。では、すみませんがスタッフさん、控え室から呼んでいただけますか?」

 

 湊が言えば彼をここに案内した男が扉から出て行って控え室で待つ少女を迎えに行った。

 帝都スポーツが熱愛をスクープしたときと違い、今回はどこのテレビ局も来ているので他所を出し抜く事は出来ないが、それでも日本中が注目する会見であるため視聴率は狙える。

 そこへさらに渦中の人物が揃って現われるとなれば、テレビ的にも非常に面白いので記者たちは早く来ないかなと瞳を輝かせて待った。

 すると、男が出て行ってから少し経ってから扉が開き、呼びに行った男がゆっくりと扉を開ける。

 遂に登場するのかとカメラが向けられ、巨大なレンズをつけたデジカメからシャッター音が響けば、扉の影から現われたのは記者たちの想像する人物とは別の少女だった。

 茶色い髪を左右の高い位置で結んだ少女がやってきてテーブルの真ん中に座ると、会場中がどよめき一体誰だという声が広がる。

 しかし、少しすると続いて柴田も登場したので、再びカメラが向けられシャッター音が会場を埋め尽くすが、湊と柴田の間に謎の少女が一人座っている事で会場は不思議な空気に包まれた。

 それを一切気にしていないのか、席についた青年はマイクを取ると再開しますねと着席した二人と会場を交互に見てから、口を開いて話し始めた。

 

「じゃあ、人数が増えたので順に自己紹介をしたいと思います。どうしましょう、年齢順にしときますか?」

「そういう事なら一番お姉さんの私からいくね。皆さん、どうもこんばんは。今回、有里君の彼女役を務めさせて頂きました柴田さやかです」

「あ、そういう感じですか? では、柴田さんの彼氏役を務めさせて頂きました有里湊です」

 

 柴田が自己紹介したとき記者たちは知っているという顔をしていたが、途中で聞き捨てならない単語が混じっていたため首を傾げた。

 すると、青年の方も小さく笑いながら同じような挨拶をしたことで、会場の中は状況が分からず混乱した様子の記者たちの声で埋め尽くされる。

 だが、挨拶はまだ一人分残っているため、謎の少女の正体を知りたがっていた記者たちが静かになれば、こういった沢山のカメラに囲まれる事に慣れていなかった少女は緊張した様子で挨拶をした。

 

「あ、あの、皆さんはじめまして。まだデビューしたばかりですが、アイドルをしています久慈川りせです」

「りせちゃん固いよ-。ほら、これ全国に生中継なんだからカメラさんに手を振ってアピールしなきゃ」

「は、はい! あ、でも、こんな沢山くるって聞いてませんよ!」

 

 ガッチガチに緊張した少女に助け船を出すように柴田が茶化してみせる。言われたりせは素直に手を振るけれど、よく考えれば打ち合わせと違うと気づいたようで文句を言った。

 だが、それを言われても柴田は笑顔を崩さす、ちゃんとお知らせはあったよとりせに返す。

 

「控え室に取材申し込みをしてきたマスコミ一覧って紙が置いてあったよ?」

「うそ!? え、どこにですか?」

「えっとね。有里君が肘で下敷きにしてたやつかな」

「ちょっと、プロデューサー!」

 

 犯人はお前か。柴田の言葉で絶対にわざとだと思ったりせが反対側に座っている青年を見れば、本人はそんな事は知らないなと肩をすくめて見せてくる。

 そのわざとらしいリアクションが余計に神経を逆なでするのだが、全国に生中継されているカメラの前でいつまでもコントを続ける訳にはいかない。

 マイクを再び持った湊が腕時計で時間を確認しつつ少女らを見て、そろそろ話を始めようかと切り出した。

 

「話を進めてもいいですか?」

『はい』

「じゃあ、進めますね。ああ、その前に少しだけ模様替えをしましょうか」

 

 話をするには少しばかり物足りない。そういって青年が指を一度鳴らせば、彼らの背後の白い壁が突然黒くなりカラフルな模様が浮かび上がった。

 そこにはロックなデザインで“久慈川りせfeat.柴田さやかフェス”と描かれており、それを見た瞬間に集まったマスコミたちは嫌な予感がした。

 

「今日、自分が発表するのは夏に開催する野外フェスのお知らせです。これはまだ仮称ですが“久慈川りせfeat.柴田さやかフェス”がイベントになります。主役は真ん中に座っている久慈川さん、特別出演が柴田さんです。どうして音楽イベントの発表を自分がするかというと、スポンサーに知り合いがいて宣伝を頼まれたからです」

 

 言い終わると同時に会場に音楽が流れ出す。歌っているのは声的にりせのようだが、全国生中継を突然イベントの宣伝に利用されたテレビ局としては非常に拙い展開だ。

 既に諦めムードには入っているが、せめて湊と柴田の交際の真相くらいは話して欲しいと記者たちが心の中で祈れば、今度は柴田が口を開いて記者たちにとって無慈悲な言葉を吐いてくる。

 

「皆さん既にお気づきだと思いますが先日の私と有里君の記事は仕込みです。有里君の知り合いの新聞社さんにお願いして記事を作って貰ったんです。炎上商法ってやつですね」

「宣伝を頼まれたんですが自分は業界のやり方に詳しくなかったので、こんな感じでまず注目を集める方法を取ってみました」

 

 そう、先日写真を撮られたのも、スキャンダルが世に出る前に対処しなかったのも、全ては今日のための仕込みだった。

 イベントを成功させる上で宣伝は非常に大事だ。けれど、いくら宣伝を頑張ろうとりせの知名度が低いままではやりようがない。無名のアイドルを主役にしたところで、そのまま特別出演の柴田に注目が集まって名ばかりの主役になっていた事だろう。

 では、どうすれば短期間でりせの知名度を上げられるかと考えたとき、湊は正攻法では圧倒的に時間が足りないという結論に達し、注目を集めてからマスコミの前に彼女を出そうと考えた。

 この会見を見ている者はりせをおまけと捉えるだろう。だが、今はそれでいいのだ。次第に一緒に出た子はどんな子なのだと注目が集まっていき、テレビが勝手にりせの方の情報を流すようになる。

 フェスをやると決まった日から今日までに新曲の一つを視聴用に聞けるレベルまで仕上げさせたので、これからしばらくはその新曲で音楽番組に出ながら知名度を上げていけば良い。

 その間に二人のCMもどんどん流してゆくので、知名度のなさを覆す作戦は生中継されている時点で八割方成功したと言えた。

 ただ、そういった事情を既に理解していながらも、一応は仕事として聞いておかなければならないのか、質問を許可すると記者の一人が手を挙げた。

 

「では、お二人は実際にはお付き合いされていないんですか?」

「そうですね。前に仕事で一緒になったときに仕事用の連絡先は交換しましたが、それ以降は今回の仕事の件で連絡するまで電話もメールもなかったです」

「私の事務所的には有里君との共演はOKだったんですよ。ただ、有里君サイドがOKしてくれなかったので本当に久しぶりの共演になります」

「こっちは事務所に所属してませんからね。空いた時間にバラエティに出演したのが奇跡みたいなものですよ」

 

 穏やかに会話する二人からは本当に男女の関係を読み取れない。勿論、それが演技である可能性もあるのだが、青年の方からアプローチをかける可能性は皆無のようなので、最初の一人の質問だけで十分だと判断したのか二人の関係についての質問はそれっきりだった。

 

「まぁ、とはいえ今回の主役は久慈川さんです。自分と一緒に写ってるより、少女二人の方が華やかな画になりますから、カメラさんもそっちを撮ってくださいね」

 

 ジョークを飛ばしながら浮かべられた美しい微笑はテレビの前の視聴者に笑いをもたらしただろう。だが逆に、これを見ているマスコミ関係者たちには、スキャンダル発覚からここまで完全に青年の掌の上だったと苦笑いを浮かべさせた。

 

 


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