【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百二話 委員会への参加

5月8日(金)

昼休み――月光館学園

 

 湊が行方不明になってからさらに一週間が経った。生きていることは確実らしいが、結局まだ何の連絡も手掛かりもなく、学校は捜索願を出してはどうだとチドリやラビリスに伝えたが、二人だけでなく保護者である桜までもその必要は無いと答えた。

 というのも、湊は誰にも何も告げずにフラッと海外に行く事がある。携帯電話も普及していない発展途上国や、日本からはいくつもの国を経由しなければ行く事の出ない国など、何の目的があって行ったのか不思議な場所を訪れている事もある。

 別に旅行で行っている訳ではないが、本人は行った理由を尋ねても個人的な理由とだけ答えて詳細を話さない事も多々あるため、そんな困った放浪癖を持つ相手を探すのに捜索願を出しても無意味という事だった。

 そんな彼と親しい者だけが手に入れられる情報をゆかり経由で聞いていた七歌は、留学経験のある湊にしてみれば日本は狭いのかなと暢気に捉えながら、昼休みになった事で自分の教室で総菜パンをかじっていた。

 

「九頭龍さんいるー?」

 

 今日のお昼ご飯はパン屋さんのハンバーガー。照り焼きハンバーグとシャキシャキのレタスを自家製パンで挟んだ人気商品だ。

 個数限定のため手に入れるのには運が必要だが、割と運の良い彼女はラスト一個を偶然手に入れられる事が度々あって既に店のリピーターになっている。

 そうして、大きな口を開けてバクリと齧り付き、もっきゅもっきゅと笑顔で租借していれば、名前を呼んで教室に入ってきた担任の鳥海が返事くらいしてよと少しムッとした様子で彼女の席の前で立っていた。

 

「あー……もう話しかけていい?」

「あげませんよ?」

「生徒からお昼ご飯をカツアゲした事なんてないわよ」

 

 失敬な。そう言いたげに嘆息しつつも、鳥海もなんとなくで七歌の性格を理解していたらしく、そのまま彼女の席の傍で立ったまま話しかけてくる。

 

「あなたまだ委員会とか入ってなかったわよね? 急に欠員が出ちゃってさぁ。頼める人がいないのよ。だから、お願いできないかなぁって」

「一度は引き受けたくせに仕事を放棄したその無責任な人が直接やって来て、私に土下座しながら代わって欲しいって頼んできたら考えてあげなくもないですよ」

 

 急に欠員が出たというからにはこのクラスにおける担当者が決まっていた事は確実。仕事も割り振られていて、しかし、何らかの理由によって委員を辞退しなければならなくなり、相手は鳥海にその旨を伝えたのだろう。

 そうなると鳥海は相手の素性から事情まで全てを把握しているはずなので、迷惑をかける人間が責任を持って頼みにこいという七歌の言い分も理解は出来る。

 ただ、言い回しから何から彼女の対応はある青年を想起させ、彼とあまり話した事は無いがどういった育ち方をすればこうも歪めるのかと思っていた鳥海は、最近の子にすれば珍しくないのかなとジェネレーションギャップを感じた。

 

「……あなた、隣のクラスの有里君に似てるわね」

「まぁ、従姉弟ですから」

「え、そうなの?」

「有名ですよ。主に私の中で」

 

 似ていると言われた七歌は瞬間嬉しそうに口の端を吊り上げる。邪道を持って正道に勝ろうとしてきた彼女にとって、今でも湊は目標であり超えるべき壁だ。

 そんな相手に似ているということは、成長の過程に違いはあっても酷似した結果を得られているという証拠。

 相手が文武共に有名になっていた事で差を感じていたが、七歌も集団の中ではトップクラスであり、むしろ湊に近い位置にいるため、今までやってきた事は無駄ではなかったと思う事が出来た。

 意外なところで気分をよくした七歌は、そのまま鳥海の話を受けるかと思いきや、袋から取り出したミックスサンドの包装を解いてかぶり付き、健康な歯でしっかりと租借しながら言葉を返す。

 

「てか、私にも部活に入る予定があるんですよ。これでも去年の大会で結果出してるんで、女子テニス部で活躍する私に委員会は無理なのです。順平っていう帰宅部のプー太郎がいるんでそっちに頼むと良いですよ」

 

 昨年、インターハイに先輩の応援で参加していた七歌だが、彼女自身も県大会を突破し、中国大会で惜しくも敗退するという結果を残していた。

 彼女が入る予定の女子テニス部の顧問がテニスに興味が無い事で話題にはなっていないが、しっかりとした指導者であったならば七歌という即戦力の入部を心から喜んだに違いない。

 しかし、彼女がもう少しすれば部活に入ると告げると、それを聞いた鳥海は腕を組んで片手で顎に触れながら少々考え込み、一人で勝手に納得したように頷くと口を開いた。

 

「とても言いづらいんだけど、前の学校で選手登録してたなら六ヶ月以内は公式戦に出場できない規定だけど?」

「ッ!?」

 

 そんな馬鹿な、あり得ない、あり得て良いはずがない。ミックスサンドを持つ手を震わせながら、七歌はキッと鳥海を睨むと嘘を吐くなと糾弾する。

 

「ちょ、テメェ、ふかしこいてんならタダじゃおかねーぞ!」

「教師になんて口聞いてんの。てか、嘘じゃないから。調べたらちゃんと規定に書いてあるし」

 

 ここまで教師相手に強く出られる生徒も珍しい。面と向かって完全にタメ口を利く生徒などチドリを除けば初めてではないだろうか。

 佐久間や櫛名田相手のときだけ湊もタメ口を利いているが、彼の場合は鳥海など一般の教師には敬語を使っている。そのため、俺様系の湊も見てみたいなとちょっと思っている女性教師は残念にも思っているのだが、携帯を使って大会規定を調べている七歌を眺めていると、最初は難しい顔をしていた少女の表情が和らいだ。

 

「お? 親の転勤は特例っぽいですよ?」

「あなたは寮暮らしでしょうが」

「いえ、祖父の体調が思わしくないからって親が実家で暮らす事になったので、引っ越しついでに私だけ好きな学校に移ったんですよ。前の学校は寮もなかったし、実家周辺は田舎で最寄りの高校までも遠かったので」

 

 二年になって急に転校してきた七歌だったが、別に湊を追ってやってきた事だけが理由では無い。

 実は彼女の祖父である九頭龍大蔵が歳のせいか体調を崩しており、歳の近い祖母だけでは対応しきれるか分からないからと、両親も仕事を在宅の物に切り替えて介護目的で引っ越す事が決まっていたのだ。

 七歌の見立てでは実際は八雲が生きていて血に覚醒した事がストレスとなり、それが原因で体調が悪くなっているのだと思われるが、どちらにせよ親の仕事が変わって引っ越す事になっていた事実が存在する。

 九頭龍家の実家は様々な神話の残る島根県の中でも特にド田舎といった場所なので、七歌だけが通学のために利便性の高い土地の学校に移ることはなんらおかしくない。これで大会には出られませんと言われれば、じゃあお前が直接実家に行って通学できるか見てこいよと七歌は運営に言うつもりであった。

 転校の理由が特例に当てはまりそうな事が分かった事で七歌の問題は解決したが、しかし、それはそれとして鳥海も他の人にやってくれないかと頼みに行くのが面倒だったことで、転校してきたばかりの七歌に仕事を任せようとする。

 

「あー、そういう事なら大丈夫かもね。けど、別に部活も毎日ある訳じゃないから大丈夫よ。委員会も当番は持ち回り制だし」

「ふー……ミス・鳥海、順平イズ暇人、オーケー?」

「まぁ、伊織君は暇人でしょうけど仕事サボりそうじゃない。そういうの困るからちゃんとしてくれる人に頼んでるの」

 

 本当は英語も喋れるのだが、七歌は何故だかこういうときだけ適当な英語で返す。

 けれど、そんな彼女の調子に慣れてきた鳥海は華麗に流し、近くで友近と一緒に昼飯を食べていた順平が流れ弾で精神的ダメージを負っていると、しつこく頼んでくる鳥海の相手が嫌になった七歌が相手を挑発するように全身の力を抜いてだらけきった態度で言葉を返した。

 

「いやじゃー、やりとうないんじゃー」

「あなた、ハッキリ物事言うし見てると面白いわぁ。けど、保健委員と図書委員の好きな方選ばせてあげるから頑張ってよ」

 

 この学校にいる生徒は、優等生タイプと裏で陰口を叩く現代っ子タイプでほとんどが占められているため、こんなにダイレクトに反応を返してくれる生徒は非常に希だ。

 まぁ、だからといってその態度は褒められた物ではないのだが、今なら選ぶチャンスがあると聞いたところで七歌がピクリと反応し、姿勢を元の状態に正すと欧米風の大仰な仕草で手を口に当て、「信じられない!」と驚いてみせた。

 

「え、二人もやめたんですか? 名前は? そのクズたちの名前はなんて言うんですか? 他人様に迷惑かけるクズが一体どういった名前を付けられたか知りたいんですけど。あ、これ卒業研究の一環です」

 

 無論、そんな卒業研究など存在しないし、七歌自身もつまらない研究にしかならないと分かっているのでやるつもりはない。

 ただ、そう言っておけば少しくらい教えて貰えるのではと睨んだのだが、鳥海はよくも悪くも大雑把な性格だった事で、とくに隠す様子もなく辞退した生徒らの名前を口にした。

 

「クズって……高橋君と根岸さんにも家庭の事情とかがあるんだからね?」

「テメェらぜってー許さねぇからな! お前らの内申が最低値になるくらい責任放棄を糾弾し続けるからまともな進路は諦めろよ! 私はトップクラスの成績だから帝都大に現役合格するけどな!」

 

 下手人は判明した。席を立って片足を椅子の上に乗せるなり、教室の隅で友人と集まって食べていた男子と丁度教室に戻ってきた女子を指さし七歌は吠えた。

 突然言われた二人は七歌の気迫に圧されて怯えているが、既に慣れていた鳥海が結局どっちを選ぶのかと聞き直した事で事態は治まり、七歌が図書委員になる事が決定したのだった。

 

 

放課後――図書室

 

 放課後、図書室に集まった図書委員たちは、顧問の大西の隣に立つ少女を見てなんとも言えない表情を浮かべていた。

 少女の名は九頭龍七歌、四月に転校してきたばかりだが、良い意味で目立つ容姿によって男子の間では話題になっており既に隠れファンもいる。

 けれど、いまの彼女は趣味の悪い星形サングラスをかけて腕組みをしながらクチャクチャとガムを噛んでおり、誰かが口を開こうとすると膨らませたフーセンをパンッと破裂させる事で音を鳴らし、タイミングを外された事で誰も喋れなくなるという状況が続いていた。

 相手が何故そんな態度を取っているのかは分かっている。本来、彼女のクラスの図書委員は高橋という男子だったのだ。それが今日限りの代理ではなく新メンバーで彼女が来たと言う事は、何かの事情があって高橋から彼女に正式に委員が交代したことになる。自ら立候補した訳でもなければ面倒ごとを押しつけられたことになるので、彼女もきっとそういった立場でここにいるに違いなかった。

 とはいえ、いつまでも七歌に合わせて話を進めない訳にもいかない。頭に手を当てて深く溜息を吐いた大西は、七歌のことを見てから他の者の方へ向き直ると新メンバーを全員に紹介した。

 

「今日から図書委員になった二年F組の九頭龍だ。転校してきたばっかりでよく分からないだろうから、えっとー……そうだ。長谷川、丁度当番だし教えてやって」

 

 大西が呼ぶと大人びた容姿の女生徒が前に進み出て、七歌と大西の傍までやってきた。

 近付いて来た相手を七歌はサングラス越しに値踏みするよう睨み付け、最終的にどういう結果を出したのかは不明であるが、サングラスを僅かに下にずらして目を見せると右手を差し出して握手を求めた。

 

「アタイは九頭龍七歌、ファッキン高橋のせいで図書委員にされちまった哀れな美少女さ。ま、こっちも島根じゃブイブイいわしてたんでね。クソ野郎には地獄を見せてやるつもりだが、アンタには別に恨みはないからさ。いっちょ仲良くやろうや」

 

 今日日、ここまでコテコテの昭和のヤンキー風な人間などいないだろう。知り合いではなかったものの、普段の彼女がこういったキャラでないことは分かるため、長谷川は面白い子だなと笑顔を見せて握手に応じる。

 

「フフッ、あなた面白いわね。私は長谷川沙織、留学……ていうか休学してたからあなたより二つ年上だけど、学年は同じ二年生だからよろしくね」

「お、マジモンの先輩ッスか。サーセン、ただ老けてるだけの同級生だと思ってました」

「ふ、老けてる? あ、でも、そうね。年齢的には大学生だからしょうがないのかな。けど、あなたがよければ丁寧語じゃなくていいから。同じ二年生だしね」

 

 相手は大人びた容姿をしているが、それは実際に他の者よりも年上だからという理由が存在した。

 もし休学していなければ大学一年生、ということは現在最高学年の三年生の一つ上の先輩であり、七歌からすれば二つも上という事になるが、彼女の知り合いの男子の方が相手より年上に見えるので、年上っぽい人間へのタメ口には慣れているからと相手の要望を聞く事にした。

 

「了解。で、なんで休学してたの? 好きな年下の男の子と同じ学年になりたかったとか?」

「うーん。そういう甘酸っぱい素敵な理由だったら良かったんだけど、今日は仕事があるからその話はまた今度にしましょうか」

 

 普通なら気になっても複雑な理由があるのだろうと踏み込んで聞いたりはしない。けれど、七歌はそういった“空気を読む”という行為を意識的に避ける事があった。

 相手が聞いて欲しくないというオーラを出しているときや、明らかに他人を傷つけると分かっているときは流石にちゃんと空気を読むけれど、長谷川は七歌に尋ねられるまで聞いて欲しくないオーラを出していなかった。

 もっと正確に言えば、尋ねられたときに出したオーラは「説明が難しい」というタイプのものであり、嫌な思い出だから言いたくないのとは違っている。

 作業を始めて貸し出し用のバーコードの読み取り方や、返却された本を棚に戻す際の探し方を教えて貰っていると、七歌は相手が頼られることを喜んでいる節があることに気付く。

 生粋の世話焼きお姉さん気質ならば別に良いが、年上という理由でそれが当たり前になって自己の存在理由と認識しているとすれば問題だ。

 そんな事を心の中で考えつつ、一通りの作業の仕方を習って受付カウンターに戻ってきたところで、ここまでで何か質問はあるかと長谷川は微笑を浮かべて聞いてきた。

 

「だいたいの仕事のやり方は分かったかしら?」

「オーケー、オーケー。てかさ、他の人は? 私たちだけって少なくない?」

「んー、集まるときはほぼ全員だけど、当番はだいたい少人数よ。受付係と本の陳列係って感じだから。まぁ、今日は皆さん忙しいみたいで特に少ないのは確かだけど」

 

 元々少ない当番の一部が用事を理由に欠席している。それを聞いたとき、七歌は相手が何を言われても断れないタイプだと確信し、知り合いの人助けばかりしている男子と重なって見えた事でそれは幸せになれないよと苦言を呈した。

 

「もうちょい頼まれても断るとかした方がいいよ。テメェの責任はテメェで果たせって」

「そうね。でも、相手も困っているみたいだったし、私は暇だったから別に大丈夫よ」

「違うんだよなぁ。当番はもう前から決まってた事で、相手の用事は余程の事じゃない限りは当番があるって分かってるのに入れた物なんだよ。つまり、自己都合で当番の優先順位を下に置き、“あの人なら助けてくれるだろう”って図々しくも考えていたわけ」

 

 確かに困っている人を助けるのは良い事だ。世の中には自分の力ではどうにもならない事もあれば、自分でも出来るが非常に労力を必要とする事もある。

 そんなとき、誰かがちょっと力を貸すだけでとても楽になるのであれば、自分に出来る範囲で手助けしてやってもいいだろう。助けられた者は感謝するし、助けた自分も感謝されれば気分がいい。

 だが、長谷川は大きな勘違いしていた。彼女がやっているのはそうではないのだ。

 

「今の貴女がしているのは困っている人の手助けじゃなく、図々しいガキを甘やかしてるだけだよ。相手は貴女に心からの感謝なんてしないし、あの人がいると楽で助かるわって見下してるまであるかも」

 

 現在の歪な関係を続けていれば、やがて大きなしっぺ返し受ける事になる。相手が悪いと言うのにそれで助けていた自分が不利益を被るなど馬鹿馬鹿しいだろう。

 故に、もう一度自分が何をしたいのかを考え、長谷川の善意に付け込んだ今の一方的な関係は見直すべき。そう七歌が忠告すると長谷川は少し驚いた顔をしてから、これまでよりも柔らかいとても自然な笑顔でフッと笑った。

 

「すごい……九頭龍さんって格好良いね。そうやって本音を相手にぶつけるのって簡単には出来ないもの」

「よせやい、まぁよく言われるけどな!」

 

 直接褒められることは度々あるものの、大概は“男前”という女子に対して失礼ではないかと思うような讃辞であったりする。もっとも、細かいことは気にしない七歌はそれでも喜ぶが、素直に格好良いと言われれば余計に嬉しいので快活に笑った。

 そんな年下の同級生の可愛らしい笑顔を見た長谷川もつられて笑顔になり、会ったばかりだがあなたと仲良くなりたいと素直な気持ちを口にする。

 

「フフッ。ねぇ、名前で呼んでもいいかしら? あなたとお友達になりたいの」

「ば、バーロー、そういうのはさりげなくシレッと呼べば良いんだよ。改まって呼ぶとなんか恥ずかしい空気になるだろうが」

「そうなんだ。じゃあ、改めてよろしくね七歌ちゃん」

「おう、よろしくな沙希」

 

 二度目の握手、しかし、先ほどの挨拶と違って今度は友達になるための握手だ。

 改まって名前で呼びたいと言われて照れた七歌が相手から差し出された手を握ると、その瞬間、頭の中で不思議な声が響いて長谷川との間に“隠者”の絆が生まれた事を告げた。

 ゆかりや順平とも既にタロットになぞらえた絆を持っているが、新しい絆が生まれると友達が増えている実感が湧くので七歌としても嬉しい。

 もっとも、何度かタルタロスやポロニアンモールに行っているが、ベルベットルームには夢で行った最初の一回のみ行っただけで、後は扉もスルーし続けているため絆が何の役に立つのかは分からない。

 そうこうしているうちに現実に意識が戻ってくれば、先ほどまでにこやかな笑顔を見せていた相手が、どういう訳だか困ったような、何か言いづらそうな表情で口を開いてきた。

 

「あの、ゴメンね、沙希じゃなくて沙織なの」

「し、知ってたわい。ちゃんと自分の意見を言えるか試しただけだし。素で間違えたとかゼッテーねーし」

「そうなんだ。やっぱり七歌ちゃんって面白いね」

 

 くすくすとおかしそうに笑う沙織の表情は会ったばかりの頃より自然だった。

 これが相手の素の表情、まだまだ知らないことばかりだけど、友達になったのだから知っていけば良い。

 そう考えながら再び仕事に戻った七歌は、沙織とオススメの本について話ながら委員会の時間を過ごした。

 

 

影時間――タルタロス

 

 両腕がランスに似た形状をした大きなシャドウが独楽のように回転しながらフロア内を移動する。

 ただでさえ戦車のアルカナでタフだというのに、回転する事でスキルを喰らっても僅かに弾いているようでダメージが思うように通らない。

 ポリデュークスに電撃を放たせた真田は、直撃したにもかかわらず相手が勢いを殺す事無く迫ってきた事で苦虫を噛み潰した表情をして横に避けると、相手の進路を塞ぐように氷柱が地面から生えて衝突する。

 ヒーホーの作り出した氷柱は回転するランスによって削られてゆくが、壊れる前にヒーホーが補強し続けるためどちらが先に音を上げるかの勝負になった。

 削る削る削る、作る作る作る、矛と盾による両者一歩も引かぬ正面からの戦いとなるも、これは別にどちらの能力が勝るかという戦いではない。互いの命を奪い合う殺し合いなのだ。

 故に、

 

「ヒーホー君、床を凍らせて!」

 

 敵の削り出した氷が溶けて床を濡らしたタイミングで七歌が指示を飛ばし、ヒーホーはその命令を遂行するべく氷柱を作りながら床の水溜まりも一緒に凍らせてみせた。

 

「よっしゃ、ダウンしたぞ七歌っち!」

 

 独楽のように回転していたとき、急に床が氷になれば滑ってしまうのもある意味当然。目の前の氷柱を壊そうと前のめりになっていた事もあって、相手は簡単に滑って転倒してくれた。

 近くでそれを見ていた順平は召喚器を構えながら七歌の指示を待ち、自分はいつでも準備万端だとやる気に満ちた笑みを見せる。

 

「ナイス! ヒーホー君は敵の足を凍らせて、他の皆は魔法スキルで一斉攻撃!」

 

 相手には全ての物理攻撃が効かない。それは最初に順平と真田が攻撃し続けてくれた事で分かっている。

 ならば、ここですべきなのは厄介な機動力を奪い、唯一有効な魔法スキルを全力で叩き込むこと。お互いのスキルがぶつかりあって威力が削がれても構わない。ただ全力で、自分のありったけを籠めて、その一撃で敵を倒すためにスキルを放つ。

 指示を聞いた順平、真田、ゆかりの三人は七歌と同様に召喚器を頭に当てて敵を見る。

 起き上がろうとする敵の足をヒーホーが凍らせて時間を稼いでくれている間に、全員が集中力を高めると同時に引き金を引いた。

 

『 ペ ル ソ ナ ッ!!』

 

 現われた四体のペルソナから同時に火炎、疾風、電撃スキルが放たれ、足を氷漬けにされて動けない敵を蹂躙する。

 風によって敵を切り刻み、電気が凍った部位を砕く、そして炎が全身を包んで焦がせば、ダメ押しとばかりに氷の槍が地面から生えて敵を貫き、相手は耐えきれなくなって消滅していった。

 黒い靄になって消えていく敵を見ながら、七歌は敵の戦力分析のために危険な前衛で戦ってくれた男子たちの元へ移動すると、ありがとうねと労いの言葉をかける。

 

「お疲れ様。ゴメンね、強い敵相手に大変な役を押しつけて」

「気にすんなって。オレっちはともかく真田さんは意地になって物理で倒そうとしてただけだし」

「馬鹿を言うな。どこかにしら隙があるはずと思って色々と試していただけだ」

 

 開幕で敵に打撃を喰らわすもノーダメージだった事で、真田は途中意地でも殴り倒してやるとばかりに己の拳と物理スキルで敵に攻撃し続けた。

 それをフォローしつつ順平も斬撃が効かないか試して見たが、最終的にゆかりの矢も効かなかった事で全ての物理耐性を持っていると分かり、途中からは魔法主体での戦いに切り替えた。

 けれど、敵もフロアボスだけあって通常のシャドウと違い一筋縄ではいかず、先ほどの独楽回転で魔法スキルすら弾かれ攻略に時間がかかったという訳だった。

 そのことで七歌が謝るも順平は気にした様子もなく笑って返し、真田も真田で殴り倒せなかったのは惜しいが勝てたので結果オーライだと言ってきた。

 新人と病み上がりのコンビだというのに、強敵相手に立ち回っても余裕が見えるのは戦力が充実しているからだろうか。後方から援護射撃と回復スキルでの補助を担っていたゆかりも戻ってくると、全員頑張ったが今日のMVPは彼だろうと七歌は屈んで相手の帽子に勲章バッヂを付けてやる。

 

「ハーイ、それじゃあ今日のMVPは敵をダウンさせてくれたヒーホー君に決定!」

《ヒッホッホー!》

 

 ニコちゃんバッヂと並んで付けられた勲章バッヂを誇らしそうにするヒーホーに、MVPを逃した男子二人は悔しそうな顔を向ける。

 もっとも、七歌は指揮官として公平に判断してその日のMVPを決めているため、順平も真田もどういった点が評価されていたのかは客観的には理解出来ている。今日でいえば敵の足止めがそうだろう。

 相手は独楽のように回転していたせいでダメージが通らなかった。動きを止めるには攻撃するしかなく、けれど、それが効かないとなると相手が止まるまで逃げ続けるしかない。

 それを氷柱を作り続ける事で、味方の安全を確保しながらダウンまで持って行ったのだから、決定的なチャンスを作り出した事も含めて評価されて当然と言えた。

 だが、そういった理由を理解していても、順平は頭の後ろを掻きながら使えるスキルの応用性の高さが違いすぎると苦笑を漏らした。

 

「いやー、確かに分かるんだけどなぁ。氷結スキルって他と違って便利過ぎね? 攻撃だけじゃなく敵の拘束とか防御用の壁にも出来るんだぜ?」

《私のペンテシレアは氷結属性を持っている。だが、ヒーホーのように瞬時に壁などを作れるかと聞かれれば、あれほどの強度の物は現時点では無理だと答えるしかない》

 

 ヒーホーは氷結スキルによって防壁から敵の拘束まで器用にこなす。床を凍らせて滑りながらタックルすることもあるので、氷結スキルのエキスパートと呼ばれるほどに高い実力と技の幅を持っていると言って良い。

 けれど、同じ氷結スキルを持っている美鶴が、自分も氷結スキルは使えるがヒーホーのようには出来ないと言えば、ずっと一緒に戦ってきた真田が意外そうに返した。

 

「なら、こいつのスキルの多様性はこいつ自身の強さによるものって事か」

《ああ、そうなるな。もし私が今日の作戦にヒーホーの役目で参加していれば、相手の攻撃で氷を砕かれ突破を許していただろう。同じ力を使えるだけに大きな力の差を感じるよ》

 

 体長三十センチほどの小さな身体で、よくもこうまで強くなれたとヒーホーは見事な活躍を見せていた。順平と復帰した真田も弱い訳ではない。ただ、ヒーホーは前衛で自ら戦いながら不足しがちな他の前衛のフォローにも回っているため、指揮官からすれば攻守の要として重宝し、同じ前衛の者からしても彼がいれば安心して戦えると頼りにされていた。

 七歌も状況に応じた判断はずば抜けているが、もう一つブレーンがあると戦術の幅も広がる。順平も『有里湊の真剣ゼミ』とやらのおかげで上手く立ち回ってくれているけれど、ヒーホーのように全体の先の先まで考えた動きが出来る訳ではない。

 そう考えれば既にヒーホーはチームになくてはならない存在だが、彼のフォローを過信して自分の危機感が薄れてはいけないと七歌は前衛二人に注意しておいた。

 

「けど、氷結スキルは言って物理寄りだからね。触れてどうとでも出来るって考えると過信は出来ないよ。ヒーホー君もフォローして壁とか作って守ってくれるけど、突破されることも考えて常に回避や防御を頭に入れて立ち回ってね」

「うっす」

「ああ」

 

 勿論分かっていると素直に頷く二人は、自分こそがエースだという強い自己主張で戦ってなどいない。チームワークを第一に考え、その中で自らが活躍してポイントを稼ごうとしているのだ。

 そのため七歌もあまり心配はしていないが、改めて注意しておけば彼らもより危険を意識して戦ってくれるはずだと思って伝えた。

 

「フフッ、まだ一月も経ってないけど、七歌もリーダーとしての貫禄が出てきたね。順平がヒーホー君と一緒に前衛で敵を倒しまくって、私らも援護しつつ敵を倒すってのがお決まりになってて。真田先輩も復帰したから前衛はさらに層が厚くなったし。こうチームでまとまりみたいなのが出てきたよね」

 

 指揮官とは言え先輩も含む男子に一人の少女が指示や注意を飛ばす光景は日常では見られない珍しいものだ。傍らでそれを見ていたゆかりが笑みを溢しながら言えば、現在のタルタロス攻略が順調なのは他にも理由があるぞと真田が口を挟む。

 

「お前らが俺たちと異なる属性を持っている事も大きいぞ。シンジは物理しか持っていなかったが、俺と美鶴は電撃と氷結だ。美鶴がバックアップに回ってしまえば実質属性は俺の電撃のみだからな。それだけではシャドウの弱点を突くのも難しかった」

 

 今はまだ下層フロアなのでシャドウもそれほど強くないが、それでも物理や電撃の片方が効かなければ、もう片方でゴリ押しするしかなかった以前と比べ、全ての属性が揃っている現在では戦力差は歴然だ。

 美鶴のアナライズが慣れてきた事も大きいが、効率面で大きく違えばチームとしての戦力アップが実感出来るのも当然と言えた。

 

「んじゃ、オレっちとヒーホー君の存在はデカいってことッスね。戦闘に参加してる中で唯一の火炎と氷結ですし」

「それを言うなら私の回復スキルも重要だと思うけど? 余裕かまして怪我した誰かさんを治療してすぐ復帰出来るようにしてる訳だし」

「俺もこの中では唯一の電撃スキル持ちだ。確かにお前らの活躍も認めるが、こっちが速さというアドバンテージを持つ以上、いつまでもエースやMVPを名乗れると思うなよ?」

 

 真田がいた頃にいなかった属性は火炎と疾風。だが、美鶴が参加しないのであれば氷結も含まれる。

 そして、疾風はゆかりと七歌で二人いるので、敵に火炎か氷結が弱点のシャドウが現われれば活躍出来るのは順平とヒーホーの二人ということになる。

 やっぱりオレたちがエースで黄金コンビだなと屈んだ順平がヒーホーと笑い合えば、聞き捨てならないなとゆかりと真田が反論し、誰が最も重要な戦力かという話題で議論が過熱した。

 仲間らのそんな様子を通信越しに見ていた美鶴など、後輩相手の真田の態度に大人げないと感じながらも笑って、こんな事が言い合えるのも余裕があるからだなと七歌に話しかけた。

 

《フフッ、強敵を倒したばかりだというのに頼もしい限りだな》

「ですね。さて、休憩も十分取ったことだし、そろそろ次のフロアへ行きますか!」

 

 残るフロアはあと少し。もう少し上まで行くと階段が何かで通れないようになっているらしく、索敵した美鶴もそれが何かは分かっていないが現時点の終着点はとりあえずそこになっている。

 強力なフロアボスを倒した後で疲労もあるだろうが、まだ行けるよねと声を掛ければ全員が気合いの籠もった返事を返してきた事で、七歌はさぁ出発だとさらに上を目指していった。

 

 


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