【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百話 青年の選択

――深層モナド

 

 斬りかかる天神の武者の刀を鎖で編まれた黒い手甲で受け止め、そのまま握り潰すようにしてへし折る。

 得物を破壊されたシャドウは武器から手を離して後退しようとするも、青年は折った刀身を敵の首に向けて投げつけ、一瞬の隙を作ると“悪魔”のカードを呼び出した。

 

「こい、マスティマ!」

 

 赤い欠片と黒い奔流の内より現われたのは、鋭い牙と角を持つ野獣の様な姿をしたペルソナ、神の眷属で在りながら憎悪の名を冠する悪魔“マスティマ”だ。

 

《――――――ァァァァッ!!》

 

 咆哮し地に降り立ったマスティマは床を踏み砕き、拳を振り上げながらシャドウへ突進すれば、筋肉の隆起した腕ごとそれを相手にぶつけるよう振り下ろし強堅な甲冑もろとも破壊し消し去る。

 目の前の敵をペルソナに任せている間、湊は背後から飛んできていた砲弾を九尾切り丸で両断し、すぐに武器をコートに仕舞うと敵に向けて走り出す。

 砲弾を撃ってきた洗礼の砲座は戦車型のシャドウ。全ての物理に対して反射の耐性を持っており、タフな相手を殺すのなら弱点の電撃スキルを見舞うのが効果的。

 けれど、逃げようと後退する敵に追いついた湊は、相手の耐性を知っていながら腰溜めに構えた左拳を砲身に当てて跳ね上げ、バランスを崩した敵に足を頭上まで振り上げた渾身の踵落としを決めた。

 

(……足りない)

 

 物理攻撃など効かないと油断していた敵は、踵落としを喰らった場所を陥没させ、跳ね上げられた砲身が歪んで使えなくなる大ダメージを負う。

 本来、耐性はガードキルというスキルを使わなければ無力化出来ないが、湊はそういった耐性を殺す魔眼を持っているだけでなく、武術の“通し”と呼ばれる技術も習得していた。

 威力を内部に伝えて破壊する技だけあって、シャドウに対しても耐性を無視してダメージだけを通すことが出来ると湊も重宝していたが、同じく武術で通しが使えるチドリは物理耐性持ちのシャドウには使えないと言っており、彼が実際に通しでダメージを与えられているのかは疑問が残る。

 けれど、魔眼も使わず物理耐性を無視している以上、目の前のシャドウは湊にとってカモでしかない。着地してしっかりと地面に足を付けると、肘打ち、回し蹴り、拳打、膝蹴りと連続で放つことで相手の耐久限界を超えて霧散させた。

 直近の敵を倒し終えた湊は後方で敵を倒していたペルソナを消し、呼吸を整えながらコートに手を入れると再び大剣を引き抜く。

 

(……まだだ)

 

 引き抜いた大剣は振り向きながら振るわれ、横の通路から迫っていた無の巨人の剣を受け止める。

 その際、互いの持つ武器の性能差から相手の剣は砕けるも、無の巨人は構わず逆の手を湊に向けて振り下ろしてくる。

 湊はそれを受け止めることも出来たが片手で剣を持ったまま後方に跳ぶことで回避し、敵の一撃で砕けた床の破片が飛んでくるのも構わず投擲のモーションに移り剣を投げる。

 青年の手より放たれた高速で飛ぶ超重量の鉄の塊は、見事に相手の顔面を捉えるかと思われたが、相手には物理吸収の耐性があった。

 いくら湊でも魔眼で耐性を殺すか、直接近接格闘で衝撃を内部へ通さない限り物理耐性は無効化出来ない。案の定、剣が当たった敵は回復したことで破壊された剣が復活し、投げられた剣はそのまま敵の正面に落ちて地面に刺さってしまう。

 

(……もっと)

 

 これまでモナドで多くの敵を倒していた湊が、今更耐性を間違えるというミスを犯す訳がない。

 ならば、どうしてわざわざ敵を回復させるような事をしたのか?

 視線だけで敵を殺せそうなほど鋭い眼光で敵を睨んでいた青年は床を蹴り、敵の呪殺攻撃を避けて壁を走りながら接近すると、右腕に黒い炎を走らせながら飛び込み、敵の正面に落ちていた剣を掴んで地中へ炎を送り込んだ。

 剣を伝って地中に送られた炎は間欠泉のように地面から噴き出し、石材の身体を持つシャドウを身体の内部から燃やしてゆく。

 ブロック状の石材で組まれた身体は、その隙間から黒い炎が漏れ出して消えるのは時間の問題だと思われた。だが、シャドウは消えゆく間際にせめて一太刀と剣を振るい、その剣が湊の身体を捉えようとする。

 その瞬間、湊の腕を覆っていた炎の一部が腕の形に変化し、剣を受け止めながら握り砕いてしまえば、死ぬ間際の一撃をあっさりと防がれた敵は武器と共に靄になって消滅した。

 敵を倒し終えた湊は腕の炎を消して剣を仕舞うと、さらに下の階層を目指して進んでゆく。

 

(この程度じゃ駄目だ。もっと、小狼として仕事をしていたときの感覚に戻らないと)

 

 それぞれが強大な力を持つモナドのシャドウを狩っていた湊は、今の自分の状態に満足できず、かつて裏の世界で死神と呼ばれた頃の自分を取り戻そうとしていた。

 単純な身体能力や技術で言えば現在の方が強い。名切りとして覚醒したことで身体は作り替えられ、今尚より優れた存在になろうと自律進化している。

 しかし、湊が言っているのはそういった肉体的な強さの話ではない。久遠の安寧との決着をつけて日本に戻って以降、研究と日常ばかりの毎日を送っていたせいで、彼は感情のない敵をただ殺すだけの機械のような自分を失っていた。

 親しい者からは痛々しいとまで言われた、まるで抜き身の刀のような常に張り詰めた状態こそ、湊の理想とする目的を果たすためだけに存在する自分の姿だ。

 

(最悪を想定するなら今の状態じゃ対処できない)

 

 先日見たアルカナシャドウはモナドの敵にも劣る存在だったが、これから来るアルカナシャドウも同程度かは分からない。

 いや、ペルソナが死に近付くほど強くなることを考えれば、シャドウもデス()に近付くほど強くなると考える方が自然である。

 強大な敵と対峙し、自分や影時間に関わる桐条の者が死ぬなら構わないが、大切な少女とその世界の一部になっている少女の友人らが命を落とすのはなんとしてでも避けなければならない。

 そうしてかつての自分に戻る方法を考えていた青年は、それが大切な少女や彼を想う者たちにとって最悪の選択だと気付かぬまま、右眼の眼帯を解きコートから鏡を取り出した。

 

《駄目だ、湊君っ》

 

 青年のやろうとしている事に気付き、僅かに力を取り戻したことで具現化出来るようになったファルロスが止めようと現われる。

 しかし、力を失っている少年ではどう足掻いても彼を止めることは出来ない。

 

「必要なのは俺の力だ。記録として保持しておけば、それと結び付く感情はいらない」

《違うよ。それは、君と大切な人との絆だ》

 

 青年がやろうとしているのは、戦闘中に行っている思考と感情の分離のさらに先、思い出から感情を分離する記憶の記録化である。

 元々、小狼だった状態から湊が鈍ったのは日常で多くの者と関わって執着が増えたからだ。以前の状態に戻すのならば、一番簡単なのはその執着を必要最低限まで初期化すれば良い。

 しかし、記憶を消せば日常に支障をきたすので、その点をクリアした状態で執着を消すには、思い出に結び付いている感情の部分を切り離してやればいい。

 この方法ならば湊は記憶を保持したままでいられ、さらに感情自体が消える訳ではないので、大切な少女たちを守るために激情を燃やして心の力を振るうことも出来る。

 ただ、それを実行に移せば湊の他者に対する対応は明らかに変化するだろう。今でこそ善人として人々に頼られているが、その前は湊が他者に興味を抱いていなかったこともあり、話しかけても一言二言で会話が終わって気まずい空気が流れていた。

 戻ってしまえばそのときの再来となり、むしろ、親しくなったと思っていた者にすれば、相手が急に冷たくなって自分が何かしたのだろうかと悩むに違いない。

 そして、彼のことを想っている者たちにとっては、ようやく日常にも居場所を作り始めていた彼が、自らその日常を切り捨ててしまったことに深い悲しみを覚えるだろう。

 力を求める気持ちは分かるが、それでは結局大切な者を傷つけるだけだとファルロスが止めれば、湊は構わずカードタイプの鏡を手に持ち言葉を返した。

 

「……俺にとってはチドリやアイギスが生きている事が全てだ。憎まれようと恨まれようと関係ない」

《君はこれまでの自分を否定するのかっ》

「違うな、これも次へ進むための選択の一つだ」

 

 言い終わると同時に紫水晶色の青年の右眼が妖しく光り、鏡を見ていた湊は僅かに身体を揺らして手から鏡を取り落とした。

 それは即ち彼の暗示の魔眼が力を発動し、彼が直前に籠めた記憶の改変が行われたということ。

 数年掛けてようやく僅かな人間性を取り戻したというのに、目的のために躊躇いもなく再びそれらを手放した青年にファルロスは深い悲しみと憤りを感じる。

 感情を消した訳ではないのでまた人間性を取り戻すことは可能だが、そのためにどれだけの時間が必要かなど考えたくもない。

 他の者にもっと力があれば、青年もここまで自分の力のみを信じて突き進もうとはしなかっただろう。つまり、これは人々が彼に縋り頼ってきた結果でもある。

 暗示をかけた直後の記憶の混乱から回復し、右眼に眼帯を付け直して顔を上げた青年は、目の前に敵などいないというのに氷のように冷たい感情の消えた瞳になっていた。

 

 

4月22日(水)

放課後――月光館学園

 

 本日の授業を終えて帰ろうとしていた七歌は、携帯に真田からのメールが届いていることに気付き、内容を確認しながら鞄の中に教科書類を詰めていく。

 どうやら部活メンバーに一斉送信されていたようで、七歌の席の近くでは順平やゆかりも同時に携帯を見ているが、どうやら活動の協力者を紹介したいから放課後にポロニアンモールに来て欲しいというお誘いだった。

 美鶴たちから聞いている協力者は警官と骨董品屋だったが、骨董品屋は未だ改装中なので消去法で警官の方だろう。

 そう考えた七歌は刃のある武器が欲しかったので、順平とゆかりが暇なら一緒に行こうと声を掛ける。

 

「伊織ー、野球いこうぜ!」

「お、野球できんの? つか、寮にあった金属バットってそういや七歌っちのらしいけど、二人じゃ野球できねーしバッティングセンターでも行くか?」

「いや、二人とも真田先輩のメールの方済ませてからにしなよ」

 

 元野球少年だけあって順平は七歌の誘いにぐっと来ていた。今でも野球は見るのもするのも好きで、巌戸台にあるバッティングセンターの会員証も持っている。

 それなりに行っていたのかシルバー会員のカードを順平が財布から取り出せば、遊びにいくならちゃんと用事を済ませてからにしろとゆかりが二人を窘めた。

 二人も別に本気で行こうと思っていた訳ではなく、時間が余れば少し遊ぶかという感じだったので、ゆかりに言われると素直に聞いてポロニアンモールを目指すべく教室を出る。

 普段なら弓道部があるゆかりも先日のミーティングで今後の予定は話し終えていたので、今週は休日練習まで部活は休みだと同行し、一緒に階段を降りて靴箱に行けば知っている青年の姿を発見した。

 

「お、有里君じゃん。そっちも当番とかなかったんだね」

 

 この後は用事があるので遊べないが、帰る前に顔を見れてラッキーだとゆかりが近付いてゆく。

 そして、声を掛けられた青年が靴を履き替えて振り返ったとき、

 

「――――ねえ、どうしたの?」

 

 彼の瞳を見たゆかりは真剣な表情になって尋ねていた。

 

「……何が?」

「何がって、明らかに普通じゃないじゃん」

 

 絶対におかしい、そういってゆかりは彼を問い詰める。

 昨日までは分かりづらくも感情のある瞳をしていたのだ。それが次の日には何も写していない冷たい瞳になっていれば、いくら何でも何かあったとしか思えない。

 ゆかりが怒ったように尋ねても湊は首を捻るだけで質問の意図を理解しておらず、これでは埒が明かないと昨日の放課後に何をしていたか順に聞こうとしたとき、二人を眺めていた七歌が後ろから口を挟んだ。

 

「八雲君、また記憶が消えたの?」

「……また記憶の話か。飽きないな、お前も」

 

 自分は記憶喪失ではない。何度もそう言ってきたというのに、七歌がまたしても記憶喪失について聞いてきたことで、湊はいい加減付き合うのも面倒だと呆れた顔をして帰ってしまった。

 ゆかりも七歌も去って行く湊を引き止めようと思ったが、今の湊はどこか近寄りがたい雰囲気をしており、これまでのように気安く声を掛けるのは躊躇われた。

 そして、少女らと青年のやり取りを後ろで眺めていた順平は、今日の湊は違和感ばりばりだと怪訝な表情で腕を組み首を傾げる。

 

「あれー、なんか有里君の雰囲気いつもと違くなかった? こう、オレっちの知ってる感じだともう少し面倒見良さそうなタイプだったんだけど」

「そんなの見たら分かるでしょ。あれじゃまるで、昔に戻ったみたいじゃない」

 

 絶対におかしいし先ほどの対応にも違和感しかない。順平にそう返すゆかりはどうして湊が昔のような状態に戻っているのかが気になるようで考え込む。

 すると、あの状態の湊を知らなかった七歌が、彼があんな状態だった時期があったのかと尋ねた。

 

「ゆかりはあんな状態の八雲君を知ってるの?」

「私以外にも中等部からいる人は結構知ってるよ。入学してきたばっかりの頃はあんな風に人を寄せ付けない感じだったんだから」

 

 入学当初の湊は今よりも近寄りがたい雰囲気だった。同じように他者との関わりに興味がなさそうなチドリがフォローを入れることもあったくらいで、一方的に助けて去って行くことを除けば昔の湊は人付き合いが少ない方ですらあった。

 けれど、最近の湊は地道な人助けと部活を通じて注目されるようになったこともあり、街を歩けば自然と挨拶されるくらいに人と関わる事が増えていたのだ。

 それがどうして昔のような雰囲気に戻り、日常を過ごしていればなり得ない冷め切った瞳の色になっていたのか疑問が残る。青年のことが心配で堪らないゆかりが分かるはずもない原因について考えていれば、靴を履き替えていた順平が知っていそうな人から情報を集めてはと助言した。

 

「クラスの子かチドリンとかラビリスちゃんに聞いてみれば何か分かるんじゃね?」

「……うん、何か知らないか聞いてみる」

 

 現状、彼の変化について知っていそうなのはチドリとラビリスくらい。他のクラスメイトはきっとゆかりと同じ状態だと思われるので、七歌たちとポロニアンモールに移動する間、ゆかりは彼の家族である少女たちに連絡を取った。

 

――ポロニアンモール

 

「妄想モノマネシリーズ、お題“真田先輩に試合で余裕勝ちしたときの有里君”」

 

 ポロニアンモールについた七歌たちは、集合場所の交番を目指す途中に暇だからと順平のモノマネを見ていた。

 帽子を脱いだ順平はどこも見ているのか分からない黄昏れた表情になって溜息を吐き、相手を見下したような薄い笑みで髪をかき上げる動作をしながら、余裕たっぷりに低めの声で呟く。

 

「……男前が上がりましたね、先輩」

 

 あくまでこれは妄想だ。順平が勝手に相手のイメージから発言を考えており、実際にこのようなことを言った事実は存在しない。

 しかし、湊のことを知る少女たちは、彼のイメージと順平の台詞が見事に合っていたため笑いながら感想を述べる。

 

「あー、すごく言いそう」

「ルックスに天と地ほどの差があるけど、口調とか台詞の特徴はよく捉えてるじゃん」

「あははっ、だろ? まぁ、オレっちは転入前で実際に試合見てないんだけど。真田さんが白目剥いてぶっ倒れてたって話は聞いてたからさ」

 

 先頭を行く順平は女子らの方を見ながら後ろ向きに歩き、中々良いネタだったろと手応えを感じる。

 ここに来るまでチドリたちから事情を聞いていたゆかりは暗い表情をしていて、一体なんと返ってきたのか尋ねれば、チドリとラビリスから揃って「あんな馬鹿しらない」と彼に対して怒っていて何も聞けなかったとのことだった。

 それを聞いた七歌が美鶴の母親である英恵に電話で事情を話して、湊や周辺人物から何か聞いていないか訊いてみていたが、そちらも有力な手掛かりはなく、むしろ英恵が湊を心配してこちらに来ようとするのを止めなければならないほどだった。

 仲間、それも可愛い女子らの暗い表情など見たくないと思った順平は、なんとか彼女たちを笑わせようと頑張った結果モノマネへと踏み切った訳だが、真田と会う前に成功して良かったと安心したとき後ろから衝撃を受けて思わず頭を押さえる。

 

「いだっ!?」

 

 急に何が起こったのか分からず、その場にしゃがみ込みながら振り返れば、そこには額に青筋を浮かべた真田が立っていた。

 

「男前が上がったな、順平」

「ちょ……ただの冗談じゃないッスか。殴るとかマジ酷いっすよ」

「人をコケにするようなネタを披露しておいてよく言えるな」

 

 どうやら彼は一連のモノマネを見ていたようで、思い出したくもない中等部の苦い記憶を思い出させられて怒ったようだ。

 それくらいで随分と器の小さいやつだと思わなくもないが、仮にそれを口にすれば拳になって返ってくるため、順平は殴られた箇所を押さえながら立ち上がると許して貰えるよう相手にすり寄る態度をみせる。

 

「じゃあ、次のネタで笑ったらチャラにしてくださいよ」

「俺に関係するネタ以外にしろ」

「分かってますって。妄想モノマネシリーズ、お題“頑張って有里君に声を掛けようとするけど躊躇っちゃう桐条先輩”」

 

 真田が湊に対してあまり良い感情を持っていないことは分かる。故に、ここは真田と親しい人物のモノマネでウケを狙おうと、帽子で片目を隠して美鶴の前髪をイメージすれば、

 

「――――随分と楽しそうだな?」

 

 そのタイミングで後ろからよく通る女性の声が聞こえてきて、順平と真田は驚愕の表情のままバッと振り返る。

 振り返った二人の視線の先では姿勢良く歩いてくる美鶴の姿があり、もしかしなくても聞こえていたよなと嫌な汗が背中を濡らす。

 真田のときは本人のモノマネではなかったので助かったが、湊関連に敏感な美鶴はそれをネタにした自分のモノマネをされそうになった直接の被害者。これは拙いのではと順平が固まっていれば、凜とした表情の美鶴が薄く笑いながら口を開いてきた。

 

「どうした、伊織。続けてくれて構わないぞ?」

「い、いやぁ、まだネタの練りが甘いんで今回はやめておきます」

「そうか。なら、いつか完成したときには見せてくれ」

 

 セーフ、ギリギリセーフ。相手の恩情によって助けられ、順平と真田は互いに肩を叩き合って無事を喜んだ。

 男子のそんな馬鹿な行動を呆れた目で見ていたゆかりは、気を取り直して美鶴までやって来たことで自分たちを呼んでいた真田に声を掛ける。

 

「全員集合ってくらい重要な用件だったんですか?」

「いや、俺は顔合わせとしてお前らを黒沢さんに紹介しておこうと思っただけだ。美鶴が来るとは聞いていなかったぞ」

「なに、君たちが黒沢巡査に会いに行くときいたからな。装備を整えるにも色々といるだろうと先日の探索の報酬を先に持ってきたんだ」

 

 シャドウとの戦いは命懸けだ。その働きに応じて報酬が支払われるのは当然だとして、美鶴は封筒を取り出すとそれを探索リーダーの七歌に手渡す。

 貰った直後に金額を確かめるのは少々下品ではあるものの、中身が分からないと買う物も決められないため、一言断ってから中身を取り出せば日本一のモテ男こと諭吉が十人ほどいた。

 

「お、おぉ、急にリッチマンになった気分だ」

 

 これはあくまで支度金と報酬の一部を合わせた物ではあるが、まとまった金を見たことがなかった順平は思わずゴクリと喉を鳴らした。

 ただ、お金を封筒に仕舞い直した七歌は、貰えるのなら貰っておくが、支度金を用意するくらいなら必要な物資を別口でくれれば良いのにと不満を漏らす。

 

「けど、これって別に桐条グループが装備を支給してくれれば必要ない出費ですよね」

「まぁ、そう言ってくれるな。グループでも色々と開発を進めているが、刀を打ったりは出来ないんだ。形を真似て現代の技術で模造しても、鉄の特性を知って柔軟性を持たせることで切れ味と強度を両立させるなんて事は出来ない。そうなると現存する武器を使うのが効率的でコネを持っている黒沢巡査に仕入れを頼んでいるんだ」

 

 

 七歌の言い分も分かるが、現状ではこれがベストな選択なのだと美鶴は答える。

 様々な物を生産している桐条グループでは兵器類も作ってはいるが、人が使う刀剣類などは作っておらず、ノウハウもないのでシャドウとの戦いにおいてどの程度信頼できるか分からない。

 故に、現代よりも優れた冶金技術によって作られ、魂を込めて鍛えられた物を探して使った方が優れていると思われる。

 それを桐条の伝手を使って探すことも出来なくはないが、実際に本人が確かめてみないと武器との相性は分からないため、無駄に集めるよりある程度の目星を付けて集めてくれる黒沢なる人物の協力を仰いだ方がいいのだと美鶴は言った。

 

「ふーん。ま、いざとなったら実家から持ってきますよ。百鬼家ほどじゃないですけど、九頭龍家にも出せば世間が騒ぐような神代の宝剣とかが安置されてるんで」

 

 ニコッと笑いながら話す七歌は、そのまま身体を反転させると真田の後に続いて交番に入って行く。そこで黒沢という男を紹介され、適性を持たない協力者は珍しいなと思いながら、七歌だけでなく順平やゆかりの武器も新調した。

 終わって余った時間は、せっかく全員が集まっているということで、順平の案内でバッティングセンターの併設されたゲームセンターに行き、初めて来たという美鶴に遊び方を教えながら一緒の時間を楽しんだ。

 

 

影時間――ポートアイランド駅裏路地

 

 今日もまた影時間がやってきた。生温い空気に不快さを感じながら、荒垣は座っていた階段から腰を上げると、薄暗い路地を進んで行く。

 彼が座っていた場所からは事故現場が見えた。不安定になっていたペルソナの暴走によって、天田乾という少年の目の前で母親の命を奪ってしまったのだ。

 人が瓦礫で潰れる音、広がってゆく血溜まり、幼い少年の絶叫、それらは今でも深く記憶に刻まれており、荒垣は罪悪感なのか影時間にはなるべく事故現場を見に来ることにしていた。

 もっとも、今の彼に暴走の危険は無い。ペルソナは湊によって抜かれており、さらに副作用のある制御剤を飲むことでより安全策をとっている。

 湊の話では持ち主との繋がりによって戻ってくる事もあり得るらしいが、制御剤を飲んでいればそれも弱まり、仮に戻ってきても薬の力で押さえ込めるという二段構えだ。

 先日、真田がわざわざやってきて、この前は助かったと礼を言われ、さらに戦うならちゃんと戻ってこいとも言われたが荒垣に心当たりはなかった。

 それはつまり、以前許可を貰いに来た通りに青年が荒垣の振りをして彼らを助けたのだろう。美鶴にバレている時点で変装までして正体を隠す意味は分からないが、ああやって真田が助けるたびに来るとすれば、礼を言われる面倒さを荒垣に押しつけることが目的のような気もした。

 

「……ん?」

 

 そんな事を考えていた荒垣が裏路地を進んでいると、道の先に人の気配を感じ、話し声が耳に届いてきた。

 こんな時間に何かをしている人間など限られている。それが人気の無い裏路地となれば、高確率で彼らだろうと当りを付ければ、他の道と合流する十字路に彼らはいた。

 

「結婚詐欺か知らんが、依頼人はお前をエライ目に遭わせて欲しいっちゅう話や。最低でもリハビリが必要なレベルの大怪我、別に殺してもかまへんとも聞いとる」

「な、なんでだよ! あ、あれはあいつが勝手に貢いできただけでっ」

 

 ビシッとしたスーツを身につけたホスト風の男の前に、三人の男たちが立っていた。一人は眼鏡をかけ書類を相手に見せる男、一人はダボッとしたラッパー風の服を着た男、そして最後の一人は相手の言葉に一切の関心を示していない上半身裸の男だ。

 

「詳しい事情は聞いていません。まぁ、特に興味もありませんしね」

「なら、なんでこんなっ」

 

 今まさに殺されようとしている者にとって、殺される理由はとても大切なものだろう。彼らに依頼した理由はおおよそ理解したが、彼らがそれを受けた理由によっては仕事を受けるほどではないだろうと言うことも出来る。

 もっとも、聞いたところで報酬が良かったのでと言われてしまえばそれまでだが、男が自分の命を守るために必死になって尋ねれば、ダボッとした服を着た男であるカズキが呆れ顔で口を開いた。

 

「馬鹿かテメェ、オレらは金貰って依頼人の望み通りにしてるだけなンだよ。例えオマエが聖人君子だろうが極悪人だろうが、依頼人は復讐を望ンでオレらに頼ってきた。だからオレらはオマエを始末すンだ」

 

 仕事と報酬が見合っていれば細かい事情は興味ない。そう断言されては何も言い返せず、半裸の男のことタカヤの腰の銃や、カズキが腰につけている刃物を見た男は、自分はそんなもので殺されるのかと顔を恐怖に歪ませ、ストレガの三人に背中を向けると一目散に走り出す。

 

「い、嫌だっ。オレは何もしてない、あんな口約束を破っただけで殺されてたまるかっ」

 

 こんな仕事を続けていればターゲットが逃げようとするなど日常茶飯事。ただ、追い詰められた者の表情を楽しみにしているタカヤや、狩りのように逃げるターゲットを追うことを楽しみにしているカズキは、人としては三流以下のターゲットのいい反応に口元を歪ませた。

 

「ヒャハハッ! いいぜ、オニゴッコの始まりだァ! せいぜい遠くまで」

 

 追い詰められて火事場の馬鹿力が発揮されているのか男は中々の走力を見せる。

 けれど、影時間で身体能力の上がっているペルソナ使いと比べれば並以下だ。追いつくのは簡単だろうと腰の獲物を抜いてカズキが駆け出そうとしたとき、彼らの進む先に黒いマフラーを巻いた人影が見えた。

 男は相手を知っていたようで、人助けをすることで有名な青年ならば助けてくれるだろうと縋る気持ちで相手に近付く。

 

「た、助けてくれ。こいつらに殺され――――」

 

 だが、男と青年の距離が縮まった次の瞬間、極めて自然にまるで邪魔な羽虫を追い払うが如く、青年の手が伸ばされると男の首を掴んでへし折りそのまま捨てていた。

 人を殺すとき、ここまで自然に違和感も不自然さなく手に掛ける事の出来る者はいないだろう。あまりにあっさりとし過ぎていて、見ていたストレガのメンバーもしばし呆けてしまったくらいだ。

 赤い泡を吐き痙攣している男を見ていたカズキは、自分たちが殺す前にターゲットが取られたぞと頭を掻きながらタカヤに聞いた。

 

「あーあ、獲物横取りされちまった場合はどうなンだ?」

「手間が省けたという事で宜しいのでは? しかし、ふふっ……随分と久しい感じがしますね。世間で有名になってから甘くなったと残念に思っていたのですが、以前のあなたに戻られたようで何よりです」

 

 仕事のことなどどうでもいい。そう言いたげなタカヤはやってきた湊に話しかけながら、見事な手際でしたと彼の殺しを褒めて拍手を送る。

 タカヤは銃を、カズキは刃物を、ジンは手榴弾をそれぞれ持っていて殺すときにも使っていたが、湊は何も持たずに手で首を掴むだけで済ませていた。

 殺しにもエコが求められている訳ではないが、何も使わず自分の身一つで出来るのなら楽なことこの上なく、仕事もしやすいだろうと素直に感心できた。

 そんな事を彼らが話している間にジンは男の様子を確かめており、確認し終えて立ち上がると首を横に振って戻ってくる。

 

「頸椎を完全に折られとって即死や。あない自然に殺されて苦しみを感じる間もないやろうけど、まぁ、結果的に死んどるから依頼人も満足やろ」

 

 見事に即死させられていて、どうやれば一発で首の骨を折れるのかとジンも苦笑する。

 同じく話を聞いていたカズキも、自分には出来そうにもないと青年の特異な怪力に呆れつつ、事情を知らないはずの彼がどうして男を躊躇いなく殺せたのか尋ねた。

 

「ゴリラみてェな握力してやがンな。しかし、オマエ、あいつが殺しのターゲットだと知ってて殺ったのか?」

「……殺されるって叫んでたろ。なら、纏わり付かれても面倒だし、その前に殺しておこうと思っただけだ」

「なるほど、海外から戻ってきたばかりの頃の印象を受けていましたが、むしろ裏の仕事を始めた頃に近いようですね」

 

 湊の殺した理由を聞いたタカヤは、冷たい瞳をした青年の様子を絶賛し、どこまでも楽しませてくれると嬉しそうに笑う。

 エルゴ研にいた頃から本気の命の奪い合いを望んでいたタカヤにとって、甘くなってしまった彼と戦いには不安を抱いていた。ギリギリの戦いの中でこそ生を実感できるというのに、余計な殺しはしないと手を抜かれる可能性もあったからこその不安だ。

 けれど、彼は何があったのか知らないが、湊は邪魔をする者は全て敵だと一切の情け容赦なく殺せる状態になっていた。これならそのときが来れば楽しい命の奪い合いが出来るという確信が持て、ターゲットがいい反応をしたとき以上に嬉しそうにしていれば、湊はストレガのメンバーに別れを告げて去って行ってしまった。

 ここを訪れた理由は不明だが、仕事を終えたストレガもいなくなったことで、ようやく動けるようになった荒垣は先ほどの光景を思い出して心の中がかき乱される。

 

「……なんなんだ、あいつは」

 

 ずっとヤバいのはタカヤという男だと思っていた。あいつが一番自分の行動の意味を理解した上で冷静に人の命を奪っている。だからこそ、殺人を忌避するまともな精神構造は持っていないと思っていたのだ。

 しかし、それも先ほどの光景を見た後では変わってくる。本当に危険なのは執着や感情すら持たず、それでも人を簡単に殺せてしまう青年の方だった。

 あんなことが出来る人間がどうして平然と学校に通っていられるかも分からず、中等部の頃から知っていたはずの相手の姿も心の中でぼやけてきて、荒垣は複雑な心境のままその場を後にした。

 

 

 


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