【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百八十一話 祝勝会

8月9日(土)

午前――古美術“眞宵堂”

 

 インターハイ優勝から数日後、湊はEP社を使って皇子ブームが過熱し過ぎないよう裏から圧力をかけ、前回のブームの時よりもいくらかマシなレベルに抑えることに成功した。

 巌戸台周辺では人助けをしている湊は元から有名人なので、知らないおじさんやおばさんが笑顔で挨拶をしてくることもあるが、前回のようにブームに乗っかっただけのにわかファンに囲まれず、そこそこ普段通りの日常が過ごせることに湊は満足していた。

 そして、そんな湊は一応まだバイト先ではある眞宵堂にやってきて、栗原がラボに行って桐条武治と話したことを色々と聞いていた。

 

「まぁ、そういう訳でグループには復帰しないが協力者って立場にはなった。あんたらの情報は勿論流さないが、あっちの子どもたちに死なれるのも困るからね」

「……そうか。自ら参加している以上は死んでも自己責任のはずだが、元研究員としては複雑なんだな」

「割り切れるほど図太くないんでね。生きていようとあんたたちを巻き込んだことにも責任を感じ後悔はしてるんだ。死なれたら余計にくるものがあるさ」

 

 復帰する訳ではないのでグループに籍を置く訳ではない。あくまで協力者という立場になるだけだ。

 近くにある交番にいる黒沢という警察官も同じく協力者だということで、今後桐条グループが影時間関係で怪しい物を持って来ても見ないフリをしてくれると話は通っている。

 こんな近くに協力者が揃っているのは驚きだが、ここは最初から桐条グループが作ったショッピングモールなので、考えてみればそういう時のために協力者候補を集めていた可能性もあった。

 ただの考え過ぎということも勿論あるが、警察という取り締まる側である人間の協力も得られるのなら動き易い。

 協力者である黒沢は、あくまで見えないところで起きている異常の解決のためだ、とは言っているが、警察という自由の利かない組織にいながら個人の判断で協力してくれる者は貴重だ。

 今後取り扱う物の中にはリークされたら不味い物もあるので、彼を信用しての綱渡りになるかもしれないが、そのときはそのときだと再びグループに協力すると決めた栗原も自分で責任を取る覚悟はしていた。

 

「ああ、そうだ。協力することになったら、今の状態じゃ店が狭くなるかもって話になってね。解析や調査をする間置いておくスペースも必要になるだろうって、そう遠くないうちに店を改装することになったよ」

「無料で改装して貰えるとはラッキーだったな。盗聴器等の検査は任せろ」

「ははっ、そんときは頼むよ。流石にコンセントの中とかに設置されたら自分じゃ調べきれないからね」

 

 隣接する店の関係もあってテナントの入っているスペースを広げる事は出来ないが、壁を高性能な最新薄型素材に替える事で中は広く使えるようになる。

 さらに、壁に棚を取りつけて貰ったり、商品を傷めないために店の照明を全て特殊な物に替えたりと、数百万は掛かるリフォーム代全てを桐条グループが払ってくれるのだから、影時間が終わってからも店を構え続ける予定の栗原にすれば儲けものだ。

 工事は全て桐条グループ傘下の業者がやるので仕上がりに関しては心配していない。ただ、指揮下に入らない協力者という立場上、首輪を付けておく事の出来ないグループは、カメラや盗聴器を仕掛けて栗原の動向を探ろうとしてくるかもしれない。

 そうなればノウハウのない栗原では外す事も出来ないので、仕事でそういった事にも慣れている湊がいてくれて良かったと彼女は笑った。

 

「壁も床もやっぱり木に近い色合いにしようと思ってるんだ。カントリー調の方が落ち着くだろ?」

「……栗原さんの店なんだから好きにすればいい。派手なピンクや紫だったら悪趣味だと貶すが、それ以外なら大理石の床でも剥き出しのコンクリートでも許容範囲だ」

「大理石も確かに心惹かれるけど、剥き出しのコンクリートって、私はそんなのイヤだよ……」

 

 桐条武治は古い知り合いである栗原にそんな失礼な真似はしないだろう。けれど、桐条グループも一枚岩ではない。グループのためにと動こうとする者もいるはずだ。

 栗原もそれを分かっているからこそ、そういった類いの物が仕掛けられようと桐条を責めるつもりはないし。湊に任せておけば問題がないので、リフォームのパンフレットを湊にも見せながら新しい店の壁や床の色について話していた。

 興味のない青年は心底どうでも良さそうに出されたコーヒーを啜っているが、思いがけぬ改装という協力の見返りに内心でかなり喜んでいる栗原にすれば、興を削がれる青年の言葉につまらないやつだと思ってしまうのも無理はない。

 しかし、二人がそうやって話をしていれば、店の扉が開く音がして客が入ってきたため、栗原はパンフレットから顔を上げて客に挨拶をした。

 

「いらっしゃい……って、桐条さんとこの娘さんじゃないか。こんな店に何か用かい?」

「はい。幾月さんからここの事を聞いたので、挨拶と共に早速鑑定を依頼しようかと」

 

 協力者となってすぐに挨拶に来るとは、随分と躾の行き届いた出来た娘だと栗原も感心する。

 まぁ、名家の娘ともなれば出来て当然なのかもしれないが、弓でも入っているのかという細長い布製のケースを肩にかけてやってきた美鶴は、店の奥までやってきたところで湊の存在に気付いたらしく、少しぎこちない笑顔で彼にも挨拶がてら話しかけた。

 

「あ……その、インターハイ優勝おめでとう。お母様もとても喜んでおられた。今月の二十一日に開かれるお母様の誕生パーティーに“話題の皇子”として君をゲストに招待したいとも言っておられたが、既に気付いている七歌や九頭龍家の方と会うことになってしまう。なので、私としてはやめた方がいいと思うのだが、参加するかどうか君からお母様に連絡してやって欲しい」

 

 話しかけられても湊は当然何も答えない。事情を知っている栗原にすれば、尻拭いをさせられている子どもたち同士のこういった姿はあまり見たくないが、目の前で両親を失った彼が加害者の家族と口を聞きたくないというのも分かる。

 自分も研究に参加していた加害者である栗原に口を出す資格はないので、せめて美鶴が気まずいままでいる状況を何とかしようと少女に用件を聞く事にした。

 

「それで、鑑定して欲しい物ってのは?」

「あ、はい。この長い金属製の物です。金色の変わったシャドウを倒したら出てきたのですが、全体が酷く錆びて風化してるようで、何の金属か不明なこともあって溶かして使うのも難しいと。一応、武器だったのではと推測されているのですが」

 

 話しかけられた美鶴は肩の荷物を下ろし、レジカウンターのところに置いてケースを脱がせていく。

 中から出てきたのは、美鶴も言っていた通り酷く錆びた長物の武器らしき金属だった。槍か薙刀か似た別の何かという可能性もあるが、出された物を数か所確認してから栗原は鑑定が終了したと金属の正体を明かした。

 

「ああ、こりゃ“無の薙刀”だね。切れ味はないが見た目よりも丈夫で固いから、そのままでも使えない事はない。ただ、これの正しい使い道は武器合体の素材なんだ」

「武器合体ですか?」

 

 栗原は湊たちと関わる様になってから贖罪のため独自に研究を再開した。その中で黄昏の羽根を用いない対シャドウ武器の研究も行っており、湊の協力もあって無の武器とペルソナを組み合わせることで武器合体が可能だと発見した。

 イゴールたちベルベットルームの住人には珍しくないものだが、桐条グループも未だに発見していない技術であり、スポンサーもいない個人で行っている研究であることを思えば、彼女の発見は十分過ぎる成果と言える。

 

「あー、あんたは湊の事情を知ってるみたいだから、色々と伏せずに話すよ。その代わり、仲間に湊の事を知らないやつがいるなら黙っておきな。幾月やあんたの父親にもだ」

 

 ただ、グループが発見していない研究を美鶴が知っている訳もないので、そこから説明しなければならないかと、栗原は頭を掻いて余計な事は他の者に伝えるなと釘を刺してから武器合体という技術を説明する。

 

「武器合体ってのはペルソナと武器を融合させる技術さ。黄昏の羽根と同じように無の武器もペルソナへの親和性が高くてね。合体させればペルソナの力を宿した武器が出来るんだ。武器自体に力が宿ってるから、それを使えば一般人でもシャドウにダメージを与えられる。勿論、自身は耐性がないままだから攻撃を喰らえば大怪我するけどね」

「ペルソナを合体させてしまうと自分のペルソナが消えてしまうのでは?」

「そりゃね。合体させると解除出来ないし。武器はあくまで持って使う物だから、合体したペルソナのスキルを使うだなんてことも出来ない。持ち主が死ぬってときなら後の者に対シャドウ兵器として託せばいいが、それ以外ならペルソナに制限のないワイルド能力者専用ってとこだね」

 

 シャドウの攻撃を喰らえば一般人ではひとたまりもない。全身を最新の防具で覆っても耐えきれる物ではないので、ペルソナを合体させた武器を持っても一般人を前線に配置する事は出来ないが、襲われたときに咄嗟に攻撃を喰らわせて逃げる時間を稼ぐくらいは出来るかもしれない。

 一般人にとってはもしものときの自衛手段。ペルソナ使いにとっては様々な可能性を秘めている武器。

 そんな驚きの新技術である武器合体も、現状ではペルソナを無限に生み出せるワイルド能力者の協力が必要不可欠だが、それを聞いた美鶴は再び不思議そうな顔をして聞き返してきた。

 

「すみません、ワイルド能力者とは?」

「なんだ。そういう話は聞いてないのかい? ワイルドに関しちゃ、湊が研究所にいるときから知られてるはずだが」

「残念ながら全く。そもそも、有里や吉野がグループの研究所にいたというのも、偶然切っ掛けを得て気付いた事ですので、幾月さんやラボの方からは何も……」

 

 二人が話している間、黙ってコーヒーを飲んでいる湊の方を気まずそうに美鶴が見る。

 美鶴が湊が研究所にいたと知ったのは、ムーンライトブリッジで湊が神の力を発現させかけた際、感応波によって彼の過去を覗き見たのが切っ掛けだ。

 そこから彼の正体に到り、死んだとされる彼を誰が回収していたかを当時の状況から考えれば、答えに辿り着くのは簡単だった。

 しかし、上から話を聞いて事情を知った訳ではないので、過去の研究や桐条の暗部に関してはまだまだ理解が浅い。

 そんな相手にどれだけ情報を与えていいか分からず栗原も困った顔をすると、とりあえず湊が止めてくるまでは話す事にした。

 

「そうなると何を話していいのか困るね。まぁ、ワイルド能力者ってのはワイルドっていう複数のペルソナを所持出来る能力のことさ。誰にでも目覚め得るらしいが私も湊しか見た事はないよ」

 

 誰にでも目覚め得るというのは、湊だけでなくベルベットルームの住人からも聞いている。なので、その情報は確かなのだろうが、残念ながら栗原も湊以外のワイルド能力者を見た訳ではない。

 ベルベットルームの住人はペルソナ全書の力で呼び出しているため、厳密にはワイルドとは異なる。よって、現時点で一人しかいないのに誰にでも目覚め得ると言って信じて貰えるかは分からないが、そういった能力があることだけ覚えておいてもらい、栗原は今回の鑑定結果について美鶴に詳しい部分は誤魔化しておいてもらう事にした。

 

「無の武器に関しちゃ、ラボの方にはペルソナの波長と同調する反応が見られたって伝えておくれ。ペルソナと合体させる事が可能かもしれないが、同時にペルソナを失う可能性もあるので現時点では試す事は出来ないってね」

「分かりました。ああ、そういえば、似たような物が他にもあるのですが名前はどうなっていますか?」

「総称は無の武器で剣、薙刀、突剣、拳、槍、弓、鈍器、小刀、銃の九種類さ。金色のレアシャドウからしか見つかってないから、欲しいときはそいつを倒しな」

「分かりました。覚えておきます」

 

 彼女の研究に湊も関わっていると理解したのだろう。美鶴は素直に頷いてぼかして報告しておくと約束してくれた。

 あの厳格そうな男の娘にすれば随分甘いと言わざるを得ないが、その分、まだまだ子どもなのだと考える事も出来る。

 鑑定結果を聞き終えて帰る準備をしている美鶴を横目で見ながら、栗原はコーヒーを飲み終えて煙管に切り替えていた湊に声をかけた。

 

「そういや、湊。あんた部活の子らが祝勝会をしてくれるんじゃなかったのかい?」

「ああ、だから料理を作ったり準備をしている間は家を追い出された」

「追い出されて行く場所がバイト先って、もう少し何かあるだろうに……」

 

 家主のくせに女子らに追い出されてバイト先に来るとは情けない。自分の会社でも何でも行く場所などあったはず。

 青年にすればこだわるポイントではないのかも知れないが、彼がやってきてから時間も経っており、もうすぐ十二時を回るので帰るにはいい時間だろう。

 栗原は午後も店にいなければならないが、湊と同じくらい人付き合いに不器用そうな美鶴を、帰るならその祝勝会に連れて行ってやってはどうかと提案した。

 

「これからやるならついでに連れて行ってやりな。どうせバイクだろ?」

「……連れていく理由がないな」

「英恵さんに祝勝会の様子を伝えて貰えるだろ。桜さんも英恵さんもあんたの普段の暮らしを気にしてんだ。散々心配かけた親を安心させるために必要な事だと思いな」

 

 言われた湊は途端に嫌そうな表情をした。思った通りの反応に思わず噴き出しそうになるが、母親たちのことを出せば彼は大人しく引き下がると知っている。

 案の定、嫌そうな顔をしながら湊は深く溜め息を吐くも、バイクのキーをポケットから取り出すと黙って立ち上がって店を出て行った。

 後に残った美鶴は状況についていけず困惑していたので、鑑定の品はこのまま眞宵堂に置いていって構わないから、湊を追いかけて行っておいでと送り出す。

 言われた美鶴はとりあえず礼を言ってから駆け足で湊の後を追っていったが、二人揃って不器用なのでこの後どうなるかは予測がつかない。

 ただ、決して悪いようにはならないはずだと栗原には不思議な予感があった。

 

昼――マンション・湊の部屋

 

 午前中に家に来て湊を追い出した部活メンバーたちは、最低限の料理が出来るようになったゆかりも戦力として加わり、美紀を中心に様々な料理を作りあげて行った。

 その傍らで風花は一人本を見ながらケーキ作りに奮闘していたが、まだ大量にあったはずの胡椒がかなり減っていたり、使うはずの粉末バニラビーンズが袋の中に残っていたりと不思議な事が起こっていた。

 ただ、多くの女子は対湊用の山盛り料理の方を担当していた事で、風花が一人で頑張ってみるとやる気を見せていたケーキ作りのチェックが甘くなり、気付けば少し不格好ながらもクリームでデコレーションされたケーキが完成していた。

 ビックリ箱も開けるまでは綺麗に包装されたプレゼントにしか見えないので、いくら見た目が普通であっても風花のケーキを信用するのは危険である。

 冷蔵庫の中に封印されたソレを最初に口にするのは主賓である湊になりそうだが、祝いの席でテロの標的にされるとは欠片も思っていない青年が帰ってくると、作れるくせに味見専門でキッチンにいたチドリがひょっこり顔を出し、湊の後ろを見て僅かに驚いた顔をした。

 

「……どこで拾ってきたの?」

「……別に」

「そう。エサでも貰えると思ったのかしら。元の場所に捨てて来ないとね」

 

 何一つ具体的な事を伝えていないたった一言で、複雑な事情を察したチドリは流石の付き合いの長さと言ったところか。

 それでさらに美鶴を煽る辺り、湊に同情しつつ家にやってきた美鶴を牽制しているのだろう。

 後輩にそのような扱いを受けた美鶴はとても複雑な表情で呆れ気味にチドリを見返し、廊下を進む湊の後をついて行けば、料理を運ぶためにキッチンを出てきたゆかりと遭遇し、ゆかりはチドリよりもさらに驚きの声を上げた。

 

「うぇっ、桐条先輩っ!? ちょっと有里君ってばどこで拾って来たのよ!」

「君たちは私をなんだと思っているんだ……。確かに突然の来訪はすまないと思っている。だが、ここへ来たのは眞宵堂の店主について行けと言われたからだ。祝勝会の様子などをお母様に伝える係りとしてな」

 

 チドリに続いてゆかりまでもが捨て犬のような言い方をしてきたことで、美鶴は頭が痛くなり手を当てて首を横に振る。

 母からは確かに湊の普段の様子を教えて欲しいと言われている。そのため、他の者が彼のために開いてくれた祝勝会という催し物など、母もきっと様子を知りたいに違いないだろうと、栗原の言葉に従って美鶴はついてきた。

 本来は呼ばれておらず、湊との間に複雑な事情の絡んでいる桐条の人間が祝いの席に参加するべきではないのかもしれない。

 けれど、先にバイクの元に着いていた湊は、タンデムシートに予備のヘルメットを置いてグローブとヘルメットを付けていたので、言葉は交わさないが拒絶している訳でもなかった。

 さらにいえば、初めてのタンデムで手の置き場所に悩み、悩んだ末に肩に手を置けば、湊は小さく嘆息してから美鶴の手を掴んで自分の腰に回させた。

 それは傍から見れば背中に抱きつく様に密着しており、スタイルの良い美鶴がやれば豊かな双丘が押し付けられる形だ。順平たち一部男子にすれば羨ましいと野次を飛ばしたに違いない。

 残念ながら湊と美鶴は互いにそのような事は考えていなかったが、美鶴にすれば湊が拒絶せずに触れてくれたという事実が重要だった。なぜなら、それは遠回しに来ていいと許可している事に他ならないのだから。

 そんな風に美鶴がここへ来た経緯を全員に伝えリビングに入れば、ソファーに座って羽入の遊び相手になっていたターニャが手を振って彼女を迎えてくれた。

 ターニャの隣に美鶴が座ると湊は着替えるために部屋に戻り、その間に他の者たちが料理をテーブルに並べていく。

 その量は明らかに二十人前はあるのではという壮観なものだが、運んでいるゆかりと美紀が「これで足りるかな?」と話していたのが聞こえ、まだ人数が増えるのだろうかと考える。

 しかし、そのまま人数は増えることなく、着替え終わった湊も戻ってきて、料理の配膳が終わった事で全員が席についた。

 美鶴はこういった友達同士で行う手作り感溢れるパーティーに参加する経験はほぼ初めてだが、料理は派手さはないもののどれも見た目と香りで食欲がそそられ、アットホームな雰囲気もあり決して豪華な社交界のパーティーに劣っていないと、後輩らの仲睦まじい姿に目を細める。

 全員にジュースの注がれたコップが行きわたれば、楽しそうに笑みを浮かべるゆかりが乾杯の音頭を取った。

 

「それじゃあ、有里君のインターハイ優勝と全日本選手権出場を祝ってカンパーイ!」

『カンパーイ!』

 

 手に持ったコップを当て鳴らし口を付ければ、一同はコップを置いてそれぞれ好きな物を皿に盛っていく。

 美紀が作ったサラダとハンバーグと和風きのこパスタ、ゆかりが作ったピラフと唐揚げ、ラビリスが作ったグラタンと麻婆茄子。それ以外にも沢山の料理がテーブルには並んでいるが、唐揚げが割と好きな湊が早速皿に取って食べていれば、彼氏が自分の手料理を食べているのを見て緊張した様子のゆかりが評価を尋ねる。

 

「有里君、その唐揚げどう? 美味しい?」

「……普通」

「おいこら、作った私に失礼でしょーが」

 

 湊のいう普通とはよくある味という意味だ。特別美味しいという訳でもないが、そこそこ食べれる味ということで評価的にプラスだったりする。

 けれど、普段からつまらなそうな顔をしてる彼が普通と言えば、ほとんどの者がどちらかと言えばマイナスのイメージと判断するに違いない。

 勿論、普段の彼の様子に慣れている一同はそれで険悪な雰囲気になったりはしないが、不思議な信頼関係で結ばれているのだなと客観的に見ていた美鶴は、ターニャが盛りつけてくれたサラダを食べつつ、ここに来てからずっと抱いていた疑問を口にした。

 

「そういえば、ここは誰の家なんだ? 私は店主から有里の家に行くと聞いていたから、てっきり吉野もいるご実家に行くのだと思っていたのだが」

「ここはウチと湊君の家やで。湊君の住所届けが実家のままやって佐久間先生も言ってはったけど」

 

 聞いた途端に美鶴は驚きでむせそうになる。しかし、料理や他人の家を汚す事は出来ないと何とか耐え、咳払いをして喉の調子を整えてから改めて聞き返す。

 

「こ、高校生で同棲しているのか? だが、有里は岳羽と交際していると聞いていたんだが……」

「あー、私と有里君が付き合う前から二人は暮らしてるんですよ。男女の関係じゃなくて家族的な感じらしいです」

「そ、そうなのか。吉野と有里も元は他人だからな。家族になることは可能か」

 

 彼女がいながら他の同級生の女子と同棲している。美鶴でなくとも聞けば首を傾げるような話だ。

 ただ、ラビリスもペルソナ使いだと知っているため、彼女もまた色々と訳ありで湊が保護したのだろうと納得する事にした。

 空気が読めないことは多々あるが、訳ありと察すれば必要以上に踏み込んでいかないのは美鶴なりの優しさだ。今回もそれがプラスに働き話題が収束すると思ったとき、ラビリスが笑顔で爆弾を落とす。

 

「まぁ、今は二人で暮らしとるけど、将来的にはもう一人増えるかもしれへんけどね」

「そ、それは……家族が増えるという意味か?」

「うん。今から会うのを楽しみにしてるんよ」

 

 スプーンでグラタンを頬張るラビリスは無邪気な笑みを浮かべている。純粋に心から家族が増えるのを楽しみにしている。誰が見てもそれが一目で分かる姿だ。

 しかし、そんな少女の姿を見ていた一同の視線は同時にスライドしていき、ハンバーグをおかずにピラフを食べていた青年で止まる。

 ある少女たちからゴミを見るような冷めきった視線、ある少女たちからは信頼を裏切られた悲しそうな視線、ある少女たちは皆が見ているから見ているだけだったりするが、本人とラビリス以外の視線はこの瞬間彼を射抜いていた。

 それも当然で、若い男女が二人で暮らしていて家族が増えるとは、二人の間に新しい命が芽生えるという事だろう。男女の関係ではないと言いながら、彼女持ちの男は他の女子と肉体関係を持ってさらに相手を妊娠させようとしているのだから、彼らが高校に入学して半年も経っていないこともあり心象は最悪だった。

 

「……お前ら勘違いするなよ。ラビリスが言っているのは彼女の妹の事だ」

 

 だが、他の者たちの勘違いに気付いた青年はすぐに誤解を解くため真実を話す。

 いくらクズな青年でも機械を孕ます事など不可能。将来的には妊娠も出産も可能な人間とほぼ変わらぬ身体になる予定だが、今まで何度でも肉体関係に及ぶ機会のあったチドリに手を出していない時点で、湊が誰よりも大切にしている少女らに手を出さないのは明白だった。

 そして、湊から家族が増える本当の理由を聞いて、風花が本当に驚いた顔でラビリス本人に初耳だと尋ねた。

 

「え、ラビリスちゃん妹さんがいたの?」

「あれ、言うてなかったっけ? まぁ、異母姉妹いうやつで一度も会った事ないんやけどね。湊君はウチと会うより前に妹に会ってはって、その関係でウチのことも色々とよくしてくれたんよ。妹のしたことは妹のしたことで、ウチにまで恩を感じんでええって言うたんやけどね」

 

 ラビリス本人も認めた事で誤解は完全に解け、場の不穏な空気が正常に戻ってゆく。

 ただし、ゆかりはラビリスの話に少々引っ掛かる部分があったらしく、ジュースで喉を潤してから湊に話しかけた。

 

「え、有里君もしかしてラビリスと妹さんを重ねてるの? それで傍にいさせてるって男としては最低だし、彼女としては複雑過ぎるんですけど」

「二人は別に似てないぞ。ああ、まぁ、頑固なところとか平気で殴りかかってくるところは似てるか」

 

 これまた酷い誤解に湊も思わず嘆息する。機械の身体には共通点や類似点がいくつも見られるが、顔の造形は整っているという事以外はあまり似ていない。

 性格も話し方もまるで違い。身長やスタイルだって妹のアイギスの方が良かったりする。

 それで二人を重ねて見るなど無理な話で、強いて言えば二人とも変に頑固なところなどは似ていると教えた。

 アイギスのことを少し知っているチドリは話を適当に聞きながら食事を続けているが、他の者にすれば友人の妹への興味は強くなるばかり。中でも女子が平気で殴りかかってくるとはどういう事だと美紀が怪訝そうな顔で聞いて来る。

 

「殴りかかってくるって妹さんに何かしたんですか?」

「留学中に数年ぶりに再会したんだが、お互いに意見を譲らなくて勝った方が命令するって話になったんだ。その流れで殴り合いになって拳を掴まれたまま何発も喰らったな。かかと落としをガードで受けたときは道路が砕けたし、最終的に負けたよ」

 

 普通なら悔しそうにするところを、湊は珍しく嬉しそうに負けたと小さく口元を歪める。

 衝撃的な内容の後にそんな珍しいものを見たことで、他の者たちは余計に何があったか気になった。

 

「え、なにそのバイオレンスな人。ていうか、女の子と殴り合いの喧嘩になって負けるって……」

「有里君に勝つってかなりすごいと思うんですが、ラビリスさんの妹さんって何者ですか? というか、そんな本気の喧嘩になるって一体何で揉めたんですか?」

 

 ゆかりの感想や美紀の疑問も尤もだ。これに対して青年が何と答えるのか待っていれば、食べていた物を飲み込んだ青年は、少し話しづらそうにポソリと答えた。

 

「……いや、一緒に日本に帰ろうって言われて、俺がそれを拒否したんだ。そしたら、帰るまで一緒にいるっていうから一人で帰れと」

「その相手は行方不明になってた湊を探しに一人で日本を飛び出して行ったのよ。中国から徒歩とヒッチハイクでドイツ辺りまでね。それでそんな事を言われたら怒るに決まってるわ」

 

 湊の話だけでは経緯がまるで分からない。なので、事情を知っていたチドリが当時自分も怒りを感じていた事を思い出して、青年が完全に悪いとアイギスの行動を擁護する。

 

「うっわ、なにそれマジ最低じゃん。よくそれで相手のこと殴れたわね」

「心配して来てくれた人にそれは酷いね……」

「ダー、ミナトは女の子にもっと優しくするべきデス」

 

 すると、興味津々に聞いていた者たちは、青年のあまりの自分勝手さに呆れ果て。チドリの言うように悪いのは湊で、心配して必死に駆けつけてくれた者によくそんな真似が出来たなと女性陣から非難の声が飛んだ。

 大部分を省いているがチドリの話したことは事実で、その点に関しては湊も反論する気はない。ただし、殴り合いに発展した事に関していえば湊の方にだって色々と言い分はあった。

 

「怪我人相手に手榴弾を投げてくる相手だぞ。誰だって応戦するさ」

「いや、迎えに来てもろたんやから帰ったら良かったやん。てか、そんなんしてたとか聞いてへんし。人の妹になにしとるんよ」

 

 湊が少し反論すればラビリスが呆れたように怒ってくる。正確には“帰らなかった”のではなく“帰れなかった”のだが、理由を説明すれば自分の命が狙われていた事などを話す必要があるため、話したくない湊は不服そうにしながらも黙った。

 海外で行方不明になっていた間の青年の行動は今まで不明だったが、まさか途中でそんな事をしていたとは思わず、女子たちの青年を見る目はプロテインを語る真田や順平を見るときと近い物になっていた。

 湊にすれば大変な侮辱であり決して納得できるものではないが、先ほどの話を聞いて今ここで湊の味方になってくれる者がいるはずもない。それが分かっているからこそ何も言い返さなくなった湊がお茶を飲んでいれば、料理が綺麗に完食され全員が食事を終えているのを確認した風花が気を遣って話題を変えてくれた。

 

「ま、まぁ、有里君とラビリスちゃんの妹さんの話は置いといて、食後のデザートも兼ねてお祝いにケーキを作ったの。初めてだから不格好になっちゃったけど、今から用意するね」

「じゃあ、私はお茶を淹れますね。ラビリスさん、ポットはありますか?」

「うん。茶葉が何種類かあるからウチも一緒にいくわ」

 

 三人がデザートの用意のために動き出せば、他の者たちもお皿を重ねたりして片付けを手伝う。この中で最年少である羽入もキッチンから台拭きを持ってきて、食器の片付いたテーブルを拭くなどしてしっかりと協力する。

 本日の主役である湊はただ座っていろと何もさせて貰えないが、いくら広いキッチンでも女子数名がいれば多少動き辛く、図体のでかい湊がいると完全に邪魔でしかない。

 この家での勝手が分かっていない美鶴もそれは同じで、食器を片づけるところまで協力していたが、ケーキとお茶の準備に入ったときからは湊と同じようにテーブルで座って待っていた。

 そうして、お湯を沸かすために少々の時間が要ったが、十五分もしないうちに準備は整いテーブルにケーキが置かれた。

 白いクリームで覆われ、上にはイチゴが等間隔で並んでいる。ただ、クリームの表面が滑らかとは言い難く、見た目的には小学生が頑張って作りましたと言った感じだ。

 

「一応、本を見てレシピ通りに作ったんだけど、上手に出来なくてゴメンね」

「いや、作ってもらえて感謝してる。大変だったろうにありがとう」

 

 しかし、料理は見た目が全てという訳ではない。見た目の悪いケーキを作ってしまって恥ずかしそうにしている風花に優しく礼を言って、湊はケーキを人数分切り分けると一片を自分の皿に載せた。

 外からは分からなかったが中のスポンジはココアパウダーを混ぜたような色をしている。最近では手作りケーキセットとしてスポンジだけで売られているが、これは手作りなようで初めてなのに頑張ったなと素直に感心する。

 スポンジとスポンジの間にはクリームとイチゴジャムのような物が挿まった層があり、クリームだけにしない辺りに彼女の努力の色が見えた。

 そんな風にジッとケーキを観察している湊を風花が緊張した様子で見ているため、他の者も何故か緊張した様子になりケーキも取らずに彼を見つめる。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 そして、ようやく彼が一口大に切ったケーキを口に運んだかと思えば、次の瞬間、湊の瞳が金色から魔眼の蒼色に変化していた。

 

「お、おい、急に瞳の色が変わったがどうした?」

 

 ただでさえ珍しい輝くような金色の瞳が、一瞬で揺らめく蒼色に変化すれば誰だって驚く。心配して美鶴が様子を尋ね、彼女は他の者にも事情を聞きたそうにしているが、残念ながら魔眼について知っているのはチドリとラビリスだけだ。

 そして、二人は湊の魔眼の発動条件を知っている。自ら死を視ようとしたとき、自己暗示で戦闘状態に切り替わったとき、怒りや憎しみなど感情が昂ったとき、そして極度のストレスを感じたときだ。

 いまこの状態で魔眼が発動するなど最後の条件しかあり得ない。よく見ればフォークを持っている手に血管が浮き上がっており、死に至るような毒を飲んでも平気な彼に一口でそれほどの肉体変化を起こさせる物体に戦慄を覚える。

 普段なら気付けばすぐにオフにしているというのに、未だに魔眼も切り替わっておらず。下手をすればキレてテーブルをひっくり返すかもしれないので、チドリとラビリスが咄嗟に反応できるよう備えていれば、フォークを置いて紅茶を一口飲んだ湊が静かに口を開いた。

 

「……山岸、ちゃんとレシピ通りに作ったんだな?」

「え、うん。大さじとか小さじとかよく分からなかったけど、スプーンの事だと思ったから小さじはティースプーンを使って、大さじはサラダを混ぜるときのやつを使ったよ」

「……そうか。食べた事のない風味だが、俺も全部のレシピを知ってる訳じゃないからな。こういうのもあるんだと覚えておこう」

 

 風花の言葉を聞いた瞬間、他の全員がこれダメなやつだと即座に認識した。サラダを混ぜる大きなスプーンは正確にはフォークとセットでサラダサーバーと呼ぶが、あれは赤ん坊の掌くらいは平気である。

 正しい大さじの三倍以上はあるはずなので、小さじをティースプーンで量ってしまっている事も含め、作られたケーキはレシピ通りとは到底言えないものだった。

 加えて言うのなら、湊はケーキを口に運ぶ途中で黒胡椒の香りを感知していた。粉末バニラビーンズと間違えたのだろうが実際に口に入れれば胡椒辛いというレベルではなく、さらにイチゴジャムだと思っていた物は唐辛子の泡盛漬けで、何故そんな物があるのかも不明だが、とにかく口に入れて飲み込むまでに二つの辛さで喉が焼かれるようであった。

 スポンジの方もココアパウダーなど微塵も混ざっておらず、焦げている訳でもないのに何故黒いのかが分からない。

 そして、焦げていないのに何故だか炭化した肉を食べたときのような、ジャリジャリとした不快な食感が口の中に広がり、それらは焼かれた喉の表面を削る様に胃へと落ちて行く。傷に荒い鑢をかけるが如き痛みによって、ケーキよりも血の味の方が強く感じられたほどだ。

 卵の殻は御愛嬌として流すが、アルミホイルの欠片がいくつか混じっているのは嫌がらせだろうか。

 ほのかに柑橘系の香りがするのはプラスポイントだと思いたかったが、残念ながら香りの素は食器洗い洗剤で、これを普通の人間が口にするのは危険だと判断する。

 

「ラビリス、冷蔵庫に箱が入ってるからそれを持って来てくれ」

「え、あれってケーキやないの?」

「ああ、山岸が俺のために作ってくれたからこれは一人で食べたいんだ。だから、皆はそっちで我慢してくれないか」

 

 冷蔵庫の中に置かれたケーキは、もしも作れなかったときのために湊が買っておいた物だ。

 まさか、作れたのに使う事になるとは思わなかったが、一生懸命作ってくれた風花を傷付けず、同時に他の者たちの安全を確保して一人で毒を喰らおうという青年の漢気に、風花を除くメンバーたちは心の中でほろりと涙した。

 

「そういう事ならしゃーないな。湊君がこう言ってるんやけど、風花ちゃんもええかな?」

「あ、うん。私は別に構わないけど、有里君は一ホール一人で食べて大丈夫?」

「ああ。あんまり日持ちする物でもないし。作ってくれた本人の前でちゃんと完食しておくさ」

 

 とても優しい口調と表情で話す湊に風花は照れた顔をする。食べきれなければ処分しても構わないと思っていただけに、全部ちゃんと食べるさと微笑を向けられれば、喜びも相まって頬を染めずにはいられない。

 だが、本人たちが話している周りでは、皆が顔を背け心の中で「ありがとう、そしてゴメン」と青年に感謝と謝罪を唱え続けていた。

 彼は見た目が良いだけのイケメンではない。相手を傷付けないため自分が損する事を厭わないという内面までもがイケメンの真のイケメンであった。

 湊は風花を傷付けないと誓い全て一人で食べきる事を決意した。彼のそんな覚悟を無駄には出来ない。いつかは笑い話に出来るかもしれないが、そう出来るまでは真実は自分たちだけが知っていればいい。

 故に、少女たちは素早く冷蔵庫のケーキを取って来て皿に置き、並行して濃い目のブラックコーヒーと冷えたコーラという青年を援護する物を用意した。

 自分の考えを察して貰えたことに青年も安堵し、力技で魔眼を抑え込んで戦いに臨んだ彼は、談笑する少女たちの隣で地獄のような三十分を耐えきり、一人の少女の笑顔と大勢の少女の命を守り抜いたのであった。

 

 

 




劇場版ペルソナ3最終章、1月23日より絶賛上映中。

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