【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百七十七話 大会に向けて

6月30日(月)

昼――月光館学園・姫子の部屋

 

 月光館学園高等部には二つの保健室がある。一つは怪しい男・江戸川が主となっている保健室。

 もう一つはスクールカウンセラーとなった櫛名田姫子が、学校に頼んで薬品やら資材も置いているスクールカウンセリングルームだ。

 表札には『相談室』とシンプルに書かれているが、扉のとこに勝手に付けた表札には『姫子の部屋』と書かれている。

 都内の有名進学私立校でよくそんな自由な事が認められるなと思う者もいるが、この学校は有里世代と呼ばれる学年が入学してから、中心人物である有里湊によって色々とルールの緩和がなされてきた。

 それは生徒だけでなく、彼の周りにいる能力は確かだが自由な人格破綻者たちにも適応され、本来の保健室は江戸川の方だからと昼から部屋で鍋を食べても誰も文句を言わない。

 ノンアルコールビールをゴキュゴキュと飲みながら、上機嫌で鍋を突いているそんな女教師二人と共に、湊たち総合芸術部のメンバーも部屋で弁当やパンを食べて過ごしていると、扉をノックする音が聞こえて部屋の主が扉に向かって答えた。

 

「保健室は管理棟一階だぞ。泡を吹いて倒れたり、転倒して頭を打って気を失ったなど、救急車が必要なレベルでなければそっちに回るといい」

 

 自分で保健室として使えるように学校へ要望を出したというのに、彼女は緊急時以外はだらだらとゲームや漫画を嗜み過ごしているため、食事中に来るなど特に論外だとばかりに面倒を江戸川に丸投げした。

 もっとも、緊急時ならば完全にスイッチが切り替わった様子で対応するので、生徒からの尊敬は皆無だが信頼だけはされている。

 そうして、用件を伝える前に拒否されたノックした人物は、それ以外の理由だったようで扉を開けると部屋に入ってきた。

 

「すみません、保健室として用がある訳ではないんです。有里はいますか?」

 

 やってきたのは紙袋を持った美鶴だった。ノンアルコールビール片手に鍋を食べている教師や、絨毯の上でクッションや座布団に座って弁当を食べる湊たちなど、ここが学校だと忘れそうになる部屋の内装には驚いたようだが、湊の姿を発見した美鶴が部屋に入ろうとしたところで櫛名田が口を開いた。

 

「うちは上履きだろうと土足厳禁だ。靴を脱いで棚に入れてから入って来い」

「あ、はい」

 

 姫子の部屋は簡易ベッドや事務机もあり保健室に近い感じになっている。

 しかし、靴を履いているとくつろげないので、絨毯を敷いて入り口脇に靴箱を設置する事で土足厳禁にしているのであった。

 そんなルールを初めて聞いた美鶴も最初は戸惑うが、確かに誰も靴を履いていなかったことで大人しく従い入ってくる。

 靴を棚に仕舞い、扉をちゃんと閉め、改めて部屋の中を見た美鶴は湊の元まで進むと彼に話しかけた。

 

「有里、その、話していた制服を持ってきた。貸してくれてありがとう」

 

 言いながら美鶴は持っていた紙袋から、綺麗にクリーニングされた制服のジャケットを取り出す。

 話を知っているチドリとラビリスは驚かないが、他の者にすれば湊が美鶴と視線すら合わせない事は有名なので、どこでなにがあって制服を貸したのか興味津々だ。

 けれど、その事を聞こうにも湊が制服を受け取らないと話が進まない。

 しかし、やはり彼は美鶴が入ってくる前と全く同じ体勢のまま、視線すら向けずに弁当を食べ続けて受け取ろうとしなかった。

 別に美鶴が着たからもう着ないだとか、美鶴が触れた物など触りたくないから捨てろなどという子ども染みた真似はしない。今の湊はワイシャツの上にオリーブドラフ色の上着を着ているので、返されればシャツの上にジャケットを着るだろう。

 私服での登校が許されていようと、制服という選ぶ手間が省ける服というのは実に効率的なのだ。

 冬場ならもっと私服寄りになるが、夏は制服を普通に着る湊にすれば、複数持っていようと制服を返されて困る事はなかった。

 そう、問題は美鶴を相手にしないというただ一点に尽きる。

 現在、部屋は机で鍋を食べる教師二人、長机で談笑しながら食べているチドリ・ラビリス・ゆかり・風花、クッションに座って食べている湊・美紀・ターニャというグループに分かれており、湊と美鶴の緩衝材になっているメンバーは全員が部屋の奥にいる。

 そこからわざわざ席を立って、既に渡すために差し出している美鶴から制服を受け取るのも変で、代理なら一緒にいる美紀かターニャが受け取る方が自然だが、美紀は代理になるほど湊と親しい立場ではなく、ターニャはそもそも二人の関係をよく分かっていないので首を傾げている。

 これでは誰がどう動いても違和感があり、湊が自分で受け取る以外に無事に話を進めることは難しかった。

 

「桐条さん、有里君も食事中に渡されても困るだろうし、そこのハンガーにかけておきなよ。しわが出来ないように畳んでたにせよ、伸ばしておいた方が着易いしね!」

「あ、はい。そうさせてもらいます」

 

 誰も動く事が出来ず、ただ気まずいまま時間だけ過ぎていこうとしたとき、鍋を食べていた佐久間が壁のところにあるハンガーを指して美鶴に助言をした。

 佐久間も桐条グループと湊の関係は理解しており、二人が色々と訳ありなのも知っている。

 だからこそ、ここでは教師として誰も傷付かずに済みそうな指示を出したのだが、彼女の目論見は成功したようで、美鶴もどこかほっとした顔でジャケットをハンガーにかけた。

 一人が動き出せば他の者も動けるようになって、部屋の中の空気も元通りになっていき。ジャケットをかけ終えた美鶴は、入ってきたときと同じ様子で再び紙袋に手を入れると、顔だけ湊の方を向きながら中から取り出した缶の容器を佐久間たちのテーブルにおいた。

 

「それとこれは貸してくれたお礼だ。他の者と一緒にたべてくれ」

「ふむ、礼のクッキーが桁一つ違う高級品とは流石ブルジョア」

「まぁ、有里君に届いたバレンタインプレゼントには高級品も沢山ありましたけどね。桐条さん、ありがとう!」

 

 置かれたクッキーの缶を見て、教師二人は持ってきた本人がいるにも関わらず自分の思ったことをばっさり言う。

 ここにいる教師二人は美鶴が桐条グループのご令嬢だろうと特別扱いしない。いくら優秀でもそれを超える才能を持つ生徒が他にも存在し、自分たちも美鶴と同等か分野によってはそれ以上の能力を持っているため、周りが騒ぐほど彼女に特別さを感じないのだ。

 もっとも、学校に出資している母体グループということは、彼女たちの雇い主ということでもあるのだが、自分たちが適当なことをしても美鶴がそれを告げ口したりしないと思っているからこそ、多少の節度はあるが舐めた態度も取ったりしているのだが、美鶴の方にも庇える限界が存在する事を二人は知らない。

 この程度ならばチドリや真田と大して変わらないので気にしないが、知らずに地雷を踏み抜くなどして、佐久間と櫛名田もきっといつか痛い目に遭う事だろう。

 馬鹿な大人が子どもに怒られる未来がいつ来るかは不明だが、それはそれとして、まだ用件があった美鶴は湊の傍に移動すると紙袋から一枚のプリントを取り出し、美紀とターニャに断ってから前を失礼しプリントを湊の正面に置いた。

 

「まだ用件があるんだ。その、部活の事でな。来月にインターハイの結団式があり、八月の頭から本格的に大会が始まるんだ。試合のエントリーは部活に所属していないと出来ないし。エントリーには締めきりがある。これまでは所属しているという体で誤魔化して来たが、有里がテニスでインターハイに出るならちゃんと書類を提出する必要があるんだ」

 

 湊は以前の大会の後から男子テニス部所属という扱いで大会にエントリーし、既に都大会と関東大会を勝ち抜き関東代表としてインターハイの出場資格を得ている。

 だが、実際にテニス部に所属している訳ではなく、試合に出て勝っているのでやる気はあるのだろうが、学校側としてもいまいち状況が把握できていない状態だった。

 母親のことがあって再びテニスを始めた湊だが、彼は大会に出るつもりがあるのかないのか不明で、仮に出るにしても無頓着そうだと思い。目標としていた大会の前に、気を利かせた美鶴が本当にエントリーするならという事で入部しておく必要があると教えに来たのだ。

 

「もし、インターハイにも出るつもりがあるなら入部届けを出してくれ。名義というか所属は既に月光館学園高等部男子テニス部としてエントリーされているがな。こういった部分でケチを付けてくる者もいるから、不安材料は先に消しておくべきだ」

 

 前回出た大会と違い、全国大会に向けた高校生テニス大会出場には、高校の部活に在籍している必要がある。

 月光館学園のテニス部はそれほど強い訳ではなく、団体戦出場メンバーは揃っているが、そちらに出られれば十分で個人戦は勝ち進める湊に枠を譲ってもいいと部員たちも言っていた。

 もっとも、そう言った彼らも六月中に行われた関東大会で敗退して既に夏を終えた訳だが、美鶴がインターハイ出場のために必要なことを伝えると、わざわざ湊に伝えるためだけに美鶴自らテニス部や顧問に聞きにいったのかとゆかりは驚いた顔をして、どうして関係のない美鶴が湊のために動いたのかを尋ねる。

 

「え、桐条先輩がわざわざ聞きに行ったんですか?」

「話を聞いておかないと説明も出来ないからな。私個人としてだけでなく、学校側も有里には部活で活躍して欲しいと思っている。それに必要な事をしているだけだ」

 

 言ってしまえば、湊のテニス部所属と大会での活躍はグループや学校からの希望でもある。

 先日の大会で既に全国レベルの相手に勝利している事を思えば、湊がインターハイ序盤で負ける事は考えづらい。

 彼が試合に出るだけで学校の宣伝になり、勝てば学校に取材や受験を考えて見学の問い合わせも殺到するのだ。

 湊がCMに出れば一本で最低二千万、番組出演料は一時間で二百万とされており。これは本人が決めた訳ではなく、業界が勝手に高く設定してそうなっているだけだが、学校はこれらを支払わずに湊の知名度を使えるので桐条グループ含め笑いが止まらない状態である。

 CMには出ていないのでCM出演料は交渉で提示された額に過ぎないが、どちらにせよ学校に来た取材や出演依頼の話を聞いている美鶴も、湊の人気にあやかってばかりいるのは如何な物かと苦言の一つも漏らしたい気分ではあった。

 なので、いくら学校や桐条グループが湊に出て欲しいと言ってきていても、わざわざ気を遣う必要はないぞと付け加えておく。

 

「これは別に君に強制するものではない。集団が苦手な君としては、再びマスコミやファンに囲まれるのは面倒だろうからな。その辺りは理解している。ただ、お母様がな。勝手に書類を提出して退路を断っておけばいいと仰られていたんだ」

 

 強制はしない。むしろ面倒なら出なくていい。湊の意見を尊重したい美鶴だったが、ただ一点問題があった。そう、美鶴の母親である桐条英恵からの熱烈コールだ。

 気まずそうな、困ったような顔をして告げた美鶴は、英恵から湊が試合に出るよう手を回しておけと電話やメールで何度も言われていた。

 彼女が湊の活躍を見たいという気持ちは分かる。自分の子どもの活躍を見たくない親など少数なのだから。

 美鶴も英恵と同じで湊の活躍を見たいと思っているが、いくら何でも勝手に書類を出しておくのはまずい。

 これで当日までにへそを曲げて出ないと言われれば、出場すると聞いて集まるファンやマスコミががっかりし、不満が湊や他の者に波及する可能性もある。

 そんな事は英恵も望まないはずなので、美鶴がわざわざ正面から参加しないかと誘いに来ることになった本当の理由を話せば、奥のテーブルで弁当を食べていたチドリが不敵に笑って口を開いた。

 

「……流石に湊の性格がよく分かってるわね」

「巻き込まれる有里のことを考えてみろ。お母様の気持ちも分かるが、自分の親の言う事だけに止めるなら全力でだ」

「桜も私にこっそり出しておけばって言ってたわ。親の考えることなんて似たようなものよ」

 

 実を言えば英恵だけでなく桜も同じ事をチドリに言っていた。湊の性格を考えれば、勝手にエントリーされていても英恵や桜が裏で糸を引いていれば断れない。

 それを分かっていて利用しようとする辺りの強かさは、危ない事をしてばかりの子を持つ親としての経験によるものだろう。実際に裏で動けと言われた二人の少女は、自分たちの親の発想に思わず呆れるしかなかった。

 

「ほんで、湊君は部活どないするん? 来年も暇どうか分からんし、出るんやったら余裕ある今年に出といた方がええと思うけど」

 

 英恵や桜の話は一先ずおいておき、実際のところ湊本人に出るつもりがあるのか。チドリと同じテーブルでお弁当のトンカツを食べていたラビリスが尋ねる。

 ラビリスは団体と個人どちらの選手にも選ばれていなかったので、大会では出場する先輩の応援に行っただけだが、唯一勝ち上がった湊がインターハイにも出場するなら楽しみも増えると彼女的には出場して欲しいようだ。

 他のメンバーもそれは同じで、夏の日差しの中での応援は大変だが、部活の仲間として湊が頑張っている姿をみたいと期待するのは当然だった。

 そんな一同の期待の籠った視線を向けられた青年は、食べていたグラタンを飲み込むと面倒くさそうな表情で答える。

 

「……優勝するだけでいいんだけどな。一回戦から出るのは面倒でしかない」

「あの、その優勝が即ち日本一ってことになるんですが、全国大会優勝ってタイトルにこだわりがあるんですか?」

 

 簡単にいうが、それ即ち高校の日本一だと美紀が突っ込む。

 湊に限らず面倒だから地区大会をパスし、全国大会にだけで出たいという学生は大勢いるだろう。全国大会の試合をほとんどパスし、決勝のみ戦いたいと思う者はさらに多い可能性だってある。

 それで優勝したときに心から喜べるのかは不明だが、将来の事を考えれば“全国大会出場”という肩書きが重要なので、自分の実力を試すつもりがなければ問題ないのかもしれない。

 過程よりも結果を重視する湊も、別にテニスで活躍する事を目的とはしていないので、パスしていいと言われれば即決でパスを選ぶが、どうして全国大会優勝にこだわるのか美紀に聞かれれば、聞かれた本人ではなく残っていた美鶴がそれに答えた。

 

「彼の母は高校生のときに全国大会で優勝しているんだ」

「え、そんな人の子どもってテニスエリートじゃん。なんで中学でもしなかったの?」

 

 本人ではなく美鶴が答えたことも驚きだが、それよりも湊の母親の経歴の方にゆかりたちは驚く。

 ゆかりも弓道とテニスで種目は異なるが、全国を目指して修練に励んでいる。中学の頃はそれなりの成績を収めつつも全国大会には出られなかったが、テニスで全国優勝した母を持ち、その母の才能を受け継いでいたなら、なんで試合に出なかったのか不思議でたまらず。せっかくのスキルが勿体ないと思うのも無理はない。

 ただ、湊の場合はバスケットボールという異なる種目で才能を見せてもいたので、現在までテレビで話題として取り上げられている事も考えれば、本人がそれほど熱心でないことも含め勿体ないと騒ぐほどでもないのかもしれない。

 そんな風に短時間に思考を巡らせながら答えを待っていると、何故だか再び答えたのは本人ではなく美鶴だった。

 

「おば様がテニスを始めたのは高校からだ。テニス歴三年で全国制覇し世間から注目された猛者だが、それを考えれば有里が中学でテニスをする理由の方が存在しないな」

「へぇ。けど、桐条先輩って有里家の家庭事情も知ってるんですね」

「まぁ……ほどほどにな」

 

 正確には有里家ではなく百鬼家であり、戸籍を探っても有里家はほとんど遡れないようになっている。

 そこまで詳しく戸籍を調べるには、相当な権力を持っているか、そういった事に詳しい者と親しくなければならないが、ゆかりたち一般人が知る事はないので、美鶴は様々な事情が絡んでいる事もあり心中は複雑ながらも控えめに頷いた。

 

「まぁ、答えはいますぐじゃなくてもいい。出る気があるなら今週の水曜日には出してくれ。それではな」

 

 借りていた物も返し、部活の話も伝えたので、湊にも考える時間が必要だろうと美鶴は提出期限だけ報せて去っていく。

 扉を開けたときに廊下から夏の熱気がむわっと部屋に入ってくるが、しっかりと閉められるとすぐに冷房で部屋の温度は快適なものになった。

 来客が去った事で今まで話を聞いていた者たちも食事を再開し、湊も美鶴の置いていった入部届けに名前を書いて職員室に後で戻る佐久間に投げて渡した。

 

「およ? 有里君、試合出るの? またテレビ局来ちゃうけどいいの?」

「別にいい。取材は受けないって言ってあるからな」

 

 受け取った入部届けをポケットに仕舞いつつ、佐久間は青年を取り巻く環境が再び騒がしい物になることを懸念し、本当にいいのかと彼の意志を確認する。

 母親の事や懐いている英恵に桜といった者たちに望まれているとはいえ、彼は注目される事が嫌いで、基本的に静かに普段を過ごしたがっている。

 外向けに愛想のいい好青年の仮面を被る事が出来、さらによく人助けをしている湊は、ルックスの良さとどこか高貴でミステリアスな雰囲気もあってテレビ映えするとマスコミにも人気があった。

 ブームが起こったときなど半年近く取材申し込みの電話が鳴りやまず、桐条グループが学校の負担を軽減するために用意した専用ダイヤルもすぐ係りを三倍に増員したほどだ。

 あれから一度はブームも落ち着いたのだが、昨年の年末特番で湊が活躍し、先日テニスの大会優勝から地区・都・関東大会と続けて優勝したこともあってブームは再燃してきている。

 これで全国大会に出場でもすれば、高校生となり以前よりもプロ入りが現実味を帯びて来ている事もあって、マスコミは前回以上の熱心さで皇子ブームを盛り上げていくに違いない。

 さらに、今の湊はラビリスと同居しているので、もしもマスコミが彼に付き纏えば女子と同棲しているなどとスキャンダルとして取り上げられる可能性もある。

 ゆかりと付き合っている事も、プリンス・ミナトをはじめとした周囲の協力もあって隠せているが、ラビリスとの同居がばれればゆかりとの交際や女子しかいない部活に所属している事も広まり、部活メンバー全員と湊が不健全な関係にあるのではないかと下衆な記事を書かれる事も考えられた。

 一応、現在はパパラッチが彷徨いていれば、相手の視界から消えて背後に回り込み、「ご苦労様です」と挨拶をして名刺まで貰ってから取材を断っているので、既に顔を覚えられている事もあり一般的な取材陣は活動を控えている。

 だが、内容がスキャンダル関係となると話は違ってくる。クリーンなイメージで売れていることで、あまりに踏み込んだ強行取材をすれば視聴者たちからクレームが飛んでくるため、マスコミもそれほど無理な取材は行えていないが、そのクリーンなイメージが間違っていたという趣旨で行う取材なら他の芸能人らと同じような扱いで行ける。

 噂に過ぎない内容だろうと、ブームにもなった皇子のスキャンダルとなれば記事を載せたものは売れるに違いない。

 そんな風に周囲の状況も変わった今だからこそ、しっかり考えた方がいいのではと、簡単に大丈夫だという湊を心配して佐久間はしつこく確認を取った。

 

「本当にいいの? 義務教育期間と高校だとまわりの反応も違うよ?」

「ああ、分かってる。それは職員室に戻ったときに顧問に渡しておいてくれ」

「むぅ……いいけど、あの先生って人の胸見て話してくるから、あんまり好きくないんだよね。他の男の人も有里君みたいだったいいのにー」

 

 若さ、美貌、スタイル、多才といくつも天から与えられた佐久間は、まわりの男性陣がチヤホヤしてくれるのはいいが、お前はどこに向かって喋りかけているんだと思いたくなることもしばしばで、いやらしい男性教師の相手はうんざりだとテーブルに突っ伏し嫌な顔をする。

 とはいえ、ここをやめて別の場所で働こうと男など似たようなものなので、男性がいる職場で働く限り佐久間の悩みはなくならないだろう。

 湊に色々と問題を持ってくる人物ではあるが、彼の特殊な事情を理解して色々と便宜を図ってくれてもいるため、たまには労ってやるかと立ち上がり頭を撫でてやれば、途端に彼女はだらけきった喜びの笑みを見せた。

 勿論、そんな彼を一部の女性陣は冷ややかな視線で見ていたが、視線に気付いていた青年はあえて気付いていないフリをして食事に戻って行った。

 

 

7月6日(日)

午後――都内テニス公園

 

 インターハイに出るため入部届けを出した週末にいきなり他の大会にも出るという強行日程。にも関わらず、コートの周りには大勢の人が集まり、湊と対戦相手のどちらかを熱心に応援している。

 この大会は湊が最初に優勝した大会と似たタイプで、関東に住んでいる高校生に出場資格が与えられており、高校だけでなくテニススクール所属でもエントリーできる。

 インターハイでの関東代表は湊だが、インターハイに繋がる大会には出ていないテニススクール出身の選手も多く出ているので、真の関東最強が誰かここではっきりすると騒いでいる者もいた。

 そして、男子の試合は当初の予想通り、湊が順当に勝ち進み現在決勝戦で争っている。

 対戦相手は昨年関東ジュニア大会ベスト8まで進んだ他校の三年生。早瀬ほどではないが色黒のスポーツ刈り男子で、パワーに自信があるのか全てのストロークを馬鹿正直な直球勝負のフルスイングで打っていた。

 湊にすればそんな物は打ち頃の球でしかないが、練習不足があるので実戦の中で感覚を取り戻していくと事前に話していた通り、ラケットを持ち替えて常にフォアハンドで厳しいコースに返している。

 厳しいコースを攻められても足で取りに行き返す相手と、パワーだけでなく重さもある敵の打球を片手打ちで返しコースも狙っていく湊。素人から見ても中々の勝負であることは間違いなく、インターハイとは関係のない大会と言えど、流石は関東中から集まった頂点を決める試合だと観客を楽しませていた。

 

「よくあんだけコース乱さず返せるよねー。見てると有里君のコントロールがずば抜けてるってのは素人の私でも分かるわ」

「あれだけ精密機械のようなショットを打っていると、審判も彼のコントロールはかなり正確だという印象を持つの。そのため、かなり際どい打球を打ってそれが僅かに外れていても、ライン上で入っているとジャッジされたりもするのよ」

 

 女子の試合も既に終わっており、ラビリスと共に合流した高千穂がテニスを知らないゆかりに解説してやる。

 湊の真骨頂ともいえるコントロールの良さは、自分の望んでいる試合展開を作れるという事の他に、審判の判定を味方に付ける効果もあった。

 プロや大きい大会のようなチャレンジ制度が存在しない以上、審判の判定が覆る事はなく、それ故、判定を味方に付けられる湊のプレイスタイルは安定性も含め非常に強力だった。

 

「でも、相手の選手も頑張って返してるよね。決勝戦で一番疲れてるはずなのにすごいなぁ」

「相手は三年生でこの大会は最後ですから、そういった後のなさもあって有里君より必死なんでしょうね」

 

 相手の選手はテニススクールに通いプロを目指す三年生、対して湊は一年生でまだこれからがある。

 試合に出る以上、湊も手を抜くつもりはないが、ジュニア最後の年ということで必死さという点に置いては相手に軍配が上がるだろう。

 勿論、それくらいで勝負を譲り負けてやる湊ではないため、風花と美紀が話していると、上がったロブをチャンスボールだとばかりに相手がスマッシュで打てば、直後、湊は前に出てそれを球が地面につく前に真正面から相手コートに打ち返した。

 ドゴンッ、と明らかにテニスボールが出していい音ではない轟音が響き、体重を乗せた渾身のスマッシュを打った直後で体勢が整ってなかった相手も唖然としている。

 

「うっわぁ……湊君もえげつない球打ちはるわ。渾身のスマッシュをドライブボレーされたら攻めようがないやん」

 

 あまりに容赦のない打球にラビリスも苦笑し、唖然としている相手選手に同情的な視線を送る。

 彼女が口にしたドライブボレーとは、来たボールを作ったラケットの面で押し返す通常のボレーと異なり、ストロークのようにスイングして相手の打球をバウンド前に叩き返すボレーの事だ。

 相手の打球の威力をほぼそのまま返すボレーに対し、ドライブボレーは打ち返すのと同じなので自分のパワーを威力として上乗せできる分だけ強くなる。

 ただし、ボールが地面につくまでの僅かな間にボールに対応してスイングまでする必要があるため、空振りや打球が飛び過ぎてアウトになり易いというリスクのあるショットでもある。

 そんな通常より難度の高いショットを相手の決め球に対して繰り出すあたり、湊もこれ以上試合を長引かせるつもりはないのだろう。

 相手の動揺が抜け切る前にサービスラインに立ち、すぐに次のゲームに行くぞとばかりにサーブの構えを見せていた。

 

「……二〇三キロ、サーブの速度上げたわね」

「ダー、とても速いデス。相手のイグロークも返せませんでした」

 

 インターハイと関係ないとはいえこれも公式戦。大会の記録がしっかりと実績として残り、今後の他の大会のシード枠等にも影響する。だが、流石に全国規模でもなければ高校生の大会で速度計が配備されているところは少ない。

 それを補うため、プリンス・ミナトがしっかりとスピードガンで計測してくれており、計測係と表示係で抜群のコンビネーションを見せる彼女たちの発表を見れば他の者でもサーブの速度は分かる。

 そして、それを見て速度を確認したチドリが今日の試合最速だと言えば、目をぱちくりとさせていたターニャが素直に驚いて見せた。

 これまでの湊のサーブは一九〇キロほどで、スピンなど変化球で来るときはそれよりも遅かった。それをみた相手は青年のマックスが一九〇キロだと思っていたはずなので、ここでさらにギアを上げてくるのは予想外に違いない。

 案の定、相手は完全に振り遅れてボールをネットに引っかけてしまい、直前にスマッシュを無効化されて負った動揺にさらにダメージが加算されているようだ。

 スポーツでの精神の乱れはプレーにも大きく影響してくるため、湊がリードしている状況でこれほどのダメージを負った相手は立ち直れまい。

 そう判断した湊は続けて二〇八キロのサーブを打ち込み、相手のラケットを吹き飛ばして完全に心を折りに行った。

 純粋なプレーだけでも勝てるというのに、相手のメンタルも同時に攻める辺りが非常に狡猾でいやらしい。彼をよく知らない者は湊の圧倒的な実力に湧いているが、反対に彼をよく知る者たちはえげつないなと複雑な表情で彼のインターハイ前哨戦ともいえる大会優勝を見守っていたのだった。

 

 

 


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