【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百七十六話 ダイモーン

6月26日(木)

影時間――巌戸台

 

「なんなんだ、お前はっ!!」

 

 上空から飛来する悪魔のようなシャドウの腕を転がるように回避しながら真田が叫ぶ。

 それまで真田がいた場所はシャドウの爪で抉られ、彼のいる周囲の道路は無事な部分を探す方が難しい状態であった。

 

「明彦、また来るぞ! ペンテシレア、マハブフ!」

 

 急降下しては腕を振るって爪で攻撃をしてくる敵は、攻撃を終えれば上空へと逃げてしまう。

 真田と美鶴は出力の関係で対空に向かず、攻撃をするなら相手が降りてきたときを狙ってのカウンターしかなかった。

 ただ、カウンター攻撃はタイミングが命で、失敗すれば反対に自分が大ダメージを負うリスクを孕んでいる。

 突如巨大なシャドウ反応を感知し、以前荒垣の事故が遭った場所とそう離れていない現場に急行した二人は、通常のペルソナと同サイズながらパワーもスピードも異次元の存在を相手にしながら、そんな無謀な戦いを挑まされていた。

 美鶴のペンテシレアが広範囲に放った氷弾は、真っ直ぐ真田を狙うシャドウに何発も当たるが、相手は一切速度を落とさず、回避し続けていたことで消耗して完全には避けそこなった真田の背中を爪で抉った。

 

「があっ」

「明彦っ!?」

 

 爪で切り裂かれた少年のシャツが血に染まる。致命傷はなんとか避けたが重傷には違いない。

 二人のペルソナは回復スキルを覚えているものの、それで治せるのは多少の切り傷や擦り傷などで、血がダラダラと流れている様な重傷では、最低限塞ぐだけでも何回スキルを使えばいいかも分からない。

 もっとも、治療できるだけの隙があればいいが、敵はまだまだ健在で爪についた血を舐めて喜んでいるのか上空で雄叫びをあげていた。

 顔の上半分だけが仮面で覆われ、後はすべて黒いベルトのような物が何重にも巻かれているというのに、ベルトの隙間をこじ開けてまで爪についた血を口に運んだ事に驚いたが、一連の行動で敵が野生の獣よりも高い知能を持っていると分かった。

 敵にとって二人との戦いは半分遊びで、一息に殺さないのはいたぶって楽しんでいるのだろう。

 シャドウにそんな生き物のような趣味嗜好があるとは知らなかったが、その情報をラボに伝えるにもまずは生き残る事が大切だ。

 怪我を負っても意識までは失っていなかった真田が、相手が上空で喜んでいるうちに自分の治療を試みている間、美鶴は自分が今度は敵の攻撃を引き付けねばと武器を構えた。

 

「どうした、シャドウ! 私はまだここにいるぞ!」

 

 相手の狙いが真田になってから気を引いても遅い。だからこそ、美鶴は相手が動き出す前に自分から挑発して気を引きに行く。

 声が聞こえた敵は血を舐め終えた手を口から放し、両腕を大きく広げると降下体勢に入った。

 

「ま、待て! そっちじゃない!」

 

 しかし、敵が降下していった先にいたのは真田だった。慌てて美鶴は駆け寄ろうとするが余りに相手が速過ぎた。

 腕だけで這うように建物の影に移動しようとしていた真田も、自分が狙われている事に気付いたようだが、回復のための召喚すら出来ていない以上、まともに反応する事は出来ない。

 アスファルトを抉るような攻撃をまともに喰らえば、いくらペルソナの付与効果で一般人より耐久力が増しているペルソナ使いだろうと無事では済まないだろう。

 同時に動けなくなることを危惧し、距離を開けていたことが仇になった。やめろと手を伸ばし必死に走る美鶴の目の前で、動けない真田が敵の手にかかろうとしたとき、一つの影が横から飛び出し真田を巻き込んで横に転がった。

 

「あ、荒垣っ!?」

 

 飛び出して来た影のおかげで敵の攻撃は地面を抉るだけで済んだ。

 そして、真田を助けてくれた人物をみれば、相手は特別課外活動部を去って行った荒垣だった。

 敵の動きを警戒しつつ、起き上がった荒垣は真田に肩を貸して立ち上がるなり二人を怒鳴りつける。

 

「馬鹿かお前ら! 勝てないなら逃げるくらいできるだろうが! 俺が来なきゃ確実に死んでたぞ!」

「す、すまない。だが、敵の移動速度があまりに速くて」

「とりあえず、建物の方へ逃げるぞ。お前も走れ」

 

 相手は上空からの急降下でしか攻撃をしてこない。ならば、屋根のあるところや狭い場所なら入ってこれないだろう。

 バイクを置いて来る事になってしまうが、そんな物は後で回収すればいいと荒垣は肩を貸したまま駆け出した。

 揺れる度に傷が塞がっていない真田は痛そうに顔を顰めるが、まだ話す体力はあるようで足を動かしながら荒垣に話しかけた。

 

「……シンジ……近くにいたのか?」

「まぁな、あんだけデカイ音たててりゃ流石に戦闘だって気付くさ」

 

 寮を去ってから荒垣は事故現場近くの溜まり場にいるようになった。二人が戦っていたのはその近くだった事で、戦闘音に気付いた荒垣は心配してやってきたという訳だ。

 そして、ここらへ頻繁に来ている荒垣にとって、どこを通って逃げればいいかというのも当然頭に入っている。

 服が汚れることなど気にするなと、薄暗く汚い狭い路地を通りながら、どこか入れそうな建物はないかと周囲を探す。

 後ろから美鶴もちゃんと付いて来ているが、出血している真田の体力はそろそろ限界に近い。荒垣がしっかりと腰に手を回して支えなければ、足もふらついて立っていられないくらいだ。

 影時間が終わるまで逃げ続けるとすれば、どこかで一度休みスキルを使って傷を塞ぐ必要がある。

 上空では三人を狙った敵が飛びながら追ってきているのが見えるため、下手な場所では建物の天井を打ち抜いて侵入してくるかもしれない。

 真田の治療、信じられない強さを持った敵、ペルソナを失っている自分、様々な要因について考えながら荒垣は状況的に詰んでいるかもしれないと思ってしまった。

 

「想像以上にヤベー状況だな」

「ここらで治療のために休める場所はないのか?」

「古い建物が多い。あいつの攻撃の威力を考えたら天井壊して入ってくるかもしれねえぞ」

 

 前を向く事すら出来なくなっている真田を見て、美鶴は心配した様子で尋ねるが、荒垣だってずっと休める場所を探している。

 けれど、ここは駅前の開発が始まる前から存在した建物が多く、建築年数を考えれば敵の攻撃を防げるほど信用出来なかった。

 そして、荒垣の顔にも焦りの色が浮かんできたとき、突然真田の身体から力が抜け。一緒に倒れてしまわないよう荒垣は必死に踏ん張ってから、意識を失った幼馴染の少年に声をかけた。

 

「おい、アキ! アキ!!」

「失血で気を失ったのか。このままではまずいぞ」

 

 流石に意識を失った男を一人担いで逃げる事は出来ない。なにより、意識を失うほど血を失ったのなら、このままでは失血のせいで死んでしまう事が懸念される。

 これ以上逃げられなくなった荒垣は、上空の敵に警戒しながら真田を地面に寝かせると、美鶴に少しでも治療してやれと頼んでから何か生き残る方法がないか必死に考えた。

 戦力は美鶴のみ。その美鶴も効くかどうか分からない回復スキルで真田の治療中。狭い路地だが無理をすれば敵も入って来られるだけの幅のある通路。

 状況は絶望的でも荒垣は自分に出来る事を考え、そして生き残る一つの可能性をみつけた。

 

「テメェならこの状況が視えてんだろ! 少しは気ぃ回して助けに来い!」

 

 動かなくなった荒垣たちに痺れを切らしたのか、上空にいた敵が荒垣たち目がけて降下体勢に入る。

 近くのビルはおよそ四階建てで、敵が建物の高さに到達すればそこから一秒も掛からずに荒垣たちに届く。

 それを理解しながらも、遥か上空から敵が来ているのを見ていた荒垣は叫んだ。自分の知る中で唯一上空の敵を倒せそうな者を呼ぶために。

 そして、敵が建物の高さに到達しようというとき、敵の進路を遮る様に極光が走った。

 

「やっぱ視えてやがったのか……」

 

 横から攻撃が来た事で敵は攻撃を中断し、急上昇して回避行動を取った。

 美鶴は何が起こったのか分かっていないらしいが、一先ずの危機が去ったと空を見たまま安堵の息を吐く荒垣の目に過ぎ去る青い天使が映る。

 あれが今の攻撃を放ったペルソナかと思っていれば、荒垣たちのいる路地に入ってきた者が呆れた様子で、先ほどの呟きに言葉を返してくる。

 

「文字通り飛んできてあげたのに何言ってるのよ」

「視えてても距離があれば物理的に無理やって言うたやん。それにタルタロスでシャドウ狩っとるんやから、そない暇しとる訳やないんよ?」

 

 現れたのは髪の長い二人の少女。一人は大きな戦斧を背中に背負い、もう一人は鎖で繋がったハンドアックスを二つ持っている。

 やってきた少女の姿を見た美鶴は、彼女の主観では影時間に会うのは初めてだったので、ペンテシレアの回復スキルを使ったまま驚きの声を上げた。

 

「吉野、それに汐見も。やはり君たちもペルソナ使いだったのか」

「……どうでもいいでしょ。それより、そのままじゃ死ぬわよソレ」

 

 美鶴の回復スキルでは重傷の真田を治療できない。回復スキルで血が流れ出る速度は遅くなっている気がするが、結局は流れ出ている事に代わりはない。このままでは失血性ショック死を引き起こすだろう。

 やってきたチドリの言葉が事実だと分かっている美鶴は、悔しそうな表情をしながらも、すぐに頭を切り替えると二人に助力を求めた。

 

「君たちのペルソナで回復スキルを持っている者はいないか。私のスキルでは出血を遅らせる事しか出来ないんだ」

「多少の怪我なら治せるけど、私の力は回復が本質じゃないから無理ね。ラビリスはそもそも回復スキルを持ってないし」

「じゃあ、湊君に頼むしかないやん。湊君っ! この人死んでまうよ!」

 

 建物の間から覗く空では、湊とシャドウが制空権を握るドッグファイトをしていた。どちらも速いが自分が有利な位置に着くために絶えず移動している事で、実際に攻撃の撃ち合いが始まればどうなるか分からない。

 故に、戦闘の邪魔をして悪いという気持ちはあるが、人命救助を優先したラビリスが大声で呼びかければ、湊はシャドウを追って上昇する途中でカードを砕きバアル・ペオルを呼び出した。

 呼び出した本人はそのまま敵を追って、空中に呼び出されたバアル・ペオルは面倒くさそうな表情で腕を振り、真田だけではなく美鶴たちの細かな怪我と疲労を癒して消える。

 淡い光の波動が届き、真田の出血が止まって顔色がマシになるのを見た美鶴たちは、自分たちの疲労が回復している事も含めて回復スキルの威力に驚かされる。

 

「傷跡も残さず治っているとは、とんでもない力だな」

「つーか、今アイツ、ペルソナ出したまんま他のペルソナ呼ばなかったか?」

「……ちょっと待って。お願いメーディア」

 

 ワイルドの能力も複数同時召喚も初めてみたことで、荒垣は信じられないという顔をする。

 だが、相手の質問に答えるよりも今は状況の把握が先だ。チドリは白い装飾銃を改造して湊が作った召喚器を頭に当ててメーディアを呼び出す。

 呼び出されたメーディアはチドリの命令で空を飛んでいる敵にアナライズをかけ、読み取った情報を腕に付けた端末に送信して敵の強さを表示した。

 

「何、アイツ……。数値が“98900sp(レベル99弱)”って刈り取る者並みじゃない」

「その小さな機械で敵の強さが測れるのか?」

「さっきから五月蝿い。分からないなら黙ってなさいよ」

 

 初めて見る機械に興味を持ったらしい美鶴を黙らせ、チドリはドッグファイトを続ける両者をジッと見つめる。

 適性値から割り出した敵の強さは刈り取る者に近いレベル。しかし、その飛行速度は圧倒的で、自分に掛かる負荷を無視した曲芸飛行をしてまで追う湊が距離を詰められないほどだ。

 

「刈り取る者と同じ強さにしては速過ぎひん? 湊君も距離を詰めれてへんし、高機動タイプならええけど火力も持っとったらまずいで」

 

 アザゼルは速さに特化したペルソナではないが、ペルソナ全体の中でも遅い訳ではない。

 高同調状態でステータスも全力に近付いている事を考えれば、真面目に敵を殺しに行く湊が追い付けていない時点で敵の速さは異常だった。

 チドリのアナライズによって相手の強さが刈り取る者級だと分かり、もしも、相手が速いだけでなく威力の高いスキルを持っていれば湊が危険だとラビリスがいえば、同じように考えたチドリが戦闘が見えない狭い場所から移動すると告げた。

 

「見える場所に移動するわよ。来るならその無能も背負って連れて来なさい」

「……明彦も必死に戦っていたんだがな」

 

 血が少なくなって意識を失っている真田を無能と呼ぶチドリに、彼と一緒に戦っていた美鶴や幼馴染の荒垣は同情した顔をする。

 しかし、意識を失っている真田が足手まといなのは真実で、必死に戦おうと相手に手傷を負わせる事も出来なかった事を考えれば、美鶴も含めて何も反論できない。

 近くにシャドウの反応はなく、上空の敵は湊との戦いで精一杯でチドリたちの方へ向かってくる事はないため、荒垣が真田を背負って拓けた場所まで移動すれば、高速で飛びまわる両者の戦闘がようやくはっきり見えた。

 

***

 

 蝙蝠のような羽をはばたかせ上昇するシャドウを追い。湊もアザゼルの翼をはばたかせて急上昇していく。

 耳元を過ぎる風が五月蝿いが、急な方向転換で身体に掛かるGも無視して、湊は先を行く敵にどう追い付こうか考えていた。

 アザゼルは他のペルソナよりも少し大きく、高火力でありながら肉弾戦も出来るパワーとタフネスを持ち合わせた重戦車のようなペルソナだ。

 筋力によって生み出される推進力はそれなりであるものの、高機動特化型のようなスピードタイプにはどうしても一歩譲ってしまう。

 他にもっと速いペルソナを持っていないのかと言えば、別に持っていない訳ではないが、湊は自分の先を飛んでいるシャドウをこれまで見た事がなかった。

 仮面から確認出来るアルカナは刑死者。モナドにいるシャドウらよりも強く、刈り取る者に近い力を持った存在がイレギュラーとしてタルタロスの外に現れるなど初めてで、来るまでに見ていた限りでは敵は真田たちをいたぶって遊んでいた。

 さらに人間の血を舐めて喜んでいた事も合わせて考えれば、シャドウらしからぬ高い知能と生物のような嗜好を持っている様子ですらある。

 

「……ファルロス、様子がおかしい。普通のシャドウじゃない」

《うん、僕も感じてるよ。多分だけど、あれは僕と同じ複合シャドウだ。複数のシャドウが合わさって一つの個体になってる》

 

 不自然な能力の高さに違和感を覚え、湊は自分に宿るシャドウの王に意見を求める。

 湊の方が詳しい分野もあるが、シャドウに関する知識ならシャドウの王でありニュクスの息子であるファルロス以上に知っている者はいない。

 そして、湊の目を通じてみていたファルロスも、先を行くシャドウが普通のシャドウではないことを感じ取っており、能力は比べるまでもなく劣っているが自分に近い存在だと察した。

 

「……複合シャドウは自然発生するものなのか?」

《本来はね。ただ、それには人の死を求める心が必要になる。というより、死を求めた人たちのシャドウがニュクスを呼ぶために合わさって僕という宣告者を生み出すんだ》

 

 宣告者、つまりはデスであるファルロスの事だが、実験で生まれなくとも彼が近い将来誕生していた事は湊も聞いている。

 人々の滅びや死を求める心がシャドウとなって抜け出し、そのシャドウが集まって“死”そのものであるニュクスを呼ぶデスとなるのだ。

 しかし、彼以外に複合シャドウを知らなかった湊は、役割を持ったデス以外に複合シャドウが誕生する事はないはずだと聞いて納得した表情になる。

 

「つまり、お前が既に存在している以上、複合シャドウは生まれないんだな?」

《絶対ではないよ。僕は不完全体だし、人々の死を求める心が強くなれば、僕の復活を待たずに新たな宣告者を生み出すかもしれない》

 

 現在のファルロスはデスとしての役割を果たせない。となれば、人々の心が死を求めれば、新たなデスが生まれてくる可能性は十分にあり得た。

 湊たちの先を飛んでいるシャドウの力は一般的なシャドウを遥かに凌いでいる。

 刈り取る者というイレギュラーな存在に匹敵する複合シャドウが、こんな時期に現れるなど絶対に何か理由がある。そう睨んだ湊は、敵をジッと見つめ、

 

「そうか。でも、あれはそういった類いのモノじゃないな」

 

 最後には、相手が宣告者でもそれに近い存在でもないと結論付けた。

 

《アナライズも使ってないのに、見ただけで分かるのかい?》

「……俺の中にいて知らなかったのか。死を理解してるってことは、俺の魂は常にニュクスに触れてるってことだぞ」

 

 ファルロスは青年の結論を微塵も疑っていない。だが、アナライズも使わずに性質を読み取るなど人間には無理だと思っていた。

 そして、どうやって彼が相手の性質を読み取ったのかという疑問に返って来た答えに、ファルロスは思わず言葉を失ってしまう。

 ファルロスやペルソナたちは彼の中に存在するが、それは精神の領域に存在しているのであって、魂がどういった状態で存在するかは知らない。

 神降ろしでは理解を超えた異界の神と拮抗し消滅を免れ、果ては取り込み共存という誰もが不可能だと思っていた別の道を行った彼の魂は、人のそれを超えた力を持っていることは明白だった。

 それがまさか、死を理解していることで、生きて人としての形を保ったままニュクスと共にあると聞いては、自分がニュクスの欠片である羽根に触れて滅びを呼ぶ可能性を恐れていただけに、ファルロスとしては何故滅びが起きないのかと驚くしかない。

 湊に取り込まれていてデスが直接ニュクスに触れていないから大丈夫なのか、それとも湊が神の力を中和出来ているのか、今のファルロスに答えは分からない。しかし、もし本当に彼の魂がここにありながらニュクスに触れることが出来るなら、シャドウの事が分かるのも納得がいった。

 

《そう、だね。うん、そういう事か。確かに、それなら君には僕たちの違いが分かって当然か》

「ああ。何より、俺の友達はあんなのとは違う」

《ははっ、それはどうも。まぁ、生まれた理由がなんにせよ、あれはそのままにしておくと拙い。他のシャドウを食べて僕の代用品になりかねない。こっちの準備も出来ていないし。叩いておくべきだ》

「分かっ――――っ!?」

 

 今はまだ宣告者ではないが、今後さらにシャドウを食べて成長すればどうなるか分からない。

 故に、ここで倒しておくべきだと言われた湊が分かったと頷きかけたとき、敵が飛びながら羽を羽ばたかせオレンジ色の鱗粉を振りまいた。

 後を追っていた湊が急制動がかけられず鱗紛の舞う空間へと入ってしまうと、鱗紛は強烈な光を放ち大きな爆発を引き起こした。

 

***

 

 敵が鱗紛を撒く様子は地上からも見えていた。火の粉のようにきらめく鱗紛の舞う空間に湊が入った途端に爆発し、爆発が治まっても黒い煙で状況が分からない。

 

「あ、あり、さとが……」

「湊君、爆散してもうた……」

 

 アギダイン級の炎が拡がる爆発に飲まれた湊をみて、美鶴や荒垣は唖然とし、ラビリスもタイミング的に防御が間に合わなかったのではと心配する。

 火炎が弱点の美鶴は勿論、弱点のない荒垣のカストールでも先ほどの一撃に耐えられるとは思えない。

 実戦を経験している者にすれば、自分たちを基準に受けるダメージを考えてしまうのも無理はないが、青年のことをよく知っている少女は冷静なまま口を開いた。

 

「……あの程度で死ぬならとっくに生きてないわ」

「しかし、ガードも間に合うタイミングではなかったぞ?」

「必要ないわよ」

 

 いくら湊が強力なペルソナを有していようと、流石に直撃ではかなりのダメージを負っているはず。

 ずっと追ってきていた湊を倒した事で、空中で止まりながら意味の分からない奇声をあげて喜んでいるシャドウを見た美鶴がそういうと、酷くつまらなそうな顔をしたチドリは首を横に振る。

 そして、ジッと黒煙の方を見ている彼女につられ、他の者が同じようにそちらを見たとき、空から轟音が響いてきた。

 何事か、と驚く暇もない。音が響いたと思えば黒煙の中から太い極光が現れ、そのまま止まっていたシャドウを飲み込み遠くの空に浮かぶ雲を散らす。

 攻撃を放った衝撃で霧散していた黒煙のあった場所には、一切の傷を負っていない湊がアザゼルと共に存在し、攻撃が敵を完全に飲み込んだ事を確認した後、放っていた極光を止めていた。

 

「ほらね、アザゼルに炎は効かないんだもの。心配するまでもないわ」

「あ、そうなんや。ペルソナの耐性とか聞いてへんから知らんかったわ」

 

 いくら相手の攻撃が強くてもペルソナやシャドウには耐性という相性がある。

 湊のペルソナは基本的に弱点よりも耐性が多い優秀なものが多いが、『神の如き強者』を名の由来とするアザゼルは、ネガティブマインドのペルソナの中でも抜きん出て耐性に優れていた。

 物理の全てに耐性を持ち、魔法も電撃と火炎は効かない。他の魔法は通常通りだが、五つに分かれたステータスの耐性の値が非常に高い事もあって、素の防御力でほとんどの攻撃に耐える事が出来るのだ。

 敵はそれらを知らずに勝ったと思いこんだのだろうが、彼の実力を知る者にすれば、頭を潰すか首を刎ねない限り、彼を殺せたと安心してはならないのは常識だった。

 強さだけなら刈り取る者に匹敵し、速さならば上回ってすらいた敵も、子どもなのかと思ってしまうほどの油断や慢心を晒し、そこを突かれて一撃で呆気なく消え去れば街にも静寂が戻ってくる。

 ようやく敵を倒し終えた湊もやってきてチドリたちの傍に着地し、戦闘でボロボロになり袖などが破れた服を着た美鶴の姿を見て、マフラーから取り出した制服のジャケットを勝手に羽織らせると、そのまま何事もなかったようにラビリス達に話しかけた。

 

「さっきのは複合シャドウだった。シャドウは他のシャドウを食べれば力を吸収し強化されていく。自然発生は珍しいが、他に何か理由があるなら今後また似たようなのが現れるかもしれない」

「他の理由ってどんなのがあるん?」

「同じ想いを持った複数の人間からシャドウが抜け出たとか、誰かが意図的に作ったとかだな。前者なら偶然ともいえるが、後者なら出来るのは桐条グループの研究員くらいだろう」

 

 湊たちが話す傍ら、視線すら向けずにジャケットを羽織らされた美鶴は、驚きつつも自分の格好が酷い事に初めて気付き、湊が上着を貸してくれた嬉しさもあって少し照れた顔で袖を通す。

 女子の平均身長を考えれば長身に分類され、さらにヒールのあるブーツを履いてスタイルのいい美鶴でも、流石に一八〇センチを超える湊の上着はサイズが合わずぶかぶかだ。

 けれど、そんなものは些末事だとばかりに袖を通し終え、ファスナーをしっかりとあげて湊の制服に包まれた美鶴は会話に参加する。

 

「確かにシャドウを使った研究などうちのグループしか出来ないが、研究を進めているラボでのシャドウ研究は解析がメインで、それを利用した実験などは行っていないんだ。旧エルゴ研の生き残りがいたとしても、設備や資金の関係で個人では難しいだろうし、何者かが悪意を持って複合シャドウとやらを作った可能性は低いのでは?」

 

 今も昔も桐条側にそれほどのシャドウ研究の技術はない。そう思っている美鶴は素直に話すが、湊は彼女の言葉に反応を返さず何かを考え込んでいた。

 いつも通りの無視とは少し様子が異なるため、美鶴が尋ねても意味がないと分かっているチドリが気を利かせて口を開く。

 

「……何か気になる事でもあるの?」

「いや、大した事じゃない」

「訊かないと話さないでしょうから訊いておくわ。何が気になってるの?」

 

 彼の基準は一般人とかなり異なる。後で実は知っていたけど大したことじゃないと思ったし、訊かれなかったから話さなかったという事も多々あり、美紀が火事から助けた相手だと認識していた事などがいい例である。

 先に気付いている本人はいいかもしれないが、知らずに土壇場で慌てるのは他の者なので、チドリがここで聞いておくのは大変意味があった。

 そして、聞かれたら話せる事は正直に話してくれる青年は、考えをまとめているのかしばし黙りこみ、一分ほど経ってから質問に答えた。

 

「……さっきのシャドウが何か話していた気がするんだ。正確には言葉を発していたというか」

「シャドウって喋れるん?」

「声は出せるからな。知能が高ければ意思疎通はともかく言葉は話せるさ」

 

 言葉を話すシャドウの代表格はファルロスだが、彼は湊の影響を受けて自我を形成しており、さらに言えばシャドウの王という特別な存在でもある。

 故に、彼を基準として考える事は出来ないが、それでも咆哮するシャドウも中にはいるので、声を出せる以上、知能が高ければ話せてもおかしくはなかった。

 

「それで、なんて言ってたの?」

「俺は爆炎の中にいたし、相手は顔をベルトで覆ってて上手く聞こえなかったが、“祝祭”って言ってた気がする」

「祝祭? って、何を祝うの?」

「俺に聞かれてもな。まぁ、シャドウ側でも何か変化が始まってるのかもしれない」

 

 湊が敵の攻撃に飲まれたとき、美鶴たちはシャドウがただ奇声をあげているとしか思わなかった。

 けれど、それが実際は人の話す言葉になっており、何やら意味深な単語だったことで湊も気になったのだ。

 他の者にすれば祝祭と言われても意味が分からないだろう。ただ、湊はもしかすると散らばった十二のシャドウの復活が迫っている予兆かもしれないと睨んでいた。

 もっとも、聞かれていないのでそのことは話さないが、それが後々面倒を引き起こすと分かっていない青年は、話はここまでにして今日は帰るかと帰宅の準備を始める。

 

「さて、俺たちは帰ります。寝てる人には、上手く逃げていたら敵が諦めてタルタロスに帰って行ったとでも伝えておいてください。俺たちの事は話す必要ありません。助けた代金はそれでいいです」

「怪我の事はどう説明すんだ。俺らにそんな便利な回復スキルはねぇぞ」

「タルタロスで拾った秘蔵の回復アイテムを使ったと言えばいいでしょう。臓器の破損や四肢の切断は治せませんが、切り傷や刺し傷なら重傷でもこれで治りますから」

 

 言いながら湊はマフラーに手を突っ込み、中から宝玉を取り出してみせる。

 宝玉は強力な回復スキルの籠められたマジックアイテムで、持った状態で強く念じれば単体を対象とした回復スキルを発動させる事が出来るのだ。

 これならば真田が負っていた程度の傷は癒せるため、実際にタルタロスで拾える事も含め説得力があった。

 複数持っている湊はそれを相手に渡そうとするも、真田を背負っている荒垣は受け取れないので、ノールックで美鶴に投げ渡すとアザゼルを召喚し、チドリとラビリスをアザゼルの腕に抱かせる。

 驚きつつもキャッチした美鶴は、受け取ったアイテムを上着のポケットに仕舞いこんで、飛び立とうとしていた湊に慌てて礼をいう。

 

「あ、有里! 助けてくれてありがとう。この上着はクリーニングしてから返す。だから、また学校で」

 

 彼女がそう言い終わるとアザゼルは羽ばたいて上昇し、そのまま凄まじい速度で去って行った。

 去っていくペルソナを見つめていた美鶴は、今までずっと勧誘し続けていた者たちが、自分たちよりも遥かに影時間に関わる事柄に対して知識を持っており、さらにはシャドウを倒して街の平和を守ってくれていた事に驚かされた。

 しかし、彼らの実力を実際に目にしたからこそ、自分たちが仲間になれば足を引っ張る事になると理解してしまい。湊が言っていたように真田や桐条グループにも秘密にして、一切干渉しない方がいいのではと思ってしまう。

 助けられた手前、真田には先ほどの設定で伝えておくが、荒垣に手伝ってもらい彼を病院に連れていく間、美鶴は自分はどう報告すべきなのだろうかと悩み続けていた。

 

***

 

(なるほど、刈り取る者クラスのシャドウも一撃か。一度に放てる威力に関してはずば抜けているな)

 

 湊たちが戦いを終えて帰って行ったとき、離れた場所から戦闘の様子を観察していた幾月は、自分の作ったシャドウが倒されたというのに楽しそうに口元を歪めていた。

 ダイモーンが湊に勝てない事は最初から予想していたが、まさかカウンターの一撃で屠られるとは思っていなかった。

 シャドウの中では最速ではないかというスピードで翻弄し、逃げながら後方に攻撃を放つというテクニカルな戦法を取った事など、ダイモーンのおかげで得られたデータは非常に役立ちそうな物が多い。

 美鶴たちがやられそうになったときは冷や汗をかいたが、それも最後は全て丸く収まった事で、再び強力な複合シャドウが現れても湊が助けに来るだろうという希望が持てた。

 デス・アバターが完成すれば器である湊と封印されたデスは用済みだ。コントロールの効かない湊より、デス・アバターを使った方が計画も上手くいく。

 完成にはまだ時間がかかりそうだが、それまでは研究に付き合ってくれよと笑いながら、幾月はその場を後にした。

 

 

 


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