【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百七十話 ゴールデンウィークの予定

5月2日(金)

昼休み――1-F教室

 

 昼休み、それは午前中の授業で溜まった疲労を腹を満たすことで癒すリラックスタイム。

 今日も湊の机のところにはラビリスと風花に西園寺などが集まって、たまにおかずの交換をしながら弁当タイムと洒落こんでいる。

 けれど、いつかの再現のように教室の扉が開くと、これまたいつかの再現のように一人の男子が入って来て真っ直ぐ湊の元へやってくるなり大きな声で話しかけてきた。

 

「おい、有里! もうゴールデンウィークだぞ。いつになったらバスケ部に来るんだよ?!」

 

 色黒ジャージ系男子な彼は隣のクラスの宮本。先日、湊がそのうちバスケ部の方にも顔を出すかもと言われて納得して帰ったのだが、いくら待っても湊はバスケ部に現れずゴールデンウィークに入ろうとしていた。

 連休中はちょっとした合宿を行い、新チームでの連携を深めることになっている。今年の一年生はかなりの粒揃いだけに上級生も気合が入っており、合宿を楽しみにしていたというのに湊の姿はなかった。

 宮本からそのうち顔を出すと聞いていた彼らはどういう事だと尋ね。本人が確かにそういったのを聞いた宮本としては自分が聞きたいくらいであり、とりあえず本人にもう一度確認してきますと言って先輩らにはその日は引いてもらった。

 そして、その翌日である今日に改めて問い質しに来た訳だが、魔法瓶に入れて持って来ていた味噌汁をすすっていた青年は面倒臭そうに顔をあげて答えた。

 

「……ちゃんと女子バスケ部には行ったさ」

「お前は男だろ! なんで女子の方には行って男子の方には来ないんだよ」

「部活を回ってたのはラビリスの付き添いだからな。色々と回った甲斐もあってテニス部に入ると決めたんだぞ」

 

 男だろと突っ込まれたとき、湊は心の中で女でもあるさと思ったが口には出さない。

 性別に関係なく誰もが美人であると評価する顔の造形はともかく、肉体的には性器も含めて男にしか見えず、細胞単位で見て初めて両性であると分かるので、わざわざ自分の身体のことを親しくもない相手に話したりはしないのだ。

 自分が部活を回っていた本当の理由を告げて、ラビリスが高千穂や理緒と同じテニス部に所属する事に決めた事を伝えれば、相手はそうなのかと教えて貰った情報を一応覚えておきつつ話題を戻す。

 

「汐見さんの話はいいんだよ。お前の部活はどうなってんだよ」

「……うちの副担の佐久間が高校も部活をやりたいと言ってきてな。入るつもりはなかったんだが、総合芸術部という新しい部活を立ち上げることになった。部長は真田、副部長は山岸、他メンバーは岳羽、チドリ、ラビリス、留学生のターニャに俺といった具合だ」

 

 湊はEP社での研究を進めたかったので部活に入るつもりはなかった。けれど、湊ともうしばらく一緒にいるために高等部へ赴任してきた佐久間は、高校でも部活をやろうとしつこく勧誘してきた。

 中等部に所属していた美術工芸部は、休部状態だった美術部を避けるための抜け道として作られた部活で、美術部の存在する高等部では同じ方法は使えない。

 湊と同じ部活になりたいのなら、佐久間が美術部の顧問になれば問題は解決するように思えるが、顧問が二人で在籍する上級生がいる部活ではあまり自由に活動できない。

 去年は学校側が湊とチドリの髪と瞳の色について教員に伝えておらず、事情を知らなかった体育科の教師が反抗的だと湊の事を殴ってしまったことで負い目があり、空いている部屋の中でも上等な部屋を部室として割り振られた。

 そこをかなり自由に使って冷蔵庫やらコンロやら色々と家電も置いていたので、自由度も低く今さらショボイ設備の部活なんて嫌だと、佐久間は自由を求めて変化球で攻めることに決めた。

 それが美術・文学・音楽・演劇など様々な方法で芸術に触れ、生徒の独自性を活かしクリエイティブな活動を行うという名目で設立することになった総合芸術部である。

 佐久間曰く、美術部は絵や彫刻だけ、管弦楽部は音楽だけ、それぞれの部活はそのように活動が限定的で所謂スペシャリスト向けなので、枠組みを越えた才能を発揮できる場所を提供する総合芸術部とは趣旨が異なるらしい。

 他の部活が嫌で言っているだけの詭弁のようだが、昨年、湊は文化祭の演劇で大盛況を収め。部活でコンクールに応募した作品では、籠球皇子ブームもあってだろうが金賞や銀賞とは選考理由が異なる総理大臣特別賞を取り。校内新聞で生徒会長として担当していたコラムは、教師にも好評で様々な芸術分野で才を発揮していた。

 助っ人として参加したバスケ部でも成果を収めていたこともあり、様々な芸術の才を持っているなら彼が今後また何かの賞を取ることは十分に考えられる。

 よって、一つの型に当て嵌めるよりも、佐久間の言うように様々な分野の活動を行える方がいいのではと学校も判断し、めでたく総合芸術部が設立される運びとなった。

 しかし、それを聞いた宮本は微妙な表情を浮かべて突っ込みをいれる。

 

「いやいや、お前の活躍の場はバスケだろ。それを捨てて女子ばっかの文化部に入ってどうすんだ」

「……お前、マネージャーに男子ばかりの運動部に入ってどうするんだと言ってみろ。どこに入ろうと本人の勝手だろ」

「あ、いや、んー……プレイヤーよりサポーターとして参加したいマネージャーは別じゃないか?」

 

 言われて一瞬納得しかけるも、宮本はすぐにそれとこれとは別の話だろうと返す。

 頭は悪いくせに選手とマネージャーの役割の違いについてはしっかりと理解していて、湊は面倒なタイプだったかと心の中で舌打ちをする。

 いっそのこと別の方向に話を誘導し、うやむやにして彼にはお帰り願おうかと考えたとき、二人の会話を聞いていた西園寺が口を挟んできた。

 

「ていうか、ミッチーって元々文化部だよ? 運動も出来るって感じであって、中学時代はルックスとインテリで売ってたんだから」

「去年応募した作品はコンクールで賞を貰ってたし。どちらかというと文化人としての功績の方が多いよね」

 

 西園寺の話に風花も同調し宮本に説明するが、湊は別に自分を売り出した事はない。

 周囲が勝手に不良な見た目に反してインテリなことでギャップ萌えを感じていただけで、本人はチドリやマリアとペアのアクセサリーを付けたり、イリスが褒めてくれた長い髪のままでいるだけだ。

 けれど、女子との会話に不慣れっぽい彼には効果覿面だったようで、勢いのほとんどを削がれた状態で返して来た。

 

「なら、掛け持ちも出来るんだしバスケ部にも入ろうぜ。連休中に一泊で合宿もするんだ。基礎練もやるけど、ミニゲームでどれだけ連携が取れるかも見るから普段より楽しいぞ」

「……連休も俺は仕事があるし、部活で旅行にも行くから無理だな」

 

 卵焼きを口に運びながら湊が言えば、風花とラビリスも揃って頷いた。

 西園寺は帰宅部なので関係ないが、湊たちはラビリスとターニャという新メンバーが加わったことで、早速いろいろと体験してみようと計画を練っていた。

 留学生であるターニャは一年しか日本にいられない。だからこそ、ちゃんと計画して日本の工芸やら芸術にも触れる機会を作ろうと、今度のゴールデンウィークに旅行で一泊することになっている。

 場所は佐久間が見つけてきた田舎町らしいが、昼は染物屋で染物体験をさせて貰い。終われば日本のありふれた田舎の風景を満喫しつつ、老舗旅館で料理と温泉を楽しむ予定になっている。

 湊とチドリにすれば自分たちの実家である桔梗組も似たような場所なので、それほど田舎の風景とやらに感動を覚えたりはしないけれど、ターニャが間違った日本の知識で“お座敷遊び”や“お代官ごっこ”をとても楽しみにしているため、誤った知識の訂正も含めて他の者は旅行を楽しむつもりだった。

 それを聞いた宮本は予定のブッキングで彼が合宿に参加出来ないことより、引率の教師含めて男女比1:7で本気なのかと正気を疑った。

 

「え、女子ばっかだぞ? 男子一人なのに旅行って部屋はどうするんだよ?」

「今までは俺だけ別の部屋を取ってた。まぁ、今年は人数が増えたからチドリやラビリスもこっちの部屋にして、他をもう一部屋にしてもいいが」

 

 高等部から入ってきた事情を知らぬ者にすれば不思議に思うかもしれないが、家族であるチドリや同棲しているラビリスなら同じ部屋でも問題ない。

 彼女であるゆかりも一応セーフではあるし、他にも人がいれば引率である佐久間も監督役という立場で大丈夫。

 風花と美紀とターニャは直接関係があるわけではないので微妙だが、全員で雑魚寝と言われれば少し気にしつつもきっと了承するに違いない。

 湊が同じ部屋だろうと反対する者がいなければ男女比がどうだろうと関係ないため、青年は煮物の里芋を口へと運びながら宮本が気にする必要はないと答えた。

 

「マジかよ。それでいいのか? いや、先生もいるし……うーん」

「まぁ、お前は楽しくバスケをプレーしながらゴールデンウィークを過ごせ。俺はのんびりと温泉に浸かってくる」

「くっそー、まだ夏まで時間はあるからな! ゴールデンウィークが明けたらまた誘いに来るから個人練習くらいしておけよ!」

 

 それだけいうと宮本は悔しそうにしながら帰って行った。悔しい理由は女子ばかりに囲まれている湊に男として嫉妬したのか、それとも純粋に彼が仲間にならなかった事への悔しさか。

 既に興味のない湊は去っていく背中を最後まで見ずにラビリスお手製の弁当を食べ続けるが、宮本が去ってからコクコクと喉を鳴らしてお茶を飲んでいた西園寺が湊に尋ねた。

 

「まどか的にはどっちでもいいんだけど、ミッチーってもうバスケットボールはしないの? 籠球皇子ブームも治まりつつあるから、高校でもちょっとは活躍しておかないと芸能界で生き残れないよ?」

「……最初から芸能界に入ってないが運動部は別に興味無いな。総合芸術部も佐久間がやりたくて作った部活だし、俺としては時間を自由に使える帰宅部でよかったんだ。まぁ、中学とほぼ同じメンバーだけだから別に嫌という訳ではないが」

 

 帰宅部でよかったと口にしたときラビリスと風花が少し不安そうな顔をしたことで、湊はすぐに嫌々付き合っている訳ではないと付け加える。

 こういった気配りは流石だなと気付いた西園寺は笑っているが、彼女が言った籠球皇子ブームは徐々にではあるが確かに治まりつつあった。

 本人がテレビや雑誌への出演を断っていたので、テレビで試合の映像と共に全国模試一位や留学経験ありなど経歴を語る度、一般人の興味を引いてブームは余計に加熱して行った。

 しかし、それも度が過ぎるとパッと燃えてパッと消えるように急激に収束して行く。

 一応、今でも街を歩けば振り返る者が大勢いるが、テレビに出た事があるだけで湊は芸能人という訳ではない。

 芸能人ではないからとサインは用意していないし、応援していますとプレゼントを渡そうとしてくれば、誕生日でもクリスマスでもバレンタインでもないからと普段は基本的に断る。

 イベントのときにはちゃんと受け取ってやるあたり律儀だが、今年のバレンタインはプリンス・ミナトの勢力拡大のおかげか条件を指定したというのに約六万個の贈り物が届いた。その指定した条件とは“贈り物は既製品に限る”というものだ。

 いくらアナライズで包装を解かずに中を確認出来る湊でも、体液や爪に髪の毛などが入ったお菓子を渡されれば気分が悪い。

 なので、そういった負担を減らしつつ、食べきれない量がくれば孤児院などの施設に寄付できるようにと種類に関係なく既製品のみに限定した。

 条件を付けても守らない者は大勢いたが、そういった分はプリンス・ミナトがしっかりと選別してくれたので、湊はリストから欲しい物を選び、残りは手伝ってくれたプリンス・ミナトのメンバーに分けて、まだ余っている分は施設に寄付された。

 おかげで施設だけでなく話を聞いた東京都からも感謝状が届いたけれど、警察や消防から毎年のように感謝状を貰っている湊にすれば一枚増えても何の感動もない。

 そんな青年にすればブームが終わるのは好都合。田舎だと未だに芸能人扱いで騒がれるため、いい加減うんざりしていた彼は、今回の旅行は静かに過ごせるといいなと若干諦めも含みながら小さく希望をもっていた。

 

 

5月5日(月)

昼――田舎町

 

 湊とチドリを除くメンバーが待ちに待った旅行当日、私服姿で駅に集まり電車に揺られること数時間。湊たちは辺鄙な田舎にやってきていた。

 来る前から小雨が降っていたので旅行先ではどうだろうかと心配していたが、まだ少々小雨が降っているものの空自体は明るくなりつつあるので、もうしばらくで止んでしまうだろう。

 故に、電車を降りてホームに立った佐久間は豊満な胸を張る形になりながら、長時間座っていたことで固くなった身体を伸ばした。

 

「んー、やっとついたね! 予想以上に遠いし、なーんにもない田舎で先生もびっくりしちゃった!」

「ダー、自然がいっぱいデス。デリェーヴニャの景色もロシアやカナダとは違っていて楽しいデスネ」

 

 もともと住んでいたロシアとも現在暮らしているカナダとも違う田舎の風景。気候の違いから生えている植物の種類も異なるため、ターニャはよくある田舎の景色すら新鮮だと楽しそうに笑う。

 先頭を行く湊がホームから改札の方へ向かい出したので、他の者もあとを追いながらゆかりが途中で口を開いた。

 

「電車から見た感じだとスーパーとかコンビニもほとんどなかったよね。買い物とかどうしてんだろ?」

「昔ながらの個人商店頼みか車でGOって感じじゃないかな。先生も昔は田舎の方に住んでたけどここよりマシだったよ!」

「……うちの地元より田舎で驚いたわ。都会に出るのに電車やバスで一時間以上かかるかどうかって重要なラインね」

「いや、住んではる人もいるのに貶し過ぎやろ。もうちょい言葉選ぼうや」

 

 チドリの暮らす桔梗組本部は車で一時間も走らずに都会に出る。自転車で十分も走ればコンビニがあり、十五分も走れば大型スーパーもあるので、ここに比べれば都内ということもあって同じ田舎でも発展度合いが違った。

 しかし、チドリだけでなく佐久間やゆかりも田舎過ぎて日常生活が送れるのかと疑問を持っているようで、流石に言い過ぎだとラビリスが困り顔でストップをかける。

 メンバー内では常識人で委員長タイプな美紀がこれまでストッパーとなっていたが、我が強いメンバーに対してあまり前に出るタイプではない美紀だけでは制御出来ないこともあった。

 比較的ツッコミ役でもあったゆかりもストッパー役を兼任していたが、彼女もボケる側にまわると本当に最終ラインでしか干渉してこない湊がストップをかけるまでやりたい放題だったので、新メンバーに湊やチドリに対抗できるストッパーとしてラビリスが加入したことで一番喜んでいるのは美紀に違いない。

 そうして、ラビリスのおかげで今回の旅はあまり気苦労を負わずに済むと美紀が安心していれば、改札を出て振り返った風花が駅の看板を自信なさげに読み上げた。

 

「えっと、“はちじゅういなば”って読むのかな?」

「八十でヤソって読むんだ。八十歳を八十路って言ったり、日本神話に八十神ってのが出てきたりする。まぁ、八十神はモテる弟神に嫉妬して何度も殺そうとするクズの集まりだがな」

「有里君って神話系にも詳しいんですね」

「まぁ、日本神話に関して言えば直系だからな。ルーツを辿れば天照だけでなく、伊邪那岐と伊邪那美にぶつかるぞ」

 

 日本神話のそれと同一かは不明だが、百鬼と九頭龍の両家のルーツが神と呼ばれる存在なのは間違いない。

 その実子である姉妹によれば母方の祖父母には会った事がないらしいが、母であった豊玉姫命から聞いた話では、生物というよりは概念に近く、自然や環境とも言い換えられる状態で存在していたのだとか。

 古代の人は自然や未知の存在を神と呼び、そこに人格を与える様にして崇めてきたが、実在する神というのは本当にそれに近いものらしく。妖怪であった若藻も玉藻前だったときは、人々の畏れを力としていたので、性質的には心の力であるペルソナと共通する点は多分にあった。

 ただし、神の直系だろうと既に人としての肉体を得ている上に、世界の行く末や人の運命に偉そうに干渉する神という輩を嫌っている青年にはそんな事は関係ない。

 相手が神だろうと邪魔なら殺す、というとてもシンプルな考えで信仰心など欠片もなかった。

 地名について風花たちに教えた湊は、駅からの段差を下りて道路に立って顔を上げる。すると、視界が一瞬歪んだ。

 

「ん……」

 

 八十稲羽駅で降りたのは自分たちだけ。小雨が降っており駅の周りには人もいなかった。

 だというのに、歪んだ視界が元に戻るまでの僅かな時間、湊は視線の先に黒髪の少女がほんの一瞬だけ見えた様な気がした。

 霊体や怨念などを視ることが出来るので、都会よりも視え易い田舎ということもあり一瞬映り込んだかと思ったが、少し考える素振りを見せた青年の様子が気になったのか折り畳み傘を開いたターニャが声をかけてくる。

 

「ミナト、どうかしましたデスか?」

「目に雨粒が入っただけだ。気にしなくていい」

「なるほど。でも、もうすぐ止みそうデスから安心デスね」

 

 雨は降っているが空は少し明るい。この調子ならば午後からは晴れるだろうとターニャは笑う。

 女子も含めてメンバー内で一番髪が長く量も多い湊としては、湿度が高いと髪が重くなるので、傘をさす手間もあり早く止めばいいのにと思った。

 そして、一同は予約した染物体験まで時間があったことで、お店の方に向かいながらどこかでお昼を食べるために移動することにした。

 

――中華料理店“愛家”

 

 目的地の染物屋は商店街の中にあった。普段は賑わってそうだが、個人商店ばかりなので連休中は臨時休業を取っている店が多かった。

 もっとも、まわりには食べるところもほとんどなかったので、特に反対意見もなく近くの中華料理屋でいいとすんなり決まった。

 丁度お昼時だったがゴールデンウィークに加えて雨ということもあり、あまり広くない店内にはまばらに人がいる程度。

 これならこの人数でも座れそうだと、四人掛けのテーブルに二組に分かれて座る。その際、普段の慣れか様々な思惑があったのかは知らないが、風花と美紀を除くメンバーが湊と同じテーブルに座ろうとし、面倒に思った湊がターニャを連れて美紀と風花の席へと移動したことで若干名不満げな顔をした。

 けれど、湊がターニャを連れて席を移動したのにはちゃんとした理由がある。他の女子メンバーは全員が右利きだが、ターニャだけ左利きなので食事をしようとすると腕がぶつかるのだ。

 それなら彼女を左側に座らせればいいと思うかもしれないが、箸の扱いに慣れていない彼女が通路側に腕が出る席だと店員が通ったときにぶつける可能性がある。反対に壁側だと箸に苦戦して無駄な動きをすることがあり壁が邪魔で窮屈になってしまう。

 よって、彼女を座らせるのは右側の席になり、腕がぶつからないようにするには両利きの湊が隣に座るしかない。

 着席する際に小さく「左利きが並んだ方が楽だよな」と呟くことで、ラビリスを除く不満そうにしていた三名を納得させつつ、湊が壁に貼られたメニューを眺めると店員が水を持ってきた。

 

「いらっしゃいませー。あ、皇子」

「……それは名前ではないな」

 

 水を持ってきたのは湊たちよりも幼い年頃の少女。個人経営なので店主の娘と思われるが、湊を見るなり驚いた顔をして“皇子”と呼んできた。

 ブームでその呼び名が定着してしまったので諦めてはいるけれど、旅行先の田舎でも都会と同じく注目されると思うと嫌になる。

 湊が皇子と呼ばれる理由を知らないターニャは不思議そうに首を傾げ、他の者らはしょうがないと苦笑しつつ、水とお手拭きを受け取りながら少女からメニューの説明を聞いた。

 

「日替わりは酢豚かカニ玉、それと今日は雨の日限定のスペシャル肉丼もある」

「スペシャル肉丼ってどんなの?」

「五倍増し肉丼、お値段三千円。ただし、食べきったら無料。女性にはオススメしない」

 

 スペシャルと聞くと興味がわく。ゆかりがどんなメニューかと尋ねれば、何を考えているのか分からない表情で少女が淡々と告げた。

 ベースとなる肉丼の量が分からないけれど、普通のどんぶりだと考えればスペシャルの方は五人前ということになる。

 それは流石に無理だと風花とターニャは醤油ラーメン、ゆかりはタンメン、ラビリスと美紀は酢豚の日替わり定食、チドリはカニ玉の日替わり定食、佐久間は唐揚げ定食とタンメンを頼んだ。

 注文を受けていた少女は残るは湊だけだとジッと見ており、メニューを眺めていた湊もそろそろ決めるかと注文を口にする。

 

「じゃあ、俺はスペシャル肉丼と坦々麺と青椒肉絲と麻婆茄子」

「え、ほんとに大丈夫?」

「足りなければまた頼むさ」

「……まいど」

 

 少女は食べきれるのかと心配して大丈夫か聞いたのだろう。けれど、湊はその量で足りるのかと尋ねられたと勘違いした。

 主なツッコミメンバーはもう一つのテーブルにいるのでツッコミは不在。故に、注文を聞いた少女は少々不安そうな顔をしながら、妙なイントネーションで答えて注文を伝えに去っていった。

 その背中を気の毒そうに眺めていた美紀と風花は、料理が来るまで時間があるので珍しそうに店内を眺めているターニャに話しかける。

 

「ターニャさんは中華料理は初めてですか?」

「ニェット、ロシアでもカナダでもお店はありマス。それに日本のコンビニでは炒飯おにぎりがありマスから、手軽に中華料理も楽しめマスね」

「あ、確かに最近はおにぎりも色々な種類があるよね。オムライスとかソバメシみたいなご飯ものから、天むすみたいに鳥南蛮とかハンバーグが入ってるのまであるし」

「ダー、フリェーブよりもお腹に溜まりますし、小さなお弁当みたいでとても素敵デス」

 

 フリェーブが何か分からない二人は首を傾げたが、湊がパンの事だと教えてやると納得したように頷く。

 コンビニの炒飯おにぎりが中華料理かは微妙なところだが、ターニャにとって日本のコンビニおにぎりは画期的らしく、種類が豊富なだけでなくどれも美味しいからと学校での昼食用に買っていき、ノートにメモをしながら様々な種類を試しているんだとか。

 実際にそのノートを見せてもらった風花たちは、ロシア語で細かく書かれているので読めなかったが、パッケージをイラストで描いているので何を食べたのかは理解出来る。

 ターニャは元々アニメや漫画で日本に興味を持ち、自分でも色々と真似をしてイラストを描いているので、メンバー内だと湊とチドリ並みに絵が上手かったのだ。

 そうして、彼女の日本での生活について色々と話しているうちに料理が完成し、先ほどの少女がせっせとテーブルに運んでくる。

 どれもいい香りがして美味しそうだが、中でも目を引くのは特大の丼ぶりに盛られた肉の山だ。

 大変重いようでプルプルと腕を震わせながら少女が運んでくる。ここで脇腹を突けば愉快な事になるだろうが、そんなくだらないことをする者はおらず、反対に通路側に座っていたターニャと美紀が支えてやりながら丼ぶりを湊の前に置いた。

 

「おまちどー。冷めないうちにどうぞ。スペシャル肉丼は残したら三千円だから気を付けて」

 

 全てを受け入れる寛容さ、正しくペース配分する知識、肉の群れに突っ込む勇気、食べ続ける根気、それら全てがなければ完食できないであろうスペシャル肉丼。

 青年はさらに坦々麺と青椒肉絲と麻婆茄子まで頼んでいる。一人でテーブルの半分を占領している彼は、他の者に割り箸を取ってやってから食べ始めようとする。

 しかし、さぁ食べようというタイミングで肩を叩かれ、鬱陶しそうに振り返れば、後ろにいた佐久間が携帯を見せながら話しかけてきた。

 

「有里君、それ写真に撮ってもいい? 先生、大盛りメニューとかって頼まないから新鮮なんだよね!」

「……撮るなら早くしろ。冷めると脂肪が固まって不味くなる」

「はーい。うわ、すっごーい。肉丼っていうか山盛り肉だぁ!」

 

 写真を撮る事を許可すると、佐久間だけでなく他のメンバーも写真を撮り始めた。確かに彼女たちがこんな大盛りメニューを頼むことはないので、大食いの湊と一緒にいるときくらいしか出会うことはないだろう。

 そういう事ならしょうがないと他の者が撮っている間、湊は坦々麺を啜りながら他の物を食べておく。

 他の客や店の少女がチラチラと見て来ているのは気になるが、心配しなくても他の者と分けて食べるという姑息な真似はしない。

 皆が写真を撮り終わるまでにピリ辛の麻婆茄子を完食し、坦々麺も半分ほど食べ終える。食べる速度は速いが噛んでいない訳ではない。パッと見では普通に見えるが、人より顎の力が強く咀嚼のテンポがかなり速いだけだ。

 

「さて、これだけ盛ってると崩れないか心配になるな」

 

 戻ってきたスペシャル肉丼を前にしても、青年は普段通りの様子で箸を持って一切恐れを見せない。

 店内では店員も他の客も緊張した面持ちで見守っているが、それら全てを無視して湊はスペシャル肉丼に箸をつける。甘辛い味付けの最初の肉が彼の口へと運ばれると、そこからは一方的な展開が待っていた。

 消える、消える、肉が消える。がっついている訳でも、早食いをしている訳でもなく、とても綺麗で上品な仕草で食べているというのに肉の山が次々と消えていく。

 肉を食べていたかと思えばタレのかかったご飯を間に挿み、いつの間にご飯に到達していたのだと唖然としているうちに、彼は残っていた坦々麺と青椒肉絲も食べていく。

 料理の減る速度は他の者と同じほどで、途中に会話もしているが、他の者は一品物や定食を食べているのに対して、彼は先に一品完食し大盛りメニューと他に二品を今も食べている。

 パーセンテージで見れば減る速度が同じであっても、それはつまり彼だけが異常に速く食べていることに他ならない。

 スペシャル肉丼は巷では初見殺しと呼ばれ、育ち盛りの柔道部員や数々の大喰らいたちも初めて食べるときには負かして来た。何度も何度も挑戦し、完食するためのペース配分や気力を鍛えてようやく完食出来る名物料理がついに敗れるのか。

 談笑している彼の連れたちとは対照的に、店内の緊張が一気に高まったそのとき、

 

「すみません、海老チリと炒飯の大盛り追加で」

 

 茶碗一杯分のご飯が一瞬にして消え、青年は米粒一つ残っていないスペシャル肉丼の器を前にしながら、最初に言っていた通り追加の注文を口にした。

 その後ろで佐久間が足りないならタダになるスペシャル肉丼を追加すればいいのにと言っているが、二杯目だろうと完食すれば本当にタダになる。

 料理を作っている店主の顔が引き攣っているので、一日に何杯も完食されることは想定していないのだろう。

 湊が本当に二杯目を頼むとまずいと思ったのか、厨房から少し急いで出てきた少女は、伝票に追加の分をササッと書き足した。

 

「まいど。器もってく」

 

 最初はずっしりと重かった器も今は嘘のように軽い。手伝って貰わずともヒョイっと持ちあげて去ろうとする少女を見て、湊は少しに気になったことを尋ねた。

 

「……その三角巾サイズ合ってなくないか?」

「これ大人用。でも、きつく縛れば大丈夫」

「それじゃ外してもしばらく形が残るだろ。髪留めでも使って留めておいた方がいいぞ」

 

 店員の少女は風花よりも小さい。まだ中学生のようなので年齢相応かもしれないが、三角巾の余った布が首筋を隠すほどなので、明らかにサイズが合っていないように思えた。

 最近は行っていないが、ここより本格的な中華料理屋でバイトしていた湊は、厨房でおばちゃんたちが三角巾を使っているのを見ていたので、サイズが大きいなら髪留めを使って調整した方がいいとアドバイスし、マフラーから中華風なデザインの髪留めを予備の分も合わせて四つ取り出した。

 少女はそれを受け取っていいのか迷ったようだが、湊がエプロンのポケットに勝手に入れると、見ていた佐久間が水を飲みながら茶化してくる。

 

「中華っぽいデザインの髪留めとかよく持ってるね。有里君も使ったりするの?」

「俺は普通のピンとかゴムしか使わない。これは前に中華街に行ったときについでに買ったやつだ。中華街で売ってるくせにメイドインジャパンだったがな」

「うっはぁ、天邪鬼だね!」

 

 そこは中国製ではないのか。楽しそうにツッコミを入れる佐久間に他の者もつられて笑い、少女はお礼にペコリと頭を下げて厨房に戻って行く。

 少し待てば追加の料理が運ばれて来て、さらに頼んでいないはずの杏仁豆腐もついており、運んできた少女を見ると小さくVサインをしてきたのでどうやらお礼らしい。

 勝手にそんなことをしていいのか不明だが、杏仁豆腐は湊にだけ運ばれてきたので、一人分くらいは問題ないということだろう。

 そういう事ならありがたく頂戴すると礼を返し、湊はその日スペシャル肉丼と炒飯大盛りを含めた合計七品全てを完食して小さな伝説をうち立てたのだった。

 

 

 




補足説明

 湊たちが訪れたのはペルソナ4の舞台である稲羽市で、中華料理屋の少女はペルソナ4のアニメに出てきた中村あいかという少女である。後にペルソナ4Gの方へ設定が逆輸入され、実際に登場する訳ではないが愛家の店主から彼女のことを聞く事が出来る。


補足説明2

 P3Pの女主人公が合宿で稲羽市に訪れた際、まだジュネスが出来る前ということもあって商店街は賑わっていたが、今回は訪れた時期と天候の関係で人が少ない状態になっている。

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