【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第十七話 動きだす計画

――???

 

 暗闇の中で、少女はただ独り夢をみる。

 

 人類を守るために、両親を奪われ、その身体を器として捧げることになった記憶の中の少年の姿を思い浮かべながら。

 

(――――八雲、さん)

 

 八雲と名乗ったその少年から、自分が大切な物を奪った。

 

 彼はそんな自分に、“機械”でしかなかった自分に、“人”としてかけがえのない物をくれた。

 

(――――あなたに、会いたい)

 

 故に、少女は独り想う。

 

 この身が再び自由となったなら、その時は彼の傍にいよう、彼のために生きようと。

 

 

7月30日(日)

影時間――タルタロス・7F

 

「残酷のマーヤ、火が耐性やけど、それ以外の基本魔法は全部弱点や」

 

 そういってモロスを召喚して、ジンは目の前にいる三体のシャドウ、女教皇“残酷のマーヤ”をアナライズして、結果を他の者に知らせる。

 今日は久しぶりのタルタロス探索だが、目的は塔の調査ではなく、被験体がどれだけ戦えるようになったかの確認である。

 メンバーは前回の失敗を踏まえて、最低でも所属が同じ被験体が二人以上になるようにしながら、他の研究室の者と組ませる変則的なチーム編成となっていた。

 

「了解。それじゃあ、チドリは後方待機で、メノウは敵全体に氷結魔法。止めはカズキとマリアで」

「うん。来て、デュスノミア! マハブフ!」

 

 ジンのアナライズ結果にミスがないか確認してから、湊が他のメンバーに指示を出す。

 湊らのいるチームのメンバーは合計六人で、その構成は第一研のカズキとマリア、第四研のメノウとジン、第八研のチドリと湊となっている。

 

「テメェが仕切ってンじゃねェ!!」

 

 言いながら、カズキは刃渡り三十センチほどのナイフを右手に持ちながら駆け出し、弱点の魔法を喰らったことで怯んでいたシャドウの仮面に蹴りを見舞い、吹き飛んだところで、さらに追撃として深々とナイフの刃を突き刺して一体を消し去る。

 その間に、同じようにククリ刀を持ってシャドウへ接近していたマリアが、

 

「はぁああっ!!」

 

 と、戦闘になったことでバーサーカーのスイッチが入り、一閃一殺で二度振り切ると二体の敵を殺した。

 そうして、周囲にシャドウの反応がなくなると、敵を殺しに行っていたマリアとカズキが湊らの元へ戻ってくる。

 以前の探索とは比べ物にならないほど、個々の練度が上がっており。ここまで十数体のシャドウと戦闘を行ったというのに、誰一人息すらあがっていない。

 その違いを最も実感しているのは、紛れもなく被験体たち自身だった。

 

「なンだこのチョロさは? この程度じゃ、準備運動にもならねェぞ」

「ボクとジンがアナライズで弱点探ってるし。それを基にミナト君が戦闘を組み立ててるから、前みたいな行き当たりばったりの戦闘と比べちゃ駄目だよ」

 

 カズキの言葉にメノウが苦笑で返すと、つまらなそうに「けっ」と吐き捨てカズキは背中を向けた。

 しかし、カズキがそんな態度を取るのは、本人もそれが正しいと理解している証拠なので、誰もその態度を咎めたりはしない。

 不必要に探索中にいがみ合う気は、誰にもないのだ。

 他の者がカズキのそんな態度を見ている頃、湊はCOMPを起動させ、今いるフロアのマップに目を通していた。

 下層フロアなので、今の湊なら一人でこのメンバーを守ることは容易い。

 完全とは言えないが、この一週間の訓練でジンのアナライズの性能も上がり。メノウもジンほど性能は上がっていないが、最低限使える程度にはアナライズが仕上がっている事に加え、探査の方も極狭い範囲に限り調べられるようになってきている。

 第八研の二人には遠く及ばないが、それでも索敵系のサポートを行える者が増えている。

 これはかつてのタルタロス探索と比べれば、戦力に天地の差があると言えた。

 

「ミナト。今のやつで、もう敵はおらんようやけど。どないするんや?」

 

 湊が助けにはいった満月の日と違い、今日のジンにはかなりの精神的な余裕が感じられる。

 それは、気力・体力ともに十分である事と、湊という絶対の守護者が行動を共にしていることに起因するのだが。

 アナライズには冷静さが必要なので、今回のこの余裕はむしろ理想的なコンディションと言える。

 フロアマップを見ていた湊は、COMPをリストバンド状態に戻しながら、ジンの体調を確認しつつ口を開いた。

 

「うん。フロア自体にも、もうあんまり敵がいないっぽいからね。戦えることもわかったし、今日は戻ろうかな」

「あン? おいおい、エヴィデンス様がなにビビってンだ? お楽しみはこれからだろォが。このまま上にいる化け物でも面白おかしくブチコロシにいこうぜ」

「……それじゃあ、俺とカズキは探索を続行しよう。ただし、これは戦闘のためじゃなく、戦闘に梃子摺ってる被験体の回収が目的だ。だから、探索中の人間がいなくなったら帰るよ。皆は脱出装置まで案内するから、先にエントランスに戻ってて」

 

 言いながらブーツの靴紐を結び直していることから、湊は本当にこのまま探索を続け、尚且つ戦闘に参加するつもりらしい。

 カズキは探索の理由を聞いて微妙な表情をしたが、戦闘自体は確実に出来るようなので、気を取り直し楽しげに口元を歪めている。

 今日のこのメンバーでの探索では、湊は殿を務めながら指示を出していただけだった。

 直接の戦闘は全て他の被験体に任せ、自分はカグヤで探知しながら本日のタルタロスのマップを記録する。

 タルタロスの地形は日によって変化するのだが、湊はもしかしたら規則性があるのではと思った。

 そのため、こうやって来た時にはマップを記録して、後に同一の構造がないかを調べている。

 

「他のチームは……二つ上だね。けど、その次のフロアに少し強いやつがいるみたいだ」

「クハハッ! ンなら、そいつもブチコロシておこうぜ。次の探索でほかのやつらが、先に行っちまったら危ねェからなァ」

 

 カズキは他の被験体の安全など欠片も気にしてはいない。

 唯一の例外として、被験体でトップの実力を誇っている湊と、自身と同列のタカヤとセイヤの三名だけは何かと気にしているが、それはいつか頂点に君臨するために倒すべき存在だと思っているからだ。

 最近になって急に実力を上げ始めたチドリとマリアもチェックリストに入れてはいるが、カズキから見て、二人は湊の腰にひっついているオマケ程度の認識なので、ペルソナが巨大過ぎて召喚出来る場所が限られているスミレ同様に、湊らほど気にしてはいなかった。

 そうして、言葉とは裏腹に口の端を吊り上げながら、戦闘狂であるカズキがそのような発言をした真意は、単純に自分が強敵と戦う事を望んでも、指揮を執っている湊が認める筈ないと考えたためだ。

 底の知れない強さを持っている湊ならば、単独でタルタロスの上層フロアを目指す事が出来る。

 しかし、湊は必要以上の戦闘を避けて、他の被験体の安全面を考慮して行動するので、それを逆手に取った搦め手でカズキは攻めた訳だ。

 そんな、カズキの言葉の裏に隠された、「こう言えば、テメェは断れねェよなァ?」という卑怯な発想に、他のメンバーが表情を険しくする。

 湊も当然、その裏の意味を理解しているが、他の被験体の安全さえ確保できれば、少しくらい遊んでも構わないと思っていた。

 そして、

 

「――――いいよ。じゃあ、そいつらも殺そう。皆の安全の為に」

 

 瞳の色を蒼色に変えながら冷たく笑って答える湊に、他の者は戦慄した。

 死を見透かす瞳。

 自分たちに否応なく死を実感させ突き付けてくる、直死の魔眼は、バーサーカー状態のマリアも身を竦ませ正気に戻す。

 カズキだけは、殺しの雰囲気を纏った湊に対し、強がりで笑いながら、

 

「ク、クハハハ! イイぜ、やっぱオマエ最高だわっ!」

 

 と、言っているが、その額には汗が滲み、表情が引き攣っている。

 他の者のそんな態度を気にせず、湊は瞳を戻すと、チドリの腕をとって歩きだす。

 遅れて反応した者が後に続いていくと、途中に出てきた数体のシャドウを、湊が部分顕現させたタナトスの攻撃で倒し、脱出装置まで案内した。

 他のメンバーを先に帰した二人は、道順と現れたシャドウの耐性と弱点、その最低限の会話のみで上階を目指し。

 別のチームを助けると、そのチームにいたタカヤとセイヤも同行したいと言ったので、四人で十階のフロアボスである魔術師“ダンシングハンド”を相手にした。

 タカヤたちが梃子摺っていたのは、他の被験体を守っていたからで、個人の実力でいえば間違いなくこの四人組が被験体最強の組み合わせだった。

 そんな四人を相手に、たった三体で戦いを挑んできたシャドウは、まるで下層フロアの雑魚のように簡単に葬られ。

 転送装置を起動した四人はそのままエントランスに戻り、エルゴ研へと帰ったのだった。

 

深夜――エルゴ研・会議室

 

 被験体と共にタルタロスから帰って来た研究員は、一般の研究員のみで本日のデータを解析する作業を行い。

 各室長と副長らは、再び会議室に集まっていた。

 今日の議題はいうまでもなく、急激に向上した被験体の能力について。

 データなど見なくとも、以前は満身創痍で帰って来た者たちの今日の姿をみれば、どれだけ無事に進められたかなど一目瞭然だった。

 

「さて、今日の探索で、被験体たちの能力が飛躍的に向上していることが実証されました。第四研のアナライズ能力を持っている二人も、ほぼ安定して解析できるようになってきたようですし。私の方でしている潜在的にアナライズ及び探知能力持ちを、実用可能レベルにするのも、もう少しで研究が進められそうです」

 

 手元にある資料を他の者に見せながら、幾月は満足気に笑う。

 今まで探索のたびに被験体を何人か失っていたのだが、今日の探索では全員が無事に帰って来た。

 怪我をしていても、軽微だったので、湊が全員にかけた回復魔法で簡単に治ってしまい。また明日も探索が可能なぐらいだ。

 勿論、データの解析などがあるため、連日で探索をさせる気はないが、出来るようになったという事、それ自体が研究の素晴らしい成果と言える。

 そうして、幾月の持ってきた資料に目を通していた松本が顔をあげると、口を開いた。

 

「この“召喚器”は他の形式では試したのですか? 今のところ、エヴィデンスの製作したプロトタイプと、それと似た拳銃タイプを数機しか作っていないようですが」

「以前お渡しした資料に書いていた通り、ペルソナの召喚は死を意識することがトリガーとなります。具体的に、よりはっきりと死を意識させ、なおかつ黄昏の羽根を搭載できる構造でなくてはならない。そうなると、拳銃のマガジンを収める空間に入れるのが最も簡単なんです」

 

 湊との会話で明かされたペルソナ召喚のプロセス。

 死を意識することがトリガーであるのならば、召喚器は人を殺すための道具であることが望ましい。

 湊が開発した拳銃タイプを知って、幾月もヘーガーの協力を得てから、ナイフや爆弾など手で携帯出来る兵器で他にも作れないかと考えた。

 しかし、試作する前段階で、湊に「引き金を引く事で自分を殺す形をとるのが、一種の儀式のようなものになっているんだ」と、言われたため、ただ持つことしか出来ない爆弾などは候補から外された。

 一応、ナイフだけは、グリップ部に黄昏の羽根を内蔵し、自分の首を切り裂く動作で拳銃タイプと似た事が可能だと分かったが。

 刃を切れないようにしていても、力加減や扱いを誤れば怪我を負う事になるので、素直に湊の言う事を聞いておいたのである。

 説明を受けた松本は、それでとりあえず納得したのか、再び資料に目を落とすと、続いてヘーガーが話し始めた。

 

「対シャドウ兵器に関してですが、我々のような適性しか持たない者でも使える物が、理論上は開発が可能となりました」

「本当ですか!?」

「ええ、ですが、あくまで理論上です」

 

 子どもだけに戦わせている現状に不満を持っていた沢永は、ヘーガーの言葉を聞いて驚きながら思わず立ち上がっていた。

 しかし、ヘーガーは沢永に冷静に返すと、副長の男にパソコンを操作させて、スクリーンにスライドを表示した。

 

「シャドウには通常兵器が効かない。しかし、被験体やズィーベンを始めとした対シャドウ兵装シリーズなどペルソナ使いの武器は効果がある。これにより、シャドウはペルソナ使いにしか倒せないと言われていたわけですが、影時間に対し一定の干渉力を持つ“黄昏の羽根”がその問題点を解決してくれました」

 

 スライドで表示されたのは、召喚器の様に黄昏の羽根を内蔵した武器の設計図。

 元々あった武器に、黄昏の羽根を内蔵する部分を加えて設計し直したものである。

 

「このように黄昏の羽根を搭載していれば、我々が使ってもシャドウにダメージを与えられます。しかし、我々にはペルソナの恩恵がありません。つまり、敵の攻撃に対し、何も対応が出来ない訳です。遠距離から撃とうにも、敵も魔法で遠距離攻撃ができるのですから、何の安全も保障されません」

「んっふっふー、少年がいうには、それならば被験体に持たせた方が効果が高いらしいですしねぇ」

 

 笑いながら飛騨が性能について口を挿むと、ヘーガーは僅かに表情を引き攣らせる。

 松本と違い、ヘーガーは幾月が連れてきた湊を、対シャドウ兵器開発のオブザーバーに据える事を容認するようになっていた。

 様々な事が明らかになってきたとはいえ、知識と発想の点から言って湊の存在は今でも非常に大きい。

 そのため、湊の協力で成果を上げるようになってきた第二研と第四研に遅れては拙いと、ヘーガーも意を決した訳だが、未だに苦手意識や敵意は自分の中で消化しきれていない。

 名前が出るだけで表情に現れることから、言葉にせずとも他の者も事情を理解出来ていた。

 

「ええ、そうです。これを対シャドウ銃と呼びますが、対シャドウ兵装シリーズの腕に内蔵された武器の方がシャドウに対し効果がありました。これにより、ペルソナ使いは、その身体自体が黄昏の羽根のような効果を持っていることが分かります」

「では、その効果を仮に“補正”と呼ぶとして、何故、同じ対シャドウ銃を使っても被験体の方が威力が高いのですかな?」

 

 自分たちもシャドウと戦えるようになる武器が完成すれば、シャドウと同じく影時間では通常兵器が効き辛くなるペルソナ使いもより管理しやすくなる。

 表情は隠しながらも、内心でそのように思っていた松本が尋ねると、幾月が答えた。

 

「補正を持つ者同士だと補正は加算されていくんです。仮に、攻撃力がそのままシャドウに通った際の基準を100%とした場合、弱点も耐性も関係なければペルソナの攻撃は100%で通せます」

 

 幾月は席を立ち、ホワイトボードまで歩くと説明をしながら板書していく。

 

「ペルソナ使いも補正を持っているので、武器を使って攻撃すれば100%ですが、ここに黄昏の羽根の補正が加わると120%や150%になったりするんです。我々とペルソナ使いの威力の差はこれですね」

「さらに言うのなら、補正は二次接触だと減少します。対シャドウ銃に普通の弾丸を込めて使った場合、黄昏の羽根の補正は銃本体に掛かるので、補正を受けた銃本体から補正を受ける弾丸の威力は70%未満になり、我々が銃の威力をそのままシャドウに与えるのならば、対シャドウ銃ではなく、対シャドウ弾を使う必要があります」

 

 幾月の説明にヘーガーが補足を入れると、研究員らは一様に難しい表情をして聞いている。

 理論面では対シャドウ弾の存在は前々から上がっていたが、費用対効果を考え開発は断念されていた。

 それも当然で、黄昏の羽根はただでさえ入手困難な貴重品だ。

 例えシャドウに大ダメージを与える事が出来るとしても、影時間の研究がいつまで続くか分からない状況で、使い捨ての弾丸に使用することなど出来る筈もない。

 そんな事をするくらいならば、威力は落ちても、弾を補充すれば繰り返し使用可能な対シャドウ銃を量産する方が、よっぽど良いだろう。

 

「まぁ、いま言ったパーセンテージは仮に付けたものですが、ペルソナ使いごとに補正の強さも変わってきます。強さがそのまま補正の強さになると考えてもらって構いません。ですから、影時間にエヴィデンスが対シャドウ銃に対シャドウ弾を込めて使えば、ペルソナのスキルよりもかなり強力な一撃にだってなり得るのです」

 

 たった一発の鉛玉が、自分たちの研究しているペルソナよりも強力な一撃を放つ。

 話した幾月ですら顔に苦笑いを浮かべているが、補正が加算され増していくのならば、補正を足す事の出来ないペルソナの一撃よりも強力になることは十分に考えられた。

 

「近代兵器が超常の存在を打ち負かす……ですか」

 

 呟いた松本の目には野心のようなものが伺えた。

 湊の登場によって、松本は何度も辛酸をなめさせられてきた。

 しかし、44マグナムなど途轍もない威力を持つ銃とその弾丸を対シャドウ仕様にすれば、流石の湊も完全に防ぐことは出来ず大怪我を負うだろう。

 これまで自身のプライドを傷つけてきた相手と、正面から戦えるようになる糸口が掴めたことで、松本は組んだ手の下で小さく口の端を吊り上げていたのだった。

 

――第八研・被験体用寝室

 

 室長らが会議室で話しあっている頃、第八研の被験体用寝室でも同じように、湊が被験体の何人かを集めて話をしていた。

 これは、他所の所属の者でも、最近になって探索チームの組み合わせがバラバラになったことで、事前に申請しておけば他の研究室に一泊することくらいは可能になったためだ。

 そして、集められたメンバーは、第一研のタカヤ・カズキ・マリアの三人と、第二研のセイヤ、第四研のメノウに湊とチドリを加えた計七人。

 ベッドに腰掛けて座っている湊の横で、チドリとマリアが同じように座っているが、他の者は置いてあったクッションを使って床に座っており。

 全員の視線が湊に集まるのを確認すると、湊は口を開いた。

 

「さて、この部屋のマイクとカメラは潰してあるから安心して話していいんだけど。単刀直入に言うと、俺はもう少ししたらこの研究所を出ていこうと思ってる」

『っ!?』

 

 真剣な表情で静かに話す湊の言葉を聞いた他の者らは、全員が少なからず驚きを感じたようで、その理由を尋ねたそうにしている。

 マリアなど、不安そうに湊を横から見つめて手を握っている。

 それを安心させるように手を握り返すと、湊は再び話し始めた。

 

「皆が訓練を受けている間、俺は色んな研究室でデータに目を通したり、質問に答えたりしてるんだけど。副作用を抑えた新しい制御剤がもう少しで完成しそうなんだ。だから、それが出来次第、俺は時期を見計らって影時間を利用してここを出ていく」

「ふむ……私たちを集めて話したということは、それに協力しろということですか?」

 

 少しの間を置いてタカヤが尋ねると、湊が一度頷いて、

 

「うん。単体で出ていく事自体は簡単だけど、俺は被験体全員を脱走させようと思ってる。けど、流石に俺一人で誘導、制御剤の確保、今後のための武器調達に、研究員を抑えて逃げる時間を稼ぐなんて全部こなすのは無理だから、作業を分担して手伝ってもらいたいんだ」

 

 皆に視線を向けながら笑顔で言った。

 湊は一人でと言ったが、実際に逃げるときはチドリを傍らに置いて守りながら脱走するつもりだ。

 なので、正しくは二人なのだが、そんな個人レベルで逃げ出す事は魔法で天井を破壊して空に逃げれば簡単に済む。

 チドリも制御剤が不要になったので、最悪の場合、それでもいいが。出来れば全員を無事に逃がしたいと思っている。

 よって、話をした相手に、協力してくれるか?

 という、視線を向けていると、戦闘中とは打って変わって冷静な表情のカズキが最初に答えた。

 

「現段階でオマエが立ててる計画を教えろ。脱走つっても、仕事割り振ったヤツ以外もダラダラと固まって動くワケじゃねェンだろ?」

「まぁね。メインになるのは制御剤の確保だ。これが達成できなきゃ、脱走できても俺たち三人以外はペルソナの暴走で死ぬし」

 

 自分の隣に座っている二人に視線を送ってから、湊が再び正面にいる者らに向き直ると、セイヤとメノウが頷く。

 いくら安定して呼び出せるようになってきたと言っても、制御剤がなければ未だペルソナをコントロールできない。

 その点に関して言えば、タカヤやカズキといった被験体トップの実力を持つ者らも、それは同様だった。

 そうして、事の重要性を全員が認識した後、タカヤが真っ直ぐ湊を見つめて発言した。

 

「ならば、制御剤の確保は我々三人の誰かが担当しましょう。研究員も我々の目的を理解し、一番に守ってくるでしょうから、戦える者が行った方が良い」

「だったら、速いやつの方が良いだろう。俺たちの中じゃカズキが最速だ。頼めるか?」

「オレとしては、研究員をブチ殺す方を担当したかったンだけどよ。……しょうがねェから、やってやる」

 

 若干の不満を見せながらも、カズキも脱走の危険度を正確に理解しているのだろう。

 湊が逃げ出しただけならば、研究員もコントロールできていないのでしょうがないという結論になる。

 しかし、被験体全員が脱走を謀れば、失敗して研究所に取り残されれば、まず助からない。

 故に、失敗は許されず。最も成功率が高いのならばと、セイヤの言葉にカズキも了承で返した。

 

「流石に単独ではいかせられないから、当日はメノウもナビゲートとして一緒に行って欲しい。確保したら、誘導と合流して先に外に出ておいて。それと、出来れば五つくらいに分けておいて欲しい。脱走後は五・六人の小グループに分かれて逃がすから」

「逃がす、ということは貴方が足を用意するのですか?」

「うん。乗れるようなペルソナを呼び出すから、それで街の外まで送るよ。場所は当日に決めるけど、合流は脱走から丁度二ヶ月後の同日の影時間。それまでは、影時間中に店から商品なりお金なり盗んで生き延びて」

 

 合流までの期限を決めたこと、合流までの暮らし方を具体的に話したことで、計画がより現実味を帯びてくる。

 自身が飛ぶ分も含めると、最低でもペルソナを六体同時に顕現させ、尚且つ別々の方向へ向かわせることになる。

 常人の精神力では街の外まで持たないだろうが、湊ならばやり遂げる。

 歳不相応な落ち着いた雰囲気で話すことにより、聞いている全員がそれを確信できた。

 そして、自分たちよりも年下の湊が頑張るのなら、自分たちもそれに応える働きをしようと。タカヤとセイヤが自分たちの役割について話す。

 

「武器の確保は私がしましょう。セイヤは誘導を」

「いや、俺は足止めだ。狭い通路なら、俺のフレイは建物も壊さずに戦える。誘導はミナトがしてくれ」

「ゴメン。俺は皆を部屋から出したら、研究所のコントロールを奪って、全体の指揮を執りながら足止めしつつ施設の破壊を行うから、作戦内には組み込めないんだ。だから、マリア。君が誘導を担当してくれる?」

 

 当初の予定よりも皆が協力的だったこと。それにより、湊は決行日はより自由に動けそうだと思ったため、誘導をマリアに任せる。

 強さで言えば、マリアも全被験体中でもトップクラスだ。バーサーカー状態ならば、幼さが消えて冷静な判断も出来る。

 それを踏まえ、湊が信頼した瞳を向けると、マリアは不安そうにしながら尋ねた。

 

「……また会える?」

「うん。無事に逃げられたら絶対に会える」

「……マリア、がんばる」

「うん、ありがとう」

 

 両の拳を握りしめて意気込むマリアの頭を湊は撫でる。

 すると、マリアは目を閉じて、気持ち良さそうにその感触を味わっていた。

 計画の実行はまだ先だが、それ以降は当分会えなくなる。

 本当ならば一緒に行きたいのだが、幼いマリアも計画の難易度はしっかりと理解している。

 そのため、我儘を言って失敗して二度と湊に会えなくなるくらいよりは、しばらく我慢して湊に褒めてもらおうと思ったのだ。

 湊自身もマリアのそんな考えを理解しているため、頑張って我慢している少女を計画までの間、少し甘やかしてあげようと思った。

 そうして、左手でマリアの頭を撫でながら、湊は皆に向き直り話を再開した。

 

「決行日は俺が決めるから、決まるまで他の人間には話さないで。人数が増えると情報の管理が難しくなるから、ばれれば直ぐにでも殺されるかもしれないし」

「ま、妥当な判断だなァ。ペルソナ使いって言っても、影時間外じゃオレらもただのガキだ。適性の付与効果のある影時間ほど動けねェし。平時なら、ペルソナを呼び出してなきゃ、銃弾で即オダブツだ」

 

 平時と影時間とでの自分たちの強さを比較しながら、自嘲的な笑みを浮かべてカズキが話す。

 聞いている他の者も頷いていることで、その情報は全員が正確に理解しているようだ。

 ただ適性を持っているだけの研究員と違い、ペルソナ使いは影時間中は魔法だけでなく物理攻撃に強くなる。

 大人でも一撃でダウンするシャドウの攻撃を喰らっても耐えられるのはそのためで、加えて、身体能力も平時と比べると強化される。

 しかし、平時はペルソナ使いであってもただの子どもに戻る。

 ペルソナを召喚すれば、召喚している間だけ僅かに付与効果が働くが、影時間ほど強化されるわけではないので、大人と子供の力の差を埋めるのは難しい。

 よって、実行前にばれて平時に決行せざるを得なくなる状況は、なんとしても未然に防ごうと考えた。

 

「皆には決まり次第教えるけど、他の皆には三日前くらいの影時間の探索中に教えてやって。殆どは誘導について行って外に出るだけだけど、スミレとかには外に出たらペルソナで皆を守ってもらったりすると思うから、完全に守ってもらう側って意識だと困るし」

「途中で倒れちゃった人はどうする? 回復はボクらはあんまり得意じゃないし。ミナト君を待つ時間もなさそうだけど」

「その時は、おいていくしかありません。冷たい言い方ですが、カズキとそのナビ役の貴女は、他の被験体を盾にしてでも目的を達成し生き延びねばなりません。我々の役目も勿論重要ですが、私とセイヤは最悪研究員を巻きこんで死んでも構わないのです。十を生かすために一を切り捨てる。この計画はそういった考えで動かなければならないものです」

 

 タカヤがメノウの言葉に静かに返すと、セイヤもそれに頷いた。

 死んでやるつもりは勿論ない。しかし、それでも覚悟だけはしておかなくてはならない。

 ここにいても未来はなく、シャドウと戦って死ぬか、薬の副作用で緩やかな死に身体を蝕まれていくだけだ。

 それならば、命懸けだろうと、“生きる”ために湊の計画に乗るべきだ。

 逃げて全員が無事に外に辿り着けるとは思えない。逃げた先に今以上の苦難と絶望が待っているかもしれない――――だが、

 

「それでも、俺はここで君らにただ死を待たせるつもりはない。ペルソナは死と向き合うことで召喚できる。死と向き合えるということは、生きているということだろ? ここでの生活を生きていると言えるか? 俺はそうは思わない。いまのここでの生活は生かされてるだけだ」

 

 湊の瞳に強い意思が宿る。

 元は一人の少女の為だった。いや、今も本当はそうなのかもしれない。

 しかし、他の者も助けたいと思う事は贅沢だろうか?

 自分一人で皆を助けようとするのなら傲慢かもしれない。それはしっかりと理解している。

 だから、湊は助けようと思う相手にも助力を願った。

 

「だから、勝ち取ろう。既に死んでいった者たちのためにも、俺たちは生きるんだ。今という瞬間を生きて、生きて、生き足掻いて、自分が誇れるような、望む最期を迎えられる様に」

 

 聞いていた者らの心に湊の言葉は不思議と響いた。

 ただ怠惰に生きることを許さない。普通の小学生が、生と死に価値を持って生きろと言ってくるなど異常だ。

 けれど、ここにいた者は、湊の言葉を胸に刻み。今日、いまこの瞬間より、生きるために戦う事を決意したのだった。

 

 

 

 


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