【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百三話 少年の吐露

 様々な物が焼け焦げた戦場特有の臭いがする。目を覚ました湊はぼんやりと考えて瞼を開けた。

 赤と黒の奔流に巻き込まれたところまで覚えていた湊は、全身に感じる痛みに顔を歪ませながら、自分に膝枕をしてくれている少女を見上げて声を掛ける。

 

「……俺は、どれくらい寝てたんだ?」

「わたしが発見したときからの計測でしたら、およそ十分ほどであります」

「……そうか」

 

 起きたばかりで意識がはっきりとしない中、湊は自分の状態を確かめていた。

 あれだけの攻撃を受けたというのに身体はほぼ無傷。多少の擦り傷などはあるが、それも時間を置かずにファルロスの力で治癒するだろう。

 しかし、防御のため身体を何重にも覆っていた外套はなくなっていた。自分を守るために焼失したのかもしれないが、あの中には大切な物がいくつも入っている。

 イリスの形見や岳羽詠一朗の遺言など、なくなっては困る物があったというのに、どうか欠片だけでも残ってはいないかと身体を僅かに起こしかけたとき、アイギスが目の前に黒いボロキレを見せてきた。

 

「あの、わたしの攻撃でマントがこんな風になってしまったのですが……すみません」

 

 受け取って広げてみれば、ほとんどが焼け焦げて子ども用のマフラー程度の生地しか残っていなかった。

 けれど、これは力を手に纏わせてこねてやれば綺麗な状態に戻り、さらに元の大きさ以上にすることも出来る。

 そうして、湊は一度丸めてから再度広げて大人用のマフラー状態にすると、小さな笑みを浮かべてアイギスに貸してやった。

 

「ほら、これで元通りだ」

「これは……自由に伸縮させる事が出来るのですか?」

 

 受け取ったアイギスは自分の首に巻いてみて、ボロキレがちゃんとしたモフモフとした感触のマフラーになっている事に驚いている。

 その様子に湊は優しげに目を細めて頷くと、ポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。

 

「俺の負けだな。でも、ソフィアをどうにかしないと日本には帰れない。復讐とかじゃなくて、敵組織の影響力の関係で、この件を終わらせないと日本でも逃げ隠れながら生活するしかないんだ」

「……では、それが終わったら帰りましょう。貴方を連れ戻すとチドリさんとも約束しましたから」

「ああ、そういえば、ウィオラケウスを持っていたっけ。二人が手を組んでいたなんてな。俺が勝てないはずだ」

 

 アイギスが相手だと思っていたら、実際は自分の弱点である二人の少女が手を組んで挑んで来ていた。これでは勝てないと湊はどこか嬉しそうに苦笑を浮かべている。

 そして、傍らに置かれていたウィオラケウスをコツンと叩いてカードを取り出すと、美術品のような見た目をした武器はただの薄汚れた手甲のような姿になっていた。

 タナトスは既に湊の中にいるのでカード自体は消えていったが、元に戻った無の銃をアイギスの巻いているマフラーに仕舞いながら湊は言葉を続ける。

 

「……自分が間違ってる事は分かってたんだ。他人を傷付けない。誰も傷付かない。そんな世界になればいいと思って、力と恐怖で人間たちを押さえつける抑止力になればいいのかなって考えた。でも、大勢の心を読んでいる内に、こんな欲に塗れた者たちに本当に救う価値なんてあるのかと疑問を覚えた」

 

 人の心が読めてしまう湊は、当然、人々が仮面で隠している負の感情すらも視えてしまう。

 読心に目覚めたばかりの頃、茨木童子や赫夜比売も言っていたが、僅かにでもこの力を持った者は人を信じられなくなる。

 湊の場合は、読まれた本人すらも覚えていないような生まれた時からの記憶を、本人の主観的な視点だが全て覗けるだけの力を有しているのだ。

 感情を読み取るのは当たり前で、記憶を読む事に関してもそれだけの物を持っていれば、当然、人間の見たくない部分を見る事も一度や二度ではきかなかったに違いない。

 

「けど、疑問を持ったところで一度決めた事はそう簡単に変えられない。それじゃあ、俺が殺してきた人間は殺され損だ。彼らももっと生きていたかっただろう。だから、俺は久遠の安寧を潰して力を示し。アイギスを認めさせると共に抑止として存在する……はずだった。実は、さっき俺がいた研究所みたいな場所で、研究員の女に俺は百鬼八雲のクローンだって言われた」

「八雲さんが、クローン?」

「ああ。神降ろしのせいで俺はここ一年くらいの記憶しかもう覚えてない。意味記憶はあるけど、エピソード記憶がないから両親の顔も昔の事も思い出す事が出来ないんだ。だから、俺は相手の記憶を覗いた。そしたら、本当に相手は百鬼八雲のクローンを産んでいたんだ」

 

 覗いた記憶に読み間違いはない。相手は提供された細胞と血液を使って受精卵を作り、それを自分に着床させて出産までしていた。

 出産後ほぼすぐに成長促進剤の投与なども始めていたので、あれでよく死ななかったものだとも思ったが、結局、クローンは生まれてから一ヶ月も経たずに七歳ほどの身体になっていた。

 

「そんな、一体誰が?」

「日本人の男らしい。でも、実際に応対したのは別の人間だし。非合法な依頼だから本名でもない。だけど、何かしら手掛かりがないかと思ったところで、業に支配された名切りの祖が女を殺して、女の持っていた資料も焼いてしまった。曰く、俺には不要な物なんだとか」

 

 どこか信じられない様子でアイギスは尋ねるが、反対に湊はアイギスを見上げながら冷静さを保って淡々と答える。

 

「恥ずかしい話だけど、自分がクローンかもしれないと言われて俺も動揺してしまった。そして、名切りの祖にそこを突かれて、神降ろしの簡易版とでも呼べばいいのか器慣らしを決行され暴走したって訳だ」

「何も恥ずかしくないであります。誰だって御自分がクローン体だと言われればショックを受けるはずです」

「そうかな。でもまぁ、自分がクローンだとすれば、自分は何のために戦ってきたのかなって思ってしまって」

 

 気落ちした暗い様子で僅かに視線を伏せる湊。大切な少年のそんな姿にアイギスは悲しい気持ちになりながら、膝に乗せた相手の頭を優しく撫でる。

 

「女の話が真実なら俺は紛い物だ。俺は自分の子どもに血を介して乗り移って人格を上書き出来るらしいから、名切りの血でオリジナルの記憶と人格を得たのかもしれない。きっとクローンを造るよう依頼した人間も双方がオリジナルと変わらなくて驚いただろう。けど、それでもクローンはオリジナルのコピー品でしかない」

 

 例えオリジナルの記憶と人格を持っていようが、茨木童子たちが自分を名切りの当主だと認めようが、クローンである事実は変わらない。

 オリジナルとの性能差は不明だが、必ずどこかしらに異常を来たすであろう人工的に生み出された劣化複製品(デッドコピー)

 遺伝子操作を受けた人工的な天才であるソフィアを嘲ったが、自分はそれ以上に罪深い生きた人間の複製品だ。そんな存在が普通の人間のように夢や願いを持っていいのかと悩まずにはいられない。

 

「二人のために戦って来たのは本心だ。幸せでいて欲しい。平和に暮らして欲しい。そう思ってずっと戦ってきた。これだけは絶対の真実で、神降ろしにもこの想いだけは奪わせない。でも、そんな俺が他者の幸せを願って良いのか悩んだ。君たちの傍にいても良いのかとも」

「……やっぱり、八雲さんは大馬鹿者であります。わたしは今ここに居る“貴方”の声を聞いてやってきました。そこにオリジナルやクローンなんて関係ないんです。だから、わたしは勝者の権限で命令します。わたしを“貴方”の傍にいさせてください」

 

 少年に対する慈愛に満ちたアイギスの笑みに、湊は暫し呆けて目を奪われる。

 情緒面の成長がまだ不完全で、彼女自身も自分は兵器である機械だと言っていた。

 しかし、優しく笑いかけてくれる少女を見たとき、湊は彼女が本物の人間にしか見えなかった。

 

「けど、君が本当に大切に思っているのはオリジナルの方なんだぞ?」

「まだ八雲さんがクローンだとも確定していませんし。もう一人の八雲さんとお会いしたらちゃんとお話しますから、特に問題はないでしょう」

 

 確かに湊が知ったのは百鬼八雲のクローンが実際に作られた事だけだ。どちらも本物の記憶と人格を持っている可能性があるので、真実を知っているのは依頼者の男しかいない。

 街中でばったりという事はないだろうが、仮に湊がクローンだったとしても、オリジナルの八雲には会ったときにでも挨拶をすればいいとアイギスは簡単に言ってのけた。

 しかし、湊は同一の人格を持つなら思考や嗜好も同じだろうとして一つの懸念を話す。

 

「いや、相手も君と一緒に居たいというかもしれないだろ。オリジナルとクローンが鉢合わせなんて」

「……相手“も”? なるほど、八雲さんもわたしと共にいることは嫌ではなかったのですね。これは僥倖であります。勝者の権限は別の機会に使うことにしましょう」

 

 少年がうっかり口を滑らせたことで、アイギスは想いが同じなら命令する必要はないと嬉しそうに頷いている。

 けれど、やらかした少年は顔をやや赤くしながら、自分の発言を訂正しようと相手に言葉を返す。

 

「っ、違う! 今のは言葉の綾で」

「では二択でお答えください。八雲さんはわたしのことが好きですか? 嫌いですか?」

「いや、それは、好き……だけど。その二択は卑怯だろ」

「わたしも八雲さんの事が好きであります。これは所謂、“両想い”というやつですね。カップル誕生であります」

 

 年下を膝枕している少女と年上に膝枕されている少年、この時点で両者の力関係は決まっているようなものだ。

 少女の出した問いに、最後は消えゆくような声で顔を真っ赤にして答えた少年は、そのまま拗ねたように寝返りを打って横を向いてしまう。

 けれど、問いを出した少女は気にした様子もなく上機嫌で少年の頭に手を置いた。

 もっとも、アイギスの言った“好き”は英語にすればライクの方であり、湊もそれは分かっているのだが、自分の気持ちを相手に伝える事があまりないので恥ずかしがっているのだ。

 そして、しばらくして顔の熱が引いた湊は、色々と変な知識を手に入れてきたらしい相手に、その情報源はどこか尋ねた。

 

「……誰が君にそんな俗っぽい知識を教えたんだ?」

「ナタリアさんたちであります。あっ、ラースさんが八雲さんを姫と呼んでいたのですが、八雲さんは女性なのですか?」

「え? ああ、うん、まぁ。染色体キメラだからある意味両性ではあるけど、生殖機能は男の方しか持ってないよ」

「なるほど、女性的な顔立ちではなく本当に女性の顔でしたか。実を言いますと、わたしの顔認証センサーでは八雲さんは性別アンノウンと表示されていまして、桐条の技術でも八雲さんの謎を解明出来ていないのです」

「……見て分からないなら、そんなセンサーは切っておけ」

「いえ、ニューハーフの方でも本来の性別を判定出来ますので、この場合、八雲さんがイレギュラーなだけかと」

 

 湊は別に自分のやや女性寄りの中性的な容姿にコンプレックスは抱いていない。他の女性陣より頭二つほど抜けて美人なだけで、鍛えられた肉体は勿論の事、服装や髪の長さによってちゃんと男性に見えるのだ。

 その容姿は紛れもなく百鬼一族の系譜であり、少し桜に似たぽやっとしたところのあった母親の顔にもそっくりで、英恵などはそこに凛々しさを足した美人さんだと湊を褒めている。

 けれど、からかうように美人だと褒められるのは嫌っている。誰でも馬鹿にしたように笑いながら褒められたところで良い気はしないので、この反応もおかしくないだろう。

 しかし、別にからかっていないアイギスに素っ気ない態度を取ったのは、桐条グループの作ったくだらない機能に性別不明と判断された事がどことなくイラッとしたからだ。

 誰がそんな機能を彼女に搭載したのか分からないが、ニューハーフですら判断出来るなら、骨格などでも判断出来るようにしておけと小さく嘆息した。

 それからしばらくの間、器慣らしと戦闘で疲れているであろう湊を休ませると、アイギスはそろそろ他の者たちの元へ向かおうと相手を起こして自分も立ち上がる。

 

「では、とりあえず皆さんの元に戻りましょう。久遠の安寧の本拠地についても情報を集めている最中ですし。一緒にいれば皆さんで貴方を守れます」

「少し休めば力は十全に使える。守って貰うほどでは……っ」

 

 言いかけている途中で湊は何かに気付いたように言葉を止めた。さらにすかさず運命と剛毅のカードを呼び出し握り砕くと、呼び出した二体のペルソナに命令する。

 

「鈴鹿御前! 大口真神に乗ってアイギスを皆の所へ!」

「八雲さんっ!?」

 

 現れた鈴鹿御前は驚いているアイギスの腰に手を回すと、牛ほどの大きさの白狼・大口真神に跨って去っていった。

 敵の狙いが自分であると判断してアイギスたちを離れさせたが、彼女たちが離れたのを確認すると湊も痛みを堪えながらその場から走り出す。

 直後、爆発音が聞こえたかと思えば、先ほどまで二人がいた地点に戦車の弾頭が着弾して辺りを吹き飛ばしていた。

 

(……これは、国聯軍か)

 

 狭い路地に入って屋根に上がれそうな場所を見つけると、湊はすぐに状況を確認するため屋根の上に移動していた。

 そこから見えたのは、国聯軍のマークが入った戦車やハンヴィーが歩兵と共に何台も街へ入ってきている様子だった。

 湊が屋根の上にいることが分かったのか、国聯軍は建物が壊れることも構わず戦車の砲撃やミサイルを放ってくる。

 相手は自分と共にいたアイギスも狙った者たちだ。全て殺しても構わない。そんな心の奥底から聞こえる黒い声を無視しながら、湊は屋根を伝って逃げ回りながら対処法を考えていた。

 武器類の入っているマフラーはアイギスが巻いたまま持って行ってしまった。故に、今はベルトに付けている刃渡り十八センチのファイティングナイフと、同じく特注のストラップでベルトに付けているプッシュダガーが十本ほどしかない。

 

「タナトス、剣を借りるぞ!」

 

 それ以外に使えるのはペルソナの持っている武器くらいだ。最も使い易いのは鈴鹿御前の持つ刀だったが、名切りのペルソナで唯一信頼出来そうな相手が鈴鹿御前しかいなかったので、彼女にはアイギスの護衛を任せてしまった。

 飛んできたミサイルが爆発しないよう死の線に刃を通す事で切り裂くと、湊はどこから逃げ出すべきか狭い路地を選んで通りながら考え続ける。

 しかし、そんなときだった。国聯軍とは別に、遠く離れた場所からこちらへ向かってくる軍用機の存在に湊は気付く。

 

(なんだ? ドイツ軍……違う。これは、久遠の安寧か?)

 

 まだ僅かに距離があるとは言え、十数分もしないうちに軍用機の一団はこの街の上空に到達するだろう。

 けれど、国聯軍に襲われているこのタイミングで、どうして久遠の安寧まで出張ってくるのかは分からない。

 相手の狙いは自分の筈だ。進路から考えて目的地はここでまず間違いない。

 湊、仕事屋の集団、国聯軍、これだけの人間が揃ったある意味で混戦状態な場所に来てさらに彼らも戦うつもりなのだろうか。

 そう考えたとき、湊は敵の本当の狙いに気付いた。

 

「まさかっ……奴ら、国聯軍を足止めに使って街ごと吹き飛ばすつもりか!?」

 

 人間を超えた視力によって近付いてくる軍用機の姿を確認する。独自開発の機体なのか名称までは不明だが、そのフォルムはどうみても爆撃機であった。

 相手からは国聯軍の戦車や車が街に入っているのは見えているだろう。けれど、それでも進路を変えないということは、敵は国聯軍諸共この街を爆撃して湊を殺すつもりのようだ。

 どれだけの規模を吹き飛ばせるのかは分からない。だが、あんな物がここにくれば大勢の人間が死ぬ。

 国聯軍の人間だけではない。街のすぐ傍にいるアイギスや共にいる者たちも巻き込まれるだろう。

 自分を救うために集まってくれた者たちが、むざむざそんなくだらない理由で殺されていい訳がない。

 爆撃機はもうそこまで迫っている。もう迷っている暇はなかった。

 

「……守るよ。絶対、死なせない」

 

 今の自分にどこまで出来るか分からない。それでも可能性があるのならと、アイギスによって一度は閉じられた扉を湊は自分の意思で開いた。

 

***

 

 鈴鹿御前に抱えられたアイギスは、大口真神によって街の中を疾走してナタリアたちの元に戻っていた。

 数百メートルをたった一度の跳躍で移動した大口真神が空から降ってくると、跨っていた鈴鹿御前はアイギスと共に降りて、大口真神に消えるように命令する。

 そして、頭を撫でられた白狼が光になって消えてゆくのを見ながら、アイギスと共に突然やってきた鈴鹿御前へナタリアたちは状況を訪ねた。

 

「一体何があったの?」

《国聯軍とやらが攻めてきおった。元々、近場に待機していたんじゃろう。器慣らしと二人の戦闘が終わったことで、もう近付いてもよいと判断したらしい》

「というか、貴女は誰なの?」

《生前名なら百鬼紫乃、ペルソナとしての名なら鈴鹿御前。別にどちらで呼んでも構わぬが、およそ七百年前に当主を務めていた八雲の先祖じゃ》

 

 ナタリアの質問に答えながら、鈴鹿御前は戦場の様子を眺めていた。彼女も湊と同じように数キロ先を肉眼で確認出来るらしい。

 ハンヴィーに乗った兵士や戦車が街が壊れる事も構わず攻撃しているが、湊はどうやら逃げ続けられてはいるようだ。

 しかし、そこで彼女はある事に気付いたため、傍に立って心配そうに街を眺めているアイギスに尋ねた。

 

《おい。何故、貴様が八雲の首巻きを持っているのだ。八雲の装備は全てそこに入っているのだぞ》

「これは八雲さんが貸してくれたのですが、お返しする前に貴女に抱えられてしまって……」

《くっ……拙いぞ。今の八雲では戦力としてペルソナを呼べん》

 

 今はまだなんとか逃げ回っているが、戦力としてペルソナを呼べないなら外套を失っている以上、攻撃を防ぐ事も出来ないという事だ。

 既に呼び出されている鈴鹿御前も、援護としてここから万能属性スキルを放つ事は出来ない。

 そもそも、そんな事が出来るのなら鈴鹿御前は湊の命令を無視してでも愛子(まなご)の敵を屠っていた。それをしないのは単純にエネルギー源の湊にそれだけの余力がないからであった。

 

《……なんじゃ、何かが来る》

 

 このままではジリ貧で湊が殺される。そう思って状況の打開策を考えたとき、鈴鹿御前は遠く離れた空にこちらに向かってくる機影を発見した。

 一応、湊の持っている知識をわずかにフィードバックしているので、近代兵器類に関しても知ってはいるが、ここには彼女以上に詳しい人間が多数いる。

 湊とアイギスの戦闘を見ていたことで双眼鏡を手にしていたナタリアたちは、鈴鹿御前の言った方角の空を見つめ驚きの声を上げた。

 

「爆撃機っ!? そんな、既に国聯の陸軍部隊が街にはいるのよ。それほど大きくないこの街に投入するには過剰戦力だわ」

「いや、あれは国聯軍の機体ではないです。しかし、あんな物をドイツ軍が持っているとも……久遠の安寧か!」

 

 ナタリアに続けて五代も近付いて来る爆撃機を見ながら、それが久遠の安寧の手の者であるとあたりを付ける。

 けれど、ナタリアの言う通りそれほど大きくない街に既に国聯軍が来ているのだ。

 相手も湊の暴走と戦闘が治まってから来たのだろうが、いま攻撃すれば国聯軍も巻き込むことになってしまう。

 いくら裏界最大規模の組織だろうと、世界中の国々が加盟する組織が派遣した軍を攻撃して大丈夫な訳がない。

 

「まさか、敵は国聯軍ごとボウヤを吹き飛ばすつもりなの? 自分たちも潰されるわよ」

「彼らは一国とやりあえるだけの力を持っています。経済や産業で彼らに逆らえない国もありますから、なぁなぁで済まして金で解決するつもりかもしれません」

 

 久遠の安寧は色々な国に工場や研究所を持っている。それで経済が支えられている土地もあるので、全ての国が彼らに逆らえる訳ではない。

 よって、ここで国聯軍の兵士を殺したとしても、その分の補償金なりを払って後は政治的な話しで解決に持ってゆくに違いなかった。

 

《おい、冷静に話しておる場合か? あれが来ればここも巻き込まれるぞ》

「……残念だけど、今さら逃げても無駄なのよ。逃げる前に相手は到達して爆撃が始まる。だから、私達に出来るのは神に祈るくらいね」

《アイギス、貴様のペルソナで何とか出来んのか!》

「パラディオンは現在八雲さんが所持しています。加えて、ウィオラケウスを使用したことでわたしの精神エネルギーは枯渇していますので、どちらにせよ戦力にはならないかと」

《どいつもこいつも使えん奴らめっ》

 

 爆撃機がやってきたというのにのんきに話している者らを鈴鹿御前が叱咤してみれば、ナタリアたちはやや諦めの表情で笑っていた。

 こんな所で死ぬなど御免だろうに、自分に出来る事はもうないと諦めている姿を見て、鈴鹿御前の怒りはさらに増す。

 けれど、確かに逃げ出す時間などもうないのだ。やってきた爆撃機は湊と国聯軍が戦っている上空に来ると、大量の爆弾を投下していった。

 外套を纏っていた湊ならば無事に済む可能性もあるが、何も持たない状態ではどれだけ耐えきれるか分からない。

 そして、彼女たちが少年の身を案じていると、こちらにも風に流された数発の爆弾が近づいてくるのが見えた。

 咄嗟に鈴鹿御前もスキルで迎撃しようとする――――だが、そのとき空に黒い炎が走った。

 

「これは……ペルソナでしょうか?」

「影で出来た蛇の骨?」

 

 街とアイギスたちの元に爆弾が落ちてくる直前、突如現れた炎が巨大な黒い蛇の骨を形作り皆を守っていた。

 時折、表面が炎のように揺らめいていることから、この蛇骨も湊のミックスレイドの腕骨と似た類いかと推測する。

 しかし、それにしては規模が違い過ぎた。現れた蛇骨は地上百メートルのほどの位置に浮き、小さいとはいえ街全体を覆って守っているのだ。

 現在進行形で爆撃機は攻撃を繰り返している。けれど、それらは全て蛇骨に阻まれ街を一切傷付けられずにいた。

 いまの湊にこれだけの力が残っているはずがない。そう思って鈴鹿御前が湊の姿を探すと、それを見つけてしまった。

 

《莫迦なっ。何故じゃ、どうして阿眞根になっておるっ!?》

 

 蛇骨の間から見えた空にそれはいた。

 背後にタナトスでもアベルでもない、甲冑を着た白銀の天使のような輪郭のぼやけた存在を控えさせ、身体に白い光を纏った銀眼の少年が浮いている。

 先ほどの暴走状態とは異なり、少年の様子は随分と安定している。

 だが、瞳の色から察するに、あそこにいるのは、少年の肉体を器に呼び出された神のはずだ。

 今の湊は鈴鹿御前をただ呼び出しているだけでもかなりギリギリで、他の名切りを呼び出すことなど出来ない。

 故に、茨木童子が再び神降ろしを敢行するなど不可能であり、少年に再び神が降ろされている理由が鈴鹿御前にも分からなかった。

 

「鈴鹿御前さん、八雲さんは一体? それにアマネさんとは?」

《阿眞根産巣日神は八雲の神としての名じゃ。そして、どういう訳か八雲に神が降りておる》

「そんなっ、八雲さんとの契約はまだ」

 

 今の湊に神が降りているのは紛れもない事実。同じ一族だけに鈴鹿御前はそこに間違いはないとはっきり断言した。

 しかし、アイギスはまだ八雲との契約は切れていないと反論した。桜たちから聞いた話しが正しければ、神が降りるのは湊の人格が完全に消え去ってからだ。

 人格が消えれば契約が切れるので、契約が残っているのならあそこにはまだ湊としての人格があるはず。

 契約に関しては契約者しか感知出来ないので、その点は鈴鹿御前も反論も否定もできないが、では、今の湊には何が起こっているのか、空にいる少年を見つめる事で彼女は明らかにしようとする。

 

《……まさか、いや、そういう事かっ》

 

 突然現れた蛇骨、誰も見た事のない天使型のペルソナらしき存在、そして神が降りている湊。

 それらから今の湊の状態を理解した鈴鹿御前は、驚愕の表情を浮かべた直後にどこか怒りを堪えるように拳を握りしめている。

 他の者はまるで状況が分からないため、何か分かったのであれば教えて欲しいと五代が代表して尋ねた。

 

「すみません。一体何が分かったんですか?」

《八雲は器慣らしで得た感覚から神の存在を感じ取り、今度は自ら神を呼びこんだのじゃ。まぁ、呼ぶには強い想いが必要だったようだが、それ故に、八雲が呼び代に使った想いを遂行するための存在として不完全に神は顕現しておるという訳だ》

「そんな事をして八雲さんは大丈夫なのですか?」

《そんな訳なかろう。蛇骨は名切りの業、天使は八雲本来のペルソナが出てきておるようなものだ。神が不完全な分、八雲の力で補填しているらしいが、それが八雲の力なら当然人格の消去は進行する》

 

 爆撃機はこれ以上攻撃をしても蛇骨に阻まれると判断したのか、旋回して街の上空に戻ってくるとサブ兵装の機関銃で湊に攻撃を加え始めた。

 しかし、背後から迫ったそれらは、湊の背後に居る天使が両手を広げ薄緑の光の盾を出す事で防いでいる。

 鈴鹿御前の話しが本当ならば、未だに頭上で街を守っている蛇骨とあの攻撃を防いでいる盾によって湊は今も記憶を失いつつあるという事だ。

 自身を守るために展開した盾はともかく、己を殺そうとしてきた者たちも守るために蛇骨を呼び出す必要性がアイギスには理解できない。

 少年に一番近しい存在である女性に、どうして湊は蛇骨を出し続けているのか尋ねた。

 

「どうして……どうして、八雲さんは国聯軍の方たちまで守っているのですか? 相手は八雲さんを殺そうとしてきた者たちだというのに」

《巻き込んだと思っておるんじゃろ。あやつらが来たのは八雲を殺すためじゃ。八雲を殺す必要がなければ、そもそも久遠の安寧の攻撃にさらされることもなかった。故に、八雲は“無関係”な者たちを守っておる》

「八雲さんは見知らぬ方に殺されるような事はしてません!」

《そんな事は知らん。八雲とて金で雇われ人を殺めてきた。あやつらも似たような理由で、いやむしろ、民の生活を守るために八雲を殺すつもりなんだろうさ。優れた名切りは戦いを呼ぶからな》

 

 そうやって話すアイギスたちの頭上で蛇骨が身体をくねらせ動き出す。

 あまりに大き過ぎて全長は把握しきれないが、頭部はしっかりと存在していたようで、角らしき物が生えた巨大な頭骨が大口を開けて爆撃機を追っていた。

 爆撃機の飛行速度はマッハを超えているというのに、それに徐々に追いついているのだから追われている機体のパイロットはパニックに陥っているだろう。

 しかし、攻撃に移っているのは蛇骨だけではなかった。湊の背後にいる輪郭のはっきりしない天使も金色の捻じれた二又の槍のような物を手に出現させると、振り被ってそれを爆撃機に向かって投擲した。

 途端、音速の壁を超えたのか風船が弾けるような音をさせながら、一瞬にして空に金色の尾を引いて一同の視界から消え、その直線状にいた二機の爆撃機を爆散させた。

 そのあまりの光景に街の国聯軍の兵士らも外に出て上空の戦闘を眺めているが、彼らに湊の力を見られるよりも、不完全な顕現を果たしている“世界”のアルカナを持つペルソナたちを行使し続けていることを鈴鹿御前は危険だと思っていた。

 

《やめろ、八雲! このままでは力を失うだけじゃない、人間に戻れなくなるぞ!》

 

 鈴鹿御前が必死に声を張り上げ叫ぶも、蛇骨も天使も力の行使をやめようとしない。

 湊の気を逸らすためか爆撃機が他の者を狙えば光の盾と蛇骨の身体で即座に守り、逃げようとすればどこまでも追って敵を屠る。

 大きく開けられた蛇骨の口に禍々しい黒い光が集まり、直後、解放された光はウィオラケウスと同じ赤と黒の奔流となって飛んでいた爆撃機を跡形もなく消し去った。

 手甲程度の大きさのウィオラケウスで街の一角を更地にしてしまえたのだ。その数百倍の大きさの蛇骨が放った攻撃など避けきれるはずがない。

 

「鈴鹿御前さん、八雲さんと話しをする方法はないのですか?」

《あればやっておるわ。しかし、もう時間がない。出来るかは分からぬが、妾は直接八雲の中の蛇神に干渉してみる。何か動きがあれば、貴様は絶対にそれを見逃すな》

 

 命を削ってでも味方を守り、敵には殺戮の限りを尽くす名切り本来の姿を晒す神。

 それは役目を終えれば消える存在だが、それまで少年が持つとは思えなかった。

 故に、鈴鹿御前は湊の心の深部に眠っている蛇神に直接干渉することで、燃費の激しい蛇骨だけでも消せはしないかと考えた。

 成功すれば湊の方にも何かしらの変化あるはずなので、それを見逃すなとアイギスに伝えて鈴鹿御前は光になって消えていった。

 彼女がどれだけの力を持った存在なのかはここにいる誰も知らないが、それでも湊を止められる可能性があるのは彼女だけだ。

 

「……八雲さん」

 

 アイギスたちが祈る様に見守っていると、そこで蛇骨と天使の両方に変化が現れた。

 どこか不安をかき立てるような不気味な咆哮を上げて消えてゆく蛇骨、入れ替わる様にタナトスとアベルへ交互に姿を変えている天使、どうやら阿眞根としての変化も解けかかっているらしい。

 

「言ってすぐに成功させるなんてすごいわね……」

「ですが、八雲さんの様子がまだおかしいです」

 

 鈴鹿御前の狙いは成功したようだが、最終的にアベルを呼び出したままにしている湊の様子がどこかおかしい。

 敵機はほぼ全滅させ、残っていた機体も蛇骨たちが消えた隙に逃げていった。なので、もう狙われる心配はないのだが、湊は手足をだらりと下げたまま空中で動かなくなっている。

 

「もしかして、飛んでいるだけで精一杯なのかしら?」

「……八雲さんは同調率を高める事でペルソナと一体化し飛んでいるはず。まさか、人間に戻り切れていない事で自我が戻ってきていないのでは」

「いや、待ってくれ。小狼君が動き出した」

 

 空中で動かなくなっていた湊の状態を不思議に思って皆が原因を考えていたとき、湊の身体がびくりと一度跳ねて動き出した。

 背後にアベルを呼び出したまま、胸を強く押さえて湊はどこかへと飛び立ってゆく。彼の向かう先は、アイギスたちの居る方角でも、久遠の安寧の爆撃機が逃げた方角でもない。

 

「駄目っ、八雲さんが行ってしまいます!」

「ちょっと待ちなさい! どうやって飛んでる相手を追うっていうの!」

 

 今の湊がどこへ行こうとしているかは不明だ。けれど、このまま見失えば仕事屋たちに殺される事は目に見えているため、アイギスはそのまま駆け出そうとする。

 だが、相手は飛んで移動しているのだ。同じ速度で移動出来たとしても、陸路では途中に森や山があればどうやっても追いつけない。

 ナタリアたちはここまでは車で来たので、アイギスが走って追い掛けるよりかはマシかもしれないが条件はほとんど変わらない。

 相手の言っている事とその正当性を理解しながらも、アイギスはどんどん離れて姿が小さくなってゆく湊を見つめ拳を握りしめた。

 

「せめて、わたしのパラディオンがあれば」

「エネルギーがないって自分で話していたでしょう。残念だけどボウヤを追う事は……ヘリの音?」

 

 大切な少年を追う事も出来ない自身の無力さに悔しがっているアイギスを宥めるナタリア。

 しかし、ナタリアは自分たちの後ろからヘリのプロペラ音が近付いて来ている事に気付き振り返る。

 国聯軍も久遠の安寧も、湊の暴走と湊とアイギスの戦闘が治まるのを待ってからやってきたようだった。

 確かに、あんなものに巻き込まれれば、最新鋭の近代兵器も瞬く間にスクラップに変えられてしまうだろう。

 それを忌避して待っていた者の中には、出遅れて先ほど蛇骨と天使が消えるまで再び待機していなければならなくなった者もいるはず。

 いま聞こえているヘリは、そういった鈍臭い事で最高のタイミングで湊を狙いに行ける幸運を勝ち取った強運の持ち主なのだろう。

 どこのだれかは知らないが、後から来たくせに美味しい所を持っていこうとする泥棒猫を、ナタリアはロケット弾で撃墜してやろうかと考えそちらを向いた。

 

「あれは……ベレスフォード侯爵家の紋章?」

「うっわ、めっちゃ金持ちじゃないですか。それでまだ小狼狙って金取りにいくとか、どんだけ金に汚いんだか。アイギスだっけ? あれ撃ち落としていいわよ。小狼を狙ってる敵だから」

「了解しました」

「ちょっと待ってくれ、アイギスさん!」

「はい。ですが、どうやらここへ降りてくるようですが?」

 

 ヘリの扉に描かれた紋章から、相手がイギリス貴族のベレスフォード侯爵家の者であると判明するなり、レベッカはアイギスにヘリの撃墜を命じた。

 相手が湊を狙う敵ならばアイギスも墜落させることは構わないと判断しそれを了承した。もっとも、相手が貴族の人間だけあって、ここで撃ち落とせば国際問題に発展する可能性もある。

 よって、大人たちは止めようとしたのだが、アイギスが両手の機関銃を構える前にヘリが近づいてきてゆっくりと高度を下げるのが見えた。

 アイギスたちのいる場所の周辺には他の仕事屋などはいないため、ここへ来るという事はアイギスたち一団に用があるという事になる。

 だが、貴族の金持ちに知り合いがいる者など誰一人いないので、皆が何の用だと首を傾げていると、五代や渡瀬が何かを思い出したらしくハッとした表情をした。

 

「渡瀬さん、ベレスフォード家は確か」

「ええ、あの方のバックについている方たちかと」

 

 五代と渡瀬が話しているという事は、きっとそれは湊に関わる内容なのだろう。

 けれど、話しの流れは理解出来ても中身までは分からないので、着陸態勢に入ったヘリを見つめ軍服のベレー帽子が飛ばないよう手で押さえながらナタリアが尋ねた。

 

「そちらだけで分かっていないで、こっちにも情報を共有していただけないかしら?」

「あ、すみません。ベレスフォード家は小狼君を個人的にサポートしている方たちなんです。彼が仕事で人を殺しに行った際、偶然その相手に御令嬢が拉致されていたらしくて、彼は捕まってた馬鹿をついでに助けたと言っていましたが、そういう経緯があってベレスフォード家は全面的に彼の味方です」

 

 話している間に着陸したヘリの扉が開き、黒服の男性が防寒具を着こんだ少女に手を貸して降りるのを手伝っている。

 ヘリから降りてきた輝くような金髪に翠玉の瞳を持つ少女は、アイギスたちの姿を発見するなりにとても綺麗な笑顔と柔らかな物腰で話しかけてきた。

 

「はじめまして、ワタクシはヒストリア・ベレスフォードと申します。小狼様が蠍の心臓で活動していた事は聞いているのですが、現在も皆さんは小狼様にお味方くださる方と判断して宜しいでしょうか?」

 

 どういう経緯で近付いてきたのか不思議に思っていた者たちは、彼女の言葉でなるほどと納得する。

 彼女に自分の滞在場所を伝えていたのは湊のようだが、それを覚えていた彼女は車に描かれた蠍の心臓のエンブレムを見て、自身と同じ目的を持つ同志に声をかけてきたという訳だ。

 水智恵のときもそうだったが、女性とマメに連絡を取る湊の性格が良い方向に働いたらしい。彼を想う少女たちにとってはやきもきする原因かも知れないが、五代たちは今は少年のそれらの行動に感謝した。

 そして、尋ねたままにっこりと微笑を浮かべて答えを待っている相手に、アイギスが堂々と言葉を返す。

 

「当然であります。わたしの一番の大切はあの方の傍にいることですから」

「それは良かったですわ。では、小狼様の現状を教えて頂いても構いませんか? ワタクシ達も小狼様を賊からお守りするためずっと追っていたのですが、先ほどこちらの方で天変地異が起きていたようで状況が掴めていないのです」

 

 困った表情を浮かべる少女の守ってあげたくなるような雰囲気から、一部の男性陣はついつい懇切丁寧に全てを教えてあげたい気持ちに駆られる。

 けれど、五代や渡瀬にラースといった裏世界でのキャリアを持つ者たちや、ここにいる女性陣は優先順位をしっかりと理解しているので、少女に答える前にナタリアが全体に指示を飛ばした。

 

「申し訳ないけど、説明している時間はないわ。アイギスさん、貴女は彼女たちに同行してボウヤを追いなさい。五代さんたちは一度日本に帰って改めて連絡役を、私たちは少しコネを使ってボウヤを狙う依頼の方をどうにか出来ないかやってみるわ」

「確かに、このままでは八雲さんを見失ってしまいますね。ヒストリアさん、移動中に説明しますので同行しても宜しいでしょうか?」

「……何か切迫した状況になっているようですわね。分かりました。すぐに出発致します。どうぞお乗りになってください。詳細は中でお聞きしますわ」

 

 ナタリアやアイギスの様子から悠長に話している時間はないと察したのか、ヒストリアは真剣な表情で頷くとアイギスの同行を許可し、黒服たちに出発の用意を頼みだした。

 湊を追える手段を持っていなかっただけに、ここで彼女の助力を得られたのは僥倖である。

 ヒストリアの後に続いてヘリに乗り込む直前、アイギスは世話になった者たちの方へと振り返った。

 

「皆さん、ここまで大変お世話になりました。このご恩はいつか必ずお返しするであります」

「お礼はいいから早く行きなさい。それより、ボウヤのこと頼んだわよ。日本に帰る手段が必要になったら、私や五代さんたちに連絡しなさい」

「アイギスさん、僕たちは先に日本で待っています。どうか最後までお気を付けて」

「はい。必ず、八雲さんを日本へ連れて帰ります。どうか報せを待っていてください」

 

 別れる者たちに敬礼をしながらアイギスが乗り込むと扉は閉められ、ヘリはすぐに離陸して湊の去っていった方角へと飛び立っていった。

 少年の状態は心配だが、アイギス以上に湊を任せられる者は他にいない。

 故に、ナタリアたちもまだ残っている自分たちの仕事を果たすため、車に乗り込むとこの街を後にしたのだった。

 

 

 


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