日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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クリーチャー

ロナルドとの対話を終えた後、ロナルドは俺への敵意を表に出すことはなくなった。

しかし今まで以上に俺との会話は避けるようになっていた。

ロナルドなりに俺との会話を消化しているのだと思った。

ハーマイオニーはその状況を心配していたが杞憂だと伝えた。

 

「ロナルドとはしっかり話ができたと思う。多分、今は俺との話を考えてくれてるだけだ。だから、そう答えを急かさないでやってくれ」

 

ハーマイオニーはそれでも心配そうな表情を止めなかったが、ロナルドを急かすようなことはなかった。

ハーマイオニーはいつもと変わらぬ態度で、ロナルドとも俺とも接するようになっていた。

 

ロナルドとの関係以外にも、騎士団本部で生活する上で気になるものは沢山あった。

ウィーズリーおばさんの様子。ここに来た時から明るく振舞ってはいるが、無理をしているようにも見えた。そして最近では、陰で泣きはらす様子も多くなった。

夜に眠れず食堂で飲み物を取りに行こうと思った時に、食堂ですすり泣くウィーズリーおばさんがいたこともあった。それをトンクスとルーピン先生が宥めているのも、何度か目にした。

その訳は、ハーマイオニーから聞いた。

 

「パーシー、ロンのお兄さんの一人だけど、魔法省に勤めているの。……今の魔法省を、正しいと思っているのよ。それで、ウィーズリーおばさんやおじさんとはずっと喧嘩をしているの。疎遠状態の様よ」

 

「……パーシーは闇の帝王の復活を、信じていないのか?」

 

「まあ、つまりはそういう事……。おばさんはずっとパーシーに戻ってきて欲しいとお願いしてるけど、パーシーは話を聞こうともしないの。……おばさんは不安なのよ。もしかしたら一生、会えなくなるかもしれないから」

 

パーシー・ウィーズリーの事は、一度見たことがある。

対抗試合の時にロナルドの事を本気で心配し、俺に必死にロナルドの安全を確認していた。家族を大事にする奴だと、その時は思っていた。

 

「パーシーの事だけじゃないわ。ウィーズリー家は、ほとんど全員が騎士団にいるの。命を懸けて、例のあの人に立ち向かっている。……だから、いつも不安なのよ」

 

その話を聞いて以降、俺はウィーズリーおばさんの前で魔法省の話題は避けるようになった。少しでも辛い思いをさせないように。

 

そして、奇妙な生き物についても無視はできなかった。

クリーチャー。ブラック家に仕える屋敷しもべ妖精である。

屋敷しもべ妖精は、ハーマイオニーが助けようと活動している生き物であるのは知っていた。そして、スリザリンの親友達から聞くに随分と変わった生き物であるという事も。

ただ、実物は想像した以上に変わった生き物であった。

それを初めて目にしたのは、シリウスと共に部屋の大掃除に勤しんでいる時だった。

 

「――ああ、どぶ臭いにおいがする。罪人に血を裏切るもので溢れている。そして小悪党まで。奥様に何と申し上げれば。ああ、可哀想な奥様。この由緒正しきブラック家に、相応しくない人間が溢れかえっている。こんな家を見たら、どれだけお嘆きになられるか」

 

「クリーチャー。そこで立ち止まれ」

 

小さくみすぼらし格好をしたその生き物を、シリウスは鋭い口調で呼び止めた。

クリーチャーは立ち止まると、わざとらしく深々とお辞儀をした。

 

「おお、ご主人様。このクリーチャーめに、どのような御用でしょうか?」

 

そしてクリーチャーは深々とお辞儀をしながらも、確かな口調で悪態をついた。

 

「ご主人様はこの家に相応しくない。奥様がどれだけ、この方をお嫌いになられたか。ああ、可哀想な奥様。この方がどれだけ、奥様の心を傷つけたか……」

 

「クリーチャー。その手に持ったものを寄越せ。そのくだらない、家紋の付いた盾だ。そして口を閉じて自分の部屋に閉じこもれ」

 

クリーチャーの口調もさることながら、クリーチャーに命令をするシリウスの口調もかなりの悪意がこもっていた。

クリーチャーはとびっきりの憎しみを込めながら、のろのろと手に持った盾をシリウスへと差し出した。シリウスはそれをひったくると、手に持っていたごみ袋の中に容赦なく放り込んだ。それを見たクリーチャーは今にも叫びだしそうではあったが、シリウスの口を閉じて部屋に閉じこもれと言う命令が有効だったのだろう。

何も言わずにそのまま引き下がっていった。最後まで、目に憎しみを燃やしながら。

クリーチャーが完全に去ってから、シリウスは口を開いた。

 

「見苦しいものを見せたね。あれはクリーチャー。我が家の素晴らしい屋敷しもべ妖精だ」

 

「……屋敷しもべ妖精は、初めて見た」

 

「そうか。幸せなことだ。頭のおかしい生き物を、今まで見ないで済んだという事だからね」

 

シリウスはどこまでも、クリーチャーに冷たかった。

そしてクリーチャーもどこもまでもシリウスを憎んでいるようだった。

屋敷しもべ妖精は主人に忠実なものだと思っていたが、必ずしもそうではないようだ。

 

「クリーチャーに、随分と憎まれているようだね。屋敷しもべ妖精とは、主人に忠実なのでは?」

 

「あいつが忠実なのは、ブラック家だ。特に我が母君がお気に入りでね。母君の命令には、どこまでも忠実だった。……私は、この家ではいない者として扱われていた。それでよかった。こんな家、散々だったんだ」

 

シリウスはそう、どこか悲しそうに呟いた。シリウスは自分の家系について何か思うことがあるようだった。

家族に対し、ドラコとは真逆の何かを思っているようだった。

そして俺が気になったのは、屋敷しもべ妖精の実態だった。

屋敷しもべ妖精は、仕える家とその家族に縛られている。その家に仕える事を誇りに思い、主人には絶対の忠誠を誓うものだと思っていた。

ところが、例外はいた。クリーチャーはブラック家に忠実であるとは言うが、今やブラック家の正統継承者となっているシリウスの命令に歯向かえるのならば、確実に歯向かっていただろう。

屋敷しもべ妖精の言う主人というのは、魔法的制約の対象とは必ずしも一致しない。それが少し不思議に感じた。

 

そんな屋敷しもべ妖精に興味を持っているのは、俺以外にはハーマイオニーだけであった。

ハーマイオニーは、「S・P・E・W」の活動を忘れてなどいなかった。

俺の部屋に来ては、クリーチャーにきつく当たるシリウスを度々非難していた。

 

「シリウスは、クリーチャーに優しくするべきよ! クリーチャーは長い事、この広い屋敷で一人だったのよ? 少しくらい可笑しくなっても仕方がないわ」

 

「そのクリーチャーは、どうもシリウスには反抗的らしいな。……事前に聞いていた、屋敷しもべ妖精の実態からは少しズレてるように感じる」

 

俺の正直な感想に、ハーマイオニーは批判的だった。

 

「クリーチャーにも感情があるの! 寂しいと感じるし、辛いとも感じるわ。ずっと一人でこの屋敷に縛られていたクリーチャーが、やっと会えた主人から冷遇されて、忠実になれると思う?」

 

そうハーマイオニーに言われ、納得と疑問の両方が湧いてきた。

 

「クリーチャーがシリウスに忠実じゃない理由は、理解できるよ。……人間的な感情で考えればね。ただ、屋敷しもべ妖精の感情がどのような構成になってるか俺は知らない。良くも悪くも、屋敷しもべ妖精は全く違う生き物だ。考え方も、感受性も、生態も、人間とは全く違う。……屋敷しもべ妖精の生きがいというものを、俺はよく分かってない。だからクリーチャーが何に悲しみ、辛い思いをしているのか、確信がない。シリウスが優しくすることが、クリーチャーの傷を癒すことなのか確信がない」

 

ハーマイオニーは俺の意見にやや強く噛みついてきた。

 

「違う生き物でも、喜怒哀楽は人間とさして変わらないはずよ! 犬や猫やフクロウだって、一匹では寂しいと思うし、親切にすれば分かりあえるし、冷たくすれば嫌われる。……まずは、歩み寄る姿勢が大事だと思うのよ」

 

ハーマイオニーの意見を聞き、俺は少し考え直した。

 

「ああ、なら俺なりに歩み寄ってみるか」

 

「……何をするの?」

 

急な前向きな意見に、ハーマイオニーは戸惑った様だった。

 

「クリーチャーは何が悲しくて、何が辛くてシリウスに反抗するのか、直接聞いてみよう」

 

夏休みの課題もほとんど終わり、今日の掃除も終わった。やる事がなく暇になっているのもあり、俺はすぐに行動に移した。

ハーマイオニーは驚きながらも、慌てて俺の後についてきた。

 

厨房脇の納戸にあるボイラーの下。そこがクリーチャーの寝床だった。

小汚い扉をノックして開けると、運よくクリーチャーはそこにいた。

クリーチャーは突然訪れた俺とハーマイオニーに酷く驚いた表情をしたが、ブツブツと呟き始めた。

 

「ああ、穢れた血と、どこぞの分からぬ愚骨がクリーチャーに近づいてくる。おぞましい。まるで我がもののような顔でこの屋敷を歩く。クリーチャーは、決してこのような者達を認めませぬ。ああ奥様、クリーチャーめが、この屋敷を正しき姿に戻しましょう」

 

クリーチャーの様子に、ハーマイオニーは痛ましそうな表情になった。

俺はクリーチャーの言葉を気に留めず、話を始めた。

 

「その正しき姿というのは所謂、純血主義の事だろうか? なら、俺はまだ招かれるべき客かもな。一応、東洋の純血だ」

 

俺がそう言うと、初めてクリーチャーは俺を見た。

 

「……純血? この小僧が純血だと? クリーチャーは疑う。この小僧が本当に純血なのか」

 

「証明になるかは分からんが、ホグワーツではスリザリンに所属している。そして、ドラコ・マルフォイと親友だ。マルフォイ家は、知ってるか?」

 

クリーチャーは俺の言葉に目を細めた。

 

「奥様の姪御様のご子息でしょうか?」

 

「ブラック家とマルフォイ家は親戚関係なのか? そいつは知らなかった」

 

クリーチャーの言葉に驚くと、クリーチャーは疑いの色を強くした。

しかし、俺の言葉に対しては思うことがあるようだった。

 

「……貴方様は、ルシウス・マルフォイ様からのお誘いを断ったとか?」

 

それはクリーチャーがこの屋敷での会話を事細かに知っているという証明だった。

クリーチャーは可笑しくなっていても、能力の衰えは全くない様だった。そのことを確信しながら、俺は話を続けた。

 

「ああ、そうだな。ただ、ドラコ・マルフォイとの友情は続いている。……俺はね、血族というものに一定の敬意を持っている。歴史と、実績を持っているものだ。軽んじるつもりはない」

 

それは正直な言葉だった。俺は魔法界に来てから純血主義の一部を肯定している。それは今も変わらない。

そんな俺をハーマイオニーは複雑そうに見ていたが、今はクリーチャーとの会話を邪魔しないことを選んだようだった。

そしてクリーチャーは俺を物色するように眺め、評価を保留したようだった。

クリーチャーは改めて俺に向き直ると、初めて会話らしい会話をする姿勢を取った。

 

「それで、貴方様は私めに何の御用で?」

 

「お前の事を知りたいんだ、クリーチャー」

 

俺は話を聞く姿勢になったクリーチャーに、単刀直入に疑問をぶつけた。

 

「クリーチャー、お前は何に忠誠を誓っている? このブラック家の伝統か? それとも、お前の言う奥様個人にか?」

 

クリーチャーは少し押し黙ったが、ハッキリとした口調で答えた。

 

「このブラック家にでございます、旦那様。そして、それを正しく継いでいた最後のお一人である、奥様に、私は変わらぬ忠誠を誓うのです」

 

「なら、現当主がブラック家の存続の為に伝統を変えると言うのであれば、お前はブラック家存続の為に現当主に忠誠を誓うのか?」

 

クリーチャーは当惑したような表情になった。

 

「……存続の為に伝統を変える?」

 

「そうだ。ブラック家の血を残し、家系を残すために、現代に合わせた思想を掲げるというのであれば、お前はそれに従うのか? ブラック家の為に」

 

クリーチャーは困惑した表情でいたが、その後に明らかな憤怒と拒絶の表情を浮かべた。

 

「……なりませぬ。ブラック家を変えるなど、あってはなりませぬ」

 

「それは何故? お前はブラック家に仕えるんだろ? 家系を残すことが第一ではないのか? ……先代の意志を踏みにじることになっても、ブラック家を残すためには仕方がないとは思えないのか?」

 

俺の言葉に、クリーチャーは明らかなショックを受けていた。

そして、怒りも収まらぬ声で俺に返事をした。

 

「先代の意志なきブラック家など、それはブラック家ではありませぬ。ええ、ブラック家の存続とは、先代の遺志を継ぐこと。そうでなければ、あの方達の想いはどうなるのです? 奥様の願いは、レギュラス様の想いは……!」

 

そこまでの会話で、俺は知りたいことが知れた。

クリーチャーは家に仕えているのではない。個人に仕えているのだ。

奥様とレギュラス様と呼ばれる人に仕え、忠誠を誓っている。

そしてクリーチャーの喜びとは、奥様とレギュラス様と呼ばれる人達の遺志を受け継ぎ、後世に残すことだ。

 

「お前の事がよく分かったよ、クリーチャー」

 

俺はそう言い、怒りの表情を浮かべるクリーチャーを宥めた。

 

「約束するよ、クリーチャー。闇の帝王との戦いが終われば、奥様とレギュラス様の意志を尊重できるように、最大限の努力をしよう。シリウスの説得もしてやる。奥様とレギュラス様の意志が後世に残るように、お前の忠誠が二人に届くように、協力をする」

 

俺の考えは当たっていたようだった。

クリーチャーは電撃に打たれたように驚きの表情で固まり、ひきつった。

ハーマイオニーはそれを心配そうに見ていたが、クリーチャーは今までにない程に強い迫力を俺にぶつけてきた。

 

「……それは本当でしょうか? 本当に奥様とレギュラス様の意志を、貴方様は残すというのですか?」

 

「本当だ。なら、今からできる努力をしよう。……俺がここにいる間に限るが、掃除をしていてお前が捨てたくないものがあれば言ってくれ。俺から捨てないようにシリウスへお願いをしよう。ただし条件がある。何故それを捨てたくないのか、俺に教えてくれ。何故それを捨てたくないか分かれば、俺もそれを残そうと頑張れるからな」

 

クリーチャーの忠誠のような表情を初めて見た。いつもの様にどこか浮かれた表情ではなく、目を光らせて強く俺を見つめていた。

 

「……貴方様が約束を守られるなら、私は貴方様に仕えましょう。私の、出来る限りを尽くして」

 

ハーマイオニーは驚愕の表情を浮かべているのが分かった。

俺はそのままクリーチャーの元を離れ自室に戻った。ハーマイオニーは終始黙ったままついてきた。

そして俺の部屋に戻ると、ハーマイオニーは堰を切ったように話を始めた。

 

「あなた、どうしてクリーチャーの求めるものが分かったの? それに凄いわ! クリーチャーが初めて、誰かに忠誠を誓ったのを見た!」

 

「運が良かった。最後のクリーチャーの言葉がなければ、分からず仕舞いだったよ。……クリーチャーが何にこだわってるかは、おおよそ見当ついてた。奥様とやらの命令かこの家の伝統か。その二択だったから、揺さぶりをかけてみた。正直、奥様個人に忠誠を誓ってたのは意外だったな。あとレギュラス様とやらが何者なのかは知らんが、クリーチャーは随分と重い忠誠を誓っていたようだな。……ま、ここまで話が通じたのは俺が純血でスリザリンだからだろうな。自分の生まれと環境に感謝だな」

 

そう返事をすると、ハーマイオニーは少し複雑そうな表情をした。

 

 

「……クリーチャーが純血主義を唱えるのも、寂しかったからかしら? 今迄の主人への忠誠が、そうさせるのよね? ……あなたと接していたら、クリーチャーの考えも変わるかしら?」

 

「それはまだ分からないな。今後の展開次第だな」

 

俺の歩み寄りは成功し、クリーチャーの事がわずかに分かった。

ハーマイオニーはクリーチャーが純血主義の思想に囚われているのに複雑な思いを浮かべながら、少なくともクリーチャーとの関係が改善に一歩進んだことを喜んでいた。

 

「でも、これが「S・P・E・W」の第一歩ね! クリーチャーの様に、何かに囚われた屋敷しもべ妖精も、歩み寄れば変わってくれる。それができただけでも大きな進歩よ!」

 

ハーマイオニーはそうウキウキしながら言い、それを思わず微笑みながら見ていた。

 

「私からも、シリウスへお願いするわ! クリーチャーが望むものを残せるように!」

 

「そうだな。それが当面の課題だな」

 

そう張り切ったハーマイオニーに賛同しながら、次の大掃除の際にシリウスにクリーチャーが望むのものを残せないかお願いをしてみた。

これが中々骨の折れる作業だった。

 

「この家の物を残すだって? ゾッとするね。この家にある物で残す価値がある物なんて何一つないよ。それをクリーチャーが望むから? 悪いが、それは聞けないお願いだな」

 

「どうして? クリーチャーがやっと心を開いてくれそうなのよ? クリーチャーが可哀想だとは思わないの?」

 

「クリーチャーが可哀想だなんて、欠片も思わないさ。ハーマイオニー、クリーチャーは母の怨念に囚われているだけだ。そんなクリーチャーの望みをかなえることは、我が家の悪しき伝統を後世に残すことになる。長い目で見て、それはいい事じゃない」

 

シリウスの家への恨みは深かった。そしてハーマイオニーのクリーチャーへの気遣いとは相性が悪かった。

ピリピリとした嫌な空気になる前に、俺が口を挟むことになった。

 

「シリウス、俺からもお願いしたい。ただ、これは完全に俺の好奇心だ。屋敷しもべ妖精の実態が知りたい。屋敷しもべ妖精の忠誠の向ける先と、精神構造が気になるんだ。……クリーチャーの為にではなく、俺の好奇心の為に実験をさせてくれないか? それにクリーチャーが忠誠を誓うようになったら、便利なのは間違いないだろう?」

 

シリウスはどこか煩わしそうに俺を見たが、俺とハーマイオニーに視線を泳がせた後にどこか諦めるような表情になって了承してくれた。

 

「……分かったよ。ジン、君の好きにしたらいい。ただし、私は捨てられるものは全て捨てるつもりだ」

 

やっとのことでシリウスからの許可を得る頃には、ハーマイオニーは怒りで顔を赤くし、シリウスは冷たい目をしていた。二人の間に溝が生まれてしまったのは、避けようのない事実だった。

ハーマイオニーは俺の部屋でプリプリと怒って見せた。

 

「どうして、シリウスはクリーチャーにあんなにも親切にできないのかしら?」

 

「シリウスにとって、この家が苦痛に満ちたものだからだろうね。……それを遺したいだなんて、シリウスからすれば傷を抉るようなものだろうさ」

 

俺がシリウスを庇うので、ハーマイオニーはショックを受けたようだった。

 

「……ねえ、あなたはまさか本気で実験のつもりはないわよね? 本当はクリーチャーの為を思って、あんなことを言ったのよね?」

 

少し返事に困った。俺がクリーチャーへ歩み寄っているのは、ハーマイオニーと始めたS・P・E・Wの為、すなわちハーマイオニーの為だ。そして、屋敷しもべ妖精への好奇心もあった。俺の中でクリーチャーの為に、という気持ちは薄かった。

ただ、それをそのまま伝えるほど俺は愚かでもなかった。

 

「シリウスにクリーチャーの為を思って欲しいなら、俺達はシリウスの事を考えないとってことだ。……シリウスがこの家の物を遺すのがどれだけ苦痛なのか、考えても損じゃないだろ?」

 

ハーマイオニーの質問に返事はせず、深入りされない程度に話をそらした。

俺の言葉にハーマイオニーは少し悩まし気にはしたが、納得はしたようだった。

シリウスへの怒りは、少しは収めてくれた。

 

 

 

 

 

騎士団本部の掃除をしながら、ロナルドとの距離感を気にし、ウィーズリーおばさんへのケアを心がけ、クリーチャーとの約束を守り、そしてシリウスへの配慮を忘れずにいなくてはならなかった。騎士団本部での生活はどんどん忙しくなっていった。気を遣うことがありすぎる。

そんな俺の心の拠り所の一つは、偶に訪れるルーピン先生との会話だった。

ルーピン先生は任務終わりのどんなに疲れた状況でも、俺への気遣いを忘れることはなかった。

その日は俺が眠れずに食堂でココアを飲んでいたら、トンクスとルーピン先生がやってきて俺と話をしてくれた。

 

「何やらシリウスを上手く言いくるめたみたいだね。この家の物を遺したいとは、随分と大それたお願いだね」

 

ルーピン先生は俺とハーマイオニーがシリウスにしたお願いを聞いて、可笑しそうに笑いながらそう言った。

俺は力なく笑いながら返事をした。

 

「本当にギリギリだったんだ。多分、命の恩人じゃなきゃ聞いてくれなかっただろうな。……シリウスは本当にこの家が嫌いなんだね」

 

「嫌いどころか、憎んですらいる。……きっと家族だからだろうね。家族だからこそ、シリウスはこの家が特別許せないんだ」

 

ルーピン先生は同情するような表情を浮かべていた。

トンクスも、そんなルーピン先生の考えに共感していた。

 

「いい気分じゃないわよね。自分の家族が友達や仲間を殺しただなんて。……友の仇の血が自分にも流れてると思うと、ゾッとするわね」

 

そんなものかと納得をしながら、俺はココアを啜って話を聞いていた。

ルーピン先生はトンクスの言葉に頷きながら、さらに深いところまで考察を広げた。

 

「ああ、そうだ。シリウスはどれだけ努力しても、絶対に自分の中の血を好きになれない。それは呪いだと、感じているだろうね。……そしてこれは私の考えだが、大きな憎悪の始まりは小さな愛情だと思うんだ」

 

「……小さな愛情?」

 

思わず聞き返すと、ルーピン先生は悲しそうに微笑みながら話を続けてくれた。

 

「ああ、そうさ。シリウスはね、親友との絆を何よりも大切にしていた。ハリーの父、ジェームズや私の事を、自分の命よりも大事にしてくれた。そして今も、私達の友情は続いている。ただ、時々思うのだ。シリウスの絆への強い想いは、家族への想いの裏返しではないかとね。……シリウスはシリウスなりに、家族を愛していたのかもしれない。そしてそれが許せなくなったからこそ、憎しみが大きくなったのではないかとね」

 

ここまで話して、ルーピン先生は少し話しすぎたと思った様だった。

悲しそうな表情を取り繕うように、少し悪戯っぽく笑って見せた。

 

「そう言えばジン。君は随分と成長したね。ハーマイオニーは君を、とても頼りにしているそうじゃないか」

 

突然の流れ弾に、思わずココアをむせた。

トンクスは嬉しそうに声を上げて笑った。

 

「いやあ、あの話を聞いてからジンとハーマイオニーを見るのが楽しくて仕方がないわね。なんか、こう、もどかしくなっちゃう」

 

トンクスとルーピン先生の二人に俺のハーマイオニーへの感情を打ち明けたことは、随分と前に共有をしていた。

それから二人はそろって俺をからかう様になっていた。

 

「そう言えばシリウスが君とハーマイオニーの事を疑っていたね。仲が良すぎるんじゃないかって、私に言ってきたよ」

 

「それは、クリーチャーの件に関することでのちょっとした仕返しのつもりでしょう。……シリウスは、本気で思ってはいないはずですよ」

 

「あら、そうかしら? 意外と本気だったりしない?」

 

「……俺、そんなに態度に出てますかね?」

 

「安心していい。ビックリするほど態度に出ていない。しかし、それはそれでどうかとも思うんだよ」

 

珍しくルーピン先生にからかわれ、少し恥ずかしくなる。

しばらくはルーピン先生とトンクスからからかわれたが、ひとしきり笑うとルーピン先生は自然と話題を変えた。

 

「ああ、そうだ。君にとっても朗報かもしれないが、近い内にハリーがここに来る。ダンブルドアが、そろそろここに呼び出してもいい頃だと言うんだ。……何やら時期を見計らっていたようだけど、それも終わりの様だ。この話は、ダンブルドアから直接されるだろうね。明日か、明後日にはダンブルドアがここを訪れる」

 

「そうなんですか? そっか、ポッターがとうとうここに来るのか。……預言者新聞の事は、ポッターは知らないんでしたっけ?」

 

「ああ、そうだ。ハリーには魔法界での情報は一切、送らない決まりになっている。……それもやりすぎだとは思うが、ダンブルドアには何かお考えがあるのだろうね」

 

今やポッターとダンブルドアは世間からの攻撃の的である。

それを本人が知らないことは、幸せなことなのか不幸なことなのか、判断は難しかった。

 

それからルーピン先生は次の任務の前に休息が必要で、眠りに入るようだった。

俺も眠気を感じたので、大人しく自室に戻った。

トンクスはそのまま夜勤まで起きているようで、食堂に残っていた。

ルーピン先生とトンクスとの会話ですっかり気疲れの取れた俺は、ぐっすりと眠ることが出来た。

 

そして、ルーピン先生の話の通り、翌日の夜にダンブルドア先生が現れた。

ポッターに関する特大のニュースを持った上で。

 

 

 

 

 


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