「恋バナしましょう!」
トンクスのその衝撃的な一言に、俺もジニーも呆けたまま答えることは出来なかった。
そんな俺達二人の様子に、トンクスは満足げだった。
「まあジン、まずは椅子に座りなよ」
戸惑いながらも、言われた通りに椅子に座る。
俺とジニーが並んで座り、トンクスと向かい合う形となった。
座りながら、ニコニコと笑うトンクスへ質問を投げかけた。
「……なんで恋バナ?」
「仲良くなるのに手っ取り早いのよ。お互いを理解するには、まずは相手の好きなものを知るのが一番じゃない!」
トンクスが悪戯っぽく笑っているが、恋バナは本気でするらしい。
トンクスは俺とジニーの仲を取り持とうとしてくれているようだが、乗り気になる話題ではなかった。
「……いや、だったら何も恋愛についてじゃなくてもいいだろ?」
そう抵抗をすると、トンクスはちょっと意地悪な表情になった。
「ジニーから言われたの。あなたの事、だいぶ苦手みたい。それに、話がつまらないんだって」
不意打ちだった。俺は思わず固まり、ジニーはせき込んだ。
ジニーの方を見るとジニーはこちらから目をそらした。どうやらトンクスの言ったことは事実らしい。
その様子を楽しそうに笑いながら、トンクスは話を続けた。
「ジンの好きな話題にするとジニーが寝ちゃうから、私が聞きたいことを話そうと思ってね。ほら、好きな子や気になってる子の一人や二人はいるでしょう? 教えてくれたら、私も気になってる人を教えるよ!」
「……トンクスの気になってる人?」
トンクスの話に、ずっと黙っていたジニーが食いついた。どうやらジニーはトンクスの恋愛事情に興味があるらしい。
トンクスは反応をしたジニーに嬉しそうに微笑みかけた。
「そう、私の気になる人。でも内緒よ? 二人が教えてくれたら、私も教えてあげる」
トンクスの言葉に、ジニーは少し迷った様にしてからチラリと俺の方を見た。
ジニーとしては、トンクスに自分の好きな人を話すのは問題ないのだろう。問題は俺が聞いているということだ。
俺は気を遣って話を辞退してトンクスとジニーを二人にしようと思ったが、トンクスが先手を打った。
「二人じゃなきゃダメよ? 片方だけじゃ、私の気になる人は教えてあげない」
そう言われ、俺は立ち上がりかけていたのを止めて椅子に座り直した。
この状況に困ってしまいジニーの方を見ると目が合った。ジニーもこの状況に困惑しているようだった。
トンクスはただただ楽しそうに笑っていた。
笑っているトンクスを見て、トンクスは本気で俺とジニーの間にある不信感を取り除こうとしているのだと分かった。
どうしてここまでしてくれるのか分からないが、折角のトンクスの気遣いを無下にするのは辞めた。
未だ困惑をしているジニーを前に、俺は話に乗ることにした。
「いいよ、分かった。じゃあ話そうか、お互いの恋愛事情について」
俺の言葉にトンクスは嬉しそうに笑みを深め、ジニーは驚いて目を見開いていた。
「とは言っても、俺もいきなり気になってる人が誰かとかを言う気はない。……できる限りの話はするから、トンクスも話すのは俺の話に見合った情報だけでいいよ」
「うんうん、いいね。それでいいわよ」
トンクスは俺の提案にすぐに賛同をしてくれた。
気になっている人が誰かを言わなくていい。それは俺にとってもそうだが、ジニーにとっても救いになる約束だった。
ジニーもおもむろに口を開いた。
「……じゃあ、私も少しなら」
ジニーも、この場を作ったトンクスの顔を立てるためにも参加を決め込んだようだった。
俺とジニーの参加を取り付けて、トンクスは嬉しそうだった。
「ああ、二人の話を聞くのが楽しみ! さて、それじゃあジンに質問をしてもいい?」
「どうぞ」
ウキウキとした様子のトンクスにやや投げやりに質問を促すと、トンクスはとんでもない爆弾を投げてきた。
「あなたの気になる人って、ハーマイオニー?」
直球ど真ん中のストライク。
一瞬、呼吸を忘れた。
ただ表情は驚きのあまりか、全く動かなかった。
それが幸いして返事をする時には平坦な声を出すことが出来た。
「……なんでそうなる?」
トンクスは大した反応を示さない俺に、少し残念そうな表情だった。
一方でジニーは、トンクスの発言にショックを受けたようだった。唖然とした表情で俺の方を見ていた。
トンクスは残念そうな表情のまま、理由を話し始めた。
「あなたを迎えに行く前日、シリウスが言ったの。ハーマイオニーがいて、ジンは大喜びだろうって」
「シリウスが?」
「そ、シリウス。そんなことを言う理由も教えてくれたわ」
トンクスは肩をすくめながらそう言った。
ジニーはトンクスの話に興味津々のようで、食い入るようにトンクスを見つめて話の続きを待っていた。
トンクスはそんなジニーに笑いかけながら話を続けた。
「二年前、シリウスが間違ってジンを襲ったでしょう? ジンを襲った後、シリウスはジンを置いてハリー達の所へ行こうとしたんだけど、それをジンが必死の形相で止めにかかってたんですって。『あいつの所に行かせるか』って叫びながら。それがあってシリウスは、大量殺人犯が相手でも友達の為に体を張れる奴だって、ジンの事を随分と気に入っていたのよ」
そんなこともあったと思い返しながらトンクスの話を聞いていた。
ジニーは驚いたようにこちらをチラリと見た後、再びトンクスの方に向き直って話を聞き言った。
「で、シリウスはしばらくして気付いたらしいの。ジンが言う『あいつ』っていうのがハーマイオニーの事だって。ジンはハリーともロンとも、そこまで仲がいい訳じゃないんでしょう? だからシリウスは、ジンはハーマイオニーの事が好きなのだろうって。そうでもなきゃ説明ができないってことを言うのよ」
トンクスの話に納得がいった。
そしてシリウスが俺をここに連れてくる時に言っていた俺が喜びそうな人物というのが、ハーマイオニーであることに今更ながら気が付いた。
「まあ、シリウスは割と冗談交じりで言っていたみたいだけどね。でも、そうだったら面白いなって思ったのよ」
「面白い、ねぇ……」
トンクスとシリウスが俺で面白がっていることに気が付き、少し顔を顰める。
しかし、身近にいる人の恋愛事情が面白いというのは共感ができるので何も言えなかった。
俺も随分とドラコとパンジーの事で楽しんだものだ。
文句は何も言わず、溜息だけが口に出た。
そんな俺にトンクスは優しく微笑んだ。
「面白いよ、あなたがハーマイオニーの事が好きなのだとしたら。もしそうだとしたら、好きな人の為にルシウス・マルフォイの誘いを蹴ったってことじゃない。自分が助かる道を捨てて、好きな人の為に体を張る。立派で、素敵なことだと思うわよ」
トンクスが俺のことを気に入ったという理由が少し分かった。
自分を捨てて人のために動ける人だと、そう思ってくれていたのだ。
同じ行動を見ても、ルシウスさんとは真逆の評価であった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
「あら、随分と歯切れが悪いわね?」
「全部が全部、トンクスの言う通りってわけじゃないからね。……それに、ルシウスさんからは真逆のことを言われたよ。親友を裏切って、女の尻を追いかけているってね」
ルシウスからの言葉を思い出し少し感傷的になった俺に対して、トンクスは少し呆れていた。
「ルシウスの言うことなんて、真に受けるものでもないわよ。敵対してるんだもの。あなたのやったことは立派よ。誰にでもできることじゃない。もっと、胸を張っていいと思うけどね」
いつしかルーピン先生に言われたことを、トンクスにも言われた。
この会話を通して、俺もトンクスの事を好意的に思えていた。
ジニーの前で俺が信頼できる理由を話し、ジニーの不信感を取り除こうとしてくれている。
その効果もあってか、ジニーがこちらに向ける視線も警戒するものから好奇心に近いものへと変わっていた。
トンクスに感謝の気持ちも込めて笑いかけると、トンクスもまた笑い返してくれた。
「で、あなたの好きな人はハーマイオニーってことでいいの?」
「……懲りないな」
「元々この話をするってことだったでしょう? 私、結構楽しみにしてるんだけどね」
そう言いながらトンクスはケラケラ笑い、俺は少し困って頭を抱えた。
「ジニーはどう思う? ジンって、ハーマイオニーの事を好きだと思う?」
突然に話を振られてジニーは驚いた表情になったが、少ししてから口を開いた。
「私、噂では違う人が好きだって聞いてた」
「へえ、ジンにも浮いた話があるんだ。益々興味深いじゃない。それって誰?」
「ダフネ・グリーングラス」
「……ああ、そんな噂あったな」
ジニーの話には心当たりがあった。
クリスマスパーティーでのダンスの事や対抗試合の事で、俺がダフネに片思いをしていると噂になっているのは知っていた。グリフィンドールにもその噂は流れていたようだった。
トンクスはその噂を聞いて驚きながらも嬉しそうにした。
「なんと、グリーングラス! 良い所のお嬢さんじゃない! ジンは彼女に何をしたの?」
「……グリーングラスはエトウのクリスマスパーティーのダンスパートナーだったわ。そして、対抗試合の人質になってた。クラムの人質はハーマイオニーだったし、それもあってエトウの片思いじゃないかって、話が上がってたの」
「おお、隅に置けないね!」
トンクスはすっかり話に夢中であった。
ジニーは俺の噂話をすることに少し引け目を感じていたようだが、俺が特に反応を示さなかったので再び口を開いて話を続けた。
「フレッドとジョージから聞いたわ。エトウはグリーングラスへのクリスマスプレゼントの為にフレッドとジョージに協力を求めたって。喜ばせようとして、手の込んだ魔法具を作ってもらってたって」
「あいつら、その話してたのか……」
「なになに、ジンも積極的じゃない! 本命がいたなら言ってくれればいいのに」
「あれは、そんなのじゃないんだよ。……ちょっと訳ありだったんだ」
「お詫びして周りを納得させる、でしょう? それもフレッドとジョージが言ってたわ。でも、二人はその説明で納得してなかったわ。あれは絶対、何かあったって」
「何もなかったんだよなぁ」
「じゃあ、なんで手の込んだプレゼントが必要だったわけ?」
ジニーは遠慮なしに俺に質問を始めた。
俺もジニーへ当時に起きた親友とのすれ違いの詳細を説明した。
ジニーと俺が話をするのを、トンクスはニコニコと眺めるだけだった。トンクスの望んだ通り、俺とジニーの間にあった不信感は薄れているようだった。
「……あんた、あの時は結構追い詰められてたんだ。外から見たら、結構平気そうだったけどね」
「そうか? 授業はサボるわ、人目は避けるわ、露骨に憔悴してたみたいだけどな」
「だから平気そうに見えたのよ。あんたが弱ってるところ、誰も見てないから。誰にも見られないように、あんたが隠れちゃうから」
ジニーは少し呆れたようにそう言った。そして、どこか納得したようだった。
「ハーマイオニーがあんたの心配するの、よく分かったわ。あんたって冷静に見えて、目を離すと無茶するタイプなのね」
「……なんかそれ、ダフネにも言われたなぁ」
ジニーとはいつの間にか、気軽に話ができるようになっていた。
トンクスは満足げだった。
「それにしても、ジンってスリザリンでは浮いてそうなのに名家ともつながりがあるのね。結構、世渡り上手よね」
トンクスは俺がスリザリンであることを思い出したかのように言い、軽い事として流していた。
それが意外だったので、またも話を逸らすことになったが思わず突っ込んだ。
「……俺がスリザリンである事、気にしないんだ?」
「あら、私の母親もスリザリンよ。それに父親はグリフィンドールで、私はハッフルパフ。寮なんて、結構どうでもいいと思っちゃうけどね」
トンクスの母親がスリザリンであること、そして父親がグリフィンドールであることに驚いた。
そしてトンクスのさばさばとした態度はとても心地よかった。
「私の両親、ホグワーツ史に残る大恋愛をしたって有名なのよ。純血のスリザリンとマグル生まれのグリフィンドールの結婚。正直、ちょっと憧れない? 大きな障害があっても、それを乗り越える。お互いが本気で相手の事を好きでないとできない事だと思うの」
トンクスは少し頬を染めながらにっこりと笑った。
純血のスリザリンとマグル生まれのグリフィンドールの大恋愛。興味があった。そしてトンクスと同じ様に、そのような恋愛を成し遂げた人へ憧れに近い感情は確かにあった。
「ああ、トンクスのご両親は確かにすごいな。……憧れるよ」
素直にそう言うと、トンクスは嬉しそうにした。
「そうでしょう? でも、そう言うってことはジンはやっぱりハーマイオニーかグリーングラスのどちらかが本命なの? どっちを好きになっても大恋愛だものね!」
トンクスの追及は事実が混ざっている為、下手に反論できず肩をすくめて受け流すことにした。
「……まあ、そうなったら応援してくれよ」
「勿論よ! その代わり、しっかりと私達に報告するのよ?」
「……そうなったらな」
そう返すと、今度こそトンクスは俺への話に満足したようだった。
トンクスの矛先はジニーへと向くことになった。
「ジンの話はもういいかしらね。面白い話が随分と聞けたし。さ、ジニー。次は貴方の番よ」
ジニーは少し顔を顰めたが、自身が俺の話をしたこともあり仕方なくトンクスからの追及を受けるようだった。
「ジニーこそ、誰かから言い寄られてたりはしないの? これだけ可愛いんだから」
にっこりと笑いながらトンクスはジニーにそう言った。それは妹を溺愛する姉のようで、二人の仲がいい事を察した。
ジニーは少し照れたようにした後、すました表情を取り繕いながら話を始めた。
「私、付き合ってる人いるわ。……トンクスにはその内、言おうとは思っていたの」
「ええ、そうなの! 知らなかったなぁ」
「まだ誰にも言ってないから。……ああ、でもハーマイオニーは知ってるわ。相談には乗ってもらってたから」
ジニーはそう言いながら自分の爪に興味があるように指をいじり、こちらを見ないようにしていた。
「それが誰か、聞いてもいい?」
トンクスがそう言うとジニーは指をいじるのを止めてチラリとこちらを見てから、素直に答えた。
「マイケル・コーナー。レイブンクローの、私の一個上」
「あら、ジン達と同い年じゃない。ジン、彼を知ってる?」
「知らないな。話したこともない」
俺がそう言うと、ジニーは少しホッとしたようだった。
トンクスは楽し気にしながら、ジニーへの追及を始めた。
「いつから付き合い始めたの?」
「去年の終わりくらいから。クリスマスパーティーで出会ったの」
「素敵な出会い方ね。そっかそっか、ジニーに彼氏がいたのねぇ。ねえ、彼のどんなところが好きなの?」
トンクスの質問にジニーは少し固まった。そして言葉を選ぶようにしてから、ぽつりと返事をした。
「……悪い人じゃないところ」
ジニーのその様子に、トンクスは何かを察したようだった。困ったようにして黙ってしまった。
何故トンクスとジニーが黙るのかは分からなかった。気まずい空気が流れたので、少し雰囲気を軽くしようと話に乗っかった。
「……悪い人じゃないってのは大事だな。特にこんなご時世だとな」
俺が話に乗るのは意外だったようで、ジニーは驚いたようにこちらを見た。
トンクスも少し驚いたようだったが、直ぐに笑った。
「確かにね。悪い人じゃないって、一番大事なことかもね」
トンクスが明るくそう言い、ジニーも少し肩の力を抜いたように見えた。
「恋愛では、ジニーはジンの先輩ね。もしかしたら、ここにいる子達の誰よりも進んでるんじゃない? 他の子達は付き合っている子なんていないでしょう?」
「どうだろうなぁ。……噂は聞いたことあるけどな」
「あら、意外と情報通なのね」
トンクスは意外そうな表情を俺に向けた。俺は肩をすくめながら返事をした。
「親友の一人がな、そう言ったことに詳しんだ」
「どうせザビニでしょう? あの野次馬野郎」
ジニーはブレーズへの嫌悪を隠そうとしなかった。そのことにどこか納得をしながら苦笑いを浮かべた。
「確かにブレーズからの情報だ。しかし、随分とブレーズの事が嫌いなんだなぁ」
「お互い様よ。あいつも私のことが随分と嫌いみたいよ」
「……何も言えんな」
ジニーが少し不機嫌になるので、トンクスも少し苦笑いをしながら話を変えた。
「ジンの聞いた噂ってどんなもの?」
「大した話じゃない。去年のクリスマスパーティーに誰が誰を誘ったのかって話だ。ロナルドがフラーを誘ったとか、ポッターがチョウ・チャンを誘ったとかな。……で、二人とも振られたって話だ」
トンクスは聞いたことがあるようで笑っていた。ジニーは少し強張った表情になった。
「……確かに大した噂じゃないわね」
「だろ? 俺の噂と同レベルだ」
ジニーの言葉に肯定しながら、そう返す。ジニーの表情は変わらず強張ったままだった。それが気になったので、少し話を振った。
「……二人の噂、気に入らなかったか? そりゃ、兄の振られた噂ってのは不愉快だったよな」
ジニーはまたも驚いた顔をしてこちらを見た。それから、少し気まずそうな表情で返事をした。
「そうじゃないけど……。ロンがフラーに振られたのは、むしろいいネタだと思うわ。フラーが今はビルと付き合っているのもあって、偶には本人にも思い出してやらないといけない話だと思うしね」
何気なく言われたフラーがビルと付き合っているという話は衝撃的だった。
驚いて呆けてしまうと、トンクスが声を上げて笑った。
「ああ、ジンは知らなかった? 今はフラーはグリンゴッツ銀行で働いていて、ビルから英語を教えてもらってるのよ。二人の仲は良好よ」
「ああ、そう……。あのフラーがね……」
フラーが誰かを気に入るということにかなり驚いたが、一度見たビルがかなりの美形であったことを思い出し、少し納得した。少なくとも、ビルが容姿でフラーに引けを取らないことは知っている。
「でもお似合いか。ビルには一度会ったことがあるけど、かなりの美形だよな。フラーが気に入るのもよく分かる」
ジニーは少し顔を顰めた。
「私、フラーが姉になるのはあまり嬉しくない」
その不貞腐れた様子が可笑しく、少し笑ってしまう。
「そうか? 妹のガブリエルを溺愛してるみたいだし、案外いい姉になるんじゃないか?」
そう言うと、ジニーはこちらをジトリと睨んだ。
「……どうせあんたも、あの人の見た目が気に入ってるんだ。男って大概がそうよね」
「そういう訳じゃないが……。なんか荒れてるな。すでに一悶着あったか?」
「……別に。私はフラーと、フラーのことが好きな男達が気に食わないだけよ」
不機嫌な様子のジニーに、トンクスはクスクスと笑うだけだった。トンクスは何か心当たりはあるようだった。
フラーとジニーの間に何があったかは気になるが、無理して聞き出すほどの事ではないと思った。だから異様にフラーを嫌うジニーへ、フラーのフォローを少しして話を切り上げようと思った。
「まあ、フラーは悪い奴じゃないと思うぞ。きつい性格だが、優しい所もあるみたいだしな。現に妹を救ったポッターには随分と柔らかい態度だ」
話を切り上げるつもりの言葉だったが、それはある種の地雷だったようだ。
ジニーの表情が強張り、トンクスが「あちゃー」と言わんばかりに片手で顔を覆った。
何が地雷だったのか。そう考え、一つ思い出した。
ジニーは、ポッターへ思いを寄せていた。
三年前のバレンタインにジニーがポッターへ手紙を書いていたことは周知の事実だった。
それを思い出して、ジニーの表情が強張っていた理由もなんとなく察した。
自分の兄の恥ずかしい噂ではなく、ポッターがチョウ・チャンの事が好きだという噂が気に食わなかったのだろう。
しかし、そう考えると納得いかないこともあった。
ジニーは既にマイケル・コーナーと付き合っているという。
ポッターの事はもう過去の事、ということではないのだろうか。
俺がそう考えているのが分かったのだろう。
ジニーは今日一番の不機嫌な顔で俺を睨んだ。
「……言いたいことがあるなら、言えば?」
逃げられないなと思い、素直に白状する。
「……ポッターの事が気になっているように見えるが、それが気のせいかどうか分からなくてな。昔の話を掘り返す様で悪いが、お前がポッターに思いを寄せてたというのは周知の事実だったろ?」
ジニーは顔を赤くした。
それが怒りによるものなのか羞恥によるものなのか、俺には判断が付かなかった。
少しして、ジニーは口を開いた。口調は不思議と穏やかなものだった。
「……そうね。私はハリーの事を好きだった。でも、もう諦めたの。だからマイケル・コーナーと付き合ってるのよ。分かる?」
どこか納得しにくかったが、これ以上の深追いをする気にはならなかった。ジニーが怒り爆発一歩手前なのは見るに明らかだった。
「……そうか。すまないな、変な勘繰りをして」
そう謝ると、ジニーは爆発しそうな感情をどこに向けたらいいか分からないようだった。
少し歯を食いしばるようにして黙った後、観念したかのように呟いた。
「……こういうことを誰かに言われるって覚悟していたわ。でもいざ言われると、すごく嫌な気持ちね」
「……すまなかった」
「……あんた、何に謝ってるの?」
そうジニーに問われて一瞬固まったが、直ぐに返事をした。
「事実と反する勘繰りをされて、腹が立ったんだろ? 無神経なことを言って悪かったと思ってるよ」
そう返事をするとジニーは固まり、深々と溜息をついた。
「あんた、どこまで本気で言ってて、どこまで惚けてるのか読めないわ」
「全部本気で言ってるつもりだがな」
「だとしたら、質が悪いわ。こっちが勝手に鎌をかけられている気分になるんだから」
ジニーはそう言いながら、徐々に表情は穏やかなものになっていった。
「もう隠すのも無理そうだから言うわ。そうね、あなたが思った通り、ハリーの事はまだ好きよ。想いが完全になくなったわけじゃないの」
ジニーは俺と目を合わせないようにしながら、そう言った。
ジニーの言葉に驚きながら、俺は黙って話の続きに耳を傾けた。
「でも、ハリーはチョウが好き。どうしようもないの。だから、諦めなきゃ。その為に、マイケル・コーナーと付き合ってるようなものよ」
ジニーの話は、先程の話よりも随分と納得がいくものだった。
そして、今まで不思議に思っていたトンクスの反応にも納得がいった。
「マイケル・コーナーは、悪い人じゃないわ。本当よ。それにマイケル・コーナーと付き合うようになって、確かに私はハリーとしっかり話ができるようにもなったの。少しずつだけど、吹っ切れているの」
そう言いながら、ジニーはどこか寂しげだった。
ジニーの話を聞きながら、俺はジニーの立場を自分に置き換えて想像をしてみた。
ハーマイオニーとビクトールがあのまま付き合うようになって、それでも俺は今まで通りの態度でいられるか、という想像だ。
想像してみると随分と嫌な気持ちになり、何か別の人や物に縋ろうというジニーの気持ちはなんとなくだが理解ができた。
そして、ジニーへは同情するような気持ちになっていた。
「……気に障るようなことを言って、悪かった。そりゃ嫌だよな、俺が言ったことは」
それは心からの謝罪だった。ジニーは少し笑った。
「あんたって、本当に読めない。鋭いのか鈍いのか、さっぱりだわ」
「……それは、ブレーズに言われたことがあるなぁ」
ジニーは少し鼻で笑って、黙ってしまった。
ジニーは正直に自分の話をした。
それは隠しきれないという気持ちも確かにあったのだろうが、俺を多少は信用してくれているということだろう。
そう思うと、ジニーの秘密を握って俺の秘密を話していないこの状況がフェアではないように感じた。
だから、俺も正直に話をすることにした。
「俺の好きな人はな、ハーマイオニーだよ」
唐突の俺の告白に、ジニーとトンクスは目を見開き唖然とした。
「シリウスの言ってたことは、大体当たってる。でも自分の気持ちをちゃんと自覚したのは、去年の終わりだ。……それまでは、ぼんやりとしか分かってなかった。自分の気持ちなのにな」
驚きで固まるジニーとトンクスを置き去りに、俺は話を続けた。
「けど俺が闇の帝王に立ち向かおうって思ったのは、ハーマイオニーが好きだからって理由だけじゃない。……俺はさ、スリザリンの親友達も同じくらい大事なんだ。だから、何かあった時にはあいつらを守ってやりたい。あいつらが闇の帝王に命を狙われた時、助けられるようになりたいんだ。……俺がここにいるのは、そういう理由だよ」
そう言い切ると、しばらく三人の間に沈黙が続いた。それからポツリと、ジニーが呟いた。
「……なんで、私達にそんなことを言うの?」
「だって、フェアじゃないだろ? 俺がお前の秘密を知って、お前が俺の秘密を知らないのは」
「……フェアじゃない?」
ジニーは納得がいかないように俺の言葉を繰り返した。
そんなジニーに苦笑いを浮かべた。
「トンクスは恋バナをしようとか言ってたけど、この話の目的は俺とお前の間にある不信感を取り除く事だろ? それくらい俺でも分かる。だからフェアであることは大事なんだよ。俺だけがお前の秘密を知ってる状況じゃ、お前の俺に対する不信感はぬぐえない。……お前が俺に秘密を言ってくれたのは、多少は俺を信じてくれてるからだと思った。だから俺もそれに答えただけだよ」
ジニーはまだ納得がいかないようだった。
そんなジニーに納得がしやすいように、話をすることにした。
「取引だと思えばいい」
「……取引?」
「俺が秘密を話すのは、お前の信用を貰うための対価だ。そして、今後の関係の投資みたいなものだよ。俺もお前の秘密という担保を貰った。これで、今後の関係は良好だろ?」
ジニーは今までで一番、納得した表情になった。
「……分かったわ」
ジニーは自分なりの俺の言葉を受け止めたようだった。
そして一部始終を見て固まっているトンクスに、俺は話を振った。
「さて、結果論だが俺とジニーは互いに想い人を言うことになった。後はトンクスだけだな」
そう言うとトンクスは硬直から解けて、ケラケラと笑った。
「正直さ、あんた達がここまで話すとは思わなかったんだよね。言ったとして、お互いの好みだとかで話を濁すだけだろうって思ってた。だから私も自分の秘密を話さなくちゃならないってなると、なんだか損をした気分よ」
損をした、と言う割には楽しげだった。
「でも、確かに私だけ何も言わないのはフェアじゃないわね。……二人にだけ、教えてあげる」
そう声を潜めて、トンクスは話を始めた。
俺とジニーは自然と身を乗り出して、トンクスの話を聞きいった。
「私ね、リーマスの事が凄く気になっているわ」
「ルーピン先生のことが?」
驚きのあまりそう聞き返す。ジニーに至っては、驚きのあまり身を乗り出した姿勢で硬直していた。
トンクスは輝くような笑顔を浮かべた。
「どう? 意外だったでしょう?」
「ああ……。正直、想像してなかった……」
そう思わず呟くと、トンクスは嬉しそうに笑った。
「ジン、私があんたのことをすごく気に入ったのって、これが理由よ。あんたって、本気でリーマスの事を慕ってるでしょう? 初めて会った日にそれがすぐに分かったわ」
「ああ。尊敬できる先生で、素敵な大人だと思ってる」
「そうでしょう? あなたはリーマスが狼人間でも、そんなことを気にしないのよ。だからすごく気に入ったの」
ルーピン先生が狼人間。それを分かった上でトンクスはルーピン先生の事を気になっているのだと分かった。
それが分かった途端、トンクスの話はとても素敵な話に思えた。
「……トンクスがルーピン先生の事を、だなんて想像してなかった。けど、想像してみるとすごくお似合いだと思ったよ」
「嬉しいこと言ってくれるね」
トンクスはクスクスと笑った。
そしてようやく硬直から解けたジニーがやや興奮したように声を上げた。
「トンクス、私もお似合いだと思う。二人に、上手くいって欲しいわ!」
「ありがとう、ジニー」
トンクスは微笑むと、話を続けた。
「これで三人とも、お互いの秘密を知ったわね。今日の事は、三人の秘密よ」
お茶目にトンクスは言った。
ジニーは興奮したように頷き、俺も静かに頷き返した。
トンクスはそれを見て満足げに笑い、それから椅子の背もたれに体重を預けるように伸びをした。
「さてさて、思ったよりも随分と話し込んじゃった。そろそろ、誰かが食堂に来ちゃうかもね」
そうトンクスが言うと同時に、食堂の扉が開かれた。入ってきたのはウィーズリー夫人だった。
ウィーズリー夫人は俺達三人がいるのを見て、少し驚いた表情になった。
「あらあら、珍しい組み合わせね。一体、何の話を?」
「現役ホグワーツ生の生活の実態を聞いてたのよ、モリ―。中々に面白かったわ」
トンクスはそうケロリと言い、こっそりと俺とジニーにウィンクをした。
ウィーズリー夫人は俺とジニーが同じ席に着いて話をしていたことにまだ驚きながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「そう。話も一段落したのなら、誰か夕食の準備を手伝ってもらえるかしら? ……ああ、でも、話し込んでいるなら、まだ楽しんでていいわ。ほら、エトウ君と交流を深める、いい機会だと思うの」
ウィーズリー夫人は夕食の手伝いお願いしたが、トンクスが張り切りだした様子を見てすぐに後悔したようだった。トンクスは嬉しそうに立ち上がって、座っていた椅子を倒していた。このままトンクスが夕食の準備を手伝えば、食器がいくつか駄目になりそうだった。
その様子に苦笑いをしながら、俺は立ち上がってトンクスを抑えた。
「俺が手伝いますよ。トンクス、今日は話に誘ってくれてありがとう。楽しかったよ。お礼代わりに休んでてくれよ」
そう言ってトンクスが何か言う前にウィーズリー夫人の方へ進み出て、夕食の準備をする為に奥のキッチンへと移動をした。
ウィーズリー夫人のホッとした顔を見て可笑しく思いながら、明るい気持ちで夕食の準備を始めた。
俺はトンクスの事を信用するようになっていた。そして、ジニーの事も信用できるようになっていた。
騎士団本部での生活が、思っていたよりも充実したものになりそうだと思えたのだ。
ジンがモリ―と夕食の準備の為にキッチンへ消えた後、食堂に残ったトンクスはジニーに再び話かけた。
「どうだった、ジニー? ジンの苦手意識、なくなったでしょう?」
「……そうね」
ジニーはトンクスの質問に頷いてみせた。
今回の会話で、ジニーはジンの事を信用できると思い始めていた。
話している時、ジニーはジンからの気遣いを感じたから。ジンが真面目で優しい人だと分かるには、十分だった。
そして、不器用な一面も感じたから。自分の気持ちを伝えたり表現したりするのが下手で、傍から見たら突拍子もない行動に出る人だと分かった。
それが分かれば、ジニーが引っ掛かっていた三年前の出来事は水に流すことが出来た。
ジンはハーマイオニーが好きだということを言う必要はなかった。
それなのにその秘密を明かしたのは、彼が真面目で不器用だからだろう。
あれには正直、ジニーは度肝を抜かれた。
一つ不思議なのは、トンクスがどこまで計算をして今回の話を始めたのかだった。
そう疑問に思って、ジニーはトンクスに質問をぶつけた。
「トンクス。こうなることが分かって、エトウと恋バナをしようだなんて言ったの?」
「いや、さっきも言ったけど、正直こんなことになるだなんて思いもしなかったわ」
ジニーの質問に、トンクスは明るく言い切った。
「ジンが良い奴だっていうのは、ジンがハーマイオニーの為に体を張ったって話ができれば十分だと思ってただけよ。まさか、こんなことになるだなんてね」
トンクスはクスクスと笑いながらそう言った。
ジニーは少し腑に落ちず、顔を顰めた。そんなジニーの様子を、トンクスは可笑しそうに笑った。
「でも、結果的に良かったじゃない。ジンの印象、変わったんじゃない?」
ジニーはトンクスの言葉に肩をすくめた。
トンクスの言う通りジニーの中でジンの印象はだいぶ変わった。
フレッドとジョージが話の分かる奴だというのも、少し分かった。ハーマイオニーが気に入るのも、分かった。シリウスやトンクスがいい奴だと言うのも、よく分かった。
そして同時に確信したこともあった。
「トンクス。エトウはロンと絶対にうまくいかないわよ」
ジンと同じくらい不器用な兄を思い浮かべて、新たに生まれた悩みの種を吐き出した。