校長室に用意された椅子に座り、ダンブルドア先生と向かい合う。
ダンブルドア先生は穏やかに微笑んでいた。
「よく来てくれた。待っておったよ」
そう言い、ダンブルドア先生は俺を歓迎してくれた。
俺が椅子に座るのを見届けてから、ダンブルドア先生は話を切り出した。
「わしの考えが正しければ、君の聞きたいことというのは多岐にわたる。最終試合のあったあの日に、一体何があったのか。君の身に何が起きたのか。そして、これからどうなっていくのか」
俺は頷いてその言葉に肯定した。
「まずは最終試合の日に何があったか、それを話そう。君がクラウチから聞いた通り、ハリーはヴォルデモートの元へと運ばれた。クラウチは優勝杯をポートキーへと細工し、行先をヴォルデモートが復活するための場所へと変えたのじゃ。そしてヴォルデモートはハリーの血を使い、古き闇の魔術にて、昔と同じ力を取り戻した。今や、ヴォルデモートの復活はかつて彼を支持した者全員に知れ渡っておる」
「……元死喰い人は、全員知っているということですか?」
「左様。そうじゃ、ルシウス・マルフォイも知っておる」
ダンブルドア先生は俺が気にすること全てを把握しているようだった。
「ハリーの話では、ヴォルデモートが復活した時に死喰い人と呼ばれておった者達のほとんどがその場に集まったそうじゃ。ルシウス・マルフォイも、そこにおった」
「……では、カルカロフ校長と、その、スネイプ先生も?」
ダンブルドア先生は俺の質問に少しだけ固まった。それからため息を吐いて、質問に答えてくれた。
「カルカロフは招集には応じず、逃げ出したようじゃ。今も尚、逃走をしておろう。そしてスネイプ先生じゃが、彼もまた招集には応じなかった。彼はわしの指示で、招集がかけられてから数時間も後にヴォルデモートの元へと赴いた。スパイとしてのう」
この話はかなり衝撃的だった。
「……スネイプ先生は、生きています」
「おお、生きておる。彼は見事に仕事をやり遂げたのじゃ」
信じられないという俺の気持ちを、ダンブルドア先生はサラリと流した。
ダンブルドア先生にとっては、あまり話したくない話題なのかもしれない。
「さて、話を戻そう。問題はヴォルデモートの手下と言える者達は彼の者の復活を確信しておるのに対し、魔法省はその事実を受け入れられずにいる事じゃ。我々は、ヴォルデモートへ対抗するための第一歩が未だ踏み出せておらぬ。すなわち、団結ができておらぬのじゃ」
道理で、と思った。
ヴォルデモートの復活があまりに話題にならな過ぎたのだ。新聞にすら載っていなかった。
厳格な情報統制がなされているとしか思えなかった。
何のために、と思っていたが、何のことはない。隠蔽だったのだ。
ダンブルドア先生は少し疲れた表情をしていた。
「現魔法大臣であるコーネリウス・ファッジは、己の保身の為にヴォルデモートの復活が嘘であると決めつけておる。真実から目を背けておる。世間がヴォルデモートの復活を信じない状況は実に奴にとって都合がよい。可能な限り、この状況を維持するはずじゃ。……たとえ我が子でもまだこの事を話してはおらんじゃろう。今現在、この事実を知っておるのは、ほんの限られた者達のみとなっておる」
ドラコ達はヴォルデモートの復活を知らない。そのことをダンブル先生が保証してくれた。
「これから、わしはホグワーツにいる全ての者にヴォルデモートの復活を伝える。酷く困難な時を迎えることを、そして、団結しなくてはならぬことを伝える。寮を越え、学校を越え、全ての者が団結をせねばならぬのじゃ」
それがとても難しい事なのは、言葉にしなくても分かった。
ダンブルドア先生も、そう簡単にできる事ではないと確信しているようだった。ため息の様なものが、ダンブルドア先生の口から洩れた。
少しの沈黙があった。
それから気を取り直したようにダンブルドア先生が再び口を開いた。
「さて、続いて、君の身に何が起きたかを詳しく話さねばなるまいな」
口調はやや重く、先程よりも心なしか話しにくそうであった。
ダンブルドア先生はこちらに手を差し出した。
「君に渡した、指輪を見せておくれ」
俺は大人しく指輪をしている左手を差し出した。
指輪から走るようにできた傷は、治らなかった。未だに傷跡として指輪の付け根から左腕まで走っている。
ダンブルドア先生は俺の手を取り、傷跡をじっくりと見つめ、悲しそうな声で話の続きを切り出した。
「君には何と言えばよいのか……。この傷は、治ることはないじゃろう」
「……もう痛みもありません。大したことありませんよ、こんな傷」
事実、痛みが走ることは一切なかった。傷跡が少し気になる程度で、実生活には全く影響はなかった。
そんな俺の態度も、ダンブルドア先生は悲しそうにした。
「君は察しておろう。死の呪文が跳ね返ったことを。そして、その理由がこの指輪にあることを」
俺は黙ってうなずいた。
「わしは、この指輪をただの翻訳のための道具だと君に思わせた。……そうすることが、君がこの指輪を外さないでいるのに最も確実な方法であると思ったからじゃ」
「その通りです、先生。事実、俺は翻訳の機能を試して、それが本物であると確信してからは一度も外してはいません。……ゴードンさんから聞きました。この指輪は、両親の形見であると。ただ正直、両親の形見だとだけ言われて渡されても、肌身離さずつけていることはなかったでしょう」
ダンブルドア先生は悲しそうに微笑んだ。
「両親の遺品であると伝えなかったわしを、慰めようとしてくれているのかな? ありがとう。しかし、その件についてわしは責められてしかるべきじゃ。両親の遺品であることを伝えずにおったのは、その情報から君が指輪に隠された秘密をたどることがないようにするためじゃった。……君がその指輪にかけられた魔法と、その意味を読みとるのを避けたかった」
ジッと指輪を見る。この指輪に、何か大きな秘密が隠されているようだった。
反対呪文が存在しないはずの死の呪文を跳ね返すほど、大きな秘密が。
「その指輪には二つの魔法がかけられておる。一つは、死の呪文の反対呪文。愛の加護がかかっておる。君のお母上がかけた魔法じゃ。そしてもう一つ。これは信じがたい事じゃろうが、その指輪には最も邪悪とも言える闇の魔法がかけられておる。……その指輪には、君のお父上の魂が封じ込まれておる」
「……父の魂?」
「左様。そのような魔法を分霊箱と呼ぶ」
分霊箱。聞いたことのない魔法だった。そしてダンブルドア先生の話し方から、それが禁忌すべきものであるのはなんとなく察しがいった。
「最終試合の時、君の身に何が起きたのか。それを説明するには、君のご両親の死について事細かな説明が必要じゃ。去年にわしがした話は覚えておろう? 君のご両親が聞いた二つの予言のことじゃ」
『東洋の男がこの地で最も大切な者を失った時、彼の者は闇の帝王への大きな障害となろう。彼の者の死をもって、闇の帝王の野望は妨げられる』
『東洋の男が、闇の帝王の後を追う。闇の帝王と同じ道をたどり、選ぶこととなろう。彼の者が闇の帝王となるか、自分となるか。どちらを選べど道は同じ。だが、終わりは違う』
「君のご両親はこの二つの予言を自分のものとして終わらせようと尽力なさった。最初の予言を聞き、君のご両親は死を覚悟した。そして二つ目の予言を聞いて、君のお父上はヴォルデモートの後を追うことを決意し、実行しておった。……そして君のお父上は、ヴォルデモートが分霊箱を作ったと確信し、それを作ることでヴォルデモートと同じ道をたどろうと試みたのじゃ」
「分霊箱を作る……」
「そう、分霊箱を作る。分霊箱の作り方は複雑で困難を極める。そして分霊箱を作る上で最も重要なことは、殺人による魂の分裂じゃ。……ああ、察しておろう。君のお父上は、君のお母上をその手で殺し、指輪を分霊箱とした。そしてお母上は、死ぬ間際にお父上の魂へ強い魔法をかけた。それがその指輪の正体じゃ。愛の加護を持った分霊箱。……わしはこの事を奇跡としか表現できぬ。相反する二つの魔法が一つの指輪に存在した。この指輪は間違いなく、この世で唯一無二のものとなったのじゃ」
新しく、衝撃的な情報が多く困惑してしまった。
だが同時に、多くの謎が解かれていた。
「この指輪には、父親の魂が入っている……。……その……こんなことを聞くのは変かもしれませんが、そんな指輪をしていて、俺には何の影響もないんですか?」
ダンブルドア先生は少し眉を上げた。
「おお、良い質問じゃ。分霊箱を身に付けることは本来、危険なことではある。君は期せずして同じような状況にあった子を知っておる。ジニー・ウィーズリーじゃ。トム・リドルの日記はヴォルデモートの分霊箱じゃった」
「……それでは、俺は、父親の魂に乗っ取られかけていると?」
「誤解を生むような言い方をしてしまったのう。断言しよう。君のお父上の魂が、君を乗っ取ることはない。大きな理由が二つある」
俺の心配は即座に否定された。
「……わしが奇跡だと思ったのは、指輪の事だけではない。君にとてつもない闇の魔術の才能が備わったことも、奇跡の一つじゃ。わしは今までずっと、指輪をつけた君を見てきた。君は分霊箱による悪影響を一切受ける事はなかった。さらに君は極めて短い間だが、トム・リドルの日記を所持し使用しておったが、ジニー・ウィーズリー程の影響は受けなかった。分霊箱によってジニー・ウィーズリーの様に意識を取られることもないじゃろう。君は闇の魔術の才能によって、本能的に闇の魔術へ抵抗する術を分かっているようじゃ。君はその才能を持っている故に、ご両親の遺品である分霊箱を身に付けても何の問題もなく過ごすことが出来るのじゃ」
納得がいくような、いかないような。そんな気持ちだった。
俺の不満に、ダンブルドア先生はすぐさま気が付いた。
「君がお父上の魂に乗っ取られることはない理由は二つと言ったのう。もう一つの理由を話そう。……その分霊箱は、不完全なものじゃ」
「分霊箱が不完全?」
「左様。ここからはわしの推測じゃが、恐らく間違ってはおらんじゃろう。分霊箱によって分裂させた魂を元に戻す方法がある。それは良心の呵責じゃ。君のお父上は、お母上を殺すことで分霊箱を作ろうとした。しかし、全くの良心の呵責なしに成し遂げることは出来なかったのじゃろう。指輪に収まっているお父上の魂は不完全で、明確な意志はなく、残った記憶も断片的なものじゃ。……それも、最もつらい記憶の断片じゃ。見たことはないかね? 君のお父上が、お母上を手にかける瞬間の記憶じゃ」
それは吸魂鬼に襲われた時に俺が見たもので間違いないだろう。
そしてそれは、ダンブルドア先生も見たことがあるようだった。
「部分的にではありますが、見えたことがあります。吸魂鬼に襲われた時です。見知らぬ女性を手にかける光景が目の前に広がりました。……恐らく、それが父の記憶なんでしょうね。しかし、それではダンブルドア先生も見たことがあるのですね? この指輪に封じられた父の記憶の断片を」
「あるとも。その時の記憶も、君のお父上がお母上を手にかける瞬間に何を思っていたかも、わしはその指輪を通して経験しておる。見たことがあるというのなら、君も断片的にでも感じたことじゃろう。お父上がお母上を殺すときに感じた、悲しみと絶望、そして、深い愛情を。その記憶は良心の呵責による苦痛に満ちておった」
吸魂鬼に襲われた時、俺は見知らぬ女性、つまり俺の母だが、を殺す記憶を見た時、吐き気にも似た不快感があった。あれが父が母を殺す時に感じた感情の断片だとするなら、相当に酷い思いをしたのだと推測できる。
「使い方によっては、君はそのお父上の辛い記憶を明確に読み取ることが出来る。そして他者に共有することも出来よう。その時の光景と、お父上の感情を、指輪から引き出すことが出来るのだ。いずれその方法も教えよう」
ダンブルドア先生はそう言うと、椅子に座り直し、深いため息を吐いた。
「指輪はお母上の愛の加護とお父上の魂が込められておる。しかし、悲しき事か、それとも当然の事か、お父上の魂は不完全なもの。……お父上の魂は、君を自分の息子だと分かっておるかは不明じゃ。じゃが、何かしらの、共鳴に近いことが起きておるのは確かじゃ」
「……共鳴」
「そうじゃ。それは恐らく、君にしか起きぬ現象じゃ。そしてそれこそ、最終試合のあの日に君の身に起きたことなのじゃ」
ダンブルドア先生の話は、俺の身に何が起きたかの核心に迫っていた。
「お母上の愛の加護は、君のお父上の魂へとかけられておった。そして愛の加護がなすのは、完全な闇の存在からその身を護る事、そして、死の呪文の反対呪文となる事。……君に当たった死の呪文は、君のお父上の魂にかけられた愛の加護によって跳ね返された。その現象は、息子である君が指輪をしていたからこそ起きたことじゃ」
指輪を改めて見る。そして、そこから走るようにできた傷跡も。
成程。この傷は死の呪文を跳ね返した時にできたもの。ポッターの額にある傷と同じようなものだろう。
死を回避した代償としては安いものだと感じた。
しかしダンブルドア先生は、傷ができたことを深く悲しんでいるようだった。
「その傷は、いわばお母上の愛の加護によってできた傷じゃ。お母上の魔法が君の命を取り留めたのは確かじゃ。しかし、同時に治らぬ傷も残してしまった。……魂だけとなったお父上を守るためのお母上の愛が、息子である君を傷つける。できれば、そのようなことはさせたくはなかった」
ダンブルドア先生は、魔法だけとなった母と魂だけとなった父を気にかけているのだろう。
「命を救われたんです。傷を負ったくらい、きっと母も気にしませんよ」
俺がそう言うと、ダンブルドア先生は優しく悲しそうに微笑むだけだった。
俺はダンブルドア先生に質問を投げかけた。
「気になったので、質問をさせて欲しいのですが……」
「おお、何なりと」
「俺はこの指輪をつけている限り、死の呪文を受けないと思ってよいのでしょうか? また同じようなことが起きた時、死の呪文を術者に跳ね返すことが出来ると、そう思ってよいでしょうか?」
ダンブルドア先生は困ったような表情になった。
「その可能性は高い。しかし、確実ではない。……一度、死の呪文から君を守っておる。愛の加護は十分に残っておるが、果たしてどこまで力を残しておるかは見当がつかぬ。そして君の身が持つかどうかは、まだはっきりとはせぬ。まさかとは思うが、自分には死の呪文が効かないなどという無謀な考えは持たぬ方が賢明じゃ」
ダンブルドア先生が俺の手の傷を見ているのが分かった。
深い切り傷で終わったそれが、次はどのような傷になるのかと心配しているのだろう。
「元来、お母上の愛の加護はお父上の魂にかかっておる。お父上の魂が息子である君の魂に共鳴に近いものがなされ、お母上の愛の加護は君にまで及んでおるのじゃ。お母上の愛の加護は確かに君を守っておるが、時にそれが君を傷つけてしまうこともありうる」
愛の加護が俺を傷つける場合とは、どのような場合か。
想像し、思い当たる。
俺の表情見て、ダンブルドア先生は深く頷いた。
「……君に忠告せねばならぬな。愛の加護は、死の呪文の反対呪文であるだけではない。完全な闇の存在から身を護る効果もある。もし君が闇の帝王となった時、君は指輪の力で滅ぶこととなろう。お母上の愛の加護が、君を滅ぼすこととなる」
きっとダンブルドア先生は、この事実を俺に伝えるべきかどうか悩んでいたのだと思う。
俺が闇の帝王となれば、母の魔法で俺は死ぬ。そうなってしまえば、救いのない話だと思った。
ダンブルドア先生はこの事実を、俺にとって受け止めがたい事実だと思っていたようだ。
俺はそんなダンブルドア先生に笑いかけた。
「教えてもらえてよかったですよ。俺が闇の帝王になれば死ぬ。元々、なる気はないんだ。丁度いいじゃないですか」
俺の返事にダンブルドア先生は目を丸くさせ、それから微笑んだ。
「君は強い子じゃ。その強さがこれから多くの人を救っていくと、わしは信じておるよ」
少し大げさな表現に感じ、思わず苦笑いをする。
それから少しして、ダンブルドア先生は最後の話題に入った。
「最終試合のあの日に起きたこと、そして君の身に起きたことについて、わしはできる限りの説明を君にした。……最後に、これからのことについて、話をせねばならぬな」
これからどうしていくべきか。
この話をする覚悟をするために、俺に時間を与えたのだと思っている。
「君はとても複雑な立場におる。ヴォルデモートは少なからず君の存在を注視する事になろう。君はヴォルデモートにとって、自身の不死性をより確実にするための素材でもある。そして、有力な人材でもある。これから、君に対して手下となるよう何らかの働きかけが来るであろう。だが、一度君の予言の内容が知られれば、君はヴォルデモートにとって立場を危ぶむ存在となる。君はヴォルデモートにとって真っ先に滅ぼすべき人間の一人となろう。今後君は、予言の内容をヴォルデモートに知られないように注意をせねばならぬ。その為に、予言の内容は誰にも話してはならぬ」
それは既に心得ていることだった。頷いて了承の意を示す。
ダンブルドア先生は満足げに頷き、話を続ける。
「そして君に自覚をして欲しいのじゃが、君はヴォルデモートにとって脅威となる存在になれる。お母上の愛の加護。それはヴォルデモートを滅ぼしうる効果がある。指輪をした君がヴォルデモートに触れることで、ヴォルデモートはとてつもない苦痛に襲われることとなろう。だがこの事も、誰にも知られてはならぬ」
自分がヴォルデモートに対する有効打となる。それは驚きの事実であった。
そして、それは誰にも明かせぬのだという。
「……誰にも、言ってはいけないのですか?」
「そう、誰にもじゃ。わし以外の誰にも。予言の事も、君の指輪の魔法の事も」
ダンブルドア先生にはなにか考えがあるのだろう。
俺は深くは問わず、頷いてそのまま了解の意を示した。
ダンブルドア先生はそれに満足げに頷いた。
そして、とても真剣な表情になり、重々しく口を開いた。
「さて、君は闇の帝王になり得る上に、ヴォルデモートにとっての不死の素材でもあり、有望な闇の魔法使いにもなれるし、果てにはヴォルデモートへの強力な対抗手段でもある。そんな君にしか頼めぬことも多くある。君が了承してくれるなら、わしは君にこれから多くの事を指示するじゃろう。ヴォルデモートを滅ぼすために重要な仕事を、君にはこなしてもらわねばならぬ。……君にヴォルデモートに立ち向かう勇気があるならば」
ダンブルドア先生は、真っ直ぐと俺を見つめていた。
「君に問わねばならぬことがある。君は予言にある通り、とても困難な未来が待ち受けておる。闇の帝王となるか君自身となるか。その選択を迫られる時がこよう。だが、その選択をするその日まで、君はヴォルデモートに立ち向かう覚悟はあるかね? 死ぬかもしれぬ。酷い苦しみと恐怖に襲われるかもしれぬ。だが、それも乗り越え、いつの日かヴォルデモートを滅ぼすその日まで、君は戦い続けると誓えるかね? ……何があっても、じゃ」
ダンブルドア先生はそう、俺に問いかけた。
俺はダンブルドア先生を真っ直ぐ見つめ返しながら、返事をした。
「……正直にお答えします。何があっても、と言うのであれば難しいです」
ダンブルドア先生は何も言わず俺の話の続きを待った。
「ここ数年に何度も命の危機にさらされて、自分が死ぬ間際にどんな行動をとる人間なのか、よく知っているつもりです。俺は親しくもない人の為に命を張れるほど高尚な人間ではない。二年生の時、俺はジニー・ウィーズリーを殺しかけました。三年生の時、俺はシリウス・ブラックを見捨てようとした。……人の命を軽く見ているつもりはないんです。できることなら、俺は人の為に命を張れる人間になりたいって思っているんです。……でも、きっと難しい。そんな俺が、何があってもヴォルデモートに立ち向かい続けられるとは思っていません」
ダンブルドア先生の期待に応えられないかもしれない。
それでも、俺の答えは変わらない。
「こんな俺ですが、ヴォルデモートに立ち向かう覚悟はあります。立ち向かうだけの理由があるんです。……ここ数日を大事な友人達と過ごしました。それがすごく幸せだったんです。そして思いました。この日常を守る為なら、大事な友人達がこの日常を送れるのなら、俺は命をかけられると。俺がヴォルデモートに立ち向かうのは、俺の大事な人達との幸せな時間を守りたいからです」
そう、大事な人達との時間を守りたいから戦うのだ。
ヴォルデモートを滅ぼさねば、それが手に入らぬものだと分かっているから戦うのだ。
「ハーマイオニーが大事です。命に代えても、彼女を守りたいんです。ヴォルデモートが世界を支配したら、マグル生まれの彼女は真っ先に殺されるでしょう。だから、俺がヴォルデモートを支持するなんてことはありえない。他にもネビル、フレッドやジョージ、ハグリッド……。きっと、ヴォルデモートに立ち向かわなくては守れない人達がたくさんいます」
しかし、俺の大事な人達はそれだけではない。
「でも、俺の大事な人達の中には、ヴォルデモート側につくであろう人間もいます。ドラコは、死喰い人を父に持つ。パンジーは、マグル生まれの追放を主張する親を持つ。ブレーズ、ダフネ、アストリア。彼らの家族が生きていくには、ヴォルデモートの傘下に加わらなければならない時が来るでしょう。きっと、その未来は避けられない」
だが、彼らが俺の大事な人達であることには変わりない。
「それでも、俺は彼らを守りたいんです。彼らがヴォルデモートに協力することになっても、俺に杖を向ける事になっても、俺は彼らを守りたいんです」
俺の言うことは青臭く、わがままで、大義に反することだろう。
だが、これが俺の本心だ。偽りのない、心からの言葉だ。
「俺は俺の大事な人達の為に、ヴォルデモートに立ち向かいます。俺にできることは、何でもします、でも、すみません。もし、俺の大事な人達を犠牲にすることになれば、俺はきっと折れてしまう。立ち向かえない。……それだけはどうか、分かって欲しいのです」
ヴォルデモートに立ち向かいながらも、スリザリンの親友達を守る。
それがどれだけ難しい事かなんて、想像もつかない。
それでも、俺にはスリザリンの親友達を切り捨てることなんてできないのだ。
それこそ、何があっても、だ。
ダンブルドア先生は俺の答えを聞いて、しばらく黙ったままだった。
目を閉じ、じっくりと考え込むようにして。
そして、おもむろに目を開けると話を始めた。
「君はわしが思うてた以上に強い子じゃった。そして君自身が思っている以上に、君は強い」
ダンブルドア先生は、微笑んでいた。
「君の答えは、わしの期待以上のものじゃ。君の答えを聞いて、わしは確信した。君は何があっても、ヴォルデモートに立ち向かい続けられると。君は分かっておるのじゃ。大事な人達を守るには、ヴォルデモートを滅ぼさねばならないということを。そして君は、その為に命を懸ける覚悟がある」
ダンブルドア先生は嬉しそうだった。
俺の答えが、ダンブルドア先生にとっては望んだもの以上の答えだったようだ。
「それさえ分かればよい。わしは君に多くの仕事を頼みたい。ヴォルデモートを滅ぼすために。どうか、協力をして欲しい」
「勿論。全力を尽くします」
俺の返事に、ダンブルドア先生は微笑みながら頷いた。
しかしすぐに、気の毒そうな表情になった。
「君は、君の大事な人達の為に戦うという強い意志がある。しかし、これからその大事な人達とは、袂を分かつことになろう。……わしは、ヴォルデモートの復活をホグワーツにいる全員に伝える。そうなれば、ヴォルデモートに立ち向かう君は、大事な人達と一緒に過ごすこともままならぬ。……辛い時間が、続くじゃろう」
「ええ……。正直、あいつらと対立するのが一番辛い」
「君は、話せるならば全てを話したいじゃろう。しかし話せることは、正直に言うとほとんどない。君は大事な人達に多くの秘密を持つこととなる。時にはそれが不和の理由ともなろう。だが、どうか約束しておくれ。わしが話しても良いと言ったこと以外、誰に伝えはせぬと」
「……ええ、約束します」
秘密を持つことは辛い。だが、それが親友達を守るためにつながるのであれば、きっと堪えられる。
そんな俺にダンブルドア先生は優しく言った。
「ありがとう。それでは、君の秘密の一部を大事な人達に話すことを許そう。君の闇の魔術の才能について、そして、それがヴォルデモートの復活の材料となること、目を付けられる理由になっておる事。これは、君の大事な人達に話しても良い。勿論、おおっぴろげに言うのは感心せん。しかし、これらの事はヴォルデモートがすでに知っておることじゃ。君は何も気にせず、君の大事な人達にこの事を話すとよい」
闇の魔術の才能について。
思えば、俺はこうした秘密を一つも親友達に話してこなかった。
やっとこの事について話せるというのは、嬉しくもあり、怖くもあった。
「……いざ話していいと言われると、少し怖いですね」
俺の言葉に、ダンブルドア先生は可笑しそうに笑った。
「おお、そうじゃな。秘密というものは実に厄介じゃ。食べる前の百味ビーンズの様にロマンと魅力にあふれておるのに、いざ口にしたら大抵が苦い味。それでも口にせずにはいられない」
そんなダンブルドア先生のおどけた調子に、思わず笑う。
気が楽になるのが分かった。
ダンブルドア先生は優しく笑いながら俺に声をかけた。
「君は優しく、誠実で、真っ直ぐな子じゃ。そんな君だからこそ、君の大事な人達は君の言葉には必ず耳を傾けてくれる。そして何があっても、心の底では君を信じてくれる。だから、君も信じてあげなさい。彼らがなんと言おうと、何をしようと、君だけは、彼らを信じてあげなさい。彼らという人間を、彼らとの友情を」
俺は厳しく、辛い思いをする。それは避けようのない未来だ。
だが、その先に大事な人達と笑っていられる未来があるなら、何にだって耐えられる。
ハーマイオニー達とも、ドラコ達とも、笑っていられる未来。
どちらかだけでは駄目なのだ。
どれらもないと駄目なのだ。
俺の幸せのためには、彼らは必要不可欠なのだ。
この日から、俺の長く続く戦いが始まった。
感想や評価をくださった皆様、本当にありがとうございます。
とても励みになります。
炎のゴブレット編も次回で終了です。