迷路の中に佇んだムーディ先生を睨みつける。
デラクールは怯えたように震え後ずさり、足元に転がっている気絶して縛られているクラムに躓いた。
ムーディ先生は満足そうに笑った。
「見事なものだ。優勝杯が罠だと、よく気が付いたな。……いや、わしのミスだな。証拠を残しすぎた。打つ手が強引すぎたか?」
デラクールはムーディ先生の言葉を聞いて、体を震わせた。しかしそれは恐怖ではなく、怒りによるものだった。
「あなーた……よくも呪いを……」
そう言い、デラクールは杖をムーディ先生に向ける。ムーディ先生は煩わしそうにした。
「……そうだな。呪いをかけたのは間違いだった。こうなるなら、最初から殺すべきだったな」
そう言ってムーディ先生は杖をデラクールに向けた。
とっさにデラクールを引っ張る。緑色の閃光が、デラクールのいたところを通り抜けていった。
本気で殺す気だ。
それが分かった瞬間、全身に冷や汗が湧く。杖をムーディ先生に向ける。
「エクスパルソ(爆破)!」
ムーディ先生と俺達の間に爆発が起きる。煙で視界が遮られた瞬間、デラクールを掴んで指示を出す。
「走れ! クラムを連れて逃げるぞ!」
デラクールは一瞬固まったが、直ぐに走り出した。デラクールは足元のクラムを魔法で浮かせ、浮いたクラムを連れて走り出した。
「プロテゴ(守れ)!」
俺も、盾の呪文を展開させながらデラクールを追って逃げる。紫色の閃光が飛来し、盾の呪文に当たってそれた。
何度か盾の呪文を張り直し、その度に呪いが盾の呪文を砕いていく。
デラクールと共に通路の角を曲がり、何とかムーディ先生の視界から抜け出す。
デラクールに走りながら指示をする。
「どこか遠くで、クラムの呪いを解いてやってくれ。それから、外にも連絡を……。いや、くそ……赤い火花はあいつに場所を教えるようなものだ……」
「……わたーしも、戦います」
「無理だ。さっきだって死にかけただろうが」
意気込むデラクールを抑え込む。
「あなーたなら死なないとも? 傲慢でーす! 私だって、死にません!」
「俺は死なない! アイツは俺を殺さずに、何か別の事に使いたいからだ! でもお前は違う! あいつはお前とクラムを、殺す気なんだ!」
反論しようにも言葉が出ないデラクールに、畳みかけるように声をかける。
「あいつと対峙できるのは俺だけだ! 殺す気のない、俺だけだ! お前は、クラムの呪いを解いて、ポッターを追えよ! あいつに優勝させたら駄目なんだ! 分からんが、優勝すると何かが起きる!」
デラクールは悔しそうにした。しかし、指示には従うようだった。
ここで再び、ムーディ先生が現れた。義足にしては足が速い。
「行けよ! 頼むから!」
デラクールはムーディ先生を見て、確かに怯えた表情をした。
そして、クラムを引っ張り通路の角を曲がって姿を消した。
通路に残った俺は、ムーディ先生と対峙する。
ムーディ先生は楽し気にしていた。
「いいぞ、エトウ。期待以上だ。追い詰められた状況下で、よく頭を動かしている。大局も見えているな。デラクールに出した指示も的確と言えよう」
「いつまで教師面してんだよ。……あんた、いつから闇の帝王についてたんだ? 死喰い人を何人も捕まえた闇払いなんだろ? 何でそんな人が、闇の帝王の味方をしてるんだよ」
俺の罵倒にも、ムーディ先生は涼しげな表情だった。
「なに、この姿も終わりだと思うと、不思議と名残惜しくてな。……ほぼ一年だ。一年も、俺はこうして姿を偽った。……癖になっているのだろうな、このしゃべり方も」
ムーディ先生は上機嫌だった。そして、話している内容も何やら倒錯的になっていた。
ムーディ先生はすぐには俺を襲う気はないらしい。時間を少しでも稼ぐため、俺は杖を構え警戒をしながら話を続けた。
「……教師が仮の姿って、ことか?」
ムーディ先生は可笑しそうに笑った。
「ああ、違う、そうじゃない。いや、それだけではない、か? 偽っていたのは教師という立場だけではない。……アラスター・ムーディという人間そのものを偽っていたんだ」
「人間を偽る……。それじゃあお前は、ムーディ先生ではなく、別の誰かっていうのか?」
「ああ、そうだ。……もう隠す必要はない。ここに、用はないからな。ポリジュース薬の効果がなくなるまで、あと少しだ。折角だ、姿を見せてやろう」
目の前の人物は、ムーディ先生ではない。
そんな衝撃的な告白をされて、一瞬呆ける。
しかし、同時に何か不自然だという気持ちがどんどん大きくなる。ムーディ先生の言葉に何かが引っ掛かる。
だが、それを確かめるよりも時間稼ぎを優先した。
「……なるほど。なら、納得した。聞いていたムーディ先生の人物像では、闇の帝王に加担するくらいなら自害しそうだと思ってたところだ」
「理解が早いな。本当に冷静だ。……まるで、自分が死なないと思っているようだ」
油断をしていたわけではなかった。杖を構え、目をそらすことなど決してしていなかった。
だが、それでも何もできなかった。
ムーディ先生に化けた黒幕が杖を振るい、次の瞬間、地面にたたきつけられていた。
そして態勢を変える間もなく、酷い痛みが全身を襲った。
たまらず絶叫を上げる。
ムーディ先生の笑い声が聞こえた。
「愚かだな。お前が生きているのは、俺の気まぐれだ。……そうだ、お前の推理通り、俺はお前を殺す気はなかった。場合によってはな。でも、今はもういいんだ。お前を殺そうが、殺すまいが、どちらでもいいんだ。……お前次第だ、エトウ。生きるか死ぬかは、お前の態度次第だ」
いたぶられている。そして、場合によっては本気で殺す気だ。
それが分かると、震えが止まらなくなる。急に逃げ出したくなった。
それが見透かされたのだろう。あざけるような笑い声がした。
「ああ、所詮はガキだな。命の保障がなくなった途端、急に怖くなったか? ……大丈夫だ、まだ殺さん。お前に聞きたいことがあるからなぁ」
そう言うと、杖を弾き飛ばされ、魔法で無理やり立たされた。ムーディ先生は獰猛な笑みを浮かべていた。
「さあ、質問に答えてもらおう。……お前は闇の帝王にその素質を認められたと言ったな。ああ、ダンブルドアも認めていた。だというのに、お前はそれを使いもしない。何故だ? なぜ使わない?」
熱に浮かされたように、そして危険な雰囲気をまとわせながらムーディ先生は俺に質問をする。
答えに詰まると、すぐさま全身を痛みが貫いた。叫び声をあげる。
「答えろよ、ガキ。言っただろう? お前を殺すのは簡単だ。質問に答えないのなら、殺したっていいんだ」
脅しに体が震える。それでも、妙に頭は動いていた。
痛みに震えた声で、返事をする。
「……使いたくないからだ。……俺は闇の帝王になんて、なりたくないからだ」
俺の答えに、ムーディ先生はご満喫だった。
「そう、それだよ! お前は疑ってもいない。自分が闇の帝王になれるとな。そしてあろうことかダンブルドアもだ! お前らは、何故そう思える? 傲慢にも、愚かにも、この俺に捕まり殺されそうになっているお前が、何故闇の帝王になれると思っている? ……お前には、何があるんだ?」
この男が、何を知りたいか分かった気がした。
この男は闇の帝王に心酔している。そして恐らくだが、憧れている。闇の帝王の様になりたいと思っている。
だから闇の帝王になり得ると評された俺が気になって仕方ないのだ。
どうすれば自分が闇の帝王に近づけるか、知りたいのだ。
そしてこの男は、俺の予言の事を知らない。ダンブルドア先生は、ムーディ先生に化けていたこいつにも話していない。ならば俺は予言の事は決して話すべきではないのだ。
「……闇の魔術の才能だ。ダンブルドア先生から聞いただろう? 俺からも話したはずだ。闇の帝王が復活のために使いたいほど、俺には闇の魔術の才能がある」
「それだけじゃないだろう!」
怒号が響き渡った。
びりびりと空気が震え、一瞬、全ての音がなくなり静寂になる。
それから、男は嫌に落ち着いた声で話を続けた。
「俺を見ろ、ガキ。……そうだ、もうすぐポリジュース薬が解ける。見せてやろう、俺の姿を」
男の言葉通り、ムーディ先生の姿が崩れ始めていた。
そばかすのある、色白な、薄茶の髪をした男だった。その顔立ちは、どこか見覚えがあった。
男はやけに興奮しながら、話を続けた。
「さあ、自己紹介だ。俺はバーテミウス・クラウチ・ジュニア。初めましてだな、ジン・エトウ」
そう言いながら、クラウチは魔法で無理やり立たされている俺に詰め寄った。
すぐ手の届く位置だ。
「お前の才能は、認めよう。全く妬ましい。……磔の呪いも、服従の呪いも、お前には効きが悪い。本能で抵抗する術を知っているのだろうな。あぁ、フラー・デラクールの呪いを解いたのも見事だ。教師に向いているんじゃないか、お前は?」
クラウチはそう言いながらいたぶるように杖で俺の体をなぞる。
「だがな、それだけでダンブルドアがお前を警戒するとは思えないんだ。だってそうだろう? あいつは、かのハリー・ポッターと同じようにお前を守ろうとした。同じように、だ。確信しているんだよ、ダンブルドアは。お前が闇の帝王になることをな」
クラウチの声にどんどん熱がこもってきた。目がギラギラと怪しく光っていた。
「……闇の帝王と俺は、共通点が多い。父親に失望し、その父親を殺すという楽しみを味わった。ああ、俺も闇の才能に恵まれた。お前ほどではないがな。上手い物だろう? 俺の呪いは。そして優秀でもあった。俺は、誰よりも素晴らしい成績でホグワーツを卒業した。あのお方と同じようにな。……なにより、俺は目的のためには手段を選ばない。お前とは、圧倒的に違う。……だというのに、この差はなんだ? 俺の方があのお方に近いというのに、なぜお前が? なぜ、お前が闇の帝王になるなどと信じられた?」
危険な声色だった。だが、何よりも本音で語っているのだと分かった。
クラウチは納得がしたいのだ。
自分ではなく、何故俺が闇の帝王になるなどと言われているのか。
そして、どうすれば自分が闇の帝王に近づけるのか、なれるのかと本気で考えているのだ。
そこに付け入ることにした。
「……試してみるか?」
危険な賭けだった。だが、このままでは嬲り殺されるのは目に見えていた。そして、この賭けの効果はあった。
クラウチの動きが止まり、俺をジッと見た。
「決闘でもしてみるか? そしたら、何かわかるかもな」
明らかな挑発。見え透いたものだが、今のクラウチなら効くと考えた。
クラウチは思考が倒錯している。一種の興奮状態だ。
そして、クラウチが本当に知りたいのは俺が闇の帝王になる理由ではない。クラウチ自身が闇の帝王になれる可能性だ。
俺を殺さないでいるのは、自身が闇の帝王に近づける可能性がないか縋るように探しているからだ。
これ以上の時間を稼ぐには、こうするしかないと思った。
クラウチは興奮のあまり、俺を殺しかねない勢いだった。
時間を稼げば、デラクールやクラムがポッターを助け出し、応援を呼んでくれるかもしれない。
クラウチはしばらく動かなかったが、奇妙に明るい声で話し出した。
「勇敢だなぁ、ガキ。……ああ、あのお方は勇敢さには常に敬意を払っていた。いいとも、そうしよう。ほら、杖を拾ってこい。逃げるなよ? 逃げるような臆病者なら、後ろから打ち抜いてやるよ」
俺を縛っていた呪いは解けた。
俺はゆっくりと杖を拾い、クラウチと向かい合う。ここからが正念場だ。
クラウチは笑いながら話を続けた。
「いいぞ、ガキ。さあ、向かい合おう。そして、礼だ。……そう、決闘なのだから、作法を守らなくてはな」
俺とクラウチは向かい合って礼をする。
そして、クラウチは顔を上げてニヤリと笑った。
「……さあ、始めようか」
クラウチが魔法を仕掛けてくる。今度は反応できた。
「プロテゴ(守れ)!」
クラウチが無言で仕掛けてきた呪いを、何とか盾の呪文で反らす。
そしてすぐさま攻撃へと転じる。
「レダクト(粉々)!」
足を狙った。例え負けても、移動を困難にしようと。だが、それはまたも無言の魔法で打ち消された。
続けざまに何度も呪文をぶつける。
「レダクト(粉々)! ステューピファイ(麻痺せよ)! エクスペリアームス(武器よ去れ)! ディフィンド(裂けよ)!」
いくつかの呪文も、クラウチに届くことはなかった。唯一最後の切り裂き呪文がクラウチのローブを割いて、携帯用酒瓶を落としただけだ。
クラウチは俺の呪文を杖を振るだけで消していくと、こちらに無言で呪いを飛ばした。
俺は地面に打ち付けられた。
「……無様だな。どうした? 何か見せてくれるんじゃないのか?」
クラウチからあざけるように、そしてどこか失望したかのように声をかけられる。
俺は地面に倒れたまま、呪文を唱える。
「ステューピファイ(麻痺せよ)!」
必死の抵抗で打った呪文も、簡単に反らされた。
クラウチは、決闘を通して少し冷静になったようだった。
俺を地面に打ち付けたまま、先程よりも落ち着いた声で話を始めた。
「……お前、時間を稼いでいるつもりか? 俺をここに縛り付けて、ハリー・ポッターの安全を確保し、誰か助けが来てくれるのを待っているのか?」
俺の考えを読まれていた。クラウチは随分と冷静になっていた。
しかしクラウチは俺の狙いが分かっても尚、すぐに俺を殺そうとはしなかった。
むしろ、面白がるように話を続けた。
「なあ、頭を働かせろよ。それが無駄な努力だって気づけよ。俺はさっき、なんて言っていたか覚えてないのか? ……よし、じゃあちょっとした答え合わせをしようじゃないか」
クラウチは遊んでいた。もう、俺から何か引き出すのを辞めたのだろう。代わりに、とことん楽しむようだった。
「さあ、問題だ。お前は、なんで自分が代表選手に選ばれたと思う? 簡単だろう? さっき叫んでたじゃないか。別の何かに使うつもりだってなぁ」
「……俺を使って、闇の帝王を復活させるつもりだったんだろ?」
「そうだ。大正解。じゃあ次に問題だ」
クラウチは楽しげに話しながらこちらに来て、俺の背中を踏みつけ始めた。
「俺は言ったな。お前が生きようが死のうが、どちらでいいと。なぁ、あれは本気で言ってたと思うか?」
すぐには答えられなかった。
分からなかったからではない。分かっていたから、答えられなかった。
クラウチは本気で言っていた。
だからこそ、考えなくてはならないことがあった。
闇の帝王の復活に必要なはずの俺は、もういらない。
それはなぜか。
クラウチは言った。「ここに用はない」と。
それはなぜか。
簡単な話だ。
もう、目的は達成したのだ。
それは、闇の帝王の復活に必要な物が揃ったのだ。俺以外の何かで。
そしてクラウチはこうも言った。
ポッターの安全を確保するための時間稼ぎが無駄な努力だと。
俺の上に乗ったままのクラウチが楽しそうに話をした。
「なあ、気付いたか? 気付いたよなぁ?」
何も言えなかった。だがクラウチは俺が答えを知ったことを感じ取っていた。
「そうさ、もうお前は用済みなんだ。……ポッターはもう、ゴールしたんだ。闇の帝王の元へと向かった。そうだ、闇の帝王はもう復活したんだよ!」
突き付けられたのは、絶望的な答えだった。
認めたくなかった。杖をクラウチに向けようとした。しかし、それすら許されなかった。
笑いながら手を踏みつけられた。
「可哀想に……。折角頑張ったのになぁ……。デラクールを助け、クラムを助け、死ぬかもしれないのに必死に抵抗して……。何もかも無駄で終わるんだ」
苦しく、悔しかった。
切り抜けられなかった。黒幕の野望を、阻止できなかった。
必死に杖を向けようともがくが、ただただ手を踏みにじられて痛みが続くだけだった。
クラウチはそれを可笑しそうに笑う。
「なあ、そう絶望するなよ。俺はこうも言ったろ? 生きるか死ぬかは、お前の態度次第だってなぁ」
クラウチは笑いながら囁いた。
「お前を闇の帝王の所へ連れて行く。お前が忠誠を誓えば、生かしてもらえるだろう。だってそうだろう? お前は闇の魔術の達人になれるのだから」
思わず動きを止める。
クラウチが笑みを深めるのが分かった。
「もうすぐ時間だ。さあ、闇の帝王に会いに行こうじゃないか。……見ものだなぁ、お前がどんな態度をとるか」
そう言いながらクラウチは俺から降りると、先程ローブから落とした携帯用酒瓶を拾いに行った。
俺はとっさに呪文を唱えた。
「デパルソ(除け)!」
呪文は携帯用酒瓶に直撃し、酒瓶は遠くへ吹き飛んでいった。
クラウチは体を強張らせた。
「……何の真似だ?」
「動きが不自然だろ。なんで今更、酒瓶なんて拾うんだよ。あれ、ポートキーか? あれで闇の帝王の元へってつもりだったろ? ……行かせるか。ホグワーツでは姿現はできない。ポートキーを失えば、お前は脱出方法はなくなる。お前はここで捕まるんだよ」
ただの意地だった。
突き付けられた事実に絶望した。自分の命も、もうないのだと悟った。
悔しくて、苦しくて、自分の上に乗った男を何としてもぶちのめしたかった。
どうせ死ぬなら、自分の上に乗った男を道ずれにしてやろうと思った。
クラウチは固まったままだった。迷っているようだった。ここで俺を殺すか、ポートキーを優先するか。
そしてそれが、転機へとつながった。
「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」
あらぬ方向から、呪文が飛んできた。それもクラウチに向けて。
クラウチは俺から離れるように飛び退いて呪文を避ける。
俺は素早く立ち上がりながら呪文が飛んできた方へと目をやる。
クラムだった。
クラムが、憤怒の表情で杖をクラウチに向けていた。
「よくも……ここで捕まえる……!」
「ガキがよぉ……」
クラムが呪文を飛ばし、クラウチが防ぐ。それに合わせて俺も呪文を唱えてクラウチに応戦をする。
二対一だ。何とかなるかもしれない。
そう希望を持ちクラムと共にクラウチに呪文を唱える隙を与えないほどに果敢に攻める。
クラウチは酷く焦った様子だった。
確かな手ごたえと共に、呪文を唱え続ける。
クラムも更に呪文の勢いを強くした。
暫くクラウチの防戦一方の状況が続き、クラウチの表情がどんどんと焦っていった。
勝てる。そう思った。
そんな時、離れたところで変な音が鳴った。バシュッと、何かが消えるような、移動するような。そんな音だった。
その音を聞いた途端、クラウチの表情が変わった。
一切の焦りがなくなり、暗く淀んだ表情。冷たい、本気の怒りの表情だった。
そして、それに怯んだクラムが一瞬のうちに吹き飛ばされた。
「クラム!」
思わず叫ぶと、次の瞬間に俺も同じように吹き飛ばされた。
きりもみしながら飛び、クラムのすぐ横に転がりながら落ちた。
「……お前が望んだことだぞ? 俺をここに縛り付け、逃がさないようにした。ああ、おめでとう。お前のお望み通り、俺はもう帰る手段を失った」
クラウチの声は、酷く冷たかった。クラムは呻きながら立ち上がろうとしたが、体が動かないようだった。
「クラム……逃げろ……」
さっきの音がポートキーの作動する音だったのだろう。
そうなれば、もうクラウチは闇の帝王の元へ行けない。俺を生かす意味もない。
俺はもうすぐ死ぬ。体は動かず、逃げることも叶わない。
だが、クラムまで死ぬのは嫌だった。
ここでクラムが死んでしまったら、それは俺の所為だから。
俺の意地でクラウチを縛り付けたから。俺を助けようとクラムがここに来たから。俺が巻き込んだから、クラムが死んでしまうのだ。
それは堪えられなかった。
「頼む……起きて……逃げてくれ……死なないでくれ……」
クラムに懇願する。クラムは呻くだけで、動けないようだった。
クラウチは甲高く、気味の悪い声で笑った。
「いいねぇ、面白い。まずは目の前でこの男を殺そう。それからだ、お前を殺すのは!」
クラウチがクラムに杖を向ける。
クラムは呻きながらなんとか体を動かす。しかし、逃げられそうになかった。
「よく見てろよ、ガキ。お前のせいでこいつが死ぬ。人が死ぬんだ。お前のせいだからな! お前が、俺を、ここに縛り付けた! よく見てろ! お前のせいで死ぬ男の顔を!」
クラウチが杖を振り上げた。
俺はクラウチに飛びついた。クラウチと、クラムの間に割って入るように。
クラウチが杖を振り下ろした。
「アバダケダブラ(死よ)!」
緑色の閃光が俺を襲った。俺に直撃した。
だが、それで終わらなかった。
緑色の閃光が跳ね返った。そして、クラウチの胸を打った。
クラウチは凶悪な笑顔のまま、固まった。そしてそのままのけぞり、崩れ落ちた。
何が起きたのか分からなかった。
無理やり動かした体が悲鳴を上げていて、もう指一本動かせそうになかった。
意識を失いそうだ。全身が痛かった。
だが、特に痛いのは、左手の人差し指。
指輪をしている指が、信じられないくらいに痛かった。
しかし、指輪の状態を確認することはできなかった。
俺は痛みに限界を迎え、意識を失った。
何も分からぬまま、視界は真っ暗に落ちていった。
本当はGW中に炎のゴブレットを完結させたかったのですが、できませんでした。
後、四話ほどで炎のゴブレット編が終了予定です。