日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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第三試合

第三試合の内容が伝えられると、早速試合の準備に取り掛かった。

第三試合までの一カ月、様々な呪文の習得に費やすこととした。

盾の呪文に加え、相手の動きを妨げる妨害呪文。それ以外にも炎と水を呼び出す呪文、爆発を起こしたり、土を掘り起こして盾のように展開させる呪文。様々な戦闘に備えた呪文の習得に身を費やした。

 

そして第三試合が開始される前の一週間から期末試験でもある。

俺が試合の準備をするのと同じくらい、ドラコ達は試験勉強に追われていた。

だが、そんな忙しい中でもドラコ達は俺の試合の準備を手伝おうとしてくれた。

今日はドラコとダフネが準備を見に森に見てきてくれた。

 

「君の魔法を見るのは、良い息抜きさ。……随分と、戦闘向けの呪文を身に付けたね」

 

「まあ、何かと戦うことになるのは確実だからな」

 

ドラコは俺の魔法で焦げたり抉れたりしている地面をしげしげと眺めながら面白げにしていた。

ダフネは近くの木の株に腰を下ろしながら、気遣わし気に言った。

 

「これだけの呪文を覚えていたら、迷路の壁も壊せてしまいそうだけど……。そう単純にはいかないわよね。……不安よね? 試合の事とか、その、命を狙われているってこと」

 

「……まあな。でも、これで最後だと思うと清々するよ。早く終わらせたいってのが本音だ。さっさと試合もテストも終わって、何の気兼ねなくお前らと遊びたいよ」

 

俺の言葉にドラコは照れた様な表情になり、ダフネは嬉しそうに笑った。

 

「……どうせなら、やっぱり君が優勝して欲しいけどね。ほら、君が優勝してさっさと試合を終らせてしまえばいいじゃないか。そうすれば、君の命を狙う奴だって諦めがつくというものだ」

 

ドラコは照れ隠しか、少しそっけなくそう言った。

それに笑いながら返事をする。

 

「確かにそれが一番だよな。……第二試合の時みたいに、相手が手出しなんてする暇もなく試合を終えられたらいいんだけどな」

 

「ぜひそうして欲しいものだよ」

 

ドラコは肩をすくめながらそう言った。それからしみじみと、言葉を続けた。

 

「勝って帰ってきたら優勝祝い。生きて帰ってきたら生還祝い。なんだ、この試合が終わったらいいこと尽くしじゃないか」

 

俺とダフネは驚いてドラコを見る。ドラコは魔法で抉れた地面を眺めたままだったが、少し耳は赤かった。

 

「なら、何が何でも試合を切り抜けないとな」

 

そう笑いながら言う。ハーマイオニーが夏休みに遊びに誘ってくれた時と同じ返事をした。

ハーマイオニーもドラコも、試合を切り抜けたら俺が喜ぶような提案をしてくれる。

それがとても大きな支えになっていた。

 

「そうだわ! 試験後は確か、ホグズミード週末のはずよ。次のホグズミード週末は、ジンの好きなところに行きましょう。私、ケーキが絶品のお店を知ってるの。ジンもきっと気に入るわ」

 

「ケーキか。いいね、ダフネのおすすめだったら間違いはなさそうだ」

 

「……君って、結構単純だよね。ケーキで喜ぶなんてさ。そこはブレーズが知ってるファイアウィスキーを出す店とかさ、叫びの館に入るとかさ、もっとこう、あると思うんだ」

 

「どっちも規則違反だしなぁ……」

 

「……いい子ちゃんだよね、君って。……分かったよ、校則違反はなし。それで楽しいことをしよう」

 

「そう言う貴方もだいぶいい子ちゃんよ、ドラコ」

 

「やめてくれよ、ダフネ」

 

そう言って一緒にじゃれ合いながら試合前の準備を楽しんでいた。

試合まであと二週間だった。

 

 

 

そんな最後の試合の準備の最中、またもハーマイオニーが俺を訪れてきた。

変わらず透明マントで、誰もいないタイミングで話しかけてきた。二度目となると、少し慣れたものでそんなに驚きはしなかった。

何も見えない場所からハーマイオニーの声がするのも、誰もいない場所に返事をするのにも抵抗はなかった。

 

「試合の準備は順調?」

 

「ああ、何とか。生き抜くための努力はできてるかな」

 

「そう、よかった……。でも、油断はしないで。今日は、その事を伝えに来たの」

 

ハーマイオニーから伝えられたのは、クラムとクラウチ氏が襲撃されたという情報だった。それも試合内容が伝えられた日の夜、ポッターとクラムが二人きりになっていた時に、だ。そしてクラウチ氏は未だに行方不明だという。

クラウチ氏の行方不明は情報統制がとられており、一部の人間しか知らないとのこと。魔法省がリーター・スキーターの様な記者を警戒し、非公開を貫いているとのことだ。

ハーマイオニーが特に気にしている問題は、黒幕あるいはその協力者がホグワーツへの侵入を果たし、その魔の手をポッターのすぐ近くまで伸ばしていたことだ。

 

「試合を乗り越えるまで、あまり一人にならない方がいいと思うの。……まあ、といってもあなたってほとんど一人にならないから杞憂だとは思うけど。あまりに一人にならないから、この事を伝えるのに二週間かかったわ」

 

ハーマイオニーは少しおどけたように言ったが、心配してくれているのが声色に出ていた。

そんなハーマイオニーに、安心させるように返事をする。

 

「分かったよ。引き続き、一人にならないように気を付ける。ドラコ達も、なるべく俺といようとしてくれてるんだ。俺も、無茶はしない」

 

俺の返事に、ハーマイオニーは少し笑った様だった。

それから少しして、ハーマイオニーは明るい声で話始めた。

 

「私、あなたとハリーなら大丈夫だって思うの。だって、いつもあなた達は難しい状況を切り抜けてきたわ。きっと、今回だって大丈夫」

 

その言葉は、ハーマイオニーの本心でもあるが願望でもあった。ハーマイオニーも不安なのだ。最後の試合で俺やポッターに何かが起きないかと。

 

「ありがとう。……試合が終わったら、今度は堂々と会おう。パンジーやダフネも一緒に。少しくらい、羽目を外してもバチは当たらないだろ」

 

俺は、ひたすらに明るい話題を話し続けた。ハーマイオニーも、後ろ向きなことは決して言わなかった。

不安がなかったわけではない。恐怖だってあった。

それでも、最後の試合を乗り越えたら今までの苦労を忘れるほどの楽しい時間があるのだと思うと、前向きな気持ちになれるのだ。

 

 

そうして、試合当日まではあっという間であった。

 

 

試合当日になると、朝食の時にマクゴナガル先生から代表選手へ指示があった。

 

「エトウ。代表選手は朝食後、大広間のわきの小部屋に集合です。代表選手のご家族が招待され、最終課題の観戦に来ています。皆さんへのご挨拶が必要です」

 

家族の観戦。クラムとデラクールの家族は分かるが、俺とポッターには家族はおらず、観戦に来る人はいないはず。ただ、他の代表選手の家族への顔見せの時間となりそうだ。

そう思い、朝食後に指示された部屋へと向かう。

ドアを開けて部屋に入ると、他の代表選手はまだ誰もいなかったが、既にそこには代表選手の家族がいた。

鉤鼻が特徴の黒い髪の男性とその奥さんと思しき女性。この二人はクラムの両親であろう。

デラクールの家族は一目瞭然だった。デラクールの妹と手をつないでいるとびきり美人な女性。

そして意外な人物達がいた。

一人はウィーズリー夫人。二年生の時、秘密の部屋の騒動を終えた時に会っているので覚えている。ウィーズリー夫人は傍らに赤毛のとても美形な男性を連れてそこにいた。

ウィーズリー夫人も俺の事を覚えていたようだ。俺が入ってくるのを見ると、驚いた表情になった後、笑顔で俺に挨拶をしに来た。

 

「あなたがジンね。私はモリ―・ウィーズリー。ロンと、ジニーの母親よ。あなた、ほら、二年前に、ジニーを助けてくれたでしょう? その時に会っているの」

 

「覚えてますよ、ウィーズリーさん。お久しぶりです」

 

ウィーズリー夫人は俺の返事に安心した表情になり、それから嬉しそうに話を続けた。

 

「また会えて嬉しいわ! 私達はね、ハリーの保護者としてお呼ばれされたのよ。ハリーはもう、うちの子も当然ですから。ああ、こちらはビル。うちの子の長男よ」

 

ウィーズリー夫人はそう言いながら傍らに立つ青年を紹介してくれた。

ビルと呼ばれた美形な青年は牙のネックレスという奇抜なファッションをしていたが、表情はとても優しく人当たりがよさそうであった。

 

「ママ、僕らが話してると邪魔になるよ。君、ごめんよ。母は少し話好きでね。あの人が、君の保護者だろう? 先に話し込んでしまって済まないね」

 

ビルはそう言ってウィーズリー夫人を引き受け、傍らにいる男性を手で示した。

ビルが手で示した先にいたのはもう一人の意外な人物、ゴードンさんであった。

ゴードンさんがいるのは、かなり驚いた。俺の驚きが伝わったのだろう。ゴードンさんは苦笑いであった。

 

「まあ、ダンブルドアとは知らん仲ではないからな。お前の保護者として今日は招待された。スクイブの俺がホグワーツに来れるなんて、今日をおいてないだろうな」

 

「そっか……。そう言えば、ダンブルドア先生とは知り合いだったね。……てっきり、誰も来ないと思ってたから、ゴードンさんが来てくれて嬉しいよ」

 

そう言うと、ゴードンさんは少し嬉しそうに笑った。

その後、代表選手が部屋に集まってきた。各々が自分や家族や保護者と話し、最終試合へ意気込んでいた。

代表選手は今の授業は免除された。保護者にホグワーツの案内をしたり、一緒に過ごしたりと試合前に好きなように時間を使っていいとのことだった。

俺はゴードンさんにホグワーツの案内をしながら、いろんな話をした。

ホグワーツでの暮らしの事や、普段話している中に出てくる絵画やゴーストたちを紹介したり、ホグワーツにある様々な仕掛けや魔法、授業の事など。そして、この対抗試合には不本意で選ばれた事や、今までの試合の事、もしかしたら命が狙われているかもしれないこと。

ゴードンさんは言葉少なく、真剣に話を聞いてくれていた。

一通りホグワーツの案内と話を終えると、ゴードンさんはおもむろに口を開いた。

 

「……お前は去年も一昨年も、命からがらの所を逃げてきたな。その話を聞く度に、気が気ではなかった。だがな、不思議と思うんだ。お前なら、大丈夫だろうとな。……俺には魔法がないからだろうな。魔法が上手いお前や、お前の父は、俺から見れば全知全能に見える時もあるんだ」

 

ゴードンさんは優しく俺の肩を叩いた。

 

「今回も、お前なら大丈夫だ。今までと同じように切り抜けられる」

 

身近な大人の人に褒められるというのは、不思議な感覚だ。

大丈夫だと言われたら、大丈夫だと思える。

凄いと言われれば、俺は凄いのだと思える。

卑屈になることなく、言葉通りに受け止められるのだ。

 

「……ありがとう、ゴードンさん」

 

試合まで、もう間もなくだった。

 

 

 

試合前の夕食は、歓迎会の時と同じくらい豪勢であった。しかし、食欲はそんなにわかなかった。かといって、気力がないわけではなかった。むしろ逆で、とても気が高ぶっていた。

これが最後だというのが分かっているから。そして、乗り越えれば楽しいことが待っている。それがとても大きな心の支えになっていた。

ゴードンさんを観客席へ送り、夕食を終えたドラコ達と分かれ、指定された場所へ向かう。

 

競技場に代表選手が集まり、周りのスタンドを観客達が埋め尽くし、いよいよ最後の試合が始まろうとしていた。

競技場には、代表選手以外にも司会を務めるバグマン氏とマクゴナガル先生、ムーディ先生、フリットウィック先生、ハグリッドがいた。

代表選手に向かい、マクゴナガル先生が話をした。

 

「私達が迷路の外側を巡回します。何か危険に巻き込まれて、助けを求めたい時は空中に赤い火花を打ち上げなさい。私達の誰かが救出します」

 

代表選手全員が頷き、了承の意を示した。

それからバグマンが進み出て、スタンドに向かって声を響かせた。

 

「紳士淑女の皆様! 第三課題、三大魔法学校対抗試合の最期の課題が間もなく始まります! ホイッスルが鳴ったら、選手達は優勝杯を目指し、点数順に迷路に入ります! では、ホイッスルが鳴ればまずはポッターとクラム! いきますよ! いち――に――さん!」

 

とうとう最後の試合が始まり、ポッターとクラムが迷路へと入って行った。観客は大歓声で彼らを見送った。

二人が入ってしばらく、再びホイッスルが鳴り、デラクールが迷路へと入って行った。

深呼吸をして、気分を落ち着かせる。準備した呪文や、中で待ち受けているであろう妨害について考えを巡らせる。

生き抜くには、試合を真っ先に終わらせるのが一番だ。

そしてホイッスルが鳴った。俺の番だ。

観客たちの歓声を後ろに、迷路へ駆け込んだ。

 

 

 

 

 

夜であることも相まって、迷路の中は薄暗く視界は悪かった。

いくつもの曲がり角を越え、確実に迷路の中心へと向かっていた。

進んで暫くいった角を曲がった先で、迷路の障害に出会った。思わず息を呑む。

 

成長した尻尾爆発スクリュート。二、三メートルはあろう大きさをしたそれは、鋭い棘の生えた甲殻をこちらに向けて走ってきた。

 

「……レダクト(粉々)!」

 

甲殻を砕くつもりで唱えたそれは、確かに命中をしたがいくつかの棘を壊し、甲殻にひびを入れるにとどまった。

俺の魔法が脆弱だったのか、スクリュートの殻が堅かったのかを考える余裕はなかった。

スクリュートが尻尾から火を噴いてこちらに突進をしてきた。

後ろに飛び退き、何とかそれを避ける。距離を取る為に後ろに走るが、スクリュートは爆発による突進を繰り返し、中々距離を取らせてくれない。

スクリュートの殻に目をやる。呪文が当たった部分は確かに壊れかけているが、完全に壊すにはあと三、四回は呪文を当てなくてはならないだろう。そして、甲殻の下に体がむき出しの部分があるのを見つけた。

呪文を当てるなら、あそこだ。その為には、スクリュートをひっくり返すのがいいだろう。

 

「エクスパルソ(爆破)」

 

スクリュートの足元を爆発させる。結果、望み通りにスクリュートはひっくり返った。誤算としては、爆発した勢いでこちらに飛んできて、棘で足を傷つけられたことだ。

 

「ステューピファイ(麻痺せよ)」

 

倒れたお陰で目の前でむき出しになった体の部分に、失神呪文を当てる。ビクリと震えた後に、スクリュートは動かなくなった。

そこで一息を吐く。心臓が緊張でバクバクと鳴っていた。

この試合を乗り越えたら、ハグリッドには二度とキメラを飼うなと言おうと足の傷に誓った。

 

暫くその場で周りを窺い、他に罠がないかを確認する。物音ひとつなく、他に何もないのを確認した。

それでも油断をせずに進んでいると、今度は唐突に甲高い悲鳴が響き渡った。

女性の叫び声。デラクールだ。それも、そんなに離れていない。

何かがあったのだ。しかし、赤い火花は上がっていない。

 

 

ここで考える。デラクールは無事なのか。それとも、火花を上げる間もなく襲われたのか。

襲った者は試合用の障害なのか、それとも別の何かなのか。

 

 

数秒立ち止まり、そしてデラクールの方へ向かうことにした。

避けられない危険があるのなら、自ら飛び込んだ方がずっとマシだ。

 

そして何より、デラクールの身も心配だった。

 

これは最終試合だ。黒幕がなりふり構わず、危険な手に出る可能性だってある。

第二試合、他の人質を置いてきた時に感じた罪悪感を思い出す。

今度こそ、後悔しない選択がしたかった。

 

迷路を走り、声の方へと進む。何回か角を曲がったところで、デラクールの場所まで来ることが出来た。

デラクールは十字路で倒れていた。何かに飛ばされた様に仰向けになって倒れており、足元には彼女の杖が落ちていた。

意識がない様でピクリとも動かない。嫌な予感がして、直ぐに彼女の元へ駆け寄る。

 

デラクールは生きていた。気を失っただけのようで、特に大きな外傷はない。

しかし、何か不自然だった。

デラクールは明らかに失神呪文か何かを受けた様子だ。人為的なもののように感じる。迷路に設置されているであろう障害の所為だったら、そう、例えばスクリュートの様なもので気絶させられたのだとしたら、気絶だけで済むだろうか。そして悲鳴を上げるような目に遭ったのに、なぜこんなにも外傷がないのか。

周りに目を配りながら、まずはデラクールを起こすことにした。

 

「エネルベート(活きよ)」

 

杖から出た赤い閃光がデラクールに命中し、体を跳ねさせてデラクールは意識を戻した。

 

「……ああ……私は、一体……」

 

意識を混濁させているようだった。デラクールは意識を朦朧とさせながら、横たわったまま手探りで自分の杖を探し始めた。

俺はデラクールの近くに寄りながら、辺りの警戒を続ける。

 

「……ついさっき、お前は悲鳴を上げていた。俺が来た時には、既に気絶させられていて、この場にはお前以外の誰もいなかった。何があった? お前を気絶させたのは、何だ? この迷路の障害物か?」

 

デラクールは一瞬、動きを止めた。そして震えを大きくしながら、話を始めた。

 

「わ、わたーしを襲ったのは……男でーした……」

 

「男? それはどんな男だ? どこに行った?」

 

デラクールを襲ったのは迷路の障害物ではない。そのことに警戒心を一気に上げ、鋭く質問をする。

デラクールは這ったまま、指を指した。デラクールの杖が落ちていた方とは、逆の方向だ。

 

「あっちに……逃げました……」

 

「……そうか」

 

チラリとデラクールの方へ目をやる。

デラクールは自分の杖を見つけたようで、杖を掴もうと手を伸ばしていた。

俺は変わらず周囲を警戒する。デラクールの言葉やこの状況に、違和感を覚えながら。

 

何かが変だ。何か、致命的なことを見落としている気がする。

 

頭を回転させる。

悲鳴を上げたのに外傷もなく気絶していたデラクール、朦朧としたデラクールの様子、倒れていた杖の位置、示された敵のいる方向。

 

デラクールが杖を掴んだ。

次の瞬間、同時に様々なことが起きた。

 

「クルーシ――」

「プロテゴ(守れ)!」

「クルーシオ(苦しめ)!」

 

 

デラクールが杖を掴んだ瞬間、俺に杖を向けて呪文を唱えようとした。

しかし、呪文を唱え終えることはなかった。俺がデラクールの顔面を蹴り上げたからだ。

そして俺は、デラクールが示した方向と反対方向に向けて盾の呪文を展開させた。

そして思った通り、俺が盾の呪文を展開させた方向から磔の呪いが飛んできた。

飛んできた磔の呪いは俺の盾の呪文に当たり、バキバキとガラスが砕けるような音と共に

消えた。

 

「ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

足元でうめいていたデラクールを呪文で気絶させる。

デラクールはビクリと体を震わせ、再び気絶した。

それに目もくれず、呪いが飛んできた方へと向き直り、呪いを飛ばしてきた人間と対峙する。

 

俺に呪いを飛ばしてきたのは、クラムだった。

 

「……お前まで、操られてるのかよ」

 

呆然とし、思わずつぶやく。しかし俺の声はクラムに届くことはなかった。

クラムはどこか虚ろな表情のまま、俺に向かって呪文を唱え始める。

 

「クルーシオ(苦しめ)」

 

「プロテゴ(守れ)!」

 

先程と同じ様に、クラムの呪文が俺の呪文に当たり相殺される。

いや、俺の動揺の所為で先程よりも盾がもろくなり、呪文の一部が腕をかすめた。

かすめた部分に鋭い痛みが走る。

それに顔をしかめながら、杖をクラムに真っ直ぐ向ける。

 

「ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

クラムの動きは鈍かった。一瞬だけ抵抗するような動きを見せたが、呪文はクラムに命中し、クラムはその場で崩れ落ちた。

 

息を切らしながら、何とか落ち着く。

この場には、気絶したデラクールとクラム、そして疲弊した俺だけとなった。

そしてどこかに、クラムとデラクールに呪いをかけた黒幕が潜んでいるのだ。

 

いつだ? いつ、クラムとデラクールは呪いをかけられた?

デラクールが呪いをかけられたのは、きっとついさっきだ。悲鳴を上げた瞬間。あれは、クラムか黒幕に呪いをかけられた時に上げた悲鳴だ。

ではクラムは? クラムはいつ、呪いをかけられた?

デラクールより前の筈だ。デラクールが悲鳴を上げてから、そんな時間が経つ前に俺はここに来た。そうでなくては、デラクールと連携して俺を襲えない。

そうなると、この試合中にクラムは呪いにかけられたのか?

そんな短時間で、この障害物の多い迷路の中で二人を見つけて、呪いをかけて操れるのか? 俺をおびき寄せて襲う罠を仕掛けられるのか?

そして、そんなことが出来る人間とは、いったい誰だ?

 

答えにたどり着きそうだった。あと少しで、何かが掴めそうだった。

 

その何かを掴むため、賭けに出ることにした。

気絶した二人の杖を回収してから、行動に出る。

 

「……インカーセラス(縛れ)」

 

気絶しているデラクールとクラムを魔法で縛る。その上で、デラクールに対して蘇生呪文を打つ。

 

「エネルベート(活きよ)」

 

呪文を受けたデラクールは、再び意識を取り戻した。

そして俺のことを確認すると、まだ朦朧とした様子のまま身じろぎをし、杖を手探りで探し始めた。しかし、縛られていて動けない。

そんなデラクールに、俺は質問を投げかけた。

 

「……お前に呪いをかけたのは誰だ? クラムか?」

 

デラクールは俺を睨みつけるだけで答えない。身じろぎをさせ、俺を襲おうとする。

デラクールとクラムにかけられた呪文には心当たりがあった。

服従の呪文。ムーディ先生が授業で見せた、俺にかけた呪文だ。

二人の朦朧とした様子は授業で見た、服従の呪文にかけられ命令に従っている時の生徒達の様子と同じだった。

そして服従の呪文の呪文に抵抗する術を、俺は知っている。

冷静な判断力と強い意志だ。

自分が呪いにかけられていることを意識し、そして、誘われるような快楽や刺されるような恐怖にも負けないような、強い意志が必要だ。

 

「……答えろよ、デラクール。お前に、聞かなきゃならないことがある。じゃないと、俺達は死ぬかもしれない。……妹のガブリエルに、もう一度会いたいだろ? 死んじまったら、それも叶わない」

 

脅すように、そうデラクールに言い聞かす。デラクールはビクリと体を震わせ、焦点のあった目で俺を見返した。

俺には分かる。

今、デラクールは呪文と戦っているのだ。

 

「お前は今、服従の呪文にかかってる。お前に指示を出す声が聞こえるだろ? それが呪いだ。振り切るんだ。強く振り切れば、その声は止む。……妹を思い出せ。指示を出している奴は、その妹も殺すような奴だ。心を許すな」

 

デラクールは身を振るわせ続けた。数秒間、そうした状態がしばらく続いた。

そしてビクリと大きく体を震わせた後、大人しくなった。

杖を向けたまま、大人しくなったデラクールに再び声をかける。

 

「……服従の呪文は解けたか?」

 

デラクールは少しして、かなり怒った声で返事をした。

 

「……顔を蹴るなーんて、あなーた、本当にイどいでーす! 縄、といてくださーい。もう襲いませーん」

 

「……呪いが解けたようで何より」

 

元に戻ったデラクールに様子に安心をする。縄を解き杖を渡し、再び質問を投げかける。

 

「答えてくれ。お前に呪いをかけたのは誰だ? クラムか?」

 

「……クラムではありませーん。男でーす。オグワーツの、教師でーす」

 

望んでいた以上の回答だった。黒幕の正体をデラクールは見たのだ。誰が黒幕か、ここで分かるのだ。

そして、想像以上に酷い回答だった。デラクールの話が正しければホグワーツの教師に黒幕がいる。

 

「誰だ? 誰が、お前に魔法をかけた?」

 

焦りながら、詰問をする。デラクールは縄から解放された手で杖を握り、腕を伸ばして凝りをほぐしながら、怒った声色で返事をした。

 

「義足の、顔がぼろぼろの教師でーす! オグワーツを勝たせるように、呪いをかけたのでーす! 服従の呪文でーす!」

 

「……おい、嘘だろ?」

 

黒幕が、ムーディ先生。

一瞬、頭が真っ白になる。そして次の質問を投げかける。

 

「服従の呪文の指示はなんだ? 何を、指示された? どうして俺を、襲ってきた?」

 

デラクールは怒った表情を一瞬、困惑したものにした。それから、気の毒そうに俺を見ながら答えた。

 

「アリー・ポッターを手伝え。そして、あなーたを襲えでーす。……オグワーツの教師が、アリー・ポッターに肩入れしてまーした。……あなーたは、先生に襲われたのでーす」

 

ポッターを手伝え。

俺を襲え。

これが黒幕である、ムーディ先生の指示だ。

予想とかなり違っていた。

俺と、ポッターを殺すような指示かと予想していた。だがどうだ? ポッターは黒幕によって生かされようとしている。

 

「ポッターを手伝い、俺を殺すように指示されたのか?」

 

困惑しながらそう確認すると、デラクールは首を横に振った。

 

「あなーたを殺せ、ではありません。……襲え、でーす。そして殺すなと、明確に言われまーした」

 

ますます混乱した。

俺もポッターも、殺すことが目的ではなかったというのか?

 

様々な情報が頭を巡る。

 

対抗試合のことを知っていたバーサ・ジョーキンズが行方不明だった。バーサ・ジョーキンズを襲った者であれば誰でも、対抗試合を利用する計画を練ることが出来た。そう、ムーディ先生でもできる。

代表選手になるように仕組まれたのが俺とポッター。炎のゴブレッドに呪いをかけて、俺達二人を選ばせる。ムーディ先生なら可能だ。

俺とポッターの共通点は闇の帝王の魔の手から逃げたということ。闇の帝王の敵に近い人間であるということ。

しかし、目的は殺すことではない。優勝させること。

では何のために? 殺す以外に、何か使い道でもあるというのか? ムーディ先生は何をしたい?

 

そう考え、思い出す。ムーディ先生に話したこと。

二年生の時に、闇の帝王に言われた事。

俺が、闇の帝王の復活に必要な素材になり得るという話。

 

自分の中ですべてがつながった。

黒幕、ムーディ先生の目的は少なくとも俺の殺害ではない。

闇の帝王の復活だ。

俺を使って、闇の帝王を復活させるつもりなのだ。

だから俺を殺すつもりはないのだ。

 

黙りこくった俺を心配そうに見ながら、デラクールは声をかけてきた。

 

「……わたーし、もう行きまーす。卑怯な手を使われましたが、優勝は譲りませーん。助けてくれたこと、ありがとう」

 

 

優勝を譲らない。そうだ、デラクールに出された指示はポッターの手助けだ。

黒幕はポッターを優勝させたいのだ。ポッターを優勝させることが、黒幕の目的の一つなのだ。

 

すなわち優勝するということは、黒幕の手に落ちるということだ。

 

「駄目だ、デラクール! もう試合どころじゃない! 今すぐにここを出ないとまずい! 優勝は罠だ!」

 

叫び、デラクールを引き留める。

デラクールはかなり困惑した様子だった。

 

「優勝が罠……? あなーた、どうしてそんな……?」

 

「お前を襲った奴は、ポッターを優勝させたい。……優勝させることは、闇の帝王の手に落ちることを意味するんだよ」

 

「闇の……あなーた……何を……」

 

詳しいことを話せなかった。

話す暇はなかった。

コツコツと特徴的な足音が聞こえてきたからだ。

 

「……なるほど、素晴らしい。実にいいぞ、エトウ。それでこそ、闇の帝王に相応しいと言えよう」

 

しゃがれ声が響いた。

デラクールは声の主を見て震えた。

俺は声の主に、怒りすら湧いていた。

 

「……よくも騙したな、このくそ野郎」

 

声の主、ムーディ先生が迷路の中に立っていた。

 

 

 


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