日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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束の間の平穏

「今の君に最も必要な物は、なんだか分かるかい?」

 

「……分からんな。何だって言うんだ?」

 

「休息とご褒美だ! もういい加減、君は遊ぶべきだ! 君、今年に入って遊んだのは何回だ? いっつも試合だなんだと図書室やら森やら湖やらに行ってばっかりだ。いいか? 次のホグズミード週末は絶対に遊びに行くぞ! でないと、今やってるその課題を燃やしてやるからな!」

 

ドラコはぼんやりとレポートを書いている俺に対してそう活を入れた。

 

第二試合が終わって数日。

トップで終えた俺は、随分と過ごしやすくなっていた。

俺を馬鹿にしていた奴はなりを潜め、代わりに手のひらを返したように応援や俺の優勝の可能性を語る奴も出てきた。

ドラコ達はそれを、俺が周りを見返した結果だと喜んでいた。

そして俺を庇っていたドラコ達も、周りから持ち上げられるようになっていた。

スリザリンではドラコ達は、先見の明があるだとか、親友の事を信じ続けた義理堅い人だとか、真の友だとか、そうもてはやされていた。

ドラコとパンジーは悪い気がしないようで、鼻高々としている姿をよく見かけた。

 

しかし一方で、当の本人である俺はあまり浮かない気持ちでいた。

試合に勝ったことは嬉しい。

だが、どうしてもポッターへの敗北感は拭えなかった。

ポッターが他の人質を助けようと本気になっていたのに対し、俺は自分の人質であるダフネを助けてそのまま何もせずに暢気に火に当たっていた。

それを思い出す度に気持ちが沈んでいった。

 

ドラコは理由は分からずとも沈んだ俺の気持ちをどことなく察していたのだろう。

気分の晴れない様子の俺を疲れているのだと評して遊びに誘ってくれていた。

 

「それに君、次のホグズミード週末では僕とアストリアにお礼が必要だって言ってたじゃないか。もしかして、そのこともなかったことにしようとしているのかい?」

 

「そんなわけないだろ。俺も次のホグズミード週末はお前らと行きたいと思ってる。むしろ俺は、一緒に行ってくれるかどうか心配だったんだ。ドラコ、パンジーとクリスマスで何かあったんだろ?」

 

そうドラコに投げかけると、ドラコはやや顔を赤らめて黙ってしまった。

そんなドラコの様子に悪戯心がうずき、沈んだ気持ちが少し軽くなった。

 

「パンジーも珍しく、口が堅いしな。ブレーズも気にしてたぞ? これはとうとう、何かがあったなと」

 

「それなら、君だって噂の渦中にいるよ! 君とダフネだ! 君がダフネに片思いしているって、もっぱらの噂だよ!」

 

ドラコをからかってやろうとすると、思わぬ形でカウンターを食らった。

ドラコから繰り出されたそれは、覚えのない噂であった。

 

「俺がダフネに? なんでそんな噂が?」

 

「……君はここ数日、何を聞いてたんだい? 考えてもみなよ。ダフネは君のダンスパーティーのパートナーで、第二試合では君の大切なものになっていた。噂されない方がおかしだろ? そしてダフネはあの態度だ」

 

ドラコが指をさす方に目を向けると、ダフネが数名のスリザリン生に囲まれて質問攻めにあっていた。

ここ数日ではよく見る光景だった。

俺とドラコは耳を澄ましてその会話を聞いた。

 

「ねえ、水の底では本当に何があったの? エトウに救い出されたんでしょう?」

 

「ダンスパーティーに誘われて、エトウに何か言われたんでしょう? だからあなたがエトウの大切なものになったのよ」

 

そう色めきだっているスリザリン生に、ダフネは笑いながら返事をしていた。

 

「大したことはないのよ、本当に。私は水の底で眠っていただけだもの。それにクリスマスパーティーでは踊っただけで何も言われていないわ。ジンが何を考えているかは知らないわ。あの人、何を考えているのかしらね?」

 

ダフネの返事を受けて、女子生徒達は益々色めきだって好き勝手に話を始めた。

 

「あんな感じで、ダフネはのらりくらりと回答をかわしてる。なーんにもハッキリと言わないから、みんな好き勝手に噂してるのさ」

 

ドラコはダフネの回答を聞き終えた後、俺にからかう様にそう言った。俺への仕返しのつもりだろう。それに苦笑いを返す。

ダフネとの噂が流れるのは仕方ないことかもしれない。ダンスパーティーで踊ったのも、俺にとって大切なものであるのも事実であるからだ。

しかし片思いの相手というのは事実無根であった。周りが好き勝手に盛り上がっているだけの噂だが、代表選手に選ばれた時の卑怯な手を使っただとか第一試合が終わった後の無能な人間という噂や陰口に比べれば可愛いものだった。むしろ面白くすらある。

ダフネとの噂が俺に大したダメージにならないことを察したドラコは少し拗ねた表情になったが、ため息を吐いてすぐに別の話題を持ってきた。

 

「ま、君の噂もこれと比べると大したことないしね。これはもう読んだかい? 今日の週刊魔女という雑誌だ。ほら、これにもリーター・スキーターは記事を投稿しているのさ」

 

そう言われながら差し出された日刊預言者新聞は相変わらず対抗試合などそっちのけの記事が書かれていた。

記事の内容は、ハーマイオニーを巡るポッターとクラムの三角関係であった。

内容を読んだ時は度肝を抜かれた。俺以上に事実無根なゴシップが広がっていた。

 

「……なんだ、この記事?」

 

「クラムの大切なものはグレンジャーだったろ? そのことを面白可笑しく取り上げて、劇的なロマンスに仕立て上げてくれているのさ。この記事、ポッターの前で朗読してあげたいよ。……まあ、パンジーはちょっと気に食わなかったようだ。グレンジャーが悪く書かれてるからね。ポッターと関わるとろくな目に遭わないと、さっきから愚痴を吐いているよ」

 

「ポッターはいつものことながら、ハーマイオニーも大変なんだなぁ……」

 

ハーマイオニー達に同情しつつそう漏らす。

ドラコは話をそらせたことに満足したのだろう。笑いながら記事をしまうと、再びホグズミードの話を始めた。

 

「まあ、とにかくだ。次の週末はホグズミードに行くぞ。試合の準備はなしだ」

 

「……そうだな。俺も久しぶりにお前らと遊びたいよ。お前とアストリアには、たっぷりと礼もしないといけないしな」

 

ホグズミードに一緒に行く約束をすると、ドラコは嬉しそうに笑いながらホグズミードでの予定を話し始めた。

俺自身、ホグズミード週末は楽しみだった。

第二試合の後に第三試合に関する情報は話されることはなく、試合の準備などできようもなかった。今が試合の事を忘れて羽を伸ばすまたとない時間であるのは間違いなかった。

俺とドラコでホグズミードへの計画を話し合っているところで後から合流したブレーズやパンジーも交え、今週末の予定について話をし、盛り上がった。

 

 

 

ホグズミード週末当日、ドラコ達と約束通り朝食を済ませるとすぐにホグズミードへと向かった。

村を歩き回りながら、他愛もない話を続けた。

俺の第二試合での武勇伝を話し合ったり、ブレーズがボーバトンの女子生徒から言い寄られていることを自慢したり、そんなブレーズに対抗したパンジーがダームストラングの男子生徒から言い寄られたと自慢して次の瞬間にドラコへ言い訳を叫び始めたり、騒がしいながらも随分と楽しく過ごしていた。

三月の暖かくなった天候にのびのびとしながら、カフェで冷たい飲み物を飲んで涼みながら昼食にしようということになり、近くのカフェに五人で入った。

カフェでゆっくりとしながら話をしていると、ふと思い出したかのようにブレーズがダフネに話を振った。

 

「そういやよ、ダフネ。お前、随分とフラー・デラクールに気に入られたみたいだな。ボーバトンの女子達から聞いたぞ。今日だって、デラクールに一緒にホグズミードに行かないかって誘われてたんだろ?」

 

「……貴方って、本当に抜け目ないわね。もうそんなことまで耳にしてるの?」

 

「情報通なのが俺のウリなんでな」

 

ダフネは呆れたようにしながらブレーズに返事をし、ブレーズは少し得意げにしていた。

ダフネは困ったように笑いながら、ブレーズの言葉に驚いて固まっているパンジーとドラコに声をかけた。

 

「フラーは第二試合の時に失敗しちゃったでしょ? その時、フラーが人質を心配してすごく取り乱していたの。フラーの人質が妹のガブリエルだったから、他人事だとは思えなくて……。試合が終わるまでの間、励ましていたのよ。そしたら私の事を気に入ってくれたみたいで、それからよく声をかけてくれるわ。廊下で会った時とか、休み時間とかにね」

 

ダフネがデラクールを励ましていたのは知っていたが、そこまで仲良くなっているのは知らなかった。

ドラコとパンジーと一緒に俺も驚いていると、ダフネは少し気まずそうに俺を気にしていた。

 

「確かにフラーとは仲良くなったけど、私は貴方に優勝して欲しいって思っているわ。それは間違いないの」

 

ダフネがデラクールと仲良くすることを少し気にしている理由が分かり、フォローするように返事をする。

 

「ああ、別にそこは気にしてない。ただ、デラクールに気に入られるなんて、すごいと思っただけだ。ほら、デラクールに近づこうとした男子生徒はことごとく撃沈してるだろ? ホグワーツの男子も、ダームストラングの男子も」

 

俺が気にしていないと返事をすると、ダフネは少し安心したように微笑んだ。

そして、俺の出した話題にはドラコが嬉しそうに食いついた。

 

「そう言えば、知っているかい? ウィーズリーがダンスパーティーにデラクールを誘ったって話を!」

 

「おうおう、知ってるぞ。ほとんど何を言ってるか分からなかった上に、返事聞く前に逃亡したそうだな。デラクールからごみを見るような目で見られていたってよ」

 

「ああ、現場に居合わせなかったのが残念だ。彼の勇敢な姿を、詩にでもして広めてやりたいのに」

 

「勇敢なのは間違いないな。俺にはあんな真似できねえよ。恥ずかしくて死んじまう」

 

ドラコの話にブレーズが乗っかり、ウィーズリーを弄り倒すことで盛り上がった。

 

その後も、デラクールが実はセドリック・ディゴリーを誘って振られていた事や、ポッターがチョウ・チャンを誘って振られた事、そしてセドリック・ディゴリーとチョウ・チャンが踊っていたとクリスマスパーティーでのゴシップにまで話が広がっていった。

他にもスリザリンやそれ以外の寮でのゴシップをドラコとパンジーが楽しそうに話を持ち出し、昼食が終わる頃には俺はホグワーツのゴシップについて一通り知ることが出来た。

 

昼食後はホグズミードへ再び繰り出し、郵便局のフクロウの羽が一斉に生え変わるのを見学したり、ブレーズとパンジーがいたずら専門店ゾンコでいたずらグッズを物色し、俺がハニーデュークスでアストリアのお土産とドラコへのお礼を大量に買い込んだりと、充実した時間を過ごせた。ドラコへは最高級の茶菓子と紅茶のセットを、アストリアへはアストリアと同じくらいの高さになるほどお菓子を詰め込んだ袋を用意した。

ホグズミードにいる間も、ホグワーツに帰ってからアストリアにお土産を渡し喜ばせる時も、全員でホグズミードでのことを話しながら夕食を食べる時も、俺は試合の事を忘れすっかり楽しむことが出来た。

試合の事を忘れることが出来たのは、代表選手になってから初めての事だったかもしれない。それくらい、久しぶりにドラコ達と遊ぶのは楽しかったのだ。

 

その日の夜、自室でベッドに入ったところでドラコから声をかけられた。

 

「ジン、明日は談話室でボードゲームとカードゲーム大会だ。アストリアも誘う。君も、当然参加だ」

 

「随分急な話だな。前から計画してたのか?」

 

「いや、今僕が決めた。でも絶対にやる。他の奴らだって、絶対に参加させるさ」

 

ドラコは鼻歌交じりに上機嫌でそう言った。

ドラコの様子に驚いてると、ドラコは少し笑った。

 

「今日、楽しかったよな。でもさ、ホグズミード週末に出かけるなんて、そんな特別なことじゃないだろ? 去年だってこれくらいの事はしてたんだ。今年は色々あってできなかっただけさ。……ようやく、楽しくなってきたんだ。遠慮なんてするもんか」

 

今日が楽しかったのも、久しぶりに羽を伸ばせたのも、俺だけではなかったようだ。

ドラコは第三試合の内容が伝えられるまでの間、とことん遊び倒すつもりのようだった。

そんなドラコの誘いに、俺はすぐに乗った。

 

「分かったよ。俺は絶対参加する。けど、アストリアからお菓子を巻き上げるなよ? あれは俺からのお礼なんだ」

 

ドラコは乗り気な俺の返事に少し面食らった表情をしたが、直ぐに笑って話に乗った。

 

「なら、アストリアの負け分は君が肩代わりだ。精々頑張ってくれ」

 

そうドラコとじゃれ合って、夜を更けていく。

ドラコ達といると、嫌なことを忘れられた。

試合の事も、誰か分からぬ黒幕の事も、そしてポッターに抱いた劣等感も。

明日の遊びも、楽しみで仕方がなかった。

 

 

 

そうしてドラコ達と平穏に過ごしていたある日、久しぶりにハーマイオニーが俺を訪ねてきた。

リーター・スキーターの記事を気にしてかご丁寧にポッターの透明マントを羽織り、俺が一人になる時を見計らって廊下で声をかけてきた。

 

「……ジン、話したいことがあるの。少しいいかしら?」

 

話しかけられた時は、驚きで飛び上がりかけた。

周りを見て、誰もいないことを確認してから透明マントを羽織ってどこにいるか分からないハーマイオニーに小声で返事をする。

 

「……ハーマイオニー、だよな? 透明マントを羽織って、そこにいるのか?」

 

「そう。……ほら私、ちょっと面倒なことになってるから。雑誌の事、知ってるでしょ?」

 

いつしかドラコが持ってきた週刊魔女の事だろう。ポッターとクラムと噂になっているハーマイオニーが俺と一緒に歩こうものなら、来週の記事からは三角関係から四角関係となるだろう。

それは御免こうむりたいと思い、姿を消したままのハーマイオニーと人気のない廊下へ移動し、小声で話を続ける。

 

「それで、ハーマイオニー。話したいことっていうのはなんだ?」

 

ハーマイオニーは姿を消したまま、小声で話し始めた。

 

「この間のホグズミード週末で、私達はシリウスと会ってたの。シリウスから聞いた話、あなたにも話そうと思って。……あなた達が巻き込まれた理由にもつながることだと思うから、あなたも知っておくべきだって思うの」

 

「……そうか。まだ、この辺りに人が来ることもなさそうだ。今なら、じっくり話ができる」

 

そう言ってハーマイオニーから、いつかの医務室での時と同じように話の内容を聞くこととなった。

ハーマイオニーの話の内容は、多岐にわたった。

クィディッチ・ワールドカップでの闇の印を打ち上げた犯人についての考察、しもべ妖精のウィンキーがホグワーツで働いていて何かクラウチ氏の秘密を握っていること、クラウチ氏が病気な日の夜にスネイプ先生の研究室へ忍び込んでいたこと、バーサ・ジョーキンズが未だ見つからないこと、そしてクラウチ氏の息子が死喰い人であったこと。

どれもバラバラの情報でありながら、どこかでつながっていそうな、そんな印象を受ける話だった。

話を終えたハーマイオニーも同じような印象を持っているようだった。

 

「ハリーとロンは、スネイプ先生が怪しいって言うの。……あの二人は、いつだってスネイプ先生を疑うから、あまりあてになる意見だとは思わないけど。あなたはどう思う? これだけ色んなことが起きてるの。きっと、裏には何かがあるのよ。あなたやハリーの命を狙う以外にも、何かがきっと」

 

スネイプ先生が怪しい。そんなポッター達の意見を聞いて、ムーディ先生との会話を思い出した。少なくとも、スネイプ先生も怪しいと言えるだけの理由はあるのだ。

 

「……一度、ムーディ先生と話をしたことがあるんだ。今回の犯人が誰なのか。ムーディ先生の考えでは、スネイプ先生が容疑者の筆頭だった。理由は、俺が狙われているからだ。俺を狙う理由があるのは、俺が二年生の時に闇の帝王から逃れたことを知っている人物だろうって。そしてスネイプ先生が元死喰い人であることもあって、俺を狙うには十分な理由だと」

 

ハーマイオニーとしては、俺からスネイプ先生犯人説が出てくるとは思っていなかったようで不意打ちを食らったように黙った。

しかし、それでいて疑う理由には納得をしたようで、強い反論は返ってこなかった。

 

「……でも、ダンブルドア先生はスネイプ先生の事を信じているわ」

 

「そうだな。だから、あくまで可能性の一つな話だ」

 

スネイプ先生を疑いたくないような態度のハーマイオニーに、少し自分と重ねて笑ってしまう。感情に任せて視野を狭めてしまうのは、仕方のない事だとも思う。

そう思いながら、話を締めにかかった。

 

「これまでの話は全部つながっているとは思うが、それがまだ何か分からない。……次の試験内容を伝えられるのも、そろそろか。試験内容が分かったら、また準備で忙しくなるな……」

 

平穏な時間を名残惜しく思いながら、そう呟いた。

ドラコ達と何も気にせず遊んでいられる時間も、試合内容が伝えられるまでの間だ。

そんなしんみりとした気持ちをハーマイオニーはくみ取ったようだった。

 

「……大丈夫よ。対抗試合が終われば、またいつも通りに戻れるもの。それまでの辛抱よ。そうだわ! 次の夏休み、良ければ私の家まで遊びに来ない? あなた、いつも言ってたじゃない。夏休みはゆっくりできるけど、やる事が少なくて寂しいって。実は私もそうなの。……ハリーは、夏休みの間は外出が出来そうにないし、ロンはマグル界の事情に疎いから誘うに誘えないし、家族以外と夏休みを過ごす機会ってほとんどないのよ。ね、来てくれたら嬉しいわ!」

 

ハーマイオニーなりの、すこしでも俺を明るくさせようとした誘いなのが分かった。そして、その誘いは驚くと同時に俺にとってすごく嬉しいものだった。

 

「それはいいな。こっちこそ、喜んで行きたいよ。……なら、何が何でも次の試合を切り抜けないとな」

 

思わず笑いながら、そう明るく返事をする。ハーマイオニーも少し笑っているようだった。相変わらず透明のままで、表情は分からないが。

 

「貴方が来てくれるの、楽しみにしてるわ! ……じゃあ、そろそろ行くわ。ここに誰か来るかもしれないし。……頑張ってね」

 

ハーマイオニーは去って行ったようだった。ずっと透明だったため、不思議な感じだ。

俺も立ち上がり寮に戻る。

少し気が楽になった。試合前の楽しい時間だけでなく、試合後の楽しみもできたからだろう。

そして何より、嬉しかったのだと思う。ハーマイオニーから遊びに誘われたことが。

自分でも不思議なくらい、嬉しく穏やかな気持ちになっていた。

次の試合も、乗り越えられるだろうと思えるほどに。

 

 

 

ハーマイオニーからの話を受けた後も、しばらくはドラコ達と楽しく日々を過ごしていた。

それが終わりを告げられたのは、五月になってもうすっかり暑くなった頃だった。

呪文学の授業を受け終わった後、フリットウィック先生から指示があった。

 

「エトウ! 今夜九時にクィディッチ競技場へ行きなさい。第三の課題の説明があるそうです」

 

平穏な時間の終わりにため息を吐き、指示通りに夜になるとクィディッチ競技場へと向かった。

競技場は随分と様変わりしていた。

腰ほどの高さになっている曲がりくねった生け垣が四方八方に広がっており、まっ平であった競技場は見る影もなかった。

そんな競技場の真ん中には既にバグマンとクラムが立っていた。ポッターとデラクトールはまだらしい。

生け垣を乗り越えてバグマン達の所に行くと、バグマンは嬉しそうに笑っていた。

 

「やあやあ、今大会のダークホース! 前回の試合は見事だったね! 全く、君とハリーは盛り上げ上手だ。登場から世間を騒がせてばかりだよ」

 

「……ええ、ありがとうございます」

 

バグマンの事は、嫌いではない。しかし、好きにはなれそうになかった。バグマンはそんな俺の態度を気にも留めず、生け垣の生えた競技場を眺め始めた。

俺は隣のクラムの方へ意識を向ける。クラムは相変わらず不機嫌そうだった。

 

「……この試合が、最後の試合だ」

 

クラムは不機嫌そうな表情のまま、俺にそう言った。

突然に話しかけられ少し面食らったが、直ぐに返事をした。

 

「そうだろうな。……俺は清々するよ。やっと、この試合を終えられる」

 

正直な感想を口にすると、クラムはまだ不機嫌そうな表情のまま話を続けた。

 

「……ヴぉく、これが終わったら帰ることになる。……これが、最後のチャンスだ」

 

詳しく聞かなくても、チャンスとは何を指しているか分かった。ハーマイオニーを誘うことを指しているのだろう。

俺の感想は前と同じ。ハーマイオニーを誘いたいのであれば俺を気にせず誘えばいいのに、だ。

 

「なあ、なんでそこまで勝つことにこだわるんだ?」

 

そう素直に聞いた。クラムは俺の質問に少し眉をひそめて考えるような表情になった。それからゆっくりと返事を返した。

 

「……こうしよう。君が勝てヴぁ、その理由を言う。だから、君も全力で試合に挑む」

 

「……なんだよ、それ。そこまでしないと、教えてくれないのかよ」

 

不思議な返事に、少し笑ってしまう。ここまで理解できないことが続くと、可笑しくて笑えてきた。思わず、砕けた柔らかい口調になった。

思えば、クラムとここまで穏やかな気持ちで話せたのは初めてかもしれない。

以前に話しかけられた時はクラムもどこか喧嘩腰で、俺も攻撃的だった。

クラムは俺が笑ったことを少し不思議そうにした。しかし、顔をしかめるようなことはなく、どこか呆れた表情だった。そしてクラムの口調も、今までで一番柔らかいものになっていた。

 

「君ヴぁ、どういえば言いのか……。悪い奴じゃない。ただ、そう……天然、であってるか? そんな所が、あるだろう?」

 

「天然? 俺が?」

 

クラムからの言葉は予想外のものだった。天然、と評されたのは初めてだった。

 

「天然か……。変わり者だとか、そんなことは言われたことはあるが、天然って言われたのは初めてだな」

 

「……そうか。でも、悪い奴じゃない」

 

「……ありがとう。クラムも、表情は固いけど、悪い奴じゃない」

 

俺がここまで穏やかに話せているのは、やはりドラコ達と楽しく過ごせていたことや、夏休みにハーマイオニーと遊ぶ約束ができたお陰かもしれない。いつになく、心に余裕があった。

そしてクラムも、以前まで俺に向けていた敵意に近い感情が薄くなっていた。クラムにも何かあったのかもしれない。

こうして話していると、以前までの自分の態度が失礼なものであったとしみじみと思った。クリスマスパーティーでは睨みつけ、話しかけられた時は攻撃的な返事を返していた。そのことを謝りたくなった。

 

「……なあ、今までお互い、喧嘩腰だったろ? 俺も、ちょっと……いや、大分気が立ってたんだ。態度が悪かったよ。許してくれないか? ほんと、喧嘩なんてしたくないんだ」

 

クラムに向かってそう言うと、クラムは驚きで目を丸くした。それからどこか納得したように、そして呆れたように笑った。

 

「……君ヴぁ、天然だよ」

 

「……なんでそうなるんだよ」

 

「それも、君が勝てヴぁ教えよう」

 

どこかからかう様にクラムは笑った。そんな様子に俺も少し苦笑いをした。

それからクラムは、ふと思い出したように話を切り出した。

 

「君ヴぁ、気にならないか? ハーマイ・オウン・ニニーの、記事の事」

 

「記事? ああ、リーター・スキーターの記事か。俺は別に気にならないが、お前らは大変だよな。……気の毒だと思うよ」

 

「……記事の内容、事実か?」

 

クラムは少ししびれを切らしたようにそう言った。クラムが気にしているのは、記事の内容が事実かどうかのようだった。

俺からすれば事実無根の記事であるのは一目瞭然だったが、クラムからすれば事実である可能性がぬぐえないでいるのだろう。

 

「事実無根だとは思うがな。気になるならこの後、ポッターに聞いてみたらどうだ?」

 

そう返事をすると、クラムは少しむっつりした表情で頷いた。

そうしてクラムと話をしていると、ポッターとデラクールが現れた。二人は仲良さげに話しながら、生け垣を越えてきていた。

デラクールは第二試合以降、随分とポッターへの態度を軟化させていた。ポッターが妹を助けようとしたことに恩を感じているのだろう。

ポッターとデラクールが生け垣を越えてきたところで、バグマンが再び話を始めた。

 

「さあさあ、紳士淑女諸君! これが第三試合の内容だ! これが何かわかるかね?」

 

バグマンはそう言いながら生け垣を自慢げに指さした。そんなバグマンにはクラムが返事をした。

 

「……迷路」

 

「ご名答! そう、第三試合は障害物を備えた迷路だ。この迷路の中心に、優勝杯を置く。障害物と迷路を潜り抜け、それを手にしたものが優勝だ! 今までの点数で、スタート時間に差を作る。まずはハリーとクラムが、その次にミス・デラクール、そして最後にエトウが出発できるということさ。誰にでも優勝のチャンスがある、実に最終試合に相応しい内容だろう?」

 

クラムの返事を受けて、バグマンは上機嫌に試合の内容を解説した。

 

「さあ、質問がなければこれで話は終わり! みんな、城に戻ろうか。夜は流石に冷えるみたいだしね」

 

バグマンは上機嫌にそう言って、選手達に帰りを促した。

俺も帰ろうとすると、隣でクラムが動くのが分かった。クラムはポッターの所まで行き、肩を叩いた。

 

「少し話せるか?」

 

「え……。あ、うん、いいよ」

 

ポッターは戸惑いながらクラムの誘いを受けた。クラムは、やはりポッターに直接聞かなくては気が済まないようだった。

その様子に苦笑いをしながら、森の方へと消えていくポッターとクラムを見送る。

バグマンはそんなポッターとクラムが気になるのか、直ぐには帰らずしばらく競技場に残るようだった。

残された俺とデラクールは、特に話すことなく競技場を後にした。

デラクールからは、以前に感じていた見下すような雰囲気はなかった。しかし、友好的な雰囲気でもなかった。

デラクールは別れ際、チラリと俺を気にするように目線を向けただけだった。

 

対抗試合ももうすぐ終わる。次の試合が最後だ。

これを乗り越えれば、また今まで通りの生活に戻れる。

そう信じて、ドラコ達の待っている寮へと歩みを勧めた。

 


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