日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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ブレーズの奮闘

ブレーズは深くため息を吐いた。

今日は歴史的なクリスマスパーティーだ。記念すべき日になるはずだった。

自分は理想のパートナーとダンスをして過ごし、親友達と話に花を咲かせ、誰もが笑顔で楽しむはずのクリスマスになるはずだった。

 

そう思っていたのに、現実は残酷だった。

お陰様で隣にいるのは理想のパートナーではなく、頭のおかしいちんちくりん。

 

ちらりと隣にいる少女、ルーナ・ラブグッドへ目をやる。

大きな目にブロンドの髪。普段つけているコルクのネックレスやカブのピアスはない分かなりマシな見た目になっているが、理想のパートナーというには、いささかブレーズにとって物足りなかった。

 

どうしてこうなった……。

 

そう思い、事の起こりであるハロウィン前日に行われた歓迎会での出来事を思い返した――。

 

 

 

 

 

歓迎会の日、ブレーズはクラムに話しかけようとドラコと共に躍起になって人込みをかき分けた。

流石は世界的スター選手。話しかけるも一苦労で、自分に興味を向けることなどできっこなかった。

結果、ブレーズは人込みから弾き飛ばされた。一方で、一緒にいたはずのドラコはちゃっかりとクラムの隣に座っていたりする。ブレーズにとって非常に腹立たしい状況だった。

クラムは諦め、どこかでのんびりしているだろうジンとダフネと話でもして気を紛らわそうと思った。

そして見つけた二人は、ダームストラングの男子生徒と楽しそうに談笑をしていた。それを見て、もっと気分が悪くなった。

 

「おいおい、ダームストラング生ってのは敵だろ? 随分と仲良くなって……」

 

そう突っかかるように声をかけた。二人の親友がいい顔をしないのは分かっていたが、八つ当たりでもしないと気分が収まりそうになかった。

ジンに諫められたが謝る気にはならず、ダフネに連れ出される形となった。

 

「ベックがいい人なのは、本当よ。失礼な態度は良くないわ。喧嘩するくらいなら、向こうに行きましょ? ちょうど、貴方に話したいこともあるし」

 

ダフネはそう言って、ブレーズを連れだした。

ブレーズからすればダフネもその場を離れたがっているようだったので、自分と一緒にその場を抜け出すための方便にしか思っていなかった。

ジンとダームストラング生と離れた後、ダフネは周りを見渡して、辺りに知り合いがいないことを確認すると声を潜めて話始めた。

 

「ブレーズ、貴方にちょっと協力して欲しいことがあるの」

 

「あん? なんだ、マジで話したいことあったのか」

 

ブレーズは少し驚いた。ダフネの話したいことがあるというのが嘘でなかったというのもそうだが、ダフネが誰かにお願いをすることが珍しかった。

基本的にダフネは誰かに借りを作りたがらない。誰かの力を借りることも、誰かの助けを受ける事も、極力避けるような人間だ。

そんなダフネが自分に協力の依頼。随分と興味のそそる話題だった。

ブレーズは一気に機嫌を直して、面白がるように質問をした。

 

「珍しいな、お前が頼みごとなんてよ。一体何だってんだ?」

 

ダフネは少し言いづらそうにしたが、すました表情を取り繕いながら相談を切り出した。

 

「ジンからクリスマスパーティーに誘われるように仕向けたいの。……ちょっと、手を貸して欲しいのよ」

 

ブレーズはここ数年で一番驚いた。それこそ、二年生の時にジンがスリザリンの継承者をぶちのめしただの、三年生の時にこれまたジンが吸魂鬼とシリウス・ブラックから逃げてきただの、そんな大事件に匹敵するほどの情報だった。

 

あのダフネが、ダフネ・グリーングラスが、男からクリスマスパーティーに誘われたいと思っているのだ。

 

ダフネが男になびかないのは有名だった。自分の家柄や見た目などに自信のある者が数名、ダフネにアタックをするも散っていく姿を見たことがある。知っている者は少ないが、現クィディッチキャプテンのグラハム・モンタギューもダフネに振られたことがあるのをブレーズは知っていた。それを知った時は腹を抱えて笑ったのを覚えている。

一方でダフネが誰かを気になっているなど聞いたことがなく、そんな気配など微塵も感じてこなかった。

 

そんなダフネの気になる相手。それがジンだという。

家柄なんぞないに等しい。名家らしい振る舞いは一切なし。マグル界育ちのスリザリン。寮じゃ知らない者などいないほど有名な、変わり者扱いの、愛すべき親友。

 

ブレーズは思わず笑った。

なんて面白い話なのだろうか。

 

ダフネはブレーズが笑ったのが気に入らなかったようだ。軽くブレーズを睨みつけた。

 

「……随分と楽しそうね。何か、言いたいことでも?」

 

「いやいや、不平不満は何一つねぇよ。……いいんじゃねぇの? 協力してやるよ」

 

ブレーズのあっさりとした協力への合意に、ダフネは少し面食らった。それから、少し疑う様な表情でブレーズを見た。

 

「貴方、何か企んでる?」

 

「失礼な奴だな、お前。協力して欲しいんだろ? 素直に喜べよ」

 

ブレーズは笑いはしたものの、悪意などなかった。

ダフネもそれが分かったのか、少しため息を吐いてから話を続けた。

 

「ジンから誘われたいだなんて、こんなこと、誰にも言ってないわ。パンジーにもドラコにも、アストリアにも。言ったらすぐ広まりそうだし……。変にジンの耳に入るのも嫌なの」

 

ブレーズは納得した。

確かに、特にパンジーの耳に入ろうものならばすぐに広まってしまうだろう。

今のところダフネの振る舞いからジンへの好意が読みとれた者などいないだろう。自分が気付かなかったのだ。他の者が気付くことなど、考えられない。

 

「……貴方に相談したのは、その、経験が一番豊富だから。パンジーはドラコしか見てないし、ドラコも女性関係には疎い方でしょう? 私も言い寄られたことはあるけど、誰かを誘ったりしたことはないし……。どうしたらいいか分からないの」

 

そうダフネは恥ずかしそうにしながら言った。

ブレーズはこれをモンタギューが見たら発狂するだろうなと思い密かに笑った。

そして、ダフネの悩みなど簡単に解決すると思った。

 

ジンはクリスマスパーティーに誰かを誘うつもりがないと言っていた。

ジンにダフネを誘えと一言言えばそれで終わり。

ジンがダフネをぞんざいに扱うことなどしないだろう、という確信もあった。

 

だからブレーズは、ダフネの依頼を安請け合いした。

 

「オーケー、分かった。ジンからお前を誘う様にすればいいんだろ? んじゃ、俺、ちょっとジンと話してくるわ」

 

「……余計なことは言わないでよ?」

 

「言わねぇよ。ちょっと話をするだけだ」

 

話をして、それで終わり。そんな気でいた。

しかし、事態は複雑だった。

 

ダームストラング生と別れて一人になっていたジンに話しかけたところ、ジンからも相談を受けた。

 

「なあ、ブレーズ。丁度お前に相談しようと思ってたんだ。前に協力者になってくれるって言ってたろ? 今年のクリスマスパーティーに向けて、協力して欲しいんだ」

 

「あん? ……ああ、もしかして、誘いたい奴がいるのか? 前はいないって言ってたが……」

 

「実はいるんだ、誘いたい奴。前に聞かれた時は嘘を吐いてた。誘いたい奴がいるって言うのが、恥ずかしくてな」

 

「……お前、実は嘘が上手いんだな。全く気付かなかったぞ。で、誰だよそれは?」

 

「ハーマイオニーだ。……あいつをクリスマスパーティーに誘うのに、アドバイスをくれないか?」

 

この話を聞いた時、ブレーズは思考が停止した。

なんで、クリスマスパーティーに誘いたい相手があのハーマイオニー・グレンジャーなのか。

ブレーズは別にハーマイオニーを嫌ってはいない。しかし好いてもいない。

友達の友達。そんな距離感だ。

命の恩人であることは認めている。パンジーやダフネに協力的で良い奴なのだとは思う。だが、勤勉で真面目で冗談が通じない。馬が合うと思ったことはない。

なんでそんな奴が気になるのか。

そうジン本人に聞いたところ、返事はこうだった。

 

「……ハーマイオニーから頼られるのが、力になれるのが、幸せだって思ったんだ。うん、それが大きいな」

 

その返事にブレーズは頭を抱えながら少し納得した。

ブレーズが思うに、ジンは世話好きだ。誰かから頼られた時にあまり嫌な顔をすることがない。むしろ、喜んで手を貸すような人間だ。お人好しと言ってもいい。

そんなジンが昨年、ハーマイオニーからずっと頼りにされていたのはなんとなく聞いている。それがきっかけにでもなったのだろう。

結局ブレーズはその場でそれ以上は何も言わず、適当に濁して話を切り上げた。

 

 

それが学校生活の崩壊の始まりだった。

 

 

ジンから誘われたいダフネと、ハーマイオニーを誘いたいジン。

思ったよりも面倒くさい事態だった。どうしようかと頭をひねらせていたが、翌日になったらそれどころじゃなくなった。

 

ジンが代表選手に選ばれた。

 

お陰で学校は大騒ぎ。その後に四人目の代表選手としてハリー・ポッターが選ばれるのだから、事態はさらに大事に発展していった。

誰もが二人に注目をした。

どうやって年齢線を越えたのか、本当の代表選手はどっちなのか、対抗試合をどうやって乗り越えるのか。

更に事を複雑にしたのが、当の本人が栄誉ある代表選手という立場を嫌がっていることだ。

スリザリン全体がジンを担ぎ上げ、自分達も代表選手に選出されたことを心から祝福した。

しかしジンの反応は薄く、それどころか顔をしかめたりため息を吐いたりする始末。

ドラコ達が励ましたり、代表選手であることを相応しいと評したりしても、曖昧に笑うだけだった。

 

ジンのいないところで、どうしたらジンが前向きになるか何度か話し合いがされた。

 

「ジンは、本気で代表選手になりたくなかったんだ……。どうしてかまでは分からないが、まあ、彼の態度を見るに明らかだろう」

 

ドラコの意見にブレーズは賛成だった。ダフネも驚いた様子はなく頷き、アストリアは悩んだ様子で話を聞いており、パンジーは呆気に取られていた。

アストリアが一生懸命考えて出したであろう答えを言った。

 

「……自信がないのかな? ジン、自分のこと凄いって思ってなさそうだもん。自慢するところとか見たことないし。自信を持たせてあげたら、やる気になるんじゃないかな?」

 

「そうかもね。元気づけてあげるのも、いい方法かもね」

 

ドラコは一生懸命なアストリアに微笑みながらそう言ったが、ドラコ自身はそうだとは全く思っていないようだった。

 

「僕としては、目立つことそのものが嫌なんだと思う。非難されることもそうだが、担ぎ上げられるのも本気で嫌がっているように見えるよ。……ジンは何も言わないけど、こそこそと噂されるのも相当嫌なはずだ。本人が言わない分、僕らが言い返した方がいいだろうね。こういうのは、何も言わないでいると調子づく奴らが多い」

 

「……過保護だなぁ、ドラコ。俺達が言い返すまでもなく、あいつが実力で黙らせればいいだろ?」

 

「実力で黙らせる一か月、ただ言われっぱなしになっていろってことかい? ジンには、試合に集中して欲しい。余計なことはこっちで排除するに越したことがないだろ? ……僕がクィディッチの試合に出る時、君達がしてくれていることと一緒だよ」

 

ドラコはこれを機に、普段感じている恩を返す気なのだとブレーズは察した。

ブレーズとしても、元々ジンに協力するつもりであったため反対意見などなかった。

ただ、ジンを守ることに張り切るドラコやダフネ、ジンに借りを作ってやろうと言いながらなんだかんだ心配するパンジー、自分達を兄の様に慕っているアストリアと、ジンの周りには協力者が多いことを悟り肩の力を抜いた。

悪い様にはならないだろうと思った。

協力者が多いし、何よりジンは今まで様々なトラブルを自力で潜り抜けてきた。今回も、きっと何とかなるだろうと楽観していた。

 

第一試合が終わり、その考えが甘かったと思い知った。

 

ジンが死にかけた。ドラゴンの尻尾に弾かれて。

意識を失ったであろうジンはすぐに治療され、医務室へと送り込まれた。命に別状はなく、試合も問題なく再開されることとなった。

だが、自分達の間には問題だらけとなった。

 

ドラコは悔しそうにした。他の選手が上手くやってジンだけが失敗し、周りがジンを非難するのに耐えられないようだった。

ダフネは悲しそうにした。何もできず、ただジンが意識を戻すのを待つことしかできない自分に歯がゆさを覚えているようだった。

パンジーは怒り狂った。周りの者がジンを非難し、囃し立て、それによってドラコとダフネが辛そうにするのが許せないようだった。

アストリアは不安そうにした。このままではジンだけでなく自分達の誰かも倒れてしまうのではないかと心配そうだった。

 

そしてブレーズは、誰よりも冷静であった。

ジンも心配だが、ドラコ達も心配だった。ドラコ達はジンを庇うあまり周りと酷く対立をすることとなった。

ドラコやパンジーはスリザリン生でジンの批判をする者を許しはせず、痛烈に言い返してみせた。お陰で寮内の雰囲気は殺伐とすることが多く、そんなドラコ達に不満を持つ者も現れた。

ダフネはひたすらにジンを案じていた。授業終わりには必ずジンの状況を聞きにスネイプ先生やマクゴナガル先生を問い詰めたし、面会も希望していた。ジンが意識を戻さないと聞く度に落ち込み、どこか痛々しい雰囲気を醸し出し、食事すら拒否した。その様子を見てダフネに夢中な一部の男子は更にジンへと敵意を増やし、それに気づいたダフネは悲しむ事すら我慢していた。

アストリアは誰もが苦しんでいるのを見てどうしたらいいのか分からないようだった。ダフネを励まそうとして上手くいかず、落ち込んでいるのもよく見かけた。また、同級生がジンに批判的であり友達ともうまくいかなくなってしまった様だった。

 

ブレーズからすれば、全員がジンの事を思って、全員が自分の首を絞めているように見えた。あまりいい事だとは思えなかった。

 

荒れるドラコを宥めた。ジンが帰ってきた時に気まずくならないようにするべきだと主張し、その意見に納得したドラコはむやみに人に噛みつくことを止めた。そして冷静になったドラコがパンジーを宥めることで少しばかりの平穏を取り戻した。

落ち込むダフネを励ました。ジンに命の別状がない事や、ジンが目を覚ました時に自分達まで落ち込んでいたらジンはもっと気にするだろうと言って、少しばかり気楽に考えることを勧めた。励ましの効果はなかったが、少なくとも断食を止めてくれた。

困っているアストリアを慰めた。アストリアが気にすることは何一つなく、友達と楽しくやっていろと言って同級生の輪の中へと押しやった。アストリアは友達との無用な対立は避け、日常へと戻る事ができたようだった。

 

こうして、表向きだけでもいつも通りの日常を取り戻していった。

そしてジンが目を覚ましてからも、その日常は何とか取り繕うことができた。

ジン本人以外は。

 

ジンが目を覚ましてすぐ、ジンが自分の試合での失敗を気にせずに飄々とした態度であったことをパンジーが咎め、険悪な雰囲気になった。

パンジーからすれば、ジンの名誉の為に身を粉にして動いていた自分やドラコ達の思いを無下にし、自分達の心配も気にしてないように見えたのだろう。自分達の気も知らないで、というパンジーの思いを少しばかり察した。

だからブレーズはパンジーを庇ったし、少しばかり肩入れもした。

ジンはすんなりとそのことを受け入れ、自身の状況も受け入れて見せた。自分達の誰かに当たることも、怒り散らすこともしなかった。粛々と、自分の置かれた状況を受け入れていた。

 

だからブレーズは、ブレーズ達は勘違いをしていた。

ジンが苦しんでいるのは周りのいわれなき非難や、代表選手になったせいで嫌に目立っているのが原因だと。

 

特にドラコはジンが苦しんでいるのを見抜いていたし、気にしてもいた。度々ジンのいないところでよく議論をしていた。

 

「僕らは、僕らだけはジンの優勝を信じよう。だって、そうだろ? ジンが次の試合で勝ちさえすれば、みんな掌を返すに決まってる。こんな批判なんて、すぐになくなる。だからさ、ジンにも立ち直ってもらわなきゃ。僕らが優勝を信じてるって言えば、きっと立ち直ってくれるさ」

 

全員がドラコの意見に賛成だった。全員がジンを励まそうと心した。

また下手なことを言いそうだからと、パンジーはジンへの見舞いに行かなかったが、周囲の人間が漏らすジンへの批判は一層、厳しく取り締まった。

 

だがジンの表情が晴れることはなく、むしろ日に日に弱っていった。

退院してから直ぐに、授業に来なくなった。日のほとんどの時間、卵を持って森の中へと消えていった。食事もろくに取らず、やつれていった。

ドラコ達は一層、強くジンを励ました。ジンは一層、弱っていった。

 

ブレーズはそんな状況に頭を抱えていた。

何かしてやりたかったが、何をすればいいのか分からずにいた。

いつまでもこんな状況が続けば、ジンが倒れてしまう。そう思った。

 

だが、そんな日は急に終わりを告げた。

ジンが、自分達を呼び出して本音を話した。

命を狙われていて、試合になんて出たくなくて、優勝なんてどうでもよくて、ただ生きることを望んで欲しい。

そう言われた時、ブレーズは自分達の行動がジンを追い詰めていたことを悟った。ジンが苦しんでいたのは、自分達がジンに優勝を期待して励まし続けたからだと。

 

ジンは真に受けたのだ。自分達の言うことを、喜びを、期待を、そして心配も。

 

ジンが代表選手になって喜んでいた自分達を思い、試合に出たくないなど言わなかった。

第一試合が終わって厳しい立場になったジンを励ます自分達の期待を背負い、無理をして強がった。

そして心配をさせまいと、弱音を吐く事すらしなかった。

 

くそ真面目な野郎だ。ブレーズはそう思った。

 

もしブレーズがジンの立場なら、代表選手になった時に話は終わっていた。

例え周りが喜ぼうと、ブレーズだったら一言、

「試合なんて出たくねぇ、ふざけんな」

と言って終わらせただろう。

目の前の親友はそんな一言すら言えない、不器用な奴だったと思い知った。

そしてそんなジンをからかってやろうと、謝り続けるジンにちょっとした罰を与えた。

自分達の中で一番ジンの身を案じていたダフネを喜ばせてみろ、と。ただの悪ノリだったが、悪くない案だったと思う。

女性を喜ばせようとするジンは見物だとドラコとブレーズは思っていたし、怒るパンジーを鎮める口実にもなるし、なによりジンからダフネをクリスマスパーティーに誘わせる絶好の機会だった。

 

ブレーズにとって幸運なことに、ハーマイオニーにはクリスマスパーティーのパートナーが既にいた。

誘う相手がいないことでジンが頭を悩ませているので、それとなくアドバイスをしてダフネを誘わせようとした。

だというのに、ジンはそれらを全部無視して、あろうことかルーナ・ラブグッドを誘いだした。

ぶん殴ってやろうかと思った。

しかし話を聞くに、あくまでジンはジンでダフネの事を思いやっていた。ものすごくすれ違っていたが。

ブレーズは呆れ果て、今となってはらしくないと思うが、自分の身を捨ててまでジンにダフネを誘うように仕向けた。

 

結果めでたくジンはダフネを誘い、自分は頭のおかしいちんちくりんと躍ることになった。

クソくらえだ。

 

 

 

 

 

ブレーズは大広間で席に着きながら、遠い目で今日までの事を振り返った。

そしてパートナーのルーナの方に目をやる。ルーナは大広間の特別な装飾や妖精や魔法に随分と興味津々だったが、何かを探すようにキョロキョロとせわしなく顔を動かしていた。隣で見ていたレイブンクローの六年生の女子がクスクス笑いを抑えようとしていた。

 

「……お前、何探してんの?」

 

「皆が呆けた顔をしてたから、ラックスパートがいるのかなって。人の耳に入るところ見たかったけど、よく見えないや。メラメラメガネ、持ってくればよかったかな」

 

「……持ってこなくて正解だ」

 

いよいよ隣の女性が笑いを抑えきれず、噴き出した。

それを見ても、別にルーナは気にした様子もなく再びラックスパート探しに精を出し始めた。ブレーズは深くため息を吐いた。

 

ブレーズはジンにルーナを楽しませると言ったが、その自信がどんどん折られていた。

生まれて初めて、女性を前にして困惑している自分がいた。

 

それでも約束は約束だと、ルーナを喜ばせようとした。

ジンの話では、ルーナのお陰でジンは立ち直った。自分達にできなかったことをルーナがやったのだ。だからブレーズもルーナに対して少しばかり恩は感じていた。

借りを作ったままなのは、癪だった。

 

「いつまでも呆けてないで、飯にしようぜ。ほれ、好きなメニューを言ったら出てくるみたいだ。好きなもん食えよ」

 

とりあえず、ルーナを現実に引き戻そうと食べ物で釣ることにした。

ルーナはあっさりと釣れて、料理を楽しそうに選びながら、ややデザートに集中したメニュー選びをした。

甘いものをニコニコと頬張るルーナを見て、ブレーズは少しばかり表情を緩める。口を開かなければ、ルーナは随分とマシな女性だとなんとなく分かった。

だがいつまでも食事が続くわけはなく、直ぐに踊る時間となった。

ブレーズは食事を終えたルーナの手を引き、ダンスホールを取り囲む群衆に混ざった。

代表選手達が、と言うよりも、ジンが踊るところは見ておきたかった。

ルーナは大人しく手を引かれ、どこか夢見心地な呆けた表情でついてきた。

 

ジンは、傍目から見ても問題なく踊ることができていた。

ハーマイオニーがクラムと躍っていることも見ないようにしているのか、気にしたそぶりを見せずにしっかりとダフネと躍っていた。

 

それを見届けて、ブレーズは安心から深く息を吐いた。

やはりジンはくそ真面目だった。

自分の言ったアドバイスにしっかりと従い、クリスマスパーティーの間はダフネを喜ばせる事だけに意識を集中さえていることが分かった。

 

それが分かれば、もう何も心配することはない。

ブレーズは手を引いたルーナを喜ばせることに集中することにした。ダンスでもして、楽しい思い出にでもしてやろうと。

ところが、ルーナは踊るそぶりを見せなかった。どこか夢見心地な表情で、代表選手の後をおって踊り始めた群衆を眺めているだけだった。

 

「……踊らないのか、ラブグッド?」

 

「うーん……。ダンスは好きじゃないんだ。それに、あんたも無理しないでいいよ。私を誘ったの、ジンの為でしょ? 本当は私を誘いたくなかったのに、無理をしてる」

 

ルーナは夢見心地な表情とは裏腹に、淡々とした口調でそう言った。

ブレーズは驚いた。ルーナはここに来るまでも口を開けば変なことを言うので頭の中がハッピーな奴だと思っていたが、随分と冷静で客観的な視点も持ち合わせていた。

ブレーズは踊ろうとするのを止め、ルーナを連れてもう一度席に座り直した。

 

「勘違いしてるようだから言うが、お前を誘ったのは俺の為だ。……ジンには、まあ、別の奴と躍ってもらわないと俺が困るんだ。だってのに、ジンはお前を誘ったって頑なだった。お前を楽しませるのが、ジンが別の奴と躍る条件だったんだよ。……だから、お前は何も気にせず楽しめよ」

 

ブレーズはありのままを話すことにした。ルーナから下手なごまかしが通じそうにない、不思議な雰囲気を感じ取ったのだ。

ルーナは少し驚いたようにブレーズを見て、笑った。

 

「あんた、優しいんだね。それもすっごく。あんた、さっきまでジンの事を心配そうに見てたよ。……ジンがダフネ・グリーングラスと躍らないと本当に困るのは、きっとジンとグリーングラスなんだね。それなのに、それが自分の為だなんて言うんだ。……あんた、本当にジンが好きなんだね」

 

「……気色悪いこと言うなよ」

 

ブレーズはそう言いながら、ルーナに対して感心していた。そして、ジンがルーナのことを気に入った理由がなんとなく分かった。

ルーナは変で頭がおかしい。しかし、客観的で冷静な視点も持ち合わせていた。なにより、普通は口にすることを躊躇う事実も堂々と口にする度胸を持ち合わせている。

 

そしてブレーズはそんなルーナに言われて気が付いた。

自分はジンを含めたスリザリンの友人達といる時間がとても気に入っていたのだと。

一生に一度の特別なクリスマスパーティーを不意にしてでも壊したくないと思う程、大事に思っていたことを。

 

不本意だが、ブレーズもルーナの事が少し気に入った。

思っていたよりも面白い奴だと、評価を改めた。

そして、そんなルーナがつまらなさそうに自分のパートナーをしていることが癪だった。自分のパートナーとなった女性がつまらなそうにしているなど、ブレーズにとってはこの上ない侮辱だ。

だから、ブレーズは今まで以上にルーナを楽しませようと本気になった。

 

「ラブグッド、お前はなんでダンスが嫌いなんだ?」

 

ルーナは突然の質問に不思議そうにしながらも律儀に返事をした。

 

「何度か躍ったことがあるけど、楽しかったことがないから。それに、私が踊ると笑う人達がいるもん。今だって、あんたまで後ろ指を指されてる。私とパーティーに来るの、ちょっとおかしいみたいだから」

 

ブレーズはそう言われてチラリと辺りを見渡した。

そして確かに、自分達を見てクスクスと笑っている奴らが確認できた。

ブレーズは呆れたように笑った。

 

「……いい事を教えてやるよ、ラブグッド。後ろ指を指したり、馬鹿にしたりする奴らには、何が一番効果的かって話だ」

 

ブレーズはそう言うと、立ち上がって軽くステップを踏み、音楽に合わせて回転し、跳び、優雅に踊って見せた。

ブレーズは自分の見た目が優れていることを自覚している。そして、自分のダンスが一流であることも。その証拠に、部屋の隅で軽く一人で踊っただけなのに、ボーバトンの女子数名が自分に熱い視線を送り始めたことに気付いていた。

 

「楽しめよ、ラブグッド。楽しむのが一番の仕返しだ。楽しめば、悪口は嫉妬に、嘲笑は強がりになる。それが一番、相手の品位を下げるんだぜ?」

 

ルーナは呆気にとられた様にブレーズを見つめた。ルーナのそんな表情を見て、ブレーズは満足だった。

呆気にとられたままのルーナの手を取り立ち上がらせ、優雅にダンスホールへとエスコートする。

 

「ダンスがつまらないってのは、相手に問題があるんだよ。本当にいい相手と躍るダンスは、マジで楽しいぞ。……好きに踊れよ、合わせてやる」

 

ルーナは戸惑っていたが、少しして夢見がちにステップを踏んでくるくると回り始めた。

ブレーズはルーナの調子はずれのステップに笑いながら、上手くカバーし、傍から見れば独創的ながらも美しいダンスに仕立て上げた。

気が付けば、後ろ指を指す奴はいなくなった。ルーナとブレーズを気にする者も、いなくなった。いたとしても、それは羨望の眼差しを送る者だった。

ルーナは段々とダンスを楽しみ始め、しまいには輝くような笑顔を浮かべて全身で踊っていた。

 

「こんなにダンスが楽しいの、初めてだ! あんた、本当にすごいんだね。ラックスパートの群れみたいに、輝いてるよ!」

 

「……それ、褒めてんのか?」

 

結局二曲目の途中から最後の曲まで、ブレーズはルーナに付き合って踊り続けることとなった。

踊り終わったルーナは息を切らしながら、満足そうに笑っていた。それは夢見心地な表情ではなく、年相応の少女らしい表情だった。

 

「あんたの言う通りだ。ダンスって、素敵な相手と躍ると楽しいんだね。こんなに楽しいのは、初めてだ」

 

「そうだろ? けど、もう休め。息も切らしてる。飲み物でも飲んで、落ち着けよ」

 

そう言ってブレーズはルーナを座らせて、二人分の飲み物を持って自分も椅子に座った。

ルーナはフルーツカクテルを美味しそうに飲みながら、息を整えた。

 

「あんたって、やっぱり優しいね。あんたの友達にだけじゃなくて、私にも。……初めてだなぁ、羨ましいって目で見られたの」

 

「癖になるだろ、羨ましがられるのは。……ま、今日だけだ。お前には借りがあったからな。これでチャラだ」

 

ブレーズはそう言いながら、今日の事を自分でも満足していた。

結果として、ルーナを心から楽しませた。自分の矜持と友人との約束を守れて、万々歳だった。

ルーナは不思議そうにしながら、そんなブレーズを見た。

 

「私、あんたに何もしてないけどなぁ。……多分ジンの事だよね、あんたが借りだって言ってるの。やっぱり、ジンのことが大好きなんだね」

 

「それ止めろよ。俺がジンを好きだとか、気色悪くてたまんねえ。……俺は、俺が楽しいようにやってるだけだ」

 

ブレーズは少し顔をしかめながら、そうルーナに苦言を呈した。ルーナはそれを聞いて少し微笑んだ。

 

「やっぱり、あんたはすっごく優しいよ。自分の為に、って言いながら誰かの為に動いてるもん。今だって、私が楽しめるようにずっと気を遣ってる。お陰ですごく楽しかったよ」

 

無粋なことを言う、とブレーズは思ったが口にはしなかった。

それを言われてしまえば、ブレーズが何を言おうと照れ隠しのように聞こえてしまうだろう。たとえルーナの言うことが事実じゃなかったとしてもだ。

だから、肩をすくめるだけにした。

ルーナはそれを見ながら、微笑むだけだった。

それから、ルーナは夢見心地な口調で話を始めた。

 

「楽しむのが仕返しって、素敵だね。あんたの事、誤解してたなぁ。あんたのやり方、誰よりも賢いって思うよ」

 

「……それな、お袋の受け売りだ」

 

「そうなんだ。あんたのお母さん、素敵な人なんだね」

 

ブレーズは返事に困った。

 

 

 

 

 

ブレーズの母親は随分と訳アリの人間だ。

七回の結婚に、七回の死別。その度に大量の遺産を手にして、今では名家との太いパイプを持つ魔法界有数の資産家だ。

そしてその衰えない美貌から、今でも幾人かの男を虜にしている。相手が既婚者だろうがお構いなしに、だ。それもうまいことやっていて、相手から自分に貢がせる方法を熟知している。たとえ問題になっても、ただ相手から言い寄られただけだと言い張れる状況を常に作り上げている。

 

そんな女性から生まれたブレーズも、随分と訳アリだった。

ブレーズは自分の父親が誰か知らない。集めた情報と自分の出生の時期を照らし合わせて、三番目か四番目の男の子どもだとは察しているが、確信も持っていない。母親も、言う気がない様だった。

そして小さい頃から今まで常に後ろ指を指されて生きていた。

やれ売女の息子だ、誰の子かも分からぬ穢れた子、インキュバスとのハーフと疑われたこともあった。

それが嫌で、幼い頃に何度か母親にきつく当たった。母親がそんなだから、自分が辛い目に遭うのだと。

母親はそれを言われる度に、笑いながらブレーズに言った。

 

「楽しみなさい、ブレーズ。人生、楽しんだもの勝ちだもの。いい? 楽しむことが何よりも大事なの。私達が楽しめば楽しむほど、私達を悪く言う奴らの品位がどんどん落ちてくのよ」

 

結局、少し経てばブレーズは母親の言っていたことが正しかったと思い始めた。

悪口を言っていた男の想い人が自分に夢中であることを知った時、得も言えぬ快感が自分を襲ったのも、母親の言葉を正しいと思うきっかけだったと思う。

お陰で少し歪んだ性格になったと、ブレーズは自覚している。

しかし、母親のことを尊敬し、心から慕う様になったのも覚えている。

自分も母親と同じように、人生を楽しむことを信条にするほどに。

 

母親はきっと、多くの人に嫌われているだろう。男たらしだと。

そして自分も、多くの人に嫌われているだろう。女たらしだと。

 

 

 

 

 

そんな母親を素敵な人だと言い、自分を優しいと言う目の前の少女に、ブレーズは何と言っていいのか分からなかった。

少なくとも自分に言い寄ってきた女の中で、自分を優しいと褒めた女はいなかった。

 

そしてルーナは、今までの女とは一味違った。

ブレーズのわずかな動揺すら、読みとって見せた。

ルーナは微笑みながら、ブレーズに言い聞かせた。

 

「あんたは優しいよ。あんたの友達は、あんたが友達で幸せだ。だってあんたは自分が楽しむには、友達も楽しそうにしてなきゃ嫌なんでしょ? それって、すごく素敵なことだ。それを教えてくれたお母さんも、やっぱり素敵な人だよ」

 

ルーナの言葉には不思議な説得力があった。

そんなものか、と思わず納得してしまう心地よい説得力。

 

「……今日は本当に楽しかったなぁ。まだふわふわしてる。ラックスパートにやられちゃったのかもね」

 

フフッとルーナは笑いながら立ち上がった。それが魅力的に見えたので、ブレーズは自分の目を疑った。

気が付けば随分と閑散としたダンスホールを、ルーナは夢見心地な感じで歩いて行った。

 

「ザビニ、あんたも楽しかったら嬉しいなぁ。あんた、友達の為にすごい頑張ったもんね。そんな素敵な人が、楽しめなかったら悲しいもん。それじゃあ、おやすみ」

 

ルーナは唐突に別れを言うと、名残惜しさなど微塵も感じさせずにスタスタとダンスホールを後にした。

ブレーズは少し呆気に取られていたが、直ぐに正気に戻って自分も帰る支度をした。

一瞬でもルーニーに見惚れたことは、墓まで持っていく秘密にするつもりだった。

 

 

 

 

 

ブレーズが寮に着くと、談話室の隅でダフネが座っていた。他の知り合いはいなかった。

ダフネが一人ということは、ブレーズにとってはいい事だとは思えなかった。

ダフネはすぐにブレーズに気が付いて顔を上げ、微笑んだ。

 

「お疲れ様、ブレーズ。……今日はありがとう。あなたのお陰で、素敵な一日だったわ」

 

そう笑うダフネは、確かに満足そうにしていたが少し寂しげだった。

ブレーズはすぐに気が付いた。ジンがダフネの好意に気付くことなく、今日一日が終わったのだと。

 

「満足してるならよかった。これは貸しだからな。しかし、ジンの奴は何してんだ? 先に寝てんのか?」

 

「散歩ですって。……最後に意地悪しちゃったから、きっと考え込んでるのよ」

 

「意地悪? 何したんだよ、お前」

 

「喜ばせるのは失敗よって、言ったの。私が言って欲しいことが何か当ててみて、とも。……彼、呆然としちゃったわ」

 

クスクスと笑いながらダフネは言ったが、ブレーズは呆れた。

いくら何でも、鈍すぎる。

ダフネは笑みを深めながら話を続けた。

 

「私ね、気付いたの。私すっごい脈なしよ。それも眼中にないレベル」

 

「……なんで、そう思うんだ?」

 

「ダンスパーティー中にね、彼に甘えてみたの。あなた言ったでしょ? ジンは頼られるのが好きだから、甘えてみろって。……彼の胸に頭を寄せて、会えてよかったって、囁いたの」

 

それを聞いて、ブレーズは呆気にとられた。

幼い頃からダフネを知る身としては、そんなことをするダフネが想像もつかなかった。

ブレーズの呆気にとられた顔を見て、ダフネは声を上げて笑った。

 

「私も、今思うと恥ずかしいわ。きっと、パーティーの熱に当てられたのね。……私、すっごくドキドキしてた。自分の心臓がうるさくて、落ち着いてなんていられなかったの。顔は見せられないくらい真っ赤だったと思うわ。だから、見られないように彼の胸に顔を押し付けてたの。……それで気付いたの。彼、一切ドキドキしてなかった。すごく落ち着いた鼓動だったわ。ムカつくくらい、聞いてて心地よかった」

 

ブレーズは何も言えなかった。

やっぱりジンはくそ真面目だ、と心の中で毒づいた。

ダフネに同じことをされる為ならドクシーの卵でも糞でも平らげる連中は山ほどいるのに、そんなこと気にもしないのだろう。

しかし、こんなことを言いながらもダフネは満足げにしていた。それがブレーズには不思議だった。

その答えをダフネはすぐに教えてくれた。

 

「私がもう帰ろうって思った時に、彼、私になんて言ったと思う? 一緒にいてくれるだけで嬉しいって、これからも一緒にいてくれって、そう言ったの。ズルいわよね。真っ直ぐな目で、本気で言うんだもの。……嬉しかったの。やましい気持ちも一切なしに、そう言ってくれるのが」

 

ダフネは少し頬を染めていた。

ブレーズは少し呆れた。

 

「難儀な奴だな、お前。苦労するぞ?」

 

「大丈夫、自覚してるから」

 

ブレーズはそれ以上何も言わなかった。

ダフネもそれ以上は話す気はない様だった。

しかし何かを思い出したかのようなハッとした表情になって、直ぐに話始めた。

 

「そう言えば、ジンは私が寝る前に何か喜ぶことが起きるって言ってたの。心当たりある?」

 

「あん? ……いや、ないな。あいつ、律儀に俺にも相談なしで考えてたからな。あいつが何しようとしてたかなんて知らねぇよ」

 

ブレーズの返事を聞いて、ダフネは少し悩まし気にした。そして身じろぎをした時に、何かに気付いたようだった。

ダフネがポケットを探ると、中から小さな立方体が出てきた。何やらリボンが巻き付けられた、ミニチュアのプレゼントボックスだった。

ダフネはすぐに、これがジンの言っていたものだと気が付いた。

試しにリボンを解くと、ポンッと音を立てて箱が手のひらサイズの大きさに変化した。

ブレーズとダフネは、目を丸くした。

 

「随分と凝った真似をしたな、あいつ。こんなプレゼントの仕方、どこで覚えたんだか……」

 

「……さあ、どこかしらね?」

 

ダフネは少し心当たりがあった。クスクスと笑いながら箱の中を開けると、中はインク瓶だった。丸形で、薄く空色に発光した。去年、ホグズミードでダフネが可愛いと言ってジンに見せたものだった。

ダフネは声を上げて笑った。

サプライズも、きっと去年に自分が喜んだから仕込んだのだろう。そして、去年に自分が教えたプレゼントの選び方を参考にして、インク瓶を選んだのだ。

何をしたらいいか必死に考え、頭をひねり、これを選んだ様子を想像すると、面白くて仕方なかった。

ダフネが声を上げて笑うのを見て、ブレーズはますます意味が分からなくなっていた。

 

「……インク瓶が、そんなに嬉しいのか?」

 

「ええ、とっても嬉しいわ」

 

うっとりとインク瓶を眺めるダフネを見て、ブレーズはため息を吐いた。

これから先の事は知らないが、少なくとも明日からは大丈夫そうだ。

ダフネも、そしてきっとジンも、いつも通りに戻れる。自分の求めた、楽しい毎日がかえってくるのだ。

 

しかしほんの少しだけ贅沢を言うのでれば、誰か客観的に、言いにくいことをズバズバと言ってくれる人が欲しくなった。

朴念仁と、それに夢中な女に、気持ちのいい言葉の斬撃を食らわせてくれそうな人。

そうすれば、もっと毎日が楽しくなるかもしれないと思った。

 

ブレーズはそんな自分を鼻で笑った。

きっと疲れてる。早く寝たほうがいい。

墓場まで持っていく秘密は、これ以上増やしたくなかった。

 

 

 






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