代表選手は、審査員である各校の校長とバグマン、そしてクラウチ氏の代理であるパーシー・ウィーズリーと同じ席に座ることとなった。
席には金の皿とメニューがあるのみだった。料理はどうすれば良いのか。そう思って辺りを見渡すと、ダンブルドア先生が金の皿に向かって料理名を呟いており、その呟いた料理が皿の上に現れることで仕組みが分かった。周りもそれを見て、各々の好きなメニューを皿の上に呼び出した。
俺はフィレステーキとサーモンのマリネを頼むことにした。ダフネは白身魚のグリルを頼んだようだった。
「……ホグワーツの料理って、やっぱ美味いよな。歓迎会の時もハロウィンの時も、料理はいつも一級品だった」
「貴方って、やっぱり食い意地張ってるわ。そんなに料理に夢中なの、貴方くらいだと思うの」
俺の感想に、ダフネはクスクスと笑っていた。ダフネはクリスマスパーティーが始まってからは随分と楽し気にしていた。
「……一応、料理以外も楽しんではいるんだがな。飾りつけだって、本物の妖精に灯りをともさせてるんだ。すごいなとは思うよ」
「でも、見惚れたりはしてないわ。……私は、すごい素敵だと思うの。灯りも、装飾も、すごくロマンチックじゃない?」
そう言われて周りを改めて見渡す。
普段大広間を照らしているろうそくの代わりに、小さな妖精たちが灯りの代わりを担っていた。妖精たちはそのほのかな灯りであたりを照らしながら飛び回っていた。
そして雪や氷でできた彫像が飾られており、妖精の光を受けて色鮮やかに光っている。
天井には、魔法でオーロラのカーテンが広がっていた。
どこを見ても美しく、ダフネが見惚れるのも無理はないと思う。
それらをすごいの一言で片づけて、食事に舌鼓を打っていては確かに食い意地が張っていると言われてもおかしくはないだろう。
「ねえ、あなたは妖女シスターズは好き? 今日の演奏をするバンドマン達。曲は聞いたことあるかしら?」
「……ロックにパンクにジャズとなんでもござれだとは知ってる。曲は、あんまり聞いたことはないな」
「だと思ったわ。私はすごい好きなの。レコードもいくつか持ってるわ。今度、お気に入りの曲を教えてあげる」
「ああ、是非お願いしたい。……レコード、俺も集めてみるかな」
そんな他愛もない話をダフネとしながら食事を終えると、ダンブルドアが立ち上がり生徒達を席から立たせ、魔法で机やいすを壁際まで動かしダンスフロアを作り上げた。そして壁にはステージを立ち上げた。
作り上げられたステージに妖女シスターズが上がり、熱狂的な拍手が彼らを歓迎した。拍手や歓声が収まったところで、妖女シスターズが音楽を奏で始めた。
曲が始まると、代表選手とパートナーは全員立ち上がった。俺もダフネと共に立ち上がり他の代表選達と同じようにダンスフロアへ進んで踊りを始める。
ダフネの手を取り、腰に手をまわして、曲に合わせてターンをする。ダフネがダンスに慣れていることもあって、そこまで酷いことにはならなかった。
「……思ったより、とても上手。踊るのは初めてなんでしょう? 貴方って、ダンスのセンスはあるわ」
ダフネは踊りながら、上機嫌にそう言った。
気が付けば周りは多くの生徒達が踊り始めており、もう代表選手たちは注目の的にはなっていなかった。
代表選手の責務が終わったことを感じ、肩の荷が下りる。後は、パートナーになってくれているダフネを喜ばせれば、今日は何も言うことなしだ。
あっという間に一曲目が終わり、大広間にいる生徒達から妖女シスターズへ惜しみない拍手が送られた。ダフネも頬を上気させながら拍手を送っていた。
妖女シスターズは拍手に一礼を返すと、それからすぐに先程よりアップテンポで明るい曲を演奏し始めた。
またも大広間は盛り上がり、先程よりも激しいダンスをする人達が現れ始めた。
ダフネの方へと目をやると、ダフネはまだ踊り足りないようだった。チラチラと妖女シスターズと俺の方を見ながら、どうしようか迷っているようだった。
ダフネの手を再び取って、踊りに誘う。
「もう少し、踊らないか? 俺はこっちの曲の方が、さっきの曲よりも好きだし」
ダフネは顔を輝かせた。踊りに誘ったのは、正解だったようだ。
それから先程よりも速いテンポで踊りを始めた。ダフネは楽し気に時折ターンをし、音楽や装飾やこの部屋の空間全てを楽しんでいるようだった。
ダフネのダンスについて行くことに神経を使いながら、少し周りの様子にも目をやった。
一番目立っていたのは、フレッドがアンジェリーナ・ジョンソンのペアだった。暴れるように元気に踊っていて、そのあまりの激しさに多くの人が彼らを遠巻きに眺めていた。
ネビルのパートナーは、ジニー・ウィーズリーだった。ネビルが彼女の足を踏むので、少し躍りにくそうにしていた。
ドラコも見つけた。パンジーがドラコに見惚れるようにしながらフラフラ踊るので、ドラコはあまり激しく動かずにスローペースでリードしているのが分かった。
他にもマクゴナガル先生やムーディー先生まで踊っているのを見つけた。そしてスネイプ先生はいなかった。スネイプ先生はパーティーというパーティーが嫌いな人なのは知っていたので、驚きはしなかった。
二曲目が終わっても、多くの人達はダンスを続け、ダンスフロアの空気に当てられたように浮かれていた。
ダフネは、流石に二曲続けて踊ったので息が上がっていた。頬を赤らめながら、楽しそうに笑っていた。
「少し、のどが乾かない? 飲み物でも飲みましょ?」
「……そうするか」
踊ることに満足をしたらしいダフネから提案され、飲み物を取って近くのテーブルへ座る。
ダフネはフルーツジュースを美味しそうに飲んだ後、こちらに向き直った。
「ねえ、私、今日はすっごく楽しいの。こんな素敵なパーティー、生まれて初めてよ! あなたはどう?」
輝くような笑顔でそう聞かれた。
「ああ、俺も楽しいよ。……お前がパートナーでよかったよ。お陰で、俺も楽しい」
喜ばせよう、という気は確かにあった。しかし、本心でもあった。
代表選手になって気が休まらない中で一緒に踊りを楽しめる相手は、やはりダフネ以外には考えられなかった。
ダフネは赤かった頬をさらに赤くさせた。そして、少し恥ずかし気にもじもじとしていた。
気が付けば、ダンスフロアから消えている人達もいた。まだ終わっていないというのに、パートナーと一緒になって抜け出したり、つまらなくなって帰っている人達がいるのだろう。視界の隅に、ポッターとウィーズリーが二人で抜け出していくのが見えた。
流れている曲も、ゆったりとしたものになっていた。踊っている人達も、ただ揺られるように踊っており、熱も冷めて落ち着いた空気になっていた。
「……私もね、貴方がパートナーでよかった」
「そう言ってくれると、嬉しいよ」
ダフネにとっても俺と躍ることが嫌じゃない。それは俺がダフネを喜ばせるという贖罪がしっかりとこなせていることを示しており、俺の肩の荷を下ろす言葉でもあった。
完全に肩の荷が下りて、少し気が楽になった。俺は少し伸びをして、肩の凝りをほぐした。それからダフネに話しかける。
「もう少し踊るか? それとも、ここでゆったりとする?」
「……ここで、ゆっくりしたい」
ダフネはそう言いながら、こちらにもたれるようにしてきた。
少し驚いて受け止める。ダフネは俺の胸辺りに頭を預けるようにしながら、話を続けた。
「私ね、家柄とか血筋とか地位とか名誉とか、そういうのって嫌いなの。皆が形ばかりを気にして、自分と関係ないところに価値を置いているようで。だから、パーティーも苦手だったわ。息苦しかった」
「……それでも家同士の付き合いは上手くこなしてる。よくやってるよ、お前は」
唐突の愚痴に、少し戸惑いながらも励ます。ダフネは顔を上げずに、俺の胸のあたりに顔を埋めたままだった。
「……ホグワーツに来るのも嫌だったの。家柄から逃れられないから。みんな、私をグリーングラス家の令嬢として見てたから。息苦しかったの。……アストリアの事、笑えないわよね」
ダフネは話し続けた。励まして欲しいわけでもないようで、俺は黙って話を聞くことにした。
「……でもね、今は来てよかったって心から思ってる。だってね、貴方がいたから。私、貴方と会ってから毎日が楽しいわ。家柄も、血筋も、嫌なことを忘れられるから」
ダフネが俺といる理由。今日、俺と躍ってくれた理由。それを伝えてくれているのが分かった。
そして、俺がダフネに助けられているのと同じくらい、ダフネは俺に助けられているのだと分かった。
俺は、俺が思っている以上にスリザリンの親友達の力になれていたのだ。
「……そう言ってくれて嬉しいよ、本当に。俺はお前らに助けられてばかりだと思ってたから。……俺も、お前らに会えて良かったと思ってる」
純粋な感謝を込めて、そう言葉をかける。ダフネはしばらく動かなかった。
少ししてダフネは俺から離れた。
「……私、今日はもう疲れたわ。ねえ、寮まで送ってくれる?」
微笑みながらそう言うダフネは、どこか少し寂しそうだと感じた。
なぜ寂しそうなのかは分からなかった。
「……ああ、勿論だ」
返す言葉も分からず、ただ返事をしてダフネの手を取り立たせる。ダフネは微笑みながら立ち上がった。
ダフネの手を引きつつ、落ち着いた曲が流れる大広間を後にする。
クリスマスパーティーも、もうほとんど終わりに近づいていた。
大広間を出て寮までの廊下は静かで薄暗く、パーティーの熱を冷ますのにはちょうど良かった。
そんな空気の中で、ダフネはポツリと呟いた。
「……私ね、貴方にずっと謝りたかったの」
「お前が俺に? 何を謝りたかったんだ?」
「追い詰めていたこと。貴方が辛かったことに気づけなかったこと。……貴方に、辛い思いをさせたこと」
ダフネは未だ悔やんでいるようだった。良かれと思ってかけてきた言葉や行動が、俺を追い詰める結果になっていたことを。
「……それはさ、俺が本当の事を言えばよかっただけなんだ。対抗試合になんて出たくなくて、命を狙われているかもしれないって。そんなことを言いもしないで分かってくれってのは、無茶な話だろ。だからダフネが気にすることじゃないよ。お前達が俺の事を思って動いてくれていたのは、本当に分かってるんだ」
俺は本音を打ち明けた時に言った言葉を、もう一度投げかけた。
「貴方はそう言うわ。でも、私達は分かっていたの。貴方が試合に出たがっていないことを。それなのに私達は勝手に喜んで、勝手に期待して、勝手に慰めてたの。……貴方は、優しいから言い出せなかっただけよ。私達の行動が貴方を追い詰めていたって。……贖罪が必要なのは、私の方よね。今日もごめんなさい。貴方に無理をさせちゃって」
ダフネは微笑みながらそう言った。微笑んではいるが、どこか悲しそうで、やはり悔やんでいるように見えた。
見ていられなかった。
「確かに、俺はお前らの言葉や優しさに勝手に傷ついてたよ。でも、今は本音を知ってくれてる。お前らはもう、俺を無理に担ぐことも、ましてや責める事なんてしない。何より、俺が試合を怖がっていることを分かってくれている。それが俺にとって、どれだけ救いになってるか……」
そう言うが、ダフネの表情は晴れなかった。
足りない、と思った。
ダフネの表情を晴らすだけの言葉が、行動が、そして気持ちが。
寮の扉はほとんどすぐだった。帰り道ももう終わる。しかし、このまま終わらせてはいけないことは分かっていた。
このまま終わらせてしまえば、きっとダフネは今日一日を素敵な日だとは思えない。それどころか、これからもどこか自分を責める気持ちを持ち続けるだろう。
そんなのは本意ではない。
俺を心配し泣いてまでくれた親友が、俺の事で悩み続けるなど、あってはならない。
立ち止まって、ダフネを引き留める。
ダフネはキョトンとした表情で俺の方を見る。
「ダフネ、お前だけだったよ。俺のために泣いてくれたの」
ダフネは驚きで目を見開いた。
「お前は俺を心配してくれていた。俺の大丈夫って言葉を信じて応援をしてくれていた。周りからの批判も抑えてくれていた。……お前はいつだって、俺の為に動いてくれてただろ? そんなお前が俺に謝る事なんて何一つない。お前に負い目もなにも感じて欲しくないんだ」
ダフネは呆然と俺を見返していた。言葉が出ない様子だった。
そんなダフネの手を握り、言葉をかける。精一杯の気持ちを込めて。
「お前は俺がいてくれてよかったって言ってくれたけど、俺も同じだよ。お前がいてくれてよかったって、本気で思ってる。……だから俺を傷つけていたかもなんて、もう気にしないでくれ。そんなこと気にして、自分を責めないでくれ。俺はさ、今まで通りに一緒にいれればそれでいいんだ。そうしていたいんだ」
「……でも、貴方を傷つけたのは事実よ。貴方ばかり辛い目に遭って、何もしてあげられなかった」
ダフネはかすれた声でそう言った。
俺は首を振ってその言葉を否定する。
「周りがなんと言おうと、一緒にいてくれただろ? それが一番嬉しかった。一緒にいてくれることが、俺にとって何よりも支えだった」
ダフネは顔を伏せて、わずかに身じろぎをした。逃がさぬよう、少し手の力を強めた。ダフネは肩を跳ねさせた。
「これからも一緒にいてくれよ。負い目とか、償いとか、そんな考えなしにさ。……そうしてくれたら、俺は凄く嬉しい。これからも、お前と一緒にいたいんだ」
ダフネは俯いたまま、何も言わなくなった。それから肩を震わせはじめ、次第に震えが大きくなっていった。そしてとうとう、声を上げて笑い始めた。
突然の事で呆然としていると、ダフネは笑いながら言った。
「貴方って、本当にすごいわ」
「……何が、すごいんだ?」
「嫌よ、教えてあげない」
ダフネは意地悪そうに笑った。訳が分からず、今度は俺が黙ってしまった。
ダフネはそんな俺を見て、より意地悪そうな笑みを深めた。
「ねえ、ジン。私、貴方のお望み通りに負い目なんか感じない。感じてあげないことにした」
「……それは、なによりだ」
望んでいた言葉だが、思っていたの大分違った。戸惑いながら返事をすると、ダフネはまた声を上げて笑った。
「だからね、貴方も私に償おうとか、そんなこと思わないで。次にダンスに誘う時は、贖罪だとかそんなのは一切なしよ」
ダフネは少し躍るようにして歩き、寮の扉の前に立った。
「今日はありがとう。本当に楽しかったわ。でもね、私を喜ばせようと思っていたなら、残念だけど失敗よ」
ダフネは扉の前に立ちながら、楽しそうに笑う。
「私、貴方から言って欲しかった言葉があるの。……今の貴方じゃ、絶対に言いそうにない言葉。何だと思う? 最後にチャンスをあげる。当ててみて?」
そう笑うダフネの顔は、意地悪で、楽しそうで、でもやっぱり少し寂しそうだった。
俺は、何を言えばいいのか本当に分からなかった。
黙ってしまった俺を見て、ダフネはすぐに待つのをやめた。
「そうよね、分からないわよね。いいの、分かってたから。でも、気にしないで。今日は十分楽しかったから。……私はこのまま、部屋に帰るわ。貴方はどうする?」
「……少し、散歩でもするよ。実はまだ疲れてないし眠くもない」
なんとなく、自室に戻る気になれなかった。
ダフネがなんと言って欲しかったのか分からないまま、何もせずに一緒に寮に入って談話室で別れ自室で寝るのは、何か違うと思った。
ダフネはそれを察したようだった。少しだけ満足げに笑った。
「……散歩もほどほどにね。散歩しながら考えても、絶対分からないと思うわ」
そうからかう様に言われた。図星であったため、思わず苦笑いをする。
最後にやられっぱなしなのは癪だった。だから、ほんの少しだけ意趣返しのつもりで言葉を返した。
「お前は喜ばせるのは失敗だって言ったけど、まだ今日は終わってない。お前が部屋に戻ってから寝るまでの間、お前が少しでも喜ばなかったら俺の完敗だ」
「あら、それまでに何かしてくれるの?」
「さあ? ……すぐに気付くよ」
本当は言うつもりのなかった言葉。しかし、ダフネの面食らったような表情が見れたのでよしとする。
ダフネの表情は晴れていた。
俺に負い目も感じないと言ってくれた。
思っていた反応とはだいぶ違ったが、それでも先程よりもよっぽど明るい表情になっていた。
だから、今日はそれで満足とすることにした。少なくとも、ダフネが今日一日を嫌な思いで終えることはないと思ったから。
「それじゃ、おやすみ。俺は少し散歩する」
「ええ、おやすみなさい。……寝る前に何が起きるか、期待してるわ」
ダフネは笑いながらスリザリンの寮へと入って行った。
俺はそれを見届けてから少しため息を吐いて、フラフラと目的もなく歩き始めた。
夜道は寒く、頭を冷やすにはちょうど良かった。
気が付けば見覚えのある廊下を歩いていた。廊下の角にぽつんと一つだけベンチが置いてあって、人通りがほとんどない場所。
ハーマイオニーと二人で話す時に使う場所だ。
きっと、無意識に歩いていたのだろ。目的もなくフラフラと歩いていただけだから、よく来る道を無意識に選んだだけのこと。深い意味なんてなかった。
だが、なんとなくここを動く気になれず、ベンチに腰掛ける。
深く息を吐いて、ベンチにだらしなく背中を預けて楽な姿勢になる。
今日は凄く濃密で、忙しくて、疲れるし、心休まらず、分からないことも多かった。
だが、楽しかった。そう思う。
それでも部屋に戻ってすぐに寝る気になれないのは、別れ際のダフネの言葉の所為だ。
ダフネはダンスを終える時、少し寂しそうだった。そして別れ際も、やはり少し寂しそうだった。
きっと俺はダフネの気持ちを分かっていない。
だからダフネは寂しそうなのだ。自分の気持ちを分かって欲しいのに分かってもらえない辛さは、身に染みている。
それではダフネの気持ちとは?
正直、さっぱり分からなかった。いっそ直接言って欲しかった。しかしダフネは言う気がない様だった。
悔しいが、ダフネの言う通りどれだけ時間を費やしても答えにはたどり着けそうになかった。もう一度深いため息をついて、今度こそ帰ろうかと思った。
だが人影が現れて、思い直すこととなった。
ハーマイオニーが廊下に現れた。それも一人で。
突然の事に驚いた。そしてハーマイオニーも、俺がいる事に驚いていた。
お互い驚いたまま見つめ合い、しばらくそのままだった。
それから少し早く我に返った俺が話しかけた。
「……ハーマイオニー、なんでこんなところに?」
「私は、その、少し考え事をしたくて……。あなたこそ、なんでここに?」
「俺も考え事してた。気が付けば、ここにいただけだよ。……座るか?」
そう言ってベンチを詰めて、もう一人座れるスペースを作る。ハーマイオニーはすぐに空いたスペースに座った。
ハーマイオニーは一人だった。一緒に踊っていたクラムもそばにいない。それが分かると、何故だか少し気分が良かった。押し殺していたどす黒い感情が湧き出ることもなかった。
ハーマイオニーは考え事をしていたと言う様に、どこか思い悩んだ表情だった。
「……クリスマスパーティーはどうだった? 楽しかった?」
他愛もない質問は、すんなりと口に出た。
ハーマイオニーは唐突の質問に驚いたようだが、直ぐに微笑んで返事をくれた。
「ええ、とっても! 料理も、音楽も、装飾も、あの空間の全てが素敵だったわ。本当に楽しかった……。あなたも楽しかったでしょ?」
「ああ、楽しかったよ。……いいパーティーだったと思う。妖女シスターズは、ハーマイオニーも好きなのか? 俺は今日初めて聞いたけど、いい曲だった。特に、二曲目が良かった」
「私も、実は初めてだったの。魔法界の音楽って、聞く機会がなくて……。私も二曲目が本当に好きだったわ! 明るくて、楽しくて、素敵な曲だったわ」
ハーマイオニーはパーティーの時間を思い出してか、少し頬を赤らめながら楽しそうに話をした。
それをぼんやりと眺めながら、また質問をした。
「……考え事って言っていたが、何か悩みでもあるのか? 良ければ聞くぞ?」
軽い気持ちでの申し出だった。ハーマイオニーの言う考え事の内容も気になっていた。それに自分の悩みを棚に上げて人の悩みを聞くことで気が紛れるだろうとも思った。
ハーマイオニーは少し落ち着いた表情で俺の方をジッと見てから、話し始めた。
「……私より、あなたの方がずっと思い悩んでいると思うの。あなたも考え事をしてたのでしょう? 試合の事? それとも、あなたやハリーを巻き込んだ犯人の事? ……私が力になれる事はある?」
そう言われ、医務室での事を思い出した。
ハーマイオニーの腕をつかんで引き留めて、弱音を吐いてしまった時の事を。
今となっては、俺にとって恥ずかしい過去だった。
「……大丈夫だよ、ハーマイオニー。俺の考え事は、今回ばかりは試合の事じゃない。試合の事も、今は乗り切れる気がしてるんだ。安心してくれよ」
俺の言葉は医務室の時の様な強がりではなかった。今は、スリザリンの親友達が俺の気持ちを分かってくれている。
もうハーマイオニーの腕をつかんで弱音を吐くようなことはなかった。
俺はハーマイオニーに安心させるように笑いかけた。
「俺の事は、本当に大丈夫だ。それより、ハーマイオニーの悩みを聞かせてくれよ。俺で力になれる事があれば、なんでもするよ」
思い悩んだ様子のハーマイオニーに対して、何かしてやりたいという気持ちが強かった。
ハーマイオニーの表情を晴らしてやりたかった。
そんな気持ちでの言葉だった。
ハーマイオニーはしばらく俯いていた。
少しして顔を上げると、俺に微笑みかけた。
その表情はダフネの表情と似ていた。笑っているはずなのにどこか寂しそう。言って欲しい言葉を言ってもらえなかった、そんな表情。
俺はかける言葉を間違えたのだと悟った。
「……ありがとう、ジン。あなたはいつも私に優しいのね。私って、いつもあなたに助けられてるわ。一年生の頃からずっと。ホグワーツに来てから何回も」
言葉が出なかった。お礼を言ってくれて、感謝を向けられて、嬉しいはずなのに。
ハーマイオニーの表情は、言葉とは裏腹にどこか寂しそうだった。
「……あなたって、すごい人よ。いつだって色んな困難を乗り越えてきた。それも、たった一人で。今だってすごく辛いはずなのに、もう前を向けているのだもの」
ハーマイオニーの目には、俺はそんな風に映っていたのか。
不思議なものだ。
俺は一人で何かを成し遂げたことなど、一度もないのに。
二年生の秘密の部屋の事件ではポッターが俺を救ってくれた。
三年生の吸魂鬼の時だって、ポッターとルーピン先生がいなければ死んでいた。
そして今、対抗試合はスリザリンの親友達に支えられて初めて前を向けている。
だが、ハーマイオニーの言葉を否定する言葉が出てこなかった。話すことができなかった。
ハーマイオニーが、寂しそうに笑っているから。ハーマイオニーの求める言葉が、分からなかったから。
「……私の悩みはね、私が嫌な女だっていうこと。私は傲慢で、でしゃばりで、意地っ張りな、嫌な女なの。……皆に見せつけるようにクラムと踊る、嫌な女」
ハーマイオニーは話し続けた。
俺は黙り続けた。
「私がクラムと踊ることに決めたのはね、期待してたの。私の中の何かが、変わるんじゃないかって。……変わらなかったわ。私は依然と嫌な女なの」
俺はハーマイオニーの話のほとんどの意味を分からずにいた。
なぜ、寂しそうに笑ったりするのか。
なぜ、自分をそこまで卑下するのか。
なぜ、自分を嫌な女だと評するのか。
「……お前は良い奴だよ、ハーマイオニー。嫌な女だなんて、思ったことはない」
絞り出した言葉は、気の利かない愚直な言葉だった。
ハーマイオニーはまた寂しそうに微笑んだ。
「私って嫌な女よ。私なんかが何かするまでもなく、あなたはもう前を向いてる。それは喜ぶべきなのに、ちょっとがっかりしてる。……あなたが、私を頼ってくれたら嬉しいと思ったの」
俺の言葉は、届くことはなかった。
ハーマイオニーの表情が晴れることはなかった。
ハーマイオニーは立ち上がり、こちらを振り返りながら言った。
「……散歩してよかったわ。あなたと話せて、少し落ち着いた」
そうは見えなかった。笑ってはいるが、やはり寂しそうだった。
しかし、俺は依然と何を言えばいいのか分からなかった。頭が真っ白になり、上手く考えられていなかった。
「私は戻るわ。あなたも早く帰った方がいいわ。……夜は冷えるし、体に悪いもの。おやすみ、ジン。試合、頑張って。私、あなたのことも応援しているから」
「……おやすみ。またな、ハーマイオニー」
別れを言うしかなかった。
別れを言って、ハーマイオニーの背中を見送るしかなかった。
肌寒い廊下で一人になり、再びベンチにだらしなく背中を預けて楽な態勢になる。
ダフネもハーマイオニーも、何か言って欲しかったはずなのに、俺はそれが何か一切分からなかった。
しばらくベンチに座って考えていたが、答えは一向に出てこない。
ため息を吐く。
俺は一つだけ、決意した。
言いもしない自分の気持ちを誰かに分かってもらいたいなど、二度と思わない。
言われもしない気持ちを理解するのがどれだけ難しい事か、身に染みて分かった。
俺は本当に無茶なことを願っていたのだと、しみじみと思う。