日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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抱えた矛盾

医務室で意識を戻してから、マダム・ポンフリーに言われた通りに一週間は様子見の為に入院することとなった。

一週間ずっとベッドにいる羽目になったが、対抗試合が始まって以来初めて静かに過ごすことができた。

 

見舞いにはドラコとブレーズとダフネがよく来てくれた。授業の課題やノートを持ってくるという口実で、よく長居をして話し相手になってくれていた。

ドラコとブレーズは授業の課題の他にもボードゲームなども一緒に持ってきてくれ、時間があれば一緒にチェスなどもすることが許された。

ダフネはお菓子や本など、俺の気に入りそうなものを持ってきてくれた。アストリアもたまにダフネと一緒に顔を出して俺を元気付けようとしてくれていた。

パンジーは最初のお見舞い以来、顔を出さなかった。俺に対して思うことがあるようだった。

そのことをドラコは酷く気にしていた。

 

「……ジン、パンジーの事、怒っているかい?」

 

意識を戻してから三日が経った時、チェスをしながらドラコが俺にそう聞いた。

 

「いや、別に。正直、最初は怒りも覚えたけど……。ブレーズから聞いた。パンジー、俺の意識がない時もずっと俺のことを庇ってくれてたんだろ? それを知ってるから、今は怒ってない」

 

俺の返事を聞いて、ドラコは安心したように微笑んだ。

 

「よかった……。パンジーは、その、君に対して素直じゃない。だから、少しばかりきつい事も言う時がある。でも、本当に君の事を認めてるんだ」

 

「……パンジーが素直に接してる奴なんて、お前とダフネとアストリア……。後はハーマイオニーくらいだろ」

 

俺が呆れながらそう言うと、ドラコは声を上げて笑った。

 

「そうだね。君とブレーズには特に当たりがキツイかな? ……勘違いされやすいけど、パンジーは本当に優しい子だよ。ああ、今日もね、魔法生物学の授業で大暴れしたんだ。あのスクリュートっていう、森番が気に入っている気持ち悪いキメラがいるだろう? そいつらを全部、箱からぶちまけたのさ! もう阿鼻叫喚の騒ぎさ。グリフィンドールの馬鹿どもは、大慌てで逃げ回ってたよ」

 

「……なんでまた、そんなことを?」

 

俺がそう聞くと、ドラコは嬉しそうに説明をした。

 

「グリフィンドールの馬鹿の一人が、こう言っていたんだ。

『エトウはまだ入院か。あれだけ偉そうにしていて失敗したから、恥ずかしくて出られないだけじゃないかな?』

ってね。まあ、僕も僕で呪いをかけようとしたんだが……パンジーの方が早かったのさ。自分の箱の中身をそいつにぶちまけて、近くにいた奴の箱の中身も全部取り出して、あのキメラを片っ端から君の悪態をついた奴へ解き放ったんだ。痛快だったよ、悲鳴を上げて逃げていく馬鹿の様子は。パンジーがそいつに向かって言った言葉もよかった。

『偉そうなこと言うからどんな奴かと思えば、こんなキメラにも逃げ出す弱虫だったのね。あんた、代表選手じゃなくてよかったわよ。骨も残ってないわ』

ああ、今思い出しても笑えるよ」

 

ドラコはその様子を思い出したのか楽しそうにクツクツと笑った。

俺は、パンジーの意外な行動に呆然としてしまった。

それを見て、ドラコはもっと楽しそうに笑った。

 

「なあ、ジン。この間の事で、パンジーが君に謝ることはないだろうね。素直じゃないから……。でもね、君を傷つけたことはパンジーなりに償いたいとは思っているはずなんだ。パンジーの気持ちは、汲んでやって欲しい」

 

ドラコにそう言われ、俺の中のパンジーへの怒りは完全になくなった。

次にパンジーに会った時に憎まれ口をたたかれても、俺はそれを受け入れられるだろう。

 

分かっているのだ。親友達が俺の事を大事に思ってくれていることは。

俺の事を大事に思っているからこそ、俺を非難する奴らに怒りを示し、俺が優勝して周囲の人間を見返すことに期待している。

そして、それが分かっているから俺は本音を言えずにいる。

 

ドラコは黙ってしまった俺に、気を遣うように声をかけた。

 

「ジン、正直に言うよ。君は退院したら、相当嫌な思いをする。でも、僕達は君を信じてる。君が優秀で、他の奴らなんかに負けてないってね。だからさ、見返してやってくれよ、次の試練ではさ」

 

ドラコは優しかった。そして、心の底から俺の事を信じていた。

それが嬉しくもあり、苦しくもあり、息が詰まりそうだった。

チェスはいつの間にかドラコの優勢で、俺はどんどん追い詰められていた。

 

「さ、チェックメイトだ。僕の勝ち。今日はこれで終わりにしようか?」

 

ドラコはそう言いながら駒を置いて、ゲームを終わらせた。

盤上を見る。俺のキングはドラコの駒に囲まれて震えていた。一歩でも動いたら死んでしまうキングに、自分を重ねた。

そんなセンチメンタルになっている自分に呆れ、鼻で笑いながらチェス盤を片してドラコに返した。

 

 

 

ドラコとチェスをした翌日、ブレーズが見舞いに来た。

ドラコやダフネ、アストリアが俺の置かれている状況を話したがらないのに対し、ブレーズは冷静に俺の置かれている状況がいかに厳しいかについて教えてくれていた。

それが俺の為になり、ひいては俺がパンジーへの怒りを収める事になると思っているようだった。

 

「試合の点数の話からするか……。ポッターとクラムが四十点でトップ。デラクールが三十八点。で、お前が十六点。トップとダブルスコア以上だな。カルカロフなんてお前に一点付けてた。まあ、ダンブルドアへの当てつけだろうな」

 

「成程な……。他のスリザリン生が、優勝を諦めて俺に当たり散らすのがよく分かる」

 

「グラハム・モンタギューが特に暴走してる。お前を処刑する勢いだ。普段からポッターにはクィディッチで苦渋をなめさせられてるからなぁ……。そんなポッターが活躍して、お前が失敗して、何もかも気に食わねぇんだろ。ただの八つ当たりだ」

 

ブレーズはそう淡々と俺に説明をする。まるで気にすることではない、と言うように。

それでも時折心配そうに俺を見ることがあった。

 

「他の寮の奴らはさ、ポッターが本当の代表選手でお前が不正をして選ばれた代表選手だって思ってる。と言うよりも、そういうことにしたいみたいだな。結局はホグワーツに勝ってもらいたいんだ。だから、優勝の可能性が高い方を応援するのも当然だろうよ。あと、ハッフルパフの奴らには特に気をつけろよ。ディゴリーの取り巻きが、ポッターを責められない分までお前に当たり散らそうとしてる」

 

ホグワーツに味方はいないと、暗にそう言われているようなものだった。

どの寮も俺の事は応援していない。ブレーズから伝えられたのはそういうことだ。

 

「退院したらよ、なるべくドラコかパンジーといた方がいいぞ。少なくともスリザリンじゃ非難は浴びなくなる。パンジーは、まあ、お前にきつく当たるけどよ……。お前を庇ってパンジーまで非難を浴びることがあるんだ。大目に見てやれよ」

 

ドラコもブレーズも、俺の前でよくパンジーを庇った。パンジーに悪気はなく俺の為を思ってくれての行動だと伝えてきた。

 

「……俺はパンジーに対して怒ってない。本当だ。パンジーが俺のために動いてくれてるのはもう十分知ってる」

 

そうドラコに返した時と同じように返事をすると、ブレーズも安心したようだった。

 

「なあ、ジン。周りがなんて言おうが気にするなよ? お前は最高だ。俺が知る中でも、マジで一番優秀な奴だ」

 

ブレーズが俺を励ます。それは、去年のクィディッチ杯の決勝で負けたドラコを励ます口調と同じものだった。言い訳のしようがない失敗をした親友に向けて、心からの励ましをする優しい口調だ。

 

「耳が腐るほど聞いてるかもしれねぇが、俺達はマジでお前が優勝できるって思ってる。今でもだ。な、次は見返してやろうぜ?」

 

ブレーズはそう笑いながら俺の肩を叩き、医務室から出ていった。

その日は全く食欲がわかなかった。

 

 

 

ダフネは試合にも俺の厳しい環境にも関係ない話をよくした。

俺が授業に出られなくても困らないように気を遣って、授業の内容や課題も事細かに教えてくれた。

もっとも、夏休みの間に暇つぶしで教科書を読んで過ごしていたことが功を奏し授業に遅れを取るようなことはなかった。

目が覚めて五日目、ダフネは俺に感心半分呆れ半分でこう言った。

 

「あなたって、本当に先のことまで予習をしてるのね。普通、授業を受けてないと分からないと思うの……」

 

「暇なんだ、夏休みの間は。教科書もさ、俺にとっちゃ娯楽の一つだよ」

 

そう返事をすると、ダフネは可哀想な奴を見る目になった。

それから、少し明るい口調で話を変えた。

 

「ねえ、ジン。あと一か月もすればクリスマスよ。今年のクリスマス・パーティーは、間違いなく素敵よ! ね、流石に貴方も楽しみでしょう?」

 

クリスマス・パーティー。代表選手になる前は、あんなにも楽しみにしていた。今となっては、人と滅多に会うことのないゴードンさんの宿の方がずっと行きたい場所であった。

 

「どうだかな……。人込みは落ち着かないし……」

 

「クリスマスの時まで、貴方の事を気にする人なんていないわよ。ね、楽しみましょ?」

 

ダフネは随分とクリスマス・パーティーを楽しみにしているようだった。少し前までは俺もそうだったから気持ちは分かるつもりだった。

そしてダフネは、クリスマスが俺にとっても明るい話題になればと期待しているようだった。

 

「料理は期待できるだろうな。歓迎会の時も、ハロウィンの時も、料理はおいしかった」

 

「……貴方って、意外と食い意地張ってるわよね」

 

俺がクラムよりもグラタンを気にしていたことを覚えているようで、ダフネは呆れながらそう言った。しかし、少しクリスマスに対して前向きなことを言った俺に嬉しそうにもしていた。

 

「クリスマスにホグワーツに泊まるって、不思議な気持ちよ。貴方も、私達がいるクリスマスは初めてでしょう? きっと、楽しいわよ」

 

ダフネは、ひたすらに俺に明るい話題を持ってこようとしていた。茶菓子や本などで俺を元気づけようとすることも多かった。

今日もダフネはお見舞い品としてスコーンを持ってきていた。課題がひと段落し、休憩に一緒にスコーンを食べることにした。

一緒に食べたスコーンは味がしなかった。

 

 

 

親友達が各々の方法で俺を心配し、守ろうとし、元気づけようとした。

そして最後にはこう言うのだ。

 

大丈夫。お前なら優勝できる。

 

親友達の優しさは本物だ。俺の怪我も思いやってくれている。俺の体がよくなって、一緒に過ごせるようになることを待ち望んでいる。

それなのに、俺はどんどん追い詰められているような気持ちになっていく。温かい言葉をかけられても、気が楽になることはない。

しかし、それでは俺は親友達に何を言って欲しいのか……。それは自分でも分からなかった。

 

いいじゃないか。一試合目で点数の差をつけられても、優勝を信じてくれる親友達がいて。

いいじゃないか。周りの非難から守ってくれている親友達がいて。

いいじゃないか。自分を明るくさせようと一生懸命になってくれる親友達がいて。

 

そう納得をしたかった。しようとした。

でも、できなかった。

出たくもない試合に出続けることになって、死ぬ思いをして、周りからは非難され、誰にも俺の気持ちを分かってもらえない。

親友達に励まされる度に、俺はどんどん孤独になっていく感じがした。

 

だが、そんなことを思いながら、親友達の優しさを跳ねのける勇気もなかった。

ドラゴンに立ち向かうようなことがこれからも待ち受けている。命を狙われているかもしれない。俺の死を望んでいる人が、いるかもしれない。

そんなことを思いながら一人でいるのは、堪えられそうにもなかった。そこまでの強さは、俺にはなかった。

 

結局、俺は親友達の優しさを受け止め、期待に応えるしかないのだ。

死なないように課題をこなすだけでなく、優勝を目指して前に進むしかないのだ。

そうしなければ俺は本当に一人になり、死んでしまうかもしれないから。

 

 

 

入院最終日の夜、ベッドの中で横たわりながら寝れずにいた。

明日からは日常へと戻らなくてはならない。今まで以上に厳しい環境に身を置くのだ。

ため息を吐く。

ただ目をつむってベッドに横たわっていると、入口の方から物音がした。

ガチャガチャと扉を開けようとする音がして、しばらくすると鍵が開く音と共に扉が開かれるのが分かった。

誰かが侵入してきた。それも誰もいないような真夜中に。目を開けて杖を構える。

今、医務室に侵入するとしたら目的は間違いなく俺だ。誰にも見つからずに俺に会いたい人物。俺の命を狙っている奴かもしれない。

侵入してきた者は足音を立てないようにしながらこちらに近づいてくるようだった。そして俺のベッドの前に来たようで、仕切りのカーテンがゆっくりと開いていく。息を飲み、杖を向けて侵入者の姿が見えるのを待つ。

しかし、カーテンの向こうには誰もいなかった。

呆気に取られていると、誰もいないところからクスクスと笑い声が聞こえた。

幻聴だろうか、と自分の正気を疑っていると、何もない所から急に人が現れた。

ハーマイオニーが可笑しそうに笑いながら姿を現したのだ。

驚いた俺の表情を見て、ハーマイオニーは声を潜めて笑っていた。

 

「ハーマイオニー? 何をしに……どうやって……」

 

予期せぬ訪問者に、そう呟くことしかできなかった。

ハーマイオニーは笑いながら、自分の羽織っているマントを俺に見せつけた。それは、去年にシリウス・ブラックを助けるためにポッターが使用していた透明マントであった。

 

「ハリーから借りたの。ここに来たのは貴方のお見舞い。それと、話したいこともあって。……こうでもしないと、ここに来れそうになかったから。今ね、あなたに会いに来るのって本当に大変なの。あなたとの面会を許された人は、パンジー達だけ。……自由に面会できるようにすると、何が起きるか分からないからって」

 

ハーマイオニーはそう言うと、俺をまじまじと見つめてから安心したように息を吐いた。

 

「あなたが無事で、本当によかった。……あなたがドラゴンの尻尾に飛ばされた後、一瞬でドラゴンは取り押さえられて、あなたの治療が始まったわ。あなたが地面に着くよりも早く、ね。その場ですぐに、命に別状はないって報告もあったの。でも、万が一ってこともあったから……。医務室にいる間、誰かに狙われるってことも考えたの」

 

ハーマイオニーはただただ、俺を心配していた。俺は自分の中の緊張が解けていくのが分かった。

ハーマイオニーは安心した表情でほほ笑み、俺の手を取りながら言った。

 

「ジン、生きててよかった。あなたって、本当によくやったわ! ドラゴンに立ち向かって、生きて帰ってきた! 本当にすごいわ!」

 

それは慰めでもなく、励ましでもなく、純粋な感想であった。

その瞬間に、俺は親友達になんて言って欲しかったのか分かった。

 

生きててよかった。よくやった。

そう言われたかったのだ。

慰めでもなく、励ましでもなく、本心からそう言って欲しかったのだ。

 

誰かに命を狙われていて、ドラゴンを差し向けられて、その上で生きて帰ってきたのだ。

上出来じゃないか。それ以上、望むものなんてないじゃないか。

俺はハーマイオニーの言葉に感動していたのだと思う。頭がマヒしたように働かなかった。握られた手が温かかった。

 

「……ありがとうな。お前が来てくれて、本当に嬉しいよ」

 

手を握り返しながら、呟くようにそう言った。ハーマイオニーは驚いた顔をしたが、少し照れたように微笑んだ。

それから少しして、ハーマイオニーが真剣な口調で話を始めた。

 

「私、あなたに話したいことがあるの。あなたとハリーをハメたのが誰なのか……。警戒しなくちゃいけない人がいるから、そのことを伝えに来たの」

 

そうハーマイオニーに言われ、俺も少し正気に戻る。頭も回るようになっていた。

ハーマイオニーは俺の命が狙われていると本気で思ってくれている。試合の結果以上に俺の身を案じてくれている。そのことに舞い上がっていたが、ハーマイオニーが伝えに来たことは確かに重要なことで、大人しく耳を傾けた。

 

ハーマイオニーの話は衝撃的なものが多かった。ハーマイオニーはポッターを通じて、シリウス・ブラックより様々な情報を仕入れていた、

カルカロフが元死喰い人。ムーディ先生はカルカロフを警戒したダンブルドアによってホグワーツに呼ばれたということ。

行方不明となったバーサ・ジョーキンズ。彼女は三大魔法学校対抗試合の事を確かに知っており、犯人は彼女から情報を抜き取った可能性が十分にある事。

そして、ポッターだけでなく俺が代表選手に選ばれた事がとても気がかりだということ。

 

「シリウスが言うにはね、あなたを襲う理由がある人がいるとしたら、それはシリウスの救出にあなたが関わったと知っている人だと言うの。……シリウスはね、ピーター・ペティグリューも関わっているって思っているの」

 

少し合点がいった。なるほど、確かにそう言われれば納得がいく。俺を殺したい人と言えば、闇の帝王よりも先にピーター・ペティグリューが思い浮かぶ。

俺はシリウス・ブラックの無実でピーター・ペティグリューが真犯人であることを知っている数少ない人間の一人だ。

 

「それでも不可解な点は多いわ。狙われたのがロンや私ではなくあなたである事の説明もつかないし、ペティグリューに炎のゴブレットに錯乱呪文をかけられるほど魔法が上手い協力者がいるとも思わないって、シリウス自身が言っていたわ。……結局は、分からないの。あなたとハリーを狙う人が、一体誰なのか」

 

「……いや、色々と知れて助かるよ。ありがとうな」

 

言いたいことを言い終えた後、ハーマイオニーは心配そうな表情を俺に向けていた。

俺はそんなハーマイオニーにお礼を言いながら笑い返すことができた。しかし、笑ったのは久しぶりだった。上手く笑えていなかったかもしれない。

ハーマイオニーはそんな俺の様子を見て、少し気遣わし気にした。

 

「……ね、ジン。今、あなたって本当に理不尽な目に遭ってる。……周りからの批判も酷いわ。日刊預言者新聞も、あなたの事をこき下ろしてる。……あなたは、何も悪くないのに」

 

ハーマイオニーも俺の置かれている状況が本当にひどいことを心配していた。

他の親友達の言う通り、俺は本当に酷い立場にいるのだろう。

 

「あのね、パンジー達だけじゃないわ。私やハリーやロンも、あなたの味方よ。ネビルもそう。ハグリッドに、シリウスだってあなたを心配してたの。……心ないことを言う人達なんて、気にしないで」

 

ハーマイオニーはもう一度俺の手を強く握ると、そう言った。

 

「……ありがとうな」

 

ずっと感じていた息苦しさが、ほんの少し和らいだ。

ハーマイオニーと話している時だけ、俺は心からお礼を言うことができた。

ハーマイオニーは俺のお礼に微笑んだ。それから時計を確認して立ち上がり、ここを去って行く準備を始めた。

 

「私、そろそろ行くわ……。ジン、負けないで。死なない事だけを、考えて」

 

ハーマイオニーは俺の命が狙われていると本気で思ってくれているのが分かった。

だからだろうか……。俺は、無意識のうちにハーマイオニーの手を掴んで引き留めていた。

 

「なあ、ハーマイオニー……」

 

「……どうしたの?」

 

引き留められたハーマイオニーは不思議そうに俺を見ながら、大人しくまた椅子に座った。

 

「……俺さ、試合なんて出たくないんだ。……こんな、命懸けの事なんて、こりごりなんだ。試合の結果とか、優勝とか、そんなのどうでもいいんだ。……ただ、普通に生活したいんだ」

 

口から出た言葉は弱々しかった。自分でもらしくないなと思った。でもそれは、ずっと誰かに言いたくて、言えなかったことだった。

ハーマイオニーはそんな俺に唖然とした。それから優しく、やわらかい口調で少し俺に笑いかけながら言った。

 

「……分かってるわ、あなたが試合に出たくないことなんて。代表選手に呼ばれた時、酷い顔をしてたもの。それに、パンジー達だって、あなたの事を心配してるでしょう? ……あなたのこと、みんな分かってくれてるわ」

 

分かってくれていないのだ。俺が命を狙われているとは、思っていないのだ。俺がどれだけ恐怖に怯えているか、言えずにいるのだ。

何も言えずに押し黙った俺を、ハーマイオニーはどう思ったのだろうか。

心配そうに俺を見つめながら、未だハーマイオニーの腕をつかんでいる俺の手をそっと握った。

 

「……ジン、大丈夫?」

 

そう言われて、俺はやっと正気に戻った。自分がハーマイオニーの腕をつかみ、弱音を吐いて、心配をかけていることを自覚した。

 

「……ああ、大丈夫だ。引き留めて悪かった。それに、ありがとうな。校則を破ってまで、見舞いに来てくれるとは思わなかったよ」

 

ハーマイオニーの腕を話しながら、努めて明るく返事をした。

ハーマイオニーはまだ少し心配そうにしていたが、俺の返事を聞いて少し懐かしむように笑った。

 

「去年、あなたとパンジーは私の為に校則を破ったでしょ? そのことを思うとね、こんな事、大したことないわ」

 

ハーマイオニーはそう言いながら姿勢を正して、俺に向き直った。

 

「去年、私はあなたに本当に助けられたの。だからね、もし力になれる事があったら言って。なんでもするわ」

 

嬉しかった。俺の気持ちを分かってくれて、命が狙われていることも信じてくれて、そして俺が最も望んだ言葉をくれた。

このまま何もかもぶちまけて、スッキリしたいという気持ちも強かった。

しかし俺は、変な意地を持っていた。

ハーマイオニーだけには、心配をかけたくなかった。これ以上、情けない姿を見せたくなかった。

 

「ありがとうな、ハーマイオニー。でも、俺は大丈夫だ。……心配かけてごめんな」

 

俺はそう伝えた。ハーマイオニーはしばらく俺を心配そうに見つめたが、それ以上追求することはなかった。

 

「……それじゃあ、私は戻るわ。ジン、気を付けてね」

 

そう言うと今度こそ、ハーマイオニーは医務室から立ち去って行った。

俺は引き留めることはせず、黙って見送った。

 

 

 

俺の行動は矛盾だらけだった。

親友達に自分の気持ちを分かってもらいたいと願いながら、ハーマイオニーが自分の気持ちを分かってくれた時はそれを押し隠そうと誤魔化した。

ハーマイオニーに本音を漏らしてしまった後、後悔したのだ。心配をかけてしまったと、情けない姿を見せてしまったと。

吸魂鬼の群れの中に飛び込むことを恐れた時の様に、ハーマイオニーから幻滅されることが怖かったのだ。

 

もう、自分でもどうしたいか分からなかった。

苦しくて、誰かに助けて欲しいと思いながら、差し伸べられた手を取る事すらしなかった。

 

一人残った医務室で丸まり、布団をかぶる。

これしきの事、堪えなくては。明日からもっと、辛いことが続くのだから。

 

一人、医務室の中で震えていた。

 

 

 


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