日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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マッドアイ・ムーディ

クィディッチ・ワールドカップから暫く、新学期も近づきドラコとブレーズと準備のための買い物に行くこととなった。

今日は付き添いはなく、三人だけで行くこととなった。

ダイアゴン横丁を三人で練り歩き、必要な物を買って回る。

新しい羽ペンに羊皮紙、教科書や魔法薬の素材を少々。学校から送られてきた必要な物のリストはほとんど見慣れた物であったが、一つだけ特殊なものが書いてあった。

 

「今年は正装用のローブが必要なんだな……。俺、今まで正装なんて買う機会がなかったから一着もないぞ。何に使うんだろうな、これ」

 

ほとんどの買い物を済ませ、昼食を三人で取りながら俺はドラコとブレーズにそう言う。

すると、ドラコは得意げな様子で話を始めた。

 

「ああ、そうか。ジンはまだ知らないんだね。今年はね、ホグワーツで驚きのイベントがあるのさ。きっと、人生最大のイベントになるぞ」

 

ドラコはローブがなぜ必要なのかをすでに知っているようだった。しかし、例のもったいぶった話し方をして、直ぐには教えてくれなかった。

ブレーズはそんなドラコに呆れながら話にのった。

 

「俺はもう知ってるぞ、ドラコ。お袋から聞いた。知らないのはジンだけだ。こいつを仲間はずれにしたいってんなら、もったいぶればいいさ」

 

ドラコは自分の楽しみに水を差したブレーズを軽くにらんだが、一理あると思ったのかすぐにもったいぶった話し方を止めた。

 

「今年はね、三大魔法学校対抗試合が開かれるのさ! そう、それもホグワーツでだ!」

 

三大魔法学校対抗試合。それは二百年ほど前に中止になった伝統ある魔法試合である。教科書や本にすら載っている。今でも優勝者の栄光や試合での活躍は物語などで語り継がれるほど、魔法界では人気と知名度のあるイベントであった。

それは確かにすごい情報であり、俺達が歴史的瞬間に立ち会えることを意味していた。

 

「それは凄いな。歴史的瞬間の立会人になれるのか……。しかし、なんでそれで正装用のローブが必要に?」

 

「君、対抗試合が歴史的に大きな意味を持つイベントだって自分で言ったじゃないか……。それがホグワーツで行われる。当然、他の参加校、ボーバトンとダームストラングの二校を歓迎する義務がホグワーツにあるのさ。そんな中で行われるクリスマスパーティーがいつも通りの訳がないだろう? 正装が必要なほど、煌びやかなパーティーになるってことさ」

 

俺の質問にドラコが呆れたようにしながらも答えてくれた。

正装用のローブで行われるクリスマスパーティー。それは、俺が参加もしたことがないようなものだろう。

ブレーズは、対抗試合よりもクリスマスパーティーの方に興味があるようだった。

 

「今年は一生忘れられないクリスマスパーティーになるだろうな。正装用のローブってんだから、ダンスパーティーでも開くんだろうな。おい、誰と躍るか今のうちに考えておけよ? おっと、ドラコはパンジーで決まってるな。ドラコ、お前にはパンジーから、ハロウィンもまだなのにクリスマスのお誘いがくるぞ」

 

ブレーズはケラケラと笑いながらそうドラコをからかった。ドラコは肩をすくめて、余裕たっぷりに返事をした。

 

「踊る相手がいる、というのはいい気分さ。ブレーズ、君こそどうするんだい? レイラを誘うのかい?」

 

レイラはブレーズが去年にホグズミードでデートをした相手だったはずだ。趣味が悪いと言い、次はないとブレーズ自身が言っていた。

デートを思い出したのか、ブレーズは苦い顔をした。

 

「レイラはなぁ……。正直、もっといい相手を探したい。まあ、俺、引く手数多だから。いい奴探すさ」

 

ドラコの返しにブレーズは余裕そうに返事をした。それから俺の方に話を振ってきた。

 

「なあ、ジン。お前はどうするんだ? ぶっちゃけ、相手いないのお前だけの可能性有るぞ? パンジーはドラコと行くだろうし、俺とダフネは引く手数多だ。誘いたい相手とかいないのか?」

 

そうブレーズに言われ、少し考える。

俺は誰とクリスマスパーティーに行きたいだろうか?

 

真っ先に頭によぎったのは、ハーマイオニーであった。

 

去年、吸魂鬼の群れ中へハーマイオニーが走って行った時、俺はハーマイオニーの為なら命を懸けてもいいと思った。そして実際にそうした。

事件の後にルーピン先生と話し、ハーマイオニーへの想いも自覚した。

ブレーズの質問の答えは考えるまでもなかった。

俺がクリスマスパーティーに誘うとしたら、ハーマイオニー以外に考えられないのだ。

だが、俺の口から出たのは全く違う答えだった。

 

「俺は誘いたい相手がいないな……。折角のクリスマスパーティーにも、もしかしたら一人で参加するかもな」

 

自分でも驚くほどサラリと嘘をついた。

その答えを聞いて、ドラコとブレーズは呆れたような表情をした。

 

「そう言うなよ……。折角の歴史的クリスマスパーティーなんだ。羽目を外せって、な? 好みの奴とかいたら紹介するからよ」

 

「君の為に、お茶会でも開こうか? 君は名家のお茶会に参加したことはないだろう? 人脈を広げるいい機会だ。君が良ければ、いつでも開くよ」

 

ブレーズもドラコも、本気で俺が一人でクリスマスパーティーへ行きかねないと心配しているようだった。

そんな二人に、俺は苦笑いで返した。

 

「あまり気にするなよ。相手がいなくても、きっとクリスマスパーティーは楽しめる。お前らの邪魔はしないからさ。そうだ、正装用のローブを選ぶのを手伝ってくれよ。折角だ、良いものを買おうと思う」

 

俺の返事に、ブレーズとドラコは益々呆れた表情となったが、それ以上は何も言わなかった。

俺はとっさの事だったが、自分が嘘をついたのに驚いていた。無意識にハーマイオニーを誘いたいと言うのを避けていたのだ。

 

恥ずかしかったのだ。ドラコ達に自分にクリスマスに誘いたい相手がいる事を、その相手が誰かを言うことが。

 

初めての感情で戸惑っていた。ブレーズのように茶化して言うことも、パンジーのようにぺらぺらと話すことも、自分にはできそうになかった。

昼食を終えてドラコ達とローブを選びながら、自分の感情について考えていた。

俺は上手くハーマイオニーを誘えるだろうか? ハーマイオニーを誘う直前になれば緊張しているに違いない。まともに話せるかも自信がない。

だが、確信もしていた。

何事もなければ、俺はハーマイオニーをクリスマスパーティーへ誘うだろう。

まだ随分先のクリスマスの事を考えると、待ち遠しくもあり、一方でクリスマスがくるのが怖いという緊張もあった。

 

 

 

 

 

ドラコ達と買い物を終えてから数日、新学期開始はすぐであった。

荷物をまとめてキングズ・クロス駅に向かい、いつもと同じようにゴードンさんに別れを告げてホグワーツ行きの汽車へと乗り込む。

汽車の中にまだ知った顔がないことを確認したら、空いているコンパートメントに荷物を置く。そしたらすぐに、いつもの奴らが集まってきた。

ドラコは変わらず荷物をクラッブとゴイルに預けてきたようだ。手ぶらで現れた。

パンジーとダフネとアストリアは三人一緒に現れた。駅から既に待ち合わせをしていたらしい。

そして最後にブレーズが現れた。

六人がそろっていつもの様にコンパートメントの組み分けが必要となったが、今年はクジやじゃんけんをするまでもなくスムーズに分かれた。

パンジーがアストリアとドラコの手を引いて隣のコンパートメントへ颯爽と移動をしたのだ。その鮮やかな手際に、パンジーだけでなくダフネとアストリアもこの事に噛んでいることが分かった。

隣のコンパートメントへ消えていくパンジー達を、ダフネは笑いながら見送っていた。

 

「お前ら、さては図ったな?」

 

そうブレーズがダフネに確認すると、ダフネは肩をすくめた。

 

「パンジーが、今年はどうしてもドラコとクリスマスパーティーに行きたいみたい。だから誰かさんの意地悪で別々にされたら困るんですって」

 

ブレーズは呆れたように笑ったが、特に組み分けに不満はないらしく、三人でコンパートメントへ入ることにした。

ホグワーツまでの時間、夏休みの事の報告や、すでに全員が知っている三大魔法学校対抗試合についての予想について話をした。どんな試合になるのか、ホグワーツの代表選手は誰になるのか、そんなことを話して盛り上がった。

そして昼食をはさんでいる時に、ダフネが隣のコンパートメントを心配そうに眺めた。

 

「パンジー、大丈夫かしらね? ドラコも変な意地とか張ってないといいんだけど……」

 

「大丈夫だろ。前にクリスマスパーティーに誰を誘うか話した時、ドラコはパンジーに誘われるのも満更じゃなさそうだった。パンジーがちゃんと誘ってれば問題はねぇよ」

 

そんな心配そうなダフネに、ブレーズがそう返事をする。

ダフネは少し驚いたようだった。

 

「あら、そうなの? あなた達の前でそう言うのなら、問題はなさそうね。……あなた達、クリスマスパーティーに誰を誘うかなんて相談をしていたのね。ねえ、あなた達は誰を誘うつもりなの?」

 

ダフネは俺達のクリスマスパーティーの話に興味を持ったようだった。ワクワクしたように俺達にそう問いかける。

俺とブレーズは目を合わせて少し黙ったが、ブレーズは隠すことでもないと思ったのかすぐに話し始めた。

 

「俺は引く手数多だろ? 特に決めてはいねぇよ。まあ、レイラはちょっと嫌だって言ったくらいだ」

 

「あなた、随分と傲慢ね」

 

「事実だろ?」

 

「否定できないのが悔しいわ」

 

ダフネはブレーズの返事にクスクスと笑いながら納得はしたようだった。

それから質問の矛先を俺に変えてきた。

 

「ジン、あなたはクリスマスパーティーをどうするの? 誰か誘いたい人はいるのかしら?」

 

「いないんだ、誘う予定の奴は。最悪一人で行こうかなとは思ってるよ」

 

「こっちはこっちで随分と寂しいこと言うのね」

 

またすんなりと嘘を吐くことができた。どうやら俺は嘘が上手くなっているようだった。

俺の返事を聞いてダフネは先ほどよりも大きく笑った。

随分楽しそうなダフネの様子が気になって、今度はこちらから質問を投げかける。

 

「ダフネも随分と余裕そうだが……お前は行きたい相手はいないのか?」

 

ダフネは少し不意打ちを受けた様な表情であったが、すぐに笑顔になった。

 

「私の誘う相手、気になるの?」

 

その問いかけに、ダフネがすぐには答える気はないことを察する。

こういった腹の探り合いは、ダフネやブレーズの方が俺よりも一枚も二枚も上手だ。問い詰めてもすぐに煙にまかれてしまうのを重々承知している。

俺は聞き出すことを早々に諦めた。

 

「まあ、ダフネも引く手数多だろうからな。困ってるわけないか……。俺は自分の心配をすることにするよ」

 

俺が早々に諦めたことに、ダフネは不満そうであった。

しかし、すぐに気を取り直してまた別の話題へと話が移っていく。

気が付けばもうホグワーツへの到着の時間となり、着替えを済ませて全員で汽車を降りる。

 

駅で合流したパンジーは、かなりの上機嫌であった。クリスマスへのお誘いが上手くいったのだろう。

一緒にいるドラコも満更でもない顔をしており、特に大きな問題もなく無事にクリスマスパーティーに一緒に行くことが決まったのが分かる。

アストリアにその時の様子を聞き出そうとするも、頑なに口を割らなかった。

 

「パンジーと約束したんだ、誰にも言わないって。だからジンとブレーズには言えないの」

 

「おい、ダフネはいいのかよ?」

 

「お姉ちゃんはいいの。だって、パンジーの協力者だから!」

 

ブレーズの追及も跳ね返し、何も言わないままアストリアは同級生のもとへと消えていった。

俺とブレーズは目を合わせてため息を吐く。

こういう時、女子は物凄い結束力を発揮するものだ。それをよく分かっているブレーズは、もはや聞き出すことは諦めたようだった。

 

「仲間外れってのは寂しいものだぜ……。おい、ジン。俺はお前に協力することに決めたわ。何かあったら俺に相談しろよ。協力者になってやるよ」

 

「ああ、覚えておくよブレーズ」

 

ブレーズの申し出に、俺はクスクスと笑いながら返事をした。

ブレーズが根に持つ性格なのも、俺は良く知っている。今のブレーズなら、俺が持ちかけた相談を絶対に誰にも言わないだろう。

もしクリスマスの誘いが上手くいかないようであればブレーズに相談するのがいいだろう、と密かに思った。

 

 

 

それから馬のいない馬車に乗りホグワーツに向かい、自室に荷物を置いて新入生の歓迎の為に大広間へと向かう。

組み分けはいつも通りであった。組み分け帽子が歌を歌い、それが終わったら新入生が順番にかぶって所属の寮を発表される。

組み分けが終わったところで、ダンブルドア先生からいくつかの発表があった。

今年は三大魔法学校対抗試合が行われること。対抗試合の詳しい説明が行われ、十七歳以下の立候補ができないことをそこで知った。

そして、対抗試合開催の為にクィディッチが中止となることも発表された。

クィディッチの中止は流石のドラコとブレーズも知らなかったようだった。二人してショックを隠せない表情であった。

それから、ルーピン先生の後任となる闇の魔導に対する防衛術の先生として、アラスター・ムーディ先生が紹介された。

全身が傷だらけで、片足は義足、片目は義眼。鼻は欠けており歯も無事なものの方が少ないという中々な風貌をしており、まだまだ現役の戦士という雰囲気を漂わせていた。

彼は通称マッドアイと呼ばれているほど気が荒い人物でもあると噂で聞き、これまた授業が荒れそうだと密かにため息を吐いた。

 

それから食事が終わり、スリザリンの談話室で全員で新学期開始を祝い合った。特に話題になったのは、誰が代表選手となるかということだ。

全員が是非ともスリザリンから代表選手を出して欲しいと思っていた。しかし、代表選手となれるようなめぼしい人材がいないのも事実であった。

クィディッチチームのキャプテンであるグラハム・モンタギューが立候補の意を示したが、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーに勝てるとは誰も思っていなかった。

モンタギューのように立候補を口にしなくとも、こっそりと立候補をする人間がいるのは間違いない。だがスリザリンから誰かが選ばれるというイメージは、少なくとも俺は全くできなかった。

ドラコは自分が立候補できないことを歯がゆく思っているようだった。

自室で愚痴を言っていた

 

「正直、スリザリンで立候補できる者の中に有力者はいない。ああ、全く、僕が立候補できていればなぁ……。少なくとも、他の奴らよりはマシなはずだ。ジン、君だって審査員の目をかいくぐって立候補できるならするだろう?」

 

そうドラコは期待を込めた目で俺に問いかけてきた。

俺は少し笑いながらそんなドラコに返事をした。

 

「いや、俺は傍観を決め込むよ。代表選手に選ばれたら光栄だけど、命懸けなのはいただけない」

 

俺のそんな返事を、ドラコはあまり気に入らないようだった。

 

「そんなこと言うものじゃないぞ、ジン。いいかい、僕らに足りないのは年齢だけだって思うね。僕と君、あとまあ、ブレーズも入れてやっていい。今、スリザリンで十七歳の奴らよりもよっぽど立候補の資格があると思うんだ。ああ、なんで年齢制限なんて設けたんだか……」

 

ドラコは、立候補できない悔しさを誰かと分かち合いたくて堪らないようだった。

俺はそんなドラコを見て笑いながら、おやすみと挨拶をしてベッドのカーテンを閉めて眠る態勢に入る。

 

対抗試合の代表選手になりたいか、と言われれば答えはノーだ。厄介ごとはこの三年間で十分に味わった。

しかし、栄光が欲しくないというのとは少し違った。

栄光を掴みたい人の気持ちも分かる。誰もが羨む栄光を手に入れて、周囲の人間に認められる。それはさぞかし気分がいいだろう。

ただ、それに命をかける気はないというだけだ。

自分でも分からない内に疲労がたまっていた俺は、いつのまにか寝てしまった。

ホグワーツ初日というのは、毎回あっけなく終わっていくものだ。

 

 

 

 

 

翌朝、時間割が配られていつもと同じように授業が始まる。

魔法薬学、変身術、古代ルーン文字学などおなじみの授業を受けていく中、ハグリッドの受け持つ魔法生物飼育学の授業は常軌を逸したものであった。

尻尾爆発スクリュート、と名付けられた奇妙な魔法生物の育成が今年一年の授業だと言われたのだ。針や吸盤、時折起こす火花などから尻尾爆発スクリュートが危険な生き物であることは疑いの余地はなかった。ハグリッドが嬉しそうに話すのを見て何も言う気にはなれなかったが、普段は積極的に授業を受けているハーマイオニー達三人ですら苦い表情をしている。ハグリッドの授業をまともなものと思っている人間はどこにもいなかった。

 

だが、今年はそんなハグリッドを上回る人物が現れたと言っても過言ではなかった。

 

闇の魔術に対する防衛術の教授、アラスター・ムーディ先生。

彼の授業は、今までのどの授業よりも過激で凄味があった。

初授業、ムーディ先生はコツコツと義足を鳴らしながら教室に現れた。そして俺達が教科書を机の上に置いているのを見ると鼻を鳴らした。

 

「教科書なんぞしまっておけ。そんなもの、必要ない」

 

スリザリンでの初授業、ムーディ先生の第一声はくしくもルーピン先生と同じようなものであった。

ムーディ先生は魔法の義眼で教室を見まわすと、普段からしかめている表情をより一層しかめて見せた。

 

「さて、お前達は呪いの扱い方について非常に遅れている。――ああ、そうだ。お前達の親の中には、呪いの名手達がいるようだ。しかし、お前達は親が呪いをかけているところを間近で見たことはあるまい? ましてや、自分に使われるなどと考えたこともあるまい?」

 

魔法の義眼は一部の生徒達をじっくりと眺めていた。ドラコやクラッブ、ゴイルも義眼にじっくりと眺められていた。ドラコ達は気味悪そうに、肩身を狭くさせていた。

それを確認してか、ムーディ先生は鼻で笑うようにしてから授業を続けた。

 

「私がお前達に授業を教えられるのは一年間だけだ。この一年間で、闇の魔術への対策を少しでもできるようにならねばならん。その為には、敵の正体を正しく知っておかねばならん。魔法法律により、特に厳しく禁止をされている呪文だ。『服従の呪文』、『磔の呪文』、『死の呪文』。これらについて、お前達は知っておかねばならん」

 

ムーディ先生がそう言うと、唐突に三体のクモを机に放った。

生徒達が興味深げにクモを眺める中、ムーディ先生は一体のクモに呪文を唱えた。

 

「インペリオ(服従せよ)」

 

呪文を受けたクモは唐突に二本足で立ち上がったかと思うと、タップダンスのようなステップで踊り始めた。

何人かがクモの様子を笑っていると、ムーディ先生は唸るような声で話し始めた。

 

「面白いか? わしがお前達に同じことをしても、笑っていられるか?」

 

笑っている者は一人もいなくなった。

 

「服従の呪文。これは完全な支配だ。この呪文にかければ、自殺をさせることも、誰かを殺させることも、何だって思いのままだ。お前達の家族を、お前たちの手で殺させることもできるだろうな」

 

隣で話を聞いていたドラコはビクリと体を跳ねさせた。丁度、ムーディ先生の義眼がドラコを見つめていた。

それからムーディ先生はクモの魔法を解いて瓶にしまうと、二体目のクモに杖を向けた。

 

「クルーシオ(苦しめ)」

 

クモは呪文を受けるとひっくり返り、転げ始めた。苦痛から逃げるように、痙攣をしながら。そんなクモを見下ろしながら、ムーディ先生は説明を始める。

 

「これが磔の呪文だ。この呪文があれば、拷問に道具はいらない。人を廃人にするまで追い詰めることも、お手の物だ」

 

今や、面白がる人間は教室に一人もいなかった。誰もが、最後のクモがどうなるかを緊張した面持ちで見つめていた。

ムーディー先生はそんな俺達を見渡した後、杖を三体目のクモに向けて呪文を唱えた。

 

「アバダ・ケダブラ(死よ)」

 

緑色の閃光が、クモを打ち抜いた。呪文を受けたクモはひっくり返り机の上を滑っていった。誰もが動かなくなったクモを見つめ、確信した。死んでいるのだ。

 

「気分の良いものではない。そして、この呪文は反対呪文が存在しない。防ぎようがないのだ。これを受けて生き残った者は、たった一人だけだ」

 

ムーディ先生が誰のことを言っているのか、全員が分かった。

ハリー・ポッター。生き残った男の子。彼だけが、死の呪文を受けて生き残ったたった一つの例外だ。

 

「お前たちは知っておかねばならない。敵が何を使うのか、何が自分達を襲うのか、それらを知って備えなくてはならない。親が自分を守ってくれるなどと思うな。自分の身は自分で守るのだ。油断大敵!」

 

唐突の大声で多くの者が体を跳ねさせた。

ムーディ先生のその後の授業は、使用を固く禁じられている三つの呪文、許されざる呪文に関する記述で終わった。誰も話すことはなかった。

しかし授業後、誰もが興奮した様で授業の内容の話をした。

ドラコ達も同じであった。

 

「ぶっ飛んでる。授業で許されざる呪文を使うなど、正気の沙汰じゃない」

 

ドラコはそう言いながらも、妙に興奮した様子であった。

ブレーズも似たような表情だった。

 

「だが、今までの授業の中じゃ断トツで刺激的だった。マッドアイの言う敵が何なのかは知らねぇがな……。マッドアイは、狂ったごみ箱ですら自分を襲う魔物だと勘違いをするらしいしな」

 

ブレーズはそうムーディ先生を揶揄しながらも、面白いものを見たという興奮を抑えられないようであった。

パンジーも妙な熱に浮かされ、夢見心地であった。

ダフネは気分が悪いようで少し顔を青くさせていた。

俺は、複雑な気分であった。最後に見せられた死の呪文に見覚えがあったのだ。

 

昨年、吸魂鬼に襲われた時に見えた奇妙な光景。その時に見た女性を貫いた緑色の閃光は、まさしく死の呪文であった。

 

吸魂鬼が俺に見せた光景について、俺は何の心当たりもなかった。

しかし、あの光景が実際に起きた出来事であることは確信していた。

女性の顔、緑の閃光、崩れ落ちる瞬間。全てが現実味を帯びており、ただの幻覚だと流すには鮮明すぎたのだ。

現実に起きたことであると確信しながらも、何の光景なのかは全く分からない。だが、深く考えることもしなかった。

答えの出ない疑問を考えて、親友達との時間をつまらないものにするつもりはなかった。

 

それからムーディ先生の授業の感想から話はそれ、ドラコとブレーズと共に今年のクィディッチがないことを嘆きあったり、代表選手になりたいというドラコの想いにブレーズが賛同し、ボーバトンやダームストラングが来る日がいつかをパンジーとダフネがそわそわしながら話をしていた。

 

親友達と過ごして、ホグワーツでの日常に戻ってきたと実感をする。

刺激的な授業や三大魔法学校対抗試合などを話のネタにして、ご飯を食べながら笑い合っていれば、いつの間にか嫌なことは忘れていた。

許されざる呪文という恐ろしいものを見ていたはずなのに、ベッドに入れば俺はぐっすりと眠ることができた。

 

 

 


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