試合が終わった後、アイルランドの勝利の余韻に浸りながら俺達はマルフォイ家のテントへと歩いていた。
「アイルランドの完全勝利! ……まあ、流石にシーカーは向こうの方が一枚上手だったがな」
「一枚どころじゃないだろう。クラムは天才だ。三枚も四枚も上手だったよ」
ブレーズがアイルランドの勝利を祝いつつも相手のシーカーであるクラムの凄さを認めると、ドラコがクラムをかなり持ち上げた。クラムはアイルランドでも多くのファンを獲得しているようだ。
クィディッチにあまり興味のないダフネですら、今日の試合には感動していたようだった。
「すごい迫力だったわね。アイルランドのシーカーが地面と激突した時、私、音が聞こえたわ。地面と接触するような音。聞こえないはずなのに、可笑しいわよね」
「私も聞こえた! 気の所為じゃなくて、きっとそれだけ大きな音だったんだよ!」
ダフネは興奮で頬を染めながらも傍らにいるアストリアに声をかけた。
アストリアも同じように興奮した様子でダフネへ返事をした。
それからマルフォイ家のテントに着くとすぐに食事となった。食事は昨日と同じように外で豪華な料理を並べてみんなで食べることとなった。
全員が満腹となった後、今日は部屋には集まらずに焚火を囲みながら外で話をする。
今日の試合を振り返り、見どころや印象に残ったシーンを語り合ったり、望遠鏡の録画機能を見せ合って、試合の振り返りや解説を読み上げたり、今日のことを存分に話して過ごした。
それからあまり遅くない時間にドラコが大きなあくびをして、パンジーが舟をこぎ始めた。他の奴らも眠気を感じているようで、今日はすぐにお開きとなった。
ルシウスさんとナルシッサさんは、まだ起きているようだった。挨拶に来る人や、友人達と夜を更けるそうだ。
二人に挨拶をしてテントの自室へと戻る。
俺も随分と疲れていたせいか、直ぐに眠りに落ちていった。
子ども達がテントで寝に行ったのを確認してから、ルシウスは上等なワインを取り出し、妻であるナルシッサと飲み始めた。
子守を終えた妻への、ご褒美のつもりであった。
「ナルシッサ、昨日今日と大変疲れたろう。随分と子どもたちの世話をしてくれたものだ」
「いいえ、私はなにも。引率は全て、あなたがしてくださったでしょう?」
ナルシッサはそう言いながらも労わられて嬉しそうにしているのを、ルシウスは心得ていた。
それから二人で他愛もない話に興じていたが、こちらのテントに数名の知り合いが押し掛けてきたのを確認して話を切り上げた。
こちらに来た者達は皆、ルシウスと特別なつながりがある者達だった。
自分の勤める部署の部下達。自分に多大な恩があり、考えに共感し、妄信的についてくると言っても過言ではない。
それから同僚。多くが学友であり、今でもお互いに硬い利益関係で結ばれている。互いの弱みも握り合っている。裏切ることも裏切られることもないと言える関係で、気兼ねなく話せる者達。
そして、中でも特別なのはヤックスリーとエイブリー。お互い元死喰い人であると認知しており、有罪を逃れて生きている者達。
彼らと酒を交わすことを、ルシウスは楽しみにしていた。
闇の帝王が姿を消してからゆうに十五年。今でもあの時代を生き抜いたことを誇らぬ時はない。ルシウスは自分を、暗黒の時代を生き抜き、あまつさえ利益すら勝ち取ってきた真の勝ち組であると思っている。そして、その感覚を共有できるヤックスリー、エイブリーには、戦友にも近い感情を抱いていた。
挨拶もそこそこに、ルシウスは友人達と火を囲みながら酒を飲みかわす。周囲の人間に妻を自慢したり、思い出話に花を咲かせたり、至福ともいえる一時を過ごしていた。
そんな中で、ナルシッサはルシウスの部下達に何やら愚痴を吐いていた。ワインを片手に、一目で酔っ払っていると分かるほど顔を赤くさせていた。
「ええ、私の息子は本当にいい子なのに、その取り巻きときたら……」
ナルシッサは、ドラコが友人と称して連れてきた子ども達に不満があるようだった。
「パーキンソンのお嬢さんも、グリーングラスの末っ子のお嬢さんも、はしたないわ。昨日は、男性用のテントで寝ていたというのよ」
「それはそれは……。ナルシッサ様は気苦労が絶えませんな」
「ええ、ええ。ドラコに変なことを覚えさせなければよいのだけど……。加えて、あのザビニのご子息。私は正直、ザビニさんは好みませんの。なんでも、七人と結婚をしては別れてと……。少々、お色が過ぎるのではなくて?」
「そうですねぇ。いやはや、確かにはしたない。しかし、そんな彼らにも優しく接するとは、本当にできた息子さんですよ。やはり、教育がいいのでしょうな」
部下達はナルシッサが気持ちよく話せるよう、持ち上げながら相槌を打っている。
ナルシッサも、それを受けてどんどんと饒舌になっていった。
「自慢の息子ですわ。しかし、この頃どうも取り巻きから悪い影響を受けているようで……。新学期前の買い物も、もう私と行ってくれることはないのよ? ああ、エトウという家名をご存じ? ホグワーツに通っていた東洋の純血で、そのご子息がドラコと同学年なのよ。彼の両親は、ほら、十五年ほど前には亡くなられているのよ。可哀想ではあるけれど……。でも、そんな子といるからかしら? 昔はあんなに親を大切にしてくれていたのに、どこか冷たいのよ……」
「ナルシッサ、ドラコは今でも十分、親思いのいい子だ。大人になったんだよ。君も、そろそろ子離れをしなくてはね」
ルシウスは息子のことで愚痴を言うナルシッサを宥める。事実、ナルシッサの過保護は直さなくてはと気になっていたのだ
ナルシッサは、そんなルシウスに食いついてきた。
「あなた、ドラコはまだ十五歳ですよ? まだまだ子供です。大人になったなどと……。まだ、危険なことなんてさせられる歳ではないでしょう?」
「まあまあ、ナルシッサ。そう言いなさんな。私やルシウスが十五の時など、もっとやんちゃをしていたさ。なあ、ルシウス?」
ルシウスに噛みつくナルシッサに向けて、いつの間にかそばに来ていたヤックスリーが宥めにかかった。
「十五の時など、我々も親と買い物に行かずに友人達とダイアゴン横丁を駆け回ったものだ。時には、ノクターン横町へと足を踏み入れた……。おい、ルシウス。なかったとは言わせないぞ? 我々のような家系で、あそこに足を踏み入れたものがいないなどあり得ないからな」
ヤックスリーがニヤニヤと笑いながら、ルシウスに話を振る。ルシウスはナルシッサの前で同意するわけにはいかなかったが、嘘をついてまで否定するのは野暮だと思い、肩をすくめてワインを飲み、ヤックスリーの言及をかわす。
ヤックスリーはそんなルシウスをニヤリと笑った後に、さらにナルシッサに話しかけた。
「なあ、ナルシッサ。ルシウスは、ホグワーツでも随分とやんちゃをしていたものだ。監督生になってからは、それがもっと酷くなったぞ。夜に寮を抜け出しては、監督生用のシャワールームへ女を連れ込んだことも、一回や二回じゃない」
「ヤックスリー、それは邪推だ。私はね、他の誰かと違ってそこまで節操がなかったわけではない」
ヤックスリーの発言に、今度はたまらず口を挟む。しかし、ナルシッサが既に冷たい目線をこちらに投げかけている為、効果は薄い様であった。
ヤックスリーは愉快そうに笑いながら、さらに話を続ける。
「ルシウス、君はイケていた。ああ、今でもそうだ。だがなぁ……昔の方が、もっととがっていて、そう、刺激的だった。親になって丸くなったのか、少しつまらなくなったかもな」
「この私が退屈になっただと? 良く言えたものだな、ヤックスリー。お前も、今は随分と大人しい骨なしになったろうに」
ヤックスリーの煽りを受けて、ルシウスは煽り返す。この応酬も、酔いが回っている所為か、随分と愉快に感じていた。
そんなルシウスに、ヤックスリーは益々笑いを大きくしながら返事をした。
「そうか? そうかもなぁ、ルシウス。私達は、随分と退屈になったものだ。しかし、それは最近の魔法界が退屈なのだよ。昔は良かった……。魔法界全体が、もっと自由で、活気にあふれていた。今はどうだ? こうしたクィディッチ・ワールドカップですら、マグルの目を気にしてこそこそとやらねばならん」
ヤックスリーは笑いこそすれ、不満はたまっているようであった。ルシウスはそんなヤックスリーのゴブレットにワインを注ぎながら、話を聞いていた。
「魔法省は厳しくなった。だが、意味のない規制ばかりだとは思わんか? マグルに魔法をかけることが、どんどん重罪になっていく。ところがだ、その魔法省は今日だけであの受付のマグルに何回忘却呪文をかけたと思う? 馬鹿馬鹿しい。皆、心の底では思っているんだ。マグルなんて、どうでもいいとね」
酔っ払ってきたのか、ヤックスリーの口は随分と回っていた。ルシウスはそれを、面白がりながら聞き続けていた。
ヤックスリーは上等なワインを煽り、酔いを深めていく。
「おい知ってるか、ルシウス。俺はな、昔、やんちゃをしてマグルの子どもに鹿の角を生やしちまった。それを一年間も隠ぺいしてたんだ。面白かったぞ、あれは。鹿の角が生えたってんで、マグルは大騒ぎ。簡単な呪いだってのに、まるで奇跡のように拝めるんだ。俺のいたずらをよう」
ヤックスリーは、へらへらと話を続けていく。
「だがな、とうとう足が付きそうになったってんで、俺はそのマグルにかけた呪いを解いてやったんだ。鹿の角を取ってやって、直してやった。そう、面白いのはその後だ。なんとな、鹿の角がなくなった子どもは、喜ぶどころか泣き始めた。そして親は、どこからか代わりの角を持ってきて、子どもの頭に付けやがる。そうさ、マグルは鹿の角を生やして喜んでやがったんだ。見世物にして、稼いでたってわけだ。マグルにとっては、俺の呪いが親切で、魔法省がやるような解呪が本物の呪いってわけだ」
ヤックスリーは我慢できないようにゲラゲラと大声で笑い始めた。ヤックスリーの話を聞いていた周りの人間も、大きな声を上げて笑った。
ルシウスも、それを聞いて思わずにやけてしまう。愉快な話だと、素直に思ったのだ。
ヤックスリーは笑いを引きずりながら、話を続けた。
「マグルは、やっぱり頭がおかしい。それを守ろうってんで、魔法省も頭がおかしい。俺はその時、そう確信したね。おい、ルシウス。君も一つや二つ、マグルに呪いをかけて遊んだことくらいあるだろう。だってのに、ここ最近はこそこそと裏でイタズラばかり。やっぱり、つまらなくなったよ」
あれだけ周りの笑いを取ったヤックスリーにつまらないと言われるのは、流石のルシウスも見過ごせはしなかった。
「ほう、つまらなくなった? 私がか? ならば、今日貴様らが期待しているこの後のお楽しみを当ててやろう。ここにいるマグルどもに魔法をかけて、パレードとしゃれこむ気だろう。いいだろう、私も参加しようではないか」
そう宣言すると、周りの盛り上がりは最高潮となった。
ゴブレットを掲げ、中身がこぼれるのも気にせずに騒ぎ、叫ぶ。
ルシウスはそんな連中の姿を笑いながら、魔法でマスクとローブを取り出す。気が付けば、全員が姿を隠せるものを用意していた。
そして自然と、全員がルシウスの言葉を待っていた。
ルシウスは高らかに宣言をする。
「それでは、クィディッチ・ワールドカップの最高の締めを飾ろうではないか。ここまで素晴らしい催し物を用意してくださった魔法省役員達への、ご褒美だ」
多くの者が歓声を上げ、列をなして移動をする。
祭りの余興に浮かれ、多くの者が浅ましいパレードを始めた。
この地の管理人であるマグル達に魔法をかけて、それを見世物にパレードを始めたのだった――。
外でとびきり大きな喧騒があって、目が覚めた。
驚いて外に目をやると、何やら色鮮やかな光が弾けながら、パレードのように集団が歩いて回っていた。
唖然として見ていると、部屋のドアが開かれて、ドラコが入ってきた。
「ああ、ジン。起きていたのか。……外で、何やら騒ぎがあるようだね。ブレーズも起きてる。確認しに行かないかい?」
ドラコにそう言われてから、もう一度外へ意識をやる。
祭りの喧騒、とは少し違うようだ。叫び声や、怒鳴り声も聞こえる。何か、事件のようなものが起きているのかもしれない。それも、そんなに遠くない場所でだ。
「……そうだな。ダフネ達も心配だ。固まって動こう」
そう言い三人で外に出ると、外では既にダフネ、パンジー、アストリアが固まっていた。
ドラコはそれを見て少し安心したようにしながら声をかけた。
「皆、特に問題はなさそうだね。……しかし、父上と母上がいないな。あの騒ぎの方にいるのだろうか?」
ドラコはそう呟くと、騒ぎの方へと目をやった。
今や参加者は最初に見た時の倍以上にはなっているだろう。離れているはずなのに、騒ぎの音はしっかりと聞こえてくる。
「見に行ってみるか? まあ、大した騒ぎじゃなくてただの行き過ぎたバカ騒ぎみたいだから、見る価値はないかもしれねぇが……」
ブレーズは自分達に危害がなさそうなのを確認すると、欠伸をして興味なさげにそう言った。ブレーズ自身は、そこまで興味はないのかもしれない。
「変に近づかなくていいわ……。でも、騒ぎが終わるまでは私達もあなた達の部屋へ行ってていいかしら? 何かあった時には動けるように」
ダフネは、騒ぎに近づくことは反対のようだ。万が一、ということも心配しているらしい。
俺はダフネの意見に賛成だった。
「騒ぎはどんどん離れていっている。俺達に危害もなさそうだが、まあ、近づかないに越したことはないだろう。俺の部屋で、また飲み物でも飲もうか。これだけ派手に魔法を使ってれば、魔法省にすぐにでも抑えられるはずだ。目も覚めてしまったことだし、落ち着くまで話でもしてよう」
俺の意見に特に反対はなく、直ぐに飲み物を用意して俺の部屋に集まることとなった。
特にカードゲームやボードゲームをする気にもなれない為、全員で座って話をすることになった。
アストリアは騒ぎを随分と怖がっていたようだった。パンジーとダフネがアストリアを宥めていた。
ドラコは、この騒ぎに自分の父親が参加していると思っているようだった。父親の姿が見えないことを気にかけながらも、心配をしている様子はなかった。
ブレーズとパンジーは、特に興味はなさそうだった。今回の騒ぎも、大きなイベントでたまに見るちょっとした見世物程度の認識であった。
そんな中でゆっくりと飲み物を飲みながら話をしていたら、外の騒ぎが収まったかのように静かになっていた。
「あら、終わったのかしら?」
そう言ってダフネが外の景色を見ると、息をのんで固まった。
そんなダフネの様子を不思議に思って全員で窓の外を見ると、そこには暗がりの中で変なものが浮かんでいた。
緑に光る、巨大な髑髏だった。口から舌のように蛇がはい出て、気味悪くあたりを照らしていた。
俺はそれに見覚えがあった。
「……闇の印」
前に何かの文献で見たのを覚えていた。ヴォルデモート卿と、その手下達が使っていた印。あの印が打ち上げられた時、そこには必ず死体があったのだという。
「なんで、あんなものが……」
思わずつぶやくが、誰も答える者はいなかった。
ダフネとアストリアは怯え、パンジーもただ事ではないと感じて不安そうにした。ブレーズは不快そうに顔をしかめ、ドラコは呆然としていた。
誰も、良いものを見たと思う者はいなかった。
全員が黙って、外で浮かぶ闇の印を眺めていた。
それからしばらくして、ルシウスさんとナルシッサさんがテントに帰ってきた。
ルシウスさんは俺達が全員固まっているのを見て、少し安心したような表情をしてから、もう騒ぎは収まったと言ってそれぞれの部屋に戻した。
それから、寝つきは悪かった。
誰かが死んだのだろうか? いや、そもそもあの闇の印は何のために出されたのだろう? ヴォルデモート卿と何か関係はあるのだろうか?
そんな答えが出ないことを考えて、落ち着けなかった。
結局、日が昇って辺りが明るくなるまで、俺は浅い眠りを繰り返すしかできなかった。
翌朝、早い時間にキャンプ場を去ることとなった。
テントやその他の備品はマルフォイ家で片付けておくとのことで、ドラコを含めたマルフォイ家に別れを告げて、俺達は自分の荷物だけ持って移動用の暖炉近くに来ていた。
ブレーズもパンジーもダフネもアストリアも、昨日の夜のことが心配であまり眠れなかったようだった。
それでも折角の楽しい時間を暗いまま終わらせたくないと思ったのか、別れ際にパンジーが明るく全員に声をかけた。
「それじゃ、この三日間、すごく楽しかったわ! またホグワーツで会いましょう! 楽しみにしてるから!」
そうパンジーの明るい声を聴いて、他の奴らも肩の力を抜いた。
「じゃ、次は俺が帰るわ。またホグワーツでな。おっと、ジンはまた新学期前に買い物に行くぞ。また、手紙を出す」
ブレーズはそう言うと、飄々とした様子で去って行った。
ダフネは、少し落ち着いたアストリアの手を引いて帰って行った。
「またね、ジン。私もすごく楽しかったわ。ホグワーツで会えるの、楽しみにしてる」
ダフネはそう笑いながら暖炉の中へと消えていった。
俺も、ダフネ達の消えていった後に暖炉を使用し、ダイアゴン横丁へと飛ぶ。それから、歩いてゴードンさんの宿泊所へと帰った。
ゴードンさんは新聞を読んでいたようで、帰ってすぐにクィディッチ・ワールドカップでの騒ぎに巻き込まれていないかの心配をしてくれた。
ゴードンさんへ怪我も何もなくただ楽しかったことだけを告げると、ゴードンさんは安心したように胸をなでおろした。
それから自室に戻り、部屋のベッドで横になる。
闇の印を見た時、嫌なことを思い出した。
俺に関する予言のこと。俺に、闇の帝王となるか自分自身となるか選択しなくてはならない日が来ること。
闇の印を見た時の親友達の反応は、良いものではなかった。そんなものに、俺がなりたいと思うわけがない。
別れたばかりだというのに、無性にまた親友達に会いたくなった。
俺は、俺が思っていたよりも寂しがり屋なのかもしれない。