日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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告げ口

ハーマイオニーに契約書を渡してから暫く経ち、次の古代ルーン文字学の授業でハーマイオニーは俺に嬉しそうに報告をしてきた。

 

「ジン、私、ロンにスキャバーズの事を心から謝ったわ。……可哀想だけど、クルックシャンクスをしばらくは部屋の中に閉じ込めておくよう努力することも約束したの。そしたらね、ハリーがファイアボルトのことも私が心配してくれてのことだって助け舟を出してくれて……。ロンもそれを聞いて、少し考えてくれるって。正直、絶対に許してくれないって思っていたわ。だから、考えてくれるってだけで嬉しいの。私、許して貰えるように頑張るわ」

 

どうやら、ハーマイオニーはウィーズリー達との仲に進展があったようだ。顔色も心なしか良くなっている。もう、ハーマイオニーの心配はいらないだろう。

一方で、今度はドラコが不機嫌となった。ポッターが没収されていたファイアボルトを、とうとう手にしたのが原因であった。

先日ファイアボルトを手にしたポッターが大勢のグリフィンドール生に囲まれながら大広間に現れた。今や、週末に控えたグリフィンドール対レイブンクローの試合ではポッターのファイアボルトが目玉となっている。

ドラコはポッターが目立つことも、良い箒を手にすることも何もかも気に食わないようだった。スリザリンの談話室でドラコはしきりにポッターをこき下ろした。

 

「あいつがどんな箒に乗ろうが、吸魂鬼が近づいたら何の意味もない。全くもって宝の持ち腐れだ。あのファイアボルトを、あのポッターが使いこなせると思うか?」

 

そんなドラコにブレーズは強く共感していた。

 

「まったくだ。それに次のレイブンクロー戦からシーカーはあのチョウ・チャンだ。怪我から復帰したらしい。順当にいけば、レイブンクローが勝ってグリフィンドールは優勝争いから脱落だ」

 

ブレーズもファイアボルトを手にして嬉しそうにするポッターが気に食わないようだった。ドラコとブレーズは一緒になってポッターとグリフィンドールをこき下ろし、溜飲を下げていた。

そんな二人を眺めて少し面白がりつつ、クィディッチの試合を見に行くことを約束した。

 

「それなら、レイブンクローの勝利を願って観戦に行くか。ファイアボルトがどんなものかも、興味あるしな」

 

「当然。今更グリフィンドールが勝とうが優勝の可能性は低い。ポッターの伸び切った鼻をへし折って、現実を突きつけてやりたいね」

 

そう敵意を燃やしながらポッターへの嫌がらせを画策するドラコをやんわりと抑えつつ、

遊びに行く約束を楽しみにする。

ドラコ達と休日を共に過ごすのは久しぶりだった。ポッターへの悪態をつくドラコと、それに賛同するブレーズ。ドラコとクィディッチを見に行けることに浮かれるパンジーとそれを面白がるダフネ。この四人と過ごすのが本当に心地よいことを改めて感じた。

 

 

 

グリフィンドール対レイブンクローのクィディッチ試合の当日、ドラコとブレーズに連れられ競技場へと向かう。

今日の試合はクィディッチ杯の行方に関わる試合でもあるが、ファイアボルトのお披露目でもある。その為、グリフィンドールとレイブンクロー以外の生徒も多くが観戦に来ていた。いい席を取る為に早朝に出かけたが、既に競技場への道は生徒で溢れかえっていた。

競技場へ移動しながらドラコ達と試合について話をする。

 

「今日の試合、多くの生徒がグリフィンドールの勝利を確信してるな。ファイアボルトってのは、やっぱりすごいんだな」

 

「すごいなんてものじゃないぞ、君。プロチームの多くがこぞって導入を考えているくらいだ。箒の理想形といっても過言ではないんだぞ!」

 

「ジン、流石にお前、箒について知らなすぎるぜ。チャンが乗ってる箒はクイーンスイープってんだが、性能の違いとか分かるか?」

 

試合の下馬評ではファイアボルトのお陰でグリフィンドールの勝利が濃厚であることをドラコとブレーズに伝えると、二人から呆れたような返事が返ってきた。

そんな話をしながらもすぐに競技場へと着いた。早朝に出かけたおかげで、上の方のいい席は取れた。後から来るダフネとパンジーの分の席も取り、クィディッチ杯の行方について話をする。

 

「今日の試合で勝った方が優勝争いに参加、負けた方が脱落って感じだったか?」

 

「そうだね。とはいえ、どちらのチームも一敗している。次のスリザリン対ハッフルパフが実質の決勝みたいなものさ。次の試合にスリザリンが勝てば優勝。ハッフルパフが勝てば、まあ、今日の試合の勝者と三つ巴さ」

 

俺の質問にはドラコから返事が返ってきた。

スリザリンの選手の一人であるドラコからすれば、今日の試合よりは次のハッフルパフ戦の方が重要であるのは言うまでもない。

 

「成程な。それじゃあ、今日の試合を見に来た生徒のほとんどはファイアボルト見たさに来てるのか」

 

「だろうな。特にハッフルパフの連中は最終試合にグリフィンドールと当たる。気になってしょうがねぇだろうよ」

 

ブレーズにそう言われ周りを見てみると、遠くの方にハッフルパフのクィディッチ選手たちが固まっているのが見えた。

ハッフルパフにとっては、ポッターがファイアボルトを手に入れたことは他人事ではないようだ。心なしか、険しい表情をしているように見える。

ここで試合もそろそろ開始される時間となり、ダフネとパンジーが現れ、周りを眺めるのをやめて観戦の準備に入った。

選手たちが入場するや否や、割れんばかりの拍手と歓声が競技場を包み込んだ。グリフィンドールの歓声がいつもより大きいのは気のせいではないだろう。

今試合の解説者であるリー・ジョーダンが実況と共に試合が開始され、選手達が一斉に飛び上がった。

試合はグリフィンドールの優勢。見た限り、ポッターだけでなく他の選手達も絶好調であった。点差はどんどん広がり、今や八十対ゼロ。レイブンクローの動きも悪くない。ビーターが巧みにブラッジャーを操りポッターがスニッチを手にするのを妨害し、シーカーのチャンがピッタリとポッターをマークしている。それでも、グリフィンドールの勢いを抑えることができていなかった。

そして、勝負はすぐについた。ポッターが箒を加速させチャンのマークを振り切ると、そのままトップスピードで急激に角度を変え、地面すれすれを飛びぬけてスニッチを掴み取った。二三十対ゼロ。圧倒的な差でグリフィンドールが勝利した。

ファイアボルトの影響が強くでた試合であった。大歓声のグリフォンドールを睨みながら、ドラコがつぶやいた。

 

「ふん、箒がなければ何もできないポッターが……。次の試合で僕らが勝てば今日の試合は意味がない。そうさ、今年勝つのは僕らなんだ」

 

今日の試合は、ドラコはお気に召さなかったようだ。終始、グリフィンドール優勢の試合展開にポッターの活躍。完全にへそを曲げてしまった。

そんなドラコにブレーズとパンジーが二人して声をかけ始めた。

 

「へいへい、ポッターをつぶすのは、あそこにいるセドリック・ディゴリーがやってくれるさ。あの伸びた鼻にはちょうどいいお灸だぜ」

 

「ポッターのあのだらしない顔見てよ。ほんと、暢気なものよね。シリウス・ブラックに狙われていること、忘れてるんじゃないの?」

 

二人が同調してポッターをこき下ろしたおかげか、少し機嫌を取り戻したドラコはすぐさま帰る支度を始めるよう、俺達に声をかけた。

 

「さあ、寮に戻ろうか。それと、マーカスにも練習の頻度を上げるように言わないとな。……ハッフルパフに勝てば優勝なんだ。今年こそ、優勝杯を手にしたいからね」

 

帰路につきながら、ドラコは次のハッフルパフとの試合で勝つための案を出していた。

夢にまで見たクィディッチ杯の獲得に、ドラコはいつになく燃えていた。

そんなドラコに、パンジーを中心に俺達が応援と協力を申し出て、スリザリン優勝に向けて熱く語り合った。優勝できたら、またお祝いをしようと約束をして――。

 

 

 

グリフィンドール対レイブンクローの試合の翌日、あるニュースが舞い込んできた。

シリウス・ブラックがとうとうグリフィンドールの寮に侵入を果たしたらしい。

襲われたのは何とロナルド・ウィーズリー。ポッターの寝室まで行きついたことになる。

これを受けて学校は更なる対策の強化に踏み切った。シリウス・ブラックの人相を生徒全員が覚えられるよう、廊下のいたるところに写真が張り付けられ、グリフィンドールの寮の入り口にはトロールが警備をするようになった。

 

「襲われたのがポッターじゃないのは驚きね。ポッターとウィーズリーを間違えたのかしら?」

 

「さあ? 俺は誰も殺さずにシリウス・ブラックが去った方が気になるな。まさか、大量殺人鬼が生徒一人を殺すのをためらうとは思わなかったぜ」

 

「俺もブレーズと同じことを考えていた。ブラックは噂よりも慎重な人間ってことなのか……別の目的があったのか……」

 

「ブラックの目的なんて、ポッターの殺害以外に何があるってんだ?」

 

「分からない。だが、寝室にまで入り込んで誰も襲わないってのは、聞いていたブラックの人物像からかけ離れててな。どうも、違和感がぬぐえない」

 

談話室でニュースを教えてくれたブレーズとダフネと一緒に話をする。

被害者が出なかったことを安心しつつも疑問に思った。ブラックの行動が、まるでポッターを殺すことが目的ではないように思えたのだ。

 

「考えすぎじゃないかしら? ブラックも、騒ぎを起こしたらホグワーツから脱出できないのが分かってたってことでしょう。自分の命が惜しかっただけだと思うわ」

 

「そうだぞ。それに、いかれた殺人鬼の頭の中なんて誰にもわかりゃしねえよ。考えるだけ無駄だ」

 

考えていたところダフネとブレーズにそう窘められる。二人の言い分ももっともで、俺も早々に考えを諦めた。ブラックは捕まってこそいないものの、誰も襲われずにもう半年以上が経つ。ブラックの身動きが自由に取れていないのは明らかだと思った。

この平和な半年間のお陰で、ホグワーツの警備が強化されている限り襲われるようなことはない、と思っている人が大半であった。

暫くして、クィディッチの練習を終えたドラコがパンジーを伴って帰ってきた。

ドラコは俺達がブラックがウィーズリーを襲った事を話しているのが分かると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「ハッ、あのウィーズリーの言うことだ。どこまでが本当なのか怪しいものだ。しかし残念だよ。本当にブラックがグリフィンドールにいたのだったら、ポッターとウィーズリーを始末してくれると思ったんだがね」

 

「そう言うなよ。ここで仮に殺人が起きたら、クィディッチは十中八九中止だ。それは嫌だろ?」

 

「……それはそれだ。僕はポッター達を痛い目に遭わせたいだけさ」

 

俺の返事でより機嫌を悪くさせてしまったドラコは箒の片づけと着替えに部屋に戻っていた。スリザリン対ハッフルパフの試合は二週間後に迫っていた。先日のグリフィンドールの試合に感化され、ドラコの気が荒くなっているのだろう。

パンジーはそんなドラコを見送ってから、俺達の近くの席に座った。

 

「今日の練習でも、ドラコは絶好調だったわ。今年の優勝はいただきね! それに、今週末はホグズミードじゃない? ここ数日はいいこと尽くしね!」

 

パンジーは上機嫌だった。

パンジーがハーマイオニーの秘密を知ってからというもの、パンジーはハーマイオニーが逆転時計を使用する場所とタイミングを掴んだらしい。授業の合間の少しの時間、ハーマイオニーと二人で秘密の会合を行っているのをこの間知った。パンジーもハーマイオニーも秘密を共有していることやこっそりと会うことを存分に楽しんでいるようであった。

加えて、クィディッチの練習をするドラコの手伝いをすることでドラコとの距離を詰められていると実感しているようで、ここのところよく浮かれている姿が見られた。

そんなパンジーからホグズミードに関する提案があった。

 

「ホグズミード、今回はみんなで回らない? 雪も積もったままだし、カフェでゆっくりしましょ!」

 

「あら、ドラコとのデートはいいの?」

 

「悩みどころだけど、前回はあんましだったし、ドラコもみんなで回りたいって言うから……」

 

「そう。私はどちらでも構わないわ。全員で回るのも好きよ」

 

パンジーはダフネにデートにしなくていいのかと質問を受けて少し悩んだ様子であったが、今回は全員で遊ぶことに決めているようであった。

 

「俺もしばらくはデートはいいかなぁ……。結局、お前らと回れたのは一回きりだろ? また全員で行こうぜ」

 

「そうだな。ホグズミードでゆっくりしようか。ドラコも、ここ最近の練習で疲れもたまっているだろうしな。ゆっくりする方がドラコも嬉しいだろ」

 

ブレーズも俺も全員で回ることに賛成で、次回のホグズミードではまたいつものメンバーで過ごすことが決まった。

浮かれるパンジーを横目に、俺も週末を楽しみにしていた。

 

 

 

 

 

ドラコ達とホグズミードで過ごすことを決めた日の夕方、ハーマイオニーが俺を訪ねてスリザリン寮近くまで来た。

 

「ジン、相談したいことがあって……。私、もうどうしたらいいか分からなくて……」

 

ウィーズリーとの仲が進展していたはずのハーマイオニーは、またも思い悩んだ表情をしていた。思い悩んだハーマイオニーが俺を訪ねてくるのも、もう見慣れたものに感じてきた。

とりあえず、俺は場所を移動し人通りの少ない所にあるベンチで話を聞くことにした。

ベンチに並んで腰かけ、少し落ち着いたところでハーマイオニーに話を切り出した。

 

「悩みはウィーズリーの事か? 正直、解決したと思ってたんだが……。また、何かあったのか?」

 

「そうなの……。でも、あの……詳しいことは言えないの……。虫のいい話だけど、それでも相談をしたくて……」

 

ゆっくりと言葉を選びながらも、ハーマイオニーは悩みを話し始めた。

 

「ねえ、ロンがシリウス・ブラックに襲われたって話は知ってる?」

 

「ああ。昨日、ブレーズとダフネから聞いた。結局、何もされはしなかったって話だと思ったが……」

 

「ロンやハリーに怪我はなかったわ。でも、シリウス・ブラックがグリフィンドール寮に入ってきたのも間違いないの。警戒を強めるべきなのは、間違いないわ」

 

「まあ、それもすでに学校側が手配をしているがな。確かにシリウス・ブラックが捕まらずに半年以上が経つが、その間に誰も襲われていない。ここで警備が強化されれば、シリウス・ブラックも身動きが取れなくなると思うがな」

 

俺も人のことを言えないが、ハーマイオニーへ心配のし過ぎではないかと指摘をする。それでも、ハーマイオニーの心配がなくなることはない。

 

「……周りがどれだけ警戒していても、守られるべき人自身が危険なことをしていたらどうしようもないわ」

 

「ポッター達が何かしようとしているのか? 詳しくは言えないってのはポッター達の事か……」

 

悩みの本題だろう。

俺の呟きに、ハーマイオニーはぎこちなく頷きながら話を続けた。

 

「あの、今度のホグズミード週末、ハリー達も出かけようとしているの。ハリーは、許可証を持っていないのに……」

 

「ホグワーツを抜け出そうとしてるのか? どうやって? 出入り口は吸魂鬼が見張っているぞ」

 

「方法は言えないわ……。でも、今週末にホグズミードへ行こうとしているのは確かなの……」

 

ハーマイオニーの話しぶりから、ハーマイオニーはポッター達を止めたいと思っているのは分かった。しかし表立って行動ができないのは、まだ完全に仲直りができていないからだろう。

 

「ハーマイオニーは危険だって、二人を止めてるんだろう? ……ポッターとウィーズリーは、それを聞いて何て言ってるんだ?」

 

「自分達がホグズミードへ行く方法を、シリウス・ブラックが知っているはずがないって……。シリウス・ブラックも同じ方法を知っていたら、もっと大きな騒ぎになっているはずだから。それからロンは、私がハリーのホグズミードへ行く方法を先生にバラして、ハリーが退学になるようなことがあれば、私を一生許さないとも……」

 

ウィーズリーの言い分には正直、腹が立った。ハーマイオニーが二人の心配をして頭を悩ませているのに、当の本人達は退学になるようなことをしておきながら、バラしたら許さないとは。身勝手が過ぎる。

不快感が表情に出たのだろう。ハーマイオニーはウィーズリー達をかばうように慌てて話を続けた。

 

「あのね、ハリーは今年に入ってからずっと窮屈な思いをしてきたの。シリウス・ブラックに狙われて、吸魂鬼の影響を強く受けるし、その、ショックなことも多かったの。その上、一人だけホグズミードに行けないなんて、凄く惨めな思いに違いないわ。それが分かっているから、ロンもハリーをホグズミードへ誘うの。……二人は、安全だって思っているから」

 

「……だが、そのせいでハーマイオニーが嫌な思いをするのは話が違うと思うがな。お前も今年に入ってから、思い詰めてばっかりだ」

 

俺がそう言うと、ハーマイオニーは驚いた表情をした後に少し嬉しそうに微笑んだ。

 

「……貴方はいつも私の味方でいてくれるのね」

 

微笑みながらそう言われ、少し顔が熱くなる。思わず目をそらしながら返事をする。

 

「ハーマイオニーがいつも正しい事をしているからな」

 

俺の返事を聞いて、ハーマイオニーは一層嬉しそうに笑みを深めた。

 

「私が正しいって、そう言ってくれるのが本当に嬉しい。……私が正しいと思っていることは、いつも誰かを傷つけてたから」

 

俺は、ハーマイオニーが自分の判断が正しいかどうか自信を持てなくなっているのを感じた。

 

「ハーマイオニー、お前はいつも正しいさ。今だって、正しいことをしようとしてるんだろ?」

 

「……迷っているの。ハリーを止めるか、一緒にホグズミードへ行くか。ハリーがホグズミードへ行くつもりなら、二人よりも三人の方が安全でしょ? でも、一番安全なのはホグズミードへ行かないことだっていうことも、分かってはいるの」

 

俺への返答は、ハーマイオニーらしくない内容だと思った。しかし同時に納得もした。

もう嫌なのだろう、ポッター達と対立することは。今年に入ってから、ハーマイオニーはグリフィンドールでずっと一人で過ごしてきたのだ。やっと手にした仲直りの切っ掛けを手放したくないのだ。

少し考えて、俺はある事を思いついた。

ハーマイオニーがポッター達と仲違いせず、この事態を収める方法を。

 

「ハーマイオニー、ポッター達と三人でホグズミードへ行ってこいよ」

 

「……え?」

 

「どうせ、ポッター達を止めても無駄なんだろ? なら、三人で行った方が安全だ。それに、これでウィーズリーとの喧嘩も終わるなら、悪くないだろ?」

 

ハーマイオニーは驚きで固まり、返事をするのにしばらく時間がかかった。

 

「私、止められるのかと思ってた……」

 

「まあ、正直それが正しいことだとは思うが……。ハーマイオニーがそれで苦しむ必要はないって、思っただけだ」

 

俺の返事にハーマイオニーはまだ戸惑っていた。それから、逆に背中を押されたことで段々と不安になってきたようだ。そんな不安を拭うように、後押しで声をかける。

 

「ハーマイオニー、お前が不安に思っているようなことにはならないよ。シリウス・ブラックはホグズミードには来ないし、ポッターも安全に週末を迎えられる。ハーマイオニーがポッター達と対立する必要もない」

 

ハーマイオニーはしばらく俺の言葉の真意を探ろうと考えていたが、諦めたようだ。

不安や考え込むような表情から、力を抜いたような微笑みに変わった。

 

「また、あなたが何かしてくれるの?」

 

「さあ、どうだろう?」

 

俺のはぐらかした答えに、ハーマイオニーは深く追及することはなかった。

クスクスと笑いながら、結局はハーマイオニーも俺の提案に乗ることにしたようだった。

 

「……私、ハリー達とホグズミードへ行くわ。止めても行くなら、一緒にいたほうがハリー達も安全だと思うの」

 

ハーマイオニーはベンチから立ち上がり、スッキリした表情でそう言った。ここで話も終わり、今日はお互いの寮に帰ることになった。

 

「ジン、いつもありがとう。……今年、あなたに助けられてばっかりね」

 

「お安い御用だよ、本当に。俺もこうして話をするのを楽しんでるからな」

 

「ジン、もし何か力になれることがあれば言ってね。私にできることがあれば何でもするわ!」

 

ハーマイオニーは別れ際、そう笑いながら言ってくれた。

ハーマイオニーを見送ってから、俺も自分の寮へと戻る。

寮へ戻りながら、少しため息をついた。俺が思いついたハーマイオニーとポッター達が仲違いせずにホグズミード週末を過ごす方法。それは、ハーマイオニーが想像したようなものではないはずだ。そして場合によっては、俺はポッターと本気で対立することになるかもしれない。

それでも、ハーマイオニーが孤立するよりはずっといいと踏んだのだ。

自室に戻り、ベッドに横たわりながら考えを巡らせる。実行に移すのは次の木曜日、闇の魔術に対する防衛術の特別授業の後だ。

 

 

 

 

 

 

ホグズミード週末の朝、ハリーは忍びの地図と透明マントを持ってホグワーツを抜け出す準備をしていた。

ハリーにとって意外だったのは、ハーマイオニーが同行すると言い始めたことだった。

 

「ハリー、あなた、とても危険なことをしようとしているのよ。それでも、止めても行くんでしょう? ……だから、私も同行するわ。少しでもあなたが安全になるように」

 

ハーマイオニーが、スキャバーズの件の埋め合わせをしようとしているのはハリーもロンも分かった。地図のことを先生へ告げ口をしないでいることも、ハリーが抜け出すことを容認するのも、ハーマイオニーの本意ではないことは感じてはいた。

ハリーもロンも、そんなハーマイオニーに対して少なからず罪悪感を持っていた。

それでも、ハリーとロンはホグズミードへ行かないという選択を取らなかった。

シリウス・ブラックがホグズミードへの抜け道を知っているはずはないし、ホグズミードから帰ってくる楽しそうな生徒達を指をくわえて見ているだけなのは耐えられなかったのだ。

ハリーはホグズミードへの準備を整え、抜け道のある四階の廊下の隻眼の魔女像へ向かう。その途中、意外な人物から声をかけられた。

 

「やあ、ハリー。少しいいかな?」

 

ルーピンであった。ハリーは今だけはルーピンに会いたくはなかった。

そんなハリーの気持ちを知ってか知らずか、ルーピンはハリーへ話を続けた。

 

「ハリー、今から私の部屋に来てもらえないかな? 君も、ホグズミードへ行けなくて暇をしていると思うしね」

 

ハリーはどうやって断ろうか必死に考えを巡らせたが、いい案はなかった。曖昧な返事と共に、大人しくルーピン先生の後ろへついて行くことしかできなかった。

いつかルーピンの部屋に招かれた時と同じように、ルーピンの部屋には河童や水魔が数匹、水槽に保管されていた。

ハリーは一刻も早く立ち去りたい気持ちを押さえつけながら、水魔や河童に興味があるふりをしつつ、ルーピンから差し出された紅茶を飲んだ。

ルーピンはそんなハリーを見つめながら、ゆっくりと話を始めた。

 

「実はね、ハリー。君に話したいと思っていることがあるんだ」

 

「何でしょう?」

 

ハリーははやる気持ちが抑えきれず、食い気味に返事をしてしまった。ルーピンはそんなハリーを気にした様子はなく、話を続けた。

 

「私が君のご両親と友達だったことは、以前に言ったね。……もう一つ、君に言っておこうと思ったことがあってね。シリウス・ブラックの事さ。私はね、ブラックとも友達だったんだ。……いや、友達と思っていたと言うべきかな」

 

ハリーは一瞬、ホグズミードへ行くことを忘れ、ルーピンの話に聞き入った。

ルーピン先生はそんなハリーに少し笑いかけた。

 

「君はすでに、ブラックが両親の仇だってことは知っているね。……実は君が、両親の仇を取る為にブラックの後を追うのではないかと勘繰っていたんだ。けどハリー、君は私が思っているよりもずっと強く、聡明だったね。危険なことはせず、憎しみにも耐えることができた」

 

ハリーはこれからホグワーツを抜け出そうということに恥じらいと罪悪感を持った。それでも、既に約束をしてしまったことを盾に、自分に後戻りはできないと言い聞かせた。

ハリーはジッと耐えながらルーピンの話の続きを待った。

 

「私は君のお父さんに大きな恩があるんだ。君のお父さんが、私の学生生活をとても輝かしいものにしてくれた。本当に、幸せな時間だったんだ。……私はね、君に魔法を教え、力になれる事を惜しまない。だからもし、先日侵入してきたブラックの事で思い悩むことがあれば何でも言っておくれ。ジェームズ達の忘れ形見である君を、守る為ならなんだってするさ」

 

ルーピンの話はそこで終わった。

ハリーはルーピンにお礼を言い部屋を抜け出すと、人気のない廊下で立ち止まってルーピンに言われたことを考えた。

ルーピンは今からハリーがすることを知ったら、きっとガッカリするだろう。それでは辞めようか? いや、既にハニーデュークスでロンとハーマイオニーが自分を待っている。それに、抜け道のある隻眼の魔女像は誰にも触れられていない。誰も抜け道の事は知らないのだ。現に三年以上も抜け道を使い続けていたフレッドとジョージは未だ捕まっていない。今日、ハリーがちょっと使っても大事にはならないはずだ。

ハリーはそう自分に十分言い聞かせてから、念のため透明マントを羽織って抜け道へと向かった。

そして抜け道に到着し、隻眼の魔女像に杖を向けて呪文を唱える。

 

「ディセンディウム(降りよ)」

 

像が割れて抜け道が露わになった。ハリーは鞄と一緒に抜け道へ滑り込もうとした。

しかし、ハリーが抜け道に入ることはなかった。

 

「アクシオ(来い)、忍びの地図」

 

ハリーは落ち着いた声で呪文が唱えられるのを聞いた。そしてハリーの手の中から忍びの地図が飛び出し、その拍子に羽織っていた透明マントもはだけてしまった。

思わぬ事態に固まりながら地図が飛んでいった方を見ると、なんと先ほど話をしていたはずのルーピンが地図を片手にこちらを見ていた。

 

「……君の反応からもしやとは思っていたがね、ハリー。残念だよ、君がこの地図を提出しなかったのは。……私はね、たまたまこの地図の事を知っていた。そこに、ホグズミードへの抜け道があることもね」

 

ルーピンの悲しそうな表情に、ハリーは内臓に氷をぶち込まれたかのような感覚に襲われた。

顔を真っ青にして何も言えないハリーに、ルーピンはため息を吐きながら言葉をかける。

 

「ハリー、私がどれだけ説得しても、君がシリウス・ブラックの事を真剣に受け止めることはないだろう。……私が伝えたいことはさっき言ったばかりだしね。私は、君を守りたい。だから、これを返してあげるわけにはいかないよ。……このことで、君を罰したりはしないし、校長へ報告することもない。でも、よく考えてくれ。君のご両親は、君を守る為に命をささげたんだ。それに報いるには、君の行動はお粗末だとは思わないかい?」

 

ハリーはこれほど惨めな思いをしたのは初めてだった。今なら、自分だけホグズミードに行けない事なんて大したことじゃないと断言できる。

ルーピンが去った後も、ハリーは俯いて動けずにいた。

大好きな先生を失望させたということがハリーに深く突き刺さり、ホグズミードへの熱を一気に奪い去ってしまった。

ハリーは寮に戻った後も、結局早めに切り上げてきたロンとハーマイオニーが返ってくるまで談話室でうなだれていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

俺が思いついたハーマイオニーとポッター達を対立せずに事態を収める方法は、端的に言えばルーピン先生への告げ口であった。

ルーピン先生へ、ポッターがホグズミードへ行こうとしているらしいということを相談した。そして、俺からの情報であることを伏せて、ホグズミードへ行くのを止められないかとお願いをした。

 

ルーピン先生は俺からの依頼を快く受けてくれた。

 

それからルーピン先生は、俺が知ったのはハーマイオニーからであること、表立って報告をしないのはハーマイオニーとポッター達の仲を気にしているから、と俺が気にしていることを言い当てて見せた。ルーピン先生は全てを把握した上で穏便に済ませると約束をしてくれた。

ルーピン先生がポッターに罰則を与えたり、俺からの情報であることを隠さずに強引にポッターを調べたりする可能性もあった。だからルーピン先生が穏便に済ませると約束してくれた時はほっとした。

 

そして、ルーピン先生は約束を果たしてくれた。

 

ポッターがホグズミードへ行けず大人しくしていたこと、今後抜け出すこともないだろうということをハーマイオニーから聞いた。そしてポッターは、偶然ルーピン先生にバレてしまったと思っていることも。その為、俺やハーマイオニーに敵意を向ける様子はないことも確認できた。

ハーマイオニーには俺がルーピン先生へ告げ口をしたことを言わなかったが、ハーマイオニーは察しているようだった。しかし、ハーマイオニーも俺に深くは確認をしなかった。手にした平穏を壊さぬよう、知らないふりをすることに決めたらしい。

 

ハーマイオニーはポッター達と仲直りでき、ポッターの安全は保障され、俺はポッターから恨まれることもない。全てが丸く収まった。

俺は正しいことをしたと、胸を張って言える。しかし、スッキリとはしなかった。

告げ口への罪悪感、ポッターへの同情と苛立ち、ポッターを落ち込ませたことで表情を曇らせるハーマイオニーへの心配――。スッキリしない理由はいくつも心当たりがあった。

俺はハーマイオニーが俺に相談に来た際に言っていた、ある言葉を思い出した。

――私が正しいと思っていることは、いつも誰かを傷つけてた――

今、まさにそんな気分だった。

もしハーマイオニーがずっとこんな気分だったのなら、さぞかし息苦しかっただろう。

俺は、ポッターと関わったことを少し後悔していることに気が付いた。

 

 


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