日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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秘密の契約書

クリスマス明けからしばらくたった。

クリスマス明け直ぐに行われたスリザリン対レイブンクローのクィディッチ試合は、スリザリンがわずかな差で勝利を収めた。スリザリンが優勝にリーチをかけて、ドラコはポッターがファイアボルトを手に入れたというショックから立ち直ることができたようだった。むしろ、上機嫌に過ごすことが多くなった。

一方、ハーマイオニーはとうとう課題と授業の多さに限界を迎え始めた。一緒に受けている古代ルーン文字学の授業でもピリピリしていて、ダフネも話しかけにくい印象を抱いているようだった。ポッター達との仲も上手くいっていないようで、日に日にハーマイオニーの目の下の隈が濃くなっていった。やはり、ハーマイオニーにも息抜きの機会が必要だと考えた。

そこでパンジーにハーマイオニーとの課題を一緒にする約束について話をした。俺の話にパンジーはすぐに飛びついた。

 

「いいじゃない! ハーミー、全然会いに来ないし話せてないのよ! うん、私はいつでもいいわよ!」

 

パンジーは上機嫌に返事をした。ダフネと、ついでにドラコとブレーズにも声をかけたところ、ダフネは予定が合えば参加、ドラコとブレーズは不参加とのことだ。後はハーマイオニーの予定次第となった。

早速、次の古代ルーン文字学の授業の時にハーマイオニーに予定を聞くと、疲れた表情ながらも少し嬉しそうにした。

 

「それなら、今週の土曜でいいかしら? 私は課題が溜まっているから、朝から図書室にいるわ。都合がいい時間に、いつでも図書室に来て」

 

そう言って笑うハーマイオニーは、課題をする時間よりも睡眠時間が必要なのではないかと思う程に弱っていた。

 

 

 

ハーマイオニーも課題に追われていたが、俺も忙しくはあった。

クリスマス明けからの吸魂鬼対策の特別授業。初日のスタート以降、俺もポッターも大きな進展はなかった。俺はボガートを前にしてベール程度の薄さでしか守護霊を呼び起こせなかった。それも調子がいい日で、ダメな日は守護霊を呼び出すことすらできない。

ポッターは安定して守護霊を盾の様に出せるようになっていたが、本人は満足していないようだった。

ルーピン先生は上手くいかない俺を励まし、成果を焦るポッターを宥めた。

 

「ジン、最初に話した通り、これはとても高度な呪文だ。呼び寄せるだけでも十分な成果なんだよ」

 

「幸せな時の記憶を思い起こしているはずなんですが……。上手くいかないみたいです」

 

「この呪文で必要なのは幸せな記憶ではなく感情なんだ。この手の呪文は、頭で考えるすぎる人は特に苦戦をする。ジン、君は少し考えすぎなのかもしれないね」

 

ルーピン先生はそうアドバイスをくれる。

俺が思い起こしているのは、天文台での祝勝会。ドラコ達と過ごしたあの時間を鮮明に思い起こすことで何とか守護霊を呼び起こしている。

しかし、あの時の幸せな思い出だけでは守護霊を呼び起こすのに足りないのは明白であった。何か他にも幸せな思い出が必要なのかもしれない。

一方で比較的うまくいっているが悩んでいるポッターへもルーピン先生はアドバイスをした。

 

「……僕は守護霊で奴らを消せるかと思ってたんです」

 

「本当の守護霊ならそれができるだろうね。でも、少なくとも次のレイブンクロー戦で吸魂鬼が来ても、君が地上に降りるだけの時間は稼げるようにはなったわけだ」

 

ルーピン先生がポッターにそう言ったのを聞いて、グリフィンドール対レイブンクローの試合が来週に迫っていることに気が付いた。ポッターが焦っていたのも、試合が近いからだとその時に分かった。

 

「ハリー、君はとても上手くやれている。守護霊を形にするだけでも、誇るべきことなんだよ。焦りは禁物だ」

 

ルーピン先生が、なおも不満な顔をするポッターを励ましながら今日はお開きとなった。

そして教室から談話室への帰り道、少しの間だがポッターと話す時間となっていた。

 

「そういえば、来週の試合までにはファイアボルトは手元に戻ってきそうなのか?」

 

「どうだろう……。僕、マクゴナガルに聞くんだけど、いつも決まってまだ待ちなさいの一点張りだ」

 

「そうか。早く戻ってくるといいな」

 

ファイアボルトのことを言うと、ポッターは何か複雑そうにしながら俺の方を見た。

 

「……僕がファイアボルトを手にすること、君にとっては嬉しくないと思うんだけど?」

 

「まあ、そうだな。お前がファイアボルトを手にすると、クィディッチ杯の行方も怖くなる。でもファイアボルトが手元に戻ってきたら、少なくともお前はハーマイオニーと喧嘩する理由はなくなるだろう?」

 

そう返事をすると、ポッターは少し納得をしながらも複雑そうな表情を強めた。

 

「あー……。それじゃあ、僕はここで」

 

ポッターは俺がハーマイオニーのことを聞くと話を早く切り上げて逃げるように別れることが多かった。ポッターは変わらず、ハーマイオニーを避けていることの負い目はあるらしい。

ポッターとハーマイオニーの仲を取り持つ為に、この会話が良いように作用しているかは実感がなかった。それでも、俺とポッターの距離が縮まっているのも確かではあった。少なくとも、お互いに悪印象はないと言い切れるくらいに。

ポッターと別れてから寮に着くと、直ぐにベッドに入る。特別授業の後は、特に疲れて眠たくなるのだ。

それに今週末は、ハーマイオニーとの勉強会を控えている。

 

 

 

土曜日、ハーマイオニーとの約束の日。

ダフネは他のスリザリン生とのお茶会もあって参加はできないとのことだった。

そのお茶会は多くのスリザリンの女子生徒が参加するようであったが、パンジーはお茶会には参加しないらしい。

パンジーにお茶会に参加しなくても大丈夫か確認したら、パンジーは自慢げに返事を返してきた。

 

「私、いつもお茶会には出てるから一日くらい別に不参加でも不都合はないのよ。……まあダフネは、普段はあんまり参加してないの。今日みたいなちょっと大きなお茶会は顔出さないと、少し面倒になるのよねぇ」

 

スリザリンの人間関係は家が絡むため、他の寮よりも多少面倒なのは知っている。

スリザリンの人間関係をあまり気にしないのは、ドラコの様に家柄が立派すぎる者、自分の様にもはや家柄がない者の二択である。いうまでもなく、この二つのどちらかに属する人は少ない。

パンジーは家柄が立派な部類でありお茶会などにも積極的に参加をしているので、スリザリンでの人脈は広く地位は高い。パンジーが情報通なところも、好き勝手振舞っても文句が言われないのも、こういった一面があるからだろう。

そんなパンジーは、ハーマイオニーと会えることを随分と楽しみにしているようだった。

 

「ハーミーと会うなんて本当に久しぶり。ね、あんたはハーミーと授業一緒なんでしょ? ハーミーは元気?」

 

「うーん……。どうも、課題が忙しいみたいでな。正直、あまり元気がない」

 

「ああ、そうなの……。じゃあ、今日はいっぱい遊んで元気づけなきゃね!」

 

「……今日は、課題をする約束だぞ?」

 

「……分かってるわよ。ちょっとした言い間違いよ」

 

少し先行きが不安ではあったが、パンジーがハーマイオニーを無理やり息抜きに参加させるのも悪くないとは思っていた。

そんなことを考えながら図書室に着いた。ハーマイオニーの居場所はすぐに分かった。一か所だけ、本が山積みになっているのだ。

パンジーはハーマイオニーの居場所がわかると、満面の笑みで近づいて行った。パンジーは後ろから驚かそうと思っていたようだが、ハーマイオニーの表情を見て固まってしまった。

ハーマイオニーは先ほどまで泣いていたかのような真っ赤な目をしていた。表情は酷く打ちのめされており、課題に打ち込むことで何とか嫌なことを忘れようとしているのが明白だった。

 

「ハーミー! どうしたの?」

 

図書室であることを忘れたパンジーが、思わず大きな声を出す。

ハーマイオニーは突然パンジーに声をかけられて驚き体を跳ねさせたが、声の主がパンジーだと分かると安心したような表情になった。

すぐさま、図書室の司書であるマダム・ピンスが鋭い目線を飛ばしてきたが、パンジーはお構いなしだった。泣いた跡が目立つハーマイオニーを立ち上がらせる。

 

「ハーミー、そこの空き教室に行きましょ!」

 

ハーマイオニーの課題も借りた本もそのままに、パンジーはハーマイオニーを連れて足早に図書室から抜け出していった。

マダム・ピンスは少し呆気にとられてパンジーとハーマイオニーの抜け出した後を見ていたが、直ぐに厳しい表情をして残された俺の方を睨んだ。

残された俺の前にはハーマイオニーが借りた本の山に机一面に広げられた課題。

俺は何も言わず、一人でハーマイオニーが借りた本を戻すことになった。

 

 

 

やっとのことで本をすべて本棚に戻し、ハーマイオニーが残した課題を両手に抱えて、ハーマイオニーとパンジーがいる空き教室を探して回った。

図書室からでてすぐの、俺がクリスマスにハーマイオニーと課題をやった空き教室に二人はいた。

ハーマイオニーはパンジーにすっかり悩みを打ち明けたようで少し落ち着いているが、パンジーは怒りに顔を染めていた。

パンジーは俺が入ってきたのを見ると、怒りの表情のまま俺に話しかけてきた。

 

「ジン! ポッターとウィーズリーを呪うわよ! いい呪文教えなさい!」

 

「……その前に、俺に状況を教えてくれ」

 

「ハーミーを泣かしてるのが二人だからよ! それ以外に理由はいる?」

 

パンジーは怒りで話が通じない。ハーマイオニーは怒りにあふれるパンジーと話がみえていない俺に戸惑いながら、目線を泳がせた。

パンジーと話してもらちが明かないと判断した俺は、落ち着いたハーマイオニーになるべく穏やかに声をかけた。

 

「ハーマイオニー、ポッター達と箒の件で何かあったのか?」

 

ポッターがハーマイオニーのことを感情的に受け入れ切れていないが、気にかけているのは知っている。そんなポッターがハーマイオニーを泣かせるようなことになるとは想像していなかったのだ。

ハーマイオニーは俺の質問に対して、ポツリポツリと説明をしてくれた。

ポッターの箒は結局、呪いがかかっていなかったこと。そしてハーマイオニーの猫がとうとうウィーズリーのネズミを襲ってしまったこと。ウィーズリーのネズミが消え、シーツに血の跡があり、シーツの周りにはハーマイオニーの猫の毛が散らばっていたらしい。

 

「……その、私はクルックシャンクスがスキャバーズを食べてしまったって、信じられないの。でも、ロンはクルックシャンクスがスキャバーズを食べたって信じて疑わないし、私の事、絶対に許さないに決まっているわ。スキャバーズもファイアボルトも、何もかも私が悪いって思われてる……」

 

状況がよく分った。

結局、ハーマイオニーのペットはウィーズリーのペットを食べてしまったようだ。ポッターの箒に呪いがかけられていなかったことも相まって、ハーマイオニーの立場は完全になくなった。

今までハーマイオニーとポッター達の間にあった対立は両者に非がある形であったが、今となってはハーマイオニーにだけ非がある形となっている。

こうなってしまえば、ハーマイオニーはもう許しを待つことしかできない。唯一できることは、ウィーズリーに真摯に謝罪をすることだけだろう。

しかしハーマイオニー自身がそのことを受け止めきれず、ウィーズリーにしっかりとした謝罪ができていないようであった。

俺はどう声をかけるべきか悩んでいるが、パンジーが止まらない。

 

「ハーミー、これで分かったでしょう? ウィーズリーなんて、貴女よりネズミが大事な馬鹿な貧乏人よ。それに猫がネズミを襲うものだってことも分からないだなんて、バカ丸出しよ。そんなにネズミが大事なら、守るように努力するべきだったわ! それにポッターも、箒以外の他の事なんてどうでもいい身勝手野郎よ! ほら、そんな奴らとは縁が切れて清々とするはずよ!」

 

パンジーがウィーズリーを罵倒すればするほど、ハーマイオニーは益々苦しそうな表情になった。ハーマイオニーは自分に非があることは分かっていて、自分が悪いのにウィーズリーがひどく罵倒されることを苦痛に感じているのだろう。

しかし、自分に非があると分かっていながらもハーマイオニーが素直にウィーズリーに謝れないのは、謝っても許されることではないとハーマイオニー自身が痛感をしているからだろう。

お互いのペットが散々問題になっていた。そんな中でのこの事態。当然、ウィーズリーがハーマイオニーの謝罪を受け止められないと言っても納得はいく。

ハーマイオニーが唯一ウィーズリーと円満に仲直りできるのは、ウィーズリーのペットが実は無事であった場合だけ。だからハーマイオニーは自分のペットがウィーズリーのペットを食べてしまった事実を受け入れられないのだ。その事実を認めてしまえば、ハーマイオニーは自分とウィーズリーの仲直りが絶望的であることを認めるのと同じだ。

そんなハーマイオニーにかけるべき言葉が分からない。それでも、かけるべき言葉がパンジーの様にウィーズリーへの罵倒ではないのは確かだ。

 

「なあ、ハーマイオニー。多分、お前も授業に追われて課題がたまってるせいで、ピリピリしてるんだ。課題、俺とパンジーで手伝うからさ。それが終わったらスッキリするだろ? そしたら、またどこか遊びに行こう」

 

ハーマイオニーは俺が露骨に話をそらしたことに少し驚いたようだが、これ以上パンジーがウィーズリーとポッターへの罵倒するのを聞きたくないためか、頷いて俺の意見に賛同した。

パンジーは少し納得できていないようであったが、課題が終わったら遊ぶという言葉につられてか抵抗はしなかった。

 

 

 

それから、もう一度図書室に戻って課題の為の本をあらかた借り出すと、先ほどの空き教室で課題を三人で始めた。

そこで分かったのは、ハーマイオニーの課題がとんでもない量であったということだ。

俺とパンジーが持ってきた課題が精々羊皮紙五枚分。一方でハーマイオニーは二十枚近くある。当然、俺達の課題が終わってもハーマイオニーの課題が終わらないという事態になった。

パンジーは時間を持て余し、ハーマイオニーにちょっかいを出し始めた。ハーマイオニーは最初の方は少し困った様ながらも楽しそうにしていたが、流石に課題が進まなくなると段々と耐えられなくなってきた。

そして、パンジーが誤ってインク瓶を倒してしまいハーマイオニーの課題の一つにぶちまけた。

ハーマイオニーは悲鳴をあげ、パンジーも流石に申し訳ないと思ったのかにインクに染まった羊皮紙を見て固まった。

すぐさま魔法でインクを吸収し事なきを得たが、ハーマイオニーは思わずパンジーに鋭い言葉をかけてしまった。

 

「ああ、パンジー! お願いだからジッとしてて! 私、課題の邪魔をされるのは耐えられないの!」

 

パンジーはハーマイオニーの言葉にショックを受けて黙ってしまった。

だがパンジー以上に、言葉を投げかけたハーマイオニーの方がショックを受けた表情をした。そして、なぜかハーマイオニーの方が泣き始めた。パンジーは泣き出したハーマイオニーを見て、ますます固まってしまった。

ハーマイオニーは泣きながら、パンジーへ言葉をかけはじめた。

 

「ご、ごめんなさい、パンジー……。……私、あの、分かってるの。貴女が私を元気づけようとしてくれてるって。ごめんなさい、貴女にキツイこと言って……。でも、私、今、本当に辛いの……。課題もこんなに、授業もあって、全く寝れないし、それに、私、グリフィンドールに居場所がない……。貴女にまで嫌われたら、私、本当に……」

 

そう言って、ハーマイオニーは自分の言葉に自分で傷ついてますます泣き始めた。

パンジーは戸惑いながらも、ハーマイオニーが自分に対して怒っているわけではないと分かって安心したのか、ハーマイオニーの背中を優しく撫で始めた。

 

「ハーミー……。課題、ごめんね、インクで濡らして。私、ハーミーの事、大好きよ? 嫌いになるはずないわ」

 

パンジーの言葉を受けて、ハーマイオニーは感激したようにパンジーに抱き着きすすり泣いた。

パンジーは抱き着いてきたハーマイオニーの頭をポンポンと叩く。パンジーは最初は戸惑っていたが、ハーマイオニーが自分を頼りにしているのを実感してきたのか徐々に満更でもない表情になっていった。普段、ハーマイオニーとダフネには課題のことなどで頼ることが多い為、自分が頼られるのが嬉しいのだろう。

ハーマイオニーが落ち着いたのを見計らって、パンジーがハーマイオニーに声をかける。

 

「ね、ハーミー。そんなに辛いなら、課題も授業も辞めちゃお! いっそのこと!」

 

パンジーの提案に、ハーマイオニーはひどく驚いた。

 

「でも、そんなことできない……。私、しっかりやるって約束をマクゴナガル先生としたの。全部の授業と課題をしっかりやるって約束して、だから全ての授業を受けられるように特別に措置をしてくださったの……」

 

「でも、ハーミー。このままだと、倒れちゃうわよ?」

 

パンジーの心配はもっともだ。それにパンジーの提案も、ハーマイオニーは突拍子がないように感じたかもしれないが、俺は悪くないと思った。

ハーマイオニーが限界なら選択授業のいくつかを今から無くすことはできるだろう。少なくとも、選択授業を必要最低数に減らすことは可能なはずだ。

それでも、ハーマイオニーは授業を減らすことは考えられないようだった。悩みこむハーマイオニーに、パンジーは更に提案を続けた。

 

「じゃあ、ハーミー。私達に、授業を取ってる秘密を話さない? ハーミーが辛いの、授業を人より取ってるからでしょう? ね、秘密を話せばスッキリできるし協力できるかも!」

 

パンジーの提案は、ハーマイオニーにとって魅力的であったようだ。

ハーマイオニーは口を開いて少し話しかけたが、首を振って話すのをやめた。

 

「……ごめんなさい、パンジー。私、とっても話したいのだけど、誰にも言ってはいけないって約束で、特別措置をいただいているの」

 

「私、誰にも言わないから! ね、そしたらマクゴナガルにバレるなんてことはないわよ!」

 

ハーマイオニーはどうしたらいいか分からないようだった。

秘密を話してスッキリしたいし、何か手伝ってもらえるなら負担が減るのは確かだ。でも、話をして万が一があれば、と不安がぬぐえない様子であった。

 

「パンジー……。その、貴女を信用しないわけではないけど、口が滑ってしまえば、とても重い罰があるって言われているの……」

 

重い罰、というのを聞いて流石のパンジーも怯んだ。でも、ハーマイオニーの為に何かをしたいという気持ちまではなくならなかったようだ。

パンジーはここで俺の方に向いて話しかけた。

 

「ねえ、あんたは何か提案ないの? 秘密を絶対に漏れないようにする方法!」

 

無茶ぶりである。

そもそも、パンジーは口が軽い。ハーマイオニーの秘密を知って、絶対に漏らさないという状態にするのは難しいだろう。

ハーマイオニーがパンジーに秘密を話して、絶対にそれがバレないようにする方法。

考えを巡らせる。そして、一つ思いついた。

 

「あー、まあ、ないことはない。ハーマイオニーがパンジーに秘密を漏らしても、それが絶対に他に漏れない方法」

 

俺の発言に、パンジーは喜び、ハーマイオニーは驚いた。

 

「あんた、そういうところは流石よね! さあ、その方法を言いなさいよ!」

 

意気揚々とパンジーは俺に答えを求めるが、俺はすぐには答えられなかった。

 

「準備が必要なんだ、パンジー。今からやっても、多分、今日中には終わるかどうか……。それに、結構ややこしい……」

 

「なら、私も手伝うから、さっさと準備するわよ! ハーミー、直ぐに秘密を話せるようにしてあげるからね!」

 

パンジーは詳しいことを聞くことはせず、俺の提案を実施することを決めたらしい。

ハーマイオニーは驚いた表情で、固まったままだ。

俺はパンジーとハーマイオニーを見て、少し考えてからその方法を試すことにした。

ハーマイオニーが、驚いた表情の中でもわずかに期待をしているのが分かったのだ。自分が秘密を話して楽になれ、協力者を得られるのではないかということを。

期待させてしまった以上、応えないわけにはいかない。

 

「じゃあパンジー、一度図書室に行くぞ。必要な本がある。それから寮に戻る。道具も必要だ。……ハーマイオニー、明日準備ができたら声をかけるからさ。明日も図書室で待っててくれよ」

 

「分かった! ハーミー、また明日! 待っててね!」

 

ハーマイオニーにそう声をかけて、俺とパンジーは空き教室を出る。

ハーマイオニーは少し呆気にとられた様子であったが、それでも期待を込めたような表情になって、俺達を見送った。

廊下に出ると、パンジーは張り切っていた。

 

「さあ、ジン! 何から始めるの?」

 

「とりあえず、本を借りてから談話室で作業。……あと、ハーマイオニーには言わなかったが、俺達は今から校則を破ることになる。バレたら多分、罰則だから気をつけろよ」

 

パンジーにそう告げる。

パンジーはバレたら罰則と言われてびっくりした様子だった。

 

「……珍しいわね。あんたが罰則受けるようなことをするなんて」

 

「まあ、今回ばかりは仕方ないだろ」

 

パンジーは俺の態度に呆気にとられたようだが、直ぐにニヤリと笑った。

それから上機嫌に俺に声をかけた。

 

「あんた今、良い感じ。うん、良い奴よ、あんた」

 

「……珍しいな、お前が俺を褒めるの」

 

「今回ばかりは仕方ないでしょ。あんたのこと、少し見直した」

 

そのパンジーの言葉を受けて、俺もパンジーに笑い返した。

俺とパンジーは馬が合うことは少ない。だが今は、パンジーとはこの上なく馬が合っている。

 

 

 

「……ねえ、この作業いつまで続くの?」

 

「羊皮紙に書き込んでいる情報が完璧と確信できるまで。……作業スピード考えると、あと四時間くらいかな」

 

「……日付変わるじゃない」

 

「そうだな。でも、ハーマイオニーの為に何でもやるんだろ?」

 

「……あんた、いつかこの手で刺すわ」

 

徹夜になる作業のお陰で、折角上がったパンジーからの俺の評価はまた地に落ちた。

パンジーにやらせているのは、図書室から借りてきた本から俺が言った文言が載っているページを探し出す作業。

パンジーはぶつくさ文句を言いながらも、手を休めなかった。ハーマイオニーのために頑張る、という意志は固いらしい。

最初の方は俺とパンジーの二人でいるのが珍しく、興味深げに眺めている人達もいた。しかし、俺達のやっている作業は本を読みながら羊皮紙に文章を書き連ねているだけ。一見するとレポートを仕上げているようにしか見えない。すぐに周りも興味を失って、詮索されることはなくなった。こちらとしては好都合だった。

談話室に誰もいなくなってから、パンジーは俺に質問をした。

 

「……今更だけどさ、私達は今何をしてるの?」

 

どうやら、バレたら罰則ということを気にして今まで質問を我慢していたらしい。

そんなパンジーの疑問に答えてやる。

 

「契約書を作ってる。これにサインをした人が秘密をバラしそうになった時、舌縛り呪文が発動して強制的に黙らせる」

 

「なにそれ、すごい。確かに、それなら秘密を知っても絶対に漏らしようがないわね!」

 

「だろう? ただ、効果を正しく発動させるためには、事細かい設定が必要なんだ。さっきからパンジーにやらせているのは、契約書の作成に必要な文言を探し出す作業だ。俺も契約書を作るのは初めてだからな。手伝ってもらえて助かってる」

 

「はいはい……。はぁ、眠いわ……」

 

作業の内容が何なのか分かったおかげか、多少パンジーの表情が和らいだ。作業スピードも、心なしか少し上がった。

そんなやり取りをしながら契約書の作成を進め、やっとのことで完成した頃には午前二時前だった。

作業が終わったことをパンジーに伝えると、パンジーは歓喜の声を上げた。

 

「やっと、本から解放される……。私、一生分の調べ物をした気分よ」

 

「大げさだな。……まあ、お疲れさん。後は俺がやっとくから、寝てていいぞ」

 

「……まだ、何かやるの?」

 

「仕上げだ。この契約書に魔法をかけて、完成だ」

 

「……私も完成までいる。さっさと完成させて」

 

パンジーは眠そうにしながらも、完成まで立ち会うようだった。

パンジーはハーマイオニーの為の作業を途中で投げ出したくないようだった。

ハーマイオニーがパンジーを大事に思っているように、パンジーもまたハーマイオニーを大事に思っているのが分かった。

そのことを嬉しく思いながら、羊皮紙に必要な魔法をかけていく。今度こそ契約書を完成させたら、パンジーは契約書を抱きよせた。

 

「これで、ハーミーも元気になるわね!」

 

そう言ってパンジーは嬉しそうに笑った。

 

 

 

翌朝、俺は徹夜の作業のお陰で眠気を引きずりながら朝食を済ませると、パンジーと共に図書館へと向かった。

パンジーは契約書を手に、意気揚々としていた。

 

「これがあれば、ハーミーが秘密を私たちに話しても絶対に漏れなくなるわけね。ほんと、便利な魔法知ってたわね。こんなの授業でやってたっけ?」

 

「偶然、最近読んだ本が契約の魔法に関する本でな。簡易的なものであれば一晩で作れると思ってたんだ。実際に作ることになるとは思わなかったが……」

 

「ああ、そう。契約に関する本なんて、あんたそんなものよく好んで読むわね。それでいてクィディッチのことはそんなに興味を持たないんだから、あんたって本当に変わった奴よね」

 

パンジーは俺が契約書の魔法を知っていたことを褒めながらも、本で知ったと聞くや否や少し引いたような様子を見せた。

そんなパンジーに肩をすくめるだけで返事をし、到着した図書室へと入ってハーマイオニーの姿を探す。

ハーマイオニーは昨日と同じ席で課題を進めていた。ハーマイオニーは俺達にすぐに気付いて、簡単に机の上を整理するとこちらへ駆け寄ってきた。

ハーマイオニーは俺達がどんなものを用意してきたのか、興味と期待を抑えられないようだった。

そんなハーマイオニーに、パンジーは満面の笑みで声をかけた。

 

「ね、ね、ハーミー! 私達、すっごいもの用意したんだから! なんだと思う? 当ててみて!」

 

「そうなの、パンジー? ええっと……なにかしら……」

 

ハーマイオニーはパンジーの言葉に驚きながらも、少し笑いながら律儀に考えてくれていた。

しかし、その場でハーマイオニーの答えを聞くのは難しそうだった。

マダム・ピンスがすでにこちらに向かっているのが傍目に見えた。二日も連続で図書室で話すのは、流石によろしくないようだった。

 

「……昨日の空き教室に行こう。このままじゃ、図書室の出入り禁止だ」

 

二人にそう声をかけて、マダム・ピンスに怒られる前に図書室の外へ出る。

空き教室に行くまでも、パンジーはニコニコとハーマイオニーの答えを待ち、ハーマイオニーは一生懸命考えていた。

空き教室に着くと早速、パンジーはハーマイオニーの答えを聞いた。

 

「ハーミー、答えは分かった?」

 

「降参よ、パンジー。私、本当に貴女とジンが用意したものが何か見当もつかないの」

 

ハーマイオニーは微笑みながら両手をあげて降参の意を示した。

そんなハーマイオニーに、パンジーは得意げに懐から契約書を取り出して目の前に突き付けた。

 

「これ! 作るのに一晩かかったの! ね、これを使えば絶対にハーミーの秘密は漏れないわ!」

 

ハーマイオニーはパンジーに突き付けられた羊皮紙が何なんか、最初は分からなかったようだった。不思議そうに目の前に突き付けられた羊皮紙を眺めていた。

しかし、羊皮紙に書かれた文章を読んでいくにつれてハーマイオニーの表情は驚いたものに変わっていった。

 

「ねえ、これ、契約書よね? それも、秘密を破ろうとした人に呪いがかかるようになっている……」

 

「見ただけで分かるのね、流石はハーミー! そう、これを使えば、絶対に秘密を話せなくなるんだって!」

 

「でも、パンジー……。これ、許されてないはずよ。生徒間で呪いを用いた契約なんて、バレたら罰則ものよ」

 

ハーマイオニーは見ただけで、契約書の内容とそれが罰則に値するものであることも分かったようだった。

驚きと心配を顔に浮かべながら、ハーマイオニーはパンジーと俺を見た。

そんなハーマイオニーに笑いながら声をかける。

 

「大丈夫だ、ハーマイオニー。ハーマイオニーさえ黙っていれば、俺がこの契約書を作ったこともバレないはずだ。それにハーマイオニーも、漏らせば罰則を受けるような秘密を俺達に話すんだ。お相子だな」

 

ハーマイオニーは俺の言葉に信じられないという表情をした。俺がこんなことを言うのを、想像もしていなかったようだ。

 

「ね、ハーミー。これで大丈夫よ。これからは私達が協力してあげられる! それに罰則なんて怖くないわ。罰則受けるときは三人一緒。むしろ楽しいわよ!」

 

パンジーは明るい口調でそう言いながら、契約書をハーマイオニーに手渡した。

ハーマイオニーは契約書を受け取ると、それをじっと見つめた。それから、少し涙目になりながらも満面の笑みで契約書を広げて机の上に置いた。

 

「今から、二人に私の秘密を話すわ! これにサインをすればいいのよね? ね、二人もサインして! 私、秘密を話したくてたまらなかったの!」

 

ハーマイオニーはすぐに契約書にサインをすると、俺達の方へ契約書を差し出した。

ハーマイオニーの満面の笑顔を見たのは、クリスマス休暇以来だった。

ハーマイオニーの笑顔を見て、パンジーも満面の笑顔になり契約書にすぐにサインをした。

俺もハーマイオニーが笑ってくれたことを嬉しく思いながら、契約書へとサインをする。

俺達がサインをしたのを見て、ハーマイオニーは待ちきれないというように秘密を話し始めた。

 

 

 

ハーマイオニーが話してくれた、逆転時計を使っての時間割。

説明を受けた時、あまりの衝撃で呆けてしまった。パンジーも何を説明されたか分からないような表情で聞いていたが、理解できた時は驚きで目を見開いた。

ハーマイオニーは秘密を話せてすっきりとした面持ちであった。

 

「私が貴方達に話をできなかった理由、分かったでしょう?」

 

驚きで固まる俺達を見て、ハーマイオニーは可笑しそうに笑った。

パンジーはまだ少し信じられない様子だった。

 

「でも、ハーミー。そうなると、ハーミーはじッ――アガッ――」

 

パンジーは確認の為にハーマイオニーの秘密を口にしようとしたのだろう。パンジーは話している途中に舌が動かなくなり、喋ることができなくなった。

ハーマイオニーは突然話せなくなったパンジーに驚き心配をしたが、俺は契約書がしっかりと正しく発動していることを確信し笑った。

 

「よかったな、ハーマイオニー。契約書は正しく効果を発揮している。パンジーが無意識でも秘密を口にすることはない」

 

ハーマイオニーは興味深げに契約書と話せなくなったパンジーを見て、俺に向かって微笑んだ。

 

「ジン、貴方って本当に優秀なのね。この契約書、作るの大変だったでしょう?」

 

「ありがとう。確かに大変だったけど一晩で済んだ。パンジーも手伝ってくれたしな。……この契約書は、ハーマイオニーが持っていてくれ。これは破れたり、文字が消されたりしたら効力がなくなるような簡易的なものだ。保管していてくれないか?」

 

ハーマイオニーにそう言いながら契約書を差し出す。

ハーマイオニーはそれを受け取ると、大事そうにローブにしまい込む。それから呪いが発動してふてくされた顔をするパンジーに微笑みながら抱き着いた。

 

「パンジー、本当にありがとう。秘密を話せたのもそうだけど、罰則も気にしないって言ってくれて嬉しかった。……授業も課題も辛かったけど、今なら頑張れるわ」

 

「いいわよ、ハーミー! これからも、困ったことがあったら何でも言って!」

 

パンジーはもう慣れたようにハーマイオニーの頭をなでながら、先ほどまで呪いがかかっていたことを忘れたように笑顔でハーマイオニーに声をかける。

そしてハーマイオニーは俺の方に向き直ると、俺にもパンジーと同じように抱き着いてきた。

驚きながら、何とか受け止める。

 

「ジン、クリスマスからずっと一緒にいてくれてありがとう。貴方がいてくれて本当に良かった。……最近、辛いことばっかりだったから」

 

「あ、ああ……。お安い御用だ、これくらい。それにクリスマスは、その、俺も楽しかった」

 

ハーマイオニーの行動に驚きの所為か、ドギマギしながらも返事をする。

ハーマイオニーはそんな俺を見上げながら話をする。

 

「私、ロンにしっかりと謝るわ。酷いことをしたもの。……もっと早く、クルックシャンクスがスキャバーズを食べてしまったって、認めるべきだった。……でも、もしかしたら、ロンは許してくれないかもしれない。……その時は、その、また一緒に遊んでくれる?」

 

「……いつでも呼んでくれ。もしウィーズリーと上手くいかなかったら……そうだな……次のホグズミードは俺達と行こう」

 

腕の中にいるハーマイオニーにそう声をかけると、ハーマイオニーは嬉しそうに微笑んで俺から離れた。

それからハーマイオニーはスッキリした面持ちで図書室に戻り、課題を再開させた。昨日の遅れを取り戻したいそうだ。

流石にパンジーは課題漬けの日が二日連続続くのは耐えられないらしく、また空いた時間にハーマイオニーに会いに行く約束をして今日は談話室に戻ることにしたらしい。

俺も、パンジーと共に談話室へ戻ることにした。一応、俺はハーマイオニーの課題の手伝いを申し出たが、その申し出は課題を全て自分の力でやりたいというハーマイオニーを困らせただけだったからだ。

パンジーと二人で談話室に戻りながら、ハーマイオニーのことを話す。

 

「ねえ、次はいつハーミーに会いに行こうかしらね」

 

「ポッター達との仲直り次第だが、次のホグズミード週末くらいにはまた遊べるんじゃないか?」

 

「そうね! ホグズミード、一緒に行けないかなぁ……」

 

「ポッター達と仲直りしてたら、難しいかもな」

 

「そうよね……。ああ、やっぱりハーミー、ポッター達と縁を切ってくれないかなぁ」

 

「そう言うなって。それに、いつかハーマイオニーとホグズミードに行く機会はあるだろ」

 

ポッター達を目の敵にするパンジーを宥める。

しかし口ではそんなことを言いながらも、俺も内心ではパンジーと似たようなことを考えてしまっていた。

ハーマイオニーがポッター達と喧嘩していたおかげで、俺はクリスマスをハーマイオニーと過ごすことができた。あの時間も、とても幸せだったのだ。

ハーマイオニーが仲直りをしてしまえば、クリスマスのようにハーマイオニーと二人で過ごすことなど早々ないだろう。

それがどうも、惜しいと思ってしまうのだ。

 

 

 

 

 


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