クリスマスの次の日は、ハーマイオニーと一日中課題をして終わった。
そのお陰で俺の課題もハーマイオニーの課題も全部終わった。
ハーマイオニーは俺の二倍近くの課題を同じ時間で終わらせてしまった。正直、呆気にとられた。もしかしたら談話室に戻ってからも課題を進めていたのかもしない。
ハーマイオニーは課題を終わらせると、晴れ晴れとした表情をした。流石のハーマイオニーも、課題が終わると嬉しいらしい。
「ね、明日は早速ハグリッドのところへ行かない?」
「ああ、そうしよう。お昼過ぎに、ハグリッドの小屋へ行こうか。……ハグリッドに会うのは久しぶりだな」
「ハグリッドも喜ぶわ、貴方が会いに行くと!」
ハーマイオニーと別れ際に明日の予定を話す。
ハーマイオニーがグリフィンドールの談話室にいる時間はほとんどないように感じた。グリフィンドールで残っているのはポッターとウィーズリーのみ。居心地が悪いのかもしれない。
一方で、俺はハーマイオニーのお陰でクリスマスが楽しくなっていた。
当初はフレッドとジョージと必要の部屋で研究をして過ごすことを考えていたが、ハーマイオニーと一緒に課題をしてハグリッドの小屋へ行くというのも十分魅力的な予定であった。
俺がクリスマスを充実させているのはハーマイオニーがポッター達と喧嘩をしているお陰だと考えると、罪悪感に近い感情が湧いてくる。それでも目の前での楽しそうにしているハーマイオニーを見ると、これも悪くないのではと思ってしまう。
翌日のハグリッドのところへ行く約束も、楽しみなのだ。
翌日、昼食を終えて玄関ホールに向かうと、ハーマイオニーはすでにそこにいた。動きやすそうな服装にマフラーと手袋をして、雪遊びに備えた格好であった。
二人で雪道に足跡をつけながらハグリッドの小屋へ向かう。
ハグリッドの小屋の周りはしっかりと雪がかき分けられており、ハグリッドがクリスマス休暇にもここにいる事を示していた。
ハーマイオニーはハグリッドがいることが分かると、嬉しそうに小屋へ駆け寄りドアをノックした。
ノックされ、ドアから出てきたハグリッドは俺とハーマイオニーを見ると驚いた顔をした。
「ハーマイオニー、それにジン! どうしたんだ、お前さん達?」
「私達、遊びに来たの。クリスマス休暇の課題を終わらせたから、時間があるのよ。ね、ジンはハグリッドの所にほとんど来たことがないでしょう?」
ハーマイオニーの遊びに来たという言葉を受けて、ハグリッドは嬉しそうだった。俺達を小屋に招き入れると、温かいコーヒーと拳ほどの大きさもあるロックケーキを出してくれた。
「ジン、お前さんがここに来るなんて驚いたぞ。ホグワーツに来てからは、話もほとんど出来とらんかったな」
「そうだね。でも、ハグリッドの授業は受けてるよ。知ってるだろう?」
「ああ、そうだな。スリザリンで授業をしっかりと受けてくれとるのはお前さんくらいだ。……お前さんは、スリザリンでは上手くやれとるか? スリザリンはあんまり、お前さんに合った環境じゃないと思っちょるんだ」
「大丈夫だよ、ハグリッド。うん、まあ、上手くやれてるよ」
ハグリッドがマルフォイ家をよく思っていないことは知っている。二年生の時、本屋でハグリッドがマルフォイ家のことをへそ曲がりだと評していたのを覚えている。
ハグリッドは俺がドラコと親友であることはすでに知っているはずだが、ここでわざわざ公言することもないだろう。
ハグリッドからの心配を誤魔化すように出してもらったコーヒーを飲み、ロックケーキを食べようとする。
ロックケーキにかぶりつくと、あまりの硬さに歯が変な音を立てた。痛みで思わず涙目になりながらハーマイオニーの方へ目をやると、ハーマイオニーは澄まし顔でコーヒーを飲んでいた。しかし、口元がピクピクと動いているのを見逃さない。俺がロックケーキに食いつくのを面白がっている。確信犯だ。
ハグリッドはそんな俺にあまり気を配らず、自分の分のロックケーキを食べ始めた。ボリボリと、本来食べ物からしないはずの音を立てながら。
俺はさりげなくロックケーキを戻しながら、ハグリッドを遊びへ誘う。
「なあ、ハグリッド。俺達は雪でちょっと遊ぼうと思ってるんだ。手伝ってくれると嬉しいんだが、どうだろう?」
「ああ、構わんさ。今日はもう、することもないからな。しかし、雪で遊ぶってのは? 雪だるまでも作るのか?」
「色々やろうと思うんだ。まあ、見ててくれよ」
そう言って、ハーマイオニーとハグリッドと共に外へ出る。
まず始めにやろうとしたことは、雪の彫像作りである。雪を魔法でかき集め、固め、様々なものに型取ろうとした。初めて使う魔法も多くて上手くいかず、ヒッポグリフにしようとした雪の彫像は不格好な羽の生えた馬のようなものになった。
ハーマイオニーは俺の魔法を見て、興味深げにした後にいくつかの助言をしてくれた。
もっと簡単なものを作ろうと、ウサギや猫、馬など輪郭だけの雪の彫像をハーマイオニーと共に作り上げていく。ハグリッドの庭は雪で作られた動物に囲まれた。ハグリッドは雪の動物たちを見て少し嬉しそうにした。
それから、雪の動物たちを魔法で動かそうとした。硬度が足りなかったのか、いくつかの動物たちは形が崩れてしまって上手くはいかなかったが、しばらくすれば簡単な動作をさせることができるようになった。ハーマイオニーは雪で作った鳥達を自在に操って見せ、少し誇らしげにしていた。
その後に雪玉を手を使わずにぶつけ合う雪合戦を始めた。杖で雪玉を飛ばし合ってハーマイオニーと勝負。最初の方は運動神経にものを言わせて雪玉をよける俺の方は有利であった。ハグリッドのロックケーキの硬さを黙っていたことの腹いせに、いくつかの雪玉をぶつけてやった。
しかし、ハーマイオニーがコツをつかんでからは、二十にもわたる雪玉が一斉に俺に襲い掛かり、雪に埋もれる羽目になった。雪に押しつぶされた俺を見て、ハーマイオニーとハグリッドは腹を抱えて笑っていた。
ここで雪に埋もれて凍えてしまった俺を温めるために、一度ハグリッドの小屋で暖を取ることにした。
俺はハグリッドが焚いてくれた火に当たりながら服を乾かし、暖を取る。ハーマイオニーも雪で濡れた手袋とマフラーを取り、隣で焚火に当たり暖を取り始めた。
ハーマイオニーは動き回ったおかげか、だいぶ疲れてしまった様だった。一緒に火に当たって暖を取っている内に舟をこぎ始め、しばらくして、こちらにもたれ掛るようにして眠ってしまった。
ハグリッドはそんなハーマイオニーを微笑ましそうに見ながら優しく抱き上げ、ソファーに横にさせると、暖かな毛布を掛けてやった。
ハグリッドはハーマイオニーを寝かしつけた後、俺の隣に座って一緒に焚火を眺め始めた。
パチパチと音を立てて燃える枝を見ながら、ハグリッドがおもむろに話し始めた。
「……なあ、ジン。お前さんも知っとるだろうが、今、あの子は色んなもんを抱えちょる。授業もいっぱい取って、ペットのことでも悩んどる。それに、シリウス・ブラックでハリーへの心配も絶えん。あの子は、今年に入ってから何度かここに来た。……俺の授業のことで助言をくれたり、ペットの猫の飼い方について相談に来たり」
「ハーマイオニーはペットのこと、ハグリッドにも相談してたんだ」
「おう、詳しいことも聞いとる。猫がネズミを襲わないようにする方法はないか、俺に聞いてきた。……残念だが、猫が猫らしく振舞わないようにするのは難しい。何か、他にもっと興味を持つものを与えたらどうかって言ってやったんだが、上手くいっとらんみたいだ」
ハグリッドは心配そうに、ソファーで寝息を立てているハーマイオニーを見つめた。俺もつられてハーマイオニーの方へ目をやる。
ハーマイオニーは起きる気配がない。
ハグリッドは少し気まずそうにしながら話を続けた。
「あの子があんなに楽しそうにしとるのも、久しぶりだ。ジン、お前さんのお陰だな。お前さんがハーマイオニーと仲良くしとるのは聞いとった。……だがな、お前さんがスリザリンってことで、ハリー達からはいい顔をされとらん。ハーマイオニーはそのことも気にしちょる。ああ、お前さんは全く悪くねぇ! お前さんがいい奴だってことは、俺もよく知っとる。そりゃ、つるんどる奴らはあまり好かんが……」
「……ああ、分かってるよ、ハグリッド。ハーマイオニーが板挟みになってるの」
ハグリッドは俺がスリザリンになったことでハーマイオニーが悩んでいることを打ち明けた。手を振り、俺をフォローしながら。
ハーマイオニーがスリザリンとグリフィンドールで板挟みになっていることは俺も分かってはいた。ハグリッドへそう返事をする。
ハグリッドは俺の返事を聞いて少し安心したような顔をしてから、俺に提案を続ける。
「お前さんがハリーやロンとも仲良くなれば、ちょっとはこの子の負担も少なくなるってもんだ。どうだ、ハリー達もここに連れてこんか? 俺が見張る。シリウス・ブラックの事も心配せんでいい」
「……ポッター達とハーマイオニーは、今は喧嘩中だ。俺とハーマイオニーだけで来たのも、そういうことだよ」
ハグリッドへ、ハーマイオニーとポッター達の仲違いの原因となった箒の件を教えた。
ハグリッドは説明を聞くと、深くため息をついた。
「ネズミの次は箒か……。いや、俺はハリー達が箒やネズミよりも友達を大事にする奴らだってことを分かっとる。今、この子達はすれ違っとるだけだ。ハーマイオニーも、まあ、追い詰められとって、あまり良い態度をしていたとは言えん。……すれ違っとるだけなんだ。それでずっと喧嘩しっぱなしなんて、あまりに可哀想だ」
ハグリッドは、ハーマイオニーだけでなくポッター達のことも心から心配しているようだった。ハーマイオニーとポッター達の友情が損なわれているこの状況を、何とかしてやりたいと思っているのが分かった。
ハグリッドの真摯な態度を見て、ハーマイオニーとポッター達の喧嘩を好都合だと考えていた自分が恥ずかしくなった。
本当にハーマイオニーのことを思うなら、ハーマイオニーが仲直りできるように尽力するべきだったのだ。
「……俺も、ハーマイオニーが仲直りできるようにもっと手伝うべきだったな」
俺のつぶやきに、ハグリッドは優しく微笑んだ。
「お前さんは良くやっとる。今、ハーマイオニーが元気なのもお前さんのお陰だ。お前さんが責任を感じる事なんて何一つない。ハリー達には、俺がちょっくら声をかけとく。お前さんは今まで通りハーマイオニーを元気づけてやっとくれ」
ハグリッドは大きな手で、俺の頭をぐりぐりと撫でた。強すぎる力加減に頭を持っていかれそうになるが、嫌ではなかった。
それから二人で、焚火を見ながら他愛もない話をした。
ハグリッドはヒッポグリフの群れを元の生息地へ帰したこと、次の授業はサラマンダーを出すつもりだということを話してくれた。ハグリッドは魔法生物飼育学をもっと面白いものにしたいと考えているようで、次にどんな生き物を連れてくるかワクワクしながら話してくれた。そんな中でマンティコアのような凶暴な生き物が候補として挙がった時は流石にヒヤリとした。冗談であると信じたい。
俺はハグリッドのロックケーキがとんでもなく硬くて食べられなかったことを告白し、ハグリッドを驚かせた。そんなハグリッドへ今度、俺が好きなお菓子を持って来ることを約束した。
ハグリッドと話し込んでいると、ホグワーツに帰るいい時間になった。
ハーマイオニーを揺さぶって起こす。ハーマイオニーは揺さぶられて飛び起き、時間を確認して、だいぶ眠ってしまっていたことを後悔したようだった。
ハグリッドはそんなハーマイオニーに、明日も来ればいいと明るく言い励ました。ハーマイオニーは明日もハグリッドの小屋に来れることを喜んだ。
ハグリッドに見送られ、俺とハーマイオニーはホグワーツへと帰った。
ハーマイオニーは、途中で寝てしまったことをまだ悔やんでいるようだった。
「私、あの雪のヒッポグリフをもっと綺麗にできると思ってたの。ね、明日もう一度挑戦しましょ?」
「ああ、それじゃあ明日にもう一度、ハグリッドのところへ行こうか」
そう返事をすると、ハーマイオニーは嬉しそうに微笑んで談話室に戻っていった。
そんなハーマイオニーを見送って、今日のことを少し考える。
ハーマイオニーが本当に元気になるには、やはりポッター達と仲直りは必須だ。
ハーマイオニーは俺の前では楽しそうにしてくれている。でも寮に帰ってからのハーマイオニーを俺は知らぬふりをしてきた。当然、楽しそうな姿なわけがない。
ハグリッドは俺に良くやっていると言ってくれた。でも本当にハーマイオニーのことを考えられていたかというと、そうではないことを自覚している。
ハーマイオニーと遊ぶのを楽しむだけでなく、ハーマイオニーが仲直りできるように俺ももっと協力するべきなのだ。
ハーマイオニーとポッター達の仲を取り持とうと考えたが、冬休みの間はハーマイオニーとハグリッドの小屋で楽しく過ごすことが大半だった。
ハグリッドが新学期に使用する予定のサラマンダーを俺達に見せてくれたり、俺がハニーデュークスの菓子をハグリッドにも分けたり、雪の彫像作りをハーマイオニーがすごく上手にできるようになったり、本当に楽しく充実した時間であった。
ただ、新学期が近づくにつれてハーマイオニーは不安そうな表情をする時間が増えてきた。
ポッター達との仲に進展はなく、新学期明けから課題に再び追われることも分かっており、休みが終わるのを怖がっているようだった。
新学期が始まってしまえばこうしてハグリッドの小屋でゆっくりすることも叶わない。グリフィンドールで過ごす時間が長くなれば、ポッター達と喧嘩していることも否応なく思い出されることになるだろう。
そんなハーマイオニーの不安を少しでも軽くしたく、前に延期になった一緒に課題をする約束を切り出した。
「なあ、ハーマイオニー。新学期になったらパンジー達もホグワーツに帰ってくる。そしたら、また一緒に課題をしよう。パンジーもハーマイオニーに会いたがってる」
この約束はハーマイオニーに効果的だった。パンジーと会える約束に表情が少し明るくなり、新学期への期待もできたようだった。
それでも完全にはハーマイオニーの表情を晴らすことはできず、そのままとうとう新学期を迎えることとなった。
新学期が始まる前日に、ドラコ達がホグワーツへと帰ってきた。
談話室もにぎやかになっていき、ホグワーツは元の喧騒を取り戻していった。
ドラコ達とはお互いのクリスマスを報告し合った。その中で、ポッターがファイアボルトを手に入れた話をしたら、案の定、ドラコとブレーズは驚きと共に悔しさと怒りを露わにした。マクゴナガルによって没収されたという旨を伝えて、何とか平静を取り戻したが、それでもファイアボルトがポッターの手に渡ったことは許しがたい事実のようであった。
しばらくは、ドラコとブレーズの機嫌取りが必要になってしまった。
そんな時間を楽しみながらも、とうとうクリスマス休暇が終わり、授業が再開された。
クリスマス明けから、ルーピン先生のもとで吸魂鬼への対策を教えてもらう約束をしていた。ルーピン先生に約束を確認したところ、木曜日の授業後にポッターと一緒に教えてもらうこととなった。
ポッターと二人で特別授業を受けるのはちょうどいい機会だと思った。
ハーマイオニーのことで少し話をしたかった。ハーマイオニーがポッター達の喧嘩を気にしていること、少しでも伝えようと思うのだ。
木曜日の授業後、ルーピン先生に言われ魔法史の授業の教室へ向かった。
魔法史の教室に着くと、既にルーピン先生とポッターがいた。そして机の上には荷造り用の大きな箱が置いてあった。
ルーピン先生は俺が教室に来たのを見ると、微笑み手招きをしてポッターの隣に座らせた。
ルーピン先生は俺とポッターが座ると特別授業を開始した。
「今日はボガートを用意した。こいつは君達の恐怖を形にする。吸魂鬼の練習にはうってつけだ」
ルーピン先生は机の上の大きな箱にポンと手を置きながら話を続ける。
「さて、今から君達に教える魔法は、言わゆる“標準魔法レベル(O・W・L)”資格をはるかに超える、「守護霊の呪文」と呼ばれるものだ」
「どんな力を持っているのですか?」
ポッターがルーピン先生へ質問をする。
「呪文が上手くきけば、守護霊が出てくる。守護霊が、吸魂鬼の間に立ち盾となってくれる。守護霊は希望、幸福、生きようという意欲などの一種のプラスのエネルギーだ。しかし、守護霊は絶望というものを感じないから吸魂鬼によって傷つけられない。守護霊は吸魂鬼の天敵、というわけだ」
ルーピン先生はポッターの質問に答え、一度話を切って俺達の方を見る。
「一言言っておくと、この呪文は大変難しい。一人前の魔法使いさえ、この魔法にはてこずる。君達には、まだまだ高度すぎるかもしれない。だから、上手くいかなくても気落ちしないで欲しい」
そうして教えられた呪文は「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)」。幸福な感情と共に唱えることで、守護霊を呼び寄せることができるという。
ルーピン先生から、自分が最も幸せだったと思う瞬間を思い起こし、呪文を唱えるように指示される。
俺が思い起こした記憶は、天文台で行った六人での祝勝会。あの時の記憶を思い起こし、幸福な感情を引き出す。
ポッターも何を思い起こすか決めたようだった。決意したような表情になり、ルーピン先生の方へと向き直っていた。
俺とポッターが思い出す記憶を決めたのを確認したルーピン先生は、早速ボガートを使って実践を始めた。最初はポッターからだ。
「いいかい、ハリー。幸せな記憶にしっかりと集中して……。さあ、行くよ!」
ルーピン先生は合図と同時に箱を開けてボガートを放つ。箱から出てきたボガートはポッターが近くにいるお陰で吸魂鬼へと姿を変えていた。
ポッターは杖を握りしめ、呪文を唱える。
「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)! ……エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」
しかし呪文を叫べど、守護霊は出てこない。そして、ボガートが変身した吸魂鬼に近づかれたポッターは、そのまま意識を失い膝から崩れ落ちた。
ポッターが倒れた瞬間、ルーピン先生は素早く前に躍り出てボガートを箱の中へと押し戻す。
ポッターはすぐに目を覚ました。すぐに体を起こし、冷や汗を拭うと眼鏡をかけ直して姿勢を正した。それから少し顔を赤らめながら、俺とルーピン先生の方を見た。気絶してしまったのを恥じ入っているようだった。
そんなポッターに、ルーピン先生は蛙チョコレートを渡した。
「ハリー、これを食べなさい。食べたら、もう一度挑戦しよう。最初からできたら、それこそ驚いてしまう」
ルーピン先生に優しく諭され、ポッターはチョコを口に押し込むともう一度ボガートへ立ち向かう準備を始めた。
ルーピン先生はそれを確認するともう一度、ポッターへボガートをけしかけた。
吸魂鬼に化けたボガートは、さっきと同じようにポッターへと向かって動き始めた。
「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」
ポッターが呪文を叫ぶも、やはり守護霊は現れず吸魂鬼に近づかれ、先ほどと同じように崩れ落ちる。
ルーピン先生はまたもボガートを箱にしまい、ポッターの様子を見るために近づく。
二回目となると先ほどよりもダメージが大きいようだった。ルーピン先生に揺さぶられて、ポッターはやっと起き上がった。
ポッターは起き上がると、ぼんやりとしながら話をした。
「……父さんの声が聞こえた。父さんが、母さんが逃げる時間を作る為に、一人でヴォルデモートに対決しようと……」
どうやらポッターは吸魂鬼の影響で、両親の死に際の声が聞こえるらしい。
ルーピン先生は、ポッターの話を聞くと、顔を強張らせた。
「……ジェームズの声を聴いた?」
「ええ……。でも先生は、父をご存じないのでしょう?」
「いや、私は、実はよく知っている……。ホグワーツでは、友達だったんだ……」
ルーピン先生は、ポッターが両親の死に際の声を聴いたということに少なからず動揺しているようだった。
ルーピン先生は少し悩んだようにしてから、話を切り出した。
「ハリー、今日はこのくらいにしておこう。……君には、とても酷い思いをさせている」
「大丈夫です!」
ルーピン先生の提案も、ポッターは気丈にはねのけた。まだまだやる気らしい。現に、ポッターは二度目に倒れてからチョコレートを食べていないのに震えてはいなかった。震えを気合で抑え込んでいるのだろう。
そんなポッターの様子を見て、ルーピン先生は悩んだ末に授業を再開させた。
ポッターの三度目の挑戦。ルーピン先生が箱を開け、けしかけられたボガートに対しポッターは呪文を叫ぶ。
「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」
三度目にして、ポッターの杖から銀色の煙の様なものが出た。
銀色の煙はポッターとボガートの間にしっかりと壁を作り、ポッターと吸魂鬼を見事に分け隔てた。しかし長くは続かないようで、徐々に煙が薄くなっていく。
煙がなくなりそうな時、ルーピン先生が動いた。
「リディクラス(ばかばかしい)!」
呪文を受けたボガートはすぐに箱の中に押し込められた。
ルーピン先生は息を切らしながらもしっかりと立っているポッターへ嬉しそうに笑いながら声をかけた。
「ハリー、素晴らしい! よくやった、立派なスタートだ!」
ルーピン先生はポッターを座らせると、ハニーデュークスに売っている高級板チョコをポッターへ渡し、きっぱりと言った。
「さあ、これを全てお食べ。でないと、私がマダム・ポンフリーにこっぴどく怒られてしまう。それとハリー、今日の君の授業はここまでだ。これ以上の無茶はできないからね」
ポッターはまだ続けたいようであったが、確かな成果が出たことに安心したのか反対はしなかった。
そんなポッターの様子を見届けてから、ルーピン先生は俺の方に向き直った。
「さあ、ジン。次は君の番だが……。実は、最初はハリーのボガートで君も練習をと思っていたんだ。ハリーのボガートは吸魂鬼になるからね。でも、今日はハリーにはこれ以上の負担はかけられない」
少し申し訳なさそうに、ルーピン先生はそう言った。俺の練習が、ポッター程の環境を整えられないことを気にしているようだった。
それに関しては、全く気にしていなかった。たとえ順番を変えて先に俺がやっていたとしても、ポッターの授業に支障が出ていただろう。
「君のボガートは吸魂鬼にならないかもしれないが、君が最も恐れるものになる。恐怖の対象を前にしても守護霊を出せるようになれば、吸魂鬼に対しても十分、対応ができると思うよ」
ルーピン先生は励ますように俺にそう言って、俺に対しての授業を開始させた。
ルーピン先生は箱に手をかけ、俺の準備が整ったのを見ると箱を開けてボガートを俺にけしかけた。
ボガートは前回の授業の時と同じように、女性の姿になった。思わず体が強張る。
その女性が微笑みながら何か話しているのを見つつ、俺は呪文を唱える。
「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」
守護霊は現れなかった。呪文が失敗し、自分がしっかりと幸せだった記憶を呼び起こせていないことに気が付いた。
女性は未だに話し続けている。話が終われば、また緑の閃光に包まれて死んでしまう。その時の光景を思い出し、吐き気がしてきた。
悪い想像を頭を振って追い出し、天文台でのことをしっかりと思い出しながらもう一度呪文を唱える。
「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」
すると、杖の先から細々とした銀の煙が出てきた。が、それは湯気の様になって消えていった。ポッターの時の様に盾となってはくれなかった。
そこで時間切れがきた。緑の閃光がはしり、女性が崩れ落ちる。死体となってしまった女性を前に、しばらく呆然としてしまう。
「リディクラス(ばかばかしい)!」
見かねたのか、ルーピン先生は呪文を唱えてボガートを箱の中に詰め直した。
ルーピン先生は気遣わし気に、優しく俺に声をかけた。
「……この手の練習は、あまりいい気持になるものではない。無理だと思ったら、いつでも言うんだよ。ボガートと対峙し続けることは、吸魂鬼ほどでないにしても、精神をすり減らすことに変わりはない」
ルーピン先生はそう言いながら、俺を一度、席に座らせた。
吸魂鬼と対峙したわけではないため、俺はポッターと違ってチョコが必要になる事態ではない。しかし、休憩は必要なようであった。
席に着いて休憩を取ると、ポッターが興味深げにしているのが視界に入った。
ポッターは俺の視線に気が付いて、バツの悪そうな顔をしてから目をそらした。
ポッターはどうやら俺のボガートが変身した姿に興味を持ったらしい。そして、人のボガートの姿を興味深げに眺めていたことを少し気まずく思ったようだった。気分転換がてら、そんなポッターに声をかける。
「俺のボガートが変身した姿はな、俺が吸魂鬼に近づいた時に見えた光景なんだ」
ポッターに説明すると、ポッターは驚いたように顔をあげた。
そんなポッターに、少し笑いかけながら話を続ける。
「俺もよく分らないんだ。あの人が誰なのか、どうして死んでしまったのか……」
ポッターは俺の話に衝撃を受けたようで、固まってしまった。
そこまで驚くポッターをどこか可笑しく思いながら、ルーピン先生へ向き直り授業再開を依頼する。
ルーピン先生は頷いて、直ぐにボガートをけしかけられるように箱に手をかけた。
そして俺の二度目の挑戦。ボガートはまたも女性と同じ姿になったが、先ほどよりも動揺はしなかった。ポッターに話したことで少しスッキリしたおかげもあるだろう。
「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」
今度はさっきよりも濃い銀の煙が出てきた。ポッターの時ほど明確に盾の役割を果たしていないが、ベールの様に薄い膜となってボガートと俺の間を漂った。
ボガートが変身した女性は、急に目の前が見えなくなったかのように戸惑った表情をした。
どうやら守護霊のエネルギーは、恐怖を糧にするボガードにも一定の効果があるようだった。
俺の作り出した守護霊が消えぬ内に、またルーピン先生がボガートを箱へしまう。
ルーピン先生は満足そうな表情だった。
「ジン、君も十分なスタートだ。……まだできそうではあるが、今日はここまでにしようか。いいイメージを持って、次回につなげようか」
俺の挑戦は二回で終了。俺はポッターの時ほど明確な守護霊は出せなかったが、ルーピン先生は十分だと判断したようだった。
「ジン、君も疲れがたまっている。チョコを食べなくてもいいけど、そうだね、しっかりと水分と休息をとっておくんだ。いいね?」
ルーピン先生は優しく声をかけると、授業を終わりとした。そして来週も同じ時間に授業の約束をし、今日は解散となった。
片付けなどをするルーピン先生を残し、ポッターと共に教室を出る。廊下をしばらくポッターと歩いていると、ポッターの方から話しかけられた。
「……君はどうして、僕に自分のボガートの姿の説明をしてくれたの?」
休憩中の会話をまだ気にしているようだった。俺としては、そこまで気にするのもよく分らなかった。
「気分転換に話をしたかったんだ。後は、まあ、俺もお前の吸魂鬼の姿を知っていたし、お前も俺のボガートを興味深げに見ていたしな」
俺の答えを聞いても、ポッターはまだ不思議そうな表情をしていた。
「……君は、その、自分が怖がっているものを人に知られても、気にしないの?」
そう言われて、やっとポッターの考えを察した。
ポッターは吸魂鬼のことをドラコによくからかわれている。そのお陰もあって、自分の怖がっているものが何かを人に知れるのも、恥ずかしいと思っているのだろう。
「ああ、まあ、俺があの女性のことをよく分っていないからな……。むしろ、人に話してスッキリしたいと思ってたんだ」
ポッターの疑問に答える。ポッターはこの答えには多少、納得したようだった。
そんなポッターに、今度はこちらから話を振る。
「なあ、ポッター。まだハーマイオニーとは喧嘩をしてるのか?」
直球に投げかけられた話に、ポッターは今日一番の驚いた表情をした。
俺からハーマイオニーの話を振られるとは思っていなかったのだろう。
「クリスマスの間さ、俺はハーマイオニーとよく遊んでたんだ。喧嘩の理由も聞いてる。ファイアボルトだろ? ハーマイオニーはクリスマスの間、ずっとお前らとの喧嘩を気にしててな」
そう言うと、ポッターは納得半分気まずさ半分な表情を器用にして見せた。
ハーマイオニーのクリスマスでの様子に納得し、喧嘩の件で俺に話を振られて気まずそうにしている、といったところか。
俺の問いかけに対して、ポッターは少し考えるようにしてからゆっくりと返事をした。
「……ファイアボルトは、僕が夢にまで見た憧れのものだったんだ。ハーマイオニーが善意でやってくれてたのは分かってるけど……。感謝しろって言われても……。ファイアボルトを分解してくれてありがとうっていうのは、口が裂けても言えない」
ポッターの返事は、予想通りの内容ではあった。
そして、俺としては納得がいくものではあった。
「まあ、ハーマイオニーが気に病んでるってことを言いたくてさ。ハーマイオニー、喧嘩しててもお前の安全を気にしてたよ」
ポッターは俺の言葉に、弱ったような表情になった。ハーマイオニーとの喧嘩については、ポッター自身悪いことをしたと思っているようではあった。しかし、それでも感情が追い付かないといった様だった。
それからすぐ、分かれ道となった。
言いたいことも言えて満足した俺はそのまま別れようとしたところ、今度はポッターから話しかけられた。
「君は、マルフォイと親友だ」
突然の話題に戸惑いながら、ポッターの方を見る。ポッターも難しそうな表情をしていた。
「……でも、ハーマイオニーとも友達なんだよね? ……その、利用しようとか、そんな考えなしで」
ポッターはポッターなりに、スリザリンである俺のことを受け入れようとしているようだった。
そうポッターが考えてくれているなら、素直に嬉しい。
「ああ、ドラコもハーマイオニーも、大事な友達だ。……ポッター、お前とも友達になれると嬉しいよ」
そう言うと、ポッターは少し呆然とした。しばらくしてから、ポッターはあいまいに頷いた。
「僕も、まあ、君がいい奴なら……。仲良くなれると思う」
そんなポッターの返事は、俺にとっては満足できるものだった。
俺はポッターに笑いかけ、今度こそ別れた。
吸魂鬼の件もハーマイオニーの件も、何とかなりそうだった。
俺はここ最近の生活がすごく充実していることを感じながら、足取り軽く寮へと戻った。