すごく励みになります。
三年生用の教科書とゴードンさんからもらったホグズミードへの許可証、そして両親の形見の部屋へのメモを入れたカバンを持ち、キングズクロス駅に着いた俺はゴードンさんに別れを告げて列車へ乗り込んだ。
空いているコンパートメントを探していると、見知った顔があって足を止める。ダフネとアストリアが二人でコンパートメントにいるのを見つけたのだ。ノックしてからコンパートメントへ入り、二人に声をかける。
「久しぶりだな、ダフネ。アストリアも。二人とも元気そうだな。他の奴は見なかったか?」
二人に会うのは夏休みにグリーングラス家へ訪れて以来だ。
俺に気づいたダフネは、少し笑いかけながら返事をした。
「あら、ジン。久しぶりね。あなたも元気そうね。ドラコ達ももう少しで来るはずよ。ドラコとパンジーは一緒に来るはずだし、ブレーズも同じ時間に来るはず。向かいのコンパートメントも、取っておきましょうか」
ダフネはそう言いながら、向かいのコンパートメントの様子を気にかけた。
俺はそれにうなずき返し、俺の荷物をとりあえず向かいのコンパートメントへ置き、他の奴らが来るまで待つことになった。
ダフネの言った通り、他の奴らもすぐに来た。ドラコはパンジーと一緒にてぶらで現れた。荷物はクラッブとゴイルに任せたそうで、二人が別のコンパートメントで預かっているとのことだ。その後すぐに、ブレーズがやってきた。
一つコンパートメントに入れるのは精々四人と荷物。いつものことながら、組み分けをどうするか話し合いが始まった。
「まあ、こうなるだろうと思ってな。ほれ、今回はくじ引きを用意した」
ブレーズはそう言いながら懐から六本のクジを取り出した。
それから、ブレーズはニヤリと笑いながらパンジーへ目配りをした。
「先が赤いクジと何も書かれてないクジが三本ずつ。今回はよ、全員公平にクジを決めようぜ」
どうやら今回はパンジーがドラコと絶対に一緒になるようにする気はないらしい。
パンジーもそれが分かったのか、不満そうにしながらブレーズをにらんだ。
「ほれ、アストリア。新入生のお前が最初だ。引いてくれよ」
しかし、ブレーズはどこ吹く風ですぐさまアストリアにくじを引かせた。アストリアは組み分けをクジで決めるのを少し面白がっているようで、嬉々としてクジを引いた。パンジーも、流石にそんなアストリアに文句を言うつもりはないらしい。しぶしぶと自分のクジを引いた。他の奴は全員、クジでの組み分けも一興だと思いおとなしくくじを引いて組み分けを決めることとなった。
クジの結果、組み合わせは俺とドラコとアストリアというものになった。
パンジーはやはりドラコと一緒ではないクジの結果に不満があったようだが、クジで組み分けをすることにワクワクしていたアストリアがいた手前、文句は強く言えず大人しくダフネの手を引きながら向かいのコンパートメントへ消えていった。
それを苦笑いで見送ってから、ドラコはアストリアに話かけ始めた。
「しかしアストリア、君がホグワーツに来ないかもしれないと聞いたときは本当に驚いた。こうして来てくれることになって嬉しいよ」
そう言われ、アストリアは恥ずかしそうにしながら返事をした。
「みんながいるし、パーティーでの失敗も、まあいいかなって思っちゃったんだ。今はね、ホグワーツが楽しみなの」
明るい返事を受けて、ドラコは満足そうに笑いながら頷いた。アストリアがホグワーツに通うのを嫌がっていた話は、もうどこか懐かしい話となっていた。
それからひとしきり夏休みの思い出話に花を咲かせ、俺とドラコでアストリアへホグワーツの話をした。途中にきた車内販売で昼ご飯を買い、食べ終えたところ、ドラコは思い出したように俺に話を振ってきた。
「ジン、今年から僕たちはやっとホグズミードへ行ける。ハニーデュークスのお菓子店やゾンコのいたずら専門店、ここの二つは絶対に行くべきだ。今から、楽しみでならないな!」
ドラコはホグズミードに詳しいようで、行きたい場所の名前を挙げながらワクワクした様子を見せた。一方でまだホグズミードへ行くことのできないアストリアは少し寂しそうに、わざとらしく拗ねてみせた。
「みんながホグズミードへ行っちゃうと、私は一人になっちゃうね……」
この様子にドラコは少し焦ったようだ。慌ててアストリアへフォローを始めた。
「アストリア、君へのお土産もみんなで買ってくるさ。それに、夕方にはみんな戻ってくる」
「そうだな。それに俺らがホグズミードへ行く頃には、アストリアも友達に囲まれているだろうさ。賭けてもいいぞ」
ドラコのフォローに加える形で俺もアストリアへ声をかけると、アストリアはわざとらしく拗ねるのをやめて、今度はいたずらっ子っぽく笑って見せた。
「本当? それじゃあ、お土産楽しみにしてるね! それにジン、もしみんながホグズミードへ行く時に私がまだ一人ぼっちだったら、何か一つお願いをきいてもらうから! 賭けてもいいんでしょ?」
そんなアストリアの様子に、俺とドラコは苦笑いをしながら互いに目を合わせる。
初めて会った時よりも随分と明るく話すようになった。それにあざとい面も出てきたのは、恐らく夏休みでパンジーと仲良くなった影響だろう。パンジーがアストリアのことを特別可愛がっており、アストリアもパンジーに懐いているのは周知の事実であった。
そうして汽車での旅を楽しんでいると、いつの間にか外はずいぶんと暗くなっていた。雨も強くなり、窓は風でガタガタと揺れて音を出している。そんな中、汽車は急にスピードを落とし始めた。
「もうすぐ着くのかな?」
アストリアは無邪気にそう言ったが、俺とドラコは汽車がまだホグワーツに着いておらず、止まるにしては早すぎることが分かっていた。
「変だな、まだ到着は先の筈だが……」
ドラコがそうつぶやくと列車は完全に止まり、そして前触れもなく全ての灯りが消えて辺りは何も見えない真っ暗闇に覆われた。
明らかに何か異常な事態が起きている。何かに備えて杖を構えようとしたが、生憎、俺の杖はローブと一緒にカバンの中に入っていた。ドラコやアストリアも同じらしく、明かりをつけられず真っ暗の中で声を掛け合うことでお互いの無事を確認するしかなかった。
「ジン、アストリア、大丈夫かい?」
「俺は大丈夫だ」
「わ、私も大丈夫……」
ドラコの問いかけに対し、俺とアストリアも返事をする。俺たちの無事を確認できたことに、ドラコの安心したような雰囲気を感じた。しかし、アストリアは不安がぬぐえないようだった。
「……ねえ、何が起きてるの?」
「……わからない。とりあえず、ブレーズ達の無事も確認しなくちゃな」
俺はアストリアの不安な問いかけに対し正直に返事をしながら、手探りでドアを開け向かいのコンパートメントへ声をかける。
「ブレーズ! そっちは大丈夫か?」
俺の問いかけにはすぐブレーズから答えが返ってきた。
「ジンか? こっちは問題ない! クッソ、一体何だってんだ……」
同じように手探りでドアを開けたのだろう。ブレーズの声がした方からガサゴソと動く音がする。他のコンパートメントでも同じように知り合いの無事を確認しているのだろう。辺りから不安の声や無事を確認する声が聞こえてくる。
「何が起きたかはわからないが、怪我しないように下手に動くのはやめておこう。すぐに解決するだろうから……」
言葉をすぐに切った。急な寒気が襲ってきたのだ。気が付けば、辺りから音が一切消えていた。寒気はどんどん強くなる。吐き気にも似た不快感と、まるで体の中に氷を詰め込まれたような息苦しさが襲ってくる。そして気が付いた。何かが、列車の中を歩いている。
「ブレーズ……」
声を何とか振り絞り、向かいにいる親友へ声をかけた。
「コンパートメントのドアを閉めろ……。何か来る……。中でじっとしてるんだ……。ダフネと、パンジーを頼む……」
「……あ、ああ、分かった」
ブレーズも俺と同じように、正体不明の寒気に襲われているのだろう。普段と比べてものすごく弱々しい声で返事をすると、俺の言ったとおりにコンパートメントのドアを閉めるのが音と気配で分かった。
俺もコンパートメントのドアを閉めると、通路から離れるように奥に移動する。
中にずっといたドラコとアストリアも、寒気に襲われているのだろう。二人で固まっているようだった。
「ジ、ジン……一体、何が起きているんだ……」
ドラコから震えた声で質問をされるが、俺も分からないことが多かった。
「分からない……。だが、何かが来るんだ……。中でじっと……」
その何かが、すぐ近くに来たのが分かった。真っ暗闇の中に、さらに暗い影がコンパートメントの窓に映ったのだ。
天井にも届きそうなほど背の高い、それでいて細身な人間のような影だった。
その影は俺たちのコンパートメントの前に来ると足を止め、こちらを振り向いた。
その瞬間、俺は意識が遠のくような感覚に襲われ、何か不思議な光景が目の前に広がった。
――目の前で、女性がこちらに微笑みかけていた。見覚えのない女性だ。茶髪で髪の長い、若い日本人の女性。その女性が俺に向かって何かを言っているようだったが、聞き取れない。しかし、俺は女性に対して頷き返すと杖を持ち上げた。そして、震える手で呪文を唱える。視界一面が緑の光でおおわれる。女性は崩れ落ち、俺は女性に手を伸ばして――
「ジン! おいジン!」
体を揺らされるような感覚で目が覚めた。いつの間にか灯りが戻っていたようで、こちらを揺さぶる心配そうなドラコの顔が目に映った。
「お、俺は一体……」
いつの間にか倒れていたらしい俺は、何が起きたのかドラコに問いかける。
「君は……さっき来た影が目の前に来た時、急に倒れたんだ。いや、倒れる音がしただけで、見えたわけではない……。影はそのまま、奥の方へ進んでいった……。君は影が去ってからも、うなされている様子で……」
ドラコは俺に何とか説明しようとしておるようだが、あまり要領が得なかった。
アストリアはよほど怖かったのか、コンパートメントの隅で震えながら少し泣いていた。
俺は未だに収まらない体の震えを何とか押さえつけながら起き上がろうとするも、あまり体に力が入らなかった。
だが、体の不調よりも気になことがあったのだ。先ほどの影を目の前にした時に見た光景。見覚えのない女性に向かって、杖を振り上げ、そして女性が崩れ落ちて――。そこまで思い返して、胸のあたりが締め付けられるような苦しさと、なんとも言いえない吐き気に襲われる。頭を振って思考を停止させる。それ以上は考えないようにした。
すると、ここでコンパートメントがノックされ誰かが入ってきた。
「失礼、どうも具合の悪い子がここにいるようだ」
入ってきたのはぼろぼろの服をまとった、やつれた男性だった。男性はコンパートメント内を見渡すと、いまだ床に座り込んでいる俺に目線を合わせるようにしゃがみ込むと穏やかな口調で話しかけながら、懐から何かを取り出し俺に差し出した。
「もう大丈夫だ。寒気はまだ引かないかい? ほら、これをお食べ」
差し出されたものはチョコレートであった。俺はそれを受け取りはしたが、口にはできず手に持つだけであった。そんな俺の様子を見て、男性は微笑みかける。
「大丈夫、毒なんて入ってないよ。一口でいいから、かじってごらん。今よりもずっと気分が良くなる」
そう言われ、ようやく俺は手に持ったチョコレートを一口かじった。
途端に、体温が戻ったかのようだった。震えが止まり、指先の感覚が戻ってきて体に力が入るようになった。
俺の様子が安定したからか、ドラコと、隅っこで震えていたアストリアはようやく人心地が着いた様子だった。それからドラコは改めて男性に目をやったが、そのみすぼらしい身なりに不信感を抱いたらしい。
「……あなたは、一体何者だ?」
不信感を表に出しながら聞くドラコに対して、男性は涼しげな顔をしながら答えた。
「私はリーマス・ルーピン。今年からホグワーツで教師をすることになっている」
ドラコは教師、という単語にピクリと反応をしたがルーピン先生の身なりがドラコの不信感を完全になくすことはできなかったようだ。
一方でアストリアには、俺を回復させたルーピン先生が頼りになる大人として映ったようだった。アストリアはルーピン先生へ問いかけた。
「もう、大丈夫なの? あの影は、もういなくなったの……?」
不安そうなアストリアに、ルーピン先生は安心させるように笑いかけながら答えた。
「ああ、もう大丈夫だよ。あの影は、吸魂鬼は、もうこの列車には入ってこない。ホグワーツまでもう安全だ」
「吸魂鬼……あれが吸魂鬼だっていうのかい? なら何故、僕らを襲ったんだ? 吸魂鬼は、魔法省の言うことを聞くはずだろう」
ドラコはルーピン先生へ食いつく。ルーピン先生はそれに対し、今度はやや顔をしかめながら答えを返した。ルーピン先生はドラコに、というよりもこの事態に思うところがあるようだった。
「ああ、確かに生徒を襲うようなことはあってはならないことだ。……しかし、奴らは魔法省の言うことを素直に聞くような生き物ではない。手あたり次第、人の幸福や魂を吸い取るような、危険極まりない奴らだよ」
ルーピン先生はそう言うと、いまだにチョコを一口しかかじっていない俺に向き直り優しく声をかけた。
「さあ、チョコを全てお食べ。それと、君の名前も教えてくれないかい? これから君の先生になるんだ。生徒の名前も知らないのは、良くないからね」
「……ジン・エトウです。……所属の寮はスリザリンです」
俺は大人しくルーピン先生の質問に答えながら、言われた通りにチョコを全て食べる。気分はずっと良くなり体の震えは完全に止まった。
ルーピン先生は俺の返事を聞くと片眉を上げて少し怪訝な顔をした。しかしそれも一瞬で、すぐに元の優しい表情に戻ると、俺達に無理はしないように声をかけてコンパートメントから出ていった。
ルーピン先生がコンパートメントを出てすぐ、向かいのコンパートメントからブレーズ、ダフネ、パンジーが入ってきた。
「おい、大丈夫かお前ら?」
ブレーズは心配そうに俺らを見渡す。ブレーズ達に変わった様子はない。どうやら気絶するほど体調が悪くなったのは俺だけのようだった。
「ジン……あなた、大丈夫? 顔色が随分と悪いわよ……」
「……大丈夫だ。ルーピン先生――さっきまでいた男の人のことだけど――のお陰で、だいぶ回復した」
いつまでも床に座り込んでいる訳にもいかないと思い立ち上がる。チョコを食べたおかげで、さっきと違って体に力を入れることができた。しかし、寒気と倦怠感が完全に抜けきることはなかった。
俺以外の全員は、元通りとは言わずとも体調に問題はなさそうではあった。ホグワーツに着くころには、パンジーとアストリアは吸魂鬼への怒りで盛り上がっていたし、ドラコとブレーズは吸魂鬼をコントロールしきれないホグワーツや魔法省に文句を言っていた。ダフネは、いまだに顔色の優れない俺をしきりに心配していた。
汽車が駅についてから、一年生のアストリアは俺達と別れ、ハグリッドに連れられてホグワーツへ向かった。俺たちは馬車に乗ってホグワーツに向かい、新学期のパーティーをするべく大広間へ入る。しかし、大広間で俺はマクゴナガル先生に呼び止められた。
「エトウ! こちらに来なさい! 今すぐです!」
名指しである。マクゴナガル先生のどこか焦ったような声色は緊急事態を想起させる。しかしマクゴナガル先生に呼び出される心当たりはない。
心配そうな顔をするドラコ達と別れ、マクゴナガル先生の事務室へと連れられた。そこではマダム・ポンフリーが何故かポッターの診察を行っており、傍らでハーマイオニーがそれを見ていた。ポッターもハーマイオニーも、俺が入ってきたことに驚いた様子であった。
そんな二人をおいて、マクゴナガル先生がマダム・ポンフリーに声をかけた。
「ポッピー、この子の診察もお願い致します」
「まあまあ、あなたも吸魂鬼に……。おいでなさい。かわいそうに、すっかり凍えて……」
ここで呼び出された原因が分かった。汽車の中で気絶したことで、特別に診察が必要であったようだ。マクゴナガル先生が、俺をマダム・ポンフリーの向かいに座らせながら俺に話しかけてくる。
「ルーピン先生から事前にご連絡をいただいていたのです。あなたも、吸魂鬼から少なからず影響を受けたと。体調はもう大丈夫なのですか?」
「……ええ、何とか。ルーピン先生がチョコをくださったので、だいぶ良くなりました」
俺がマクゴナガル先生の質問に答えている間もマダム・ポンフリーは俺の脈を取ったり、目をのぞき込んだりしながら診察を行った。特に問題はないようで、診察自体はすぐに終わった。
「二人とも、今のところすぐに医務室へ泊める必要はなさそうです」
「……わかりました。それではお二人とも、外で待っていなさい。私はミス・グレンジャーと時間割について少しお話をします」
マダム・ポンフリーからのお墨付きで、マクゴナガル先生は安心をしたようであった。
俺とポッターはマクゴナガル先生に言われた通り、事務室の外に二人で待機をすることとなった。事務室の外に二人で並んで待っている間、ポッターはこちらをしきりに気にしているのが分かった。俺が気になるが、どう声をかけたらいいか分からないといったようだった。それは俺も同じで、ポッターのことが気になるものの、どのように声を掛けたらいいかわからなかった。お互いに意識をし合った、少し気まずい空気が流れる。
ポッターと二人きりになったのは、実はこれが初めてであった。去年の秘密の部屋の騒動では二人でトム・リドルとバジリスクに立ち向かったし、俺はポッターのお陰でジニー・ウィーズリーを殺さずに済んだ。そんな劇的な出来事もあって、ポッターへ少なからず仲間意識と感謝の意を持っていたが、ついぞ話す機会は訪れなかったのだ。そして俺はポッターへしっかりとお礼を言っていなかったことを少し気にしていた。
「……なあ、ポッター」
沈黙は俺から破った。ポッターは俺に話しかけられたことに少し驚いたようだった。
「去年、秘密の部屋では、ありがとうな。お前のお陰で俺は、ジニー・ウィーズリーを殺すことなく、生きて帰ることができた。……お礼を、しっかりと言ってなかった」
ポッターは口を開けて呆然とした。お礼を言われることなんて、考えてもいなかった様子だった。戸惑ったようにもごもごと返事を返す。
「……いや、僕こそ、その、なんというか」
言葉に迷っていたようだが、それでもポッターは俺の方を向いてしっかりと返事をしてくれた。
「僕こそ、ありがとう。君がトム・リドルの日記を壊してくれたから、バジリスクを倒すことができたんだ」
「……そう言ってくれると、助かるよ」
またしばらく沈黙が続いたが、先ほどよりは気まずくはなかった。
それから、今度はポッターから沈黙を破った。
「……君も、その、吸魂鬼に襲われたのかい?」
「襲われたというか……目の前に立たれただけで、気を失ったんだ」
俺の返答を聞くと、ポッターは目を見開いた。かなり驚いた様子であった。それから、少し躊躇してから俺にさらに質問をしてきた。
「その、君は気を失う時、何か悲鳴を聴かなかったかな……」
「悲鳴? いや、声は聞こえなかったな……。見知らぬ光景は目の前に広がったが……」
吸魂鬼の影響で、俺が見た光景とはまた別の何かをポッターは感じていたようであった。ポッターは吸魂鬼のことで共感を得たかったようだが、見たものが違うため共感はできなかった。ポッターは俺の返答に少し不満げな様子であったので、もう少し詳しい話をするかどうか迷った。しかし事務室のドアが開き、マクゴナガル先生とハーマイオニーが出てきたところで話が中断された。
ハーマイオニーは何やら上機嫌な様子であった。それから俺とポッターが話をしていたのを見て、さらに機嫌をよくした。ハーマイオニーが俺とポッター達が仲良くなるのをずっと望んでいたのを知っている。寮対抗のイベントやドラコ達とポッター達のいがみ合いが起きる度に、ハーマイオニーがどこか板挟みになっているのを俺は感じていた。
マクゴナガル先生に連れられ、四人で大広間へ向かう道中にハーマイオニーは上機嫌なまま俺に話しかけた。
「久しぶり、ジン! 会えて嬉しいわ! 元気だった?」
「ああ、久しぶりだなハーマイオニー。……ホグワーツに着く直前までは、元気だったんだがな」
ハーマイオニーに苦笑いと共に返事をする。ハーマイオニーはそこで俺が事務室に呼ばれた理由を思い出したようだった。すぐに顔を赤らめ、恥じ入った表情をした。ポッターはそんなハーマイオニーを非難を込めた白い目で見ていた。そんな光景がおかしくて、少し笑ってしまう。
「あの、ごめんなさい。私、今、少し舞い上がってて……。あなたも、その、吸魂鬼に会って具合が悪くなったの? 大丈夫?」
ハーマイオニーは、今度は心配そうな表情で俺の顔を見る。そんなハーマイオニーに対して、安心させるように笑いかける。気分も体調も良くなっているのも確かだった。
「もう大丈夫だ。チョコレートを食べてからな、気分もずっと楽になった」
「そう、なら良かった……」
ハーマイオニーはもっと話をしたいようであったが、大広間に着いてしまいそれは叶わなかった。俺はハーマイオニー達と別れ、スリザリンのテーブルへ移動をする。すでに組み分けは終わっているようで、テーブルにはドラコ達と一緒にアストリアもすでに座っていた。俺が戻ってきたことで、話を聞きたそうにドラコがこちらを向いたが、ダンブルドアの話が始まった。吸魂鬼のこと、ルーピン先生のこと、そしてハグリッドが魔法生物学の教鞭をとることなど重要な知らせが続き、話が終わってから御馳走が目の前に並ぶ。
食べ物を目の前にすると、急に自分が空腹であったことを自覚した。食事を平らげながら、ドラコ達にマクゴナガル先生に呼び出された内容を教える。それから、アストリアが無事にスリザリンに配寮されたことを祝い、みんなで盛り上がった。
食事を終え寮に戻ると、荷物を整理し着替えてすぐにベッドに身を沈めた。
ホグワーツに来るまでで、色々なことがありすぎた。
吸魂鬼のことも気がかりだが、吸魂鬼が近づいてきた時に見えた光景も気になっていた。あの女性は、一体誰なのだろか……。
それからゴードンさんに言われた、ダンブルドアが俺に隠していること。俺がマグル界で十一年間過ごさなくてはならなかった理由、指輪が両親の形見だと教えられなかった理由。
様々なことが頭をよぎってきたが、結局、疲れていたのかベッドに体をうずめるとすぐに眠ってしまった。今学期初めてのホグワーツの夜はこうして終わった。