日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

37 / 87
エピローグが長くなったので、二つに分けました


エピローグ前編・報告と告白

背中に何か滴るような感触で目が覚め、床のひんやりとした感触が徐々にハッキリとしてきた。

 何が起きたのか? 意識を失う前のことを思い出そうと状況を整理してゆき、巨大なバジリスクの死体と、真ん中に穴の開いた日記の残骸が目に入った。お蔭で全てを思い出し、慌てて飛び起きた。

 トム・リドルは? ポッターとジニー・ウィーズリーは? いや、そもそもどうして俺の怪我が治っている?俺が気絶している間に、何が起きた?

 混乱しながら周りを見渡すと、真っ先に不死鳥のフォークスが目に入った。毅然とした美しい立ち姿だが、その眼には涙が浮かんでいた。それを見て、一つだけ謎が解けた。

 

「……お前が、怪我を治してくれたのか」

 

 不死鳥の涙。この世に存在する癒しの力の最高峰。全ての毒の解毒剤になり、病気の薬になり、怪我の治療薬になる。お目にかかるだけでも素晴らしい幸運なのに、その力を体験できたのは今年一番の幸せかもしれない。強くぶつけた筈の背中は、全く痛くなかった。ローブが少しはだけているのは、バジリスクだけが原因ではなかったようだ。

 それから横に目をやると、泣いているジニー・ウィーズリーと慰めるポッターがいた。ポッターは俺が立ち上がったのを見て、安心した様な表情でジニー・ウィーズリーに何か二、三言うとこちらに来た。

 

「……無事で、良かったよ。フォークスが君の怪我を治してくれたんだ」

 

 ポッターはどこか気まずそうにそう俺に言う。事件が終わったのはポッターを見れば分かるが、それ以外の状況はサッパリだった。

 

「ああ、知ってる。不死鳥の涙のお陰だろ? それよりも、俺が気絶している間に何があったんだ? バジリスクは……お前が倒したんだろう? じゃあトム・リドルは?」

 

「覚えていないのかい?」

 

 少し驚きながら、ポッターが言った。

 

「君が、リドルを倒したんだ。バジリスクの牙を日記に突き刺して、リドルを消滅させた。ほら!」

 

 穴の開いた日記を拾い上げ、俺に突きつける。

 

「君が日記に牙を突き立てた瞬間、リドルは悲鳴を上げて消えた。バジリスクも、この剣が倒してくれた。それから直ぐに君は気を失って、ジニーが目を覚ましたんだ。そしてフォークスが君に涙を垂らして、傷を治した。君が気を失っている間にあったのはこれだけさ」

 

 ポッターは俺に状況を説明して、それから、未だにすすり泣いているジニー・ウィーズリーにチラリと目をやってからもう一度俺に話しかけた。

 

「……ジニーは、日記に乗っ取られていたんだよね? つまり、トム・リドルが彼女を乗っ取って、無理やり皆を襲わせたんだよね? だから、つまり、その……」

 

「ジニー・ウィーズリーは悪くない、って言いたいんだろ?」

 

 言いにくそうにしているポッターの後を受け持つ。ポッターはもう一度だけ彼女に目をやってから無言で頷いた。俺もチラリとジニー・ウィーズリーの方を見る。座り込んで、ただ泣いていた。

 

「……それは、俺達が決めることじゃない。事件は終わったから、ダンブルドアが帰ってくる。そしたら直々に決断が下されるだろうさ」

 

そう返すと、ポッターは相変わらず気まずそうにしながら聞いてきた。

 

「……ダンブルドアなら分かってくれるよね?」

 

「……多分な」

 

 それだけ言い、この場から移動を始める。こんな場所に長居はしたくは無かった。ポッターと共に座り込んでいるジニー・ウィーズリーの方へ向かい、立たせてから出口へと向かう。

 

「ジニー、大丈夫だよ。君は悪くない。ダンブルドアなら、分かってくれる」

 

ポッターは相変わらず慰めを続けていた。それを聞いてか、少しずつすすり泣きが止まり静かになる。俺は隣で羽ばたいているフォークスに目をやった。ゆっくりと歩く俺達の歩調に合わせて、時には旋回しながら同じようにゆっくりと進んでいた。

 

「お前に、御礼を言わないとな」

 

言葉が分かるかどうかは知らないが、そう声をかける。フォークスの意識が、こちらに向いたような気がした。

 

「怪我を直してくれたのもそうだが、俺が無茶しようと思えたのはお前の歌のお陰だ。不死鳥の歌は聞くのは初めてだったが、今まで聞いた歌の中で一番素晴らしい歌だったよ。ありがとう」

 

フォークスに向かってそう言うと、返事をするように俺の上を二度、旋回して少し前を飛び始めた。それを見たポッターは少し歩調を速めてフォークスを追い始めた。ポッターも、フォークスに向かって何やら礼を言っていた。

思いのほか長く続く廊下を歩きながら、隣を俯きながら歩くジニー・ウィーズリーを見る。泣きはしていないが、泣きそうではあった。

 

「……ごめんなさい」

 

 不意に、ジニー・ウィーズリーから声をかけられた。突然のことで、自分に向かって言われたことだと分かるのに少しだけ時間がかかった。

 

「……私、貴方に謝らなきゃいけないの」

 

 震える涙声でそう言う。それを出来るだけやんわりと否定した。

 

「バジリスクのことなら、気にしないでいい。トム・リドルのこともだ。いずれにせよ、俺にとってこれはいつか必要になる事だった」

 

「……そうじゃないの」

 

 助けたことへの謝罪かと思えば、どうやら違ったらしい。ジニー・ウィーズリーはただでさえ泣きそうなのに、今はもう目に涙を溜めて泣き出す寸前にまでなっていた。

 

「……貴方を襲ったの、トムじゃなくて私なの」

 

「……どういう意味だ?」

 

 聞き返すとまた泣き始めた。前の方を見ると、ポッターはまだフォークスに話しかけていた。泣かせたのが知られたら面倒だと、少し会話を急かす。

 

「もう少し、詳しく言ってくれ。それだけじゃ何を謝りたいかサッパリだ」

 

「……私、貴方を襲った時は操られてなかったの」

 

 怪訝な表情を向けると、怯えた様に口を噤んでしまった。顔に出したのは失態だったと悔やみながら、なるべく穏やかに先を促す。ポッターはまだこちらに気付いていない。

 

「それじゃあ、お前は何で俺を襲ったんだ?」

 

「……日記を取り返したかったの」

 

 それから、堰が切れたように喋り始めた。黙っているのも苦しいのかもしれない。

 

「日記に、人には言えないことをたくさん書いたわ。それから、私が皆を襲ってるんじゃないかって……。怖かったの。秘密が知られるのも、犯人として捕まるのも。だって、皆を襲った覚えなんて私にはなかったから。でも薄々、私なんじゃないかって思い始めて……。日記が誰かの手に渡って、私が犯人だってことになったらって思うと、いても立ってもいられなかったの」

 

 要するに、俺を襲ったことに関しては操られていたという言い訳が効かないということか。考えてみれば納得がいく。俺が石化しなかった理由も襲われた理由も手口が違ったことも。

 

「私、退学になるんだわ……。皆を襲って、それで……」

 

 後は泣いて言葉にならなかった。良心の呵責と退学の恐怖。一気に襲ってきて混乱しているのだろう。その気持ちは分かるつもりだった。

 犯人と疑われる恐怖も、自分の所為だという責任も、両方とも味わってきた。そして、その上で自分が取った行動は彼女と変わらない。日記の存在の黙秘。自分にはジニー・ウィーズリーを責める資格は無いのだ。

 だからと言って、俺の判断でなかったことにできるか際どいところだ。責めることも許すこともキッパリと出来ない、居心地の悪い気分だった。

 

「……ダンブルドアなら、お前に責任がない事を分かってくれるだろう。自分の意志でやったことじゃないんだから」

 

「でも、貴方を襲ったのは自分の意志よ……」

 

「……俺を襲った時のお前の気持ちは、分かるつもりだ。俺も似たようなことをしてきたから」

 

それでも泣いているのを見てられず、少しだけ慰める。そんな俺に驚いて、ジニー・ウィーズリーは目を見開いて俺を凝視する。

 

「自分が犯人だと疑われるのが怖くて黙っていたのは俺も同じだよ。もう一つ言うなら、相手を自分の意志で殺しかけたのも同じ。ポッターが来なければ、俺はお前を殺してたよ」

 

 そう言うと、ジニー・ウィーズリーはビクリと体を震わせた。見開いた目に少しだけ恐怖の様な色が浮かぶ。慰めにはなっていないかもしれないが、効き目は抜群だった。今はもう泣いてはいない。

 ジニー・ウィーズリーが何か言いかけて口を開いたところにポッターが戻ってきた。開いた口は音を出さずに、曖昧に誤魔化して閉ざされた。それから誰も話さずトンネルの奥まで歩いた。トンネルが崩れて壁になっていた所は、そこで待っていたウィーズリーが切り崩して人一人が何とか通れる隙間を作っていた。

 ウィーズリーは俺がいるのを見ると混乱した様に食い掛かってきた。

 

「なんでお前がいるんだよ! 一体、ここで何をしてたんだ!」

 

「ロン、エトウのことなら大丈夫。ジニーを助けるのを手伝ってくれたんだ。説明は後でするから、とにかくここから出よう」

 

ポッターがウィーズリーを抑えてくれたが、俺としては傍らに立っている虚ろな目をしたロックハートの方が気になっていた。

 

「……あいつはどうしたんだ?」

 

「あー……それも後で説明するよ」

 

 そうしてフォークスの足に掴まることで全員が秘密の部屋から脱出し、マートルのトイレまで戻ることが出来た。トイレに着くや否や、フォークスが誘導するように飛び始めたのでそのまま全員で付いてゆく。フォークスの後に従って歩くと、目的地はマクゴナガル先生の部屋だった。ポッターは一瞬の躊躇いの後にノックしてドアを押し開けた。部屋には四人の人がいた。本屋で見たウィーズリーさんと恐らくその奥さん。それから奥の方にマクゴナガル先生とダンブルドア。

 

「ああ、ジニー!」

 

 ウィーズリー夫人が泣きながらジニーに駆け寄り、抱きしめた。それからすぐにウィーズリー氏も自分の娘を抱きしめた。フォークスは抱き合っている三人を飛び越え、奥にいるダンブルドアの所まで飛んで行った。ウィーズリー夫人はポッターやウィーズリーも抱きかかえながら混乱した様子で聞きだした。

 

「あなた達がこの子を助けてくれたのね! この子の命を! でも、一体どうやって?」

 

「私たち全員が、それを知りたいと思っています」

 

 マクゴナガル先生もそうポツリと呟くと、ポッターが代表して説明を始めた。姿なき声を聞き、ハーマイオニーがその正体がバジリスクだと気付き、森に入り蜘蛛と話し、そこから「嘆きのマートル」が秘密の部屋の犠牲者だと分かり、トイレに秘密の部屋があると勘付いて……といったポッター自身の秘密の部屋までの経緯、それから秘密の部屋での一部始終を語った。ロックハートの真相も、その時に分かった。話の際、日記の正体やジニー・ウィーズリーが加害者であることに関しては触れないようにしているのが分かった。俺がジニー・ウィーズリーを殺しかけたことも言わなかった。

話し終えて、ポッターは緊張した面持ちでダンブルドアの顔色を窺った。ダンブルドアは穏やかな笑みで話した。

 

「儂がこの事件で最も気になっているのは、ヴォルデモート卿がいかにしてジニーに魔法をかけ、操ったかということじゃな」

 

「この日記なんです」

 

 ポッターは安心しきった顔でようやく日記のことを話した。日記に記憶が封じこまれていて、それがジニーを操ったこと。それを話すと、ダンブルドアはじっくりと日記を観察した。

 

「ミス・ウィーズリーは医務室に行きなさい。今はじっくりと体を休めるのじゃ」

 

日記を見終えると、ダンブルドアはジニーに向かってそう言った。未だに泣きそうな表情のジニーに対し、ダンブルドアは慰めの言葉をかける。

 

「君よりももっと年上で、賢い魔法使いでさえヴォルデモート卿に騙されたのじゃ。そのことで、君を処罰することは無い」

 

 穏やかなその言葉は慰めそのものだが、どこか引っかかる物言いだった。その考えは当たっていて、それからダンブルドアは初めて俺に話を振った。

 

「ミス・ジニーの被害者であるのはそこの少年だけじゃ。彼が処罰を望まない限り、君は罰せられることは無い」

 

 部屋の人の視線が一気に俺に集まった。卑怯な言い方だ。そう思わずにはいられなかった。別にジニーが罰せられることを望んではいない。蒸し返さない限りは不問に帰すつもりだったし、こんな形で聞かれなくとも答えは変わらない。

 

「……彼女の処罰は望みません」

 

 黙っている訳にもいかずそうキッパリと宣言すると、ジニーは安心からか再び泣きはじめ、彼女の母親からは両手を握って感謝をされた。

 

「ああ、ありがとう! ありがとう! この子の命を救ってくれて、助けてくれて、その上、許してくれるなんて……!」

 

 居心地の悪さは尋常じゃなかった。手をブンブンと上下に振られながらボンヤリと思う。この人は俺が娘を殺しかけていたことを知っても、それでも同じように感謝の念を向けるのだろうか? 俺の所為で娘は帰ってこないどころか継承者として名を残し、犯罪者として語り継がれることになった可能性だってあったのだ。しかも、そうならなかったのはポッターのお陰であって、処罰を望まなかったのはその罪悪感故に過ぎないというのに。

 事実とかなりズレた感謝の念を向けられながら、それを否定する良い言葉が思い浮かばずにただされるがままにされる。マクゴナガル先生にウィーズリーとロックハートを含めた五人が医務室へと促されるまでそれは続いた。

 マクゴナガル先生たちが出て行った後、部屋には俺とポッター、ダンブルドアの三人だけとなった。

 

「さて、二人ともお座り。君達には聞きたいことがあるのじゃ」

 

 ダンブルドアはそう言いながら俺達に椅子を勧めた。二人で大人しく座ると、ダンブルドアは話を続けた。

 

「さて、まずはお礼を言おう。君達は儂に真の信頼を示してくれた。そうでなければ、フォークスは君たちの所に呼び寄せられなかったはずじゃ」

 

 またもズレた感謝を向けられて、とうとう耐えられなくなった。

 

「お礼は受け取れません。真の信頼を示したのはポッターです。俺は……」

 

 言葉に詰まってしまったが、ここまで言ってしまえば後は一緒だと気持ちを吐き出す。

 

「俺は、助けは来ないと思っていました。最後まで、貴方に真の信頼を向けていません。ジニー・ウィーズリーを助けたのもバジリスクを倒したのもポッターで、俺は何もしていません」

 

言い切れば、その場を沈黙が満たした。ポッターは何とも言えない顔で俺とダンブルドアに視線を泳がせたが、ダンブルドアは穏やかな表情を一ミリたりとも動かさなかった。

 

「たとえそうだとしても、儂は君にお礼を言いたい」

 

「何に対してでしょうか? 俺は最初から最後まで、自分のことだけを考えていました。お礼を言われることは何もしていません」

 

「君が言うことは事実かもしれぬ。しかし、君がジニー・ウィーズリーを助けたのも事実じゃ」

 

「……それも、事実じゃありません」

 

 否定するのが怖いという気持ちは確かにあった。本当の事を言うのも。しかし、それで今年はずっと痛い目に遭ってきた。本当のことを話そうと思うには十分な程に。しかし話そうとすれば乱暴に扉の開く音がそれを遮った。

 扉から現れたのは怒りの形相のルシウス・マルフォイだった。包帯でぐるぐる巻きになったしもべ妖精を伴ってダンブルドアの眼前まで迫った。

 

「それで! お帰りになったわけだ! 理事が停職処分をしたにも拘らず、自分が校長にふさわしいと!」

 

「はてさて、ルシウスよ。儂がここにいるのは、理事会の決定じゃ。今日、君以外の理事会が儂に連絡をくれてのう。儂に直ぐに戻ってきてほしいとのことじゃった。君に脅され、仕方なくやったと考えておる人も何人かおった様じゃ」

 

 ダンブルドアが穏やかにはなった言葉にルシウスさんは顔を蒼白にしたが、毅然とした態度は崩さずに話を続けた。

 

「それでは、事件は解決したと? 犯人を捕まえたと? では、犯人は誰なのかね?」

 

「犯人は前回と同じ人物じゃ。ヴォルデモート卿が他のものを使って行動した。これがその証拠じゃ」

 

 ダンブルドアが日記をルシウスさんに見せつけると、少しだけルシウスさんの顔が強張るのが分かった。するとポッターがすかさずルシウスさんに食らいついた。

 

「マルフォイさん。ジニーがどうやって日記を手に入れたか、気になりませんか?」

 

「馬鹿な小娘がどうやって日記を手に入れたかなんて、どうして私が知らなくてはならない?」

 

「日記をジニーに与えたのはあなただからです」

 

 ポッターがそう宣言すると、ルシウスさんの表情がなくなった。俺も驚きはしたが、何処か納得できる気持ちもあった。

 

「……ポッター、証拠はあるのか?」

 

 俺がそう聞けば、答えはダンブルドアから返ってきた。

 

「誰も証明できんじゃろう。しかし、ルシウスよ。忠告だけはさせてもらうぞ。これ以上、ヴォルデモート卿の学用品やその類の物をばら撒くのは止めることじゃ。さもなくば、他ならぬアーサー・ウィーズリーがその入手先をあなただと突き止めるじゃろう」

 

 ルシウスさんは杖に手を伸ばすような仕草をしたが、何もせずに荒々しく去って行った。一瞬の静寂の後、ポッターがダンブルドアに向かって話し始めた。

 

「先生、その日記をマルフォイさんにお返ししても?」

 

「よいとも、ハリー。君との話は、またの機会としよう。それと急ぐのじゃよ。これから宴会じゃ。忘れるでないぞ?」

 

 ポッターが日記を鷲掴みに外へ飛び出てゆき、部屋には俺とダンブルドアだけになった。

 

「さて、君も望むなら話をまたの機会とするが? 君も話したい人がたくさんいるはずじゃからのう」

 

「いえ、それには及びません」

 

 ダンブルドアが穏やかに申し出るが、それを断った。勘違いを正したいのもそうだが、秘密を隠さず話したいという気持ちもあった

 

「そうか。では、聞こう。君は儂のお礼を拒み、ジニー・ウィーズリーを助けたという事実を否定するという訳じゃな?」

 

「はい」

 

「それは何故?」

 

 改まって話すと、少し迷いが生じる。それでもそれを押し殺して真実を口にする。

 

「……俺は、ジニー・ウィーズリーを殺そうとしました」

 

 ダンブルドアは相変わらず穏やかな顔で静かに耳を傾けていた。

 

「ジニー・ウィーズリーを殺せば、トム・リドルは日記の姿に戻る。後はそれを持ち帰るだけでよかった。助けは来ないと思っていました。だから生きて帰る方法はそれしか思いつかなかった……。ジニーの処罰を望まなかったのは、殺しかけたことと俺も日記の存在を黙秘したことの罪悪感からです」

 

 一気に話すことが出来て、少しだけスッキリした。ダンブルドアの顔を見ると、表情は話す前と変わらなかった。それから静かに口を開いた。

 

「君の言った言葉が事実でも、儂は君にお礼を言わせてもらおう。君がジニーを助けたのは、紛れもない事実じゃ」

 

「いいえ。ポッターがいなければ、殺していたんです」

 

「そうかもしれぬ。しかし、事実はそうではない。君はバジリスクに立ち向かい、トム・リドルを見事に滅ぼしてみせた」

 

それでも納得いかない俺に、ダンブルドアはさらに声をかけた。

 

「大事なのは君を引き留める人がいて、君がそれに応じたことじゃ。君はヴォルデモートとは違うことが十分に証明できた」

 

 ダンブルドアの言葉に目を見開く。自分がヴォルデモートと同じだという不安を打ち明けた覚えはなかった。ダンブルドアは穏やかな調子を崩さずに話を進める。

 

「改めてお礼を言わせてもらおう。君は確かに、儂に真の忠誠を向けることはせず、ジニーに杖を向け、恐ろしい未来へとことを導きかけたのじゃろう。しかし、結果は違った。他者の言葉に耳を傾け、己の敵に立ち向かい、君は見事に打ち勝った。儂の期待に応えてくれた。そして、事件を解決してくれた。お礼をどうか、受け取ってくれんかのう?」

 

 そう言われては、もう否定することが出来なかった。黙ったままながら頷くと、ダンブルドアは顔を綻ばせた。

 

「それでは、もう行きなさい。君と話したい人が山ほどいることじゃろう。石になった者達は、既に治っておるはずじゃ。大広間での宴会も、既に始まっておるはずじゃよ」

 

 そのまま大広間へと行っても良かったが、少しだけ話したいことが出来た。

 

「……先生は俺がヴォルデモートと違うと仰いました」

 

「いかにも。今回のことでそれを確信した」

 

「しかし、ヴォルデモートからは俺は同じだと言われたんです」

 

 ダンブルドアの表情に変化はない。何かしらの動揺が見られるかとも思っていたが、穏やかな顔には一ミリの変化もなかった。

 

「今は、それが間違いだと思っています。しかし俺には闇の魔術における才能があります。その事実も同じ様に確信しました」

 

 ダンブルドアは話を促す様にジッと俺の顔を見た。そこで、ついさっき発覚した事実を投下した。

 

「先生。俺はパーセルマウスです」

 

 確信したのはポッターの説明で姿なき声がバジリスクであったことを言われた時だった。自分がパーセルマウス、つまり蛇語使いだとすれば色々と納得がいった。トム・リドルの奇妙な声も、気を失う前に聞こえた声も。

 ダンブルドアはしばらくの間黙っていたが、口を開けば変わらず穏やかな声が出てきた。

 

「歴史に残る偉大な魔法使いの中にも、パーセルマウスはおった。それがあることが問題なのではない。それをどう使うかが問題なのじゃよ。君は既に、それを分かっておるはずじゃ」

 

「はい。しかし、言っておきたかったんです」

 

「そうか。……君が打ち明けてくれたことを、心から嬉しく思う」

 

 隠し事はもう嫌だった。今回のように疑われるのなら、まずはダンブルドアを信じてみようと思ったのだ。パーセルマウスだという告白は、ダンブルドアへの信頼も込めていた。ダンブルドアも、それを分かってくれているように感じた。

 

「さあ、宴会じゃ! 今夜は嫌なことは全て忘れて、存分にはしゃぐとよい。君はその権利を勝ち取ったのじゃ」

 

 笑顔で言われるまま、大人しく部屋を出て大広間へと向かった。先ほどダンブルドアが言った通り、話したい人は山ほどいるのだ。嫌な事を忘れるにはまだ早い。まだやらなくてはならないことがある。気を引き締めて、大広間の扉を開けた。

 

 

 

 




後半は出来れば今日中に。感想、評価などお待ちしてます

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。