原作通りなところが多い。
『こんにちは。僕の名はトム・リドル。秘密の部屋について知っています』
驚いて羽ペンを落としかけた。直ぐに我に返り、返事を書きつけていく。
『あなたは何ですか? これは何ですか? 秘密の部屋について、何を知っているのですか?』
最初と同じ様に文字は一瞬だけ輝き、日記に溶けて行った。そして、返事が浮かぶ。
『僕はかつてホグワーツに通っていた者です。僕の通っていた日付は、表紙に書かれているはずです。そしてこれは、僕は、僕が十六歳の時に封じ込めた記憶です。僕は秘密の部屋の怪物と、それを解き放った人物を知っています』
返ってきた答えに、驚きを隠せなかった。まさかこんな所に秘密の部屋の騒動を収める手掛かりがあるとは。文字を読み、それが消えぬ内に続きを書きつけていく。事件が解決するかもしれないという期待が、筆を進ませる。
『教えてください。あなたの知っていることを、誰が何を解き放ったのか、どのようにして事件が終わったか。私は今、ホグワーツにいます。そして、ホグワーツでは再び秘密の部屋が開き、その猛威を奮っているのです。生徒が襲われ、石化しました。私はこの事件を解決したいのです。死人が出る前に、何としても』
書きつけた文字は消え、答えが浮かび上がってくる。心なしか、そのスピードが上がっているように思えた。
『あなたがよろしければ、事件が終わった夜の記憶にお連れ致しましょう。僕が犯人を捕らえた時の記憶です。僕の言うことを信じるか信じないかは、あなたの自由です。どうしますか?』
迷いはない。読んだ瞬間に答える。
『お願いします、見せてください』
そう書き込んだ途端に、日記が強風に煽られるようにパラパラとめくれ、あるページで止まった。そのページには何やら画像が浮かび、動き始めた。もっとよく見ようと顔を近づけると、引き込まれる感覚と共に自分が落下するのを感じた。座っていたはずの椅子の感覚は無くなり、目の前は真っ白になった。
地面に足が付く感覚と共に視界が開けて行った。そこは見たことのない円形の部屋だった。壁は本と絵でいっぱいで、真ん中には知らない老人が椅子に座って溜め息をついていた。その顔色はお世辞にも良いとは言えない。
ここが記憶の中か……。確かめるように目の前の積まれた本へと手を伸ばす。手は本に触れることなくすり抜けてしまった。まるでゴーストになった様な気分だ。
ドアがノックされた。
「お入り」
老人がそう言うと、十六ぐらいの少年が入ってきた。背が高く、少し青白い顔をした黒い髪のイケメンだった。
「リドルか」
「ディペット先生、何か御用ですか?」
「お座りなさい。丁度、君の手紙を読んでいたところじゃ」
「あぁ」
リドルはそう呟くと、言われたとおりに椅子に座った。緊張しているのか、両手は強く握りしめられていた。
「リドル君、夏休みの間は学校に置いてあげることはできないんじゃよ。休暇中は家に帰りたいだろう?」
「いいえ、先生」
老人が優しく問うと、リドルは即座に否定した。
「僕はホグワーツに残りたいんです。その、あそこに戻るよりは……」
「君は休暇中はマグルの孤児院で過ごすと聞いとるが?」
「はい、先生」
「君はマグル出身かね?」
「ハーフです。父がマグルで、母が魔女です」
「それで、ご両親は?」
「母は僕が生まれて間もなく亡くなりました。僕に名前を付けるとすぐに。孤児院ではそう聞きました。父の名前を取ってトム、祖父の名を取ってマールヴォロです」
老人は何とも痛ましいという表情で頷いた。
「しかしじゃ、トム。特別措置を取ろうと思っておったが、しかし、今の状況では……」
「先生、襲撃事件のことでしょうか?」
この言葉に、思わず身構えた。これから、どうやって事件の終わりまで持っていくのだろうか?
「その通りじゃ、分かるじゃろう? 学期が終わった後、君が城に残るのを許すことはどんなに愚かな事か。特に、先日の悲しい出来事を考えると……。可哀そうに、女子学生が一人死んでしまった。孤児院に戻った方が安全なんじゃよ……。それにな、実は、魔法省はこの学校の閉鎖さえ考えとるんじゃ……」
「先生……もしその人物が捕まったら、もし事件が起きなくなったら……」
「どういう意味かね?」
老人は姿勢を正すと、上ずった声で聞いた。
「リドル、何かこの襲撃事件について知っているとでも?」
「いいえ、先生」
リドルの慌てた答えに、老人は失望したような表情になり、椅子にもたれかかった。
「トム、もう行ってよろしい」
リドルは一礼すると、部屋から出て行った。後を追うと、リドルは螺旋階段を下りて廊下をスタスタと歩いて行くところだった。何が起こるのか分からず黙って後を追う。リドルは急に立ち止まり、何か思い悩むような表情をした。唇をかみ、額に皺を寄せ、手を握り締めている。それから、決心したかのように急ぎ足で再び移動し始めた。そのまま玄関ホールまでは誰とも会うことは無かったが、そこで誰かがリドルを呼び止めた。
「トム、こんな遅くに歩き回って何をしているのかね?」
長いふさふさしたとび色の髪に豊かなひげを蓄えた背の高い魔法使いが立っていた。パッと見で分かる。これは五十年前のダンブルドアだ。その面影はありありと浮かんでいる。
「はい、先生。校長先生に呼ばれておりましたので」
「では、早くベッドに戻りなさい。この頃は廊下を歩きまわらない方が良い」
そう言うと、ダンブルドアは大きく溜め息を吐きお休みと言ってその場を去った。リドルはダンブルドアが見えなくなるまで立ち止まっていたが、視界から消えた瞬間、再び急ぎ足で移動し始めた。
リドルの行先は魔法薬学の地下教室だった。リドルは教室のドアを完全に閉め中に潜んだため、視界には廊下と暗闇に見えるリドルの輪郭しか映らなかった。そして、そのままリドルは何かを待つかのようにジッとしていた。
そのままの状態がかなり長く続いた。十分ほどその状態に耐えていたら、何やら廊下から足音が聞こえてきた。リドルは足音が教室を通り過ぎると、すぐさま影のように教室から抜け出し足音を追い始めた。そして、ギーッというドアが開く音と共に話し声が聞こえた。
「おいで……。お前さんをここから出さなきゃなんねぇ。さあ、こっちへ。この箱の中に……」
その声を聴いた途端、リドルはパッと物陰から飛び出した。部屋の中では、どでかい少年が大きな箱を持ち、開いた扉の前に立っていた。
「こんばんは、ルビウス」
「トム、お前さん、こんな所で何しとるん?」
慌てた様に少年が反応し、後ろにある扉を閉めた。
「観念するんだ」
リドルはそう言いながら少年にじりじりと近づいて行った。
「ルビウス、僕は君を突き出すつもりだ。襲撃事件が止まなければ、ホグワーツの閉鎖の話だって出ているんだ」
「お、おれは何が言いてぇのか……」
「君が誰かを殺そうとしただなんて思わないさ。だけど、怪物はペットにふさわしくないんだ。君はそいつをちょっと運動させようとしただけなんだろうけど」
「コイツは誰も殺してねぇ!」
少年は扉の方へと後ずさり、その奥からガサゴソと何かが暴れる音がした。
「さあ、ルビウス」
リドルはもう一歩近づきながら、呼びかけた。
「死んだ女子生徒のご両親が、明日学校に来る。娘さんを殺した奴を確実に始末するんだ」
「コイツじゃねぇ! できるはずがねぇんだ! 絶対にやっちゃいねぇ!」
「どいてくれ」
リドルは少年の叫びを無視すると、杖を取り出した。リドルの呪文は燃え上がる様な光で廊下を照らした。すると、少年の後ろの扉が物凄い勢いで開き中から化け物が飛び出してきた。それを見た瞬間、思わず一歩身を引いてしまった。
毛むくじゃらな胴体に絡み合った黒い足、ギラギラ光るたくさんの目にデカいハサミ。それがものすごいスピードで低い位置を走っていく。
リドルはもう一度杖を振り上げたが遅かった。その生き物はリドルを倒し、大急ぎで廊下へと消えて行った。
リドルは起き上って追いかけようとするも、少年がリドルに飛び掛かった。
「やめろおおおおおおお!」
それを見届けた所で、また視界が霞んでいき、妙な浮遊感を感じた。
気が付けば、椅子に座っていた。手を机に伸ばす。今度は通り抜けることは無かった。記憶から帰ってきたということか。
あれがリドルの記憶。考えるまでもない。明らかにハグリッドの話と同じだ。リドルは勘違いをしていたということだ。あの耳も貸さなかった人というのがリドルなのだろう。
新しい情報は何一つなかった。死んだという女子生徒についても、分からずじまいだ。物のためしに書き込んでみた。
『リドル、お話しできますか?』
『ええ、勿論です。他に聞きたいことがあるのですか?』
答えはすぐに返ってきた。
『死んだ女子生徒について、詳しい情報を教えてください』
書き込むと、今までと違い少しだけ答えに時間がかかった。まるで悩んでいるかのようだ。
『死んだ女子生徒はトイレで発見されたそうです。外傷は無く、まるで死の呪文にかかったかの様だと聞きました』
『死の呪文、とは?』
見覚えのない単語に、思わず質問する。この答えはすぐに返ってきた。
『許されざる呪文の一つです。反対呪文の存在しない、不可避の死を与える恐ろしい呪文。アバダ・ケダブラです』
答えを聞いて驚いた。そんな呪文が存在するのかと。そして日記を改めて見る。これが十六歳の少年の記憶だという。これだけ高技術に記憶を封じ、五十年もそれを衰えさせない。そして、闇の魔術に関する知識さえも貯蓄されている。これが十六歳の少年の遺したもの……。今更ながら、日記の特異性に気が付いた。
明日、ダンブルドアに届けよう。なるべく早い時間に。初めからそうするべきだったのだ。俺では、どの道この日記の情報を十全に扱えはしない。五十年前の情報を得た所で、全く犯人逮捕には繋がらなかった。その点、ダンブルドアなら十分に役立てるだろう。
日記を鞄にしまい、灯りを消して眠りにつく。これが少しでも犯人逮捕に繋がればと思いながら。
翌日、幸運なことに吹雪で休校だった。自由な時間が多くなり、日記を届けるのに都合がいい。鞄から日記を取り出すと、そのまま談話室を抜け、届けに行こうとした。
「ジン、どうしたんだい? 今日は授業が無いはずだが? これからブレーズ達とカードゲーム大会を開くんだが、参加しないのかい?」
談話室を出ようとした俺に気が付いたドラコが声をかけてきた。そう言えば、誰にも日記のことを話していなかった。
「少し用事がな。直ぐに戻ってくる。カードゲーム大会とやらには、後で参加させてもらうよ」
そう言って、少し不満げなドラコを置いてさっさと廊下へ出る。
持っている日記を眺めながら、校長室を目指す。日記は不思議と手になじむ。昔から持っていたような錯覚に陥り、渡すのが少し惜しくなってくる。しかし、これで事件が解決するのならばそれに越したことは無い。古道具に沸く物欲など、大事な友達の助けになることに比べればどうということは無いはずだ。
そう考え事をしながら、校長室に繋がる人気のない廊下に入る。記憶にあったように、この廊下を抜け螺旋階段を登れば校長室だったはずだ。と思い出していると、こちらに走ってくる足音が聞こえた。考え事をしていたせいか、足音は気づかぬ内にすぐ側まで来ていた。
こんな所を使う奴もいるんだな、と特に気にすることもなく先に行こうとしたが、足音が真後ろに来た瞬間、腰に強い衝撃が来た。思わず膝をつく。何が何だか分からぬまま、背中に、頭にと次々と衝撃が襲ってくる。何とかしようとローブの中の杖に手を伸ばすが、打ち所が悪かったのか、頭に来た衝撃のせいで上手く動けない。振り向くこともできず、そのまま廊下に倒れ、相も続く衝撃によって意識が遠のいて行く。そして、トドメとばかりに頭にデカい衝撃が来て、完全に意識を失った。
ジニーは息を切らしながらトランクを抱え、廊下に倒れて動かなくなったジンを見下ろした。頭から血を流しているジンは生きているのかさえ怪しく見えるが、かすかに聞こえる荒い呼吸音が確かに生きていることを示している。
やってしまった。日記のために、とうとう本当に人を襲ってしまった……。
そう混乱しながら、当初の目的の日記をジンの手からもぎ取る。リドルは自分の秘密を目の前で倒れているスリザリン生に教えてしまっただろうか? いや、今はそんなこと関係ない。とにかく、日記をしっかりと手元に保管しておくのだ。誰にも見られないように。
昨日、ジニーは気が付けば校庭にいて血まみれになっていた。そんな時にジンが通りかかり、慌てて茂みに隠れたのだがその際に日記を落としてしまった。後で拾おうと思っていたが、彼は何を思ったか拾った日記をローブに入れて持ち帰ったのだ。リドルが自分の秘密をペラペラ話すとは思えない。しかし、この少年は明らかに校長室へと向かっていた。この本にはジニーの言えない秘密がたくさん入っている。皆を襲っているのが自分かもしれないこと、事件の起きた時の記憶が自分には丁度ないこと、そして、ハリーへの思いも。
日記を握り締め、トランクを持って自分の寮へと向かう。ジニーにとって幸運なことに、今日は吹雪で休校だった。廊下を歩く人もめったにいない。誰にも見つからず自室に戻るのも難しくなかった。
部屋に着いたジニーは直ぐに日記を開き、リドルに聞いた。
『トム、知らない男の子がこの日記を拾ったの。彼は何か書き込んだりした?』
いつものように文字は光って溶けていき、逆再生のように返事が浮かぶ。
『ええ。彼は僕に対して興味を持ったようでいくつかの質問をしました』
『私のことは教えたの?』
震えた手で質問すると、答えはあっさりと返ってきた。
『いいえ。彼には君のことは一切教えていないよ。でも気を付けて。僕は所詮、魔法のかかった日記だ。でも、この魔法はとても珍しい。彼の様に興味を持った人が手にすると、無理やり魔法を調べようとして、僕の中の情報を全部持って行ってしまうかもしれない。君が教えてくれた、君の知られたくない秘密も全部』
日記の返事を読んで、安心と恐怖がジニーを襲った。今は手元にあるが、彼がこの日記を校長へと渡して調べられでもしていたら、自分はホグワーツを退学で済んだかどうか……。幸い、彼は何も知らない。
このまま、絶対、誰にも打ち明けず、秘密を貫き通す。
ジニーは改めて決意を固め、日記を抱きしめた。そのまま、徐々に意識が薄れて――
目が覚めれば、ベッドに横たわっていた。俺はどうやら医務室に運び込まれたらしい。首だけ動かして、周りを見渡す。できれば、二度来たくはなかった場所だ。大きく溜め息を吐く。
本気で、厄介ごとに関わりに行くのを止めようかと思う。まだ二年目だというのに、何故かこのままでは安全な学校生活送れる気がしない。
俺が意識を取り戻したのが分かったのか、マダム・ポンフリーがこちらに来た。何故か、マクゴナガル先生も一緒にいた。
「大丈夫ですか? 吐き気や眩暈は? まだ安静にしていなくては」
「ああ、はい。……あの、俺、どうなったんでしょうか?」
心配そうに体の具合を聞くマダム・ポンフリーに質問してみる。
「頭骸骨骨折と脳震盪、それとアバラが一本折れていました」
症状を聞くに、少し危なかったんじゃないかと思う。それが顔に出ていたのか、マクゴナガル先生が言った。
「もう少し遅ければ、命に関わってきたでしょう。幸い、発見がそこまで遅くならなかったので後遺症も何も心配はないそうです。ただし、今日明日は絶対安静だそうです」
曖昧に頷きながら、目を閉じる。もう一度寝てしまおう。そう思ったが、マクゴナガル先生の話はまだ続いた。
「あなたから聞かなければならないことがあります。あなたは、自分を襲った物の正体を見ましたか?」
「いいえ。しかし、恐らくですが、化け物の類ではなく人間だと思います」
「何故そう言えるのです?」
「襲われる前に、足音がしました。それと、もし俺を襲ったのが一連の化け物の仕業なら、石化して終わるはずです」
マクゴナガル先生は、俺の返事を聞くとしばらく黙ってしまった。それから、静かに話し始めた。
「我々も、同じ考えです。何か手掛かりがあれば、と藁にもすがる思いでしたが……。事件は悪化を辿っています。あなたが気を失っている間に、ハッフルパフの生徒が一人、ゴーストが一体、襲われました。手掛かりがないのは残念ですが、とりあえずあなたが無事であったことを喜びましょう」
手掛かり、という言葉に日記のことを思い出した。
「先生、俺が倒れているところに本はありませんでしたか? 持っていたはずなんですが……」
「いいえ、ありませんでした。無くしたのですか?」
「……ええ、多分」
日記が無かったということは、犯人の目的は日記だろう。しかし、ならなおさら俺は死んでいなければおかしい。日記にある五十年前の記憶を隠そうとするのは、秘密の扉を開けた犯人以外にいるとは思えない。なのに、こうして石化もせずに生きている。 いや、秘密の部屋を開けた犯人にとってあの日記の情報は立派なデコイになる。広めたいと思ってもおかしくない。ならば、俺を襲ったのは全く関係のない人物なのだろうか? 考えれば考えるほど、泥沼化していく。
マクゴナガル先生は退出していき、マダム・ポンフリーに面会は本日中は禁止だと言われ、必然的にベッドに横たわって一人になることとなった。考えても考えても考えはまとまらず、退院したらダンブルドアに相談しようと決めていったん考えるのを止めた。ドラコ達に心配をかけていることを思うと、少しだけ胸が痛んだ。できれば、このことは知らずにカードゲーム大会を楽しんでいて欲しい。
前回の後書きで書こうとしていたこと
「次回、ジニーがジンに熱烈なアタックを仕掛ける! あまりの強烈さにジンは頭痛を覚えます」
やらなくてよかったと心の底から思ってる。深夜テンションの恐ろしさを顧みた。
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