一万字を超えてしまった
とにかく長い
テストが始まり、全員が勉強以外に意識がいかなくなった。気が付けば減点騒動は騒がれなくなっており、このままいけばテスト終了後にはハーマイオニーと元通りになれる! とパンジーが嬉しそうに言っていた。
しかし、俺は試験に集中できずにいた。賢者の石がどうしても気になるのだ。四階の通路によく足を運ぶようになった。中から聞こえる獣のうなり声にようやく安心を得る。周りの変化にも気を配るようになった。特に、ハーマイオニー達の。誰かが行動を起こしたら、真っ先にハーマイオニー達が反応すると思ったからだ。
しかし、誰も妙な動きをしない。そのままズルズルと日が過ぎ、とうとう試験が終わってしまった。
試験から解放されたドラコ達は上機嫌で校庭へと出ていく。他の生徒も同じように友達としゃべりながら校庭や各自の寮へと進む。その中に、チラリとハーマイオニーの姿が見えた気がした。どこに行くのか見ようとした時にはもう見えなくなっていたので、気のせいかもしれない。
「どうしたの、急に立ち止まって?」
「ああ、今、ハーマイオニーが見えた気がして」
「本当!? そうだ! ハーミーを探しに行かない? 試験も終わったし、もう気にすることなんてないでしょ?」
「それもいいわね。でも、私は徹夜で寝不足なの。せっかくこんなにいい天気なんだから、校庭で昼寝でもしたいわ」
「お、いいね。俺も寝不足なんだ。あの芝生の上でダラダラしようぜ。試験結果が分かるまであと一週間もあるんだ。そんなに急ぐこともないだろ。おい、ドラコはどうした?」
「さっきゴイル達といるのを見たわ。二人の世話でもしているんじゃない?」
「ああ、ペットがトロイと飼い主は大変だな」
「お前ら地味に辛辣だな」
こんな軽口の言い合いも久しぶりで、穏やかな気分になる。張りつめていた気が、緩んでいくのが分かった。目的の芝生についた途端、ブレーズはすぐに欠伸をかいて横になった。
「ここで待ってりゃドラコも来るだろ。こんなに気持ちいいんだ、俺はちょっと寝るぜ。ジン、ドラコが来たら起こしてくれ」
「それじゃあ、私もそうするわ。芝生の上で寝てみたかったのよ」
「じゃ、俺はドラコを呼んでくるとしようか。パンジーはどうする?」
「うーん……。私も少し寝るわ。ここ三日間、一睡もしてないの」
「分かった、行ってくる」
「さっき魔法薬学の教室に向かう廊下で見たから、その辺にいると思うわ」
「了解、ダフネ」
ダフネに手を挙げて返事をし、ドラコを呼びに校舎に向かった。
魔法薬学に行く廊下に着いたのだが、生憎ドラコはいなかった。寮の方に向かおうかと方向転換した矢先に、懐かしい声を聴いた
「ジン! ちょっといいかな? 相談したいことがあるんだ」
ネビルだった。話をするのはいつ以来だろうか? 騒動前だから、一ヶ月ちょいだろうか? ドラコを探さなくてはいけないが、ネビルがせっかく話しかけてくれたのだ。断れるはずがない。
「ああ、勿論だ。どうした? 何かあったのか?」
「うん、まあ……。ハリー達のことなんだ」
「ポッター? ポッターで俺に相談したいことなんて珍しいな」
「いや、まあ、その……。本当はジンに相談するのも、おかしな話だと思うんだけどね……。でも、できる人が他に思い当たらないんだ……」
「ああ、別に不満とかそんなんじゃないんだ。ただ、純粋に思っただけ。なんでも言ってくれ」
「うん……。実はさ、僕、聞いちゃったんだ。ハリーと、ロンと、ハーマイオニーが、今夜、抜け出そうって相談しているの。石がどうとかって……。すっごく深刻そうに話しててさ。でも、ほら、僕達、抜け出したせいでグリフィンドールの優勝を潰しちゃったじゃないか……。それで……」
「…………止めたいんだな?」
「うん、そうなんだ。でも、どうしたらいいか分からなくて……。それに、怖いんだ、三人に嫌われるの……」
「……安心しろよ。俺はポッターのことは知らないが、ハーマイオニーのことは分かる。お前が三人を止めるのにどれだけ悩んだか分かってくれるさ。それに止めるのなんて簡単だ。入口見張って、三人が来たら大声を出せばいいんだ。後はお前の勇気しだいだけどな」
「……そうだね、僕もグリフィンドールだ。……ありがとう、頑張るよ! 行ってくる!」
そういうと、走って寮に向かっていった。廊下には俺一人が残された。
「……礼を言うのはこっちの方だよ」
どうやら、犯人が行動を起こすのは今日らしい。石を狙うのだろう。そして、それを止めるためにハーマイオニー達が自ら行くのだ。
だが、危険すぎる。ユニコーンを殺せるほどの奴に、一年の俺達が敵う訳がない。教師陣に任せるべきだ。
誰かに報告しよう。そう、マクゴナガル先生にでも。何だったら、ダンブルドアに直接言いに行ってもいい。だが、大事にするのはよくない。犯人に悟られないように、先生に話して警戒態勢を敷かせる。
……そんなことできるか? 先生の中に犯人がいるかもしれないのに?
それにハーマイオニー達も馬鹿じゃないはずだ。誰かしら信用できる先生に直接言いに行ったに決まっている。それなのに抜け出そうというのは、取り合ってもらえなかったということだ。
ならば、無理やり取り合わせるまでのこと。
今夜、俺も抜け出す。四階の廊下でわざと騒ぎを起こそう。できれば、犯人が来た直後。犯人が来た後ならば、中の獣、ハーマイオニー曰くケルベロスに何かしらの変化が見られるはず。それを教師陣に見せつけてやる。もし犯人が来る前に着いても、四階に誰か来ると聞いたと騒げば何かしらの処置は取ってくれるはずだ。少なくとも、抜け出したハーマイオニー達が四階の廊下にたどり着けない様な、そして犯人の行動に支障が出る程度には。
先ほどまでの穏やかな気分はなくなり、また不安と緊張が出てきた。
……ドラコを探しに来たのに、見つからず時間を食ってしまった。いったん戻ろう。もしかしたら、ドラコが合流しているかもしれない。
「で、なんだこれは?」
もとに芝生に戻ると、ドラコがいた。いたことにはいたのだが、芝生に横になって寝ていた。ドラコだけではない。待っていたブレーズ達も一緒になって寝ている。
「おいおい、俺は無視かよ……。そりゃ、道草食ってたけどさ」
少し悲しくなって寝ている奴等を見ていたのだが、不思議なことに、また穏やかな気分になってくる。
ノンキなものだなぁ。賢者の石が盗まれるかもしれないってのに……。そう思う。
知らないから仕方がないのだが、こちらとしてはどうしてもノンキに見えてしまう。
……そういや、抜け出せば五十点減点は確実だよな。今、二位のレイブンクローとは差が四十点くらいだったか? 少なくとも、五十点減点で優勝を不意にすることになる。こいつ等、俺が優勝を潰したって知ったらどんな顔をするかな? 今なら、ネビルの気持ちがよく分かる。嫌われたくないよなぁ……。
なら止めるか? 何を馬鹿な、賢者の石だぞ? そんな危険なもの、盗まれでもしたらどんな酷いことになるか。子供一人の学校生活なんて比べ物にならないほどの大きなものが壊される。見て見ぬふりをできる様な事態じゃない。
というか、全部終わったらこのことは全員に知れ渡るだろ? なら、優勝を潰したとしても分かってもらえるんじゃ……。いや、優勝を潰すことには変わりないんだ。非難轟々だろう。
「……やあジン、来たのかい? なかなか、芝生も気持ちいいものだぞ?」
寝ている奴等を眺めながら悶々と悩んでいたら、ドラコが話しかけてきた。起きたことに気が付かなかったので驚いてそちらを見ると、目をこすりながら少しだけ顔を上げてこちらを見ていた。相当眠いのだろう。目の下に隈ができている。こいつも徹夜した性質だろう。
「ああ、そうだな。でも風邪ひくなよ? 今日は暖かいけど、腹を冷やすと流石に風邪はひくぞ」
「問題ないさ、こんなに暖かいんだから……」
「お前、寝ぼけてるだろ……」
芝生の上に座り込み、ドラコに向き合う。そのまま何をするでもなく眺めていたら、また話しかけてきた。
「……君、何を悩んでいるんだい?」
「そう見えるのか?」
内心、ドキリとしながら平然を装って返事をする。寝ぼけているこいつは本当に突拍子もないことを言う。そのくせ起きたら全く覚えていないのだ。正直、起きているこいつを相手するよりも疲れる。
「悩みがあるなら話してごらんよ……」
俺の言葉も聞こえていないのか聞こえているのか、無視して話を進める。何も言わずに続きに耳を傾ける。
「君って、悩みとかあまり話してくれないから心配なんだ……」
本当に寝ぼけているのだろう。本音がダダ漏れだ。普段、ドラコはこんなことを思っていたのか……。
そりゃ、話せないことが多いのは認めよう。賢者の石、闇の素質、純血主義、話すにはまだ早いものばかりだ。上手く隠しているつもりだが、やはり小さなところで悩みがあることは分かってしまうのだろう。特にドラコは部屋まで一緒なのだ。俺の変化にはそれなりに敏感かもしれない。
どうせ寝ぼけているんだ。それなら、今夜のことを相談してみるか……。念のため、少しオブラートに包んで。
「なあ、もし俺がお前の大事なものを、例えば杖とかを壊したら、お前は俺を嫌いになる?」
「……杖を折ったのかい?」
「いや、もしもの話。何だったら、苦労して完成させた課題でもいい。いや、むしろそっちの方がいいか」
「そうかい、杖を折ったのか……」
「……聞いてる? 例え話だぞ?」
「……言い訳位は聞いてやる。そりゃ、ムカつくけど、君が意味も無くそんなことをしないって、僕が一番知っているんだ。しばらくは口をききたくないけど、落ち着いたら、話そう。また、僕の早とちりかもしれないし……」
「……寝ぼけていうことじゃないだろ。お前、寝ぼけていたら素直なんだな」
苦笑いで返すと、穏やかに寝息を立てている。話している途中で寝てしまったのだろう。
でも、おかげで決心がついた。ドラコには迷惑極まりない話だろうが、スリザリンの優勝を潰す決心だ。
「……エンゴージオ(肥大せよ)」
上着に魔法をかけて大きくし、寝ている奴等にかけてやる。薄い上着だから、暑いということはないだろう。腹を冷やさない様に、風よけ程度のものだ。相談の御礼だ。
俺も近くに寝そべり、寝ている奴らを眺めて楽しむ。
余談だが、この光景を見た何名かが俺を「お父さん」とからかう様になった。年上が何を言いやがる。
「そろそろ行くか……」
スリザリンの談話室に俺一人となった。本を読みたいから明りが邪魔になるだろう、と言い訳をつけて部屋から抜け出して割とすぐのことだった。ほとんどの生徒は普段からあまり夜更かしはしない。育ちがいい奴等が多いから自然なことなのだろう。今回はそれが役に立った。
今ならまだポッター達よりも早く四階につきそうだ。そうなればこっちのものだ。騒ぎを起こして、四階に行けないようにしてやろう。
少しの緊張と、罪悪感に近い申し訳なさを感じつつ扉を開ける。
扉をゆっくり閉め、真っ暗な廊下に出る。地下に近いここは明りと言えば蝋燭の炎だけだが、進むには十分だ。いざ四階に向けて歩き出そうとした瞬間、後ろから声がかかった。
「おや、意外と早かったのう? スリザリン生は早寝の子が多いようじゃな」
この面白がるような口調と穏やかな声色を持つ人物は、俺は一人しか知らない。振り返りながら杖に明かりを灯すと、予想通りの人物が立っていた。
「……ここで何をしているんですか、ダンブルドア先生?」
「不思議な事態じゃ。よもや、夜に抜け出した先生を生徒が叱るとは。きっと、ホグワーツ開校以来の大事件じゃろう」
「ふざけていないで答えてください。さっきの言葉を聞く限り、俺が抜け出すのが分かっていたうえでここにいたようですが……。それなら、俺が抜け出す理由を知っているはずです。知った上でこんな所にいるんですか?」
「おお、君が今夜に抜け出すであろうことは予想がついておった。その理由ものう。しかし、あくまで予想の範囲内じゃ。確信に至ったのは、君が出てきた瞬間じゃ」
「それは上げ足だ。予想がついておきながら、賢者の石が狙われていると分かっていながら、何故放置したままにするんですか? あなたが行けば、ハーマイオニー達が行く必要がないんだ」
「いや、ハリー達は、君でいうとミス・グレンジャー達かな? 行かねばならんのじゃ。賢者の石を狙う者に立ち向かわねばならん」
「……あなたの言っていることが全く分からない」
「それを説明するために、ここに出向いたのじゃよ」
俺が賢者の石について話しても、そして狙われていることを話しても全く動揺している様子がない。本当に知っているんだろう。
大人しくなり完全に話を聞く態勢になった俺を見て、ダンブルドアはようやく話し始めた。
「さて、今夜のことを説明する前に少しばかり君に確認しておかねばならないことがある。いいかね?」
「ええ、どうぞ」
「よろしい。では、今夜に寮を抜け出した理由じゃが、君はハリー達が石を守るのを手助けしようとしたのかな? それとも、止めようとしたのかい?」
「……止めようとしました」
「賢者の石を狙う者の目的は何か知っておるかね?」
「死にかけている者を蘇えらせる」
「その死にかけている者は誰か分かるかね?」
「いえ、分かりません」
俺の答えを聞くと、満足そうに頷く。
「では、まず賢者の石を狙う者と死にかけている者について話をしよう。賢者の石を狙っている人物はクィレル先生じゃった」
「クィレル先生? あの人が? 失礼ですがそんな度胸があるとは思えません」
「うむ、普段のオドオドとした態度は演技なのじゃろう。現に、かなり大胆なことをしておる。さて、そして死にかけている人物じゃが、このことはいずれ多くの者に知れ渡る。君は少しばかり早く耳に入れるだけだということを意識して聞いて欲しい。死にかけている者、それはヴォルデモートじゃ」
「あの、名前を言ってはいけない人ですか?」
驚きのあまり聞き返す。ダンブルドアがヴォルデモートの名を呼んだこと、その名前が出てきたこと、その人が未だに生きていること、何もかも驚きだ。
「そうじゃ、その人物であっておる。ヴォルデモート、そう呼びなさい。少なくとも、私と話すときは。さて、ヴォルデモートはハリーによって滅ぼされたとされておるが、実はまだ生きておる。その復活のため、石を狙っておるのじゃ。急かすでないぞ? 君が知りたいことは、少なくとも、今夜のベッドの中で安心できるだけのことを教えるつもりじゃ。まずは儂の話を聞きなさい。続いて、何故ハリー達をヴォルデモートに立ち向かわせたかということじゃな。これは試練じゃ。将来、確実に訪れるであろう困難に向けての。ハリーは、これから様々な困難と立ち向かうことになるじゃろう。そのために彼にどれだけの仲間が、力が、勇気があるか……。それを知るために必要なことじゃ。故に、それを止めようとする君を儂が止めたのじゃ。何、死ぬことはない。儂がそうさせない。さて、大体のことは話し終えた。何か質問は?」
「もし、俺が協力するつもりだったらどうしたんですか?」
「今と変わらないじゃろう。見るに、君はミス・グレンジャーとは信頼関係にあるようじゃが、ハリーとあるとは言えん。そのような状態で試練に立ち向かわせるわけにはいかん」
「これからポッターが迎える困難とは、何ですか?」
「それは言えん。確かなことが何もないからじゃ。しかし、覚えていて欲しいのはヴォルデモートが動きを見せる時、ハリーは我々にとってかけがえのない存在となることじゃ」
「何故、ヴォルデモートが生きていると知っておきながら始末しようとしないんですか?」
「しないのではない、できないのじゃ。今、ヴォルデモートは死んでいるとも、生きているともいえない状態にある。ゴーストともいえない状態じゃ。そんな状態の奴に手を出すのはゴーストに手を出すのと同じくらい困難じゃ。質問はこれくらいかな?」
「…………あの、」
大体のことは納得した。賢者の石とハーマイオニーの安全は認めよう。目の前の人物は、現存している魔法使いの中で最も有能な人物であることを知っている。ダンブルドアの話も、大体は納得しよう。ポッターが何か重要なものを背負っていて、そのための試練に挑戦していることも分かった。「生き残った男の子」にしかできないことがあるのだろう。
でも、一つだけ、引っかかることがあった。言い出すのは怖くて、喉もとで引っかかってしまったが、どうしても聞きたいことがあった。だが、この質問は聞くと同時に自分の嫌なところを認めてしまうようなものだ。
俺の様子に何か感じたのか、ダンブルドアは顔を綻ばせ俺に話しかける。
「君の恐怖もよく分かる。自分と向き合うのは、時に敵よりも勇気のいることじゃ。焦らなくてもよい。君に聞く勇気ができたら答えよう」
俺が何を聞こうとしているのか、分かっているのだろう。待つように、俺を眺める。その様子に、少しだけ勇気がわいた。
深呼吸を一つ吐いて、質問をする。
「俺がポッターに協力できないのも、他の人より早くこのことを耳にするのも、あなたが俺にここまで気を配るのも、俺が第二の闇の帝王になるかもしれないからですか?」
ダンブルドアは俺の質問に嬉しそうに頷くと、口を開いた。
「君がそのことを受け入れてくれて、本当にうれしく思うぞ。よくぞ勇気を見せてくれた。さて、質問の答えじゃな……。答えはイエスじゃ。君は、ハリー同様、他と違うことを自覚しなくてはならない。今年はその一年と言っても過言ではない」
「そうですか……」
「そう気を落とすでない。スネイプ先生からも聞いたかもしれんが、あくまで可能性の一つじゃ。君がそうなるかどうかは、君自身が決めることじゃ。儂は君を信じておる」
キラキラと子供のような目で、話す。俺が本当に闇の帝王になると思っているかが疑わしい程、純粋そうに見える目だ。肩の力が抜ける。
寮に戻ってもいいかな……。そう思った時、ダンブルドアが話を締めくくった。
「そろそろ、儂も行かねばならん。ハリーが賢者の石にたどり着いたようじゃ。今夜のことは儂と君の間でとどめておきなさい。周りに話すには、まだ早すぎる。さて、この一年、君にとってはめまぐるしいものであったじゃろう。しかし、同時に始まりでもある。君が立ち向かうべき敵の姿はしっかりと見えたはずじゃ。忘れるでないぞ、その姿を。はき違えるでないぞ、敵の姿を」
そういうと、矢のようなスピードで四階に向かった。取り残された俺は、大人しく、寮に戻った。恐れていたことは無くなった。減点も、ハーマイオニーの危険も。恐れていたことを思い出した。俺が何かを。
しかし悔しいことに、ダンブルドアの言った通り、ベッドの中では安心して眠ってしまった。
あの夜が過ぎると、学校は大騒ぎだった。ポッター達が、見事クィレル先生から賢者の石を守り抜いたことで話題が持ちきりだった。当の本人と言えば、医療塔で眠ったままだという。
ポッター達の話が広まると同時に、ハーマイオニーと俺がパンジー達に内緒で何をしていたかがバレた。パンジーは話を耳にした瞬間、俺を殴り、ハーマイオニーに生きててよかったと泣きついた。何故殴るんだと、抗議をすると
「ハーミーに何て危険なことさせているのよ! 男なら守りなさいよ! ハーミーに頼ってばっかりで、何してんのよ!」
「……女は頼りにされるのが嬉しいんじゃなかったのか?」
「守ってもらう方が嬉しいに決まってるじゃない!」
「……そんなものか?」
「そんなものよ!」
以前の俺の感動を返して欲しくなった。
ハーマイオニーは泣きつくパンジーをオーバーだと笑いながら、抱きしめ返す。きっと、ハーマイオニーも怖かったんだろう。事が終わったら、危険なことに首を突っ込まないでくれと頼むつもりだったがその必要はなさそうだ。
減点騒動のことは誰も何も言わなくなった。それ以上のことをしたと、誰もが思っているのだろう。
そうしてあっという間に三日が過ぎ、学年度末パーティーとなった。
ポッターが遅れて入ってきた時には全員が注目したが、基本はスリザリンが優勝祝いで騒いでいる。
ポッターのすぐ後にダンブルドアが現れて、騒ぎが収まっていった。静かになると、ダンブルドアが話を始めた。
「また一年が過ぎた! 一同、ごちそうにかぶりつく前に、老いぼれのたわごとをお聞き願おう」
そうして、また少しふざけた挨拶をする。これを聞いて、何名かがクスクスと笑いを漏らす。
「それでは、寮対抗杯の表彰を行うことになっとる。四位 グリフィンドール 三一二点 三位 ハッフルパフ 三五二点 二位 レイブンクロー 四二六点 そして、一位はスリザリン 四七二点」
結果を聞いて、スリザリン生が盛り上がる。特にドラコは、優勝に導いた人物の一人として盛り上がりがすごい。しかし、ダンブルドアの話はまだ終わりではない。
「よしよし、スリザリン、よくやった。だが、つい最近のことも勘定に入れなくてはなるまいて」
その言葉に、何名かの笑いが消えた。嫌な予感がするのだろう。
「駆け込み点を何点か与えよう。まずはロナルド・ウィーズリー君。この何年か、ホグワーツで見ることのできなかったような、最高のチェスゲームを見せてくれた。これを称え、グリフィンドールに五十点を与える」
グリフィンドールに割れんばかりの歓声が出る。スリザリンの連中から、ほとんどの笑いが消えた。
「次に、ハーマイオニー・グレンジャー嬢に、火に囲まれながら、冷静に論理を用いて対処したことを称えてグリフィンドールに五十点を与える」
ハーマイオニーが腕で顔を隠した。嬉し泣きでもしているのだろうか? スリザリンでは笑っている奴はもういない。ダンブルドアの次の言葉に耳を澄ます。点差はあと六十点だ。
「ハリー・ポッター君。その完璧な精神力と勇気に、六十点を与える」
グリフィンドールから大騒音が聞こえる。仕方がないだろう。点差がなくなった。引き分けだ。スリザリンから、苦笑いと、ため息が溢れる。ドラコはショックで固まっている。
しかし、ダンブルドアの追撃は止まらない。
「勇気にも色々ある。味方に立ち向かっていくのにも、大いなる勇気が必要じゃ。そこで、儂はネビル・ロングボトム君に十点を与えたい」
爆発が起きた。そう思うほどの大歓声だった。当のネビルは揉みくちゃにされている。他に二寮まで喜びで声を上げる。スリザリンは完全沈黙だ。今年最後の七年生の中に、半泣きの者もいる。七年連続優勝のための努力が報われなかったのだろう。
一向に収まる気配のない騒ぎの中、ダンブルドアがパンパンと手を叩いた瞬間、一気に静かになった。まだ何かあるのだろうか?
「さて、先ほどの続きじゃな。勇気にも色々ある。敵にも、味方にも、そして自分にも立ち向かうのに必要なものじゃ」
まさかと思い、耳を傾ける。他の者も期待したように次の言葉に集中する。
「今年、自分の中に抱える大きな問題を見事に受け入れて見せた者がおる。それを称え、儂はジン・エトウ君に十点を与えよう」
立場が逆転した。スリザリンから割れんばかりの歓声が出た。同点だが、負けるよりは良かったのだろう。先ほどまで泣いていた六年生が俺を叩きに来た。それに合わせて、みんな笑顔で俺を揉みくちゃにしに来た。ドラコには持っていたゴブレットで殴られた。
他の寮は、先ほどまでの盛り上がりはないが徐々に騒がしくなった。まあスリザリンの単独優勝を防いだし、祝うか的なノリの様だ。
気が付けば、周りの装飾はスリザリンとグリフィンドールの物で半々となっていた。誰も気にも留めていないみたいだったが。
学年度末パーティーは稀にみる盛り上がり様で終わったようだ。
全てが終わり、列車の中。俺とドラコ、パンジー、ダフネ、ブレーズは一年を振り返って盛り上がっていた。
特にテストの結果については凄かった。パンジーは何とか合格。ダフネはそこそこ優秀な結果で、ドラコは学年で三位。俺は二位なのだが、全てのテストが満点。それで二位とはどういうことだ? と先生に聞いたところハーマイオニーが百点中百十二点を取ったそうだ。一体何をしたのかとかなり盛り上がった。
駅に着くのはあっという間だった。皆に別れを告げ、ホームに出るとゴードンさんがいた。
「お帰り。学校はどうだった?」
「ただいま。楽しかったよ」
親子のような会話で、少し照れくさい気持ちになる。初めての感じで慣れないのだ。ゴードンさんも、何を話していいか分からないようだ。
「とりあえず、宿に帰ろう。荷物、重たいだろ?」
「ああ、うん。分かったよ、ゴードンさん」
帰ったら何を話そうか、そう思うのは子供らしいだろうか?
少しずれた考えをしながら、一年分の荷物が入ったトランクを引きずって宿に戻る。
とにかく疲れたのだ。この一年以上に濃密な一年があるとは思えない。そんな一年だった。
欠伸一つ吐いて、ゴードンさんについていく。ふと気が付けば、荷物を全部持ってくれている。歩調も俺に合わせてくれている。人ごみを歩きやすいように盾にもなってくれていた。
そんなこと考えなくていいや、俺もガキだった。
そう思った。
これで賢者の石篇は終了。
次回から秘密の部屋編です
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